見張り台

島倉大大主

 老人は銃を撃ち始めた。青年は呆然と、見張り台から外を見続けた。

 人々は続々と歩いてきた。

 老若男女、様々な職種、様々な人種が歩いてきた。
 老人は壁にあるスイッチを入れる。どこか壁の奥深くで、ガチリと音がして、途端に見張り台の下の方から、銃撃音が響き始める。次々と頭や腹を撃たれ、声もなく吹き飛んでいく人々。
 青年はそれを見続けた。
「な、なんで、こんなに――いつも、こんな風なんですか?」
「そんわけが無いだろう」
 ぱすっぱすっと気の抜けたような音と、薬莢が転がる音、それに火薬の臭いが見張り台に溢れる。ふっと下からの銃撃音が止んだ。
「くそっ、下の銃座の弾が切れたな。おい、新兵、お前ちょっと行ってこい」
「ど、どうして僕が?」
「お前しかいないからだよ。自動装填は五分かかる。連中はまだまだ歩いてきやがるからな」
 青年は外を見る。
 次々と塵になっていく前を歩く者を気にする事もなく、人々は続々と歩いてきた。
「……あの人達は、どうして――」
「さっきも言ったように、連中は『出現』した後、しばらくはボンヤリしてるんだよ。だから、ハッキリするまでは、道なりに歩くだけなんだ。まあ、個体差があるから、すぐにシャッキリする奴もいるがな」
 戸惑ったように辺りを見回す女性が、青年の視界に入った。あっと声を上げる間もなく、老人は、その頭を撃ちぬく。女性は崩れ落ち、人ごみの中に消えて行った。
「いや、だから、僕が言ってるのは、どうしてこんなに大勢歩いてきているのか? ということです。いつもじゃない、とすると、一体どうして?」
 老人は、マッチを壁に擦りつけると、煙草に再び火を点けた。
「いつもじゃない状態になった、ってことだろうな」
「……どういうことですか?」
「ここには通信機の類はない。連中に見張り台を乗っ取られた時の為の用心にな。だから、向こうで何が起こってるかなんてのは判りっこない。
 だから、まあ――」
 下からの銃撃音が再開した。老人も弾を装填しながら、七発撃つ。
「想像する事しかできん。まあ、当たってるだろうけどな。新兵、連中の着ている服を見ろ」
 青年は目を凝らす。
「さ、様々な服を着ています。スーツ、Tシャツ、コート、民族服、軍服、ええっと……」
「綺麗な服だろう?」
「は?」
「連中は死んだ瞬間の格好で現れるわけじゃない。死の少し前、数日から数か月前の状態で現われる。さて、今来ている連中は、人種こそバラバラだが、綺麗な服を着ている。近寄って懐をまさぐれば、財布や時計、電話の類も持っているだろうな」
「……都市部の人間? そ、それがこんなに大勢? あ、大規模な事故、もしくは災害!」
 老人は紫煙をくゆらせながら、撃ち続ける。
「そうだな。だが、もう一つの可能性もある。やけに軍人が多いと思わないか?」
 青年の体が震えだした。
「そんな……そんな!」
「まあ、真相は俺達には永遠に判らない。だから、お前も撃て。続々と来るぞ」
 青年は、頭を振った。
「いや……いやいやいや! それこそ、撃っちゃダメじゃないですか! だって、戦争なんて無意味な行為の犠牲者が、生き返ってくるんですよ!? これは――『奇跡』じゃないですか!」
 老人は青年を見上げた。
「お前は――連中を見て何も感じないのか?」
「いえ、だから、僕は――」
「連中が生前の姿で、『服まで複製されて』歩いてくるのは何故だ?」
「……服?」
 青年は外を見る。
 人々の足元から、風にまかれて服が舞いあがり、塵と共に裂け目に落ちていく。
「あの隕石の目的は何だ? 連中を造り出す――しかも服をまとって、すぐに活動できる、五体満足の状態で、ランダムに作り出すのは何故だ?
 そこに、悪意を感じないか?
 失敗した悪意を感じないか?」
 青年はゆっくりと首を振った。
「あなたは気が狂っているんだ。ここで、こんな場所で、こんな事をしているから!」
「例えば、何処かを侵略する時に、一番いい兵士は何か? それは地元の知識を有していて、地元に溶け込んでいる奴だ。しかも身元が無く、幾らでも代わりが作れる。更に言えば、同じ個体が一体もいないのだから、判別は不可能に近い。
 あの隕石は、落下の衝撃で何処かが、ぶっ壊れたに違いない。だから、侵略に使う出来損ないの兵隊を、無尽蔵に吐き出すんだよ。中途半端なコピーだから、自我を取り戻す。
 だから――」
「あなたは狂っている!」
 青年は再び銃を構えようとした。

 その時、彼の目に、ある人物が飛び込んできた。

「……見えますか、あれ?」
 青年の表情が、驚きから畏れ、そして歓喜の色に染まっていく。
 老人は発砲を止め、銃を降ろした。
 そして、下からの銃撃音も、何故か止まった。
 風がごうごうと吹き、色とりどりの服が舞い散る。
 その中を、一人の人物が歩いてくる。
「あれは! あの人は! 見てください! ああ、奇跡だ! 奇跡が起きたんだ! ねえ、見えてますか!?」
 老人は口から紫煙を長く深く吐きだした。
「見えてるさ、新兵」
 老人はゆっくりと、銃に弾を込めていく。
「……何をしてるんですか?」
 老人は銃を構え、スコープを覗く。
「撃つのさ」
 青年は銃を老人のこめかみに突き付ける。
「やめろ」
 老人は薄く笑うと、引き金に指をかけた。その指は震え一つ起きていなかった。
「あれが何だか判ってるのか?」
 青年も引き金に指をかけた。その指もまた、震え一つ起きていなかった。
「勿論判ってますよ。判らない人がいるんですか?」
 青年は微笑むと、老人に顔を近づけた。
「あなただって判ってるんでしょう? あの人――いや、あのかたは全人類を救うために戻ってきたんですよ!」
「あいにくと、俺は自分以外は何も信じていなくてね――それに、さっきも言ったが――」
「あんたの! 子供じみた! 妄想SFとか! どうでもいい! どうでもいいんだよ! 判るか!? これが人類の夜明けなんだ! これが世界の救われる道なんだ!」
 青年は涙を浮かべ、肺から空気を絞り出すように笑った。
「善人が虐げられる時代は、ここに終わりを迎えるんだ! 弟だって帰ってくる! 母さんも、もう泣かなくていいんだ! みんなが幸せに――」
 老人も笑いだした。
「おいおいおい! あんまり笑わすんじゃねーよ、新兵! お前には見えねえのか? あれはそんな崇高なものじゃねーぞ。誰だって便所で紙が切れてりゃあ、祈るだろうが。
 『その程度のもの』なんだよ、あれは!
 しかも、便所紙程の価値もないんだぜ、あれは!」
 青年は激昂し、銃を発砲した。
 だが、老人は一瞬だけ早かった。頭を振って銃身にぶつけ、火線をずらす。老人の被っていた厚手の軍帽が吹き飛び、血が飛び散る。その血が床に落ちるよりも早く、青年は狙撃銃で殴り倒されていた。
 老人は側頭部から血を滴らせ、青年を見下ろし、銃を青年の胸にひたりと着けた。
「……僕を撃つんですか?」
 老人は笑うと、さっと銃を上げ、見張り台の外に向かって、無造作に発砲した。

 遠くで、重い物がどさりと倒れる音が続いた。

 青年は目を瞬かせた。
「……何を――何をしたんですか?」
 老人はゆっくりと青年を見下ろした。
 薄闇の中、その表情は全く見えなかった。
 青年は、再び銃口が自分に向けられようとしているのを悟り、恐怖を覚えた。
「ぼ、僕を撃つんですか? でも、あなたは生きた人間は――」


 裂け目の中に落ちていく軍服と靴を見届け、老人は煙草をもう一本咥えた。

 ぼうっとした頭を振り、 老人は目を瞬かせた。
 今回は早かったな、と老人は溜息をついた。
 老人は青年に言ってなかった隕石の性質を思い返した。

『隕石が造り上げたコピーは、任意のコピーを造り出せる』

 だから、お前さんの弟は都合よく戻ってきたんだぜ?
 老人は笑うと、真っ黒な天を見上げる。
 俺がいつもやってるように、お前さんもやったのさ……。

 一体何度、青年のコピーを呼び戻したのだろうか?
 一体何度、同じことを繰り返せばいいのだろうか?
 一人で耐えられるのは、精々二年が限度だ。それ以上になると、眠っている間や、ぼうっとしている間に、いつの間にか青年がコピーされて来てしまう。

 そして、一体、自分は何度コピーされてきたのだろうか?
 誰かに撃たれたのだろうか?
 自分で撃ったのだろうか?

 あいつを確かに撃った。だが、その後の記憶が曖昧だ。煙草を咥えていたような気がするが、今は咥えていないのも、気に食わない。
 ずっと隠れている誰かが、いるのだろうか?
 それは、もしかして俺なのだろうか?
 あいつなのだろうか?
 あいつの弟?
 それとも――

 ここは何処なのだろう?
 太陽が無い。
 月もない。
 星すら見えない。
 ずっと、俺はここで銃を撃ち続けるのだろうか?

 老人は再び裂け目を覗いた。
 この服がこの裂け目を満たすのに、どのくらいかかるのだろうか?

 老人は目を上げた。
 見張り台の闇の中に、何かが見えた気がする。

 とりあえずは――

 老人は銃を握り、煙草を咥えると、体をぶるりと震わし――

 見張り台を目指して歩き始めた。

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