アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜
262 Origami Snowblind
「芯を固く持つこと、能動的に対応できることはリーダーとしての重要な才覚」
「目標を打ち立て、そこに辿り着くためなら常に考えることを止めない。目標実現のために一番必要なものは、目標をブレさせないことよりも、やり遂げる意志の固さを保ち続けること。目標を打ち立てるために演繹的にも帰納的にも考えるのは当たり前、作戦を組み立てる時だってそう・・・でも、時間に支配される我々の現在地は過去からしか観測することができない。だからこうも言える・・・やり遂げる意志を保ち続けることでしか、目標をブレさせずに達成することはできない」
「それを惑わすものは、どっちも欲しい、根底から湧き上がる願いのジレンマのみ。ジレンマ故に、正義や悪という道徳的な測量でしか正解を導き出せない難題。小を捨てて大をとることは正義であり、物事に順位をつけるということ・・・非情の正義。しかし一方で小も救いたいという選択肢を採ることは本当に不可能なのか。全部を守ることを考えるために、守るものに順位をつけてしまうことは取捨選択において盲目的になりがちな己の実力を知るということであり、案外一括りに救おうとするよりも現実的で有効な手段だ。最後まで諦めなかった奴が勝つ・・・考えることも、戦うことも・・・」
目標を立てれば人は目標に向かって突っ走る。しかしよくその過程を省いては一気に目標まで飛び越えたくなる衝動に駆られるもので、衝動に勝つにしても負けるにしても一番に言えることは自分の現在地を見誤らないこと。時間という概念の中では全ては一定方向にしか進まず、引き返すこともできなければやり直すことしかできない。時間(カミ)上に推測された未来と現時点の間を折り曲げ重ねるにしても、現在いる場所と接着(もくひょう)点が合わなければそれは失敗(ズレ)となって襲ってくる。奇跡が何重にも重なっても、未来を実力で手繰り寄せたと思っても結局それこそが現在(G)線上の事実となる。結局は元々可能だったことをやり遂げたに過ぎない。未来もいずれ過去になる・・・ならば地道に歩いて行くにしても、折り曲げるにしても、まずは自分の現在地を知ることだ。
現在地を見失わない指針の力こそ強くあるための秘訣。だが、世界とはやはり残酷なもので戦いの結末には勝者敗者が存在し、時には勝者がいないことだってある。もちろんその逆も言えるわけだが、命を天秤に賭けた戦いにおいてはどちらも勝者・・・なんてことは皆無だ。リアム、果たしてお前は本当に選べるか・・・自己犠牲ではない犠牲を強いれるか。
「ウィリアム・・・」
「あ・・・まだマイク入ったままだった」
つい感情的になった。洒落臭い演説をしてしまった・・・だってさ。
「Asphyxia」
──Ⅰ%。まだ切ったばかりだというのに感じるのはとてつもない虚無感。この虚無感が何とも言えない孤独か喪失か、とにかくそれに押しつぶされまいと気合を入れ直したスコルを見て俺の口が脳内語録から勝手に文章を繋ぎ合わせて引き出してさ。
「アアアォオオ!」
──Ⅹ%。酷い雄叫びだ。映像越しでも鼓膜が破れそうになる。
「──ッ!──ッッ!!」
──ⅩⅩ、ⅩⅩⅩ%。まだ怒り狂うスコルの音も炎も雷も健在である。しかし牙を剥き出しにしようと、壁を伝ってどんなに健脚ぶりを見せつけようと宙を華麗に舞うリアムを捕らえることはできない。
「ヴルルルル・・・」
──ⅩL%。熱と雷をこれでもかと放出しまくっていたスコルが急に大人しくなった。身に纏っていた炎が身を潜める。また、部屋の中を乱雑に走っていた雷は源を失って霧散した。
「ハァッハァッウ・・・」
──L%。スコルの様子が明らかにおかしい。息が荒くなり始め、あのプライドの塊があまりの苦しさに首を垂らしている。心なしか体が少し大きくなったように見える。
「ヴ・・・ヴ・・・」
──LX%。遂にスコルの膝が折れた。同時に自重が自らを地に落とす。呼吸するのもままならなさそうなほど弱っていて、見るに耐えない。
「ヒュ・・・」
──LⅩⅩ、LⅩⅩⅩ%・・・スコルの呼吸が途切れた。
「・・・・・・」
──XC%。映像から伝わるリアムの呼吸以外の音がなくなって、リアム以外の全てが次々と息絶えていく。開戦のカウントダウンとは真逆の死へのカウントダウン。そして死のカウントダウンは残りⅩ%を切ってからが長かった。生が衰弱していく音が聞こえてくる・・・無音の世界が近づいてくる・・・数字がゆっくりとカウントされる。
「心肺停止確認よりⅩ分が経過。これだけ経てば例え人間でなかろうが、このダンジョンの王の一頭であろうが、脳は深刻なダメージを受けて蘇生しようが筋肉を動かすこともままならず、直ぐにまた息絶えるだろう・・・それじゃあ、最後の仕上げだ」
こんなに・・・こんなに全身から冷や汗を掻き続けたⅩ分は始めてだ。初めてこの国の王と対面した時なんて比じゃない。これはそう、当時の王とそれから俺のクソ親父の背後にいる奴らのソレと似ている。身に秘めた熱をこれほど見事に隠して見せるなんて、お前は誰かの命運を託されることを嫌がっていたがやはり資格があるのではないかと、相応しいのではないかと思う。
「重力級闇力子(グラビトン)」
豆粒大の小さな力の因子が無音の空間へと放たれる。するとスコルに熱せられたこと、また内留する真空へとなだれ込もうとする空気の外圧も相まって脆くなっていた壁にぶつかり新しいヒビを入れる。発生した重力場によってそこから天井や更に外側の地盤へと振動は波及し、ケイブゴブリンたちの巣穴はドミノのように決壊する。あれくらいの大きさなら初等部3年の子供でも発現できるのではなかろうかと言うほど、申しわけ程度の闇力子であった。
『岩盤の崩落空間を分析──昏睡、体温の急激な低下、心肺停止・・・死亡』
──C%。死亡を宣告されていない命を埋めること、人はそれを生き埋めにするという。それは最も残酷な死への切符の一つであり、災害によって齎されることもあればもしこの切符が人為的に切られたのであればそれは非道だと糾弾される行為である。しかし呼吸が止まって、耳からは血を垂れ流し、心臓が止まったあの状態であればどのみち生き返る可能性などゼロに等しくあるはずもなく、無慈悲にも──。
「死亡を宣告──そして、土葬完了・・・さようなら、歴戦の王」
命を奪った張本人に慈悲を添えられる形で事は尊厳ある闘いへと昇華し、敵を弔うことによってリアムは無難に勝ち鬨をあげることを辞した。
「・・・」
あんなに口汚く罵って、蔑みあって、白熱した競争を繰り広げて、イレギュラーもあって、作戦の変更を余儀なくされて、それでも終点へと追い詰め、追い詰められて、あれだけ目まぐるしい競争が展開されたというのに、最後は実に呆気ない何とも静かすぎる終わりだった。あれだけの地盤の崩落が起こって静かだったというのもおかしな話だが、やはりコレを俺はとても静かに感じた。だからその結末には、次に彼が口を開くその時まで誰一人としてコメントをすることができなかった。
「マーナの動きが止まった!!!」
──まずい。もしこの硬直が限界の兆候なのだとしたら私たちはやり過ぎてしまった。毒の強さを見誤った・・・? リアムがスコルに勝つ前に、マーナを倒してしまえば冷の縛りを失ったスコルは覚醒し飢餓へと陥って猛威を奮う。そして猛々しく荒れ狂う怒りの烈火はスコルの一番近くで戦っているリアムへと浴びせられる。
「ウォル兄!」
「ダメだ遠すぎて見えない! エリアB辺りの森の中で何か埃? が舞ったことだけ確認できたがそれ以外はなにも見えないんだ!!!」
こうなったら鈴魔眼の出力を上げて確認するか・・・いいや、この距離をくっきり視るとなると相当な魔力(ストック)を消費することになる。それに夜の闇を照らす火玉はエリアE付近で止まることはなく、エリアBの方まで向かってそして消えた。つまり何らかの事態が起こって、当初の予定が狂い作戦を変更せざるおえなかったのだろう。リアムたちの居場所を追うのに目印にしていた赫い発光、力を出せば相応に強い光を発するであろうあのスコルと決着がついたと結論づけるにあの埃はあまりにも地味で静かすぎる・・・──と、迷っていたのも束の間。
「ただいま」
ブレイフにまたがって空を飛んでいたウォルターの背後から突然、”ただいま”、と。誰にも気付かれず一瞬で背後を取られた。こんなことできるのそれこそ敵のマーナか、先ほどの異変も気になるし、しかし言葉を喋れないマーナじゃ絶対にありえないしで、それに、ただいまって・・・今、ただいまって言ったよな・・・!
「リアム!」
「ごめんね、よく見えなかったでしょ? ケイブゴブリンの巣に入って地下で決着つけたからさ」
「そうだったのか。じゃああの埃は・・・」
「最後に洞窟を崩落させたから、その時上がった土煙」
嘘だろ・・・いや、信じてはいたが、本当にこいつ、一人であのスコルを──。
「どうだった・・・強かったか?」
「圧勝」
「こいつ生意気言いやがって!」
俺が魔眼を使うかどうか躊躇った距離を何の躊躇もなく測り目印にして瞬間移動で帰ってきた。・・・でも、普段自分を誇示するようなことをあまりしないリアムが胸を張って”圧勝”だとさ。よっぽど嬉しかったのだろう・・・ん? でもリアムがスコルを倒してここにいるってことは・・・だ。
「まずい! 今すぐ下のみんなに伝えないと!」
──Ouch!!!
「大丈夫か!」
「イッタァアアア! 頭に何か刺さった! ・・・いや、ぶつかった?」
リアムの頭に降ってきたのは、拳大の雹だった・・・そんなものが激突してイッタァアアで済むって、やっぱお前・・・。
「これってもしかしなくても、ヤバイよね」
「ああ・・・まずい」
で、目が合う。そして顔を合わせて相槌を1度打ち合う。
「みんなぁあああ!!!」
上空から、風属性魔法応用の拡声を使って──。
「この声って──」
「リアム!」
パーティーのメンバーたちが次々と空を見上げる。しかし声はきちんと届いたが。
「スコルは倒した! だから早くマーナにトドメを刺して!」 
・・・ダメだ、間に合わない。だったら俺が動くしかない!!!
「ブレイフ!!!」
「ヒヒィーン!!!」
手綱を引く。太ももで振り落とされないようホールドして、ガッチリ体を固定する。
「食らえ、フォールファイア!!!」
蒼く唸る暗い空から、一筋の火の流星が落ちる!
「──ッ!」
反動覚悟で突進したウォルターの槍は確かに標的を貫き、背中から腹にかけて風穴を開いた。
「氷の・・・彫刻」
しかしウォルターが貫通したのは、マーナの形をした氷像であった。──いつの間に。
「怪我は?」
「大丈夫だ・・・リアム、お前頭・・・」
「えっ?」
ウォルターに促されてリアムは自分の頭を一通り撫でると掌を見る。そこには先ほどの雹の激突箇所から流れ出したのであろう鮮血がついていた。
「あぁ、さっきので出血してたみたい。でももう大丈夫、傷は閉じた」
「そ、そうなのか・・・ハハ」
クリーンの魔法で血を落とし何事もなかったかのように頭部からの出血に対して全く動揺しないどころかもう傷が閉じたってホント、凄いな。俺なんて今の諸刃の剣で肩が・・・。
「ちょっとピリッとするよ」
「あ、ああ」
リアムが脱臼した方の肩に人差し指を添える。ウッ、ピリッときた・・・だが。
──ゴキッ。
「はい、戻った」
「サンキュな」
「どういたしまして」
本来感じるはずの痛みに比べたら些細な痛みだった。
「もう戻ってきたの!?」
「ただいま、みんな」
「お、おかえり!」
「おかえりなさいリアム」
「おかえりなさいリアムさん!」
「おかえりリアム・・・ン」
「よく無事で戻ってきたな!」
「流石だ」
「おかえりなさいリアム・・・そ、それでスコルは・・・」
「倒したよ・・・これで残りはマーナだけだ」
リアムの帰還に湧き上がるパーティーの仲間たちが駆けて輪を作り、歓喜を持って迎える。
「そういえば、そのマーナはどこに行ったんだろうね」
リアムたちは周りを見渡してマーナを探す。しかしマーナの姿は──。
「ウォルター、後ろだ」
「まかせろ」
唐突に下された指示にも冷静に、ウォルターは振り返って槍を構えた。
「シャアア──ッ!」
「ドンピシャ・・・流石」
突如暗闇より現れたマーナの一撃を見事防いだ。
「魔法鎧(マジックアーマー)」
そして奇襲を受け止めたウォルターの全身が魔法の鎧で包み込まれていく。
「肩が何だ・・・残りはお前だけ、なら俺も心置きなくストックした魔力全部を消費できる!」
「グルルルル・・・」
また鎧を着た彼の目の輝きが増した。
「俺たちにはお前の速度を捉えられるだけの眼がある」
「降り注ぐ雹の隙間を縫って攻撃してこようと、夜に紛れられないんだから」
「意味ないわよ・・・ねッ!」
マーナの纏う雷の閃光だけは捉えられる。はっきりと見えなくたっていい。マーナがどこから攻撃を仕掛けてくるのかさえわかれば、何とでもなる。だってこっちには他にも優秀な前衛(アタッカー)が5人いるし、後衛には回復役のレイアが控えている。万が一、後衛が攻撃されるようなことがあればゲイルがその場ごと転移して部隊を動かすし、その後は前衛が各々マーナの攻撃に正確に対処し続ければいずれマーナは息切れして体力の限界を迎えるはず。
「フシュー」
「避けられた・・・でも次は当てる・・・ここからは、私たちも本気で攻撃する」
すると降り注ぐ雹の勢いが増してきた。マーナは後ろに跳躍してウォルターの間合いから離脱すると、再び夜の闇に紛れる。
「この寒さ、冷たさ、猛々しく唸り今にも落ちてきそうな雷・・・間違いない、飢餓だ」
「熱飢餓状態ってところ、悪いけど僕はちょっと休憩させてもらう・・・レイア、頼む」
「任せて!」
「よし、それじゃあ前衛は散開!後衛は下がって待機!」
周りの気温が更にどんどん低下してきている。だが、今日のために環境の変化には備えてきた。マーナの放つ光を追えるアタッカーが6人戦場に放たれ、全員が攻撃をいなす術をこの半年間学んできたんだ。
「シャアア!」
「・・・大丈夫」
「どっちが速いか今度は身のこなしで勝負!」
内、2人は速度勝負。身の軽さが自慢のティナとラナ。
「フシュー!」
「魔装、薔薇ノ血棘!・・・動きが戻ってる。この速度、前回私たちが対峙した時と遜色ない・・・むしろ少し、速いかしら」
「でもパワーアップしたのはあんただけじゃないのよ!豪雷攻城砲(ヘビーサンダーガン)──速いッ」
「無理するな。まだ捕えるのは難しいが、いなすことはできる。今はそれで十分」
エリシア、ミリア、アルフレッドは魔法を主体とした迎撃態勢をとる。マーナの体毛を力押しで貫く、先天的に強い魔力を持つ貴族の血は伊達じゃない。
「グルルルル!」
「この距離ならお前の眼光も届くぞ? なあ、ヒットエンドランなんて小競り合いじゃなくてさ、もっとガッチリ組み会おうぜ」
そして魔法鎧を身に纏ったウォルターは常に魔力の膜を生産し続けて、懐に入り左腕で鋭い爪の攻撃を華麗に受け流して見せる。更に右手に持った槍を真上に突き出しカウンターを喰らわせた。惜しくも躱されてしまったが、刃がマーナの頬から顎をかすめて血を白毛に滲ませる。チクチクと針を刺すように、堅実な攻防だ。
「・・・」
そして一通り前衛が競り合ったところで、マーナの体にまとわりついていた雷の光が消えた。体を休めるつもりか、それとも──。
「頼んだ」
「頑張って!」
「頑張ってください!」
「まかせろ・・・ゲンガー、やるぞ」
「ゲケッ」
「よし捉えた、ってか弾かれたんだけど・・・アルフレッド、9時の方向60m先にいるぞ!」
「ダストデビル!」
「──ッ!」
アルフレッドが魔法を撃った方角、闇の中で再び蒼い発光。
「オッケ上手くいったぜ! 今度は・・・エリシア、7時!」
「ローズファイア!」
敵が常時放つ魔力を受信して探知する魔力探知を使うにはあまりにも周りの環境が荒れすぎている。かといってライトの魔法で辺り一帯を照らしてしまっては高速で動くマーナを鈴魔眼込みでも追うのは難しくなる。光の中から光を探すより、闇の中から光を探す方が簡単だ。一方で、空間属性使いのゲイルであれば契約精霊のゲンガーと協力して空間認知の魔法を使い居場所を把握できる。更に身を隠したマーナがいる場所も、そしてパーティーの仲間たちが向いている方角をも把握して伝えられるのはデカイ。現状数で押されて奇襲か隠れるかしかできないマーナの体力を回復させない、常に動かし体力を削っていく。夜だからこそ一際輝く雷はリアムたちにとって大きなリードとなる。
「・・・」
未だにリアムが勝ったのだという実感が湧かない。だが、現実にリアムは確実に勝利を掴んだ。
「さて、ウィリアムさん」
「・・・・・・え?」
「いやぁ無事にリアム君がスコルを倒しました!是非あなたからコメントをいただきたい!」
と、当然のように語りかけてきたぁー!
「圧巻・・・その一言に尽きます」
この重すぎる空気を破って軽快に口を動かせる。どんな心臓してるんだよ。
「そうですね・・・圧巻すぎて未だ我々には彼が勝ったのだという実感が乏しい・・・ですが見誤っていはいけません。ついては彼の立てていた初めの計画をおさらいさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんがあいつがさっきダリウスに語りかけてきた時に言った通りで当初の計画では死の谷にスコルを落とす至ってシンプルなものでした。作戦の変更がなければリアムはスコルをエリアEの入り口までおびき寄せてそこで決着をつけるつもりだったんだと思います」
「エリアE、あそこは墓場としても、処刑場としても非常に優れている。もしスコルの体毛が魔法や魔力を無効化するものでなく、相殺して無力化するものだとしたら充満して絶え間なく襲ってくるアレからは身を守れない」
ウィルとルキウス言葉が黙々とする会場に染み渡る。
「そうでしょう。もし平均的な魔力を持つ成人が防御のために魔法膜や鎧の壁を身にまとったとしても・・・」
・・・エリアEの特徴を説明しようとしていたウィルの口が止まった。
「エリアEについては、俺よりもっと詳しい奴がいるから代わって説明してもらいます・・・エド、パス」
「・・・」
「ほらエド出番だぞー・・・」
「・・・えぇ!? 」
不意を突かれた。ボーッとしていて解説だってほとんど頭に入ってなかった。右から入ってきたものは左へ、左から入ってきたものは右へとほとんど突き抜けて、何とか自分の名前を拾ったものの聞き間違いかもしれないと咄嗟に判断ができなかった。
「え、ええっと・・・お初にお目にかかりましゅッ!か、噛んじゃった!」
・・・や、やってしまった。
「お見苦しいところを・・・いや、お恥ずかしい」
「気にすることはありません・・・スコルの呆気ない敗北に面食らっている観客の皆様、紹介いたします。ウィリアムさんに続きご存知の方も多いのではないでしょうか。エドガー先生は過去にウィリアムさんが率いたアリアのメンバーでありながら、長年ダンジョンに拠点を構えてエリアEやその周辺の生態系について研究なされてきた方です。また、先生と言うことでしてね。我がスクールでも現在その経験を基に教鞭をとっていただいております。先生の授業は生徒たちにはとても丁寧でわかりやすいと評判です。いつも通り、リラックスして」
「ありがとうございます・・・ルキウス先生」
まさかまさかのタイミングでのバトンパスに取り乱してったが、ルキウス先生のサポートによってだんだんと落ち着いてきたかな。よし・・・ここをスクールの教壇だと思うんだ。
「改めまして、ご紹介に預かりましたエドガー・ホワイトと申します・・・ふぅ・・・エリアE、またの名をError。死の森と呼ばれるエリアDを2つに割るように存在していることから死の谷なんて呼ばれたりもしていますね。冒険者にはこちらの方が身近な呼び名だと思います」
エリアD。そこにはエリアCのボス戦を攻略しなければ歩くことすら困難にする不思議な瘴気が充満している。
「エリアDが特殊な環境であることは魔眼や魔力探知の高いものなら誰しもが感じることができます。特殊な環境であることもさることながら、そこで行動するためには森の境界に存在するエリアCのボス戦をクリアしてとある耐性を身につけなければなりません。因みに、耐性を身につけていないと一般的な成人なら10分と持たずに激痛に襲われ気を失います。これは体に魔力膜を纏った時に外界から受ける影響を考慮した場合のことで魔力が尽きるまでのおおよその時間です。また、何らかの方法で瘴気を防御しなければ気絶、昏睡と・・・瘴気を浴び続ければ最終的に生物はリヴァイブに送られます。つまりはそういうことです」
観客達に動揺が広がる。コンテストを見にきているからといって普段からダンジョン攻略をしているわけではない。まだそこまで辿り着いていない者、他の町から来て偶々居合わせた者、兎にも角にもエリアDの特殊性を知らない者は意外と多い。
「しかしエリアCのボス戦を攻略せねば耐性を得られないとは難儀ですね・・・エドガー先生、それではボス戦クリアによって得られる耐性とは? また耐性を必要とする人体に害を齎す瘴気の正体は何なのでしょうか?」
「・・・」
「・・・エドガー先生」
「大丈夫です・・・すいません、もう一度だけ深呼吸させてください」
そうしてルキウス、延いては観客達に断りを入れるとエドガーは今一度大きく息を吸って、深くまで吐き出す。
「落ち着きましたか?」
「はい・・・」
「それでは改めてお訊きします。エリアCボス攻略によって得られる耐性とは、またエリアDを覆う謎の瘴気の正体とは?」
──緊張の一瞬。
「それは・・・」
しかしリアムがスコルに勝って残りはマーナという時に今すべき話なのか、疑問が浮かび上がる瞬間でもある。
「それは、魔力です」
・・・魔力? 何を言ってるんだこの男は・・・せっかく喉元を逆流しようとしていた興奮がひっこんでしまった。拒否する間もなく無理やり飲まされた、忘れ切れなくてわずかに残っていた余韻がここにきて完全に冷めた。やはり今話すに相応しくないのではと観客は首を傾ける。
「国の調査では、ちょうど聖戦のあった後から殉職等を除く人類全体の平均寿命が伸びています。これは果たして偶然なのでしょうか」
「・・・!」
だが、バッドリアクションを無視して続けられたエドガーの話に聴衆は再び釘付けになる。
「非常に強力な特徴を持った魔力です。水に氷、火に熱があるように・・・10大属性のうちの1つと大きく関わりがあります。それから約30年伸びた平均寿命との因果関係も・・・少なからず」
「影響を受けただけで人もモンスターも関係なく耐性を持たないものに激痛を与える属性・・・聞いたこともありませんが・・・」
「その属性は100年前に1度失われた、もしくは失われかけたと言うのが正しいでしょうか。生命に非常に密接に関わる属性であり・・・その属性の名を、死の属性と言います」
死・・・この言葉に観客達の興味は良くも悪くも最高潮だ。
「死・・・ですか。これはまたとても恐ろしい」
「おどろおどろしく、大仰に聞こえるかもしれませんがソレは存在します。それも案外我々の身近に・・・そして瘴気の濃度が濃くなれば・・・激痛を通り越してどんな生物であろうと即死します」
「えっ──」
「森を覆っている瘴気はそういう魔力なんです」
「・・・それが、リアム君がエリアEにスコルを突き落とすこととどういった関係があるのでしょうか」
「瘴気の発生源はエリアE、死の谷から溢れ出している。そこには森に漂っているものよりも何倍も濃い瘴気が溜まっていて、耐性を得たものでも相当な魔力を持たなければ落ちて数秒と持たずに即死します。その濃度は・・・谷に人間が飛び降りたとして、底に着くまでにはもう・・・気づいたらリヴァイブの門の前にいた・・・なんて、ですから生半可な魔力量の持ち主では谷底には到底辿り着けません」
底に辿りつけないのは何故か。それは底にぶつかる前、衝突する前に・・・落下中に死んでしまうから。
「底につくまでに死んでしまうから・・・Abyss Error と、冒険者、あるいは我々研究者界隈で呼ばれている現象のことですね。谷底の探索を試みた冒険者達の例がこの過去100年で数例あります。しかし全て失敗、私も研究者として死の谷には不可解な瘴気が充満していることは存しております。エドガー先生は谷の底へと辿り着かれたことは・・・?」
「いいえ・・・私もまだ・・・ですから谷底に果たして何があるのかは目下研究並びに模索中です」
エドガーは嘘をついた。すでに彼は・・・それどころか、数人、しかし魔眼でも見通せないあの暗闇の底に何があるのか、あれが存在する意味はまだ・・・。
「先ほど私は死の属性を失われた、または失われかけた属性と表現しました。この属性の存在は約100年前に突如として人々の記憶から消えました。その理由は私にもわかりませんが、一つ言えることはその記憶の大量改変が起こったのが聖戦のあった直後ということです」
「それでは失われたというのは我々の記憶から・・・?」
「そうであってそうではない。死の属性魔力自体が元々は自然にありふれたものだった。その属性自体がある日を境にパッタリと世界からなくなってしまったのです・・・そして、人々の記憶からも」
「では先生はどうやってこの属性の存在をお知りになったのでしょう」
「それは私が死の属性について覚えていたからです・・・それもはっきりと。当時は本当に悩みました。皆が忘れてしまった属性のことを私だけが覚えている。どんなに人々に説こうと存在を証明することも難しかった。それでてっきり私の方がおかしいのかとまで・・・しかしそれから7、80年ほどの時間が流れた頃でしょうか。街から外れた郊外の森で暮らすようになっていた私を仲間たちが旅に誘ってくれて、冒険を再開すればエリアDでこの魔力を見つけた。そして私の中に眠っていた力は呼び起こされ、とある命の名を知った・・・それからです。私が研究対象としてこの属性に興味を持ったのは」
・・・また、嘘をついた。ノーフォークにオブジェクトダンジョンが現れたのは、王都に不思議な建物型のダンジョンが現れたらしいこという噂が流れてきた少し後のことだった。当時はまだ村だった居住区の外れに突如として現れた巨大な建造物。それから約100年の間に村は驚くほどの発展を遂げた。平地が開拓され居住区は拡大され、残りは畑となったり、ブラームスが領主に任命されることが決まってからは城が建設されたり、街を囲う立派な壁まで建てられた。
これでモンスターの強襲に怯えて夜を過ごす必要もなくなった・・・しかしエドガーは住人にも関わらず村の発展、街への変貌、ノーフォークが発展してきたこれまでの過程のほとんどを知らずに、更に約70年の月日を孤独に過ごした。元々精霊と混じって力が制御できなかったために郊外に住んでいたエドガーであったが、ある日、内から溢れ出る力の流動がパタリと止んだ。それから数年、ある晩に旅をする吸血鬼と出会った。そして吸血鬼との出会いの後、程なくしてダンジョンが出現する。
突然現れた謎の巨大な建造物に村は大騒ぎであったが、直ぐに国の使節団が送られてきて建物は冒険者ギルドによって管理されることになった。それから巻き起こったダンジョンブームに、自衛の術に多少の心得があったエドガーも便乗する。しかしエリアA、最初のボス戦にて悲劇は再び起こった。トードーズとの戦闘中にポイズントードの返り血を浴びて枯れていた力が戻り暴走した。それからは以前よりも力の制御が不安定となる。変調をきたし内面で苦しむ精霊を諫めるのに苦労したもので、時折は暴走もしかけると精神的にも不安定な日々が続く。ついには塞ぎ込んでまた、以前と同じように一人郊外で暮らすようになっていた。森で暮らし、野草をとり母の薬屋に引き取ってもらう生活が続いていた。
『苦しかったなぁ・・・あの時は本当に』
人口が増えて、いつしかエドガーを知る者の数も数の比も減った。70年も身を隠す生活をしていたからいつの間にか森に住み着く幽霊とか呼ばれるようになっていた。しかしこの噂がエドガーに新たな転機をもたらした。仲間を探しているうちに噂を知り、興味を持ったウィルたちがエリオットに連れられて当時エドガーが暮らしていた猟師小屋を訪ねてきたのだ。
「皆さんは何故と疑問に思ったことは? エリアAのボス、トードーズには11番目の見知らぬ力を持ったトードがいる。毒という属性は現代では存在しない魔法属性です」
大衆の前でついに暴かれる10大魔法属性の1角、回復属性の偽装。
「皆さんはおかしいと思いませんか? 他の精霊王達は冠する属性の名そのままに呼ばれているのに、勇者の英雄譚の中でも、他の書物のほとんどにおいて回復の精霊王のみが命の精霊王と呼ばれている」
違う・・・これはあの吸血種から伝え聞いた話。
「それは・・・確かにそうですね。私はてっきり語呂の問題とか、我々の世界を守るために代償を払った彼の王を称えるため、そちらの方が尊く聞こえるからとかそうして人々の思念が紛れた結果だと」
もちろん、ルキウスだって長年ずっと疑問を抱いてきた。しかし大抵の人間は理由のわからない不可解(モノ)には簡単に決着(ケリ)をつけたがるもので、未だ謎を解明できていないルキウスは共に答えを聴くべく観客達の代弁を行う。
「そうですね。希望的観測による肯定的な思念の共鳴・・・そう思われても仕方のないことだと思います。しかし思い出してください。生と死は本来背中合わせ、裏表の関係にあり、起点であり終点。関係の表し方は実に多様で広義です」
「そもそも属性というのは魔法が引き起こす現象の特徴を詠んだに過ぎませんからね。だとすると、複数の特徴を一つの属性として纏めるのはあまり好ましくない。しかし同時に火と熱、水や氷と言った具合に主属性を定めて分類することもまた道理。なればこそ命とはすなわち分類に近いと・・・」
「回復とはすなわち、命の属性と言われる集合体の1つの特徴、つまりは分類の分類に過ぎなかったんです。だから・・・ですから、我々が長らく忘れていた欠落の奈落が再発見された今、聖戦にて脅威と共にお隠れになった彼の王を称えて、回復の呼称を命と今一度改変し、10大属性の王と魔法の繁栄を称えるべきではないでしょうか」
まだまだわかっていないことはたくさんある。例えばステータス魔石によって確認できる魔法を回復と書き換えたのは誰なのか。しかしそれも、オブジェクトダンジョンは人工物、人為的に何らかの意図を持って作られた施設なのだとしたら全てが──。
「我々は死を克服したわけではない。あくまでも死と呼ばれる特徴的な魔力に対して僅かな耐性を得ただけだ・・・しかし恐ることはありません。ここ100年の間に人の平均寿命が伸びたのは食糧や回復薬となる素材供給の安定化と、モンスター討伐に赴き亡くなる若い冒険者達が極端に減ったこの2つの変化に大きく起因します。そしてこれら2つに大きく関わっているオブジェクトダンジョンの登場は果たして偶然であるか否か・・・答えは明白かと」
「再生する素材の宝庫、ポイントを使って得られる交換所の存在に餓死する民は大幅に減り、軽い病ならば容易に治癒できるようになった。世界各地にオブジェクトダンジョンが現れてからというもの、我々の暮らしは目に見えて豊かになっています。そしてそれは明らかにオブジェクトダンジョンが齎した恩恵であると・・・私も、エドガー先生と同じ見解を示したく思います」
しかしこれらはあくまでも表向きの狙いだ。もし仮にあの施設が存在する意義に別の、裏の狙いがあるのだとしたら。表向きが失われた死の魔力を節約し、少しでも温存していくためなのだとしたら。そして、ダンジョンという人為的に生み出された仮想空間において生物が死することによって生まれる・・・やめておこう。この点にこれ以上言及しても誰も幸せにはならない。
「しかし・・・やはり疑問です。どうしてエドガー先生は命の属性の事をお一人だけ覚えていらしたのか」
「それは・・・僕の中に命に属する精霊が混じっているからです」
「なんと・・・」
「どうやら混じり気のある力は100年前には招集されなかったらしい・・・膨大な力だからこそ、わずかな綻びが命取りとなる・・・そんなところでしょうか」
あえてここでは自虐めかしく言った。聖戦にて人も精霊の命も多く失われたという。英雄譚として描かれる聖戦、しかし実際は戒めとして語り継がれる戒戦。だから大戦を経験した彼らが少しでも多くの真実を後世に伝えるために、僕とアニマは残されたのかもしれない・・・カミラやウィルと出会い、守るべき家族が増えてからは・・・最近は、そう考えるようにしている。
「エルフというのは妖精族、つまりは祖である精霊と繋がるとても高い親和性を持っています。一方で、僕の中には父親の・・・人種の父親の血も混じっている。妖精族が精霊と共生する種族であるのに対し、人は精霊と契約を結び力を貸してもらう関係。この2つの境界線が曖昧となった結果が、僕という存在です」
その後、エドガーが語られたのは過去にリアムに話したことのある共生・共存関係の微妙な誤差についての話。もちろん、リアム君に不利益を齎す情報は総じて伏せて話すよ。
『君は僕ら初代の指導が始まる前に言ったよね・・・イデアはどうやら精霊だったらしいと。しかし肝心のイデアは実体を持たない。精霊と一心同体ともいえる君がレイアと一緒に洗礼式を受けたことは、とても偶然とは思えないんだよ・・・』
近くて遠い、幾重にも重なる薄っぺらな折り紙でできたブラインドを全て刻み紙吹雪とするまで、エドガーの世迷言とも思われる御伽噺を出発点とした宙ぶらりんでの空中分解は続く。
「目標を打ち立て、そこに辿り着くためなら常に考えることを止めない。目標実現のために一番必要なものは、目標をブレさせないことよりも、やり遂げる意志の固さを保ち続けること。目標を打ち立てるために演繹的にも帰納的にも考えるのは当たり前、作戦を組み立てる時だってそう・・・でも、時間に支配される我々の現在地は過去からしか観測することができない。だからこうも言える・・・やり遂げる意志を保ち続けることでしか、目標をブレさせずに達成することはできない」
「それを惑わすものは、どっちも欲しい、根底から湧き上がる願いのジレンマのみ。ジレンマ故に、正義や悪という道徳的な測量でしか正解を導き出せない難題。小を捨てて大をとることは正義であり、物事に順位をつけるということ・・・非情の正義。しかし一方で小も救いたいという選択肢を採ることは本当に不可能なのか。全部を守ることを考えるために、守るものに順位をつけてしまうことは取捨選択において盲目的になりがちな己の実力を知るということであり、案外一括りに救おうとするよりも現実的で有効な手段だ。最後まで諦めなかった奴が勝つ・・・考えることも、戦うことも・・・」
目標を立てれば人は目標に向かって突っ走る。しかしよくその過程を省いては一気に目標まで飛び越えたくなる衝動に駆られるもので、衝動に勝つにしても負けるにしても一番に言えることは自分の現在地を見誤らないこと。時間という概念の中では全ては一定方向にしか進まず、引き返すこともできなければやり直すことしかできない。時間(カミ)上に推測された未来と現時点の間を折り曲げ重ねるにしても、現在いる場所と接着(もくひょう)点が合わなければそれは失敗(ズレ)となって襲ってくる。奇跡が何重にも重なっても、未来を実力で手繰り寄せたと思っても結局それこそが現在(G)線上の事実となる。結局は元々可能だったことをやり遂げたに過ぎない。未来もいずれ過去になる・・・ならば地道に歩いて行くにしても、折り曲げるにしても、まずは自分の現在地を知ることだ。
現在地を見失わない指針の力こそ強くあるための秘訣。だが、世界とはやはり残酷なもので戦いの結末には勝者敗者が存在し、時には勝者がいないことだってある。もちろんその逆も言えるわけだが、命を天秤に賭けた戦いにおいてはどちらも勝者・・・なんてことは皆無だ。リアム、果たしてお前は本当に選べるか・・・自己犠牲ではない犠牲を強いれるか。
「ウィリアム・・・」
「あ・・・まだマイク入ったままだった」
つい感情的になった。洒落臭い演説をしてしまった・・・だってさ。
「Asphyxia」
──Ⅰ%。まだ切ったばかりだというのに感じるのはとてつもない虚無感。この虚無感が何とも言えない孤独か喪失か、とにかくそれに押しつぶされまいと気合を入れ直したスコルを見て俺の口が脳内語録から勝手に文章を繋ぎ合わせて引き出してさ。
「アアアォオオ!」
──Ⅹ%。酷い雄叫びだ。映像越しでも鼓膜が破れそうになる。
「──ッ!──ッッ!!」
──ⅩⅩ、ⅩⅩⅩ%。まだ怒り狂うスコルの音も炎も雷も健在である。しかし牙を剥き出しにしようと、壁を伝ってどんなに健脚ぶりを見せつけようと宙を華麗に舞うリアムを捕らえることはできない。
「ヴルルルル・・・」
──ⅩL%。熱と雷をこれでもかと放出しまくっていたスコルが急に大人しくなった。身に纏っていた炎が身を潜める。また、部屋の中を乱雑に走っていた雷は源を失って霧散した。
「ハァッハァッウ・・・」
──L%。スコルの様子が明らかにおかしい。息が荒くなり始め、あのプライドの塊があまりの苦しさに首を垂らしている。心なしか体が少し大きくなったように見える。
「ヴ・・・ヴ・・・」
──LX%。遂にスコルの膝が折れた。同時に自重が自らを地に落とす。呼吸するのもままならなさそうなほど弱っていて、見るに耐えない。
「ヒュ・・・」
──LⅩⅩ、LⅩⅩⅩ%・・・スコルの呼吸が途切れた。
「・・・・・・」
──XC%。映像から伝わるリアムの呼吸以外の音がなくなって、リアム以外の全てが次々と息絶えていく。開戦のカウントダウンとは真逆の死へのカウントダウン。そして死のカウントダウンは残りⅩ%を切ってからが長かった。生が衰弱していく音が聞こえてくる・・・無音の世界が近づいてくる・・・数字がゆっくりとカウントされる。
「心肺停止確認よりⅩ分が経過。これだけ経てば例え人間でなかろうが、このダンジョンの王の一頭であろうが、脳は深刻なダメージを受けて蘇生しようが筋肉を動かすこともままならず、直ぐにまた息絶えるだろう・・・それじゃあ、最後の仕上げだ」
こんなに・・・こんなに全身から冷や汗を掻き続けたⅩ分は始めてだ。初めてこの国の王と対面した時なんて比じゃない。これはそう、当時の王とそれから俺のクソ親父の背後にいる奴らのソレと似ている。身に秘めた熱をこれほど見事に隠して見せるなんて、お前は誰かの命運を託されることを嫌がっていたがやはり資格があるのではないかと、相応しいのではないかと思う。
「重力級闇力子(グラビトン)」
豆粒大の小さな力の因子が無音の空間へと放たれる。するとスコルに熱せられたこと、また内留する真空へとなだれ込もうとする空気の外圧も相まって脆くなっていた壁にぶつかり新しいヒビを入れる。発生した重力場によってそこから天井や更に外側の地盤へと振動は波及し、ケイブゴブリンたちの巣穴はドミノのように決壊する。あれくらいの大きさなら初等部3年の子供でも発現できるのではなかろうかと言うほど、申しわけ程度の闇力子であった。
『岩盤の崩落空間を分析──昏睡、体温の急激な低下、心肺停止・・・死亡』
──C%。死亡を宣告されていない命を埋めること、人はそれを生き埋めにするという。それは最も残酷な死への切符の一つであり、災害によって齎されることもあればもしこの切符が人為的に切られたのであればそれは非道だと糾弾される行為である。しかし呼吸が止まって、耳からは血を垂れ流し、心臓が止まったあの状態であればどのみち生き返る可能性などゼロに等しくあるはずもなく、無慈悲にも──。
「死亡を宣告──そして、土葬完了・・・さようなら、歴戦の王」
命を奪った張本人に慈悲を添えられる形で事は尊厳ある闘いへと昇華し、敵を弔うことによってリアムは無難に勝ち鬨をあげることを辞した。
「・・・」
あんなに口汚く罵って、蔑みあって、白熱した競争を繰り広げて、イレギュラーもあって、作戦の変更を余儀なくされて、それでも終点へと追い詰め、追い詰められて、あれだけ目まぐるしい競争が展開されたというのに、最後は実に呆気ない何とも静かすぎる終わりだった。あれだけの地盤の崩落が起こって静かだったというのもおかしな話だが、やはりコレを俺はとても静かに感じた。だからその結末には、次に彼が口を開くその時まで誰一人としてコメントをすることができなかった。
「マーナの動きが止まった!!!」
──まずい。もしこの硬直が限界の兆候なのだとしたら私たちはやり過ぎてしまった。毒の強さを見誤った・・・? リアムがスコルに勝つ前に、マーナを倒してしまえば冷の縛りを失ったスコルは覚醒し飢餓へと陥って猛威を奮う。そして猛々しく荒れ狂う怒りの烈火はスコルの一番近くで戦っているリアムへと浴びせられる。
「ウォル兄!」
「ダメだ遠すぎて見えない! エリアB辺りの森の中で何か埃? が舞ったことだけ確認できたがそれ以外はなにも見えないんだ!!!」
こうなったら鈴魔眼の出力を上げて確認するか・・・いいや、この距離をくっきり視るとなると相当な魔力(ストック)を消費することになる。それに夜の闇を照らす火玉はエリアE付近で止まることはなく、エリアBの方まで向かってそして消えた。つまり何らかの事態が起こって、当初の予定が狂い作戦を変更せざるおえなかったのだろう。リアムたちの居場所を追うのに目印にしていた赫い発光、力を出せば相応に強い光を発するであろうあのスコルと決着がついたと結論づけるにあの埃はあまりにも地味で静かすぎる・・・──と、迷っていたのも束の間。
「ただいま」
ブレイフにまたがって空を飛んでいたウォルターの背後から突然、”ただいま”、と。誰にも気付かれず一瞬で背後を取られた。こんなことできるのそれこそ敵のマーナか、先ほどの異変も気になるし、しかし言葉を喋れないマーナじゃ絶対にありえないしで、それに、ただいまって・・・今、ただいまって言ったよな・・・!
「リアム!」
「ごめんね、よく見えなかったでしょ? ケイブゴブリンの巣に入って地下で決着つけたからさ」
「そうだったのか。じゃああの埃は・・・」
「最後に洞窟を崩落させたから、その時上がった土煙」
嘘だろ・・・いや、信じてはいたが、本当にこいつ、一人であのスコルを──。
「どうだった・・・強かったか?」
「圧勝」
「こいつ生意気言いやがって!」
俺が魔眼を使うかどうか躊躇った距離を何の躊躇もなく測り目印にして瞬間移動で帰ってきた。・・・でも、普段自分を誇示するようなことをあまりしないリアムが胸を張って”圧勝”だとさ。よっぽど嬉しかったのだろう・・・ん? でもリアムがスコルを倒してここにいるってことは・・・だ。
「まずい! 今すぐ下のみんなに伝えないと!」
──Ouch!!!
「大丈夫か!」
「イッタァアアア! 頭に何か刺さった! ・・・いや、ぶつかった?」
リアムの頭に降ってきたのは、拳大の雹だった・・・そんなものが激突してイッタァアアで済むって、やっぱお前・・・。
「これってもしかしなくても、ヤバイよね」
「ああ・・・まずい」
で、目が合う。そして顔を合わせて相槌を1度打ち合う。
「みんなぁあああ!!!」
上空から、風属性魔法応用の拡声を使って──。
「この声って──」
「リアム!」
パーティーのメンバーたちが次々と空を見上げる。しかし声はきちんと届いたが。
「スコルは倒した! だから早くマーナにトドメを刺して!」 
・・・ダメだ、間に合わない。だったら俺が動くしかない!!!
「ブレイフ!!!」
「ヒヒィーン!!!」
手綱を引く。太ももで振り落とされないようホールドして、ガッチリ体を固定する。
「食らえ、フォールファイア!!!」
蒼く唸る暗い空から、一筋の火の流星が落ちる!
「──ッ!」
反動覚悟で突進したウォルターの槍は確かに標的を貫き、背中から腹にかけて風穴を開いた。
「氷の・・・彫刻」
しかしウォルターが貫通したのは、マーナの形をした氷像であった。──いつの間に。
「怪我は?」
「大丈夫だ・・・リアム、お前頭・・・」
「えっ?」
ウォルターに促されてリアムは自分の頭を一通り撫でると掌を見る。そこには先ほどの雹の激突箇所から流れ出したのであろう鮮血がついていた。
「あぁ、さっきので出血してたみたい。でももう大丈夫、傷は閉じた」
「そ、そうなのか・・・ハハ」
クリーンの魔法で血を落とし何事もなかったかのように頭部からの出血に対して全く動揺しないどころかもう傷が閉じたってホント、凄いな。俺なんて今の諸刃の剣で肩が・・・。
「ちょっとピリッとするよ」
「あ、ああ」
リアムが脱臼した方の肩に人差し指を添える。ウッ、ピリッときた・・・だが。
──ゴキッ。
「はい、戻った」
「サンキュな」
「どういたしまして」
本来感じるはずの痛みに比べたら些細な痛みだった。
「もう戻ってきたの!?」
「ただいま、みんな」
「お、おかえり!」
「おかえりなさいリアム」
「おかえりなさいリアムさん!」
「おかえりリアム・・・ン」
「よく無事で戻ってきたな!」
「流石だ」
「おかえりなさいリアム・・・そ、それでスコルは・・・」
「倒したよ・・・これで残りはマーナだけだ」
リアムの帰還に湧き上がるパーティーの仲間たちが駆けて輪を作り、歓喜を持って迎える。
「そういえば、そのマーナはどこに行ったんだろうね」
リアムたちは周りを見渡してマーナを探す。しかしマーナの姿は──。
「ウォルター、後ろだ」
「まかせろ」
唐突に下された指示にも冷静に、ウォルターは振り返って槍を構えた。
「シャアア──ッ!」
「ドンピシャ・・・流石」
突如暗闇より現れたマーナの一撃を見事防いだ。
「魔法鎧(マジックアーマー)」
そして奇襲を受け止めたウォルターの全身が魔法の鎧で包み込まれていく。
「肩が何だ・・・残りはお前だけ、なら俺も心置きなくストックした魔力全部を消費できる!」
「グルルルル・・・」
また鎧を着た彼の目の輝きが増した。
「俺たちにはお前の速度を捉えられるだけの眼がある」
「降り注ぐ雹の隙間を縫って攻撃してこようと、夜に紛れられないんだから」
「意味ないわよ・・・ねッ!」
マーナの纏う雷の閃光だけは捉えられる。はっきりと見えなくたっていい。マーナがどこから攻撃を仕掛けてくるのかさえわかれば、何とでもなる。だってこっちには他にも優秀な前衛(アタッカー)が5人いるし、後衛には回復役のレイアが控えている。万が一、後衛が攻撃されるようなことがあればゲイルがその場ごと転移して部隊を動かすし、その後は前衛が各々マーナの攻撃に正確に対処し続ければいずれマーナは息切れして体力の限界を迎えるはず。
「フシュー」
「避けられた・・・でも次は当てる・・・ここからは、私たちも本気で攻撃する」
すると降り注ぐ雹の勢いが増してきた。マーナは後ろに跳躍してウォルターの間合いから離脱すると、再び夜の闇に紛れる。
「この寒さ、冷たさ、猛々しく唸り今にも落ちてきそうな雷・・・間違いない、飢餓だ」
「熱飢餓状態ってところ、悪いけど僕はちょっと休憩させてもらう・・・レイア、頼む」
「任せて!」
「よし、それじゃあ前衛は散開!後衛は下がって待機!」
周りの気温が更にどんどん低下してきている。だが、今日のために環境の変化には備えてきた。マーナの放つ光を追えるアタッカーが6人戦場に放たれ、全員が攻撃をいなす術をこの半年間学んできたんだ。
「シャアア!」
「・・・大丈夫」
「どっちが速いか今度は身のこなしで勝負!」
内、2人は速度勝負。身の軽さが自慢のティナとラナ。
「フシュー!」
「魔装、薔薇ノ血棘!・・・動きが戻ってる。この速度、前回私たちが対峙した時と遜色ない・・・むしろ少し、速いかしら」
「でもパワーアップしたのはあんただけじゃないのよ!豪雷攻城砲(ヘビーサンダーガン)──速いッ」
「無理するな。まだ捕えるのは難しいが、いなすことはできる。今はそれで十分」
エリシア、ミリア、アルフレッドは魔法を主体とした迎撃態勢をとる。マーナの体毛を力押しで貫く、先天的に強い魔力を持つ貴族の血は伊達じゃない。
「グルルルル!」
「この距離ならお前の眼光も届くぞ? なあ、ヒットエンドランなんて小競り合いじゃなくてさ、もっとガッチリ組み会おうぜ」
そして魔法鎧を身に纏ったウォルターは常に魔力の膜を生産し続けて、懐に入り左腕で鋭い爪の攻撃を華麗に受け流して見せる。更に右手に持った槍を真上に突き出しカウンターを喰らわせた。惜しくも躱されてしまったが、刃がマーナの頬から顎をかすめて血を白毛に滲ませる。チクチクと針を刺すように、堅実な攻防だ。
「・・・」
そして一通り前衛が競り合ったところで、マーナの体にまとわりついていた雷の光が消えた。体を休めるつもりか、それとも──。
「頼んだ」
「頑張って!」
「頑張ってください!」
「まかせろ・・・ゲンガー、やるぞ」
「ゲケッ」
「よし捉えた、ってか弾かれたんだけど・・・アルフレッド、9時の方向60m先にいるぞ!」
「ダストデビル!」
「──ッ!」
アルフレッドが魔法を撃った方角、闇の中で再び蒼い発光。
「オッケ上手くいったぜ! 今度は・・・エリシア、7時!」
「ローズファイア!」
敵が常時放つ魔力を受信して探知する魔力探知を使うにはあまりにも周りの環境が荒れすぎている。かといってライトの魔法で辺り一帯を照らしてしまっては高速で動くマーナを鈴魔眼込みでも追うのは難しくなる。光の中から光を探すより、闇の中から光を探す方が簡単だ。一方で、空間属性使いのゲイルであれば契約精霊のゲンガーと協力して空間認知の魔法を使い居場所を把握できる。更に身を隠したマーナがいる場所も、そしてパーティーの仲間たちが向いている方角をも把握して伝えられるのはデカイ。現状数で押されて奇襲か隠れるかしかできないマーナの体力を回復させない、常に動かし体力を削っていく。夜だからこそ一際輝く雷はリアムたちにとって大きなリードとなる。
「・・・」
未だにリアムが勝ったのだという実感が湧かない。だが、現実にリアムは確実に勝利を掴んだ。
「さて、ウィリアムさん」
「・・・・・・え?」
「いやぁ無事にリアム君がスコルを倒しました!是非あなたからコメントをいただきたい!」
と、当然のように語りかけてきたぁー!
「圧巻・・・その一言に尽きます」
この重すぎる空気を破って軽快に口を動かせる。どんな心臓してるんだよ。
「そうですね・・・圧巻すぎて未だ我々には彼が勝ったのだという実感が乏しい・・・ですが見誤っていはいけません。ついては彼の立てていた初めの計画をおさらいさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんがあいつがさっきダリウスに語りかけてきた時に言った通りで当初の計画では死の谷にスコルを落とす至ってシンプルなものでした。作戦の変更がなければリアムはスコルをエリアEの入り口までおびき寄せてそこで決着をつけるつもりだったんだと思います」
「エリアE、あそこは墓場としても、処刑場としても非常に優れている。もしスコルの体毛が魔法や魔力を無効化するものでなく、相殺して無力化するものだとしたら充満して絶え間なく襲ってくるアレからは身を守れない」
ウィルとルキウス言葉が黙々とする会場に染み渡る。
「そうでしょう。もし平均的な魔力を持つ成人が防御のために魔法膜や鎧の壁を身にまとったとしても・・・」
・・・エリアEの特徴を説明しようとしていたウィルの口が止まった。
「エリアEについては、俺よりもっと詳しい奴がいるから代わって説明してもらいます・・・エド、パス」
「・・・」
「ほらエド出番だぞー・・・」
「・・・えぇ!? 」
不意を突かれた。ボーッとしていて解説だってほとんど頭に入ってなかった。右から入ってきたものは左へ、左から入ってきたものは右へとほとんど突き抜けて、何とか自分の名前を拾ったものの聞き間違いかもしれないと咄嗟に判断ができなかった。
「え、ええっと・・・お初にお目にかかりましゅッ!か、噛んじゃった!」
・・・や、やってしまった。
「お見苦しいところを・・・いや、お恥ずかしい」
「気にすることはありません・・・スコルの呆気ない敗北に面食らっている観客の皆様、紹介いたします。ウィリアムさんに続きご存知の方も多いのではないでしょうか。エドガー先生は過去にウィリアムさんが率いたアリアのメンバーでありながら、長年ダンジョンに拠点を構えてエリアEやその周辺の生態系について研究なされてきた方です。また、先生と言うことでしてね。我がスクールでも現在その経験を基に教鞭をとっていただいております。先生の授業は生徒たちにはとても丁寧でわかりやすいと評判です。いつも通り、リラックスして」
「ありがとうございます・・・ルキウス先生」
まさかまさかのタイミングでのバトンパスに取り乱してったが、ルキウス先生のサポートによってだんだんと落ち着いてきたかな。よし・・・ここをスクールの教壇だと思うんだ。
「改めまして、ご紹介に預かりましたエドガー・ホワイトと申します・・・ふぅ・・・エリアE、またの名をError。死の森と呼ばれるエリアDを2つに割るように存在していることから死の谷なんて呼ばれたりもしていますね。冒険者にはこちらの方が身近な呼び名だと思います」
エリアD。そこにはエリアCのボス戦を攻略しなければ歩くことすら困難にする不思議な瘴気が充満している。
「エリアDが特殊な環境であることは魔眼や魔力探知の高いものなら誰しもが感じることができます。特殊な環境であることもさることながら、そこで行動するためには森の境界に存在するエリアCのボス戦をクリアしてとある耐性を身につけなければなりません。因みに、耐性を身につけていないと一般的な成人なら10分と持たずに激痛に襲われ気を失います。これは体に魔力膜を纏った時に外界から受ける影響を考慮した場合のことで魔力が尽きるまでのおおよその時間です。また、何らかの方法で瘴気を防御しなければ気絶、昏睡と・・・瘴気を浴び続ければ最終的に生物はリヴァイブに送られます。つまりはそういうことです」
観客達に動揺が広がる。コンテストを見にきているからといって普段からダンジョン攻略をしているわけではない。まだそこまで辿り着いていない者、他の町から来て偶々居合わせた者、兎にも角にもエリアDの特殊性を知らない者は意外と多い。
「しかしエリアCのボス戦を攻略せねば耐性を得られないとは難儀ですね・・・エドガー先生、それではボス戦クリアによって得られる耐性とは? また耐性を必要とする人体に害を齎す瘴気の正体は何なのでしょうか?」
「・・・」
「・・・エドガー先生」
「大丈夫です・・・すいません、もう一度だけ深呼吸させてください」
そうしてルキウス、延いては観客達に断りを入れるとエドガーは今一度大きく息を吸って、深くまで吐き出す。
「落ち着きましたか?」
「はい・・・」
「それでは改めてお訊きします。エリアCボス攻略によって得られる耐性とは、またエリアDを覆う謎の瘴気の正体とは?」
──緊張の一瞬。
「それは・・・」
しかしリアムがスコルに勝って残りはマーナという時に今すべき話なのか、疑問が浮かび上がる瞬間でもある。
「それは、魔力です」
・・・魔力? 何を言ってるんだこの男は・・・せっかく喉元を逆流しようとしていた興奮がひっこんでしまった。拒否する間もなく無理やり飲まされた、忘れ切れなくてわずかに残っていた余韻がここにきて完全に冷めた。やはり今話すに相応しくないのではと観客は首を傾ける。
「国の調査では、ちょうど聖戦のあった後から殉職等を除く人類全体の平均寿命が伸びています。これは果たして偶然なのでしょうか」
「・・・!」
だが、バッドリアクションを無視して続けられたエドガーの話に聴衆は再び釘付けになる。
「非常に強力な特徴を持った魔力です。水に氷、火に熱があるように・・・10大属性のうちの1つと大きく関わりがあります。それから約30年伸びた平均寿命との因果関係も・・・少なからず」
「影響を受けただけで人もモンスターも関係なく耐性を持たないものに激痛を与える属性・・・聞いたこともありませんが・・・」
「その属性は100年前に1度失われた、もしくは失われかけたと言うのが正しいでしょうか。生命に非常に密接に関わる属性であり・・・その属性の名を、死の属性と言います」
死・・・この言葉に観客達の興味は良くも悪くも最高潮だ。
「死・・・ですか。これはまたとても恐ろしい」
「おどろおどろしく、大仰に聞こえるかもしれませんがソレは存在します。それも案外我々の身近に・・・そして瘴気の濃度が濃くなれば・・・激痛を通り越してどんな生物であろうと即死します」
「えっ──」
「森を覆っている瘴気はそういう魔力なんです」
「・・・それが、リアム君がエリアEにスコルを突き落とすこととどういった関係があるのでしょうか」
「瘴気の発生源はエリアE、死の谷から溢れ出している。そこには森に漂っているものよりも何倍も濃い瘴気が溜まっていて、耐性を得たものでも相当な魔力を持たなければ落ちて数秒と持たずに即死します。その濃度は・・・谷に人間が飛び降りたとして、底に着くまでにはもう・・・気づいたらリヴァイブの門の前にいた・・・なんて、ですから生半可な魔力量の持ち主では谷底には到底辿り着けません」
底に辿りつけないのは何故か。それは底にぶつかる前、衝突する前に・・・落下中に死んでしまうから。
「底につくまでに死んでしまうから・・・Abyss Error と、冒険者、あるいは我々研究者界隈で呼ばれている現象のことですね。谷底の探索を試みた冒険者達の例がこの過去100年で数例あります。しかし全て失敗、私も研究者として死の谷には不可解な瘴気が充満していることは存しております。エドガー先生は谷の底へと辿り着かれたことは・・・?」
「いいえ・・・私もまだ・・・ですから谷底に果たして何があるのかは目下研究並びに模索中です」
エドガーは嘘をついた。すでに彼は・・・それどころか、数人、しかし魔眼でも見通せないあの暗闇の底に何があるのか、あれが存在する意味はまだ・・・。
「先ほど私は死の属性を失われた、または失われかけた属性と表現しました。この属性の存在は約100年前に突如として人々の記憶から消えました。その理由は私にもわかりませんが、一つ言えることはその記憶の大量改変が起こったのが聖戦のあった直後ということです」
「それでは失われたというのは我々の記憶から・・・?」
「そうであってそうではない。死の属性魔力自体が元々は自然にありふれたものだった。その属性自体がある日を境にパッタリと世界からなくなってしまったのです・・・そして、人々の記憶からも」
「では先生はどうやってこの属性の存在をお知りになったのでしょう」
「それは私が死の属性について覚えていたからです・・・それもはっきりと。当時は本当に悩みました。皆が忘れてしまった属性のことを私だけが覚えている。どんなに人々に説こうと存在を証明することも難しかった。それでてっきり私の方がおかしいのかとまで・・・しかしそれから7、80年ほどの時間が流れた頃でしょうか。街から外れた郊外の森で暮らすようになっていた私を仲間たちが旅に誘ってくれて、冒険を再開すればエリアDでこの魔力を見つけた。そして私の中に眠っていた力は呼び起こされ、とある命の名を知った・・・それからです。私が研究対象としてこの属性に興味を持ったのは」
・・・また、嘘をついた。ノーフォークにオブジェクトダンジョンが現れたのは、王都に不思議な建物型のダンジョンが現れたらしいこという噂が流れてきた少し後のことだった。当時はまだ村だった居住区の外れに突如として現れた巨大な建造物。それから約100年の間に村は驚くほどの発展を遂げた。平地が開拓され居住区は拡大され、残りは畑となったり、ブラームスが領主に任命されることが決まってからは城が建設されたり、街を囲う立派な壁まで建てられた。
これでモンスターの強襲に怯えて夜を過ごす必要もなくなった・・・しかしエドガーは住人にも関わらず村の発展、街への変貌、ノーフォークが発展してきたこれまでの過程のほとんどを知らずに、更に約70年の月日を孤独に過ごした。元々精霊と混じって力が制御できなかったために郊外に住んでいたエドガーであったが、ある日、内から溢れ出る力の流動がパタリと止んだ。それから数年、ある晩に旅をする吸血鬼と出会った。そして吸血鬼との出会いの後、程なくしてダンジョンが出現する。
突然現れた謎の巨大な建造物に村は大騒ぎであったが、直ぐに国の使節団が送られてきて建物は冒険者ギルドによって管理されることになった。それから巻き起こったダンジョンブームに、自衛の術に多少の心得があったエドガーも便乗する。しかしエリアA、最初のボス戦にて悲劇は再び起こった。トードーズとの戦闘中にポイズントードの返り血を浴びて枯れていた力が戻り暴走した。それからは以前よりも力の制御が不安定となる。変調をきたし内面で苦しむ精霊を諫めるのに苦労したもので、時折は暴走もしかけると精神的にも不安定な日々が続く。ついには塞ぎ込んでまた、以前と同じように一人郊外で暮らすようになっていた。森で暮らし、野草をとり母の薬屋に引き取ってもらう生活が続いていた。
『苦しかったなぁ・・・あの時は本当に』
人口が増えて、いつしかエドガーを知る者の数も数の比も減った。70年も身を隠す生活をしていたからいつの間にか森に住み着く幽霊とか呼ばれるようになっていた。しかしこの噂がエドガーに新たな転機をもたらした。仲間を探しているうちに噂を知り、興味を持ったウィルたちがエリオットに連れられて当時エドガーが暮らしていた猟師小屋を訪ねてきたのだ。
「皆さんは何故と疑問に思ったことは? エリアAのボス、トードーズには11番目の見知らぬ力を持ったトードがいる。毒という属性は現代では存在しない魔法属性です」
大衆の前でついに暴かれる10大魔法属性の1角、回復属性の偽装。
「皆さんはおかしいと思いませんか? 他の精霊王達は冠する属性の名そのままに呼ばれているのに、勇者の英雄譚の中でも、他の書物のほとんどにおいて回復の精霊王のみが命の精霊王と呼ばれている」
違う・・・これはあの吸血種から伝え聞いた話。
「それは・・・確かにそうですね。私はてっきり語呂の問題とか、我々の世界を守るために代償を払った彼の王を称えるため、そちらの方が尊く聞こえるからとかそうして人々の思念が紛れた結果だと」
もちろん、ルキウスだって長年ずっと疑問を抱いてきた。しかし大抵の人間は理由のわからない不可解(モノ)には簡単に決着(ケリ)をつけたがるもので、未だ謎を解明できていないルキウスは共に答えを聴くべく観客達の代弁を行う。
「そうですね。希望的観測による肯定的な思念の共鳴・・・そう思われても仕方のないことだと思います。しかし思い出してください。生と死は本来背中合わせ、裏表の関係にあり、起点であり終点。関係の表し方は実に多様で広義です」
「そもそも属性というのは魔法が引き起こす現象の特徴を詠んだに過ぎませんからね。だとすると、複数の特徴を一つの属性として纏めるのはあまり好ましくない。しかし同時に火と熱、水や氷と言った具合に主属性を定めて分類することもまた道理。なればこそ命とはすなわち分類に近いと・・・」
「回復とはすなわち、命の属性と言われる集合体の1つの特徴、つまりは分類の分類に過ぎなかったんです。だから・・・ですから、我々が長らく忘れていた欠落の奈落が再発見された今、聖戦にて脅威と共にお隠れになった彼の王を称えて、回復の呼称を命と今一度改変し、10大属性の王と魔法の繁栄を称えるべきではないでしょうか」
まだまだわかっていないことはたくさんある。例えばステータス魔石によって確認できる魔法を回復と書き換えたのは誰なのか。しかしそれも、オブジェクトダンジョンは人工物、人為的に何らかの意図を持って作られた施設なのだとしたら全てが──。
「我々は死を克服したわけではない。あくまでも死と呼ばれる特徴的な魔力に対して僅かな耐性を得ただけだ・・・しかし恐ることはありません。ここ100年の間に人の平均寿命が伸びたのは食糧や回復薬となる素材供給の安定化と、モンスター討伐に赴き亡くなる若い冒険者達が極端に減ったこの2つの変化に大きく起因します。そしてこれら2つに大きく関わっているオブジェクトダンジョンの登場は果たして偶然であるか否か・・・答えは明白かと」
「再生する素材の宝庫、ポイントを使って得られる交換所の存在に餓死する民は大幅に減り、軽い病ならば容易に治癒できるようになった。世界各地にオブジェクトダンジョンが現れてからというもの、我々の暮らしは目に見えて豊かになっています。そしてそれは明らかにオブジェクトダンジョンが齎した恩恵であると・・・私も、エドガー先生と同じ見解を示したく思います」
しかしこれらはあくまでも表向きの狙いだ。もし仮にあの施設が存在する意義に別の、裏の狙いがあるのだとしたら。表向きが失われた死の魔力を節約し、少しでも温存していくためなのだとしたら。そして、ダンジョンという人為的に生み出された仮想空間において生物が死することによって生まれる・・・やめておこう。この点にこれ以上言及しても誰も幸せにはならない。
「しかし・・・やはり疑問です。どうしてエドガー先生は命の属性の事をお一人だけ覚えていらしたのか」
「それは・・・僕の中に命に属する精霊が混じっているからです」
「なんと・・・」
「どうやら混じり気のある力は100年前には招集されなかったらしい・・・膨大な力だからこそ、わずかな綻びが命取りとなる・・・そんなところでしょうか」
あえてここでは自虐めかしく言った。聖戦にて人も精霊の命も多く失われたという。英雄譚として描かれる聖戦、しかし実際は戒めとして語り継がれる戒戦。だから大戦を経験した彼らが少しでも多くの真実を後世に伝えるために、僕とアニマは残されたのかもしれない・・・カミラやウィルと出会い、守るべき家族が増えてからは・・・最近は、そう考えるようにしている。
「エルフというのは妖精族、つまりは祖である精霊と繋がるとても高い親和性を持っています。一方で、僕の中には父親の・・・人種の父親の血も混じっている。妖精族が精霊と共生する種族であるのに対し、人は精霊と契約を結び力を貸してもらう関係。この2つの境界線が曖昧となった結果が、僕という存在です」
その後、エドガーが語られたのは過去にリアムに話したことのある共生・共存関係の微妙な誤差についての話。もちろん、リアム君に不利益を齎す情報は総じて伏せて話すよ。
『君は僕ら初代の指導が始まる前に言ったよね・・・イデアはどうやら精霊だったらしいと。しかし肝心のイデアは実体を持たない。精霊と一心同体ともいえる君がレイアと一緒に洗礼式を受けたことは、とても偶然とは思えないんだよ・・・』
近くて遠い、幾重にも重なる薄っぺらな折り紙でできたブラインドを全て刻み紙吹雪とするまで、エドガーの世迷言とも思われる御伽噺を出発点とした宙ぶらりんでの空中分解は続く。
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