光の幻想録

ホルス

#4 魔女

『清々しい』という単語から掛け離れた絶望的な目覚めを迎えた。
 未だに痛む全身の切り傷は真紅に染まり、したたかな血液を垂れ流す。
 見るも無残で目も当てられないとは正にこの事だろう。
 我が事ながらこの体は見ていられない、視界に入る事すら拒絶反応を示している。
 この部屋の壁一面や床は既に俺の血であろうものが乾いて薄く黒み掛り、グロテスクな色合いを滲み込ませている。
 こんなもの謝って許される様なもんじゃない。
 そもそも俺は何者であって誰だったのか、そして何が目的だったのか……それを思い出さない事には何も始める事は出来ない。
「……起きてるわね、少し来て」
 それはこの神社の巫女を務める博麗の声。
 透けた戸越しから彼女は緊張した口調で俺にそう告げて来た。
 どうしてその口調になったのか……不安を隠し切れずに急いでその後をついていくことにした。
 寝室もどきを出てから把握した空気の異変、明らかに淀んでいる、空気が悪いなんてレベルのものじゃない、人体に害が出るような危険な淀みだ。
 しかもこれはそこらの犬にでも感じ取れる程の違和感だ、その害を成す空気が俺の全身や辺りから伝わり行く。 
 ようやく博麗に追い付き縁側から外の景色を眺めるように言われた俺は言われる通りに景色の確認を行う。
 まあ最初にその光景を見た感想は、
『恐ろしいくらい一面が紅い』。
 空から地に至るまで……。
 空気や木々に至るまで……。
 人からこの場の神社に至るまで……。
 その全てが紅風の様な生暖かな霧によって変色していた。
「……赤いな」
「えぇ……思った以上に深い霧ね。太陽光が遮断されている。こんなんじゃ私の自家発電エネルギーで賄えないじゃないの……!」
 幻想に生きる民が外の世界が開発した品を持ってきている事に驚いたが、俺がこっちに来れたんだ。
 そうおかしな事では無いのだと思う。
 ……そう信じたい。
「風は南向き……犯人は北に居るようね。この私が居る時に異変じみた嫌がらせを起こしたのが運の尽きだわ。そっ首とっちめて懺悔させてやろうじゃないの!!」
「行くのか?異変……?だか何だかは知らないど気を付けて行ってこいよ。この霧、少しだけど人体に害があると思う」
「その根拠は何処から出てきたもの?仮に害があるとして何故私や貴方には何ら問題は無いのかを説明してもらえると有難いわね」
「あぁいや、淀んだ空気を吸い込んで違和感を感じたんだ。博麗は何も感じないのか?」
「……?えぇ特に何も感じないけど。もしかして外の世界から来た人には影響があるのかしら……だとすると光は危険ね。光、貴方は神社の中居ること、良いわね?」
…………光?
「光って……俺の事か?」
「えぇ、元の名前が分かるまでの仮初の名前ね。貴方は『博雨光はくさめひかり』。私ともう1人の名前から取って博雨、そしてこの幻想郷に光を灯して明るくして欲しいという願望を込めての名前よ。その名前に偽りが無いことを祈ってるわね、光」
 彼女はそう告げ振り向き様に笑顔を向けて『まるで当たり前の様に飛んで行った』。
 幻想の民は飛ぶ事すら出来るのかと関心している最中だったが、この霧が出ている間は暫く外出を控えた方が良さそうだ。
 既に手先は動かなくなりつつあり、歩行すらユラユラとして重心が定まらない。
 それにしても…… 『光』か。
 この幻想を明るくして欲しいとはまた面白い事を願うもんだ。
 その真意は何だとしても、俺はこの世界を気に入ることが出来た。
 大体はあの少女のせいだろうが……無力な俺であろうと守れる者があれば守ってみせる、それが俺がしてやれる無力ながらのちっぽけな人間の最大限の返上だ。
「いやー真っ赤だな!これじゃ神社すら殆ど見えないじゃないか…… お!霊夢〜遊びに来たぜっと!」
 後ろから陽気な幼気な声が聞こえたかと思うと、その声の主は力任せに肩を叩いて俺をそのまま優しく叩き伏せた。
 正確には肩を叩かれただけでその場に倒れてしまったである。
 神社の取っ手口を動かぬ指先で器用に挟み込んで開けようとした途端の出来事で、その時には既に歩く事すら出来なかった。
 まさか肩を叩かれただけでダウンするとは思わず、我ながら情けないと思うばかりだ。
「……ん?霊夢ぅ……って何だお前?男か?こんな所に居るとは珍しいな?どうしたんだよいきなり寝ちまって」
「起きてるよ……誰だか知らんが中に入れてくれないか……もう体が一切動かないんだ……」
「体が動かない……?何だ何だ運動不足か?大の男がみっともないぞ?このこの!」
 中々イラッと来る女の声だが無力ながらに相手に逆立てする事が出来ず、言われるがままなのが1番イラつく。
 そのまま言われ続けやっとの思いで中に入れて貰い、神社の居間まで痛む体をボロ雑巾の如く引き摺られ行く。
 何が悲しくてこんな思いをしなくてはならないのか。
「ふぃ〜やっと着いたな。それで?お前は誰なんだ?もしかして霊夢が話してた結界うんたらって奴なのか?」
「多分そうだと思う。俺は……あぁ博雨光って名前なんだ。君は?」
「おう、私は──」
 ──彼女の外見は『魔法使い』という固有名称をそのまま形にした様な姿だった。
 黒いとんがり帽子に古風の服、下に連なる長いスカート、そして横に置かれた箒。
 金髪で幼気な顔立ちをした彼女は見るからにそう感じ取れる程分かりやすかった。
霧雨魔理沙きりさめまりさよろしく頼むぜ光!」

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