アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

263 Whiteout

「・・・彼を体現する言葉を探すと本当にたくさんの形を連想してしまうから不思議です」
「留まるところを知らぬ揺らめきは海、色移ろうは空・・・今のリアムは差し詰め天音を紡ぐ奏者というところ」
「なかなかいいが膨大なエネルギーを受けることで活力を得ようとする大地からの呼び声、獣の吠え声の両方を振り切って天雷を支える姿は凄まじい。だとすると奏者っていうより指揮者・・・覇者とか」
「雷は落ちなくても唸るものだものね。でも覇者はダメ。覇道とかそっち方面はリアムには不向きに思えるわ。それに空からやってきた頂きの番人とまさに今あの頂に相応しい頂点を決めようと闘っている最中だと言うのに、飛躍しすぎてる」
「それもそうか」

 マリア、ブラームスと続いた止まらないリアムへの惜しみない称賛が生み出した2つ名に対し、カミラが新たに覇者を提案するが、リアムの性格からしてそれは違うだろうとアイナが退ける。

「どうすればあの雷を攻略できる・・・」
「誘導するのはどう?」
「避雷針とかってことか」
「そうね」
「ハァ・・・ここで活きてくるんだからたまったもんじゃないな」
「昔の勘を取り戻しつつある証じゃない」
「そうか?」

 この国のトップが雷帝(パトス)と契約しているし、それにパトスと兄弟関係にある炎熱卿(パワーズ)もいる。因果関係は定かではないが、国の中で雷、あるいは火の精霊と契約する子供の割合は他の属性の精霊たちより高く、これらの属性に対する理解は名だたる強国がひしめく周辺国家の中でもアウストラリアはトップクラスだ。・・・でもまさか、ウィルが彼らに感謝する日が来るなんて感慨深いわ・・・なんて昔を懐かしんでる私も確実に齢を重ねたわね。

「悪巧み?」
「悪巧みってわけでも・・・なぁリゲス」
「そうよアイナ。私たちはあの雷をなんとかして散らすことができたら綺麗な火花を咲かせられるでしょうねって話していたのよ」
「花火の話? ソレは楽しそう。私も混ぜてよ」
「僕も参加していいかな」
「・・・私も参加する」

 待ち時間ができたから、湧いた好奇心のワクワクに身を委ねればいつの間にかリゲスとこんな話をしていた。気づけば灯った好奇心の火はどんどん周りにも広がっていく。みんな熱心にこうしたらどうか、ああしたらどうだと自分たちの意見を交わしていく。




「・・・」



 一方で、戦場に立つ者たちの現状はあまり健全とは言えない。視界も悪く、吹雪に紛れて攻撃してくるマーナ。徐々に回復したり、傷付いたり、積もる雪に足を取られないよう魔法を駆使しながらの消耗戦に持ち込まれて、リアムがスコルを倒してからもうすぐ4時間が経とうとしていた。

「水分補給を怠らないで」
「・・・もう少し動いても大丈夫か?」
「どうだろう。冷えるけど汗はちゃんと掻いてる。筋は癒せても疲労物質は多少残るし・・・あまり無理をすればローテーションが崩れるから・・・」

 白い嵐が身を襲う。雲が月光を遮り地の影と共に辺りを暗闇に変える。平静を装うが内心では皆、焦っていた。まさかここまで長期化するとは思ってもみなかった。せっかく毒でギリギリを見極めて攻めていたのに、飢餓に陥った瞬間に全回復とか聞いてない。 

「・・・すまない。今のはただの愚痴だ」
「いいよ任せて! みんなの体だけじゃなくて心のケアをするのも私の仕事だから!」

 奴の舌のようにザラッと、粘っこい唾液のように不快な環境に漏れたフラストレーションの一片をぶつけられても、レイアはあえてダメだと否定はしない。ただし、血肉に飢えて苦しむ肉食獣に全力で突っ込んでいってよし、とも言えず。

「いってくる」
「いってらっしゃい」

 再び前線へと戻っていった兄を見送る。極寒の山の頂でもこれだけ長い時間戦えているのはリアムが作った魔導具から発生しているフィールドのおかげだった。この小さいフィールドは魔道カイロの技術を応用して作られたもので、効果範囲内には雪の侵入もなく1度満タンにすれば1日は軽く効果を持続できる優れものだ。現在は後衛の要であるレイアが魔導具を使用している。

「アルフレッド様、交代お願いできますか?」
「任せろ」

 初めは前衛に出ていたアルフレッドを下げてフラジールと交代で前衛4人の強化(バフ)がけをしてもらっている。現在の陣形は前衛5人、後衛に6人と守りの型をとっている。前衛の休憩インターバルは5分、つまり20分間一人ポツンとマーナの影からの攻撃に晒されそれをいなしている。

「・・・ちょっと、まずいな」

 だが──。

『代わりますか?』
「もうちょっと頑張る」
『そうですか。なら踏ん張ってください』

 戦いを通して一度も休まずに集中力を途切れさせていないリアムは雪を降らせる雲から副産物として生まれた雷をずっと仲間達に落ちないよう上空に留め続けていた。本来、雷のような高エネルギーを必要とする現象を魔法で再現するのは非常に効率の悪いことなのだが、小賢しくも一石二鳥ということで、相手を害するに当たりエネルギー効率の最大化を謀ろうとする天候はマーナとの相性も相まって完成された1つの災害である。 

「そろそろ交代頼む」
「待て、まだ10分しか経ってない」
「ごめん・・・けど、上のアレを落とさないよう制御するのがちょっと・・・エネルギーが膨張し続けてて・・・」

 この吹雪はただの吹雪じゃない・・・雷を伴った雷雪だ。こんなに雲に近いところにいて雷が自分たちを直撃する可能性が高くなることは言うまでもない。なお、雷の直撃を受けるなんて言語道断。ずっと絶え間なく雷を呼び続けているマーナはこっちが制御を手放せばいつでもアレをここら一帯に落として僕らを全滅させるつもりなのだろう。

「レイア、魔力がそろそろ尽きそうなの・・・魔力優先で回復して」
「わかった・・・それじゃあこのポーションを飲んで、それから足をこっちに・・・震えてる」
「ありがと」

 微弱ながら闘志を奮わせ続ける。

「寒い?」

 一歩外に出ればまたあの孤独感が体を襲う。

「・・・」

 魔法で・・・心でみんなと繋がっていると分かっていても、魔導具が寒さから守ってくれるからまつげは凍らないと・・・分かっていても、手が届く場所に誰もいない暗闇の中で一人は心細い。

「エリシア?」
「・・・違うの・・・ちょっとね」

 ちょっとでも僅か先に訪れる未来を想像しただけで挫けそうになる。闘志の代わりに恐怖で身体が震えて、今にも歯が鳴り出しそうだ。

「そっち行ったよミリア!」

 でも無理を押してでも弱音は吐かない。

『真後ろから来るぞ』
「ま、また・・・しつこい!」

 根比べに負けてたまるか。

「・・・なんとか躱した」
『ミリア油断するな、引き返してきた!!!』

 次こそ決定打を。

「独りのくせに、独りのくせに!!!」

 マーナにはもう頼れるパートナーはいない。

『ダメだ正面から受けるな!!!』

 私たちの方が強い・・・信じよう、信じたい・・・仲間と自分自身を。



「あっ──」



 だけど周りがこうも暗いと・・・ヤダ、負けたくない・・・負けたくないのに。

「俺たちは一人じゃない!!!」
「──ッ!」

 そう遠くない何処かに仲間たちがいるのだと分かっていても、私は独りなのではないかと、時々、疑ってしまう。

「ブレイフ、警戒を・・・大丈夫か?」
「あ、ありがとう・・・」
「俺はまだ休憩から戻ったばかりだ・・・だが何度もカバーに入るのは厳しい」

 ブレイフはいるだけで明かりを放つし、召喚していれば徐々に魔力を消費するから長期戦となった今だからこそウォルターはブレイフを還していた。そのブレイフを再召喚してまで、両者の間に割って入るほどに今のミリアは危なかった。

「激情に頼るな・・・俺たちみんながポーンでキングだ。誰か一人でも失ったら終わる・・・」

 仲間を失った兵士のように、ゲームが終わるその時まで残される王のように。一人一人がポーンでキングだと思え。誰か一人でも失えば俺たちは激情のままに戦場を駆るだろう。そうなったらまだ未知の力を隠しているかもしれない相手に対しての勝率は計り知れないが、確実にマイナスに振れるであろう事だけはわかる。

「わかってる・・・それにやられていたかもしれないのに一矢報いることもできないなんて最悪・・・ふぅ・・・ち、力を抜いて・・・冷静に」
「冷静に・・・」

 咄嗟にとった防御体勢だった。それにあの体勢だと得意な攻撃に転じることもできなかった。いくら国内トップクラスの魔力を基に魔法武装するミリアでも、マーナの繰り出す一撃を正面から受けてしまえばこの膠着状態において取り返しがつかないほどのダメージを負うことは必至だ。魔力で守っているからこそ、魔法を無力化する体毛を持つマーナの攻撃には用心しなければならない。ウォルターの魔法鎧と違って、ミリアのガントレットやサバトンにはあらゆる威力を殺す層もなければその類の特殊効果もない。でもどうせやられるのなら・・・まだ、体毛を貫通できる攻撃で反撃する方がいい。 

「リアムさん・・・」
「フラジールも気づいた?」
「僕も気付いたぞ・・・バフを通して一人一人の行動と時間を管理しているからこそよくわかる」
「流石は2人とも優秀だ」
「ティナ、ラナ、より一層警戒しろ。二人も今だけは固まってもいいが・・・このまま続行・・・わかった、このままいくぞ。・・・あれだろ、マーナは休憩から戻って順に時間が経つメンバーを狙ってる・・・」
「その通り・・・あいつは適宜一番狙うべき目標を変えてる」

 2人になったウォルターとミリアに対して1人でいるティナとラナにより一層の警戒を促しつつ、隙を見てゲイルもこちらの会話に参加する。
 ターゲットを絞って狙う、またその意図を隠すためにあからさまな集中攻撃はせずにフェイントを交え、標的を散らしながら実践に移す・・・それにしてもマーナにこれほどの脳があるとは。雷も相変わらず呼び続けていて、簡単に数えられるだけで5個以上のタスクを同時にこなしてる。それもどれもが複雑で、人間でも中々に集中しないとできないような大技と小技を入り乱しながら。

「まずいかも知れない・・・」
「確かにあまりよくはないかもな」
「あの・・・要塞化せずにプレイヤーを分散させたのは一人一人がマーナの一撃を凌げるだけの手段を持っているから、でしたよね?」
「敵がゲリラ戦法にも似た攻撃を仕掛けてきているというのに、脅威に対して一箇所に留まって守りを固めたのでは有用な効果は得難い」
「素早いゲリラに対抗するのであれば、鎮圧できる最低限の戦力だけをおいて広く浅く対処するべき。それに集中して守りを固めれば壁と基礎が強固になる見方ができる一方で、マーナという巨大な敵を想定すれば袋叩きにされるという見方もできるわけですね」
「そうです。この戦いでの守りに城のような派手さはいらない。地上からは存在すら把握できない地下迷宮のように暗くて、矢が飛んでくる方向も飛ばす方向も見失うような戦場なのですから当然といえば当然ですよね。それよりも欲しいのは地下でも持続可能なシステムで彼らは暗闇にも光を見出して、解決に分散を見出した。地味だからこそ強い・・・はずだった。彼らほどのポテンシャルがなければ採れない作戦ではありましたが、マーナも飢餓に陥り完全回復してしまいましたから最初の内は理に適った戦法ではあった。しかし予想外の副産物のせいで一番の戦力でリーダーのリアム君が完全に封じられてしまい、想定した以上の効果の低減は免れなかった」
「自分のペースで、無理に仲間に合わせず状況に応じて必要な分だけを・・・こっちの方が精神的消耗は少ないしエネルギーの使用効率も良くなるか・・・わかる、大いにわかる配慮だ。それに最初のうちはまだスコルを倒したという事実と残りはマーナだけだという気勢が孤独感を紛らわせていた。だがそもそもスコルはリアムがほとんど一人で片付けちまったんだから、想像以上に戦いが長引いている今、ツケが回ってくる形で不都合な現実を必要以上に悪く見せている」
「理論的に優れた一手だったはずが、現状では凌ぐのには無難な作戦止まりだ。失ったハンディを少しでも補える何か別の切り口を探さないと破滅する」

 開戦時よりも、1時間前よりも、1分前よりも、そして1秒前よりも・・・ヤツの頭脳は冴え渡り、ずる賢く、安地から観戦するルキウス達並に戦況を俯瞰している。時間が経つほど浮き彫りになる粗相さをこれ以上放置すれば、こちら側の消耗の方が激しくなるのは火を見るよりも明らかだ。

『どうする・・・下手に制御は手放せないし、僅かなエネルギーも盗られるわけにはいかないから簡単に散らせない。それにここまで大きくなると簡単に動かせない。綻びが生まれれば直ぐにあいつはそこをついて主導権を奪いに来るだろう・・・これは留めて帯電という形をとり現状維持を優先した僕の判断ミス、いや、反省は後だ。今は・・・どうする』

 何か新しい手を打たないと・・・しかし不規則かつ明確な答えを導き出しながら襲ってくる敵の対処法を考えるどころか、雷雪に対してこれといった打開策を打ち立てるには至ってはいないのが現状。球雷の制御を手放せば手番を敵に与えることになるのはもちろん、何よりもマーナの雷を呼ぶ力が意外と強い。下手を打てばアレだけのエネルギーの流動だ。綺麗に纏まっているように見えても、実質の制御精密度は90%程まで落ちてしまうのではなかろうか。

「どうするかな・・・」

 イデアに丸投げしてしまえば即解決する問題であるが、この戦いはアリアの戦いであって、メンバーに名を連ねながらリーダーの役目を背負っているのは彼女ではない。

「イデアなら消滅、抹消・・・亜空間に隔離!」
『それをやるくらいなら代わってください』
「・・・だよね」

 パッと思いつくのは、いっそのこと全エネルギーを自分の亜空間の中にそっくりそのまま送ること。でも亜空間には大量の資材があって、それを犠牲にしてまで実行するのも憚られる。ならば雲ごと転送してしまうか。だがどこへ・・・つい先頃、予期せぬ行動をとるのもまた人の性だとそう思い知らされたばかりだ。それにマーナの呼び声が届く範囲も知れない。これほどのエネルギーの塊を落とすのなら、絞るにしても0.1%でも不確定要素はあるんだからまだA案の方がマシ。

「なら、なら・・・なら 」

 変える→変更=スコルの時のように戦場を変えようにもマーナが追ってくるかどうか。長丁場で動きが鈍っているのはあちらも同じで、現状逃げる僕らを態々追ってくる必要(メリット)がない。こっちが回復した分だけ向こうも回復するのだから・・・ならいっそのこと、一度撤退して互いにリセットし直すか。しかしそれで前衛で戦っているみんなが気力を保てるかどうか。消耗しながらも、奴にはまだ戦いを楽しむだけの余裕が見て取れる。その通り。ここまで事態を放置した僕の責任だと、だから打開策を考えろって!・・・目まぐるしく入れ替わる自責と現実から生まれる葛藤ほど厄介なものはない。

「ティナ、7時の方向から来るぞ!」
「わかった・・・!」

 ──だが、チームとしての行動について今一度リアムという主体をどこに置くべきかを交えながら暗中模索していると、待ちに待ったその時は唐突にやってきた。


「・・・」


 体が切る風切り音を、雪が切る風の音に紛らわせて忍びよる。

「見える・・・」
「──ッ!」
「・・・それに、臭う」

 もう何十回目のアプローチになるか。頭上を覆う影の懐に入り敵の攻撃を身をかがめて完璧に躱したティナが、ここにきて渾身の一撃をマーナの後ろ足に決めた。これだけ近づけばそれはまあ匂うだろうが、風の音はもちろん周囲の音は雪に反射してエコーがかかったようにどちら側から聞こえてくるかもわからない状況で、匂いも消えて、視界も悪くて、実質5感の内2つ半が縛られた状態での反撃は実に、実に見事だ。

「凄いぞティナ!」
「均衡が崩れた!」

 攻撃を受けたマーナは足を庇うように攻撃を受けた足を地面に下ろす事なく着地し、雪影の中に再び消えていく。

「ティナちゃんは獣人というステータスを除いても、接近戦の純粋なポテンシャルはリアムちゃんに匹敵するかそれ以上ね!」
「そしてああしてちゃんと倍にして返す辺りはウィルにそっくり」
「でもそういうアイナの仕返しだって・・・なぁ?」
「怒らせたときに返ってくるモノで言うと確かにアイナの方が恐ろしいかもな」
「リゲスが言ったのはそういうポテンシャルじゃ・・・アレ、言い得て妙なのかな?」
「・・・それってどういう意味?」
「あっ──」

 敵の動きに合わせて利用するのもまた力の流れが読めてこそ。戦場(マクロ)にしろ個々ミクロにしろ、流れを読めれば圧倒的に読み手優位となる。もしかすると一瞬でもミリアを危険に晒したことで傲り、奴が警戒を怠ったのかも知れないがそれでも僅かなチャンスを大幅に広げて絶対的優位に変えられるだけの身体能力をティナは持っているし、示して見せた。筋道を読む力・・・今のウィルたちには欠けていたようだが。

「今だゲイル! 畳み掛けるなら今がチャンスだ!」
「よし! ラナ、ウォルター、ティナ、ミリア!ここからはまた連携をとるぞ!網を狭めろ!」
「了解!」
「勝負に出るんだな!」
「わかった」
「やっと・・・ね」

 リアムの合図を聞いたゲイルが、ラナ、ウォルター、ティナ、ミリアになるべく他の前衛メンバーの事も気にしながら事に対処するよう指示を下す。

「僕も行こう。交代したばかりで悪いが後を頼む」
「お任せください」

 そこに再び前線に戻ることにしたアルフレッドと──。

「私も行くわ」
「まだダメだよ!」
「このインターバルの短さだとどのみち全回復できない。それよりも適度に闘志が保たれている今だからこそ全力を尽すにあたり、焦らされ昂った我慢を解放して残りの余力を最大限に活用できる、そう思うの」
「それは・・・」
「それにしてもレイアが優秀で助かったわ。魔力もかなり回復してるし、だるさも取れて痙攣も治ってる・・・流石ね」
「そんな私なんかじゃ! 今もこうしてエリシアに無理をさせてる!」
「無理なんかしてない!」

 エリシアが前衛に復帰する。レイアに留まるよう勧められたものの、最後になるかもしれないからと・・・。

「前線に戻る前にもう一度だけ言う。言い直すわ・・・レイア、あなたはもの凄く優秀よ。流石はアリアの一員だわ」
「・・・エリシア」

 弱音を一切口にしないアルフレッド、エリシアからはいざとなれば限界を超えられる・・・そんな気迫が感じれらる。

「急ぎ過ぎてなきゃいいけど」
『我慢に限界が付き物なのは世の常。だから苦しい。しかしこのままジリ貧を続けてもジリ貧止まりになるかもしれない。状況を鑑みたいい判断だと思いますよ』
「今日はよく褒めてくれる」
『おしゃべりとも言います。出番が少ないので』
「あぁーなるほど。僕の気遣いが足りなかったか」
『その通りです』

 雷雪を降らす雲は約30分置きに新しいものへと入れ替わっている。この入れ替わりが止んで空が晴れた時が勝負時になると踏んでいた。しかしティナがなんとその拳で、思いもよらぬ機会を生み出してくれた。エリシアの様子を横目にちょっと気持ちがぐらついてしまったが、この機会を指を咥えて逃す奴はただの阿呆だ。

「それじゃあゲイルの声を確実にみんなに届けてくれるかな」
『・・・しょうがないですね』

 体力をかなり消耗したこちら側としては、この機を逃さないわけにはいかない。イデアの助けも借りて攻勢に転じる。

『6時、45m先』
「ファイア!・・・弱い」
「──ガアアッ!」
『だが命中した。次、10時、80m先』
「ウィンド!──ッ、やはりこの雪に風属性も効率が悪いか」
「ン・・・ドンマイ、アルフレッド」
「次は属性を切り替えるさ」
『8時方向からくるぞ、迎撃を』
「近接戦は任せなさいッ!・・・アレ?」
『フェイントだった!大きく回って来る、2時、ウォルター』

 まだまだ持久戦を想定するべきで、遠距離攻撃部隊は自分の持つ属性から魔力効率の高い魔法を使うことが優先される。間隔を緩めに配置された要塞(ポジション)で中央に遠距離攻撃部隊、それを取り囲むように守りを固める近接部隊を配置。前衛6人によって要塞化された陣形は、12〜4時をウォルターとミリアが、4〜8時をラナとエリシア、そして8〜12時がティナとアルフレッドとなっている。 

「着実に終わりに近づいているのは確かだ!──来いッ!さっきの借りを返してやるッ!」
「ヴヴヴッ!」

 走ると体が光るから大体の場所はもうバレている。ならばと低く唸りながら気合を保ち、猛スピードで迫るマーナが迎え撃つウォルターに暗闇から飛びかかる。

「ガアヴッ!」




 ──そして、駆け引く。

「クゔッ!」

 ウォルターの頭上からマーナの左腕が振り下ろされる。

「・・・ク」

 魔法鎧を纏った両腕をクロスさせてなんとかマーナの一撃を耐えた。ウォルターは上に重ねていた左腕でマーナの体重を支えながら積雪に突き刺した槍に右手を伸ばすと──。

「・・・爪、貫通してないぞ・・・それで、俺の牙は」

──悲鳴。

「ガヴアアアッ!!!」
「突き立てたぞ・・・ッ!」
「さ、刺さったァアア! 身を綺麗に翻したウォルターの槍がマーナの前足の付け根に刺さりました! これはッ!・・・これはッ!」
「いけるぞ! 前と後ろの片足ずつを痛めてマーナの機動力が目に見えて落ちている! 攻めるなら今しかない!」
「わ、私も反撃したかったのに・・・腕があがら・・・」
「焦りは禁物とは言え・・・」
「この上ない機会ですね」

 勝敗を分ける駆け引きに勝ったのはウォルターであった。途中で回復を切り上げたエリシアの直前に十分なインターバルをとったこともあり、前衛組の中でも一番調子が良かったこと、それからティナが与えた一撃がマーナの機動力を削いでいたこと、踏み込みの時に全体重をかけられなかったことなど様々な要因が重なった結果とも言えるが、それも全てはチーム全員で引き寄せた賜物である。

「か・・・カッコイイ」
「惚れ直したろ?」
「はい・・・えっ、あっ・・・・・・ハイ」

 真っ赤になっちゃってまぁ。

「ヴオッ!ヴオッ!!!」

 闇の中で・・・マーナが絶えず雷を呼んでいる。もう何度紛れたかも、呼んでいるかも判らない。しかし終始リアムに制御された雷霆は1つとして地上に落ちてこない。

「まるで喚き散らされた雷音だ」
『豹ですけど』
「・・・座布団持っていっていいよ」

 あーあ、色んな意味で凍え死んじゃう。

「ヴオオオオオオン!!!」

 すると、そんなしょうもないやり取りをイデアとしていたら、暗闇の中から今までの孰れとも違う明らかに異質な音が辺一体に鳴り響く。

『今日一番ですね』
「リアムの冗談聞いて怒っちゃった?」
「聞こえていたんですかね」
「俺はユーモアがあって・・・そうでもないな」
「ヤダ恥ずかしッ・・・というかそこはちゃんとフォローしてよ」
「悪いな。つまらないものはつまらんと言う主義なのだ俺は」

 ガーン・・・見事な掌返しを喰らった。それこそ雷鳴と比べてもなんら遜色ない轟音であった。僕もミリアのこと言えないな・・・さて、怒涛の展開が続き末に勝利の兆しが見えたせいか兜緒がちょっと緩んだ。引き締め直そうか。 

「何が起きた・・・雷の綱引きが・・・ここに来て手綱を手放した?・・・何故」

 あの美しくしなやかな体躯からは考えられないような野太く力強い咆哮だった。そして何故か、呼び声が途絶えた。ずっと引っ張り合いをしていたというのに、今は何も感じない。

「これは・・・」

 すると──。

「雪が止んだ・・・」

 約6時間、降りしきっていた雪が止んだ。

「空が──!」
「晴れたッ!」

 晴れた。空が晴れた。生憎まだ日は出ていないから辺り一体白銀の世界・・・なんて美しい景観は望めないけれど、ようやく空を覆っていた雲が晴れた。ということは、もうこれ以上雷エネルギーが膨らむこともないということである。

「はぁ!?」
「ゲッ──!?」

 また、空が晴れる・・・と共に──。

「あんな量の制御されたエネルギーはパトスと眷属契約を交わす私でも見たことがない」
「なんて大きな塊でしょう・・・」
「驚きすぎて、こ、腰が抜けちゃったわ・・・」
「わ、私も・・・蓄積されたエネルギーが莫大すぎて同化状態でも漠然としか把握できないかも」
「だがどうしてあれだけの発光で済んでいる?」
「そうだな。あれだけ大きな塊だというのに直視できる」
「きっとリアム君が、なるべく光や熱が発生しないようエネルギーを制御してるんだと思う」
「彼はただ雷を制御していただけじゃない。放電された端から光と熱の要素を阻害し、残ったエネルギーのみを雲の中で更に隔離し続けていたんだ。戦いを少しでも優位に進めるために」
「えっと・・・何がなんだか・・・」
「感動しすぎて、へたっちゃった・・・」

 雷が照らす光、なくなった雪のブラインド。なるべく熱や光を発しないように制御されたエネルギー塊であるが、あまりに巨大な球雷であったために遮る分厚い雲がなくなった瞬間、眩い光が辺り一帯を照らす。

「なんだあれは・・・」

 だが、空が晴れてリアムが支えていた雷の全容が顕になる・・・アリアとマーナを中心に渦巻く環境の変化はそれだけには留まらなかった。

「ボコッ・・・?」

 音は野太く低く、しかし吠えるその姿はまるで狼の遠吠えであった。まるで晴れた空に故意に視線を誘導されたかのように、アリア全員の視線が外れた隙にマーナがッ──。

「このッ!」

 いち早く手の内にあるエネルギーの流れに異変を察知して視線を戻したリアムが見たマーナは、暗闇の中で左の前足の付け根から血を流しがらも痛々しさなど表情には一切見せることなく一点の曇りもない純粋な眼差しで、静かにジッとこちらを見つめ佇んでいた。

「エネルギーを奪った・・・」

 初めはボコっと、そこから伸びてやがて分裂する様は戦場のアリアはもちろん、突如空に現れた巨大なエネルギーの塊に目を奪われていたリアム以外の全員が目撃することになる。

「まぶッ──!?」
「耳がッ!」

 塊の一部が大きく変形し、約30〜40%が流出して2つに分かれ完全に分裂した瞬間、小さい方の分裂体が強く発光する。それから間髪入れずに遅延なしの音の爆弾付きで──ッ・・・。




「・・・あれ?」

 強い発光があった後、何かが爆発するような音を確かに聞いた。しかしこれといってアリアのメンバーたちに異常は見られなかった。

「何も起きてない・・・」
「というか、なくなった?」

 異常が見られるどころか、分裂したエネルギー体は綺麗さっぱり跡形もなくなっていた。いや、あるはずのものがない現状は正に異常そのものであるか。

「どうなってるの・・・?」
「逆方・・・い、一旦みんな集合・・・」
「了解」

 誰もがあの強烈な発光を目の当たりにした時とほぼ同時に、自分たちが落雷に襲われたのだと思った。正常の中の異常に当然気づいたリアムが全員に集合をかける。

「持っていかれた・・・ごめん、油断した」
「だ、大丈夫だよ・・・ね?」
「そ、そうです!私たちだってこうして無事なんですから!」
「だ、だよな!それにあんなものずっと制御してたなんて聞いてないぞッ」
「・・・言ったよ?」
「ばかッ!あんなデカかったとは言ってないだろ!」

 前衛が合流するまでの間のこと。一波乱あった後だからこそ冗談めかしく聞けることもある。リアムが雲の中で隠れて制御していた雷球改めエネルギー球について後衛のレイア、フラジール、ゲイルがリアムを慰める。 

「そうだね・・・」

 実際、3人のおかげで幾ばくか外に醸し出すリアムの雰囲気は軽くなった。だが、リアムが強く握る拳からはいまだに強い後悔が滲み出る。 

『・・・』

 ・・・待った無しのタイミングのはずだった。

『クソ・・・』

 疑問、後悔、そして自責・・・それと。 

『クソ、クソクソクソッ、クソッ!違う!違うんだ!!!』

 様々なネガティブな感情が入り乱れる中、リアムの脳裏にとある記憶が鮮明に甦ってきてしまった。

「今更!・・・あいつやっぱり」
「まずいわ。ああなるとリアムは状況なんて関係なしに傷を抉り始める」

 未だ切迫した状況の中にあることは変わりない。それだというのに、先ほどまで美しくピンと張られていた赤一色のリアムの緊張の糸に、何か余計な色が染み込み始めたことにウィルとアイナが気づく。

「雷、そうよロガリエの時のやつね!」
「あっ、ウォルターが話してたエリシアちゃんが大変だったってアレ・・・」
「それなら私も噂程度には聞きましたけれど、彼らはその時の失敗をもう克服したとも聞いていましたよ?」
「マリア様。古傷であろうと、現在進行形で傷ついていようと、刻まれた記憶を消すには至らず再び蘇る。克服はできても、完治はしないのが深く刻まれる記憶の傷の鉄則です・・・過去が消せないように」
「・・・確かにそうですね。完全な忘却など、人生の一部が死したも同然のことですから」
「マーナと睨み合うようにまっすぐ視線は固定されているが、肝心のリアムからは全く覇気が感じられない。あれは、見えてないな」
「あーあ、前の文脈からして周りには平静装ってるように見えちまうが、ありゃあ完全に怯えてる。誰か頬でも引っ叩いてくれればなー」
「ちょっとなんてこというのカミラ!」
「いいえ、カミラの言う通り誰かが引っ叩いてくれた方がまだマシよ。これ以上失敗に失敗を重ねて、後で更に凹むのは目に見えてる。貢献度なんてお構いなしに、自分の失敗は失敗だと認める子だものリアムは」
「修練なら褒められるべき姿勢だが、今この本番ではマイナスにしかならない」
「確かにリアムちゃんは・・・そうだけれど・・・そうね」

 ロガリエの悲劇を経験した後、剣の稽古の最中にリアムは何かに追われるように一点を見つめる時があった。これはリアムにとって始めての師匠となったリゲスのみが知る事で──。

『あれはそういう事だったの・・・』

 ロガリエで失敗したことはウィルに聞いていたし、確かにそれらしい素振りだとも思っていた。だけど思っていた止まり。懸念はあったけれど、元々なんらかの傷を負っていることは前提で教えていたし、それに稽古に対する意欲もあったから浅いものだとばっかり。何分ボーッと少し時間を空けた後の集中力が凄まじかった。だからそっちの方が危ないんじゃないかって、無理に強がってるんじゃないかって目がいっていた。頑張りすぎるのもよくないから。

『ごめんなさい気付いてあげられなくて・・・でも、どうして今なの・・・リアムちゃん』

 ここで1つ疑問が浮かぶ。雷だって、ピンチだってこれまでに何度も見て、体験して、経験してきたはずだ。それに傷を負うことになったそもそもの原因である肝心のオークとの再戦の時、直前に迷いはあったものの、エリシアが先頭に立った事でパーティーみんなの迷いも吹っ切れたはず。

「そういえばあの時リアムちゃんは魔法がうまく使えなくて、仮面の乱入なんかもあって有耶無耶に・・・」

 そうだ。そうだった。リアムちゃんは1回目のあの時ほとんど戦っていない。まだ悪い奴につけ入られて利用されていたゲイルちゃんが夜食に仕込んだ断魔剤のせいで魔法が使えなくて、武器も取り出せなかったのよ。

「2回目に対峙した時は、1回目の慣れ、それから仮面に対する恐怖、警戒、緊張が凌駕して顔を出さなかったんだな」
「カミラ、あなたわかったの? 引き金が」
「自分が仲間を傷つける可能性、それと雷も要因だろうが・・・大元の原因を考察するときに注目すべきはリアムの性根だ。自分の手の中に仲間を傷つけられるだけの力がありながら、完璧だった制御を一瞬でも奪われたことで不安が一気に吹き出した。安全の確認に確認が重なって、際限がなくなる。巨大な力が手中にある状態での出来事、しかし制御が効かなくなる恐怖。リアムは元々の魔力量の多さのこともあったが、必要(ソレ)以上に魔力制御の練習ばっかりやってたからな・・・元々その気はあった。だからリアムが仲間に犠牲を強いれられるかも心配だったんだろ、ウィル」
「ああ・・・」
「ちょっと待って、それじゃあつまりリアムちゃんは仲間の命を・・・」

 カミラがリアムの性根を土台に要素を並び立てて理論を組み立てたが、”要は”と簡潔にまとめてしまえば──。

「・・・可哀想に、握っちまったわけだ」

 ・・・カミラ。あなた私以上に良くリアムちゃんを見ていたのね。自由奔放なウィルのお目付をしていただけのことはあって人を観察する力は流石、アイナじゃないけれどちょっと嫉妬しちゃうわよ。

「それにしても、さっきの分かれたのはどこに行ったんだろうね」
「・・・」
「リアム?」
「・・・」
「リアムさん?」
「・・・」
「おい!」
「・・・」

 さて、周りがリアムの異変に気づき始めた。・・・そこに、前衛に出ていたメンバーも合流して。

「どうしたの?」
「そ、それがリアムさんが声を掛けても全然反応しなくなって・・・」
「はぁ・・・?ちょっとボーッとしてる暇なんてないわよ・・・ねぇリアム?」
「だ、大丈夫か? 何があったんだ!?」

 合流するや否や、リアムの異変に皆が気付く。それを察知した瞬間、一番体力を残しているアルフレッドと、それからエリシアがマーナの監視し警戒体制をとる。

「リアムってば!」




 ──が。

「えっ・・・?」

 リアムからエネルギーの一部をくすねた後、マーナも何かを待っているようにただその場でジッと動かずに・・・えっ?

「ちょ、ちょっとミリア!今すごい音がしたけど!」
「ご、ごめん籠手嵌めてるの忘れてた!で、でもリアムが全然返事しないから!」

 事後、ミリア曰くもっとペチっと可愛らしく乾いた音がするはずだったらしい。

「本当に叩いちゃったわ・・・」

 これには観客達も蒼然とする。だって、パチンやバチンじゃなくてゴンッて・・・鈍くゴツンッて音がしたんだもの!?

「〜〜〜!何すんの!」
「あなたこそどうしてボーッとしてるの!・・・って、何考えてたかはだいたい想像つくわ。私はそこにいなかったけれどね」

 ミリアが居心地が悪そうに視線を下げる。思いの外強く殴ってしまったからか、それとも当時一緒にいられなかったことがちょっと悔しいのか、何を思っての反応なのかははっきりとしないが、それでも今の彼女の心象はよくわかる。 

『昔は・・・今は・・・』

 ・・・そうだ。あのときミリアはいなくて、それにティナとゲイルも。

『あの時とは違う・・・』

 また、過去と現在の境界を見失っていた。けど──。

「あ、ありがとう」
「いいのよお礼なんて。仲間でしょ?」
「そ、そうだね・・・うん、みんなここにいるの一人一人が仲間だ」

 今度は簡単に戻ってこれた。違うことをネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに捉えることもできた。これも全ては、現在も一緒にいてくれる仲間達のおかげだ。

「よかったぁ、なんともないんだよね?」
「大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」
「考え事はいいが、返事ぐらいはしてくれよ」
「ごめん、気をつけるよ」
「診せて・・・一応、大丈夫そうだけど」
「あーっ! ・・・って、私そんなに強く殴った?」
「音がな」
「音がね」
「音・・・ですかね」
「音・・・」
「お、音ね。しょ、しょうがないわよね! こんなの手に嵌めてたら!」

 こういう回避は上手くなって育っちゃって。でもまだ口がもたついてる辺り可愛げがある。

「僕よりミリアを診てあげて。何せ今一番消耗してるのはミリアだ。腕を挙げるのも辛いのにそれを圧して叩いてくれたんだ」
「わかった。立ちながらになるけど診せて・・・」
「い、いいの?」
「僕のは大したことない。それどころか今の一発で元気100倍!」
「えっ・・・?」
「・・・ごめん、100倍は盛った。1.5倍くらい」
「なんで刻むの!?」
「リアルでしょ?」
「せめて2倍位は・・・ハァ、まあいっか・・・そ、それよりも」
「ミリアあまり喋らない方が・・・座る?」
「大丈夫。座らないし喋らせて・・・ねぇリアム、上に残ったアレどうするつもり?」
「今のところマーナにまた盗られないよう制御はしてる。ただ、落とす場所がなくて困ってるんだ」
「そう・・・なら、ちょっと私の案を聞かない?」

 可愛い顔に浮かぶ不敵な笑み。これは悪いことを考えついた時の顔だ。ミリアは僕と同類で結構抜けてることがあるから・・・嫌な予感しかしない。だけど──。

「聞くだけなら」
「オッケー!」

 ・・・聞くしかないよね。今の彼女は、僕にとって救世主だ。流れに乗る、これも大事。

「よくやった!いいぞ公爵令嬢!」
「よくやったミリア!」

 すると、周りの反応から逸脱して、ミリアがとった行動に歓声を上げた者が2人いた。一人は誰かリアムを引っ叩けと揶揄していたカミラ。そしてもう一人はミリアの父であるブラームスだった。

「あっ、いやなんだ・・・うむ、よくやったなミリア」
「ジジイ、なんか声のトーンおかしくなかったか?」
「おかしくなどない・・・それよりカミラ! ”公爵令嬢!”とはどういうことだ」

 話術秘儀、話題・論点ズラしッ!

「いや、返事がないから引っ叩くとか普通できないだろ」

 ズ、ズラせなかった〜!
 
「だからと公爵令嬢は関係なかろう・・・」
「でも一般人には無理だって。いくらリアムが温厚だからってなぁ、一番怒らせちゃいけない相手だぞ?」
「と、ミリアちゃんのことを批判しているがカミラ、同じ状況ならお前もやるだろ絶対」
「まあ、するがな?」

 ウィルの指摘した通りブラームスの歓声はテンションはカミラより1トーン高かった。奇しくも娘がナイスな行動をしたとはいえ、その内容は人を引っ叩くという褒められないものであった。ともなると親としては複雑な気分になるもので、その反応は些か過剰ではないだろうか。

「ミリアったら・・・どうしてあんなに堪え性がないのかしら・・・」

 その証拠に、ミリアの母親マリアは大きく怒声を上げたいのを我慢して冷静に怒りを内に留めていた。

「マリア様。結果的にミリアちゃんはリアムの間違いを正したわけで結果オーライ。逆にポイントは高いのでは?」
「・・・そう、願います」

 あーしんどい。ったく、でもマリア様はまだいい。問題はジジイだ。娘をリアムとくっつけたいと自分から言い始めたくせに、くっつけたくないのかどっちなんだ。チグハグしやがって。

「それよりも、だ。何かする気らしいぞ」

 疲労で非常に危ういテンションにあったチームの糸が遂に切れたと思ったら、ミリアが速効で糸を張り直してしまった。本人は掌に乗せるなんてこれっぽっちもしたくないっていうのに、生まれ持った力が強者の法則を生み出す・・・とでもいうのなら、力の差が埋まり同率に近づけば近づくほど、法則は機能しなくなるのか。

「違うわね・・・そんな法則存在しない。哀れむも、蔑むも、その人次第」

 ジッと動かなくなってしまったマーナを警戒しながらも、輪になって作戦を立て直す姿は微笑ましい。彼らの姿を見て、リゲスは若かりし10代の頃の自分と仲間達の笑顔の光景をまぶたの裏に見る。



「悪くないかも・・・」

 驚いた。まさかミリアからこんな提案が出るなんて。

「でしょ!」
「でもそれって・・・」
「それは・・・」
「かなり危ないですよね」
「賭け・・・」
「確かに、それも大きな賭け」
「でも成功したら凄いかも・・・」
「そうよね、凄いわよね!」
「しかし技の要となるのがミリアで、ミリアはリアムに次いで2番目の火力枠だ。失敗した時のことを考えると・・・」

 リアム以外のメンバーたちがミリアの案に難色を示していく。彼女の提案は不安要素が多く、そして何より派手だった。

「どう考える?」
「マーナのさっきの謎の行動のこともあるし、今はリスク回避的になるべきなんだろうけど」
「危険なんて百も承知よ。こっちだって負けたら死ぬ覚悟で来てるんだから。自爆なんて怖くて」
「頼もしいね」
「まぁね」
「できるの?」
「もちろん」
「怖くない?」
「怖くない、こともない・・・けれど」

 彼女で言うところの派手は雑、杜撰とも言い換えられる。要は精密性に欠ける。だがそれを補ってあまりあるだけの魅力が彼女の哲学にはある。・・・いや、哲学じゃなくて行動力学みたいな表現の方がピンとくるかな。

「けれど?・・・迷わなくていい。その先の続きが聞きたい」

 ハッ・・・と、ミリアの顔から曇りが消える。

「できる、できるわ!」
「その根拠は?」
「だって私だもの!私を誰だと思ってるの!私は・・・!」

 ミリアが己が名を叫ぼうとする。だが、それを叫ぶべきなのは彼女ではない。だって僕らはチームなんだから。

「ミリア・テラ・ノーフォーク!」

 彼女の名を僕は名辞として読み、心底湧き上がる期待を込めて声を張った。

「は、はい・・・!」

 公爵家の令嬢で、貴族。僕らとこうしてパーティーを組んでいて、冒険が好きで、それから音楽を愛している。演奏は、ちょっとリズムをとるのが苦手だけど音感が抜群に良い。あと、苦手で言えば料理もちょっと苦手かな・・・でも、何にでも活発に取り組むミリアの姿は周りにも元気を与えてくれて、そしてよく笑顔にしてくれる。ミリアはとても凄い子なんだ。

「僕は君の好奇心と意欲に賭ける」

 ミリアの口上を横取りして、何倍にも、何十倍にも膨らませて、言葉を選んで、思いを込めて、押し込んだ。

「じゃあ私はレイズしちゃうわよ」
「どこで覚えたの・・・でも、僕だってドロップしない」

 エスプレッシーヴォ。今の君はとても朗らかだね。君の満面の笑みは数ある幸せの表現の型の中でも稀に見る強い影響力を秘めている。万人を虜にする君の素晴らしい才能の1つだ。ポーカーやってずっとそんな顔されていたら、ニヤケそうになる顔を取り繕うのに必死で僕は太刀打ちできなくなるかもしれない・・・でもゲームは降りないよ。だって見てみたい。僕にここまで言わせた君の底力を。まだ僕たちが知らないミリアの一面を見たい。君の豊かな表情の一面を。

「みんなはどう?」
「・・・普段から騒がしく危なっかしい一面もあるが、こいつの才能は認める。僕は賛成だ」
「ちょっとどうしたの!?珍しい・・・」
「せっかく人が褒めてやったのに!」

 リアムの呼びかけに、意外にも最初に答えたのはアルフレッドだった。

「いつもならこいつの我がままには振り回されるが、いざという時に採る決断は驚くほどに清々しい」
「・・・それってつまりいざって時には頼りになるけど普段はストレスが溜まりまくってるってこと?」
「最も清々しいだけで最適解とは言えないところがまた瑕だ。僕が詳しく貶す前に自分で言うなよ」

 せっかくいい感じで進んでいたのに。・・・唯一と言ってもいい程に数少ない身近な同年代の貴族仲間でありながらライバルでもあるミリアを、アルフレッドは中々素直に褒めることができない。

「それはどうもご心配をおかけしてすみませんね〜」
「イダアアア!!!」

 それを聞いたミリアは案の定。アルフレッドの頭を4本の指でホールドしながら、残った親指をこめかみに思いっきり押し込んで埋める。

「・・・私もミリアなら、そしてみんなでならできると思うな」
「わ、私もッ!・・・ああ待ってミリア、まだ回復中!」
「私も賛成です・・・も、もちろんアルフレッド様がおっしゃったからではありません。私自身の意見です!」
「ン・・・私も賛成。理由は・・・みんなならできる、それだけ」
「なんだかんだ眷属契約を結ぶ精霊は最強クラスだからなぁ。それもエキスパートときた。うん、俺も賛成だ」
「魔力量もリアムに次いで第2位、要として信頼に足る十分な力があることは知ってるし私も賛成」
「ん?でもエリシアの魔力量は・・・」
「私のケースはいつも言ってるけどちょっと特殊。理由は秘密だけど強いて言えば純粋な私の実力じゃないとだけ・・・実質的な火力なら雷属性が扱えるミリアの方が上だしね。それに伸び代も凄そう」
「悪いついポロっと。詮索する気はなかった」
「他意がないのはわかってるから気にしてない・・・それでウォルターは?」
「俺はもちろん賛成だ。ミリアの実力は知ってるし、仲間としても信頼してる。何よりみんなの意見を聞いた後じゃあ反対する理由なんて微塵もない」

 アルフレッドに始まり、ラナ、レイア、フラジール、ティナ、ゲイル、エリシア、そしてウォルターへと引き継がれるバトン。

「み、みんな・・・」
「感極まるのはい、いいが・・・い、いい加減離してくれ・・・押し込んだままで止められたら」
「あ、ごめん」

 皆から寄せられた信頼に胸を打たれ、アルフレッドにお仕置きかましていたミリアの手が止まる。まあアルフレッドのこめかみが赤く熱を帯びたことに変わりはないけど。

「さあ、そうと決まれば今すぐに追撃だ。ミリア、いけるね?」
「いけるッ・・・ごめん、やっぱりあとちょっとだけ」
「スタートするギリギリまで回復する。それなら?」
「なら大丈夫よ!」
「だけどポーションを一気飲みすればお腹がタプタプして走りにくいだろうし、かと言ってこの中から出てミリアがスタートラインに立ったら私は近づけないから、治療の続きはアリエルにしてもらうね」

 そう言うとレイアはアリエルを召喚して、ミリアに付ける。

「よろしくね」

 ミリアがよろしくと言うと、アリエルは優雅に空中で一回転泳いで静かに与えられた役割を果たせる位置についた。

「他のみんなも準備はいい?」
「おう!」

 次に、他の と声を合わせて応えてくれた。

「頼もしい!よし、それじゃあ行く──ッ」




 だが──。

「・・・」

 リアムが声を張り上げて、作戦開始の合図を叫ぼうとしたその時──。

「・・・ッ、ちょっといきなり黙ってどうしたの!?」
「・・・こけそうになった」
「俺はコケた・・・ツベテー!」
「また何か心配事? ハッ──それともドッキリ!?」

 ドッキリとはまた随分ないちゃもんを付けられたものだ。見てくれよ、こんなに大きく見開かれた僕の眼を。

「ドッキリではない」
「ナハー、流石にそうだよね」

 見てくれよ、こんなに深刻そうに1つ1つの言葉を紡ぎ出す僕を。僕はこんな大事な場面でチームの取っ掛かりを台無しにするほど空気の読めない人間じゃない。昔僕の入学試験とカリナ姉さんの模擬試験を取り違えて隠蔽しようとしたラナとは一緒にしないで欲しい。

「だけど心配事って言うのは合ってるかも・・・」
「そ、そうなの?」

 まあラナにはとっくに謝ってもらってるしそれも昔のことで、ドッキリ嫌疑をかけられた事もとるに足りないことだ。それよりも──。

「あれ・・・」
「あれ・・・?」

 内側に抱える心配事の詳しい対象を行動に移して示すべく、ある場所を指で指して見せる。

「何、アレ・・・」

 もちろん指したのは心配事を抱えていると供述した僕自身ではない。

「・・・」

 しかし指したのは肝心の標的(マーナ)でもない。奴はウォルターに深傷を負わされた後から、唯一エネルギーの一部を奪ったくらいで他は自ら攻撃を仕掛けることを避けている。激しい動きをして傷口をこれ以上広げぬよう大人しく腰も尻尾も地面に落ち着けて座っているし、奪われたエネルギーも行方知れず・・・であったのだが。

「なんだあれは・・・」
「・・・」
「あんなの初めて見た・・・か、体の震えが止まらない・・・」
「か、かなり、こ、怖いかも・・・」

 コンテスト会場にも混乱が広がる。

「ジジイ・・・」
「知らん・・・」
「公務の視察やらで各地を回っているだろう」
「知らんものは知らん。それにお前たちの方が冒険してるだろう・・・ダンジョンを」
「俺もあんなもの見たこともない。つまり俺が知らないってことは・・・」
「少なくとも私と」
「私と・・・」
「私も知らない・・・エド」
「僕も知らない」
「そうか・・・」

 理解できないもの、得体の知れないものに恐怖することは当たり前のこと。

「ハハッ・・・」

 一方、目の前で起きていることを理解できたリアムから続いて漏れたのは乾いた笑い。

「どこに行ったのかと思えば・・・そういうこと」

 遂に、行方が知れた。それとも用途が知れたと言った方が正しいであろうか。閃光の中でも、直前まで制御権を握っていた雷がどちらの方向に向かって消えて行ったのか、リアムはエネルギーが向かった方向だけは把握していたのだから。

「ちょ・・・え?」
「恐ろしいな・・・」
「ふええッ」
「・・・」
「でも・・・ちょっと綺麗かも?」
「見た目はね・・・けど、明らかに普通じゃない」
「・・・エリシアの言うとおりだ。空間を通して膨大な力の圧を感じる」
「ほえー・・・」
「この世の終わりか・・・その兆しだとでも言うのか」

 コンテスト会場の観客たち同様、アリアのメンバーたちにも一体何が起きているのかは分からない。しかし目の前で起きている現象の呼び名を知らずとも、ここにいる皆が先ほど起きた一件を知っている。

「違う。あれは世界の終わり、そしてその兆しなんかじゃない」
「リアム、お前まさかあれが何だか知ってるのか?」

 肉眼でもはっきり捉えられる未知の現象をこの世の終わりだと表現するも、すぐさま否定されたことでどういうことだと噛みつき気味にアルフレッドが質問を重ねてくる。

「ああ」

──だから僕は応えた。あの素晴らしい現象のことを知ってると、応えた。

「まさかこんな所で見られるなんて・・・最高だ」

 血が沸騰していると錯覚するほどに体が高揚しているのがわかる。

「最高って・・・」
「だってあんなに美しい。あの美しさを前にすれば最高以外の言葉が見つからない」

 あまりの衝撃に語彙力を失う。

「あれは現象だ。頑張れば魔法を使って擬似的に現象を表現することもできる」

 あれは、僕が生涯の内に一度は見てみたいと思っていた自然現象の内の1つ。

「現象・・・」
「そう。願っても出会うことは一生ないだろうと思っていた、僕の夢の1つ・・・」

 ・・・それは、僕が生涯の内に一度は見てみたいと思っていた自然現象の1つ。

「極光」

 その名を、極光(オーロラ)と言う。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品