アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

261 Black-eyed pea

「月姫・神喰曲──ブラックバースト!」

 間違いに気づいたのは、内なる狂気に乗っ取られて暴走した時、薄れゆく意識を手放すまいと抗っていた最中に、解放された狂乱を察知して舞台から離脱した2頭を見た時のことだった。

「遅い遅い! こっちだ!」
「グルル」

 おかげで先手を取れた。敵を選び主導権も握った。

「さて、こうなると戦いの鍵となるのはスコルとリアムの戦いですね。肝心のスコルの方なんですけど・・・」
「未だ暗闇でのレースは続いています」
「そういえば、リアムのやつどこに向かってるんだ?ああしていつまでも走り続けるわけにもいかんだろ?」
「はて、彼らはどこに向かっているんでしょうね・・・ふぅむ」

 映像技術の補正によってなんとか捉えられるレベルの暗闇の中を、リアムはまだ走り続けている。もう既に、リアムとスコルはエリアDの森の中に突入していた。

「読めたぞ。リアムが何をする気なのか」
「僕もわかった・・・まさか・・・ね・・・でも、あり得ない話じゃない」
「ウィル、エド、わかったってリアムちゃんは何をするつもりなの?」
「こうなってくるとお手上げだ。もう頭の中ぐっちゃぐちゃで・・・あいつの考えてることが全くわからん」 
「私も・・・恥ずかしいけど、ちょっとリアムの考えてることがわからない・・・ねぇ教えて、ウィル」

 果たしてリアムはこれから何をするつもりなのか。ウィルとエドガーは未だ走り続けるリアムの意図を悟ったようだ。
 
「ヒントは方向さ」
「方向って言っても・・・リアムが走り続けているのは時折映る月の位置から・・・エリアCのキャンプのある方向で・・・」
「まさかエリアCまでいっちゃうの?」
「でもそうなると、マザーエリアまで残り3エリア、流石に近づきすぎじゃないか?」
「そうだね」
「あとは・・・今いるエリアにあるものと言ったら、私たちの研究小屋・・・まさか!」
「それは違うよカミラ。そんなことしたら、君にあとでどんな目に合わされるか・・・」
「だよな〜・・・ってエドが一番怒るだろ! もう・・・でも、ならなんだ?」
「その途中にあるものはエリア・・・エリアッ!!?」

 ここでアイナが気付く。また、それを皮切りに──。

「アイナの今のでわかっちまった。あいつ、またなんてこと考えやがるんだ」
「ぶっとんでるわね。だけど果たしてスコルに効果があるかどうか・・・」
「それでも試す価値は十分にある。長年アレを研究してきた身として、これは見逃せない試験だ」

 エリアDのDはDeathの頭文字、鬱蒼と生茂る木々がエリアの60〜70%を陰で覆う闇を称えるまたの名を死の森。この森には多種多様なアンデットたちが昼夜問わず蔓延っている。通常夜に活発になるアンデットたちが昼も行動できる森、それでも彼らはより動きやすい夜に出現するわけだが、そうして闇を好む彼らを惹きつけているのは何も陰だけじゃない。死霊たちの活性化、その原因となっていると言われているのが・・・。

「そういえばダリウス。まださっきの答え合わせが途中で終わってなかったよね」
「さっきの?・・・あ、そういえばまだ1つ目しか答え合わせしてなかったな」
「そうでしたね。2つ目がなんなのか私も気になります」
「私もです。教えてくださいルキウス先生」
「ンフフー、ちょっと時間が空いちゃいましたけどね。アリアが魅せた驚きの2つ目、それは・・・魔法攻撃がスコルにもマーナにも通じてるってことです」

 先ほど途中で中断してしまった話を再開した舞台の出演者たち。

「先ほど見た通り、スコルはリアムくんに殴られ、蹴飛ばされた・・・あの黒くて不思議な霧を纏った状態でね。一方でマーナもミリア様に精霊魔法で形成された籠手を纏った状態で殴られて少なからずダメージを負っています」 
「でも、物理攻撃も相まってってことはないか? 物理効果のある魔法武器なら付与効果は無効化はされるものの知っての通り物理ダメージは普通に通る」
「それに地形に影響を与えたり魔法によって発生する間接的な力場を応用した攻撃ならば通常の効果は発揮されますよね?」
「本日初めて本ダンジョンのラストボス戦を観戦する方もいらっしゃるでしょうから私から補足させていただきますね。スコルとマーナの毛は自分に向けられた魔力を散らす効果を持ちます。よって魔法無効、魔法を原因とする現象は影響が間接的でないもの以外一切無効化されて・・・あれ? そういえばアリアの魔法効果が無効化されたように見えなかったような・・・」

 自らの解説を振り返ってナノカが気付く。

「魔法が・・・通じてる」
「いやいやあり得ないだろ。やっぱりあれだって、ただの物理だって」
「それじゃあ例えばレイアさんとフラジールさんが使ったバインドの魔法がマーナを確実に縛っていたことをどう説明するのかな?マーナを縄で縛って、縛り上げて、持続する拘束力を生み出して保っていたのは魔法の力だ。なら魔法によって発揮される締め付ける力を無効化して、マーナはもっと容易く縄を解くことができたはず・・・毒にやられていたとはいえ、ね」
「それじゃあアリアはあの特別な毛の魔法防御を掻い潜ってダメージを与える方法を見つけたってことですか!?」
「いいや、リッカさん。ダリウス・・・あるよね。過去にもスコルとマーナに魔法でダメージを負わせた例が1つだけ。ギルドの記録にも残っているはずだよ」
「ああ・・・たしかに、ある」
「ホントですかギルド長!」

 司会を初めてもう5年以上、長年司会を務めているリッカも知らない情報がなんとギルドの秘匿する裏の極秘録に──!

「って、よくよく考えたら私たちその1例のこと知ってました・・・それもよく」
「ハハハ・・・小さい頃から姉さんに何回も聞かされてるもんね・・・今も時々・・・」

 知らなく・・・もなかった。

「それでは発表しましょう!特別な体毛を持つスコルとマーナ相手に魔法でダメージを与える偉業、それを過去にやってのけたのは〜・・・ジャジャン!」
「お、俺!?」
「僭越ながら私の方からご紹介させていただきます。かつてスコルとマーナに魔法で傷をつけることに成功したパーティーのリーダー、ウィリアムさんです!」

 天井からのスポットライトが観客席で観戦していたウィリアムを照らす。

「現在は解散してしまったパーティーではありますが、コンテスト通の方々ならもちろんご存知でしょう。何を隠そう今私たちの目の前で戦っているアリアの皆さんはウィリアムさんがかつてリーダーを務めたアリアの後継、つまり2代目のアリアなのです!」

 そしてすかさずこの紹介である。まるで最初から全て仕組まれていたみたいに・・・ついでにウィルの顔から30cmほど離れた場所に突然拳大の魔法陣が現れた。つまりここに向かって話せということなのだろうが。

「おい、おい!」
「・・・」
「無視!? お前ら他人事かよ!助けろよ!」

 当然、事前の打ち合わせなどあるはずもなく、何も知らなかったウィルは魔法陣(マイク)から顔を外して小声で周りに助けを求める。しかしブラームスやアイナ、カミラ、エドガー、リゲス、マリア、さっきまで考察に饒舌だった連中は揃ってニコニコと不自然なくらい顔を前に固定したまま動かない。見事なまでにどこ吹く風、知らん顔である。

「ウィリアムさん」
「は、はい!あ・・・返事しちまった」

 重ね重ね、不意を突かれて思わず問いかけに返事をしてしまった。こうなってしまってはしょうがない、高を括るか。これもリアムたちのためだ。

「あなたのチームは過去、初めてコルトの頂に辿り着き、また、2度の挑戦を経て初めてあのマーナを倒すことに成功した。ラストボス戦においてどちらか一方が倒れれば発現する”飢餓”と呼ばれる現象を発見したのもあなたたちです。その他にも儀式場である遺跡の発見や登頂ルートの確立などあなたたちの功績を連ねれば数えきれません。ダンジョン攻略の歴史を見てもその貢献度は未だぶっちぎりで1位でしょう」
「まあ前線を走るにあたって、色々尾鰭もついたもんだ。あいつらは賄賂を渡してギルドが独占し秘匿する情報を斡旋してもらったんじゃないかとか、極め付けは今隣にいるこのジジイと俺が実はできてるんじゃないかとかもあってホント、今振り返っても全くもって不愉快だった」
「馬鹿者が!こっちが不愉快だ!根も葉もない噂で私を巻き込むんじゃない!」
「こりゃ失敬」
「失敬すぎるわ!侮辱罪で処刑されたいのか!」
「言ったのは俺じゃないし」
「ぐうう、屁理屈を・・・今持ち出したのはお前だろうに」

「ハハハハハ」、ブラームスの乱入で会場からまばらに苦い笑いが起こる。もうすぐ20年になるか、長年誤解を与えていた・・・かも知れない冤罪の弁明。今だからこそ笑い話だが、当時絶大な人気を誇りブラームスとも繋がりのあったアリアと周りの冒険者たちとの間には多少軋轢もあって、特に気性の荒い一部の冒険者たちとは何かとギスギスしていたものだ。  

「さて、ウィリアムさん。改めまして10年以上の歳月を経てあなたたちの後継が戦っている今、他の冒険者たちの後学のためにもアレのカラクリを教えてはいただけないでしょうか。是非、私もあなたたちがどうやってあの特別な防御を破ったのか興味があります」
「あれは蓋を開けてみればなんてことはない。しかしこの尋ね方・・・あなたも人が悪い。どういう原理が働いてるから、故に俺たちやあの子たちの魔法攻撃がどういう手段をとることで通じているのか、わかってて態々指名するんですから・・・わかってるんでしょ? じゃないとあなたほどの人が個人の守られるべき財産である情報を公の場で俺に訊いたりしない」
「かつてその方法を誰よりも早く発見し、さらにはあなたたちの後継者たちが今、戦っている。ならば敬意を持って花を送ることが先駆者に学んだ追跡者の身の振り方・・・何よりも、空論の贋作しか持たない私はそうするしかないのです」
「ならばここはあえて俺から逆に質問させていただきます。ルキウス先生、あなたの見解は?」

 ウィルがルキウスの質問とほぼ同時に、なるべく顔を動かさないようにしてアイコンタクトをとる・・・相槌、仲間たちの許可は出た。

「火力、ですかね。もしあれが無効化というより無力化に近いニュアンスの性質を持つものだと仮定して、仮に無力化できる威力の上限があるのだとすれば、もしくは持続的に無力化し続けられる魔力か威力に一定の上限が存在するのであればこれは非常に単純な話で、あの子たちはその上限を超えるよう調整された火力で攻撃しているのだと推察します」

 私の魔法鎧の特性からして厳密に近いのは後者なのよね。
 尤も、ダメージが通るにしても私のスタイルはあいつらとは相性が悪過ぎたんだがな。
 断魔剤とも似て非なるもの。私の熱さじゃ飢餓に落ちたスコルをジリ貧に持ち込むことさえできなかったし・・・。
 敵の防御力を圧倒してもこちらの防御力、回復力、つまりは総合的な防衛力を上回る火力を出されてしまえば、結局は火力と耐久力の総合値の弱い方が負けてしまうんだけどね。

「どうでしょう?」
「お見事、方法については正にその通りです。しかし特性についてはちょっと惜しかった。あれは確かに魔法の無力化でありますが、こちらの方でさらに詳しいアレのメカニズムを付け足させてもらうと魔法の相殺を伴う無力化です・・・俺たちはそう考えています」
「なるほど・・・相殺ですか」
「触れた途端に分解されて霧散する。一見して魔法が無効化されているように見えますが、実際には毛からエネルギーを放出し、ぶつけて相殺しているに過ぎないんです」
「しかし純粋に同量のエネルギーをぶつけて相殺し合うだけではポーションも持たないスコルたちからしたら非常に効率が悪い。かと言って通常魔法をキャンセルするのには式を読み解いてから更に法を崩すようなアンチテーゼの導出が必要になります。見受けられる暫定的な知能レベルから、備わる本能より外れた理論に基づくアンチ魔法の構築は当然のこと、ましてやその理論を用意することがあの2頭にできるとも到底思えません。私はあれをスキルとして処理してしまう方が妥当であると考えるのですが、その辺りはどのように思われますか?」
「その点についてはぶっちゃけ俺にもよくわかりません。まあこのままあえて議論を続けるのであれば、あの2頭の毛には放出されるエネルギー自体を魔法を無効化するようなエネルギーに変質させる特性があるのか、あるいは、魔法を破壊するような何かがあって・・・ケースに応じた理論を必要としない特定の崩壊破壊の魔法がこの世に存在するのか・・・最後のは特異すぎて想像をも絶する話ですが・・・」
「結局はスコルとマーナを生むダンジョンそのものがそもそも特異すぎる、に落ち着きますね。無限と有限では天地の差、実戦経験のあるあなたから答えと意見をいただけて幸いです。学術的に非常に興味深いサンプルですが私には観察し、推察する能はあってもそれを確かめにいくだけの実力はありませんから」
「冗談でしょ。スコルとマーナ相手に1人だけで挑むならまだしも、あなたの実力ならそこにいるダリウスを連れて行けばかなりいい線いくはずだ。しかしこれまでそれをしなかったのは・・・」

 結局、それでも彼らは負ける。これはノーフォーク全ての冒険者たちの統轄たるダリウスの威厳を守るため。

「片やモンスター討伐から畑の草むしりの依頼の発注までこなすギルドの長、此方未来ある子供たちの教育を担い、国内屈指の頭脳を誇る先生方が集まった重要な研究機関を取り纏めるスクールの学長先生。そんなお二人が数日街から、それも同時に離れるわけにはいかない・・・からですかね」
「いやはや、やはり僕はあなたにはまだまだ敵わない」
「そうだったのか・・・そんなこと気にせず、遠慮なく誘ってくれればよかったの」
「お馬鹿。僕はスクールの運営はもちろん、研究を含めた諸々の仕事もちゃんとこなしてる。であるから許されてる範囲内で研究と題して遠征、出張に行くくらい難しいができなくもないんだ。一方でサボり癖のある君が街から数日離れればそのしわ寄せは全て副ギルド長、延いてはギルド全体、素材の買取市場、卸市場、依頼の受注発注、冒険者登録、銀行の投資窓口、ギルドの関わる色んな機能を巻き込んでそれはもう大事になる。事前に仕事を消化するでもない、君個人の人為的な遅延で滞った分を正常に戻すので今だって精一杯・・・それでいて数日間席を空けて遠征なんて無理だ。ギルドが崩壊する」
「ルキウス先生が正しい」
「そうですね。ギルド長、あなたのサボり癖が齎す実害が改めて明らかになったところで、これからは真面目に、いえ、馬車馬のように必死で働いてください」
「頑張れよ、ダリウス」
「・・・なるべく、善処はします・・・はい」

 軽率な発言をしかけたダリウスにこれでもかという集中砲火。これに懲りたら明日からもっと真面目に働きなさいと言いたいところですが、これまでで懲りていない彼はきっと、また明日もこっそり執務中に抜け出しては部下の仕事ぶりを見学しに行ったり、ダンジョンに逃げたり、居酒屋に入り浸るのでしょうね。

「じゃあ、俺はこの辺で・・・」
「おっとお待ちください、ウィリアムさん。御高説いただいたついでといってはなんですがもう一つだけお尋ねしたい」
「・・・どうぞ」
「ありがとうございます。では・・・現在スコルと競争をしているリーダーのリアム君ではありますが、このままずっと競争しているわけにもいかないでしょう。となると、この競争の着地点はどこだと思われますか?」

 ・・・なるほど。

「ああ、それならおそらくは──」

 更に意見を求められたウィルは先ほど仲間たちと共有した情報を、ルキウスたちにも共有しようと──。

「・・・!」

 ウィルが考えを共有しようとした瞬間、画面向こうの事態が動いた・・・いや。

「スコルが立ち止まった・・・どうして・・・」
「あんなにリアムを目の敵にして、ここまで追いかけてきたっていうのに・・・」

 絶え間なく動いていた画面の1つの動きが止まった。あれは、リアムを追いかけるスコルを映していたものだ。

「ウィリアムさん」
「あー・・・その、これは想定外だ。まさかスコルの方が先に立ち止まってしまうなんて・・・」

 ウィルはもちろん、他の仲間たちからしても不測の事態である。

『マスター、体勢を整え直してください』
「わかってる。でも、どうして・・・」

 突然停止したスコルに合わせて自身も足を止めて冷静に対処するリアムであったが、ここに来てスコルの足が止まったことに内心では僅かに困惑していた。・・・まさかアレのことをこいつは知っているのか・・・それとも罠があることがバレたか・・・たしかに何十kmも走って何も仕掛けないというのも不自然ではあっただろうが。

『そのための挑発だった。事実こいつは激昂して、ここまで僕を追っかけてきたわけだ・・・順調だった。なのに、目的地を目前にしてどうしてお前は止まった』

 ・・・わからない。

「ほらどうしたんだ、もうばてたのか?」

 だからとりあえず一番簡単な方法をとった。これまで通りの行動を取ることで、反応の違いを見て心情がどう変化したのかを探ろうとした。

──ニヤッ。

『笑った──!?』

 挑発されたスコルはこれまでとは全く違った反応を見せた。結果は”違う”、リアムの危惧した通りこれまでとは全く違う反応を見せたスコルであるが・・・気持ち悪い。生理、理学的にかなり嫌な感じだ。

「飛んッ!」

 1秒もない一瞬に、異常な加速度を見せ距離を詰めてきたかと思えば奴は脳の補正が見せた未来(カゲ)を置き去ってリアムの頭上を飛んでいた。

「不意を突かれた!・・・山に帰るわけじゃない、なのに僕の頭上を飛び越してあいつは一体どこに向かうつもりなんだ・・・イデア」
『はい。この方向にあるのは、マスターの目指していたエリアEへの入り口、それから・・・エリアCとDの境界キャンプ・・・』
「どうした急に黙り込んで?」
『探知範囲をキャンプ場まで広げたところ・・・人の反応です。1人、スコルはどうやらその臭いを嗅ぎつけ襲おうとしているものと』
「人!? だって今日は──考えてたって仕方ない!今すぐキャンプに瞬間移動──」

 リアム周辺の景色が一瞬で切り替わる。

「して、先回りしないと!」
 
 と、言い終わる頃には既にリアムは文脈上で使用した瞬間移動の詠唱をして、キャンプ場の河原に立っていた。

「どこだ・・・」
『幽霊橋のすぐそばです・・・この魔力は・・・』
「何?」
『覚えのある魔力です』
「てことは顔見知り?」

 イデアの案内に従って、エリアCとDの架け橋である幽霊橋の入り口へと向かう。そして、そこにいたのは──。

「足音・・・誰?」
「こんばんわー・・・って」
「キャーッ水色の人魂!」
「ミカさん!?」
「私の名前を知ってる!?  魂食べられる、あっちいって!」

 あ、そっか。僕は魔眼使ってるけど、ミカさんは・・・どうして明かりをつけてないんだ?

「ライト・・・よし・・・ミカさん僕です、リアムです!」
「リアム・・・それにこの声、リアムくん?・・・お化けじゃない?」
「そうです僕ですミカさん!こんなところで明かりもつけず何やってるんですか?」
「リアムくん!? え、でも今日アリアは・・・やっぱり幽霊!? 死んじゃってリヴァイブの門に帰れなかったの!? 彷徨っちゃってるの!?」
「違います! 今まさに戦闘中なんです!縁起でもないこと言わないでください!」
「そんなに怒らなくても・・・な、なんかごめん・・・」
「で、どうしてこんなところにいるんですか? 今日は元日だから遠出して冒険に出る人もほとんどいないし、案内役の人たちもみんなお休みをもらってキャンプ場も閉鎖されるから、ギルドから日帰り以外の探索の自粛要請が出ているはずでしょ?」

 ヨンカにも昨日再確認しておいたから情報に間違いはないはず。アリアの案内のためについてくると言う彼女の申し出は1度は断ったのだが、それでもと引き下がらなかった彼女はああして付いてきてくれたわけだ。

「だって・・・その・・・ヨンカが・・・」
「ヨンカさんが?」
「今日、あなたたちの案内役として一緒に付いてったでしょ・・・妹が頑張ってるのに、姉の私が休んでるわけにはいかないっていうか・・・負けたくなかったっていうか・・・」

 えー・・・嘘でしょ。まさか妹に張り合ってこんな暗い森のキャンプ場に女の子一人でいたわけ!? 危なすぎる!!!

「あぁー・・・んんッ!じゃあ明かりは?」
「明かりは・・・その、本営業ってわけじゃないし出張売店とかは休みだから・・・」
「ダメですよ! 女性が一人でこんな場所にいるのは危なすぎる!」
「だって・・・ヨンカも一人でいるじゃない・・・」
「それは・・・」

 確かに、僕らと別れたヨンカは今一人っきりでコルトの山のどこかをまだ降りている途中であろうが・・・。

「それは・・・まずい・・・反応が近づいてきてる。あーどうしよう、どうすればいいんだ! このままミカさんをほっとけないし・・・っていうかあいつの目的絶対ミカさんだしーッ!」
「あいつ? 他に誰もいないのにリアム君誰の話をしてるの?やっぱり幽・・・いや、ていうかそうだよ! 今リアムくんってスコルとマーナと勝負中じゃなかったの!なんでここにいるの!?」

 あ、一周回った。それに──。

「来た・・・」
「来た、何?」

 リアムが対岸の森の奥に視線を送る。同時にミカもそちらの方を見る。・・・ぼんやりと、光が見える。また人魂? あ、厳密にはさっきのは人魂じゃなかったわけだけど・・・でも綺麗なオレンジ色の光・・・その光がどんどん大きくなってきて・・・。

「まだ戦闘中・・・それに燃えるような赤い光、中心には黒い点・・・ゴースト!」
「ゴーストだったらこんなに警戒しません。橋の境界からこちら側に来ることはないって昔教えてくれたのは・・・」

 光が大きくになるにつれ、中心の影が大きくなっていく。あのシルエットは・・・犬?

「言ってる場合じゃない・・・ごめんなさいミカさん、失礼します」
「り、リアム君!?ちょ、お尻!」
「我慢してください、わざとじゃないんです! ただ腕の長さが足りなくて!」

 リアムが腰が抜けて立てないでいるミカの背中に手を回して持ち上げる。正確には肩と尾てい骨よりちょい下、唐突なお姫様? 抱っこにミカは足を畳んで身を縮める。アンバランスなのは体格差があるからしょうがない・・・体はまだちょっと震えてるけど、でも・・・これ、なんかいいかも・・・じゃないじゃない、そんな場合じゃない!!!

「あ・・・あれってまさか──」
「体勢が安定するまで口を閉じて、舌をかみますよ」

 サプライズゲストの登場まで残り5秒・・・3、2・・・。   

「グウウウウ!!!」
「ぎゃあああああああ!!! スコルゥウウウウウ!!!──バタリ」
「自分で効果音入れて死んだフリしないで! というか案内役のミカさんが一番ソレ効果ないの知ってるはずですよね!?」

 対岸から現れた巨大な狼が橋を走って渡ってくる。

「ガアアアア!」

 既に先回りされていたことを知って、激怒しながら。

「ミカ姉!? あんなところで何やってるの!?」
「なんで・・・なんでミカ姉がそこにいるの!?」
「ちょ、え、なに、隔絶されてないとこんなイレギュラーがあるのか。うけるんですけど・・・クク、顔が真っ赤。ドアップで映してあーげよ!」
「ミカ、見かけないと思ったらあんなところに・・・今日はあの子の大好物の豆料理をたくさん用意するって言ってあったのに」
「ミカ・・・」

 ナノカ、リッカ、イツカ、イチカ、そしてニカは突然コンテストの映像に登場したミカにそれぞれの反応を見せる。

『橋を走って・・・プフッ酷すぎる』
「今はそんなつまらないことを言ってる場合じゃッ!」
「助けてー!!!」
「ンーンーッ!ま、まべ!」

 しょうもないことでツボってるイデア、死んだふりが効かないと指摘されるや否や助けを求めるミカが抱きついてきて顔にお腹が、左側頭部に何やら柔らかいものが、右側頭部には更に柔らかいものが押しつけられる・・・前が、息が・・・カオス、パニック2歩くらい手前・・・こんなことなら後ろに担ぐ消防士搬送を練習しとこば・・・土嚢人形作って練習しよ。

「と、言うわけで今まさに戦闘中な訳です」
「そんなことになってたの・・・」

 それから1分ほど目隠しフリーランをしたのち、ようやく顔から離れてくれたミカに何故彼女が今こんな状態に陥ってしまったのか、その事情を説明した。

「はい・・・」
「ううう、ごめんねぇ! 私のせいでリアムくんの完璧な作戦が!」
「いや、完璧というほどでも・・・」
「それでも、私だったらそんな難しい計画絶対思いつかないよ!? リアム君はすごいよ!・・・はぁ、それなのに私ときたら・・・ヨンカに負けないどころか、あの子の純粋さを土足で踏みにじるような真似をして・・・」

 嘘・・・ここにきてまさかの人生相談? あの、後ろからおっかない形相の狼が追いかけてきてるんですけど。

「そ、そんなことはないんじゃないですか。ミカさんは自分の仕事をしようと・・・」

 ああ、どうフォローすればいいんだろう。休む時は休む、休めるときに休む、結果仕事のクオリティも効率も上がる。所詮社会人経験のないガキの戯言であるが、小僧は小僧なりに生意気にも持論を持つわけで、それが僕のポリシーである。

「そうなんだよね・・・リアム君が今思い浮かべた通り、私、いつも空回りして・・・」
「ミカさんのお気持ちはわかりますよ。それと、どうして行動したのかも。もしかしたら多くの人がお休みする今日でも、習慣なんて気にしないで探索に来ている人たちがいるかもしれない。むしろ来ていてもおかしくない。だから僕も常に半径100m範囲で探知の魔法は使ってたんです。人がいることは初めから想定内でしたし」
「ほ、ほんとに・・・?」
「本当です! だから決して迷惑だなんてことはないです! それどころか、僕の方こそお仕事の邪魔をしてなんかすいませんでした!」
「そ、そんなに気にしなくても・・・でも・・・ゆ、許してあげよう」
「ありがとうございます」

 やった、なんやかんやで僕のターン!よし、なんとかまとまりそうだ。ならこのまま──。

「ダリウスさん! 見てるんでしょ!」
「リアムくん!?」

 ほんのわずかな一瞬、私を優しい眼差しで見てくれた視線はまた、前だけを見ている。だから唐突に叫んだ彼の声に驚いてしまった・・・ビックリしたー。

「お、おう!見てるぞ!・・・俺!?」
「映像越しの指名とは面白い」
「当初僕はスコルをエリアEに落として決着をつけるつもりでした! しかしキャンプ場に来る途中で谷の裂け目を見られてしまっているでしょうから、このままだと引き返してもスコルは警戒して近づいてこないかもしれない。そこで、計画Bです!僕はこれからエリアBまでスコルを引き連れてそこで決着をつけます!」
「エリアB・・・エリアB!?」

 いきなりリアムに指名を喰らったダリウスの慌てようときたらもう傑作だ。

「ミカさん」
「ひゃい!」
「今告げた通りです。もし職務怠慢(ダリウス)さんが会場にいなくても、その時は然るべき人ハニーさんに誰かが伝達してくれると思います」
「は、はい・・・」
「それでです。これからミカさんをマザーエリアまで転送しますから、是非避難のお手伝いをしていただけると助かります」

 今のリアムの話をまとめるとこうだ。元々立てていた計画がポシャったから、エリアBでスコルと戦うという次の計画に移行することにした。ただし人の集まるマザーエリアにより近い場所で戦うことになるから、念のため警戒をするように、もしもの時は速やかに避難ができるように体制を整えていてほしいと言うことである。

「わかった・・・でもリアム君、転送してくれる前に一つだけいい?」
「どうぞ、ミカさん」
「重ね重ねになるけれど・・・ごめんなさい、私のせいで」
「いいえ、謝るのは僕の方です。先程も言いましたけど、習慣にならってみんながおやすみしていたとしても、習慣は習慣で必ずしも全員がその通りに動くとは限らない。集団から漏れる人だっているんです・・・だって、自分の人生だから。そんな人たちがもしかしたら来るかもしれない、そうして自主的に努めようとするミカさんは立派だと思います」
「私はそんな崇高な・・・」
「ヨンカさんに負けたくない、それでもです。個人的な事情があろうと仕事は仕事です・・・ミカさんはプロでしょ? 事の発端となった動機が不純だとあなたは卑下しますが、今日、ミカさんは仕事の手を抜いたりしましたか?」
「そ、それは・・・!」
「僕はそこで答えに迷ったあなたを、素直に尊敬します」

 答えに迷った。それだけで十分だ。彼女の中には僕の質問に反発しようと思えるだけの誇りがある。それにあの傲慢の化身を前にしてミカさんとお話できたこと、それだけでどれほど心が安らいだことか。

「それじゃあ、送ります」
「うん。ラナちゃんやお義兄さん、アルフレッドたちによろしくね・・・あっ、最後の最後に!」

 誰かを煽りに煽り、更に煽るのは僕の性分にはあっていない。八つ当たりとかならまた別なんだけど。でもここに来てミカと話ができたのは案外ラッキー・・・。

「チュ──」

 ・・・だったのかも。

「えぇ!?」
「へへっ、私の勝ち・・・私も勝ったんだから、リアム君も勝たないと──」

 ・・・ダメだからね。

『ヒューこの女ったらし』
「んな、茶化すな!・・・もう・・・お願いしますよ、3人とも」

 まるで夢のような一瞬だった。特に最後、あれはミカが声に出して囁いたものなのか、それとも僕の脳が作り出した空想か・・・。

「コ、コホン・・・こちらダリウス、こちらダリウス・・・諸君! レベル2の緊急非常事態だ。ギルド協会ノーフォーク支部支部長ダリウス・ドッツの名において、これよりダンジョンの入場規制及びエリア封鎖の厳戒令を出す!これは訓練じゃない、繰り返す、これは訓練じゃないぞ。入退場管理に当たっている職員はフェーズ2までの緊急対策マニュアルを実行。入場ゲートは一時封鎖、ダンジョン内滞在者たちにマザーエリア外に出ないように警告、外に出ている者には速やかに戻るよう避難指示を出す。入退場名簿の管理を絶対誤るんじゃないぞ・・・」
「強制避難退場は始めない・・・で、いいのダリウス?」 
「混乱を抑えるために段階的に様子を見て、だ・・・なぁ、紙とペン持ってる?」
「あるよ。この2つだけはいつも持ち歩いてる」
「よし・・・えーっと・・・うん、こんなところか。このメモを副ギルド長に」
「了解です。ご用命は以上ですか?」
「ああ、頼んだぞ」
 
 指令は通信魔導具から勤務中のギルド職員たちに伝達される。またダリウスはルキウスから紙とペンを借りて用をメモすると、舞台下で控えていたギルド職員に追加でメモを渡す。もしもの時に迅速かつ落ち着いて事に当たれるよう、宣言した規制を引き上げる可能性があること、それを一部の職員にあらかじめ伝えておくように任せる。

「よし、こっちは大丈夫だぞリアム! トレインとか気にしないで思う存分やれ!」
「探知範囲を半径200mに拡大。探知次第マーキング、緊急時には転送を・・・」
「ダリウス、こっちから返事しても、向こうには聞こえないよ・・・」
「し、知ってるわんなこと!」

 ・・・不安だ。しかしまあ、状況を見て混乱を最小限に留めることを優先したこと、もしもの時にとるべき行動をあらかじめ密かに伝達することを一瞬で判断して手紙でハニーに連絡を取ったのは評価できる。状況を見るにもこの場所にいるのが一番最適だし。骨まで筋肉でできた歩く肉塊とか、サボり魔だのハゲダルマなんて馬鹿にされようとも、いざと言うときには迅速な判断で組織を動かし統率する司令塔、歴としたノーフォーク支部のギルド支部長である。

「ちゅ、チューしちゃった! ほっぺにだけど・・・びっくりした・・・ね、リッカ姉」
「・・・」
「リッカ姉?」

 一方、身内が小説のワンシーンのような応援をリアムに送ったことに、舞台上のナノカは興奮気味にリッカに同意と共感を求めるが──。

「リッカのリは6番目のリ・・・」
「お、お姉ちゃん・・・?」

 リッカの様子が何かオカシイ。突然変な呪文を唱え始めた。

「リッカのリはリアム様のリ」

 細くて長い布のようなものをポケットから取り出して、頭に巻く。

「リアム様ファンクラブ会員番号6、隠れだからって一桁の古参なめんじゃないわよ!」
「ちょ、リッカ姉それは内緒だって!コンテストの司会やってるし、特定の冒険者に肩入れするのは不公平で良くないからって自分で言ってたじゃん!」
「そんなのもうどうでもいいわ! なんで好きなものを好きって言っちゃいけないのよ! 私は、強くて優しくて、でもミステリアスで時々恐くもあって、そんなリアム様が大好きな一人の彼のファンよ!」

 堂々と拳を掲げて観客たちにアピールするリッカ。

「リッカちゃん!?」
「これはまたおもしろいねー」
「パピスさん、もしかして彼女は本当に・・・」
「はい。リッカ氏は紛れもなく私が会長を務めるリアム様ファンクラブのメンバーです。仕事柄これまで周囲には隠れて応援するもここに来て愛が爆発してしまったようですね・・・流石は会員番号トップテンに名を連ねる古参メンバーです。我がファンクラブは会員の社会的利益を守ることも、規約の一つに盛り込まれていて堂々とであろうと隠れであろうと柔軟に・・・」

 突然のカミングアウトにミカの魅せたほっぺ熱々の展開にのぼせ上がっていた会場のピンク色がちょっとだけくすむ。出張サービスで場内販売をしていたピッグもリッカの突然のカミングアウトに驚いた内の一人、部下でありリアムのファンクラブ会長でもあるパピスに真実を問えば彼女はそれに”はい”と答え、続け様かつ得意げに自分が運営するファンクラブがいかにライト会員にも優しい優良クラブかを饒舌に語り始めた。

「初舞台でやらかした妹の失敗を2つ返事で許してくれて、まだ小さいのに懐が深いというか、理解できる脳がなかったのか・・・でもあの戦いを見た後だったし、将来有望かも・・・ちょっと応援してあげてもいいかなー・・・なんて・・・最初はそんな軽い気持ちだった・・・」 
「きゃー!ちょっとそんな昔のこと今持ち出さなくても!」
「確かに初めは気まぐれが理由だった! けど今は違う! 心の底から彼らを、彼を応援してる!数々のイレギュラーに見舞われながらも、諦めず、潰れず、こうして今、ダンジョン史上でも類を見ない素晴らしい戦いを繰り広げている・・・それなのにうちの姉共ときたら・・・ヨンカ姉は出会い頭に公開告白始めるし? ミカ姉はお姫様抱っこしてもらった挙句に頬にキッス!非常識すぎる・・・ 何なの、先に生まれて来た方がそんなに偉いの! それとも経験乏しい私にはラブい展開は期待できないとでも!?」

 ねぇ神様、答えてよ!

「・・・ナノカは知ってたみたいだけど」
「えーっと・・・イチカ姉、最近リッカの部屋に入ったことある?」
「私はギルドの宿舎に入ってるし、最近はあなたたちの部屋にも入ってないわね」

 イツカとリッカは双子姉妹。だから部屋も同じ部屋・・・姉妹も多いし安直だが2人が同室になるのに当時異論はでなかったし、今も特に不満もなく彼女たちは同室のままである。

「今や一面アリア応援グッズで埋め尽くされて・・・アリアって言ってもほとんど彼関連だけど」
「私が一人暮らしを始めた後、そんな事に・・・」
「そ。まあ私はほとんどここに篭ってるし滅多に帰らないから別にいいんだけど〜・・・血は争えない?」

 ウィルが率いた初代アリアのファンだったイチカは良くも悪くも妹たちの反面教師であった。ニカ、ミカ、ヨンカ・・・まあヨンカは例外。それから映像以外の事に尽く興味がないイツカも例外ね。兎にも角にも、今でも時折コントロールを失って熱く語ってしまう私の姿を見てか、妹たちが特定のパーティーにハマり熱狂することはなかったのだけれど・・・血筋なのかしら、それとも必然? 彼らは私の知ってる昔のアリアにも見劣りしないくらい活躍していて、かっこよくて魅力的だもの。なんら遜色ない・・・むしろ、懐かしい。

「そうですわ! 好きなものを好きと言って何が悪いことがありましょう!」
「それにキキキ、キスなんて! 親愛の証である頬にとはいえ、あんなしっかりと口づけなさって・・・それに公衆の面前でなんて不純ですわ!」
「お前もファンだったのか!?でもそんな恍惚とした表情で説教されても説得力ないぞ」
「だって作りものの世界みたいにロマンチックで、羨ましいのもさることながら、とても愛らしくいらして!」

 立ち上がれ、隠れファンたちよ。溜息が出るほどうっとりとする・・・もしあそこにいたのが自分だったらと想像すると・・・ハァン!胸が高鳴りキュンキュンする。そう、実にロマンチック・・・だけに。

「あれはいいのかアイナ?」
「まぁセーフでしょう。息子の可愛い表情がアップで見られたし、これはこれでありね」
「うぅむ・・・複雑だ」
「所詮は頬、唇を奪われたわけでもありませんし彼なら大丈夫ですよ」
「今更ながら、私は娘に茨の道への切符を渡そうとしていたのでは・・・」
「娘のこととはいえ、これは私たちの考えていた想定以上に前途多難ですわね」

 未発表とはいえ娘とリアムとの婚約を結んだり進めていたりする、肝の据わった母と対象的に肝を冷やす父親たち。

「そうだよな、結婚してるわけでもなしあれくらいならまだ許せるよな。それに好きになるのも好きなものを好きって言うのも個人の自由だ・・・それにしてもニカ、あっちのアレは知ってたのか?」
「いいえ、私は結婚後はこちらでお世話になっていますし、その時リッカはまだ・・・多分家からイチカに続き私もいなくなったから、実家から人が減っていくのと比例してどんどん大胆に、グッズも隠さなくなっていって・・・姉妹としての勘なんですけどね」

 カミラに尋ねられたから考えては見たものの、それが果たして寂しさから来る反動か、単純に趣味に没頭してしまえる環境が整ったからなのか、考えれば考えるほどこの考察は無意味な想像であり、後から本人に直接聞いた方が早いなとニカはとりあえず一度、割り切る。

「見ろ、リアムがエリアBに入った」

 あのキスは正義か否か、ひいては隠れファンの愛は堂々と愛を表明しているファンに劣るのか、そうこうもう一つの戦いで白熱していた会場中の視線が、ウィルのその一言でまた魔導具の映像に集まる。

「あの辺りは・・・昔、私がリアムちゃんに稽古をつけた辺りだわ」

 また、エリアBに入ってから程なくしてリアムが向かった場所に見覚えのあったのはリゲス。

『乙女チックなキスでしたね、チークだけに』
 
 乙女チック、チークだけに・・・しつこい。誰かこの脳内親父をどうにかして黙らせてくれ。あんな純粋で心を擽る応援を、邪に仕立て上げる悪魔め。

「気を引き締め直すよ。そろそろ目的地だ」

 それにいつまでもさっきのアレについてモワモワしていられない。あれは応援だった、応援だったんだとそう位置付けるのもこれからの僕次第。

「はっ!どうしたもうグロッキーか!? 所詮は御山の大将・・・てっぺんから引きずり落とされれば何のことはない。その日暮を送るしか能のない獣が、本能だけで僕らに勝てるとは思うなよ・・・この※※の※め」

 訳、クソッタレ。自動翻訳さんがあいつになんて訳して伝えてるのかはわからない。しかし言葉として伝わってなくても狡猾でありながらプライドの高いこいつだったら、相手が自分にどんな態度をとっているのか、馬鹿にされているのかそれくらいを考える脳はあるだろう。振り返って中指立ててやったんだからさ・・・恥ずかしいとか考えるな・・・我慢だ我慢。

「こ、この後に及んで更にスコルを煽ったぁ!?はぁああん、よきッ!」
「何を考えてるんだリアムのやつ!?」
「はっはっはこれは傑作だ! ほんとやってくれるよ彼は!」
「えー・・・お食事中の皆様、大変失礼いたしました。冒険者ギルドを代表して私が謝罪いたします・・・あれ、でも随分と下品だった物言いとは裏腹に、会場の多くの女性たちから黄色い歓声も挙がっているようですね・・・」

 確かに、公共の電波にのせるにはかなり汚い言葉を使ったというのに会場中からはブーイングではなく、むしろ──。

「あれよ! あれこそリアム様よ! ティナ様を守るために発した体が凍てつく波動、私の意識(ココロ)を奪ったあの衝撃!」
「私たちはあの日、リアム様の影に落ちた・・・」
「胸をこじ開けて、理性を貫いて、私たちは恋に落ちるんじゃなくて落とされたのよ!!!」

 周りの常識人の方々は引き気味でダンマリしていた。なんかもうついていけない。完全に会場中が2つに割れた。一つは常識ある一般人の方々、そしてもう一つは年下のまだ成人もしていない子供に恋をしたんだと喚く変なお姉さま方。

「店を守るために彼が見せた隠されし凶器(キバ)、一瞥の冷ややかさ・・・あれです。あれこそリアムさんの魅力・・・」
「ぱ、パピスさん?」

 当然、リアムファンクラブ会長を務めるパピスは後者に分類される。

「会頭はあの日店を守ってくれた若を見てませんからね。普段優しい彼が時折見せる影の鋭さ・・・心臓も割れるような凍てつく波動、針に刺されるような衝撃。パピスさんは仮面の下に隠れたあの彼に恋をしたようで・・・」
「話には聞き及んでいましたが・・・」
「いいえ会頭、リアム様の裏の顔はあんなもんじゃありません! もっともっと深くて、深くて深くて、冷たくて冷たくて冷たいんです!それでいてどこか儚げで、いつも見せている優しさもまた彼の本質で、少しつついただけで崩れてしまいそうに脆そうで・・・」

 アンバランスなんですね。しかし完璧じゃないからこそ守り守られ、持ちつ持たれずの理想の対等関係が築けそう。圧倒的な強者に守ってもらうだけというのも釈然としないもので、彼の弱さを知っているからこそ私ならそれを補ってあげられるのだと想像してしまえること。等価交換によって保証された愛を信じる女性たちが若に感じる魅力を大雑把にまとめてしまえばそんなところでしょうか・・・まあ、ドブドブの依存とも言いますが。

「パピスさん。警察沙汰だけは勘弁してください」
「何を言ってるんですか? 私がそんなことするはずないじゃないですか」
「・・・ですよね」
「そうですよ、もー。会頭、私はあくまでもファンなんです。いくらリアム様が魅力的だからって、友人、知人、他人、そしてこれはコンテスト・・・そこら辺の分別は弁えています。一、ファンである私が彼とそういった情事に励みたいとはとてもとても・・・あっ、鼻血が」 

 あっ、違いましたか。変な考察をしてしまい申し訳ない。女性の心理を一緒くたに語ろうとしたからと言って、決してその目的は女性蔑視とか薄汚れた差別ではありませんからして・・・でもノータイムでやんわりと濁した私の発言の意図を理解したということは、必ずしも考えたことがないというわけじゃなくて考えたことがあるから・・・想像したことが・・・ブピッ!?・・・私は誰、ここはどこ・・・私はピッグでここはテールのコンテスト会場。今日は絶好の商売機、商会を営むもととして物販をしつつラストボスに挑戦する若の応援をしに来たのでした。・・・よし、リセット完了です。はて、周りがちとピンク一色・・・何かありましたかな? 私、短期的な記憶障害に陥ってしまったようで1分前後の記憶が飛んでしまっていて思い出せませんな・・・申し訳ありません、若ぁ。

「リアムったらどこであんな言葉を・・・」
「ギクッ──!」
「カ〜ミ〜ラ〜ァ!」
「ち、違うんだアイナ! 私はあいつに頼まれてな、敵を煽る時のコツをちょびっと、ちょびっと伝授してやっただけ!」
「カミラ、後で2人っきりでお話ししましょ」
「た、助けてくれリアム!」

 あぁリアム。勝利した暁には助けてくれるよな。だってお前から教えて欲しいって言ってきたんだもんな・・・な?

「演じるね」
「ということはあれは演技なのかい?」
「そういうことですね。貴族ならではの識別眼とでも言いましょうか、いつもの彼より少々声が平坦で低く、凄んでいるにしては視線からも然程圧は発せられずあまり恐怖を感じないですしそれにリアムくんはあんなことを率先して大衆の面前で口にしたがる子じゃない。私も同様に、あれは演技であると判断します」
「リアムの兄ちゃんは役者なのか?」
「なるほど・・・勉強になります」
「フヨウ、どうして君まで感心してるの・・・」
「私、忍者ですから。演技力を身につけておいて損はないかと」
「・・・大丈夫ですか、アメリア」
「大丈夫ですアストル様・・・あれは本当のリアム君じゃない。むしろ、あの視線が感情を殺してのことだとわかります。そう考えると、優しい彼の内面が滲み出てる」
 
 アメリアは思い出す。自分が恐れたリアムは、彼の本当に怖いところは私の体の中に根付いた種子を取り除くために魔法で体内(ナカ)を弄った時に見せた、まるで死んだように熱を失った瞳だ。でも、やっぱりあの時の彼は私を助けるために真剣だったわけで、こうして一つ一つを追うことができてものすごく安心する。体が震えない、一段と心に身体が戻ってきたと実感する。これもまた彼のおかげだ。

「キャギャッ!?」
「魔法障壁!」

 直径約10mの球状障壁を展開──。

「ブラック・アイド・ビーィイイ!!!」
「ギャ──・・・」

 そして後は、目的地目指して暗穴をまっすぐ進むだけ。

「あれはゴブリンたちの巣窟か!?」
「今のはケイブゴブリンですね」
「壁に押し潰されて・・・ゔ、グロい」
「しっかりなさいナノカ。だらしないわよ」
「あっ、リッカ姉が戻った・・・でも私は戻しそう」

 そう、リアムが目指していたのは過去にまだマクレランド商会所属の奴隷だったティナを攫ったケイブゴブリンたちのアジトとなっていた複雑に入り組んだ洞窟である。

「障壁によって拡張された道をスコルが追う・・・」
「障壁だけじゃない。拡張すると同時に、壁が崩れないよう土魔法で固めてるようだ」
「道を拡張しているのは巨躯のスコルも後を追ってこれるようにですね」
「洞窟・・・そして穴が複雑に入り組んでる。まるで地下迷宮ですね・・・ちょっと落ち着いてきた」
 
 実際には土魔法が先行してリアムの行く道を広げ、そして拡張された道幅に合わせた魔法障壁でゴブリンたちを轢き殺しているのだが会場からは区別がつきにくいらしい。壁と障壁の間には20cmくらい幅を開けているから、ゴブリンたちも完全にすり潰されているわけではない・・・が、やはり潰れるには潰れているわけで、つまり押し潰しているわけだ。

「あ、ドロップ・・・」

 ・・・アレ、今チラッと見えたのって──。
 
「今一瞬見えたのって・・・」
「ゴブリンの秘薬・・・」
「ゴブリンの秘薬って飲んだ者にスキル”テイム”を習得させるあの秘薬!?」
「売れば金貨1枚相当の超レアアイテムじゃない!?」

 まさかまた落ちるとは思わなかった。障壁で轢いたゴブリンメイジが落としたようだ。リアムにも予想外のドロップである。 

「ハッハッ!」

──バキィイ。

「秘薬が!!!」

 ・・・が、リアムの後を追いかけてくるスコルにドロップしたゴブリンの秘薬は瓶ごと粉々に踏み潰された。

「踏み潰されて粉々に!アレを無視とはやりますねリアムくん!」
「あれがあれば酒を浴びるほど飲めて、つまみも選り取り見取りだってのに・・・」
「あれがあれば肖像画、人形、購入できるグッズがよりどりみどりなのに・・・」
「お姉ちゃんがまた壊れた・・・」

 金貨1枚。前世換算で100万円相当。

「リアムは意にも介してない・・・あれはあれで大丈夫なのか?」
「リアムちゃん完全に金銭感覚が麻痺してるわね。ドロップしたことには気付いたのに即決で無視したわ」
「あれがあれば、あれがあれば酒が、つまみが・・・」
「研究資料が・・・貴重なアイテムが粉々に・・・」
「こっちはこっちでやれやれね」

 プレゼントスキルとも言われる貴重なアイテム。あれを売れば一攫千金、1年は普通に生活しても問題なく暮らせる。大金が一瞬で溶けたことに業を煮やす欲の深い大人たち、であったが──。

「100万か・・・」
「だよな、流石のリアムでもやっぱりちょっとは惜しい・・・」
「あの日ティナの無事が何よりも大事だったように、今、この時を賭けるにはあまりにも安すぎる。万が一スコルに敵わなくて人命が脅かされる事態になったら・・・仲間たちを、僕が殺しにいかないといけないんだから」
「・・・は?」

 夢語りも束の間、このリアムの一言に悲鳴から一転して会場中が戦慄する。

『大袈裟な。まずはゲートに上手くいれて山にスコルを返すんでしょ』
「そうそう、まずは全部出し尽くす。心中はもちろん最終手段ね」

 それだけの覚悟を持ってリアムも臨んでいる。

「これはッ!」
「広い空洞、リアム君の足が止まった・・・ということはここが彼の目指した目的地」

 そうして大金を逃したことに消沈することもなく走り続けたリアムが辿り着いたのは広めの空洞だった。

「・・・」
「ギャギャー!!!」

 そこには大量のゴブリンたちがいて、スコルが同空間に入った瞬間──。

「密封(シール)」
「崩落──いやッ!」

 画面が・・・地面が、壁が、天井が揺れる。しかし塵ほどの欠片が落ちてくるだけで、目に見えた落石はなく──。

「入り口を閉じたぞ・・・」

 天井が崩落する代わりに、厚さ5、6メートルはある土の壁によってこの空間に繋がる全ての出入り口が封じられていた。

「ウギャアアア!!!」

 1人と1頭の怪物と同じ空間に閉じ込められたケイブゴブリンたちが忙しく壁を叩いて鳴き喚く。

「ヴウウウ」
「そんなに怯えるなよ・・・これでお前を殺せなかったら、僕はお前を元いた場所へ帰すさ」

 既に関係ない人たちを大勢巻き込んでいる。だからせめて謹直な物言いで、これ以上誰かに迷惑をかけることはしたくない。

「けど、帰すことができなかったら・・・この手で仲間たちを殺す事になる」

 しかし、もし御しきれなかったら・・・。だってこんなに人の大勢いる場所の近くまできて・・・やり直しが効くのにこれから先の人生を棒に振ってまで山1つを粉々に吹っ飛ばすような力を使えるわけない。

「ヴヴヴヴ!!!」
「唸ったって無駄だ・・・それに密封って言ったろ・・・」

 閉じ込められたか追い詰めたか、焦っているのかそれとも息巻いているのか。全身を強張らせて唸り始めたスコルは赫く強く体を輝かせ空洞全体を照らす。

「ギャアアァ!」

 スコルからより近いゴブリンたちが次々と熱にやられ発火した腰布から身を焼かれていく。

「自分で寿命を縮めるとは・・・」

 しかし密閉された空間で物を焼く。それが生物にとってどれだけ有害な行為であるか、日本で義務教育を受けたものなら誰でもわかる。

「ガアアアア!!!」

 咆哮と共に洞窟の壁を紫電が走る。

「・・・」

 しかし人間レベルを遥かに超える化け物級の魔力量を持つリアムが展開した魔法障壁にはヒビ一つ入らない。この障壁はいかなる攻撃にも耐える堅牢、その中は外界とは隔離された世界。

「──ッ! ────ッッ!!!」
「お前の持つエネルギーじゃ、僕の魔法障壁を破ることはできない」

 あまりにも硬すぎる。最早リアムを害することより、天井を崩して脱出するほうが幾ばくか生存する可能性があるのではなかろうか。

「無駄・・・遊惰、懶惰、惰眠、こうした勤勉の中に潜む無駄には一考、一部風情ってやつを感じるものもあるのに、命を失いたくないと牙を剥き出しにして足掻く今のお前の姿が醜く映るのはどうしてだろうね・・・可哀想に」

 正に労力の無駄。保有魔力の約半分を割り当てて構築された魔法障壁は、その内の25%を注ぎ壁そのものとし、残りの魔力は修復用ストックとして予備に回してある。実質全魔力の25%を使って形成された障壁だろうと、今のスコルの攻撃ではヒビ一つ入らないし、仮に傷が入ったとしても簡単に傷は自動修復する。

「何をする気だ・・・」

 スコルが放熱を辞めない。空洞の中が燃え滾る窯と化す。壁は赫く輝き、一部は金属を含んでいたのかドロっと溶け始める。

「お前魔力を相殺して無力化するんだって?」
「オオオオオオン!!!」
「何のための遠吠えか・・・その音ももう、僕には届かなくなる・・・ここが一つの終着点だ」

 しかし怒りも、熱も全て障壁によってシャットアウトされる。また、そこを通ることを許される唯一の力は牢を形成する彼自身の魔力のみ──。

「Asphyxia」

 唱えられた呪文はじっくりと空間へと浸透していき、振動となって熱く滾る大気の中へと溶けていく。だが魔力に乗せられた声は確かに壁まで辿り着いていて、熱く溶け始めた壁の中へとぶつかっていた。しかしぶつかったと表現するにはあまりにも静かに終着。無反響、跳ね回ることなく吸着してその奥の冷たい岩の先へ、先へ、やがてやってくる終末を少しでも先延ばしにするために、音をも殺す停滞の死から逃げるために。

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