アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜
265 elves -Blood plasma sprite-
少年が背後に少女の存在を強く感じた僅か0.00…1秒後のこと。
「神解け是色、異空──!!!」
夏の嵐が極光を突き破り、停滞に襲われていた世界に活きた鮮烈な光の息吹が吹き込んだ。
「・・・」
・・・そうだろう。僕らは勝ったんだ。
「い、今の速さ・・・もしかするとミリアは・・・」
少女の兄は困惑する。なんなんだその速さは──と。
「ねぇ・・・あなた?」
「ミリアは超えてしまった・・・一線を」
「はい。おっしゃる通り、私たちの娘は一線を超えてしまいました」
「眷属の領域を、完全な眷属化もまだ・・・成し遂げていないと言うのに・・・これではあまりにも浮かばれない。やはり縁談を早々にまとめてしわまねばならぬ。それも確実にだ。このまま悠長に構えていればミリアは闘争に巻き込まれる。それを防ぎ、跳ね除けるには・・・」
なんなんだ・・・その輝かしい情熱と溢れんばかりの有望さは。
「やった・・・?・・・やったんだ」
「ミリア!!!」
「やった・・・やった!!!」
最初の一言は自分が成し遂げた偉業に自分でも追いつけずにいてキョトンとしていた。引き続いて映像の先からでも心の針が振り切れるほどに伝わってくる愛らしさは、直前まで緊張に縛り上げられていた我々の心を溶かして、中に溜まっていたものを一気に噴き出させる。
「やったよみん・・・キャアアアア!!! 血だらけ!!!」
「ま、待ってください!私が落としますから!!!」
「イヤアアア!!!」
「まってぇえー!」
「わ、私も手伝ってくる!」
「・・・貫くか衝突か、ああなる可能性が十分にあったのは最初から分かりきっていたことだろうに」
「それな」
全身にマーナの血を被ってしまったことに動揺して走り回るミリアを追いかける仲間たち。皆がほっとけずああして追いかけたくなるあの魅力。これが我が娘の持って生まれた真価だとでも言うのか。子に値をつけるなど親としては最低の所業であるが、こうでもしなければ我々の世界では食い物にされる・・・どうすれば・・・最善は・・・。
「・・・大願が叶った瞬間にもう次の未来の話か? 折角めでたいんだからもう少し感動と・・・感傷に浸りたいものなんだが」
「あなたたちにも、後継たる彼らが偉業を成し遂げたことに様々と思うところがあるのでしょう。ですが私たちにとってはコレもとても大事なことなんです。年を跨ぎ、次の春などもう目と鼻の先です・・・祝勝会が終わるまでは待ちます。しかしそれまでしかもう待てません。その後直ちに彼と直接話す機会を設けます。いいですね、ウィリアム、アイナ」
「約束は約束ですね・・・でも何度も申し上げた通り、親の私たちが前向きな答えを保証することはできない」
「構わん」
「だが決めるのは・・・」
「ええ、もちろん承知していますとも」
掲げるは前途洋洋。多難でも遼遠でも有望でもなく、洋洋に希望で将来を満たし可能性の概念をも潰す勢いで不安要素を埋め尽くす。
「は、派手な一閃だったねぇー・・・」
「なんと・・・雷帝と仲間の力を見事に合わせて見せた彼女は・・・聖職者である私には形容し難い領域です」
「雷帝の遣いでありながら、あの素晴らしい包容力は全てを包み込む大地の母ソロネを彷彿とさせますね」
「キラッキラだった!」
「カッコイイー!!!」
「神懸かってるぜッ!」
「・・・聖職者である私には形容し難い領域です」
同調バイアスの規模の差か、会場より僅かに早く勝利を確信し、盛り上がる神楽店内にて──。
「あの様子だと本人はわかっていないのだろうね・・・天才だよ・・・まさしく神童だ」
「パトリッ・・・あなた・・・」
「妹は次期領主である兄の僕が絶対に太刀打ちできない様な領域に齢12にしてたどり着いてしまった・・・いいんだ気を使わなくて。果たした偉業の大きさは誰が見ても明らかだ・・・僕も思わず旋律した」
「パトリック様、それでも継承の序列に変わりません」
「そうだ。だからコレから先の経営を考えると胃がイタいよ。でも、確かにショックだけどそれでも嬉しいんだ・・・嬉しさが勝るんだ。・・・でもやっぱり・・・うん。家族として君が隣にいてくれるだけで僕は百人力さ・・・」
時折、名前に様を付けて呼んでしまいそうになるくらいのぎこちなさ。
「・・・」
半年が経って少しは慣れてきたつもりだったんだけどな・・・この人なら許してくれることがわかってるからこそいじわるいっちゃって・・・でもそうだよね・・・この国の価値観からこの慎ましさは美徳であるとは言い難いけれど、主人に恋慕の情を抱いてしまった私は身近な人の成功を、例え自分にとってはよくない首を絞める様な成功であってもおめでとうって言えるこの人の素直さにも惹かれたんだ・・・ああ、早くこの恋が友愛に変わってくれないかな。
「神に仕える私には・・・も、もどかしぃいいい!クハァアア!!!」
「アストル様おもしろーい!」
「クハァアア!神よ、我が主人よ!」
素直に神懸っていると言えないアストルをいじって楽しむ子供たち。
「グヘェエエ!アリア最高ーッ!!!」
「ライト!それにアメリアまでッ!」
「はーい、ごめんなさーい!」
明るい笑い声が店内一杯にこだまする。私も合わせて顔を破顔を試みるけれど、ちゃんと笑えているか自信がない。・・・みんなみたいに今この時を心の底から純粋に楽しめないのは辛いな。関係ない筈のことなのに、もう関係ないことの筈なのに勝手に私の頭が思念に織り交ぜてしまう。
『しんどい・・・乗り越えたい・・・けれどこの道を選んだ私には投資できる将来も、商売の才もない』
・・・このまま腐って毒にだけはなりたくない。何か気を紛らわせられる様なことが・・・あれは・・・?
「・・・リアム君?」
ふと視線をあげたところにあった魔道具。その画面の向こう側のある異変に気づいて、つい今まで自らの無才ぶりを憂いていたフヨウは視線を固定して映像に釘付けになる。
「やったぞ・・・俺たちついに成し遂げたんだ!!!」
「・・・もう、終わったのよね」
緊張のせいか、緊張が故に今の今まで膝をつくことなく立てていたのか。
「ハァ・・・フゥッ!・・・ハァ、ハァ」
「エリシアッ!?」
「ま、魔力が・・・」
「待って、今すぐ魔力回復のポーションを・・・はいッ!」
地につけた皮膚の感触とともに、皿を通って太腿の裏と脹脛にまで疼痛にも似た刺すような感覚が広がっていく。
「あっ・・・」
すると、血を被って動揺していたのが半分、もう半分は・・・勝ったのが嬉しくてかまって欲しかったのか・・・走り回っていたあの子がこちらに気づく・・・折角の雰囲気を壊しちゃったかな。
「や、やっと追いついて・・・さあミリアさん、綺麗に・・・ミリアさん?」
「ミリア・・・エリシア!?」
「エリシア・・・」
ようやくミリアに追いついて息も絶え絶えだったフラジールとレイアを他所に──。
「エリシア・・・」
ミリアがこちらに駆けてきた。
「だ、大丈・・・」
「大丈夫じゃないわよ」
「えっ・・・」
「バ、バッカじゃないの・・・あんなにドンドンバタバタ地団駄響いてくるなんて聞いてないわよ・・・修復にてんやわんやでもう魔力すっからかん」
「そ、それは・・・私に思いっきり走らせて、速くしてくれる道を作って支えてくれたあなたには感謝してるわよ! でもバ、バカは酷いんじゃないの!?」
「酷くないわよ。おっちょこちょいで、計画性がなくて行き当たりばったりで、振り回される身にもなりなさい。こっちはいい迷惑よ」
「グッ──!」
ほらその反応。きっとあなたは自分が成したことが一人ではできなかった大業だとわかってはいても、感情を理性で判れてなかったの。
「えっと・・・あの・・・」
戸惑ってるわね。でも、私もね・・・。
「ミリア・・・だけど・・・その・・・」
感情が邪魔をして周りを見失ってしまう。そういう時はいつどんな状況であろうと誰にだってありエるの。だから、私やみんなのことなんて今は気にしなくていいから・・・例え忘れてしまいそうになっても・・・この瞬間だからこそ真の価値ある顔を私に見せて欲しい。それだけ私の達成したタスクも重なって、限界を突破して積み上がっていく。だって仲間ってものもそういうものでしょ──?
「な、ナニッ!? まだこれ以上何かあるって言うの!?」
これ以上何かまだお説教が残っているのかと、エリシアの意味深なフリにミリアはビビり倒す。
「でもあなたの笑った顔は、大好きよ・・・」
エリシアから架けられた次の言葉はつい今まで怒られていたミリアにとってとても意外なモノだった。
「エリシア・・・」
「ほら」
「あっ──へへ、ありがとう」
「ありがとう、ミリア」
重なる拳と拳。
「おいおい、お前らいつも俺たちをバカバカと捲し立てるツートップじゃないか」
「アルフレッド様」
「・・・なんてな。友情に水を指しはしないさ。よくやったよ、みんな」
「そうですよね」
「ああ」
女同士、拳を重ねて友情を交わす姿に熱くなってしまったアルフレッドはいつの日かの教室での出来事を思い出す。
『今なら文句なしに最高だよな』
ギュッと手を握り締めて、あの日、交わせなかったモノをあいつと。
「やったな! リアム!」
「・・・」
そして──。
「あー・・・」
馬鹿なッ! 返事がないだと!? まさか僕はやらかしてしまったかのか!? そんなッ!・・・って。
「──? おい、リアム?」
隣にて、偉業を成し遂げた者同士として喜びを分かち合おうと友に語りかけるも、肝心の友からの返事がない。
「リアム・・・」
代わりにあったのは──。
「・・・こい、烏丸閻魔」
唐突に、全てを澄み渡る音の波形。
「お、おいどうしたんだよ急に・・・武器なんて出しちゃってさ」
また、もう一人側にいたゲイルの問いかけにも再び返事はなく、リアムは静かに一歩を踏み出した。
「リアム!やったね!」
「リアム・・・」
「リアム・・・?どうして烏丸閻魔を?」
そして他の仲間たちの喜びの声、疑問の声にも一切反応を示さずに、リアムは黙々と語(ワ)の中を通過する。
「若が、若達がやってくれましたゾッ!」
「やりましたねピッグさん! はいこれ、アリア勝利記念」
「ああ、ありがとうございます」
「一つ銅貨5枚です」
「お金を取るのですか!?・・・と、これだけのクオリティならば・・・安くないですか?」
「サービス価格です。あ、安心してください。原価割れはしてないので」
「そ、それは立派なことで・・・ではおひと・・・つ?」
「会頭?・・・リアム様?」
誰もが勝利を確信してやまなかった。
「天晴れ!見たかあのマーナを討ち倒したるはうちの娘だぁああ!!!」
「おいコラ」
「なんだ、今いい所だ邪魔をする・・・」
「みんなで、倒したんだろ?」
「だが、だがな・・・?」
「あなた・・・」
「はい・・・」
「勝鬨を上げなおそう。我々のアリアの勝・・・」
“──こい、烏丸閻魔”
「なんだ・・・リアムか?」
そう、勝利を確信していたのだ。誰もが、彼以外の誰一人として漏れることなく。
「すでにお前はこと切れているだろう」
アリアの一閃が体を貫くその直前まで、その直後にも貴様の苦悶の表情を見た。
「教えてくれよ・・・どうしたらお前のように死することを恐れないで逝けるんだ」
だけどな・・・一度は死を覚悟しながら、暗闇の淵で死んでも死にきれなかった僕には納得いかないんだよ。
「死を目前にしてお前はそんなに安らかに眠れるのか・・・」
・・・理解に苦しむよ。
「ウィル・・・あれって」
「まだわからない。今は親として、行く末を見守ってやろう」
同時に、リアムの事情を知る父と母は悟る。リアムが誰に一体何を語りかけているのか。
「どうしてしまわれたのでしょうリアムさん」
「わからん・・・せっかく勝ったと言うのにあの表情」
「いきなりどうしちまったんだリアムは・・・」
「か、勝ったんだから嬉しい・・・はずよね」
「嬉しいに決まってるわ・・・」
「だ、だよね〜・・・ん? ちょっと待って・・・私たちみんなここにいるよね?」
「ああ、もちろん・・・ちょっと待てよ。おい、リアムは何を見て話してる?」
「えっ? それはもちろん向かった先にあるマーナの・・・嘘でしょ」
待て待て待て・・・2頭両頭が敗北した。
「マーナの遺骸・・・」
なのにお前はどうしてまだそこにいる──?
「中秋──」
アリアの仲間たち、又、コンテスト会場にいた実力者たちがリアムが何故一人だけ喜色に染まっていないのか、その理由に気付き瞳を強く見開いた瞬間、それはリアムが刀を手に握った瞬間──。
「月桜・・・」
距離を少し空けつつも、前戯の型もなく雪を踏み抜いた。しかし想いは届くことなく、月を掴もうとしていた手は余韻を残しながらゆっくりと静かに止まる。
「肉が・・・ううッ!」
まずはわななき蠢く。皮膚の下の肉が溶けていく様が、空いた大穴からよく見える。
「えっ、ええ!!?」
「ミリア!?」
「血シミが・・・!」
「ちょ、た、助けて!!!」
皮膚が破れると同時に溢れ出した血の蒸気が十三夜を赤く汚す。
「雷月の色・・・あの蒸気は一体なんだ・・・」
しかし本来の月色がスグに赤色を燃す。
「・・・執り切れなかった」
本夜は最悪の片見月となった。
「・・・あれ?」
「だ、大丈夫ミリア?」
「・・・」
「どこか痛いところとか・・・」
「全然大丈夫・・・なんで?」
肉が腐り血が天に昇っていく間に、ミリアの装備にこびりついていた血もまた浮いて空へ。汗の匂いは残っているからクリーニング仕立てのようにとはならないが、それでも綺麗さっぱりマーナの血に染みた跡は見受けられない。
「骨・・・」
ティナの耳がピクリと動く。
「本当だ・・・なんで骨だけ?」
「さ、さぁ・・・」
やがて全ての血肉が蒸気へと変わり空へと召されると、そこには骨の残骸だけが残っていた。
「・・・」
するとリアムが攻撃の中断から残った距離を詰めて骨の側まで行き、そのまだ細く柔くも良い塩梅に筋肉のついたしなやかな腕を差し出す。
「どうして骨だけが・・・」
スッ──。
「・・・は?」
仲間たちの疑問とは裏腹に、水空を切るように、咎めるものなどないかのように。
「な、何をしてるんだリアムッ!!!」
切っ先が、掌に触れる。
「・・・」
右手に持った刀で、差し出した左手ノ平を切ってしまった。
「な、なんてことを!」
血飛沫が舞う・・・とはならなかったものの、この意味不明な子供の行動と画面に映し出された掌を裂くスッパリ開いた傷口を見て会場中がむせ返る。
『どうして自傷するような真似を?』
「薄皮を切っただけだ・・・すぐ治る。それより見てよ・・・」
一人、独り言はおそらくイデアと喋っているのだろう。
「──ッ」
グッと、リアムが切れた方の掌を握るとわずかに膨らんだ肉の隙間からチョロチョロと。
『やっぱり切るんじゃなかった・・・』
『触覚の多い掌の方を切るからですよ』
自傷したことにはツッコまないのかよというツッコミをかなり的外れなフォローをしてくれたイデアに入れながら、更にギュッと力を込めて行為を加速させる。皮膚を撫でるように伝い、そうして集まり完成していく赤い滴が一滴。
『これはまさか・・・』
重みを増して、落ちて、直下の残骸に染み込んで、そして──・・・残骸が崩れた。
「骨じゃ・・・ない」
その様を見ていた誰もが呆気にとられる。骨だと思っていたソレは粉粒の集合体であって──。
『抜け殻ですか』
「そのようだ」
だが、おかしいのは骨が砂のようにサラサラと変化して崩れただけではない。イデアが解析を試みるも灰からは有機物としての素因が見受けられない。まるで灰皿に落ちた煙草のソレのように、血を僅かに含み崩れ去って、構造を失った灰の一部は自らが崩れるときに生まれた僅かな微風に乗って、撒かれた先の白銀の上で極光の光に呼応するように粒をキラキラと輝かせている。
「ハァー・・・最悪だ」
青い瞳に極彩色で空をくり抜く極光を映しながら、とてもじゃないがやってられないとやるせない大きなため息をつく。
「どういうことだリアム」
「見ての通り、残骸として残ったのは骨じゃなくて灰だよ。灰汁一つ残すことなく極限まで絞り取られて残ったのが灰(コレ)だ」
所々彼のとった行動に違和感が拭えないものの、休止が入ったことを見計ってリアムの行為を静観していた仲間たちが集まってくる。
「そ、そうじゃなくて・・・」
「ん?」
「どうして・・・その・・・マーナの・・・」
「遺骸が残っていたのか?」
「はい・・・それと、さっきの血と・・・黄色に変わった煙は何だったのでしょうか?」
「わかんないよ、そんなの」
「わかんない?」
「僕だって世界の全てを知ってるわけじゃない。まさか、知るわけもない。知るわけもあるまい?」
僕の傷ついた掌が気になって、ウズウズしていたレイアの代わりに、フラジールが口火を切るが──。
「訳がわからないぞ!なんだ突然その態度は!」
「だからわかんないんだって・・・」
フラジールに強く当たってしまったからか、それともさっき──・・・。
「本当にわからないのか?」
「君こそ何だよその言い方・・・僕だって困惑してるんだッ! 頼むから、後少しだけ考える時間をくれよッ!」
だって僕らは、今から知りたくないことを知ろうとしている。
「横から失礼します」
「イデアさん?」
「マスター。マスターの推論は恐らく当たっていると思いますよ? 」
「どれが・・・?」
「一番最悪なやつです」
「じゃあ聞くけど、そんな生物いるの?」
「さぁ・・・こんなケースは初めてです。しかしとてもマスターの常識には当てはまらないような生物になら何度か会ったことがありますよ」
「僕のね・・・例えば?」
「例えば・・・竜とか」
「一体2人は何の話をしてるの?」
「阻みに行きますか?」
「無理だよあんな高さ。見えても飛んだこともない・・・それにもう──」
沸騰してできる泡沫の終わりは早い。
「賽(サイ)が降ってくる」
それにもう、後退もできないしその時は確実に──。
「ほら、やってきた」
青い瞳に映る極彩が消えて虚な黒が影を落とす──も、次の瞬間に円環が浮かび赤いリングが鏡の如く形成される。
「賽ってスプーンのことじゃないの!?」
「・・・スプーン?」
「えっ、だってスプーンって・・・漢字で書くと・・・サイって・・・言わないっけ?あっ、言わないわ」
「それ賽じゃなくて匙じゃない?」
「だ、だよね・・・あれ、どうして私今まで・・・」
「匙を投げるとはいうけど」
「あ、それよそれ! きっとそのせいで間違えて覚えちゃってたのかもしれない!」
「スプーンは投げられたッて・・・何それ、面白おかしすぎるッ」
「わ、笑わないでよ! 自分で気づいたんだからセーフ、セーフ!」
「ナイフやフォークで戦うならまだしも、スプーンって・・・平和すぎるッ」
「でも目をえぐったり、先が滑らかに尖ってるから鼻やあらゆる穴から力任せに突っ込めば悲惨なことに・・・」
「エグいこと考えるね・・・」
「何せ私、病んでるので」
「同じく・・・」
「「なんてね!」」
「もう直人ったらそこはビビってくれないと私、これじゃあ完全にソシオパスじゃないの!ああやだもうッ!」
「えっ・・・?」
「ちょ、ちょっと!?」
「シーッ・・・図書室ではお静かに・・・ね?」
「そうくるの!?」
「お静かにー」
「お願いッ! 弁明させ──」
「直人さん、鈴華さん、お静かにね?」
「「は、ハァーい・・・」」
クソッ・・・ここにきて言葉遊びか。前世に交わしたものすごくしょうもない会話を思い出したよ。でも、きっとこう、本能が叫んでるんだろうな。何事もなかったかのように、今すぐに振り返ってあの日の日常に戻ることだけを考えるべきではないか、延いては──逃げ出してしまえと。
「鈴華・・・あの時君が自らの勘違いに気づいた時のように・・・」
だが今更逃げられるはずもない。”解せぬ・・・”とプクッと膨れてまた本と睨めっこするあの子の側で幸せを感じていたあの時の僕はもう・・・死んだのだから。
「もう一つ遊んでしまえば・・・血漿」
リアムはダランと上を見上げながら空に項垂れる。同時に、全く笑えない冗談に口角をひくつかせながら頬へと伸ばす。
「そう、”Blood plasma spri[───────────────────────────────^√\───・・・]”」
みんな気をつけろ・・・──血漿でできた雷が降ってくるぞ。
魔法なんて領域を遥かに超えた次元だ。そんなこと、僕らがいる人の世界であっていいのか。
窒息させてから葬ったんだ・・・欠乏による脳の損傷はどうする。
あるはずがないんだ・・・。
数多の研究の上に成り立った前世医学は信頼に値する・・・はずだ。例え世界が違っても、人間の規格はほぼ変わらない世界で、ただ魔法という概念が存在するだけで一度死んだ肉体が死の宣告から長時間を経て蘇るなんてこと・・・。
「でも・・・」
僕の知りえる限り──。
「僕の知らない獣・・・生物・・・世界・・・」
世界に平等を求めるのは当の昔に諦めた。だが作り物のこの世界まで公平(フェア)じゃないとはどういうことだ。
『止めなきゃ、止めなくちゃ、止めなければ』
実力主義観なんて犬にでも食わせとけ。さっきまでは仲間たちと喜びを、素直な喜びを分かち合いたいと思っていた。
『辞めたい、止めたい、だけど辞められない』
でもどうしてか僕にばかり、試練が、失敗という壁が立ち塞がる。
『無能でいることを僕は一生、辞められないのか』
何も生み出せない。前世という土台がある僕がこの世界で何を成そうが所詮は二番煎じで、新しいアイデアを思いつこうが所詮は知識の濫用の域を出ずにどこか虚しさを感じるのだということはわかっていた。僕の実力ってやつは謂わばナオトの世界に与えられた力だ。そんな僕に、一からスタートアップして全く新しいナニカを生み出す様な才能は──・・・。
──あ、能といえば無能があったね。
全身全霊を賭けて代償としたお前は、”仇を討ってくれ”と迫る閃光を前に瞬くことすらなく眼光を光らせ静かに鳴いた。
そしてきっと、死の淵から・・・淵の底に足をつけたにも関わらず戻ってくるお前も又、鳴くのだろう。
[アァおおおおおおおおっっォオオオオオオオオオオオォオン!!!]
 "全く根拠のかけらもない推論だったら聴かせてあげる"
脳幹までもが震えるほどの薄命に目が眩む。
”ただ1つだけ確かなことがある。骨だけ残るなんてコレまでの戦いからしてもイレギュラーだった”
しかし赤い明滅の残光をまぶたの裏で見ていると──声が聞こえてくる。
"異常に効率の悪い手段を取ったのも、自ら早く撤退するため・・・そうして怨念を込めて産み出された蒸気は空へと昇っていった。しかし通常の水蒸気のように分散することなく、一塊として天に上り、その先にあるのはあの極光・・・”
極光・・・そう、それはリアムのみが正体を知っていた不思議な現象。
"あの極光の正体は・・・"
地球の磁力線に沿って落ちてくる太陽風、プラズマ。
"スコルとマーナ。太陽の化身スコルと月の化身マーナ。出会わぬはずの2匹が空(シエル)にて介し地上へと降り立った”
「それって・・・」
「壁面に彫られてた・・・」
“マーナを討っても尚極光が出ていたのは空に登った雷のエネルギーが残存していた証拠だ。あれにさっきの血煙が合流するとなると何が起こるのか"
・・・それが謎だった。だが、既に登った物は目的地へと。空を見上げる青い瞳に、光の中に包まれる赤く黒っぽい不吉な影が映った。
「触れた・・・」
途端、空に不思議なエネルギーの波紋が広がった。
「な、ナニッ!?」
「すっごい爆発音!?」
「雲が揺れてるぞ・・・ッ!」
誰かの強く締められた歯が軋む。
”ありえる・・・ありえるはずがないんだ”
極光が・・・収束していく。誰かの・・・彼の焦りが耳元から伝わってくる。
”・・・あの超特大規模のエネルギーの塊は・・・ナンダ”
「あれって・・・」
「あれじゃあまるで・・・太陽」
そう、太陽だ。その呼び名がしっくりくる。
球体が弾け、エネルギーたちがエルブスの輪を描くとソレは指向性を持って一点へ。
「B—ld pr—s—a —rite」
耳を擘く絶世の叫喚が血塗れになった極光の成れの果てから生まれる。
[a#O?オオオ──ォ??%#オオオオオ]
身を襲った振動の衝撃は、このままではあの閃光に呑まれ体が焼かれてしまうと全く根拠のない錯覚まで見てしまいそうになるほどの衝撃だった。
[オオオオオオオオォオオオンンンンン──!!!]
何が正しいんだろうね、何が間違いなんだろう。何が必要で何が不必要か、何が過ちだったのか。
「今は・・・もう全く自分がわからない」
降り注ぐ絶望の大柱を前に懺悔することとし、1つだけ明らかにしておこう。・・・天賦の才など僕にはない。僕の知能指数なんてたかが知れてるだろうし、運動能力は2度目の人生になってようやく磨かれ始めるもその主体のほとんどが前世からの妄想(イメージ)を元に成り立っている。感情指数に関しては転生という特殊すぎる境遇に板挟みになってもうズタボロで救いようもない。何より・・・僕という人間を評価するスコアと基準(スケール)が存在しないことが苦痛である。
全宇宙すべての歴史を知りたい。または神秘の解明ができれば・・・無理だ人間にそんなっことできるはずがない。
だけど最下層のディレクトリを譲っても、人類が最後に見る世界の終末は見てみたいと思う。
でもそれも無理。終末の最後の一人になれないのならせめて知能を持った初めの一人になりたかった。そうしたら本能が突き動かす故の生きるための悩みはあれど、こんなに社会的な痛みを伴うことはなかったはずだ。
「例えば聖書に出てくるアダムとイブの様に・・・そう・・・思っていた。この光景を見るまでは」
赤い閃光が円を描き天雷を落としてからというもの、ついさっき苦労してようやく晴らした空にはマーナが起こしたのとは比べ物にならないほど分厚い雲が大渦を描いている。当然、稲光を唸らせ、渦に吸い込まれるかのように発生する気流によって遠くの湖面は激しく波を立てる。また、血漿雷にストリーマを伸ばすかのように上った火柱が勢いを増して暗い未明の夜を蝋燭のようにぼんやりと灯しながら、飛び火が周囲の森に移り、明かりを波及させるとともに煙を伴って深緑を穢し始めている。
『これだけ離れているのに、あれだけの規模・・・現場は一体どうなっているのでしょうね』
コレが、終末を齎す厄災・・・世界の終わりの前兆なのか。
「熱ッ!」
「雪が溶けてる!」
眩みから目覚め、気づけば周りの雪がみるみるうちに溶けて、そこら中が雪解け水で埋め尽くされていた。
「熱い・・・」
そして雪解け水は冷水からお湯へ──。
「これってもしかしてッ!」
一部が剥き出しになった水晶舞台が蒸気を吹いている。
「ここから脱したら、僕は行くよ」
しかし、突き出しているモノからドロドロと溶け始めた水晶などお構いなしに彼は続ける。
「全部、僕の責任だ。みんなはちゃんと与えらた役割を果たした」
「そんなことないだろ! お前だってちゃんと役割を果たしたじゃないか!」
「そうだよ! リアムはアリアの一員として、んーん! アリアそのものの中心としてものすごく頑張ってくれた!」
「それは違うよラナ。僕は手を抜いていたんだ」
「えっ・・・?」
「僕にとって今回の戦いは、いかにスマートに戦って穏便に勝利するかが鍵だった」
「ちょ、ちょっと待てよ! 今回の戦いはリベンジだろ!? だったらお前だって本気でさ!」
「もちろん、今回は前回のリベンジ戦でもあるからみんな、前以上に本気で臨んだ。かくいう僕だって、前回失敗したのだからリベンジ戦には変わらない。でも僕は・・・」
・・・リベンジというのなら、君たちのためにリベンジしにきたわけで。
「でも僕は・・・何だ? ちゃんと言ってくれなきゃ俺だってわかんねぇよ!」
「・・・」
「リアム、私たちもあなたが何を言ってるのかわからないよ?」
「リアムさん・・・」
長く長く引き摺った勝ち負けをハッキリとさせようと、泥沼にハマった戦いに決着をつけにきただけだった。
「今回みんなは自分たちの役割を最後までやりぬき、全うした」
そもそも負けてない僕がリベンジをする理由くらいはそれだけなのさ。
「だけど僕だけが全うしきれなかった・・・本当に、ごめんなさい」
「何を謝ってるの? リアムもものすごく頑張った! ほらだって、あんなにたくさんの雷を操って、みんなで協力してあれだけ派手な大業を決めたじゃん!」 
でもそれは・・・君が中心となってね。
「この戦いを見ている人たちの視線が怖い。だけどそれよりももっと怖いものもある・・・また奴が出てくるんじゃないかって、怖かったんだ」
「奴・・・?」
だからここは・・・黙っていたことを 何故スコルを一人で処理するような真似をしたのか。何故、まだ余力を残しながらマーナを積極的に自分から攻めに行かなかったのか。後でどうなろうと構わない。今、自分の犯したミスを修正するチャンスを掴むためなら──。
「聞いてないぞ! 仮面が出たってのか!?」
それじゃあまさか、戦いの後お前が妙に強がって、何の目的もないように自分の力を確かめるような真似に興じていたのは──。
「ウィル?」
「仮面・・・仮面だと?」
「おいどういうことだウィル。お前何を隠してる」
・・・俺も、どうやらまた間違ったらしい。
「それにミリア、派手っていうのはね、ああいうのを言うんだよ?」
「ちょ、ちょっと・・・」
「リアム・・・」
そうして景色が一転して、悲しげな彼の目と私の、僕の、俺の目が繋がる。
”ゴメンね、みんな──”
血の香りを嗅いでもむせ返らなくなったのは、いつ頃からだっただろうか。
「あっ・・・」
「あいつまさか一人で・・・ッ!」
「リアム・・・リアム!!!」
──コツン。
「これは・・・」
「薬瓶だ」
「まさか・・・」
「9つある・・・つまり──」
「もしリアムが失敗したら・・・」
「あれ・・・ティナ?」
死骸や血の焼ける匂いにはもう慣れっこなのに、死臭、特に腐敗臭がダメなのはどうしてなのだろうか。
 [・・・]
その答えは・・・。
「クサイな・・・」
僕らが生きていて、まだ死んでいないからなのだろう──と。
「神解け是色、異空──!!!」
夏の嵐が極光を突き破り、停滞に襲われていた世界に活きた鮮烈な光の息吹が吹き込んだ。
「・・・」
・・・そうだろう。僕らは勝ったんだ。
「い、今の速さ・・・もしかするとミリアは・・・」
少女の兄は困惑する。なんなんだその速さは──と。
「ねぇ・・・あなた?」
「ミリアは超えてしまった・・・一線を」
「はい。おっしゃる通り、私たちの娘は一線を超えてしまいました」
「眷属の領域を、完全な眷属化もまだ・・・成し遂げていないと言うのに・・・これではあまりにも浮かばれない。やはり縁談を早々にまとめてしわまねばならぬ。それも確実にだ。このまま悠長に構えていればミリアは闘争に巻き込まれる。それを防ぎ、跳ね除けるには・・・」
なんなんだ・・・その輝かしい情熱と溢れんばかりの有望さは。
「やった・・・?・・・やったんだ」
「ミリア!!!」
「やった・・・やった!!!」
最初の一言は自分が成し遂げた偉業に自分でも追いつけずにいてキョトンとしていた。引き続いて映像の先からでも心の針が振り切れるほどに伝わってくる愛らしさは、直前まで緊張に縛り上げられていた我々の心を溶かして、中に溜まっていたものを一気に噴き出させる。
「やったよみん・・・キャアアアア!!! 血だらけ!!!」
「ま、待ってください!私が落としますから!!!」
「イヤアアア!!!」
「まってぇえー!」
「わ、私も手伝ってくる!」
「・・・貫くか衝突か、ああなる可能性が十分にあったのは最初から分かりきっていたことだろうに」
「それな」
全身にマーナの血を被ってしまったことに動揺して走り回るミリアを追いかける仲間たち。皆がほっとけずああして追いかけたくなるあの魅力。これが我が娘の持って生まれた真価だとでも言うのか。子に値をつけるなど親としては最低の所業であるが、こうでもしなければ我々の世界では食い物にされる・・・どうすれば・・・最善は・・・。
「・・・大願が叶った瞬間にもう次の未来の話か? 折角めでたいんだからもう少し感動と・・・感傷に浸りたいものなんだが」
「あなたたちにも、後継たる彼らが偉業を成し遂げたことに様々と思うところがあるのでしょう。ですが私たちにとってはコレもとても大事なことなんです。年を跨ぎ、次の春などもう目と鼻の先です・・・祝勝会が終わるまでは待ちます。しかしそれまでしかもう待てません。その後直ちに彼と直接話す機会を設けます。いいですね、ウィリアム、アイナ」
「約束は約束ですね・・・でも何度も申し上げた通り、親の私たちが前向きな答えを保証することはできない」
「構わん」
「だが決めるのは・・・」
「ええ、もちろん承知していますとも」
掲げるは前途洋洋。多難でも遼遠でも有望でもなく、洋洋に希望で将来を満たし可能性の概念をも潰す勢いで不安要素を埋め尽くす。
「は、派手な一閃だったねぇー・・・」
「なんと・・・雷帝と仲間の力を見事に合わせて見せた彼女は・・・聖職者である私には形容し難い領域です」
「雷帝の遣いでありながら、あの素晴らしい包容力は全てを包み込む大地の母ソロネを彷彿とさせますね」
「キラッキラだった!」
「カッコイイー!!!」
「神懸かってるぜッ!」
「・・・聖職者である私には形容し難い領域です」
同調バイアスの規模の差か、会場より僅かに早く勝利を確信し、盛り上がる神楽店内にて──。
「あの様子だと本人はわかっていないのだろうね・・・天才だよ・・・まさしく神童だ」
「パトリッ・・・あなた・・・」
「妹は次期領主である兄の僕が絶対に太刀打ちできない様な領域に齢12にしてたどり着いてしまった・・・いいんだ気を使わなくて。果たした偉業の大きさは誰が見ても明らかだ・・・僕も思わず旋律した」
「パトリック様、それでも継承の序列に変わりません」
「そうだ。だからコレから先の経営を考えると胃がイタいよ。でも、確かにショックだけどそれでも嬉しいんだ・・・嬉しさが勝るんだ。・・・でもやっぱり・・・うん。家族として君が隣にいてくれるだけで僕は百人力さ・・・」
時折、名前に様を付けて呼んでしまいそうになるくらいのぎこちなさ。
「・・・」
半年が経って少しは慣れてきたつもりだったんだけどな・・・この人なら許してくれることがわかってるからこそいじわるいっちゃって・・・でもそうだよね・・・この国の価値観からこの慎ましさは美徳であるとは言い難いけれど、主人に恋慕の情を抱いてしまった私は身近な人の成功を、例え自分にとってはよくない首を絞める様な成功であってもおめでとうって言えるこの人の素直さにも惹かれたんだ・・・ああ、早くこの恋が友愛に変わってくれないかな。
「神に仕える私には・・・も、もどかしぃいいい!クハァアア!!!」
「アストル様おもしろーい!」
「クハァアア!神よ、我が主人よ!」
素直に神懸っていると言えないアストルをいじって楽しむ子供たち。
「グヘェエエ!アリア最高ーッ!!!」
「ライト!それにアメリアまでッ!」
「はーい、ごめんなさーい!」
明るい笑い声が店内一杯にこだまする。私も合わせて顔を破顔を試みるけれど、ちゃんと笑えているか自信がない。・・・みんなみたいに今この時を心の底から純粋に楽しめないのは辛いな。関係ない筈のことなのに、もう関係ないことの筈なのに勝手に私の頭が思念に織り交ぜてしまう。
『しんどい・・・乗り越えたい・・・けれどこの道を選んだ私には投資できる将来も、商売の才もない』
・・・このまま腐って毒にだけはなりたくない。何か気を紛らわせられる様なことが・・・あれは・・・?
「・・・リアム君?」
ふと視線をあげたところにあった魔道具。その画面の向こう側のある異変に気づいて、つい今まで自らの無才ぶりを憂いていたフヨウは視線を固定して映像に釘付けになる。
「やったぞ・・・俺たちついに成し遂げたんだ!!!」
「・・・もう、終わったのよね」
緊張のせいか、緊張が故に今の今まで膝をつくことなく立てていたのか。
「ハァ・・・フゥッ!・・・ハァ、ハァ」
「エリシアッ!?」
「ま、魔力が・・・」
「待って、今すぐ魔力回復のポーションを・・・はいッ!」
地につけた皮膚の感触とともに、皿を通って太腿の裏と脹脛にまで疼痛にも似た刺すような感覚が広がっていく。
「あっ・・・」
すると、血を被って動揺していたのが半分、もう半分は・・・勝ったのが嬉しくてかまって欲しかったのか・・・走り回っていたあの子がこちらに気づく・・・折角の雰囲気を壊しちゃったかな。
「や、やっと追いついて・・・さあミリアさん、綺麗に・・・ミリアさん?」
「ミリア・・・エリシア!?」
「エリシア・・・」
ようやくミリアに追いついて息も絶え絶えだったフラジールとレイアを他所に──。
「エリシア・・・」
ミリアがこちらに駆けてきた。
「だ、大丈・・・」
「大丈夫じゃないわよ」
「えっ・・・」
「バ、バッカじゃないの・・・あんなにドンドンバタバタ地団駄響いてくるなんて聞いてないわよ・・・修復にてんやわんやでもう魔力すっからかん」
「そ、それは・・・私に思いっきり走らせて、速くしてくれる道を作って支えてくれたあなたには感謝してるわよ! でもバ、バカは酷いんじゃないの!?」
「酷くないわよ。おっちょこちょいで、計画性がなくて行き当たりばったりで、振り回される身にもなりなさい。こっちはいい迷惑よ」
「グッ──!」
ほらその反応。きっとあなたは自分が成したことが一人ではできなかった大業だとわかってはいても、感情を理性で判れてなかったの。
「えっと・・・あの・・・」
戸惑ってるわね。でも、私もね・・・。
「ミリア・・・だけど・・・その・・・」
感情が邪魔をして周りを見失ってしまう。そういう時はいつどんな状況であろうと誰にだってありエるの。だから、私やみんなのことなんて今は気にしなくていいから・・・例え忘れてしまいそうになっても・・・この瞬間だからこそ真の価値ある顔を私に見せて欲しい。それだけ私の達成したタスクも重なって、限界を突破して積み上がっていく。だって仲間ってものもそういうものでしょ──?
「な、ナニッ!? まだこれ以上何かあるって言うの!?」
これ以上何かまだお説教が残っているのかと、エリシアの意味深なフリにミリアはビビり倒す。
「でもあなたの笑った顔は、大好きよ・・・」
エリシアから架けられた次の言葉はつい今まで怒られていたミリアにとってとても意外なモノだった。
「エリシア・・・」
「ほら」
「あっ──へへ、ありがとう」
「ありがとう、ミリア」
重なる拳と拳。
「おいおい、お前らいつも俺たちをバカバカと捲し立てるツートップじゃないか」
「アルフレッド様」
「・・・なんてな。友情に水を指しはしないさ。よくやったよ、みんな」
「そうですよね」
「ああ」
女同士、拳を重ねて友情を交わす姿に熱くなってしまったアルフレッドはいつの日かの教室での出来事を思い出す。
『今なら文句なしに最高だよな』
ギュッと手を握り締めて、あの日、交わせなかったモノをあいつと。
「やったな! リアム!」
「・・・」
そして──。
「あー・・・」
馬鹿なッ! 返事がないだと!? まさか僕はやらかしてしまったかのか!? そんなッ!・・・って。
「──? おい、リアム?」
隣にて、偉業を成し遂げた者同士として喜びを分かち合おうと友に語りかけるも、肝心の友からの返事がない。
「リアム・・・」
代わりにあったのは──。
「・・・こい、烏丸閻魔」
唐突に、全てを澄み渡る音の波形。
「お、おいどうしたんだよ急に・・・武器なんて出しちゃってさ」
また、もう一人側にいたゲイルの問いかけにも再び返事はなく、リアムは静かに一歩を踏み出した。
「リアム!やったね!」
「リアム・・・」
「リアム・・・?どうして烏丸閻魔を?」
そして他の仲間たちの喜びの声、疑問の声にも一切反応を示さずに、リアムは黙々と語(ワ)の中を通過する。
「若が、若達がやってくれましたゾッ!」
「やりましたねピッグさん! はいこれ、アリア勝利記念」
「ああ、ありがとうございます」
「一つ銅貨5枚です」
「お金を取るのですか!?・・・と、これだけのクオリティならば・・・安くないですか?」
「サービス価格です。あ、安心してください。原価割れはしてないので」
「そ、それは立派なことで・・・ではおひと・・・つ?」
「会頭?・・・リアム様?」
誰もが勝利を確信してやまなかった。
「天晴れ!見たかあのマーナを討ち倒したるはうちの娘だぁああ!!!」
「おいコラ」
「なんだ、今いい所だ邪魔をする・・・」
「みんなで、倒したんだろ?」
「だが、だがな・・・?」
「あなた・・・」
「はい・・・」
「勝鬨を上げなおそう。我々のアリアの勝・・・」
“──こい、烏丸閻魔”
「なんだ・・・リアムか?」
そう、勝利を確信していたのだ。誰もが、彼以外の誰一人として漏れることなく。
「すでにお前はこと切れているだろう」
アリアの一閃が体を貫くその直前まで、その直後にも貴様の苦悶の表情を見た。
「教えてくれよ・・・どうしたらお前のように死することを恐れないで逝けるんだ」
だけどな・・・一度は死を覚悟しながら、暗闇の淵で死んでも死にきれなかった僕には納得いかないんだよ。
「死を目前にしてお前はそんなに安らかに眠れるのか・・・」
・・・理解に苦しむよ。
「ウィル・・・あれって」
「まだわからない。今は親として、行く末を見守ってやろう」
同時に、リアムの事情を知る父と母は悟る。リアムが誰に一体何を語りかけているのか。
「どうしてしまわれたのでしょうリアムさん」
「わからん・・・せっかく勝ったと言うのにあの表情」
「いきなりどうしちまったんだリアムは・・・」
「か、勝ったんだから嬉しい・・・はずよね」
「嬉しいに決まってるわ・・・」
「だ、だよね〜・・・ん? ちょっと待って・・・私たちみんなここにいるよね?」
「ああ、もちろん・・・ちょっと待てよ。おい、リアムは何を見て話してる?」
「えっ? それはもちろん向かった先にあるマーナの・・・嘘でしょ」
待て待て待て・・・2頭両頭が敗北した。
「マーナの遺骸・・・」
なのにお前はどうしてまだそこにいる──?
「中秋──」
アリアの仲間たち、又、コンテスト会場にいた実力者たちがリアムが何故一人だけ喜色に染まっていないのか、その理由に気付き瞳を強く見開いた瞬間、それはリアムが刀を手に握った瞬間──。
「月桜・・・」
距離を少し空けつつも、前戯の型もなく雪を踏み抜いた。しかし想いは届くことなく、月を掴もうとしていた手は余韻を残しながらゆっくりと静かに止まる。
「肉が・・・ううッ!」
まずはわななき蠢く。皮膚の下の肉が溶けていく様が、空いた大穴からよく見える。
「えっ、ええ!!?」
「ミリア!?」
「血シミが・・・!」
「ちょ、た、助けて!!!」
皮膚が破れると同時に溢れ出した血の蒸気が十三夜を赤く汚す。
「雷月の色・・・あの蒸気は一体なんだ・・・」
しかし本来の月色がスグに赤色を燃す。
「・・・執り切れなかった」
本夜は最悪の片見月となった。
「・・・あれ?」
「だ、大丈夫ミリア?」
「・・・」
「どこか痛いところとか・・・」
「全然大丈夫・・・なんで?」
肉が腐り血が天に昇っていく間に、ミリアの装備にこびりついていた血もまた浮いて空へ。汗の匂いは残っているからクリーニング仕立てのようにとはならないが、それでも綺麗さっぱりマーナの血に染みた跡は見受けられない。
「骨・・・」
ティナの耳がピクリと動く。
「本当だ・・・なんで骨だけ?」
「さ、さぁ・・・」
やがて全ての血肉が蒸気へと変わり空へと召されると、そこには骨の残骸だけが残っていた。
「・・・」
するとリアムが攻撃の中断から残った距離を詰めて骨の側まで行き、そのまだ細く柔くも良い塩梅に筋肉のついたしなやかな腕を差し出す。
「どうして骨だけが・・・」
スッ──。
「・・・は?」
仲間たちの疑問とは裏腹に、水空を切るように、咎めるものなどないかのように。
「な、何をしてるんだリアムッ!!!」
切っ先が、掌に触れる。
「・・・」
右手に持った刀で、差し出した左手ノ平を切ってしまった。
「な、なんてことを!」
血飛沫が舞う・・・とはならなかったものの、この意味不明な子供の行動と画面に映し出された掌を裂くスッパリ開いた傷口を見て会場中がむせ返る。
『どうして自傷するような真似を?』
「薄皮を切っただけだ・・・すぐ治る。それより見てよ・・・」
一人、独り言はおそらくイデアと喋っているのだろう。
「──ッ」
グッと、リアムが切れた方の掌を握るとわずかに膨らんだ肉の隙間からチョロチョロと。
『やっぱり切るんじゃなかった・・・』
『触覚の多い掌の方を切るからですよ』
自傷したことにはツッコまないのかよというツッコミをかなり的外れなフォローをしてくれたイデアに入れながら、更にギュッと力を込めて行為を加速させる。皮膚を撫でるように伝い、そうして集まり完成していく赤い滴が一滴。
『これはまさか・・・』
重みを増して、落ちて、直下の残骸に染み込んで、そして──・・・残骸が崩れた。
「骨じゃ・・・ない」
その様を見ていた誰もが呆気にとられる。骨だと思っていたソレは粉粒の集合体であって──。
『抜け殻ですか』
「そのようだ」
だが、おかしいのは骨が砂のようにサラサラと変化して崩れただけではない。イデアが解析を試みるも灰からは有機物としての素因が見受けられない。まるで灰皿に落ちた煙草のソレのように、血を僅かに含み崩れ去って、構造を失った灰の一部は自らが崩れるときに生まれた僅かな微風に乗って、撒かれた先の白銀の上で極光の光に呼応するように粒をキラキラと輝かせている。
「ハァー・・・最悪だ」
青い瞳に極彩色で空をくり抜く極光を映しながら、とてもじゃないがやってられないとやるせない大きなため息をつく。
「どういうことだリアム」
「見ての通り、残骸として残ったのは骨じゃなくて灰だよ。灰汁一つ残すことなく極限まで絞り取られて残ったのが灰(コレ)だ」
所々彼のとった行動に違和感が拭えないものの、休止が入ったことを見計ってリアムの行為を静観していた仲間たちが集まってくる。
「そ、そうじゃなくて・・・」
「ん?」
「どうして・・・その・・・マーナの・・・」
「遺骸が残っていたのか?」
「はい・・・それと、さっきの血と・・・黄色に変わった煙は何だったのでしょうか?」
「わかんないよ、そんなの」
「わかんない?」
「僕だって世界の全てを知ってるわけじゃない。まさか、知るわけもない。知るわけもあるまい?」
僕の傷ついた掌が気になって、ウズウズしていたレイアの代わりに、フラジールが口火を切るが──。
「訳がわからないぞ!なんだ突然その態度は!」
「だからわかんないんだって・・・」
フラジールに強く当たってしまったからか、それともさっき──・・・。
「本当にわからないのか?」
「君こそ何だよその言い方・・・僕だって困惑してるんだッ! 頼むから、後少しだけ考える時間をくれよッ!」
だって僕らは、今から知りたくないことを知ろうとしている。
「横から失礼します」
「イデアさん?」
「マスター。マスターの推論は恐らく当たっていると思いますよ? 」
「どれが・・・?」
「一番最悪なやつです」
「じゃあ聞くけど、そんな生物いるの?」
「さぁ・・・こんなケースは初めてです。しかしとてもマスターの常識には当てはまらないような生物になら何度か会ったことがありますよ」
「僕のね・・・例えば?」
「例えば・・・竜とか」
「一体2人は何の話をしてるの?」
「阻みに行きますか?」
「無理だよあんな高さ。見えても飛んだこともない・・・それにもう──」
沸騰してできる泡沫の終わりは早い。
「賽(サイ)が降ってくる」
それにもう、後退もできないしその時は確実に──。
「ほら、やってきた」
青い瞳に映る極彩が消えて虚な黒が影を落とす──も、次の瞬間に円環が浮かび赤いリングが鏡の如く形成される。
「賽ってスプーンのことじゃないの!?」
「・・・スプーン?」
「えっ、だってスプーンって・・・漢字で書くと・・・サイって・・・言わないっけ?あっ、言わないわ」
「それ賽じゃなくて匙じゃない?」
「だ、だよね・・・あれ、どうして私今まで・・・」
「匙を投げるとはいうけど」
「あ、それよそれ! きっとそのせいで間違えて覚えちゃってたのかもしれない!」
「スプーンは投げられたッて・・・何それ、面白おかしすぎるッ」
「わ、笑わないでよ! 自分で気づいたんだからセーフ、セーフ!」
「ナイフやフォークで戦うならまだしも、スプーンって・・・平和すぎるッ」
「でも目をえぐったり、先が滑らかに尖ってるから鼻やあらゆる穴から力任せに突っ込めば悲惨なことに・・・」
「エグいこと考えるね・・・」
「何せ私、病んでるので」
「同じく・・・」
「「なんてね!」」
「もう直人ったらそこはビビってくれないと私、これじゃあ完全にソシオパスじゃないの!ああやだもうッ!」
「えっ・・・?」
「ちょ、ちょっと!?」
「シーッ・・・図書室ではお静かに・・・ね?」
「そうくるの!?」
「お静かにー」
「お願いッ! 弁明させ──」
「直人さん、鈴華さん、お静かにね?」
「「は、ハァーい・・・」」
クソッ・・・ここにきて言葉遊びか。前世に交わしたものすごくしょうもない会話を思い出したよ。でも、きっとこう、本能が叫んでるんだろうな。何事もなかったかのように、今すぐに振り返ってあの日の日常に戻ることだけを考えるべきではないか、延いては──逃げ出してしまえと。
「鈴華・・・あの時君が自らの勘違いに気づいた時のように・・・」
だが今更逃げられるはずもない。”解せぬ・・・”とプクッと膨れてまた本と睨めっこするあの子の側で幸せを感じていたあの時の僕はもう・・・死んだのだから。
「もう一つ遊んでしまえば・・・血漿」
リアムはダランと上を見上げながら空に項垂れる。同時に、全く笑えない冗談に口角をひくつかせながら頬へと伸ばす。
「そう、”Blood plasma spri[───────────────────────────────^√\───・・・]”」
みんな気をつけろ・・・──血漿でできた雷が降ってくるぞ。
魔法なんて領域を遥かに超えた次元だ。そんなこと、僕らがいる人の世界であっていいのか。
窒息させてから葬ったんだ・・・欠乏による脳の損傷はどうする。
あるはずがないんだ・・・。
数多の研究の上に成り立った前世医学は信頼に値する・・・はずだ。例え世界が違っても、人間の規格はほぼ変わらない世界で、ただ魔法という概念が存在するだけで一度死んだ肉体が死の宣告から長時間を経て蘇るなんてこと・・・。
「でも・・・」
僕の知りえる限り──。
「僕の知らない獣・・・生物・・・世界・・・」
世界に平等を求めるのは当の昔に諦めた。だが作り物のこの世界まで公平(フェア)じゃないとはどういうことだ。
『止めなきゃ、止めなくちゃ、止めなければ』
実力主義観なんて犬にでも食わせとけ。さっきまでは仲間たちと喜びを、素直な喜びを分かち合いたいと思っていた。
『辞めたい、止めたい、だけど辞められない』
でもどうしてか僕にばかり、試練が、失敗という壁が立ち塞がる。
『無能でいることを僕は一生、辞められないのか』
何も生み出せない。前世という土台がある僕がこの世界で何を成そうが所詮は二番煎じで、新しいアイデアを思いつこうが所詮は知識の濫用の域を出ずにどこか虚しさを感じるのだということはわかっていた。僕の実力ってやつは謂わばナオトの世界に与えられた力だ。そんな僕に、一からスタートアップして全く新しいナニカを生み出す様な才能は──・・・。
──あ、能といえば無能があったね。
全身全霊を賭けて代償としたお前は、”仇を討ってくれ”と迫る閃光を前に瞬くことすらなく眼光を光らせ静かに鳴いた。
そしてきっと、死の淵から・・・淵の底に足をつけたにも関わらず戻ってくるお前も又、鳴くのだろう。
[アァおおおおおおおおっっォオオオオオオオオオオオォオン!!!]
 "全く根拠のかけらもない推論だったら聴かせてあげる"
脳幹までもが震えるほどの薄命に目が眩む。
”ただ1つだけ確かなことがある。骨だけ残るなんてコレまでの戦いからしてもイレギュラーだった”
しかし赤い明滅の残光をまぶたの裏で見ていると──声が聞こえてくる。
"異常に効率の悪い手段を取ったのも、自ら早く撤退するため・・・そうして怨念を込めて産み出された蒸気は空へと昇っていった。しかし通常の水蒸気のように分散することなく、一塊として天に上り、その先にあるのはあの極光・・・”
極光・・・そう、それはリアムのみが正体を知っていた不思議な現象。
"あの極光の正体は・・・"
地球の磁力線に沿って落ちてくる太陽風、プラズマ。
"スコルとマーナ。太陽の化身スコルと月の化身マーナ。出会わぬはずの2匹が空(シエル)にて介し地上へと降り立った”
「それって・・・」
「壁面に彫られてた・・・」
“マーナを討っても尚極光が出ていたのは空に登った雷のエネルギーが残存していた証拠だ。あれにさっきの血煙が合流するとなると何が起こるのか"
・・・それが謎だった。だが、既に登った物は目的地へと。空を見上げる青い瞳に、光の中に包まれる赤く黒っぽい不吉な影が映った。
「触れた・・・」
途端、空に不思議なエネルギーの波紋が広がった。
「な、ナニッ!?」
「すっごい爆発音!?」
「雲が揺れてるぞ・・・ッ!」
誰かの強く締められた歯が軋む。
”ありえる・・・ありえるはずがないんだ”
極光が・・・収束していく。誰かの・・・彼の焦りが耳元から伝わってくる。
”・・・あの超特大規模のエネルギーの塊は・・・ナンダ”
「あれって・・・」
「あれじゃあまるで・・・太陽」
そう、太陽だ。その呼び名がしっくりくる。
球体が弾け、エネルギーたちがエルブスの輪を描くとソレは指向性を持って一点へ。
「B—ld pr—s—a —rite」
耳を擘く絶世の叫喚が血塗れになった極光の成れの果てから生まれる。
[a#O?オオオ──ォ??%#オオオオオ]
身を襲った振動の衝撃は、このままではあの閃光に呑まれ体が焼かれてしまうと全く根拠のない錯覚まで見てしまいそうになるほどの衝撃だった。
[オオオオオオオオォオオオンンンンン──!!!]
何が正しいんだろうね、何が間違いなんだろう。何が必要で何が不必要か、何が過ちだったのか。
「今は・・・もう全く自分がわからない」
降り注ぐ絶望の大柱を前に懺悔することとし、1つだけ明らかにしておこう。・・・天賦の才など僕にはない。僕の知能指数なんてたかが知れてるだろうし、運動能力は2度目の人生になってようやく磨かれ始めるもその主体のほとんどが前世からの妄想(イメージ)を元に成り立っている。感情指数に関しては転生という特殊すぎる境遇に板挟みになってもうズタボロで救いようもない。何より・・・僕という人間を評価するスコアと基準(スケール)が存在しないことが苦痛である。
全宇宙すべての歴史を知りたい。または神秘の解明ができれば・・・無理だ人間にそんなっことできるはずがない。
だけど最下層のディレクトリを譲っても、人類が最後に見る世界の終末は見てみたいと思う。
でもそれも無理。終末の最後の一人になれないのならせめて知能を持った初めの一人になりたかった。そうしたら本能が突き動かす故の生きるための悩みはあれど、こんなに社会的な痛みを伴うことはなかったはずだ。
「例えば聖書に出てくるアダムとイブの様に・・・そう・・・思っていた。この光景を見るまでは」
赤い閃光が円を描き天雷を落としてからというもの、ついさっき苦労してようやく晴らした空にはマーナが起こしたのとは比べ物にならないほど分厚い雲が大渦を描いている。当然、稲光を唸らせ、渦に吸い込まれるかのように発生する気流によって遠くの湖面は激しく波を立てる。また、血漿雷にストリーマを伸ばすかのように上った火柱が勢いを増して暗い未明の夜を蝋燭のようにぼんやりと灯しながら、飛び火が周囲の森に移り、明かりを波及させるとともに煙を伴って深緑を穢し始めている。
『これだけ離れているのに、あれだけの規模・・・現場は一体どうなっているのでしょうね』
コレが、終末を齎す厄災・・・世界の終わりの前兆なのか。
「熱ッ!」
「雪が溶けてる!」
眩みから目覚め、気づけば周りの雪がみるみるうちに溶けて、そこら中が雪解け水で埋め尽くされていた。
「熱い・・・」
そして雪解け水は冷水からお湯へ──。
「これってもしかしてッ!」
一部が剥き出しになった水晶舞台が蒸気を吹いている。
「ここから脱したら、僕は行くよ」
しかし、突き出しているモノからドロドロと溶け始めた水晶などお構いなしに彼は続ける。
「全部、僕の責任だ。みんなはちゃんと与えらた役割を果たした」
「そんなことないだろ! お前だってちゃんと役割を果たしたじゃないか!」
「そうだよ! リアムはアリアの一員として、んーん! アリアそのものの中心としてものすごく頑張ってくれた!」
「それは違うよラナ。僕は手を抜いていたんだ」
「えっ・・・?」
「僕にとって今回の戦いは、いかにスマートに戦って穏便に勝利するかが鍵だった」
「ちょ、ちょっと待てよ! 今回の戦いはリベンジだろ!? だったらお前だって本気でさ!」
「もちろん、今回は前回のリベンジ戦でもあるからみんな、前以上に本気で臨んだ。かくいう僕だって、前回失敗したのだからリベンジ戦には変わらない。でも僕は・・・」
・・・リベンジというのなら、君たちのためにリベンジしにきたわけで。
「でも僕は・・・何だ? ちゃんと言ってくれなきゃ俺だってわかんねぇよ!」
「・・・」
「リアム、私たちもあなたが何を言ってるのかわからないよ?」
「リアムさん・・・」
長く長く引き摺った勝ち負けをハッキリとさせようと、泥沼にハマった戦いに決着をつけにきただけだった。
「今回みんなは自分たちの役割を最後までやりぬき、全うした」
そもそも負けてない僕がリベンジをする理由くらいはそれだけなのさ。
「だけど僕だけが全うしきれなかった・・・本当に、ごめんなさい」
「何を謝ってるの? リアムもものすごく頑張った! ほらだって、あんなにたくさんの雷を操って、みんなで協力してあれだけ派手な大業を決めたじゃん!」 
でもそれは・・・君が中心となってね。
「この戦いを見ている人たちの視線が怖い。だけどそれよりももっと怖いものもある・・・また奴が出てくるんじゃないかって、怖かったんだ」
「奴・・・?」
だからここは・・・黙っていたことを 何故スコルを一人で処理するような真似をしたのか。何故、まだ余力を残しながらマーナを積極的に自分から攻めに行かなかったのか。後でどうなろうと構わない。今、自分の犯したミスを修正するチャンスを掴むためなら──。
「聞いてないぞ! 仮面が出たってのか!?」
それじゃあまさか、戦いの後お前が妙に強がって、何の目的もないように自分の力を確かめるような真似に興じていたのは──。
「ウィル?」
「仮面・・・仮面だと?」
「おいどういうことだウィル。お前何を隠してる」
・・・俺も、どうやらまた間違ったらしい。
「それにミリア、派手っていうのはね、ああいうのを言うんだよ?」
「ちょ、ちょっと・・・」
「リアム・・・」
そうして景色が一転して、悲しげな彼の目と私の、僕の、俺の目が繋がる。
”ゴメンね、みんな──”
血の香りを嗅いでもむせ返らなくなったのは、いつ頃からだっただろうか。
「あっ・・・」
「あいつまさか一人で・・・ッ!」
「リアム・・・リアム!!!」
──コツン。
「これは・・・」
「薬瓶だ」
「まさか・・・」
「9つある・・・つまり──」
「もしリアムが失敗したら・・・」
「あれ・・・ティナ?」
死骸や血の焼ける匂いにはもう慣れっこなのに、死臭、特に腐敗臭がダメなのはどうしてなのだろうか。
 [・・・]
その答えは・・・。
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