アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

269 Remembrance of Things Past Lost in red summer

「幸せはー。歩いてこない。だーから歩いてゆくんだねー。1日1歩、3日で3歩。3歩進んで二歩下がる〜♪」
「・・・」
「・・・この歌あまり好きじゃなかった?」
「・・・まぁ、その・・・自分から幸せに向かって歩いて地道にコツコツ頑張ってるのに、なんで進んだのに2歩下がらなきゃいけないのか僕には理解できない・・・」

 蝉が煩い裏山の道で君が唄う。彼女は表現を和らげてそう尋ねたけど、正直こんな歌、嫌いだった。 

「でも私たち今、上に向かって歩いてるよ?」
「それはそうだけど・・・ただでさえ僕・・・僕は人より遅れているから」
「低くても、小さくても頂は頂だって私は思うな・・・違う?」
「違わない・・・」
「だよね・・・くらえッ! ワンツーパンチ!」
「これ・・・全然痛くないね」
「あなたのつけた足跡にゃ〜きれいな花が咲くでしょう♪」

 君がそうやって謳った。あのパンチ、全然痛くなかったなぁ・・・。

「時には足を止めて振り返ってみるのも悪くない!」

 ・・・そして、痛くはなかったが飛んできた拳の勢いに負けて振り返った所にあった景色は今でも明瞭に覚えている。

『どうして今この歌なんだ・・・前世の僕の生き方そのもので、最も忌み嫌う生き方・・・でも彼女に出会ってから僕は変わった』

 下がれば3歩目を踏み出した昨日の僕に笑われるしもっと楽(ラク)したい・・・でも3日で一歩だからどうしたって、悔しくても恥じることはないじゃないか。だってスタートラインより後ろには下がっていないんだから・・・あぁ、こんなに晴れて良い天気なのに──・・・もうすぐ嵐が来るのかな。

「僕たちの生きてる世界だ・・・」

 風に揺れる葉、踊る木陰たちの共演、影をはっきりと映し出す光、山道に沿ってまっすぐ伸びる青空の道、眼下に広がる人が生を営む街、目線の高さの先で堂々と白く膨らむ入道雲。

「この景色を見るために私たちは歩いてきて、そして、帰るために下るのだよ〜」
「帰りたくないなぁ・・・」
「・・・でも帰らないとね」
「そうだ・・・でも本当に美しいなぁ、この世界は」

 結局、僕らの頂はあの中腹でさ。でもアレはアレで今もこうして振り返ることのできるいわゆる良い思い出ってヤツになったわけ。本当に尊いよ、世界ってヤツは・・・。 















「ダああアアアアァアアアア!!!!──クウッ!!!」

 必死になって空中に開いた穴に飛び込んだから、着地は思いっきり失敗し地面に強く肩を叩きつけてしまった。

「ウォルッ・・・兄・・・」
「俺は大丈夫だラナ! ──レイアッ!!!」

 戻ってきた仲間が両腕に抱えているものを見て、その場にいる誰もが一時言葉を失ってしまう。

「四肢の先はボロボロだけど、体幹と頭はまだ・・・」
「どうしようレイア血が止まらないよ!」
「血管がズタズタで上手く繋げない・・・どうしよう、これじゃあもう・・・」
「お願いしますレイアさん! なんとか、なんとか助けてあげてください!」
「こ、こうなったら私の雷蘇生術で・・・」
「ダメ! 今ショックを与えたらそれこそ命取りになる!」
「ご、ごめんなさい!」

 強い言葉で退けられてへたり込んだ彼女も、この場にいる誰もが混乱している。パサパサと落ちた表皮の下、身体中を走った稲妻の跡が濃く焼き付いているにも関わらず、血管の路なんて関係なく全身に広がる痛ましい惨状は見るにも想像するにも耐えない。

「2人が身を挺して防いでくれたから助かった・・・それにブレイフが・・・そうだ2人は──!」

 見るも無残な姿になってしまったリアムをレイアに引き渡し終えたウォルターは、直ぐに自分達を守ってくれた2人のいる方へ視線を向ける。

「クゥウ・・・!」
「ヴルルウル!」

 するとそこには、横たわる相棒の側でまだスコルと力比べを続ける2人が──。

[グッ・・・! ガハフッ──!!!]

  しかしウォルターが前線に視線を向け間もなくして、突然スコルが何の前触れもなくむせ返るように不規則に息を吹き出した。

「ハァアアアアアッ!!!」
「ヴウウウウッ!!!」

 そしてなんとそれまで上から抑えつけられるだけだったエリシアとティナがスコルが押し返し、とうとうひっくり返るように2人に押し返されたスコルはそのまま後退りして体勢を立て直しつつも何かに苦しみ続けていた。

「カッ・・・!」
「ハァ、ハァッ・・・!」

 しかしあの巨体をまだ10やそこ等の少女がその小さな体で受け止めるにはあまりにも無理があった。 

「ゲイル! 今のうちに2人を回収したい!・・・頼むッ」
「だが魔力が・・・」
「僕のを使えないか──?」

 アルフレッドの家系は代々他者の魔力に干渉し己の魔力を同調させるのが得意である。本来他人の魔力を使って魔法を行使するなど魔道具などのフォーマットされた道具を使わなければ難しいところであるが──、

「魔力ブースト・・・やるぞ」
「一か八か今使った道に残存する魔力痕に感応してもう一度・・・開いてくれッ!」
「いいぞ開いた!!! ウラップウィンド・・・よし、回収したぞ・・・酷く消耗してはいるが息はある」

 限界を超え背を地につけた2人をゲイルとアルフレッドが急いで回収する。僅か1分にも満たない時間の強襲であったにも関わらず足を受け止めた腕は焼け焦げ、意識を失った今もまだ魘されているほどティナとエリシアの消耗は心と共に相当激しい。

「すまない無理をさせて・・・」
「必要なことだった・・・だがもう・・・それにしてもどうしたと言うんだ・・・スコルのやつ急──・・・」
「ゲイル!!! フラジール診てくれッ!!!」
「お任せください!!!」
「しっかりしろ!・・・ って、僕もこの様(ザマ)じゃあ・・・しっかりしろ、ゲイル、アルフレッド・・・」

 一般の学問を納める学生生活を送ろうが、僕はまだまだ幼稚な泣き虫は卒業できてないらしい。

「暴れてる・・・感じるゾ・・・お前の存在を・・・」

 ゲイルとアルフレッドが傷だらけの2人を回収に成功した後、ウォルターはその後”ガッ──ゔぇええ!”とえずき苦しみ続けるスコルをただただ傍観しているしかなかった。

「ンクッ・・・ゲイルさんは・・・大丈夫、呼吸は安定しています・・・リアムさん・・・エリシアさん、ティナさん・・・グスッ・・・」

 隣で声を押し殺し涙を流す私がお仕えする大切な人・・・私も泣き虫は卒業できていないらしく、ウォルターさんたちを護ったお二人に全て魔力をお渡ししてしまったためもうバフをかけられる魔力もありません。アルフレッド様、ミリア様、どうか、どうか後をよろしくお願い致します。

「な、何泣いてるのよ・・・ンヘッングッ!!! ば、ばっかじゃないの!!!」
「お前こそ!!!  僕は、僕は泣いてなど・・・ッ!」
「わ、私は・・・だってだって・・・だって!!!リアムも前回・・・ヒグッ・・・」
「言うなバカ者! それより2人を・・・2人を正気に戻すぞッ・・・グゾッ!」
「やっと言ったわね!馬鹿っていう方が馬鹿なんだから゛! 守るわよ゛!!!」

 前回リアムはこれほどの痛みを一人で抱えたというのだろうか・・・想像するに9倍か、9乗か、それ以上かにこの辛い悲しみが膨れ上がれば僕らの心はきっと停止し、人間らしく色んなことを考えることを辞めてしまうかもしれない。

「俺にも守らせてくれ・・・アルフレッド、ミリア」
「もちろんだ・・・ッ!」
「一緒にみんなを守るわよッ!」

 戦場で狂気に呑まれ狂った2人のように・・・とは流石にいかないが、

[ガァアアアァア!!!]

 原因不明の苦しみに悶えながらもこちらへと向かってくるアイツが後ろの仲間たちに手を出さないよう今度は俺たちが守る番だ。

「体が消えない・・・ってことはまだ、生きてはいる・・・どうやって?」
「ウォルターはそのことに気づいてリアムの救出に向かった・・・しかしアレは生きてるって言えるのか・・・まずい・・・出血が止まらない」
「それもあるけど見た目以上にまずいよあれは。あれだけの熱に晒されたんだ。今流れ出ているのは焼灼を免れた僅かな残りで蒸発していない血が残ってるだけでも奇跡だ。今僅かに残留するモノ以外の体内の血液はもうほとんど凝固してしまっているんのではないか・・・死に行く彼にそのまま手を付けずなどということレイアはしないだろうが・・・アレじゃあレイアの・・・いや、僕が持つ魔法でももう癒せない」
「死んでいくのをただ待ってるしかないの!?・・・でも血が流れすぎておまけに重篤な火傷、筋は萎縮して体内の水分が根こそぎ奪われてる・・・リアムちゃん・・・」
「が、頑張ってレイア! なんとかリアムを治してあげて!!!」
「なんだよアレ・・・あんなの人間がどうこうできるレベルじゃないぞ・・・ッ!!!」

 メガフラッシュがリアムの魔法防御を貫いた。・・・アレは、雷霆の一撃。範囲と規模さえ違ったが、昔一度だけ見た雷帝(パトス)の一撃によく似ている。騎士団訓練に参加した国王の放った一撃の初速は秒速にして約150km、とても人間が反応できる速度じゃない。更に雷は放たれた瞬間よりも落ちる瞬間に通り道を形成し最高で1000倍近くまで加速するという。例え魔眼で捉えることができたとしても細胞間の電気伝達命令で情報を伝達する肉体は反応できない迅雷の領域。それにあの雷速と仮に同速以上で動けたとしても空気抵抗によって肉体が粉々とミンチになる。しかしスコルが雷霆に匹敵するあんな奥の手を隠し持っていたそのことよりも、なぜそんな雷の一撃を受けてリアムの肉体がまだ原型を留めているのかが不思議でならない。

「お姉ちゃん! リアムの呼吸と脈拍を測ってて!」
「レイア・・・リアムもう息してないよ・・・」
「そうだった・・・気が動転して・・・こうなったら私が一か八か・・・それともいっそ・・・」

 ・・・それともいっそ、リアムは息もできない暗闇の中で苦しんでいて、一番早く痛みを解消してあげられる術は・・・ダメ、私にその判断は下せない・・・。 

「そうだ薬はッ・・・ない」

 リアムが私たちに作った薬。もしもの時にはと彼から直々に許可をもらっているあれなら、僅かに、僅かに罪悪感を軽くできるかもしれない・・・けれどそうだった。私たちのアレは全部ゲイルがみんなのために・・・残りの1つは恐らくリアムの亜空間の中で本人でしか取り出すことはできない。

「やるしか・・・ない・・・」

 人の原型を留めてはいるが皮膚はあちこち開放的に裂け、内面はズタズタで頭と体の形は残っていても一概に生物としての原型を留めているとは言い難い。こうなったら一か八か私が賭けに出るしかない。安定しなければ正常な意識は失われ暴走する。何せここには、まだ未熟な私のリミットブレイクを手助けるアノ魔力はほとんどない。

『・・・ヤメナサイ、レイア』
「・・・ッ!」

 ──が、レイアが覚悟を決めようとしていたのも束の間・・・目が開いたり閉じたりしたわけでも、眼球が反応したわけでも、唇がわずかに動いたわけでもない。鼓膜だって破れていて、脳だけがギリギリ生きている状態で私たちの声も聞こえているかどうか。それなのに意識を失っているはずのリアムの腕だけが一人でに動いて精霊の名を口にしようとした私の行為を阻止した。 

「腕が・・・!」
「そんなバカな!あんな状態で・・・どうやって動かしたんだ!?」
「不死身かあいつは!!?」

 息もしていない筈のリアムの手がレイアの腕に触れた。熱で指がくっついてしまっているため掴むには至らず、そして無意識にも見えるがそもそもあの状態で体が動いたこと自体ありえない、考えられないことで、これには観客達も冷えに冷やされた肝を凍らせる。

「ど、どうして・・・どうやって・・・」
『まだ100年前に失われし特徴を補う魔力の供給が不安定なこの世界で無闇に内なる力を解放するのは止めなさい。均衡は保たれず、あなたの練度では外に引っ張られて氾濫するだけです』
「こ、声が・・・この声は・・・」

 どこからともなく聞こえてきた声。しかし声の主はレイアの疑問をよそに話を続けていく。

「腕が崩れて・・・ッ!」
『やってしまいましたね・・・しかしこれももう些細なことです。・・・さて、その力は人体を形成する肉と骨に強く干渉できる力を持ちますが、本来は魂と肉体をくっつける力でありながら時がくればそれらを引き離し魂をエデンの輪廻へと返すための力です。ですから悪くするとあなたの魂が還ることになります。そうでなくとも曖昧な境界線に身を置くことになり肉体と魂を八つ裂きにするような状態に自分を追い込むわけですから、半端な乖離が齎す暴走と激痛に見舞われます』
「そんな・・・でもアニマに頼るしか私にはもう術がない」
『・・・その源の名はアニマではありません』
「アニマじゃない・・・?」
『アニマはあなたのお父様に混じった精霊の名であり過去に私を形成した子らの一つ。アニマと打ち解けたエドガーならいざ知らず、まだ名のないあなたの内なるもう一つの命が声を上げて泣いて良いのはせいぜいエリアDかあなたの行ったエリアEの底の揺り籠の中だけ』

 次々と並べ立てられる不可解な裸(はだか)言葉を前に、当然レイアは困惑する。しかし混乱の中に一つだけ・・・一つだけのとある感覚が彼女を平静に留めていた。声が鼓膜に直接、もしくは脳に直接か、魔力を介した念話にも似た不思議な声が私の内なる一部に命名する。

『王冠は遙か遙か昔に友人に託しましたが、性質は変わらず私は世界に生きる全ての存在の裏側を司る力の根源を治める星の衛星。全ての命の双子たる私が名を授けましょう。あなたの中にいる新しい星の子の名前は ──アニムス、再び胎動なさい』

 ──・・・名乗れ・・・と。これがこの子の・・・この名前があなたの本当の名前。

「アニムス」
「・・・どうしたのレイア!?」
「──ッ、・・・あふれてくる」

 体の内から白と緑色の魔力が溢れてくる。どれだけの修練を積んでも手に入らなかった力が、この瞬間だけは我がモノとなっていく。

「レイア!? ね、ねぇ大丈夫!?」
「・・・ララ」

 新たな産声は、白と緑の光の交差から始まる。

「ララ・・・?」

 そして産声は別の命の再誕を誘発する。姉妹であるから、より明確に共鳴してみせる。

「えっ・・・にや、なにコレ!? 魔力が溢れてくる!」
「精霊の魔力!?・・・まさかここにきてラナも具現化を!?」

 後ろの仲間たちを守るように背にして戦うウォルターがラナの中にブレイフと似て非なる力の波動を感じ取る。

「ララ?・・・どうなってるんだ、それにアニムスだって? ・・・ラナとレイア、2人ともが同時に混じった精霊の真名を知ったのか・・・何故このタイミングで・・・」

 その様を終始映像越しに見ていたエドガーは自分の目に映っている光景を疑って目を大きく見開く。湧き上がる驚きと熱を隠せない。

『運ぶとはすなわちアストラルにおける力学、要は向き次第で引き離す力にも、留める力にもなるのです。破壊と再生を繰り返しなさい。レイア、あなたは既に役目を終えた細胞の破壊を。そしてラナには回復の光を使わせなさい・・・今のあなたたちなら協働してリアムを蘇生できます』
「でもそんなことしたら体が負荷に耐えられないでショックが設計図そのものを壊しかねなくて・・・」

 体はね、細胞(セル)ってものすごく小さい単位の集合体で、更にその中にある核に遺伝子という肉の設計図が格納されてるんだ。それは両親から受け継がれし設計図。僕の中にも父さんと母さんの遺伝子が受け継がれているし、レイアの中にはカミラさんとエドガーさん、それから受け継がれるという連続する性質からしてマレーネさんの遺伝子も受け継がれている・・・そうして、お父さんも、エルフのおばあちゃんも、誰も知らないような生物の学を私に教えてくれたのはあなただった・・・でも、これは明らかに逸脱してる。

『大丈夫です。何せ彼の肉の設計図はあのイデアが手掛けた唯一の体オリジンですから・・・あの雷の直撃を受けてまだ魂と肉を結束しているんですよ? ちょっとやそっとの震えで壊れるような構造はしてません・・・人1人が生み出す死の魔力などではね・・・』
「それはどういう・・・」
「きゃああなんか声が聞こえる! 私ここに来て幻聴を聴くほど壊れた!? リアムがまだこんなにひどい状態なのに・・・私ときたら・・・」
『悲鳴をあげている暇なんてありませんよ・・・さぁ、始めなさい。アニムスはエドガーと共に数々の困難に立ち向かい術を学習したアニマから2度の設計を経て生まれ、命の魔力が非常に薄い環境にも適応できる高い耐性を持ちます。同時に設計の変遷を読めるアニマから生まれたアニムスは2次的にあなたのお父様の知識を蓄えている』
「父さんの・・・知識」
『解き放ちなさい。意識はそのままに、強張りのみを体から乖離させてアニムスとララに委ねなさい。人とエルフの血を持つあなたたちだからこそできる業です』

 知識とは識であり、しばしば、いやそのほとんどが初めは擬似的な経験である。実際に経験してみなければわからないことも多々あるというのも事実であるが、知識の習得の目的の1つは利用することであり、調べ、習得し、実践して、条件と効用を満たせば最早それは知識でありながら、ほとんど実用性を兼ね備えた経験となる。
 
「私はッ、私は・・・どうしていつまでもこんななの? 真面目になりたいのにッ・・・」
「ラナ、手を」
「レイア・・・?」
「お願い、私の手を握って・・・そして唱えて・・・回復(ヒール)って」

 互いの中の溢れ出る魔力、レイアとラナは手を重ねて互いの中で鼓動する精霊の存在を感じとる。

「・・・わかった」

 そして・・・せーの。

「ヒール」
「ブレイク」

 2人の声が文字数の違いとともに乱雑する。だが手法、方法に迷いはあれどリアムを救うのに躊躇いはなかったから、頭はぴったりと揃ってラナとレイアの呪文は現世に言の葉を落とした。

『首から上に集中してはじめに骨を。血を造る細胞を蘇らせ増血を促してください。次に血を巡らせる管の再生です。焼けた血管の中で固まった血もろとも血栓を破壊(デブリ)して慎重に修復(リペア)。増血した血液が通る道ができたらアリエルの力を借りて循環を、水魔法の応用です・・・』
「そ、そんなの・・・そんなことがもしできるなら・・・」
『2つの属性を持つアリエルだからこその技です。専用の魔法式を知らなければ不純物を含んだ液体の操作は高位精霊でも難しいですから・・・血液などもってのほかです』

 そんな発想脳裏に触れたこともなかった。でも言われてみれば不可能ではないのかもしれない。直接水分を補給できるような魔法があれば便利だなとゲイルにそれらしい魔法をかけた結果私は彼の汗腺を刺激してしまい逆に干からびさせかけてしまった。回復・・・んーん、命と水の魔法を複合し掛け合わせれば・・・でも魔法で血液を操るなんて・・・もしそんなことができるなら・・・怖い・・・しかし恐怖など今は手を震わせる邪魔者でしかないッッッ。

「頑張って・・・リアム」

 今私はリアムを助けるために全力で目の前のことだけに集中しなければならない。


















「・・・ねぇ直人?」
「ん? 早く戻らないとお昼と薬が・・・」
「やっぱり戻るのやめにしない?」
「何を言ってるんだ鈴華・・・」
「ホント、世界に対して人の存在が大きくなりすぎた。意義なんて言葉で自分たちの行動のほとんどを正当化して好き勝手しちゃって。おかげで私たちはこの絶景の次に控えている、人間という集団の大きさと自分との比較にスグに現実に戻されるの。ぬくぬくと生活できる奴ほど社会的意義とか、そういうのに精を出して、その分結局適合できない人たちが苦しんでるのを見て見ぬ振りよ。苦しいね、寂しいね・・・辛いね。劣等感を感じて、惨めになって、また枕を濡らすの」
「・・・」
「わかるのね・・・あなただから」
「・・・ならもっと上に行かない? 今の僕だったら登れるよ」
「うーん、それは無理かな。だってあなたはもう違う世界の住人でしょ。それよりもさ、世界なんて概念も存在しない血溜まりの底に一緒に・・・堕ちない?」
「──おちる?」
「どうせまた濡れるんだもの。なら、ね・・・いっそ夢に身を委ねて落ちるの。暗い暗い・・・水なんかよりも光を通さない冷たい血の微睡の底に私と一緒に堕ちましょうよ」

 華奢な君の腕が首に纏わり付き、掌で優しく僕の頭を抱え込む。鼻腔を甘美な氣が占領し全身が彼女の香りに包まれる──・・・と共に、蝉の音が、彼女の音と僕の音以外の全ての音が遮断される。

「所詮、社会は強者が優越感に浸って自己満足を得るためだけにある繋がりだとでもいうのか、君は」

 今にも抱きしめ返してしまいそうになるのをグッと堪えて訊ねた。だが言われるが侭にならずきっぱりと切り返した僕に君はピクリとも動揺せずに、そして、耳元で囁いた。

「三千世界の烏を殺して私も貴方と朝寝がしてみたいわ。だけど自覚するべきよ。カーカーカーカー、あれをしたいだのこれをしたくないだの鳴いている内は貴方も私も人社会に邪魔な烏と変わらない。だから私は烏を受け入れて混ざることにしたの。貴方も私と1つになりましょうよ・・・そうすれば、貴方の悩み全てを忘れさせてあげる」
「世界はもっと広大であるべきだ。そしてもっと不透明で・・・あって欲しかった。前世では本当によく絶望していた。知識を漁って、漁って、漁ってもキリがない。それに漁って出る埃といえば先人達への嫉妬ばかりで、彼らが現在でいう常識を発見しただけで讃えられていることに醜く苦い思いを抱いた。自分ならこの程度のこと、同じ時代に生まれていればきっと彼らより先に発見できたに違いない。物語を書けたに違いない。理論を打ち立てられたに違いない。何故、後世の人間は先人達が狩り尽くしてしまった偉業と呼ばれる常識に苦悩しなければならない? 」
「そうよ・・・」
「でもこの問題の根の深さはまだこんなもんじゃない。だって僕らは彼らが当時になかった新しい何かを生み出したから讃えられていることも知っている。ならば何故、僕は嫉妬する・・・そうだ。僕に新しい何かを生み出せるような情熱も才能もないからだ。でも、もし自分だったらと考えずにはいられずスパイラルにハマってしまう。自覚していても抜け出せない連鎖だ・・・僕は生き急いでいた」
「・・・なら、社会から脱したいと願ったことは?」
「・・・願ったことくらいなら。こうしてきっと僕らは絶望して、生きる意味を少しずつ、少しずつ失うんだろうなと思い込んだ時のやるせなさときたら、もう・・・ね。全ての知が狩り尽くされたその時、生きる意味を失って滅びる・・・100年やそこらの内に時代は大きく変わった・・・10代でスマホなんてものを手にした日には激動の知が齎す人間という種の終焉を見た気がしたよ。SNSや掲示板なんて類のものが登場して知らない人と盛り上がるためにどんな会話をすればいいのか、どんな経験談を話すのが説得力があって、どんな話題を共有すれば喜ばれるのか、面と向かってでさえ友達と呼ばれる関係を持つ術を知らなかったしパブリックな憩い場でも誰かに自慢して話せるような体験談もない僕は当然画面を見ているだけで自ら発信することもなかった。そしてそこでも集団から溢れてしまうのならならいっそ社会なんぞ脱して還ってしまう方が楽なんじゃないかって思った。才能もない、劣等感の塊でしかない僕にはもうとっくに知識のシンギュラリティなんて訪れていたにも関わらず、時代への敗北を自覚しながら受け入れたくないって・・・だってやっぱり一人じゃ寂しい」
「なら私が一緒にいてあげる。ずっと一緒にね・・・そのために恥をかなぐり捨てましょう。そうすれば連絡先の空欄だったり、着信音や通知音が鳴る、鳴らないなんて些細なことで憂鬱になることもなくなる。そして私たちがずっと一緒に居られる場所に還りましょう、背中に羽を生やして逃げましょう、囃しましょう・・・そうして朝焼けに焼かれまいと必死に羽ばたく貴方の逞しい姿を私に見せて・・・そして、私にも鳴かせて・・・人の世を呪うあなたの三千大千世界で、一緒に・・・」

 眠れず迎えた朝に鳴く煩い烏・・・彼らを殺すのではなく、同類になって仕舞えばいいんだなんて、・・・なんて強引な理論なんだ。

「私たちなら支配できる」

 どうしてだろう・・・こんな強引な誘いだというのに君となら身を委ねてみても良いかなと思ってしまう。例えこれが、一夜の過ちだとしても今夜だけなら──・・・。

「女神は人の子を不死身にするために昼に神の食物を彼の身体に塗り、夜にその子を火の中に放り投げたらしいですよ。ですから夜の女には要注意です。それも終わらない夜となればどうなることか・・・安易に極夜に飲み込まれてはいけません・・・闇に焼かれ続けますよ」

 背中に両手が触れていた・・・あともう少しで彼女を強く抱きしめられた。しかしどこからともなく現れた一人の女性の声が僕たちのこれからの行為を遮った。

「邪魔をしないで・・・あなたに私たちの声を遮る資格はない」
「覚えていますか? 私たちが精霊と竜だと正体を明かしても私たちの関係はあまり変わらなかった。ただあなたが私たちのことを一つ知って、もう一つだけ・・・アレからあなたとイデアの協奏にも名前がないと締まらないっていって・・・決めたでしょ、あなたたちの曲名を」
「曲名・・・」
「なぜお前が私たちの邪魔をできる! 私たちに選ぶことすら許さずに道連れにしたお前がどうして私たちの道をまた阻む!」
「そうです。記憶がなかったんだとか、マスターの器に紛れたのは不可抗力だとかグダグダ言い訳をしましたが・・・私は・・・決心しました。明確に、私の意志を持ってあなたと契約します。私との正式契約なんて、あなたが最初で・・・最後です。光栄に思ってください」
「無視をするな!」

 イデア・・・そうだ。彼女はイデアだ。そして僕はリアム。今はナオトの名を名乗っていない。彼女の登場でだんだんと意識がはっきりとしてきた・・・そしてこれは恐らく夢なのだろうと・・・でもよく見たら・・・イデア? 彼女にしては大人びているというか、僕の知ってるイデアはこんなに美しい大人の女性ではない。もっと俗物的で小生意気な心の隣人・・・。

「君だ」
「・・・私?」
「僕に一人の寂しさをはっきりと、明確に自覚させたのは君だった」
「ど、どうして私が!? 私はずっと貴方と一緒よ! ・・・出会ってからずっと一緒。まだ2週間って短い期間だけど、凄く楽しかったじゃない・・・貴方はどう? 私は貴方とならずっと一緒にいてもいいって思ってる。それくらい楽しかったから」
「僕も楽しかったよ。だから家族以外とできた初めての絆の大切さを知ったんだ・・・そして、失った」
「そんなのいずれ全てが無になることにも気付かずにせっせともがいてる奴らがバカなの! 貴方もそのことに気付いたじゃない。だからそこから抜け出して、全てを忘れられる私の所へ貴方を誘ってあげた」
「君は・・・誰?」
「・・・」

 後は引き寄せるだけだった背中に置いた手と、くっつきかけていた体を離して何者(キミ)の正体を訊ねる。彼女は彼女じゃない。何故なら鈴華は、彼女はこの2週間後にはもう・・・。

「生まれ持った知識をアイデアとしてひけらかし、大舞台の奏演で指揮を務め、大観衆の前で圧倒的な力を見せつけた・・・もう十分だろう。お前は私たちに体を委ねてれば良いんだよ・・・」

 すると何者かはそう応えた。

「あなたはなんのために生き返ったの?」
「勇者としても不適格。心が不安定すぎるし、それどころか役目を放棄してる」
「にっくきベル」
「我らが英雄ベル」
「頂戴、私に・・・もっと、生きていたかった・・・だから、私に」
「いいや、私に・・・」
「寄越してよ・・・ね? 寄越せ・・・」
「寄越せ・・・お前の体を・・・」

 一つの質問に対して一体どれだけ回答するのか。質問の答えにはなっていない・・・なら、事情を知ってそうなもう一人の人物に質問の矛先を変えることにしよう。

「あいつらは何?」
「大丈夫。彼らはハイドがなだめ、慰め、癒してくれている最中です。いずれは全ての魂がまた、同じエデンの輪廻に還ります」
「それで君は誰? イデアにそっくりだけど・・・」
「私は・・・今は現世に顕現するだけの実体(うつわ)をなくしてしまいましたが、この世界のあらゆる発現と消滅の端であなたたちをいつも見ています。あなたたちの魂の流動を、このイデアの世界から」
「もしかして・・・命の・・・精霊王?」
「そうです。イデアも私の子、ですから似ていてもおかしくはないでしょ?」
「待ってくれ。なんで僕とイデアとのことのはずなのに私たちが精霊と竜、それから君が僕と契約するって! 私が契約するってなんでッ・・・それにどうしてあそこで鈴ッ・・・すンンッ!・・・名前、口がッ!」
「あなたはただイデアと奏でる曲の名だけを覚えて戻ればいい。それにここを出ればまた彼女の名前はいつでも口にできます。さぁ・・・行って・・・そして唱えて」

 彼女の名前を言おうとすると急に瞬間接着剤でくっつけられたように開かなくなった口に四苦八苦して再び彼女を見れば、そこには彼女も、そしてもう一人の姿もなくなっていた。

「嵐だ・・・」

 そして気が付けば、遠くにあった雲が空を覆っていて激しい雷の音がもうすぐそこまで迫ってきていた。

「全然良くならない・・・それにもう私・・・」
「ラナ・・・」
「ご、ごめんレイア・・・」

 やめてと名前とその後の無言で言わレたことに気づくとラナは再び手元の傷の回復に集中する。

『表面はひどいけど、やっと首より上の神経が・・・それでもまだ・・・』

 この体は凄すぎる。普通の人の身体だったら、私たちの身体だったら・・・そう考えただけで、身が何度も何度も竦む。

「レイア!今まぶたが・・・!」
「もう少し・・・もう少しだから・・・頑張って・・・リアム」

 ピクリと、まぶたの薄い筋肉が僅かに動いた。

「我々は今、奇跡を見ているのか・・・」
「例え彼がこの後再び命の火の勢いを落とそうが関係ない・・・これは正に奇跡だ」

 その行き着く先を見届けようと映像に釘付けになる誰もが思い思いの声を潜めながら溢す。既に皮膚の表面まできれいに・・・まだ、首からしたはグチャグチャだけれど・・・。

「あんな状態で動いた!? そんな馬鹿な!!!」

 ただの不随意の反射だとしても、あんな状態で反応が返ってくること自体考えられない。あの時は竜の力が混じっただとか、仮面の正体についても様々な考察をしてみたが、オブジェクトダンジョンと深い関わりがあるのであろうアレが竜であるという確証は何ら未だに得ることはできていないのだ。しかし、この見解が意外と間違っていなかったのではないかと先ほど観客の前で失われた魔法史について研究成果を披露したエドガーは手に汗握らずにはいられない。

「・・・ダメ」
「ラナさん!」
「ナイス、フラジール・・・へへッ。ごめんね・・・あなただって限界ギリギリなのに・・・私、もう限界みたい・・・ごめんね、リア・・・ム」

 内包する魔力の今までにない大きさに精神が疲弊し、遂にラナが気を失った。そして私にももう、緻密な作業が続けられる精神力がほとんど残っていない。これ以上の回復は無理だ。後できるのは魔力をアリエルに託し修復した細胞から次々と造り出される血液を魔力が完全に切れるまで頭の中をグルングルン廻し続けることぐらい。

「もう・・・もう・・・」

 そして遂に、レイアにも──。

「私、疲れちゃったよ・・・でもね。ものすごく、頑張ったよ・・・」

 どうしてなんだろうね・・・私には、もうあなたがまた動き始めることを見守ることしかできない。

「・・・私、リアムを・・・殺しちゃうのかな」

 これはもうタダの祈祷であり、事は魔法から祈りの領域に再び引き戻った。

「なんて・・・バカなこと言ってたら、起きてさ・・・私を叱ってくれない?」

 絶望に呑まれそうだ。後、もう数秒が経てば私はこの苦しみに耐えられなくなる。今にも現実から逃げ出してしまいそう。

「お願い・・・生き返って」

 ポロポロと涙を流すだけしかできない事が情けなさ過ぎて、あなたと面と向かって向き合えるのはこれが最後になりそうな気がする。だからかな、最後の最後に無性にあなたの温もりが恋しくなった。






 
「寒い・・・」






 恋しくなって・・・ころ・・・あなたをこの手で殺したくないッ。




「・・・イ・・・ヤだよ・・・リアム・・・」




 まだもっとあなたから学んだり、その代わりに私が傷を治してあげて、疲れを癒してあげて、でも完璧な人間なんていなくて、完璧になる組み合わせなんてのもなくて・・・だからちょこっと調合をミスしちゃったりして、落ち込んで、笑い合って・・・今の関係を壊したくない。そしてもっと、親密に・・・関係を深めていきた──い。







「・・・ここはどこ?」

 何処(ドコ)だろうこの白い世界は・・・それに誰かが其処(ソコ)にいる。だけど何かが視界の端にチラついて全体がよく見えない。

「・・・あなたはだれ?」
「・・・」
「もしかしてアニムス?」
「・・・」
「違うの・・・?」
「・・・」
「お願い、何か言って・・・あなたの顔がよく見えないの」
「・・・」
「あれ、そもそもなんでよく見えないんだろう・・・私、何か被ってる?」

 もっとよく、もっと近くであなたのその表情が見たい。そう思いながらどうして視界が狭く制限されているのかに気付き、頭に両手を伸ばして其れを脱ぐ。

「・・・骨?」

 どうやら私が彼の顔を見るのを邪魔していたのは面のように被っていたコレだったらしい。被り物をとると、手元にある私が被っていたソレの様相は獣の骨だった。




「バックドアに干渉した・・・やっぱりあなたがシーラホーンだったんですか♪」





 シーラホーン?・・・しらほね・・・白骨・・・これは角のある・・・山羊・・・だろうか。
















「あ・・・」
「あ・・・?」

 ・・・今、私どこに・・・殺したくないって、現実が辛すぎて変な幻覚見ちゃってた?・・・でも、今私を現実に引き戻した声って──・・・”あ”って。

「・・・???」

 不思議なトリップから戻ってきて、レイアは音の聞こえてきた方に視線を下げる。
 
「ナ・・・ムネー・・・シス」

 その手に命の裁量を委ねられてしまったレイアが、全てを手放し横たわるリアムに体を委ねる事を留まってから僅かに2秒後のこと──。

「・・・ッ!?」

 心臓が動いていないのに、肺は焼け気道を空気が通っていないのにどうやって声帯を動かしたのか・・・うん、わかんない。わからないし信じられないけど──・・・






「スゥー・・・」






 信じられないけど息を深く吸った・・・コレが現実だ。だってあなたは──。
















「リアムだものね」
















 あなたは・・・リアム。
































「ブート」







 
 大きく息を吸い込むが如く彼の気道へと吸い込まれていった空気が再び外に排出されながら声帯を震わせる。そしてその魔法の言葉を皮切りに、どこからともなく現れた蛍のように輝く光子がくっついていき、未だ無残な姿で残っていた首から下を中心にリアムの体を包んでいく。

「ゥ・・・う・・・」

 ・・・傷が癒えて呻きがハッキリとしていく毎に再生は加速していく。

「ハハッ、嘘だろ・・・どうしちまったんだよリアムは・・・な、なぁ」
「見てるかいダリウス・・・僕はなんでも否定から入るのは嫌いなんだ・・・だけど否定に傾倒せざるを得ない程のあれこそが・・・神がかった奇跡(ナニカ)だ」

 やがて光は全身を包み込み、そして、心臓が再び拍動し始める。

「体が震(ブル)ッて・・・はわああッ! やっぱりリアム様は──!?」
「若・・・あなたは一体何者なのですか・・・」

 光を繭のように纏うその姿に、観衆の手にしていたものは尽く地へと落ちる。 

『実況が・・・できな・・・』

 画面に釘付けになること以外の行為を、一切断ちたく思う。

『とても人間とは思えない魔法の使い手にして、イデアという不思議な精霊(キャラクター)を内に持つ可笑しな人』
『本当に素敵で不思議な人──』

 妄想に盲目する者、妄想は耽る物──・・・まあ、この世界には魔物も魔法も精霊もいるからして。

「人の皮を被った・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・怪物の皮を被った・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・化け物だ」

 見知らぬそこのあなたが脊髄を震わせたように、彼の存在の不思議さはその程度の恐怖がお似合いなのでしょう。

「第一段階 ”想起(ソウキ)”、更に続けて第二段階──"白夜ノ月ビャクヤノツキ”」

 五線譜の二の精髄を極める。第一線想起を超えて次のステージは白い夜へと明けた・・・なんて凛々しい太陽なのだろう。

「お姫様がキスをするにはまだ早すぎますよ、レイア」

 光が象るあなたの形から、私の髪をなめらかに梳かしてくれそうなくらいゆっくりと、しかし確かに吐かれた空気の紡ぐ音が発せられる。そして差し出された光は私が触れると其処からポロポロと剥がれて、顕となったのはよく隣で一緒に薬草を調合した馴染み深いあなたの手だった。

「・・・自分から最後の呪いを解いちゃうなんて、あなたは本当に一流の魔法使いですね」

 太陽が登る不思議な夜に幼馴染と絆を交わす。少年は最終にして最大の難所に瀕したにも関わらず、空が分厚い雲に覆われて太陽の光も月の光が届かない場所にいたにもかかわらず・・・自らの位置を魔法で照らし出して暗闇を払い除けてしまった。だから少女が愛を込めて少年に纏わり付く闇を払うシーンも、もう必要ない。

「でもあなたのおかげでリアムは私を執る事ができた・・・ありがとう・・・」
「いいえ、どういたしまして・・・」

 帰ってきた親しき友人たちの礼を受け取るためにレイアは傅く・・・それにしてもなんで、柵から開放されて大好きな人が復活して嬉しくて堪らなくいはずなのに、私は思考の片隅で、心の中のとてもとても深い所でこんなにもガッカリしてるんだろう。・・・ん、どうして私リアムに傅いているの・・・?

「100年空を覆っていた夜が再び明けた」
「翳して取って・・・上手く不死月を執ったな」
「器がッ! クソォオオオ!」
「よりにもよってその姿で誘うとは。ですが私にあなた方を責める資格はない。あなたがたには心の底からお悔やみを・・・そして謝罪を」
「そんな心など持ちもしないくせに! 心がある動物のつもりか!人間の皮を被っただけのフリをした無の化け物が今更・・・諸悪の根源が聖人ぶりやがって! 100年だぞ! 何もない空間に放り出して、だというのに解放のないギチギチで狭い器にッ!暗く狭い洞窟に我々を押し込めた!」
「つまり私とハイドの器のことですね・・・マスターの・・・リアムの器はこの世界の誰よりも広く、大きい」
「知れたことを! 我々全てを内包しているのだぞ! それを! ようやく見た奇跡の光を貴様は我々から遠ざけた!」                                           
「これだけ大きな悲しみと憎しみを抱えてもなお彼は貪欲で、また、生が齎す渇きに苦しみながらも歩を進めて芽を出そうと足掻ける強い人」
「・・・そうだ。それに貴様ではなく、貴様らだ。そしてお前らのいるべき場所はこっちだ・・・勝手に溢れ出していって・・・この俺が傷を舐めてやるからこっちにこい!」
「ハイド! いやアンバー! ヤ、ヤメロ! 貴様が奴に引っ張られ我々から乖離したように、やっと我々にも光が差したんだ! お前とお前、それからこいつの器があれば我々は憎き神をも喰える力を得られる! 神を喰う調べを奏でる! 現世と常世の狭間に縫い付けられながらようやく見た光を逃してなるものかッ!」
「乖離なんてそんな寂しい事言うなよ。今でもお前らは俺の一部も同然、互いにながらこうして混じったのも何かの縁だ」
「話を挿げ替えるな!お前は自分を堕とした神が憎くないのかアンバー!」
「アンバーアンバーって・・・俺はハイドだ。昔の俺も俺だが、今の俺も俺なんだ。わかったらもう少しだけ、今の俺にお前たちの時間を寄越せ・・・さあ、いけよイデア・・・太陽がなければ月も死ぬ」
「逃げるな!待て!」
「呼ばれたので・・・」
「待てェエエエエエエエエエ!」
「またお話ししましょう」
「離せッ!離せぇえええ!!!」
「お前らが舵を奪(と)り、指揮して生まれる調べなんてとてもとても惨めすぎて聞けたものじゃない」

 私はそうして後ろでハイドに引きずられて叫ぶあなたたちの声を聞いてこう綴るしかできない・・・

”ごめんなさい。あなたたちを巻き込んでしまったのは紛れもなく私です。傲慢だと自覚しながらも判断を下してしまった。当時の私は自覚すらしていたのかも危ういですが──”、

「フィクサー気取りを許してください」

 ・・・そして、何を隠そうあなたたちと世界を天秤にかけたのも私です。世界を守るためにと一部に犠牲を強いて・・・無力な。

「来なさい・・・アマティヴィオラ」

 呼びかけに応じて霊弓”アマティヴィオラ”が召喚される。そしてリアムの・・・イデアの手に。

「イィイイイイ! マジでリアムが生き返ったぁあああ!」
「しかしあの姿は! アレではまるでイデアと彼が・・・!」
「私たちのよく知る2人の姿が・・・混じった・・・」
「神・・・」

 死んでしまう、もしくはもう死んだと断定してもおかしくない状況から飛び起きて復活したリアムを見てダリウスは頭を抱えてガニ股の間抜けなポーズを晒し、ナノカが復活したリアムの異様な姿を形容し、ルキウスがソレを解し、そしてリッカは拝む。

「歩みを止めずに夢を見よう。千里の道も一歩から、始まることを信じよう。腕を振って足を上げて休まないで歩け・・・」

 リアムが光の詩を詠むと、闘いの影響で荒れた大地に青々とした草木が芽吹く。根は踏み台となり、伸びた蔦がリアムの腕と弓を結びつけ弦を引くには足りないリーチを補い狙いを固定する。先ほどまで死にかけていたとは思えないほど堂々とした立ち居振る舞いからは、今まで見たどの力の片鱗よりも強い波動を感じる。

「リアムが!?」
「生き返った!!!?」
「ちょ、ちょっとそれより私たちこのままじゃマズいんじゃない!?」
[ガアアアアアア!!!]
「お、おすわりッ!!!」
[グハッ──!!!]
「あ・・・当たっちゃった」
「スッゲェラッキーパンチ・・・」
「そ、そんなことより2人ともさ、下がるぞ!!!」

 体内で暴れる存在による苦しみで未だ悶え不規則に暴れ狂うスコルの顔がすぐ近くまできたから突き出した拳が左頬を捉えた──・・・が、そんなラッキーにかまけてる暇はない。リアムが構えると同時にとてつもないエネルギーが弓の一点に集約され始める。その異常な圧が解放される直前に、スコルを足止めしていたアルフレッド、ウォルター、ミリアが戦線から離脱する。 

「だけどわたし・・・僕にとって光は・・・絶望以外の何者でもなかった」

 父がくれた勇ましさも、母がくれた愛情も僕は両親に全部見せてあげられなかった。何ら孝行してあげられない申し訳なさとともに胸を締め付けるもう返せないんだという事実が片足突っ込んだあそこから帰ってきた僕の感情を余計に刺激する。そのことを許されて一度は克服したつもりだったけど・・・全然、今更・・・世界線を超えてもまだ向けられたあなたたちの優しさが全然苦しくて・・・嬉しい。

「アマティヴィオラ・・・装填、ゼノンの夜」

 自信とともに溢れてくる涙が心地よい。昔の僕なら絶対に夜が来るまで我慢していただろう。枕に顔を埋めて、そして一人で泣くんだ。・・・また、今日も惰性に操られ1日と知識に囚われていただけだったと・・・また、何も誰にもしてあげられなかったと。

「いいんだね・・・──はい」

 リアムとイデアが同じ体を使って会話している。

[vuvuvurrrrrr!!!]

 ようやく弱ってきた体内を暴れまわっていた灯をなんとか抑えつけ、今日もう何度食らったかも分からない面を最低限整えてリアムの態とらしい自演を聴いたスコルが吠える。せっかく行動不能にしてやったのに我に踏み潰される前に戻ってきた挙句、未遂とはなったがお前を死ぬ寸前まで追い詰めた加害者の我ではなくお前は一体誰と話しをしているのだと。
 しかし無情にも獣の怒りに奮える胸声はリアムには届かず、彼の新緑のように燃ゆる瞳の瞬きと共に──、

「・・・穿てッ! 」

 ──・・・矢は放たれる。

「草木がッ!!!」

 リアムの周りに生い茂った草木が萎れ枯れる。情熱を閉じ込め圧縮し続けた力が解放された瞬間、まるで太陽に焦がれてしまったかのように光輝を放ちながら蒸散した。またその瞬間に、膨大な自然の力が乱流するパーフェクトストームの渦の中心にいるスコルがようやくリアムの中に起こった異変と放たれた矢の脅威に気付く。

[フシュウううう・・・]

 怒りから転じて真剣に身構える。それだけのエネルギーに対抗するべく沈黙の底から一気に噴き出した光の一撃──。

[ガチガチッ!]

 怒りか焦りか、八つ当たり気味に噛み合わせられた牙の音をキーに渦巻く雲からメガフラッシュが再び放たれてスコルに真っ直ぐ飛んでくる矢を迎撃しようと迫る──が、

[グウッ──ッ!!!]

 先ほどより太さ、範囲ともに絞られたものの最速の光が確かに飛んでくる矢を捉えた・・・はずだった。

「あの弓はパトリック様が使った!」
「あの速度で放たれた矢を光が正確に捉えた! だが矢はあらゆる害意をすり抜ける! 障害も然り、無意味・・・ そして射手の射抜きたいものだけを目指して砕く」

 一度でもあの弓を持った者ならば必中の所以を理解するだろう。何せ弓が語りかけてくるのだ。私は必ずお前の意志に沿う働きをこなし達成するだけの力を持っていると。

[アオオォオン!!!]

 前後に並び立つ断罰の光の検門が空より何本も降り注ぐ。しかし一撃で落とせなかった矢は2撃、3撃と重ねても止まることなくこちらへと向かって飛んでくる。ようやく遠吠えを上げて本気の焦りを見せた目標へとまっすぐ飛び続ける。

[──グウウウッ!]

 迫る矢を墜とすことはできないとスコルが悟った瞬間、ついに始まった追いかけっこ。マーナは電導を操りスピードを得たが、スコルは純粋に熱という激しく動き続ける分子状態に適合した肉体の力を使って大地を駆ける。しかしクレーターの壁を一蹴で飛び越える程の脚力でいくら速く走って、次々迫る障害物を見事に躱そうが、木々、岩、丘、スコルが避けた障害物にぶつかっても矢はすり抜けるだけで、標的となった自分をまっすぐ目指して進んでくる。

「ギャンッ──!」

 そして遂に・・・矢がスコルへと追いついた。背中を向けた、つまりは尻から刺さった矢は先ほど自分に背中を向けたウォルターをコケにしたスコルに情けない声を上げさせた後、白い炎を発して黒い体毛から皮を焼き始めた。

「ガッ、ガア、アアアアアアア!」

 皮膚を焦がした炎は次第に肉を焼き、骨を熱す。
 
「この世界の法など届かないさ。我らが夜の概念は世界線を越えて収束し、やがて異界にて消える・・・終わらない昼に焼かれろ・・・お前を異界の夜へと招待しよう」

 心と体面が毎晩衝突ばかりを繰り返すことを結局最後の最後まで解消できずに前の人生は終わった。そしてそれは今も・・・だけどこうして今は違う世界で、違う肉体を持って、同じ魂、引き継いだ心、記憶を持ってここにいる。最近はもう枕も濡れていない。頬に張りついた涙の跡も綺麗に乾いた。

「スゲェ・・・」

 スコルが駆けた分、遠くの焼ける森の中から白い明かりが滲み出す。そして白光は上空を覆う雲にまで届き、光の明るさが増していくと共にスコルが苦しさのあまり上げているのであろう断末魔が聞こえてくる。これに対し、もう初級魔法を発動する魔力すら残っていないアリアのメンバー達は「スゴイ」と、そう、現状を形容するしかできなかった。

「スゴイ・・・」
「ラナ姉!」
「えへへ、なんかよくわかんないけど力が少し戻ったみたい」

 白夜を纏ったリアムの周りに茂った草木は蒸散の瞬間に一部のエネルギーを癒しの波動へと変えて周辺に響かせていた。

「ッ──」
「大丈夫か・・・」
「悪くないタイミン、グ・・・また、ありがとうだね」

 髪の色が元の色に戻り、膝を折ったリアムをウォルターが支える。今の一撃に余力の全てを乗せたリアムにはもう、魔力は残っていない。今あるのは驚異的な回復力に補われる代謝が生み出すエネルギーと疲労、そして僅かな気力のみ。

「ヴウガルアアアッ!!!」
「リアム・・・あれは何だ」
「日食のプロメテウス・・・焦がれた夜が月光を喰らい太陽が成り代わる。しかし役割を取って代わられた月の逆襲が始まる。太陽に近づく月、太陽は必死に捕まらぬよう西に逃げるがそれでも接近をやめない月は太陽へと触れて地平線を行く偉大なる太陽を蝕み始め皆既食が始まる」
「昼なのに夜ってわけか?」
「じゃあ夜なのに昼なの?」
「日食だろ」
「しかし今はまだ夜ですよ?」
「・・・じゃあ月食だ」
「皆既食が始まると太陽を蝕む影の侵す範囲は益々広がっていく。光の円と影の円の中央が近づいていく・・・やがて、ラインが一致する。惑星の衛星でありながら、惑星よりも遥かに巨大な恒星とほとんど同じ大きさで存在する月。ただし地上に完全な影を落とすには月の方が僅かばかりに小さい。であるからその様は地上から見れば月の周りに大きな光の輪が現れたように見える。あの炎はそんな太陽の最も強い輝きを納めた金環の炎であり、ゼノンによって集約した炎・・・だから不完全な太陽であれば然りなんであれあの炎で焼くことができるし、環は同時に知恵の象徴でもあるから焼くものも選ぶことができる」
「相変わらずお前はちんぷんかんぷんだな・・・」
「ゲイル! 起きたのか!?」
「耳が痛いよ・・・僕も実は自分でもよくそこまでわかってない。でも今は・・・そうだな・・・」
「ン・・・頭が痛い」
「ティナ!」
「全身が痛い・・・」
「ご、ごめん」
「・・・コインの裏表のようにリバーシブル・・・投げればどちらか一方が出るけど、言うなればどちらの結果にもなり得る。矢を放った瞬間は白夜、だから炎は日食になった・・・こんなところでケリをつけるのがいいんじゃないかしら?」
「大丈夫ですか? エリシアさん」
「・・・大丈夫よ」
「ふぇええ、2人ともご無事でよかったです!!!」
「フフフ・・・なんかソレ、久しぶりな気がする」
「そ、そうですか? 皆さんに比べると私なんてまだまだですけれど・・・」

 そんなことはないと思うんだけどなぁ・・・初めて会ったあの時は私もだいじょばないなんて言っちゃったけど、ホント・・・強くなったと思うよ。

「あぁー・・・」
「さすがエリシアだなぁ」
「あなた・・・達、わかってないでしょ」
「・・・はい」
「・・・て、あなたもよくはわかってないんじゃない」
「実は・・・そうなのよね・・・ッ」

 白夜ノ語彙リバーシブルの性質を持つプロメテウス。先見の明を生み出す白い炎が黒い狼の身体を喰らっている。夜でありながら昼であり、昼でありながら夜の世界を照らす歪んだ時空に存在する知恵の炎は今はまだ夜明け前だから夜の月を喰らう太陽の白炎となった・・・しかし全知全能をも欺くほどの知恵を矢に与えた霊弓、それを多用すると世界の法則に矛盾を与えかねない・・・そんなに確認しなくてもわかってるよ。本当に追い詰められた絶体絶命の時ぐらいにしか使わないって約束する・・・・・・それに、もう直ぐ本当の夜が明ける。

「スコルが・・・あのスコルが焼かれている!」
「飢餓だぞ!それも見たこともないような天災、パーフェクトストームとも言えるほどの現象を引き起こした超飢餓の状態! 触れた足先から岩漿をも生み出せるほどの熱さ、それに耐える身体を!」
「マーナのエネルギーまで引き取ったスコルのステータスは軒並み上がっているはず・・・ただ引き取っただけじゃなくて、雷に乗算されて何倍にも膨れ上がっているのに」
「完璧(パーフェクト)・・・そんな非の打ちどころのない力を持つ独裁王を焼いているあの力は一体なんなの・・・」
「・・・スコルは完璧じゃなかった。ただそれだけの話・・・ただ、それだけの・・・話だ」
「そうね・・・それだけの・・・話よね・・・」
「ウィル、アイナ・・・完璧やどうのの話じゃない・・・あれじゃあまるで宇宙(ソラ)の話も超越した神次元の世界だ。御伽噺(フェアリーテイル)なんて次元はもう介入すら許されない・・・あれは紛れもなく現実なんだ」
「しかしカミラ・・・自分たちが理解できないことを直ぐに神話や迷信に結びつけることも良くない・・・だろ?」
「だ、だが・・・」
「御伽噺(フェアリーテイル)がダメなら次は法螺話(トールテイル)さ・・・」
「んなッ・・・!」
「1人1人そのラインは違えど限界ってやつが誰しにもある。だが同じ人同士で他人の限界をこれまた他人が決めつけるなど自らも貶める思考だ。これまでずっと進化してきた人の可能性に上限を設けるのもどうかしてる」

 人の身であることを自覚しているからこそ壮大過ぎる神なんて存在を引き合いに出したカミラの問いに対し、御伽噺で片付けられないのなら”嘘だ!そんなの認めない!”と、受け入れないことしか何処まで行っても人である自分たちにはできないことだと自分たちの進化の可能性の芽まで摘み取ってしまう愚かさを皮肉ったウィルの言葉に周囲の人間たちは納得がいかないままであるが、映像を黙って観ることしかできなくなった。 

「俺たちは今、夢を見ているのか・・・」
「あの画面の向こうは本当に我々が生きている世界の一部なのか」
「理解が追いつかない・・・」

 この映像を見ている全ての観戦者達は、人智を超えた者同士が繰り広げるこの戦いの結末を見届けるべく固唾を飲んで見守る。

「決着は・・・つくの?」

 ──が、誰が言ったか。

「・・・ウソだろ」
「グルルルルル! ウォオオオン!!!」

 身を焼かれながら死を待つのみだったスコルが、一心不乱に焼けた木々の残骸を踏みつぶしながらこの不可思議な火をつけた張本人であるリアムの元へと戻ってきた。

「戻ってきてるんだよね!? 光がどんどんこっちにッ!」

 雲に映る光を確認しなくてもわかる。接近している・・・ヤツが道連れを狙い全速力でこちらへと駆けてくる。

「・・・ヘハッ、魔力がもうほとんど残ってないんだけど」

 まさか・・・ね。限界に瀕しながらあれだけ逃げた距離を身を焼かれながらまた走って戻ってくるとかあいつの執念を舐めてたよ・・・そして僕も使い過ぎた。

「リア、ム?」
「・・・」
「──っ」

 一歩、二歩と前にでたリアムに声をかけたのだが、彼は振り向きもせずに片腕をなんとも弱々しく震えさせながら・・・斜めに挙げられた腕の先の掌をこちらに見せて、また・・・もう一度、私の・・・私たちの助力を拒んだ。

『少しでも、前へ・・・前へ』

 しかしさっきの自分勝手な判断とも、予期せぬ事態とも明らかに違う。明らかに自分の意思で、かつ、私たちに覚悟を示した。

『前へ・・・前へ・・・』

 ・・・僕は、ここまでかな。ああ悟ったさ、悟ったとも。

「ガァアアア!」
「こいよ・・・一緒に心中・・・ハアア! まだ体がッ・・・それでも前へ!!!」

 超回復したばかりで本調子とは程遠いが躓くな・・・正確に一歩ずつ離れるんだ。僕の大切な・・・仲間達から・・・背中を預けられる限界ギリギリの距離まで。

「・・・」

 はぁ・・・ハァ。

「・・・」

 ハァ・・・フフッ、心で呼吸してらぁ・・・限界超えちゃった。

「ガアアアアア!!!」

 でもお前は来ちゃうんだろ? ・・・聞こえてるし感じるよ。だから、なら、僕はもう少し息切れても、息が切れてでも──。

「ダメだよ・・・」

 1歩、1歩と着実に仲間達・・・私たちから離れていくリアム。他の全員が何か大事なもの飲み込んだ所で、この決死の覚悟を、心許なく健気で、つまり力強く歩を進めるこの前進を見ても自分たちが何もしないルートが齎す未来を私は・・・受け入れられない。

「ダメよ・・・あなたはこんなところで死んじゃいけない」

 生き返る? ──そんなのどうだっていい。あなたはリアム。いつ何時とも、膝を折ろうとも敵を目の前にしては立ち上がるアリアの守護者(リアム)。

『私はあなたが焼け焦がれて行く姿をまた・・・ただここで見てるしかできないの・・・』

 どうすればいいどうすればいいどうすればいい!!!まだ選択は変えられる!!!

『彼の覚悟を無碍にせず、私にできることはないの・・・!』

 どうすれば私はリアムの力になれるのッッッ!!!

「・・・」

 そうだ、あの日リアムがしてくれたみたいに・・・。 

「もう一度、繋がれば・・・」

 体はもう動かない。なら、私たちの力だけを形にして届ける!!!

「お願いリアム! もう一度だけ私達に助けを求めてッ!」
「──ッ!」
「みんな、持ってる魔力を・・・私が形成します」
「それって・・・」
「魔装・・・てこと?」
「でも俺たちは人」
「私がッ!・・・形成します!!!」

 有無も言わせない。

「来なさい・・・私たち、アリアの勝利の剣城よ」

 半円を描き翳された手々の先から中心へ、皆残り少ない仲間たちの魔力が集められて一つの結晶となっていく。

『嘘だろ・・・泣きそうだ・・・挫けそうになる。まだ僕にやれって言うのか君たちは・・・チクショウ・・・ハハは』

 後目(しりめ)に魔力が集まっていく光景を見て、リアムの目は僅かに滲み、太腿から上の体幹が緩み、代わりに体重を一身に支える膝は折れる一歩手前ギリギリまで軋む。

「みんな・・・僕を・・・助けて、くれないかな・・・膝が、もう折れそうなんだ・・・だから、みんなで支えて・・・くれないかな」
「──使って! 」

 そうしてアリアの声を受け取ったリアムの手には、見覚えのある大鎌が握られていた。

「ありがとう」

 まさかここに来て、まだ諦めるなと尻を叩かれるとは思っても見なかった。しかし素直に嬉しかった。今日何度目かの涙が溢れてくる。でも、これじゃあちょっと足りない。あいつの首を叩っ斬るには、もっと頑丈に──。

『────この情景は』

 エリシアの魔装を手に握った瞬間、リアムの脳裏に不思議な光景が映る。リアムが垣間見たのは、黒い血溜まりのような水の中を悠々と泳ぐ紅く美しい金魚達。金魚達が美しく光っているから水が血溜まりのように赤いのか、それとも水がそう言う血の色だから金魚たちが赤いのか、この水溜りは水槽か、それとも池か、川か、大海か、視界が固定されて動かないから確かめようもない。

『綺麗だ・・・美しい・・・だが、黒い・・・』

 ・・・すると、一匹の金魚が跳ねた。しかし水から出た金魚の色はとても黒く、漆のように怪しげな光沢を帯びていた。

「精霊魔装、アダマスの鎌──」

 魔装、薔薇ノ血棘《ローズブラッドソーン》の形態が変化する。刃は鋭く、長く、細く、大きく、それでいてより彼が扱うに適した形ハルパーへと。

「突き立てるという我が種族の最低限の本能を残しながら、鳥の鉤爪のように首に掛けるに最適な形・・・あの形状は母から伝え聞いた私の叔父が使っていたという魔装にそっくりだ」
「ヴィンスの叔父様と言うと・・・」
「・・・勝利という光の下にできた、我が父が未だ直視できぬ影」

 死を啄む怪鳥のかぎ爪がつけた未だ癒えぬ傷は、尚、父の心を切り裂いている・・・母はそう言って、託された小さな彼の肖像を私に見せて根付かず奔放な父を許す方便としていた。

「命を燃やすという表現はよく使われるありふれた表現です・・・しかし見誤るな? 物が燃える時、人の目は火に行きがちだが燃えているのはその下の蝋燭だ」
「そうですね・・・」
「さてここで問題です。ここに同時に火をつけるとこれまた同時に火が消える蝋燭が101本あります。この101本の蝋燭を1本分の蝋燭があるサイドと100本の蝋燭を持っているサイドに分ける。そして同時に全ての蝋燭に火をつけて、より長く火を灯し続けさせられるのはどちらのサイドか」
「ま、周りの燃焼具合によって燃焼に必要な酸素量に差が生まれるから」
「燃える速度は環境に左右されないものとします」

 ・・・心から燃えているこんな時に白昼夢か? なんか急に始まったぞ?

「これはひっかけだ。同時に蝋燭に火をつけるのならどちらも同時に燃え尽きる・・・所謂(いわゆる)第三の選択肢ってやつだ」
「答えは100本サイドです」
「・・・なぜ」
「そうだな・・・100本の蝋燭を持つサイドも、1本の蝋燭を持つサイドも、全ての蝋燭に火を同時につけたのならお前の言ったように同時に燃え尽きるだろう。だが1本の蝋燭しかないのならどうしようもないが、100本サイドは果たして100本もある蝋燭に火をつける必要はあるのかな?」
「は・・・?」
「100本分の蝋燭を1つに纏めた1本」
「・・・?」
「だって同時に火をつけたら同じ時間だけ燃えると分かっているのだから、それよりも100本側はせっかくそれだけの資源があるのだから、同じ光量を長く得続けたいのであれば残りを合算することを考えるべきではないか。人の合理性と利己主義が生み出す利益ってそんなものだけど、それだけの価値があるのさ」
「問題になってない」
「ご冗談を。誰が合成できないと言った。この問題で注目すべきはそれぞれのサイドにおける資源の量の違いだ。1時間、1分間、1秒間、時間にしてより多くの熱を得たいのであれば50本分の蝋を固めた蝋燭を2本、20本分を5本、10本分を10本と言った具合に求める状況に合わせて調整すればいい。そうして好ましいベストな選択を導き出せばいい」

 それに魔法があれば100本の蝋燭を1本に纏めるくらい朝飯前さ──。

「お前の強みはその資源が果てしなくあることなんだ・・・」

 だからまずは私から使うといい── そうすれば利用するほど、お前の命は長く燃える。

「エリシア、指に紋様が・・・紋様が広がって左目の周りに植物の蔦みたいに・・・それに魔眼が発動してる」

 ・・・あなたの見ている景色が見える。

「呼吸のタイミング、肩の使い方までシンクロしている・・・どうなってる」

 あなたの息遣いをすぐ近くで感じる。

「掛かれば最早力なんていらないの。あとは勝手に縮小する」

 変幻自在の烏丸閻魔の特性を引き継ぐ”ハルパー=アダマスの鎌”は爪が掛かれば後は勝手に伸びて縮む。確実に首を落とせる自動断首の武器。

「足腰立ちそうにない所悪いが私は長物(キバ)を突き立てる事が苦手なんだ。だから代わりに刈るのさ・・・」

 吸血腫なのに私は牙の扱いが苦手でね・・・だけど切っ先を突き立てるその代わり、俺は切り裂いたり刈ったりが得意でね。肌が触れるか触れぬかというギリギリの距離は変わらないがね。そうそう変わりないと言えば興奮すると直ぐに一人称が変わるのも変わりない。

「この肉薄とした距離こそが俺の間合いだ・・・さあ、お前の出番だ」

 使い方は教えてやった・・・さあ終局だ!!! この一瞬で、今日の全てが決まる!!!

「グラアアアアア!!!」
「動けェエエエエエエエエエ!!!」

 不殺生の教えを微塵も含まない欲望だけの因縁のクライマックス。

「──ガアッッッ!!!!!!」

 黒く濡れて美しかった毛を今や白い炎に焼かれ全身に灰を被るスコルと、全身に重度の火傷を負いながら死の淵から這い上がってきたリアムの意地が正面からぶつかり合う。

「月暈(ゲツウン)のアリア!!!」

 ・・・聴け、夜明けを呼ぶ虹の協奏曲をッッッッ!!!

「アッ・・・ガ・・・」
「──・・・フィナーレ」













































「・・・まったく、死の香りに誘われてでてきたんですね」
「それにしてもやはりあの弓はとんでもないな」
「昔私の放った矢を丸呑みにしたくせによく言いますよ。この間だって勝手に貸し出したりしましたよね」
「・・・こいつらの前ではそっちのスタイルで?」
「冗談。現在(イマ)の私は今の私です。生意気なこと言ってるとリアムに告げ口しますよ」
「なんて?」
「ハイドが夜な夜な誰かと密会しているみたいです。もしかすると浮気かもしれません」
「またそれか・・・だがそれは勘弁してほしいな。俺の威厳が傷つきまくりだ・・・まな板」
「案外あなたも一途なんですね・・・洗濯板」

 醜い醜い舌戦が繰り広げられる。表ではリアムが刃がスコルの首を捕らえるか逃し相討ちになるかという一大の勝負所という最高の瞬間を迎えているのに、この2人と来たらそっちのけで口喧嘩・・・大物がすぎる。

「さて、ご機嫌よう亡者の皆さん」
「ご機嫌よう、イデア」

 随分と可愛くまとまってますね。ドス黒い・・・ライスケーキですかってんですよ。黒ごま味ですか?・・・おや、形状が。

「我は全ての命の祖なり──でした?」
「また古い文言を・・・私はあなた達全ての隣人に過ぎません。あれはフレースヴェルグの矢を放つ時手こずって口が滑っただけ・・・ベルのね。あなたは──」
「ご無沙汰しております・・・と申しましても、あなたのような偉大な存在(かた)が、私如き小物を覚えているはずもないですよね」
「いいえ、私はあなたをよく知っています。クロウ・・・あなたもまたベルの近くで戦った英雄の一人」
「英雄なんて死者でも為れるのですからめっけもの程度の呼称に過ぎませんよ。所詮は戦禍に呑まれて没した魂です・・・今やね・・・」
「ハイド・・・彼は・・・」
「すごいだろ? 対話による俺様セラピー成功の第一例だ」
「そうですか・・・」

 まさかディアレクティケーの効果がこんなにも早く現れるなんて・・・嬉しい誤算です。

「それではマスターとエリシアにはあなたが?」
「はい。リアムに使い方を、契約を通じてエリシアに纏め方を擦り込んだのは私です。本来魔族は妖精が・・・まぁ、その辺はあなた方もよくご存知ですよね。ならば精霊と契約できる人の魔力を利用できないはずがない。発現、手法に多様性はあれど、純粋な魔力は万族共通にして不変の力。・・・そして何よりも我らが一族の系譜に名を連ねる者の叫びが再び私を呼び起こした。彼女と将来を約束した彼は我らが血胤も同然、なればこそ私はあなた方に協力しましょう」
「・・・おい、その言い方じゃあ俺の面子に関わる」
「アンバー・・・いえハイド。自身の仇とこうして面と向かって会話しているだけでも私は大分譲歩している方だと思うのですが?」
「ぐぬ・・・ずるいぞお前」
「無の念を読み取り諫めることがどれだけ難しい事か。これから協働するのです。そして私たちにはあなた方のようにこの最深層からリアムに語りかけられる力はない。不満を吐き出しておくのなら、イデア様もいらっしゃる今ほどベストなタイミングはないでしょう」
「・・・批難ならいつでも受けますよ。ただし、マスターに気づかれないよう最深の注意を払った上で」
「良い覚悟ですね・・・安心しました。これで私も同じ境遇を背負った被害者たちの救済(くさい)に励むことができます」
「返事は・・・」
「もちろん弁えていますとも。重責に一度は耐えきった彼でありますが、我々のような者共までもが内面に住み着いてるなんて知った日には、今度こそ自分の体に宿るモノに潰されて本当に壊れてしまうでしょう。しかし彼にはなんの罪もない。それどころか世評に対する潔癖ぶりに同情さえ覚えます。・・・意識が再び芽生える前、私は過去の彼の記憶を巡りました。なんとも逞しい人生でありましたが、可哀想でもあった。そして彼がこんな情け、同情を一番嫌うのも知っている。それに我々の器にヒビが入り壊れてしまうことも本意ではありません。彼には是非、私の分まで人生を謳歌してもらいたい」
「私は前世(ナオト)を受け入れた彼ならきっと、あなた方の願いも汲み取ってくれると思いますよ」
「我々はモンスターになったわけじゃない・・・死人は語らないのが、人の常識なのですよ・・・イデア様。よって法則を逸脱しこれ以上俺が彼に語りかけることもない」
「・・・そうでしたね」
 
 私は無様にもまだこうして永い永い時を延長してまで生き長らえていますから忘れがちになりますが、この世界には死という概念があるのです。・・・あなたは自分を紛い物のように扱います。でも同じ紛い物に身を窶した私にはあなたの心の声が聞こえてきます。あなたが魂ごとエデンに還るための力を奪ったから、”我々”は・・・ここにいる。

「アムリタを飲んだ彼は果たして神を欺ききれるのか。私もこうして自我を取り戻した今、首を撥ねられ極夜(ラーフ)になるのは御免です」
「私が不死の薬ですか・・・まあいいでしょう。体(ケートゥ)を取られれば太陽(スーリヤ)も月(チャンドラ)も一生呑まれかねない。ケートゥをラーフに盗られぬ様に、あなたも協力をお願いします」

 op.1-1想起はレミファの音だけで構成される3音の調和の曲。しかし今回アマティヴィオラに触れて、挙句に精霊魔装まで発現してしまったリアムは既に第二間に位置し、ソの音に続いてラの音までを読んでしまった。 

「存在の彼方へ連れていかれるのはもう御免だ」
「でしょう・・・なら・・・」

 第3線の音であるシの音を奏でぬように、私たちの協奏で奏でられる音が増えるほどに彼は生の破滅へと近づいてしまう。

「蛇(ヴァースキ)が毒(ハラーハラ)を吐かれなければね。俺は飲むのが苦手なもので」
「何を、毒を飲む前から既に不健康そうな青い顔してるくせに。血を飲むより黒くくすんでいくところを眺めてる方が好きだなんて蝋燭みたいに真っ白な貧血変態がよく言う」
「・・・おや、どこからか負け犬ならぬ腑抜けドラゴンの情けない咆哮が聞こえてくる。しかしそよ風の様に弱々しいから俺は全く!・・・これっぽちも気にすることはないのだが、何せドラゴンは泣き虫でもあるからそよ風に涙の湿気が混じって漂ってきてそれだけが僅かに不快である」
「言ったな!!!誰が腑抜けの泣き虫だって!!!それによくもあんなヒョロ長と一緒にしやがったな!!!」
「そっちこそ!!! 俺が貧血変態だと!!!今や威厳のカケラもこれっぽっちもない元・ひ弱竜が!!!」

 喧嘩を始めてしまった。

「・・・先が思いやられます」

 唖然とする。だが、ウカウカもたもたもしていられない。交響曲”センチュリー” の開演はもう始まっている。

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