光の幻想録

ホルス

#8 残滓

 人の命とは儚いものだ。
 気が付けば燃え尽き消え去り忘れ去られる、それが人で言う人生と解釈されるものだ。
 その人生と呼ばれるものが1つ、ここに終わろうとしている。
  ─── 、彼の命は間もなく尽きる、それは紛うことなき宿命であり悲しくも運命である。
「光!光しっかりしなさい!!!」
 腹に大穴の開いた彼を救う手立てはこの場には何も無い。
 「ヒューヒュー」と喉笛を引き裂かれた裂け目から空気の漏れる音が残酷に響く。
 もう彼に生きる術は無い、私は生まれて初めて激しく絶望し嘆いた。  
 どうにかしてこの人を救う方法はないかと、そんな手策は無いにも関わらず……もがいて!もがいて!もがいて!もがいて!!もがいて……その果てに辿り着く思考は狂気に浸された人類が、幻想が凡そ辿り着いては行けない禁忌の手段であった。
 私だって彼女と同じ立場であれば似たような案を思い付いて実行していたでしょう。
 でも彼女は彼にそこまでする道理は無いはずなのに、どうしてそこまで肩入れするのかが理解出来なかった。
「何をする気」
「紫……止めないで、私は私に出来ることをするわ」
「彼は1人でこの場に訪れ勝手に死のうと試みた野蛮人に過ぎない。調査以前に彼が死んでくれれば結界の綻びは消え去るでしょうし、私としては願ったり叶ったりなのだけれど、貴方がこいつに情を移す理由は何?貴方にとってこいつは何なの」
 確かに何なのかと聞かれれば何も答えることはできない。
 つい先日に顕れた彼は流れる様にこいつに押し付けられて私の神社に住まう事になった只の外の世界の人間。
 結界の件を抜けば私にとって只それだけの存在、でもそれを私は見捨てる理由にはできない、光は泣いている。
 死にたくないと……きっとそう思って今意識を失い徐々に自身の命の終わりを体感しているに違いない……。
「巫女が人を助けるのに理由はいらない そうでしょう、紫!」
「────できるの?」
「それは後々の問題に過ぎない!それとこれとは別の問題でしょう!!!私は博麗の名に誓って光を助ける!!邪魔立てするなら貴方とて容赦はしないわ……!」
 霊夢は知っていて彼を生かそうとしている。
 災厄の種は早いうちに処分するのが良いのだけれど……逆としてそれを生かそうだなんて考え出てくる者が現われるとは思わなかった。
 だがそれもそれで幾度の生における一興とも呼べるのかもしれない。
 今はまだ儚き闇の残滓は微かにその存在を明確にはしていない、だがそれは今後この幻想に大いなる災いを引き起こす。
 ──どうか我らが幻想の神よ、我らが幻想に平穏な日々を僅かばかりに与えよう……。

──────

 幾許かの時間が流れた。
 男の体はゆっくり内部から回復し、引き裂かれ露出し破損した臓器。
 ただの拳で惨たらしい大穴を開けた腹の皮膚。
 そしてただの手刀で切り裂かれた首かわ。本来の人間の治癒能力を遥かに凌駕したそれは、妖怪の者と引けを取らない程の膂力を残して完全回復にまで至らした。
 後は彼がこの紅霧の中で起き上がれる程の体力を残しているかである。
 そもそも目が覚めなければ紅霧に含まれる毒素で彼の体は少しずつとはいえ蝕まれ、傷を修復したといえ呼吸器系に支障をきたし死に至る。
「……っ!?」
 そう綴っている内に彼は胃から込み上げてくる吐き気によって起こされその場で嘔吐する、でもそれが彼の命を救ったのかもしれない。
 だってあの場で寝たままならそのまま死んでいたのだし、彼女の頑張りも無駄になるところだった。
「ぐっ……生きてるのか俺、実感無いにも程があるな……」
 服は腹部だけ大きく穴を開けて、とてもじゃないがダメージ品と誤魔化す事も出来ない。
 首にも何か違和感が残り、手先に至っては痺れてマトモに動かす事は叶いそうもない。
 俺は確かあの館に着いてそれから……あの女に……。
 思い返すだけでも恐怖が背中をなぞる、アレは人間の動きを超越していた。
 少なくとも俺と女の間隔は結構な距離があった、それが気が付いた時には俺は……。
「あいつらが危ねぇ……八雲っ……八雲っ!!見てるんだろう!?あいつらのところへ俺を連れて行け!!口止めでもして引き返す様に言うくらいは瀕死の俺にだって出来る!」
「………………何を1人で話しているの?」

 ──────ヤバい。
 霧で感覚が鈍っていたんだろう。
 あの女の気配は何処と無く気を感じられ特有の嫌な感覚を得ることが出来た、それと同じで今の声の主はそれと同じものを感じる。
 それも少なくとも10倍は容易い程に濃厚な『血』の匂いを充満させながら。
 少なくとも後ろを見ない事には確かめようが無い、だがそれは間違いない、間違いないんだ。
 でも俺に向くことが出来るのか?
 今の俺にそんな度胸はあるのか?
 正直に言う、俺には無理だ……。
 殺されかけた相手の数十倍ヤバい相手が俺の真後ろに立っている。
 そう分かっただけで足が恐ろしく震えている。
「私を無視だなんて……貴方、イラつくね?」
 背中に突き刺さる恐ろしい確実に迫る殺意。
 それは己の死を覚悟するに充分なものだった。
「こっちに来なさい光!!!」
 目を閉じ死を待つばかりの俺に、その声は救いと呼べた。
 気が付けば目の前に居たのは小さな『闇』。
 小さな闇は徐々に人の形を形成してやがて少女の形へと成すと俺は無様に駆け抜けその子の元へと駆け寄り庇う様な姿で殺意に立ちふさがった。
「おやおや私を守ってくれるのかい。嬉しいけどそれは君にはまだ早い。この世界で光と呼ばれる君に少しばかり助力をしてあげよう。大丈夫さ、今は私の後ろに身を潜めなさい。男の子だって辛い時はあるもんな」
 そう優しく諭す彼女は深くフードを被り直す。
 見知らぬ彼女に情けなく言われるがまま後ろに立つことしか出来ない無様な人間を彼女は親指でぐっとで迎えてくれた。
 見るもの全てが彼女をこう例えるだろう。
 『天使』と。
「さあ来な!私は光を何がなんでも守り抜く、君の餌にはさせないさ!フランドール君!!」

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