アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

266 Perfect storm -Sodom&Gomorrah-

『クサい・・・』

 あらゆるものが焼ける匂いは──。

「ンッ・・・!」

 咄嗟に口鼻を腕で覆ってしまいたくなるほどの悪臭、肺を攻撃する煙の匂いが焼ける地面を燻らせて・・・いる。

「どうして・・・」

 情けなさ愚かさに涙が滲み、あぶくから弾け出した怒りとともに悲しみに支配される夜に暮れる。
 首筋が熱くなり、足が震えて力が入っているのかいないのかも曖昧な神経衰弱に怯えるこんな顔は仲間に見られたくなかった・・・一人でいたかった。避けられない運命なんてものがあるはずがない。だけどわかってしまう、強制的に解らされる。こいつと戦うことだけは、この世界では死が逃れられるものだとしても絶対に避けろと本能が警鐘を鳴らしている。

「ものすごい音がしましたが・・・これは」
「冒険者ギルドです!!! 緊急事態につき、今すぐダンジョン内から避難してください!!!急いで、荷物は最低限に!!!」
「す、すみません!何が起きたんですか!」
「非常事態です! スコルがエリアを1つ挟んだ所まで来ています!これまでこのマザーエリアにモンスターが入ってくることはありませんでしたが、対象が対象なので念のために避難をお願いします!!!」
「ということは・・・あの子たちがあそこに・・・!?」

 町に鳴り響く警鐘。
 通りには人々の悲鳴と怒号。
 空には雲が渦を巻いている。

「錠を外しますから後は自分で扉を開けて今すぐここから出なさい!」
「いいのか・・・」
「命あってこその人生です」
「・・・あんたつくづく奴隷商っぽくないな」
「命あってこその労働力です・・・あなたたちは私の財産。そして私は根っからの奴隷商ですよ」
「財産に足が生えてるんだから逃げるかもしれない」
「奴隷紋があるのですから俗世で生きていくのは大変ですよ。それよりも事態が収束してまだここが残っているようでしたらまたここに戻ってきてください・・・さあ行って!」

 通りで人々を誘導し始めたギルド職員に簡単に避難手順を聞いた後、とにかくすぐに建物の中に戻って檻の錠を全て外した。

「なんだアレは・・・」
「外はこんなことに、こうしちゃいられねぇゾ!」
「きゃッ!・・・ま、まって!私たちも!」
「あなたたちは私と一緒に来なさい!見捨てはしません!」

 解放された奴隷たちが全員外に出た。自分で状況を判断して避難できる者は流れの中に乗って我先にと人波に流されていく。しかし中には契約したばかりで血色の良くない者も、昔彼が引き取ってくれたあの子のように小さな子もいる。

「あ、ありがとうございます」
「私が誘導しますから、幼い子が逸れないよう注意していていただけますか?」
「怖いよ・・・」
「一緒にいきましょ。私たちが付いてるから」
「う、うん」

 世界の終焉を見ているようです。迫りくる恐怖が人々に伝染して混乱をを喚び起こし精神を狂乱させる。一方で、力のないモノが押しのけられて淘汰されていく様を目の当たりにするととてもやるせない気持ちになる。失うものがあればあるほど狂気に染まり易く、失うものが少ないほど冷静にいられるというのはなんとも皮肉なものです。

 


「ティナ」

 約3秒前までは情けなく愚かだと自らを貶め悲観していたはずなのに、今の僕の顔は、きっと愛想を崩すも嘆き叫ぶこともできずに安心感からほくそ笑んでる。

「どうしてついて来たんだティナ!!!」

 どうしてついて来てしまったんだ。ここに君たちが来てしまうくらいなら、僕に愛想を尽かしてくれたっていい。もはや終末は形而上の概念から外れて現実となってしまった。この終焉に抗えないと解っているのなら、せめて君たちだけでも遠くから終末が迫るのを俯瞰し慰める時間を持って、安らかに敗北して欲しかった。

「・・・謝りません」

 ニヒリズムに陥りかけた僕の手に、温もりが触れる。

「これは私たちの戦い。それなのにリアムは私たちに意見を求めることもなく、自分勝手に一人飛び出した」
「それは・・・」
「あなたがリーダーです。これが私たちを気遣った結果だと言うのも判っています。ですが納得はし難い・・・です。あなたの感じている痛みと優しさの衝突が起きていて・・・判っていますから・・・これからあなたが行う独断行動を責めはしません。しかし独断は支持し難いんです」

 我を見失い世界に押しつぶされかけた。

『どうせ死ぬなら、勝者のまま死ねるほうがいいじゃないか・・・この世界では生き返ることができるんだから』

 ただ臆病なせいか、それとも世界線を超えた影響か、数も数えられない程に論理的思考は再び自我に飲まれかけている。

「見てよティナ・・・アノ化物を」
「はい・・・見えてます」
「なら周りの惨状も見えるだろう・・・あれらを見ても、呆れないのか?」
「私があなたへの愛想を尽くことなんてありえません」

 空には龍がトグロを巻き、地上は神が天から落とした捌きの炎に焼かれている。

「そっか・・・」

 灰が漂い、焼ける匂いが鼻腔をくすぐり呼気に混じって体内を犯そうと侵入を目論んでいる。

「そうです・・・」

 仕舞いには僕たちも立っているでっかいクレーターの中心にいる化物だ。身体中から煤を撒き散らしながら、イナヅマのように尖らせた眼光を揺らめかせている。まぶたの動きが滑らかでおっとりとしているのは心が落ち着いていて穏やかな証拠だ。奴の足元からゆっくりと、ゆっくりと何層にも重なりながら広がる溶岩(アレ)を見ていると象の足を思い出す。

「・・・酷いよ。これまで起こった何もかもが、これから起こる何もかもが」
「構いません」

 GAUにも負けず劣らずの災害、それも最悪最大規模の想定外の事故だ。死からの生還とともにメルトスルーを起こしこれだけの被害を齎したと言うのに、奴の体はメルトダウンを起こし続けていて酷い熱を放っている。

「イデア・・・」
「私が参加してもいいんですか?」
「・・・最低限でいい。僕はいいから、ティナが持ってる魔石に組み込んである空調機能の極性が逆にも働くようにしてくれ。僕は浄化の魔法を付与した布を・・・」

 元々は雪山の頂上で使用することを想定していたから、保温の効果に当てられるよう容量に極振りした。ここは海抜数メートル程度の焼けた森の中。数百メートル付近の木々には火が燃え広がっているし、燃え尽きて可燃物がなくなった灰色の大地には、中心に佇むスコルから伝播して広がる熱波の影響で少しずつ星の血液が原始の記憶を喚び起されながら仮死状態から目覚めて瘡蓋を張り始めている。

「これを着けるんだ」
「・・・私だけ?」
「僕は適宜自分の体に直接魔法をかけるから大丈夫。それに多少の硝煙を食らってもこの体はビクともしない」
「でもそれだと不安定に・・・」
「いい? 奴の体は今もどんどん熱くなり続けている。それにつられて辺りに燃え広がっている火の勢いも増すだろう。だから短期決戦だ。近づくことさえできなくなれば対処の仕様がなくなるし、奴はマーナ同様に雷も操れる。雲は渦を巻き、再び雷を生み続けている。だけど今回はもう制御なんてやってられない・・・いいね?」
「はい・・・」
「なら・・・この布で口と鼻を覆って」
「はい」

 それだけ危険な化物の前にいるというのに、この子は勝つための確率を考えて僕に提言した。どうして着いてきたんだなんて怒鳴って、こんな化物に立ち向かおうとしてビビってる僕を見て欲しくないなんてカッコつけたものの、いざそんなことで失望しないと言ってもらって、一緒に戦うと手をとってくれて、ちょっと鼻にあたるソレをむず痒そうにしながら後ろで布を結ぶ君を見ていると──。

『体の芯が暴れてる・・・快感に支配されそうだ』
『リアムのニオイ・・・ン、私はずっと・・・』

 嬉しすぎて苦しい・・・布を手渡した手から肩にかけて力が入って震えが止まらなくなる。

『放射線の心配は今のところありません』
「待って計測できるの?」
『簡単なことです。魔力はこの世界の森羅万象のどんな物質、現象にも繋がる万能の媒体で魔法は媒介と法』
「つまりまだ発見されていないだけで放射能を魔法で生み出せるって言うの・・・そして君はその方法を知ってる」
『はい。ですからその逆を用いて探知をかけ周辺の放射線量を計測しました。放射性崩壊が起きていないのか。放射性崩壊から崩壊エネルギーが生じていたとしても、既に先ほどの爆発でもう熱エネルギーに変わっているのでは? 尤も、放射能を生み出す魔法は複雑すぎて到底人間では扱えない。放射線を放つ鉱物は存在しますので、マスターの前世の世界と同様に使用法は科学的な利用に限られます』

 これだけの被害となり地を溶かすほどの高温を放っているとなると放射線を放つ危険核物質を連想してしまった。奴が動くだけで熱波と灰の嵐が第2、第3波の災害となり僕が戦うことによって広がる被害は計り知れない。太陽風を集約させて作った極光熱と雷を遺骸が吸収して復活したため、最も恐れていたのが宇宙から落ちてきた雷が宇宙放射線を含んでいたのではないかと言う憶測であった。

「スマートバレットって・・・知ってる?」
「銃なんてヤですよゴツい。それに私の弓から放たれる矢はもっと高次元の領域で標的を捉える・・・」
「使えるの使えないの」
「・・・無理です。前にも言った通り、あれはあくまでも私が管理する宝物で私の私物ではありません。かしこ」
「それならそれでいいんだ」

 つい声が平坦になってしまったが許してほしい。第一に奴の体に直接接触することは避けたい。明らかに近づきすぎるとまずい・・・一つ間違えば灼熱に焼かれるのは目に見えている。

「覆いました」
「それじゃあ次はグローブを。奴に触れても数秒間は放射熱の影響を遮れるように工夫する」

 そして第二に、放射線の心配がないことがわかったところであまりこの場に長居はしたくない。クレーターのようになっているこの戦場にはもう炭と僅かな残り火しか残っていないものの、外では森が焼けて煙にまかれているから、かつ低地になっているここには燃焼によって発生した二酸化炭素が流れ込んで来るかもしれない。

「これで何秒だろう」
「ほんの2、3秒・・・3秒ですね。それ以上触れると触れる時間に比例して、最長で10秒も触れていれば中の指同士がくっつき肘から先は切り落とさなくてはならなくなります」
「気をつける・・・ありがと、イデア」
「ティナは素直で可愛いですね・・・ね、マスター?」
「・・・ありがとう、イデア・・・永遠に」
「なにか引っかかるんですけど・・・それは永遠にこの感謝を忘れない・・・でいいんですよね?」
「もちろん」

 解釈と感じ方は人それぞれ。

「さて・・・リラックスタイムはここまでだ」
「はい・・・」
「了解しました。ご希望の品の貸し出しはできませんが、精一杯マスターの意向に添えるようサポート致します」

 今は迅速に一つ一つの選択肢と分岐から生まれる可能性を絞り出して考えをまとめる必要がある。
 可能性を圧縮して、圧縮して、圧縮しつづけてソートし続けて・・・次へ、次へと最終的に一番勝てる肢の多い選択肢にかける。一つにつきどちらに転ぶかその確率まで計算している暇はない。その辺は状況を見て直観に委ねる。リスクを回避できる可能性が多いものにかけて戦いをできるだけ安定させる。

「・・・神頼みなんてしない。信じるのは自分と仲間だけでいい」
「・・・」
「援護を頼む、ティナ」
「はい・・・」

 自分の選好と君との友情を信じよう。

「ブースト」
『ブースト』

 ──デュアル。

「くそぉお!!!」

 イデアと共に2人にかけた強化であったが・・・。

「あれを止めた!!?」
「見えたのか!?」
「いや、止めたどころか──ッ!」
「食われかけてる!?」

 会場の魔道具に次に映った場面は、自動追尾に設定したカメラもが追えない速度に達したリアムがスコルの口の中でミシミシと鳴る顎の噛みつきになんとか耐えている姿だった。

「い、意図も簡単に口腔に僕を捉えて唸り一つあげないとかッ!」
[・・・]
「でも悪いけど、僕には生まれつき怪物級の魔力が備わっていて・・・ティナならお前に触れれば数秒しか持たないが、僕なら一度の接触に数分は耐えられる・・・ん・・・?」

 ・・・嘘だろコイツ・・・まさか──。

「冬虚満月(ホロウ)ッッッ!」

 喉奥に赤色(セキショク)の明かりを見て、前方に熱の伝達を遮るために中身を真空にした魔法壁球を作り咄嗟に詰まらせた。

「・・・っっっっっっっ!!!!」

 支える顎門を通して伝わってくる。お前の怒りが憤り、熱が口蓋も脳天も貫かんばかりの火力──。

『耐えろッ・・・耐えろッ!!!』

 息ができない・・・いや、してはいけない。一度呼吸すれば肺が焼かれてしまい僕はこの炎の荒波に連鎖的に敗北する。魔法壁に冷効果を持たせたのは間違いだった。予想以上に激しい熱の襲来に激しい振動を生み、いとも簡単にヒビを入れられ、3秒と持たずに割れてしまう。

『耐えろぉおおお!!!』

 ・・・体が焼かれていく。だが、表面からだ。深部は驚異的なバイタリティで守られている。

「コントゥージョン!」
 [・・・!]

 リアムの全身が火炎に呑まれてから間も無く、小さな爪が格上の牙に襲いかかる。

「助かった・・・ッ!」
『やはり肉食なんですかね?』
「だろうね」

 ティナの一撃を嫌がった奴が除けると、切れた火炎と同時にペッと外に吐き出された。

「酷い・・・ッ!」
「表皮しか焼かれてない。これくらいなら簡単に治せる」

 口ずさむことなく唱えたキュアによって光が全身が癒やし、焼かれた表皮が再生し真皮の露出を塞いでいく。全身に広がっていた紅斑もすっかり治った。

「ありがとう、助かった」

 そうして礼を言うと、耳を少しだけ垂れてフルフルと首を横に振り謙遜する姿はまったくもって愛おしい。むしろその表情は出遅れてしまって申し訳ないとか思っていそうで、こちらが君を愛でてしまったことを申し訳なく思ってしまう。

「それにしても、さっきのアレに反応した挙句に反撃されるなんて・・・」
「しかしこれ以上の速度は人のソレでは絶対に再現できません。1m/sでも加速すれば途端に節々に異常があらわれ最終的に・・・Boom」
「それ・・・速すぎ注意?」
「そう言うことです。これ以上加速すれば、人の体は空気抵抗に耐えられません。負荷がかかり過ぎる」
「・・・? でも、リアムも私も、それにミリアだってさっき・・・」
「そう・・・要するに破り方次第でその方法を見せるか見せないかが今マスターの中では問題なのです。まあ最も、普通の人の体なら・・・ってことです」
「僕は見せるべきだと思う・・・」
「私も・・・」
「ティナはダメだ。いくら君が獣人だからって、これから先のことを考えるともう加速すべきじゃない・・・いいね?」
「でも・・・」
「いいね・・・」

 ここは今一度、強く嗜めておくことにしよう。それに僕はもう、とっくに逃げ道を用意してあるから──いいんだ。

「オーバーブースト 」

  ここからは生物としての大切な領域を小間抜けにした逸れ者同士の戦い。

「──クッ!!!」

 なんてことはない。実力も肉体も方法もあるのだから、覚悟さえ決めてしまえば簡単なことだった。

[・・・gr]

 すると──。

[オォオオオオン──!!!]

 復活の遠吠えから今し方まで、リアム等を前に沈黙を貫いていたスコルがついに吠えた。

「──山がッ!!!」

 スコルが吠えると続け様に、胸腔、腹腔の内側からドンと鳴るような衝撃が意図せぬ方向からリアムたちに襲いかかる。

「岩漿と喧嘩してやがる」
「震動に振動がぶつかって相殺しあってるの・・・!?」
「あれは、呼応するように噴火したことから寧ろ共鳴しているのではないかな・・・」

 魔道具から流れ出たのは生唾を飲んだ後の静寂に包まれていた会場中を揺らすほどの爆音だった。現場にいないにもかかわらず、また生唾を飲んでしまいそうなほどの臨場感と緊張感。

『クソ・・・コルトの麓には──ッ』

 噴火した山を背に負いながら、リアムは攻撃の体勢を整えつつ悔しさに歯を食いしばる。
 一旦下がるか・・・だが、ここからあそこまで一吠えで影響を及ぼした。空には雷を唸らせる巨大な渦雲、噴火した山頂からは灰と硫黄が広がり始めている。

『どの面さげて、救出しに行けと言うんだ・・・』

 いざとなったら死んでくれと尻拭いを押し付けてきたくせに、彼らがいざ危ないとなると戻るのか──? 

『矛盾なんてものを恥じず、より得るものが残る余地を残した。傲慢さを極力排除したと自覚してもなお、彼らを救出しに行くことを心の中にある何かが止めようとする』 

 託したくせに・・・そうまでして仲間が信じられないのか?

『・・・違う。楽観に身を任せることが怖いだけだ』

 みんななら自分で何とかできると言う期待に丸投げしてしまうことが怖い。なら、今とるべき行動は──。

「一貫性がない。だけど仕方がない・・・僕も万能じゃない。それに、欠点を補い合うのが仲間だ・・・」

 都合よく、いこうじゃないか。例え一方的に押し付けてきたとしても、エゴのために置き去りにしてきたのだとしても、彼らは仲間だ。そうした点では現在隣にいるティナとも変わらない。僕が今まで隣で見てきたように、彼らだって僕を見ていてくれたはずだ。なら、彼らならきっと僕の欠点も補ってくれる。

「!!!」

 リアムが再び覚悟を決めた途端、爆音に吊られ噴火したコルトを見ていたにも関わらず隣にいるティナの全身の毛がブワッと逆立つ。

「Dope…The Lead」

 リアムの口から言の葉が落ちる・・・瞬間に、悟った。

「リアムのヤツ本気でやる気だッ!!!」

 特訓で何度か他の仲間達には隠れて練習していた技・・・リアムの本気を──体内に、異常なほどに圧縮された魔力が留められる。

「・・・ッ!!!」

 ジリジリと毛穴を煮詰めてくる風圧に顔を両腕で覆い、ティナの全身の毛が悲鳴をあげる。

「空は怒りのままに荒れ、大地は血潮を吹き出して肌を焼く。岩漿以外の液体は枯れて空へと昇り一つの大いなる流れに乗って渦を描いている。自然をここまで従順に・・・これじゃあまるで、パーフェクトストーム」

 自然が織りなす大災害──パーフェクトストーム。しかし今目の前で起こっている嵐は自然が織りなす凡ゆる現象の集合体であり、祖。その実態は、鮮紅と暗褐色の混じった雷を纏う孤独な狼が引き起こした厄災の嵐。 

「始祖の眷狼、名を厄陽の嵐スコル。太陽を喰らいし獣、ついにはアビスの神となる・・・か」
「アビスの・・・神・・・ッ」
「だけど烏だって、ただ呑まれるだけじゃない・・・僕も、血を滾らせ・・・募らせた黒点を熱と換えるとしよう」

 再び授けるなら、そう──。

「Blood plasma sprite──」

──朱殷天命の迅雷。

「な、なんだッ!?」

 赤、青、緑、その他鮮やかなスペクトラムのリアムの影が何重にも重なって見えた。

「クッ──っっっ!!!」

 0コンマ1秒後、残るは大風に押されて苦しそうに顔を両腕で覆い裏腿から脹脛に芯を通しながら踏ん張り耐えるティナのみ。

『それでも 逃げるのか・・・』
 [ハッハッッハ──]

 地面を蹴る──が、スコルもまた、同様の速度で逃げ回る。

「見えるかな・・・」
「見えん・・・」
「だ、だけど・・・」
「風が見える・・・」

 巻き上がる黒い土煙とその中に僅かに見え隠れする黄色から朱色に変化した残光が、そこに何かがいたことを教えてくれる。

「何故あやつはあの速度で持続的に動ける」
「瞬間的な速度で言えば圧倒的にミリアの方が速い・・・ですが・・・」

 呼吸は、風圧は、温度はどうした──。

「全部、置き去りにした・・・リアムはやる気だ」
「だからさっきから──ッ・・・そう言ってるだろ」
「ウィル・・・あなた笑ってるの? どうして、リアムちゃんがあんなにピンチなのに──」
「馬鹿言っちゃいけねぇ・・・息子が一世一代の大勝負に出たんだ。それを親がニヤついて観てるだと?」
「だ、だけどウィル・・・」
「・・・嬉しいのよね、ウィル」
「・・・そうだな、ああ・・・やっぱり俺はニヤついていたのか?」
「どうかしらね・・・さぁ、私も・・・こうなったらとことん応援するわ」

 ついに息子が、家族以外の誰にも見せてこなかった本性を見せようとしている。魔法のスキル云々では到底埋められない純粋な力の差を観衆に見せつけている。決断するに至る過程はなし崩しだったが、そう採択できるくらいに自分に自信を持ってくれて何よりだ。

「ワケがワカンねぇ・・・」

 リアムの事情を知らず、尚且つ一番真剣に特訓に付き合ってくれたお前が戸惑うのは当然・・・だけど・・・これから先のことを考えると寂しくなるなぁ・・・。

「そんな馬鹿げたこと許さんぞ!!! ゲイル!!!」
「ガスパーさん・・・」
「ふざけるな! どうしてうちの子が一人だけ損な役回りをせねばならん! リーダーが方針を打ち出し置き去ったのだから、素直にしたがっていればよかろう!!!」
「その通りだ・・・リアムが決断し、置いてきた。だけどあの子たちも・・・ヤル気だ」

  一方──、ガスパーの咆哮を聞いて、ブラームスが拳を強く握りながらこの場で最も権威あるものとして怒り狂う彼を宥めようとする。

「何をおっしゃっている・・・公爵ともあろうお方が・・・」
「・・・だが、ここからどう彼らを止める」
「お、おらんだところで、この場ではどうこうならぬのは私とて百も承知だ! そちらこそどうして子を思う私を咎めることができる!」
「ジジイもあんたも!!!・・・違(タガ)うなッ・・・スコルの元まで一瞬で移れるほどの魔法を持つのはリアムだけで、リアムがいなければ・・・なんてな。後はわかるだろ・・・だがティナだけが付いていけた・・・ウチの息子も娘も含めてまだまだあの子たちはリアムに付いていくには実力不足だったということだ」
「何を呑気なことを!!! ならば皆一緒に心中すれば良かろうが!!! こんな・・・こんなことは、妥当正当の名を借りたいじめに他ならん!!!」

 周りが必死になってガスパーを宥めようとするが・・・ガスパーの怒りも最もだ。本来なら、こんなことのためなら絶対に怒るガスパーを止めてはいけない。むしろ、俺たちも一緒になって──。

「お言葉ですが、これには私も・・・怒りを覚えずにはいられません」

 隣で夫の怒鳴る姿を静観していたテムが言葉を絞り出す・・・そうだろうな・・・。

「馬鹿な真似を・・・あの子、性根は全然治っていなかったみたいです・・・昔から、寂しがり屋で、周りに流されやすくて・・・だけど・・・優しくて・・・」

 母親が、手を口に当てて大粒の涙を流し始める。

「ヤメて・・・ゲイル・・・」

 噴き出す感情を必死に抑えつけながら、熱に犯されながらリアム達の裏に映る我が子へ・・・伝わってくれ・・・急くな、もう少しだけ戦いの行方を見据えるべきであると──そうした全部を今テムは抑えつけている。

「礼など要らぬとアイツは言うだろう・・・だが俺はまだ償っていないんだ・・・これが・・・俺の償いになるんだ・・・」

 しかし両親の反対など然もなかったことのように・・・これは過去の過ちを精算する行為であると、自ら言ってのけた息子の決心を半ば受け入れられなくとも・・・もう息子(ゲイル)は覚悟を決めたようだ。

『この全身の鱗がッ・・・毛穴が開く感覚ッ!!! 久しく感じなかった魂が震える感覚、高揚・・・俺は至って真面目だ・・・それなのに湧き上がる熱に口角が歓喜する!!!!・・・そうか、リアムのやつがドラゴンエッグを使ったのか』

 また、暗い暗い意識の深層にて──。

「あいつ・・・咆哮(メテオ)以外の竜力の使い方なんて教えてないってのに」
「おい・・・」
「あ、ああ・・・悪い。それで・・・どうだ、お前は──どうする?」

 外とのリンクを一切絶っていたはずの彼女の体を、ほとばしる熱と久しく感じていなかった快感が蹂躙する。

「がああアアアアアアァアアア!!!」
 [ガアアアアアアァアアア!!!]

 刹那、赤い閃光を纏った雷同士がぶつかり合う。

「くうッ──!!!」

 衝突地点から百メートル近く離れているというのに、目も開けられないほどの突風が襲ってくる。

「なんて力の応酬なの!?」
「すでに軌跡の残滓のみで全く自然の力を介さない人為的な一つの勢力が出来上がりつつある!!!」
「竜巻でも作る気かあいつらッ!!!」

 竜vs狼。出力は──5分と5分。閃光は衝突しては離れを繰り返し、クレーター内を不規則に飛び回っている。

『全力解放しない状態でありながら、ハイドの力を体に留めてブーストを唱える禁句!!! 消費するエネルギーはメテオの1%に満たない程度、なのに既に体が内側から壊れそうだッ!!! 外側からは全然なのに、挙句コイツめ──まさかこの速度に──』 

 ──これは・・・。

『誤算だ──』

 まさかついてこられるなんて。マーナが飢餓状態でも捉えられなかった閃光には届かないものの、それでも十分に猫なら影を追うのに精一杯くらいの速度でこっちは動いている。──やはりパーフェクトストームを携えるコイツの実力は、明らかにボスのソレを逸脱している。

『うがった見方ができていなかった──まずは環境から整えるべきだったか・・・ああ』

 後悔、先にたたず──・・・。

「なんて魔力を目に! 目を合わせただけで気を失ってしまいそうになるほどの圧力だよ!」
「悪意を持って睨まれたらそれだけで即気絶するでしょうね・・・それだけリアムちゃんも本気ね」

 一瞬だけ、リアムが足を止めてスコルが追ってくるまでの僅かな瞬間、魔眼を持つものたちは辛うじて彼の表情を捉えることができた。

「それにしてもあんなリアムの近くにいてどうしてティナは平気なんだ?」

 そして、湧き上がる疑問。

「平気と言うよりは圧倒され続けて狼狽えているようにも見えるけれど・・・ね・・・」
「ま、まぁな・・・だが並の人間があの場にいたら、その圧だけでポックリ逝きかねない・・・そんなレベルの力の応酬がすぐ側で行われているってのになぁ・・・」
「獣人の持つ魔力は人の持つものとはほとんど同じであるが、その扱い方からよく区別される。外部の魔力と接続して扱うに長けていない獣人が内なる魔力を開放して扱うには、媒介として己の体を使う」
「干渉先が肉体へと限定されるため、力の具現化先もまた限定的とはなりますが、代わり媒体媒介である肉体との魔力親和性はこの上なく高まる。魔力量は人と比べると平均は低め、しかしそうでなくとも強靭でハイエンドな肉体と精神を持つ獣人が限界を超えてブーストをかければこれ以上の脅威は数や質など意にも介さぬ大魔法のみ。反面、強すぎる魔力によって蓋をされれば魔力的に獣人は弱いはずなのですが・・・」
「力の差に敏感な種族だからこそ、あの場にいれば当然・・・我々の常識でいう胆力や気合の類では到底説明がつかんな・・・」

 魔力を持ちながら、魔法を扱えなかった獣人。魔法の代わりに闘気と精気と呼ばれる特殊な類に区別される力を使う彼らの戦い方は実に原始的かつ本能的であり、殴る、蹴る、噛む、ひっかく獣として迫害された過去もある・・・が、聖戦にて当時勇者側に属した獣人の王は、暴走する竜王が従えた竜等を剛腕で次々とねじ伏せたと言う。

『まだ・・・まだまだ、まだまだ私は弱い・・・でも立ってなくちゃ・・・絶ちたくないから!!!』

 そんな逸話を持つ種族でありながら・・・しかしやはり不可解である。苦しそうにしながらも、なんとか立つことができているティナに、かつては才能のせいで親にも捨てられた少女に何が起こっているのか。

『だって・・・感じるんだもん・・・リアムを・・・』

 烈火・・・いや、烈漿の如く飛び散る火飛沫を前に──。

『ティナ・・・』

 僕とティナは内に異質の絆を感じている。

『君もなのか・・・』

 奴隷契約に使われるのは、契約者同士の魔力。

 [がアアアアアアアアッ!!!]

 互いが加速するたびに、クレーターの辺りが赤く熱情を帯びていく。

『僕はまた・・・契約を結び違えた』

 ただ、少しだけ君の力になりたいと・・・願った。それなのにどうして僕の力の欠片を君の中に──感じるのか。
 
「しまっ──」

 あってはならないことに気づいた瞬間、僅かな戦いとは全く無関係の気の緩みを生じさせてしまった。

「──ッ!?」

 スコルが駆けるに増して1千度強く地面を蹴ると、彼女の周囲の地面が赤く輝いた。熟した泥濘(ヌカルミ)に足を取られてしまい、尻餅はつかないまでも、直ぐに離脱するためには膝を折りかけてしまっている現在の状況では脅威的な身体能力を持ってしても遅れが生じる。

『逃げないと──』

 ティナの体勢を崩した赤い泥濘はせいぜい靴底の縁を舐めるくらいに浅かった。

「あっ──」
 
 体勢を崩した先にみた黒い渦の中心に集まる謎の光の集合体を見た。そして気づく──この浅い泥濘は確実にリアムにとっての絶望の一閃を落とすための布石なのだと・・・空から落ちてくる別の熱源を落とすための目印(マーキング)であると。

『また・・・だ・・・』

 後に描かれる攻略談のドラマトゥルギーによると僕は世界観を見誤った。あいつは間違いなく、神がいると言う楽園に住む神獣に違いない。それとも、神の後光も届かぬ地獄から来た──。

『・・・ま、待てッ!!! ヤメぇ!!!』

 地獄をも支配した天上より地上を俯瞰する獣に平伏しない愚者が2人。

「ティナぁああ! 離れろぉおお!!!」

 不意に不意が重なって体が硬直した。次いで不合理にも叫ぶ。アレの速度には流石の僕でも勝てない。こうなれば瞬間移動して連れ去るか──だが次の移動までのほんの何コマかのインターバルにこいつは追いついて噛み付ける。父さんにも負けない感と勘の鋭さは無視できない。だが、そんなこと言ってる場合じゃない。1のみか、2か0か、取るなら──後者。

「テレポ──」

 だが・・・リアムの呪文は最後まで唱えられる前に──。

『なんだあのゲート・・・』

 ・・・止まった。

『そ、それにこの魔力はッ!!!』

 刹那、空気を破る轟音がティナ達の頭上に──落ちた。

「ヘビーサンダーガンッ!!!」

 しかし、赤い磁石に吸い寄せられるように天上から伸びながら赤炎に引火する蔓はティナに辿り着くことはなかった。

「間に合った・・・」
「・・・よくやった。ミリア・・・そして・・・」

 リアムも予知しなかった全く別の勢力が、落雷を逆雷で迎え撃つ。
 
「ってあっツゥ!?気をつけたほうがいいわよ・・・地面が焼けてるから」
「うわほんとだ!」
「押すなよ・・・押すなよ!?」
「ご無事ですか!? リアムさん、ティナさん!」
「サンドォオ!!! あっぶ・・・グヘッ!」
「ご、ごめんなさいアルフレッド様!」
「く、くソ・・・ぐヘッ!?」
「リアム! ティナ!ごめんアルフレッド!」
「チーッ!!!」
「なーに砂遊びしてるのよ・・・戦場の真ん中で」
「だ、だってなぁ! ボクだけいっつもコレだ!!!」
「まぁまぁ、2人ともギリギリだったんだよ・・・」
「でも見ろよ・・・間に合ったらしいぞ」

 次々と、空中にポツンと現れた門を通って見慣れた顔が続々と姿を現す。

「!?」
「よかったぁ・・・ご無事で・・・」
「ティナったら・・・一人でリアムについていっちゃうんだもん」
「フラジール・・・レイア・・・」

 黒い煤塗れになってしまった少女の元に、親しい友達の2人が駆け寄る。

「一体どうやって・・・コルトの麓からもマザーエリアからもゲートでは繋げないくらいに離れているはずなのに・・・」

 かつて、フランは自分でも空間魔法の授業で数キロ先の場所にゲートを繋げるのに人一人分が通れる大きさのものを作って1分程度保持するのが限界だと言っていた。恐らくそれは出身を誤魔化していた平民としてのフランの物差しで、彼女も多少鯖を読んでいたに違いないが、それでも精々その程度なのだ。ここエリアBの戦場は彼らを置いてきたエリアFの休憩所から1エリア端から端まで20k mはくだらないエリアを3つ、マザーエリアからも一つエリアを挟んだ場所にある・・・それだというのに──。

「もう一つのゲート・・・」

 その答えは、遅れてやってきた。

「リアム、ティナ・・・助けにきたぞ」
「ゲイル・・・」
「間に合ったか・・・」
「どうやって・・・」
「なぁに・・・全部お前のおかげさ」
「全部・・・全部?」
「あぁ・・・全部だ」
 
 ゲイルは鈴魔眼用に作った魔石を掌から指に移して摘んで見せる。

「でもどうやって補充を・・・残っていた魔力じゃ・・・僕のおかげって・・・」

 僕が残してきたのはこの魔石だけではない。にわかには信じ難いが、彼は──。

「ゲンガーは・・・」
「なぁにあいつは精霊だ。ここと麓とを繋げた後は一旦精霊界に戻るよう言ってあったから──こい」
「ケケッ」
「・・・ほら、この通り」
「まさか君に尻を拭ってもらえる日が来るなんて・・・」
「尻拭いだ? 全くそんなこと思ってもないくせにこのヤローッ!」
「や、やめ・・・戦闘中だって!」
「そういやそうだったな・・・だが、見ろよ」

 そうして肩に伸ばした腕に付き、再び魔石を握った手に付いた・・・僅かにまだ震える指が挿した先。

『息が上がってる・・・まさか、息が上がってるのを知られないよう途中から無呼吸で戦ったりしていたのか?』

 これもまた信じ難いことに、つい10数秒前までは息ひとつ乱していなかったスコルが腹を矢継ぎ早に膨らませては縮ませ、肩を動かして息をしていた。

「結構、まぁ、お前に似て? 奴も見栄っ張りらしい・・・俺たちが来るまでお前ら何してたんだ?」
「鬼ごっこをね・・・徒競争かな」
「ぴょんぴょん跳ね回っていたわけか」
「兎競争だって? それは酷い誤解を生みかねないから」
「どうしてだ?」
「兎が競争すると碌なことがないってのが昔からの・・・あー、僕なりのジンクスって奴なんだよ」

 日本で育った人間なら大抵みんな知ってる。でも競争する兎が疲れてないフリして兎が努力するってのは中々聞かないな。

「おっと・・・これ以上は俺はお邪魔かもな・・・お邪魔しましたぁ・・・」
「えっ、ちょ、ちょっと!」

 そそくさと・・・まるでこれと言った用事もないくせに、そう、何かから逃げるようにゲイルがリアムの元から離れていく。

「や、ヤバッ・・・」

 だけど彼が逃げた理由はすぐに僕にも分かった。その答えが分かった瞬間、横目に入った光景を目にした僕は硬直していた。

「リアム!」
「は、はい!!!」

 ゲイルが逃げていった方とはほぼ直角の鋭角から寄ってきた2つの影の一つが僕を強く名指しする。

「ッ──!」

 そして間髪入れずに飛んできたのは──ビンタだった。

「あら、右頬がお留守ねっ」
「ま、まってミリア! 君に武装したまま叩かれると!」
「解除・・・はい、これで文句ないでしょ」
「はいこれで──てッ!!!!」
 
 蔓延する小さな粒子達をすり抜けながら、ぶつかり反響しながら、ジンジンと曇った音がもう一つ戦場に鳴り響く。

「ごめんなさい」

 別に、謝れば簡単に許されるとは思っていない。それも覚悟してみんなをあそこに置いてきた。だけど・・・僕の頬は今ジンジンと赤く腫れていて、だが、彼女達の手もまた赤い熱を帯びているのを見ると、自然と・・・この言葉が込み上げて吹き出してしまった。


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