狼の裁判官《ジャッヂズ・ジャッヂ》

春日春日

第一章1話『編入生』

 __2027年4月9日。

 桜舞い散る坂道を、俺はいつものごとく一人で登っていた。この高校に入学して一年が過ぎ、本日は新学期を迎えるめでたい日。つまり始業式である__にも関わらず、俺はボッチ登校を決め込んでいた。
 だらしなく着こなした制服に寝癖のついた髪、多少クマがあるように見える不健康そうな面立ちは、入学した当初には無かったものだ。
 周りの連中は、ふざけ合いながら馬鹿騒ぎしていたり、男女でイチャつきながらのリア充であったりと__少々不愉快であるが__そんな感じである。まぁいつも通りの風景と言ったところだろうか。そんなこんなで重たい足を引きずりながら、俺はようやく正門へとたどり着いたのだった。



 正門を入ってすぐ左には大きな掲示板がある。そしてこの日には、新学期のクラス内訳が貼り出されるのだが、やはり予想通り相当な人たちでごった返しになっていた。少しため息をつきながら人混みを掻き分けて、俺は自分のクラスを確認しようとした。


「ねぇ、あの人だよね……」

「あぁ、三年の先輩を木刀で殴って病院送りにしたって言う……確か犬山誠イヌヤママコトだったっけか」

「え!? 嫌だ、私と同じクラスじゃん!! そんな人と1年間同じクラスだなんて私嫌だよ!!」

「バカっ!! そんな大声で言うなよ!! 本人に聞かれたらどうすんだよ!!」

「だって……」


 あぁ、また俺のことを言われているのか__。
 耳に刺さるそれらの言葉は、今となっては聞き慣れたことだった。なぜそんなことを言われるのかと言うと__まぁ、その理由は後ほどにしておこう。俺自身今となってはそれほど気にはしていないし。それに、どう抗おうと彼らの発言の内容は全て真実なのだから、言い逃れしたり対抗したりする気も無かった。そこに意味を見出せなかった。
 周りの反応を無視しつつ、俺は本来の目的を果たそうと、掲示板をまじまじと凝視する。

 __2-Cか、知ってる奴がいればいいけど。

 クラスも確認できたし、もうここに用はない。俺はいち早くこの場所を後にしようと試みた。が、確認し終わったのとほぼ同時に、俺は肩にズッシリとした重みを感じた。


「マコトはっけーん! グッモーニーン!! って、ちょっと突っかかりにくいテンションだよな、すまんすまん」


 一瞬動揺したが、聞き慣れた声と特徴的な容姿を確認できて一安心した。彼は昨年度同じクラスであった天野翔アマノカケルである。茶髪ベースの金髪アッシュで顔立ちも整っており、とてつもなくチャラそうに見える雰囲気だが、こう見えて成績優秀で高跳びの全国代表でもあるのだ。そして人柄も良く、彼のことを嫌う人を俺は見たことない。もっとも、俺自身顔が広いわけでもないため、説得力には欠けるが__。とにかく、ここにおける完璧ポジションこそが彼、天野翔であると言うことだ。
 そんな翔が、周りから白い目で見られているような俺に対して友好的に接してくれる理由は、正直なところわかっていない。だが、翔のこういう対応に関しては、ぶっちゃけとても感謝している。本当にありがたい。


「ん? なんだよマコト、そんな照れくさそうな顔して」

「いや、何でもないよ」

「まーいいけど……それより、もう一年よろしくな!!」

「ん? どういうこと? 何でそんな特別そうな感じに……」

「は? お前見てないのかよ! また同じクラスなんだよ! 俺ら二人!!」

「え、」


 知らなかった。いや、確認していなかっただけだ。名簿順で名前が貼り出されていて、俺は「犬山」で彼は「天野」だから、名簿は近くになるはずなのだ。昨年だって、初めて話したきっかけは名簿が前後だったからという単純な理由だったし。
 とにかく、翔ともう一年同じクラスなのは正直とても嬉しい。と、そんなことを考えている最中でも、翔はいつも通りのテンションだった。


「さ、取り敢えず教室行こうぜ!!」

「ちょ、カケル他に行く人いるんじゃ……」

「いいからいいから、早く行くぞ!!」


 気を遣ったにも関わらず、翔は笑顔で半ば強引に教室へと向かって行った。その後を追って、俺も笑顔を浮かべながらため息をつき、2-Cの教室へと向かうのだった。



 廊下を歩くだけでも周りの連中の言葉が耳に刺さる。同級生の連中だからこそ、俺の詳しい事情を知っている。だから、このフロアに滞在するだけでも、正直辛いという話である。まぁ、それは過去の話であるが。
 俺は平然とした面持ちで、2-Cの教室へと辿り着くのであった。


「遅い! 遅すぎるぞマコト!!」


 いや、お前が早すぎるんだよ。
 何事にも全力な翔だからこそか、たまにこういう時に熱血くさくなるのがたまに傷である。
 それと、俺が教室に入った途端、教室の空気が一瞬凍りついたように思えたが気のせいか? 周りの視線が俺に集まっているようにも思えるが、考えすぎだよな、うん。
 翔と軽い会話を介して、別れを告げた後、俺は自分の席へと座る。が、翔は俺の正面の席で、別れを告げたばかりなので少々照れくさく感じた。結局俺は集合完了時間まで、翔との会話で時間を潰すこととなった。



 __午前8:30。

 集合完了時間になった。席を離れ駄弁っていた生徒たちは、教員が教室へと入ってきた途端自分たちの席へと着いた。学生あるあるである。中途半端に空席はあるものの、それら全ての理由は教員の口から告げられた「大会による公欠」とのこと。流石は私立の名門校・・・・・・である。こういうことはよくあることだ。
 その後も普段通り教員の長話が続き、移動の時間となると教員の誘導のもと講堂へと案内されるのであった。
 春先の講堂は少々肌寒く、長時間の滞在は結構辛く感じるものだった。色々と表彰があったり、偉い先生方の話があったりして、最後はいつものごとく学園長の長い話を聞かされることとなった。その話もようやく終わり、やっと教室に戻ることができると思っていたが、今年は普段と少し違うようだ。


「えー、今年は新第二学年に新たな編入生を迎えます」


 編入生。
 この学校におけるそれは、滅多にない存在であった。学園長は滅多に姿を見せないため、副学園長が直々に紹介するシステムとなっているが、そもそも彼のお二方の片方が壇上に出て、一人の人間を紹介する時点でその希少さを裏付ける証拠となっている。この学校に編入するには、何かしらの種目でオリンピック級の才能を持つ者くらいでないと不可能なはずだが__。


「それでは紹介致します。全種目でオールスコアを記録した羽生彼方ハブ カナタ君です!」

「どうも、ハブカナタです」


 オ、オールスコア!?
 俺は驚き転びそうになった。少し大げさな反応のように思えるかもしれないが、俺の周りも似たような反応をしている。入学時の実技試験、それは少し変わった試験方法であった。スポーツの名門であるこの学校は、学力だけがずば抜けてあったとしても入学することは困難である。そんな学校だからこそ、入学試験の方式は独特で、一人20種目程の競技をさせられて、それら全ての総合点で合否を判定するのだ。実際、一つの競技で最高判定であるSを叩き出せば、合格は決まったようなものなのだが__俺の場合は剣道の一芸であるが__オールスコアというのはつまり、全種目でSを叩き出したということなのだ。これはこの学校始まって以来初になるのではないか?
 動揺を隠せない俺、その他周りの人々。まぁ無理もない。まさかこんな奴がうちの学年に__。


「あと、初めに言っておきますけど、俺、運動するためにここに来たわけじゃないので運動は一切しませんから。それに相手にならない奴らを相手にしても、どうせつまらないだけだろうし」


 はぁ!?
 周りの動揺が、さっきとは別の意味での動揺に変わったような気がした。凍りついた?という表現の方が正しいのだろうか。まぁ一つ言えることは、


『何なんだあの男は……』


 おそらく俺やその他の人間は同じ感想を抱いただろう。たった一人、ワクワクした表情を見せている翔を除いて__。



 講堂での始業式は無事?終わり、ようやく一息つける時間となった。教員の帰りが遅いのはいつものことなので、新クラスメイトたちは駄弁りながらワイワイ盛り上がっている。さっきの生徒の話をしているのだろう。__さっきの生徒に気を取られているおかげで、俺の話をしている奴が完全にいなくなってよかった。


「なぁマコト、お前はさっきの奴のことどう思う?」


 急に声をかけられてびっくりした。何だカケルか。


「特に気にはしてないけど、アイツ目立ちそうだし、面倒ごとには巻き込まれたくないかな」

「そうか? 俺は一回話してみたいなって思ったけどな!! すげー面白そうじゃんか!!」


 やっぱり食いついたか。そんな気がしてたよ。さっきのワクワクそうな表情からも納得だ。翔の好きそうなタイプだもんな、あの生徒。
 そうこうしている間に、教師がやって来た。新クラスメイトたちは、いつものごとく自分の席へと急いで戻る。


「えー、STショートタイムを始める前に、一つ話しておくことがある」


 一瞬、クラス全体がざわつく。
 おい待てよ、まさか。


「えー、先ほどの紹介でもあったように……」


 おいおい待てよ。おいおいおいおい。


「これからうちのクラスに入る編入生を紹介します。どうぞ入っていいですよ」

「どうも、羽生彼方ハブ カナタです。よろしく」


 やっぱりそうなるのね。

 こうして、俺の高校生活は大波乱を迎えるのであった。

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