光の幻想録

ホルス

#1 序章

 轟く雷音。平穏を重ね能力者と呼ばれる異能の者達が住まうその街は1人の少女が放つ雷撃によって被害を被っていた。
 彼女が叫ぶと同時に男の悲鳴が聞こえ、それと同時に辺り一帯に住まう住民も嘆きの声をあげる。
 彼女が雷撃を放てば公共電気機関の装置は概ねショートを引き起こして停電を引き起こす。
 言わば災害と呼ばれる彼女は形振り構わず目の前から畏怖の表情で逃げ惑う1人の男を追跡しつつ雷撃で攻撃していた。彼女も彼女で周りには気を配っているつもりなのだろう、ここまで1人たりとも道行く者に人的被害が出たという情報は報告されず、民間からの報告を受け上空をヘリで旋回していた特殊訓練を受けた軍人たちも「またいつもの事か……」とため息交じりに夜のティータイムを満喫しようと基地へと帰り行く。それがこの街の常識になりつつあった。
 そんな常識を知ってか知らずか、1人のんびり湯に浸かり真っ暗な湯船から星を見あげるは『この街のトップの能力者』。
 街で最強に等しい能力者であると理事会の認定を受けた時は何かの冗談だと信じたかったし間違いであって欲しかった。そんなくだらないもんに指定された暁には、やれ能力の研究だ、やれ能力の開発試験だ……そんな話しか舞い込んで来やしない。加えて俺を倒せば名声を得られると信じて疑わぬ輩にも襲われる始末。不名誉そのものだった。

「──ひな……」

 逞しくそして勇ましい。何もかもを失ったような男は何かを哀しく呟く……それは1度たりともなかった事だ。そう彼は1度たりとも“弱音”を口にはしなかったのだ、故に彼の精神は既に限界を迎えつつあった。
 街に巣食うチンピラや理事会の統率メンバーが原因では無い。寧ろ原因はこの世界には無い、彼は無念の淵にただずり落ちる、ただそれだけの存在にまで成り果てていた。

「思ったより弱そうね、貴方」

 不意に呟かれる女性の小声。その主は空間を歪ませ捻切らせる事で亜空間を発生させて宙に滞在おり、花魁風のその姿から少なくとも研究者の類ではない……それらは見た瞬間に理解出来た。
 俺に訪ねてくるような人間は基本変な能力しか持ち合わせていないが、まさか滞空させる亜空間を発生させるだけの能力者が居るとは正直言って驚いた。

「何の用だ。さっきの能力開発実験の続きでもやろうってんなら話した通りだ。また開発基地を壊滅させられてえのか」

「知的でそれでいて隙のない言動……先程まで感じていた情けのない感情から一変してその立ち振る舞い、畏れ多くも流石は結界を揺らがせるだけの事はあるようね貴方は」

 それらの言動から確信で研究者ではない。そしてだいぶ頭がイカれているのは容易く理解出来た。この街の暗部がひっそりと開発していた違法ハーブが表側にまで侵食していた事には驚くが、それ以上に能力者にまでその効能が響いている事に1番驚愕している。

「何が目的だ、面倒ごとは御免の身なんだ」

「貴方を私の目の届く範囲に置き管理する事、目的と言えばそれだけになる。博麗の結界は今にも貴方のせいで壊滅的な“揺らぎ”を受け崩壊寸前。それでは我らが幻想を崩しかねない。悪い様にはしないわ、私と共に来てはくれない?」

 こいつの言っている事の大半は理解出来ない。ヤクに溺れた哀れな能力者1匹を放り去ろうと手に掛けようと右手を振り上げた時に……ふと目にした彼女の“有り得がたい幻想“に上げた手が停止した。
 間違いないのか……?冗談だと思っていた事が実は事実だったと……?親父が生涯を掛けて探していたものが……これなのか……?

「……八雲の使いか?」

「知っているのね、なら話は速い。使いではなくその主。貴方の父には幾度もこの命を狙われて来たわ、それはもう両手で収まるとは言い切れないくらいにはね。取引しましょう〇〇〇。貴方を私たちが住まう幻想へと招待する。代わりに貴方が払うのは『決して彼女に手出ししないという盟約と我が管轄下から離れぬ』と言う条件のみ。奇跡を成そうと努力をしても実らず、その苦悶から解放されぬ哀れな獣にとってこれは千載一遇の奇跡……」

「成立……成立だ……!!!今すぐ向かわせろ!!救わないといけないんだ……!!」
 
 奇跡とは──。それは人が成し得ぬであろう願望を叶えた時に呼称される体現。奇跡を背がもうとあらゆる人間が私に襲い掛かって来た、奇跡へと踏み出す第1歩を歩むには苦しくも『八雲紫』を倒す他ないのだから……。
 私は挑んで来た無謀者を歪んだ願望ごと捩じ伏せ死に追いやった。然し1人だけ、致命打を避け幾度も私に挑んだ愚か者が居る。それが彼の父親だ。 
  2人は共通の願いを奇跡によって叶えようとする愚か者に過ぎなかった……筈だったのだ。

「では行きましょう。勿論このスクロールは分かってるわね」

 私が手にし差し出したのは魂レベルで契約を施すスクロール。
 死後もその盟約には絶対逆らえず、後釜の人間ですらその盟約を厳守せねばならないという呪いじみた効力を持つ物。彼の父親から1つ頂いて正解だったと胸を張れる。
 だが重々効力を承知の上であろう彼が躊躇う素振りを一切せずに盟約へ記載し私に提出したのだ。 明らかにその行いは彼のミス以外の何物でもないと確信した。

 ──何故か?それは彼の行動があまりにも矛盾しているからだ。

「早く……早くしろ!もう迷っている時間は嫌なんだ!!!」

 嗚呼……これが彼の果てなのね。とても父親そっくり……。
 
「移符 ──」

 女性が懐から取り出した1枚の紙切れを天井高く掲げれば現れたるは無数の眼と歪な亜空間。
 それらは統合して人が数人入れるまでの大きさまでに拡大し合うと、次第に亜空間は2人を飲み込み何事も無かったかのようにその口を閉じた。
 滴る水滴、それは今も尚続く雷撃による振動で零れた物だ。
 明かりが消灯されている風呂場は妙に薄暗く異界染みる不穏な空気を残したまま……そして誰も居なくなる。同時に『この世界』に彼の居たであろう形跡が跡形もなく消失し、その街は長い間『有名能力者失踪』のニュースで溢れた。
 ただの数人のみ、それを良しと思わぬ者を含めながら捜索活動に根を詰め開始された。

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