アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

256 雨だれの前奏曲、雨だれの色。

『この人参・・・どうしてハートなんだ』

 エリオットが産まれて更に1週間が経った頃──。 

「厳しい厳しい最終試験のはずが・・・お前ら、いつもこんな快適なキャンプしてんのか・・・下手したら家より快適まである。なんで料理がお湯注いだだけで3分、それもこんなうまいスープ付きの・・・パスタか?」
「俺たちもこれは初めて食べた・・・インスタータ、インスタート」
「インスタントラーメンね。私のはしょうゆ味よ。王道だって言われたから、私が選ばないわけにはいかないわよね」
「それ聞いてリアムはスタンダードな一種だって言い直したろ・・・」
「う、うるさいわねアルフレッド。王道でもスタンダードでもいいでしょ!おいしいんだから!」
「そうだ、そのインスターラーメン。私のはトマト味だ。真っ赤だし気に入った!」
「私のにも赤くて可愛い紅生姜が入ってるわ。濃厚こってり豚骨よ」
「僕のは塩味だって。でもオリーブの実のオイルに胡椒やハーブも入ってて、汁を捨てた僕のは焼きそばっていうらしいよ」
「エドガーさんの焼きそばは一旦お湯に浸した後、汁を捨ててから調味料を入れたんです」
「私もお父さんと同じ焼きそば選んだのに・・・ううう、恥ずかしい」
「レイアはホントおっちょこちょいだなぁ、お湯捨てる前に調味料入れちゃうなんて。ほら、私の半分わけたげる」
「あ、ありがとうラナねぇ〜!・・・ん、コレって?」
「私、調味料入れるときに小分けの袋ごと落としてばら撒いちゃったんだよね〜。だから私のは素朴なお湯の味」
「素朴すぎるよ!」
「やっぱり? ってことでレイアのと半分交換・・・」
「やだよ!」
「えぇ〜お願い、レイアのうっすいスープでも味があるだけマシなんだもん!」
「味のない焼きそばにうっすいとか言われたくない!」
「ラナ、レイア、喧嘩はやめなさい」
「だってお父さん、ラナ姉が!」
「だってぇー、これじゃあただの湯がいた麺・・・」
「わわわお二人とも、こんなこともあるだろうってリアムさんが少し多めに調味料持たせてくれたんです!」
「そうなの? なんか見透かされてたみたいでそれはそれで・・・恥ずかしい」
「それならそうと早く言ってよ、も〜フラジールったら」
「す、すみません、すぐに準備します!」
「フラジールはテント張りしてた俺らの分まで用意してくれたんだ。ラナたちがドジったことに気づかなくてもしょうがない・・・ラナなどいつものことだ」
「ウォル兄ぃ〜!」
「見張り交代だ。次はラナだったよな」
「そんなぁ! まだすすってすらいないのに!」

 この間、リアムが傷心していたことに一人だけ気付いたことで大雑把に見えて人一倍繊細で気配りができることを証明したラナであったが、繊細故にこうしたトラブルの糸を手繰り寄せるのも得意というか、いらない特技というか・・・はぁ。

「本当においしい・・・」
「とにもかくにも、あいつの思いが詰まっているわけだ・・・うまいな」

 賑やかな子供たちの姿から視線を手元のカップに移して一瞥した後、反対側に座って安心しきったエリシアの言葉に同調するように冷たい洞窟の天井を眺めカミラはホッと一息つく。そして、今回の遠征には参加せずここにはいないリアムのことを思い浮かべる。そうして思い浮かんだのは、今日みたいな合同稽古のあったある日のこと──。

「なあリアム、やっぱりお前今からでもいいから私の方で学べよ。お前らが練習してるようなトリッキーな動きは私の方が明らかに上手い。同じ流派の剣とはいえ、人間離れした超反射で全てを誤魔化すこいつの剣と違って、私の剣には美学がある」
「それは・・・ごめんなさい。カミラさんの剣は本当にすごいです。けど今回は父さんに教わるって決めた。そこは曲げずにこの戦いに臨みたい」 
「・・・ケッ、浮気性の男は女の敵だな」
「浮気って思うってことは一応僕のことちゃんと弟子だって認めてくれてるんですね」
「ッ! やっぱりお前キライだ、早々に破門する!」
「破門するってことはつまり・・・」
「ダァー! やめてくれ! そうだお前が私じゃなくてウィルを選んだから嫉妬してましたぁ! はい、これでどうだ!」
「空いた時間があれば是非また稽古をつけてください」
「まぁ、お前がそういうなら別に鍛えてやらんこともない・・・」
「あの操舵術が欲しい・・・俺は教えると同時にリアムから学ぶことがたくさんありそうな気がしてならない」
「僕もだよウィル・・・どうにもあの理屈責めはカミラに有効そうだ」
「あっ、動かないでくださいウィルさん。もう、母さんったら受け身の講義で本気で投げるんだから・・・」
「でも打撲だけでどこも折れちゃいない、流石だろ?・・・エド、お前には女をすぐに落とすたらしスマイルがあるだろ」
「やめてよウィル、娘の前だ」
「すまん、でもレイアちゃんの笑顔は本当にみんなに元気をくれるよな」
「あ、ありがとうございます・・・へへ」
「・・・ボクとカミラの自慢の娘だよ」

 娘の笑顔がウィルに向けられていてなんかムカついてさ、その後もう一回本気で投げ飛ばしてやったんだが、またもレイアの治療をあいつが受けることになるとは・・・うぅー、この稽古唯一のジレンマだ。  

「・・・あいつ私の誘い断やがったくせに、生意気だ」

 実際皆がスクールに行ったりしている間暇なラナやウォルターたちを引き連れて、ウィルと一緒にリアムを叩きのめしてやってる。まあ奴の場合、私が危うくなることも多々あるんだがな。剣術のみでは1割未満だが、魔力量制限勝負では2割くらい負けてるかな・・・一度、私が揉んでやった後レイアに治療されながら良い雰囲気醸し出して生意気だったから次の試合でキララと同調してボッコボコに負かしてやったことがあったなぁ。しかしあれはちょっと、私が大人気なかったかもしれない。しかしなんともまぁ末恐ろしいことだ。この私に嫉妬させる人格、才能が奴にもちゃんと受け継がれているのは喜ばしいことなのか、それとも危ぶむべきか・・・スープが身に染みる、やっぱ美味いなコンチクショウ。

「リアムがいればお風呂にも入れるんだよ・・・はぁ」
「風呂なんて1週間入らなくてもしなねぇよ」
「それは女子からしたらナンセンスなフォローよゲイルちゃん」
「例え話だろ、本気にするなって・・・」
「あら、ゲイルちゃんったらもしかして妬いてる? そうね、あなたがいないとみんな大荷物抱えて登山しないといけないわ。でも最低限の装備で済んでるのはあなたのおかげだから、感謝してるわよん」
「う、うるせ! 勝手なおく、おく、憶測で!」
「照れちゃって❤︎」
「俺の心を見透かさないでくれぇ!」

 リゲスに手玉に取られたゲイルが苦し紛れに吠える。一時期は敵に誑かされて子供たちを危険に晒した大バカ者で、更生した今もちょっと捻くれているがなんだかんだ一番厳しく(リアムの場合を除く)してやってるのに、文句を言いつつ立ち上がるこいつにはリアムを修行してやった時に感じた期待、それに通ずる何かを感じる。

「みなさん、食べ終わったら容器はこちらにどうぞ」

 皆が食べ終わったのを見計らってフラジールが容器を回収する。そして、終始甲斐甲斐しくお世話していた彼女もようやく・・・。

「今日のお仕事もあらかた終わりましたし、私もご飯にしましょう・・・ふぅ、この紐を引いてっと」
「なぁフラジール、お前のそれはなんだ?」
「リアムさんにちゃんと長時間経っても機能するかどうか試して欲しいと頼まれたんです。これは期限が短いので早めに食べるようにと言われて・・・」 

 それは、生石灰と水の化学反応を利用して作った弁当箱であった。ただしこれは容量に対し嵩張るし日持ちも気になるところ、雪山ということでちゃんとあったまるか不安だったからリアムはフラジールにこの1個しか持たせていなかった。

「そろそろ蓋を開ける時間です・・・こ、これはッ!」
「べ、弁当だ! それも湯気が立ってる!」

 フラジールが開いた蓋、その中に入っていた弁当の中身とは──。

「フラジールはさ、初等部卒業したら中等部から王立学院に通うアルフレッドについていくんだよね」
「はい、そうです。私はアルフレッド様の側仕えですから」
「そっか・・・」

 この山登りが始まる前日、私はリアムさんのお宅にお邪魔しました。今回の合宿に参加できなかったリアムさんはせめて準備だけでもと入りような物の準備をお手伝いしていただいたんです。その片手間に私たちはたくさんお話ししました。今回の合同訓練だけに収まらず、話題は本当に色々と。

「あの、リアムさん」
「なに?」
「その・・・あの、あの・・・申し訳ありませんでした」
「なになに!? えっ僕なんかした!?」

 あっ、私としたことが前置きを忘れてしまいました!なんの前触れもなく唐突に頭を下げたものですから、リアムさんが戸惑っていますぅ。意図せずして困惑させてしまいました、これは思わぬ失態です。

「ビックリした〜。他のメンバーたちならまだしも、いつもお世話してもらってばかりのフラジールが頭を下げるなんて。謝罪される覚えがこれっぽっちも、微塵もないもんだから思わず自分が何かしたかと迷走しちゃった」
「も、申し訳ありません!」
「あああ、それは謝らなくて良いよ! 今も言った通り君にはいつも世話になってるんだしさ、失敗の1つや2つ気にしないって」
「ありがとうございますリアムさん。ですが、お世話になっていると言えばそれは私も同じことです。側仕えの身でありながら、リアムさんやティナさん、それからレイアさんには日頃からたくさん助けていただいて日頃より感謝しております」
「まあそこは、お互い様ってことだね。友達だし当然のことなんだろうけど」
「リアムさんたちのようなご友人を持つことができて、私は幸せ者です!」
「いやいや、それを言うなら僕の方がね、フラジールやアルフレッドが友達で心強くて」
「いやいや、私の方が手取り足取り、例えばダンジョン探索時など荷物運びや食事の準備、延いては後片付けに寝床の準備までいつもしていただいていますし」
「いやいや、でもそれはフラジールも同じパーティーのメンバーなわけで、身分なんて関係なく対等にだね、それにあれは半分趣味みたいなもので・・・このままいくと僕の経験上長くなりそうだからここらで一旦打ち止めにしよう」
「そうですね・・・私の経験からも同じ結果が出ました」

 ついつい遠慮しあってしまうのはご愛嬌、あっ、と丸くなった瞳同士の視点が交差する。

「それで、フラジールは結局何を謝りたかったのかな?」
「そうでした、謝罪の途中でした! 失礼しました!・・・えっと、私はですね、日頃からアルフレッド様の身の回りのお世話をしているわけで、屋敷でも他のお手伝いさんたちと分担しながらですが家事などの務めを果たしているわけです」
「ふんふん、まあ屋敷で働くフラジールの姿は容易に想像できるね」

 フラジールは側仕えとして一通りの家事はこなせるし、従者としての心得を磨き日々精進しているのは知っている。

「つまり・・・」
「・・・?」
「あの・・・ですね、その一貫として、アルフレッド様のお部屋のお掃除なども週に1、2回ほど担当しているといいますか、内緒で・・・」
「内緒・・・それはもしかしてアルフレッドの精神状態を把握するため?」
「そ、その通りです! どうしてわかったんですか!?」
「フラジールは進んでアルフレッドに不利益になるようなことはしないでしょ? つまり嫌がることも。きっとアルフレッドは従者であろうと承諾済みであろうと同年代の異性に部屋をいじられるのは嫌がるだろうから、それを押してまでフラジールが、それも内緒で掃除するのに目的があるとするならば他ならぬアルフレッドのため。じゃあ果たして部屋を掃除することでフラジールが得られる情報は何か? それを推測するとなんとなくだけど、アルフレッドの最もプライベートな生活環境の変化を見ることで普段のコミュニケーションだけでは計り知れない内面をみて精神衛生面のケアをすることが一番現実的かなって」
「そ、そこまで・・・!」
「うんうん、あっ、それかもっと単純な理由で日頃の鬱憤を晴らすためにただ嫌がらせしたいとか」
「そんなことありませんよ!」
「冗談だよ」
「り、リアムさんのいじわる!」

 推測が見事に当たってしまって逆に少し物足りなかったので少しいじわるしてみるとフラジールはしかし彼女は両手で真っ赤になった顔を覆い隠して僕を非難した。しかし顔を覆ってから心の中で約5秒ほどの間が空いた時だろうか、手で覆われた表情は瞬時に切り替わる。まだ僅かに紅潮する頬が印象的だが故にしおらしい。フラジールは静かに、淡々と話を元の線路に戻す。

「幼い身でありながら親元から離れて生活なされているので、日誌というか・・・日記といいますか」
「それは前者、後者?」
「・・・たぶん、後者です」
「・・・まあ良いでしょう。続けて」
「はい、それでですね。先日アルフレッド様のお部屋をお掃除していましたら」
「あっ・・・」
「その・・・たまたま机の上に日誌が置き忘れられていて、触れないようにしていたのですがその周りのお掃除中に案の定落としてしまいまして・・・そこからはお察しの通り、落ちて冊子が開いたものですから偶然一部内容が・・・わ、わざとじゃなかったんですぅ!」
「わかるよ。フラジールはそんなことするような子じゃない。というか、もしそんなことしていてもアルフレッドの代わりに僕が許す! だってフラジールはそれくらいしたって許されるくらいアルフレッドのために頑張ってるよ!」

 ぎゃー恥ずかしー! 部屋の僅かな変化を細かに観察することで内面を見たりとか言ったけど、もっと直接的というか物理的な介入でしたぁ! 数カット前に調子に乗って気取ってしまった僕に今できるのは精一杯フラジールの行為を肯定してあげながら自分の体裁も取り繕うことです!

「でも私見ちゃったんです! アルフレッド様がそこに綴っていたあの日の出来事とそれらから得た反省と教訓を。あの・・・2度目の反省会の日のことです」
「・・・そっか、見ちゃったんだ」
「はい・・・ということはやはり、リアムさんは」
「気づいてたよ。アルフレッドが茂みの影でこっそりウォルターたちとの会話を盗み聞きしていたのは」
「そうだったんですか・・・」

 僕が会話を盗み聞きしていたアルフレッドの存在にはもちろん気づいていたというと、気まずそう視線を下げたフラジール。まあそうだろうな。自分が盗み見したどころか、当のアルフレッドだって盗み聞きしていて、挙句自分たちを傷つけないため気丈に振る舞ってくれたその人に気づかれていたのだと知ったら落ち込みもする。

「私たちは主従揃ってリアムさんに裏切りを・・・」
「許す!」
「えっ?」
「だから許します!  アルフレッドのことも、フラジールのこともね」
「ええっ!?」

 真剣に捉えて、真剣に悩んで、真剣に怯えてくれた。そのことに僕はどうしようもなく切なくなる一方で、嬉しいんだ。でもこんなことでああじゃないこうじゃないってウジウジ言ったってしょうがないんだよ。僕の中でこの件は一先ずあの日にケリがついてる。だから、これ以上君たちを責め立てる必要はないね。それよりもさ、そんなことより、ね──?

「それにもう終わったことよりさ、こっちのほうが気になるなぁ。親元離れて生活してるってのはつまり側仕えとしてここまでついてきたフラジールも一緒な訳で、だったらフラジールも日記をつけてるのかなーって」
「ッ!」

 ああそう、その反応は図星だったかぁ。いいねぇ、若いねぇ・・・でも、えらいね。そして僕はセクハラジジイくさい。

「は、恥ずかしいです・・・」
「恥じることはないよ。毎日の出来事を反芻しながら記すのはいいことだと思うよ。それに僕はそんなマメな人間じゃないから日々コツコツと何かを一貫して続けられる人を素直に尊敬する」
「本当ですか?」
「本当だよ。僕みたいな生まれつき皮肉屋な人間に尊敬されて嬉しいかどうかはさておき」
「そんなことありません! とても嬉しいです!」
「ありがと・・・でも皮肉屋ってところは否定してくれないの?」
「あっ、いえその! リアムさんが皮肉屋だなんてとんでもないです! リアムさんはいつも優しくて、料理もできるしお掃除だって・・・それに頭も良くて多才で、私の目標です!」

 ちょっと僕が自虐して見せると、フラジールは精一杯フォローをしてくれる。多少他より気弱な彼女はこれまで何度も、何度も、壁にぶつかっては辛くて、逃げ出したくて、泣き出したくて、挫けそうで・・・でも──。

「・・・そうか、それは嬉しいな。けどね、今日のことを知ったらきっとアルフレッドは妬むと思うんだよね」
「・・・はい。おそらく、いや確実に」
「だから今日のことは2人だけの秘密にしとこう」
「はい・・・ありがとうございます、リアムさん」

 6年近く、彼女の側にいた僕らは知っている。フラジールという子がどれほど現実に脆くて、故にタフなのか。彼女は現実に脆くも、僕は彼女が一度たりともソレに負けたところを見たことがない。兎角、最近負けてしまったばかりだがそれこそまさに今みんなでやり直している真っ最中だ。

「あの・・・そういえばリアムさんはどうされるんですか? 私はもちろん、アルフレッド様にミリア様は確実に中等部からは学院に通うことになります。それまでもうあと半年もない。きっとお姉様も王立学院に進んでいらっしゃるのでリアムさんもそうなんだろうと思っていたんです・・・でも」
「そっか、そういえば話してなかったね・・・どうせもう1年切ったんだ。いずれはわかること、なら──」

 なら──、それじゃあ1つ2つの秘密の共有のついでに、まだ誰にも話していない僕の秘密の計画について話しておこうかな・・・僕は──。

「絵画!? 何この完成度の高さ!」
「フラジールだけずるい! 肖像画なんて私たちのよりよっぽど愛情こもってるじゃないの!」
「しかたない。フラジールがいないとそもそもあんなに美味しいご飯、食べれなかった・・・ゴクッ」
「あの、インスタント食品に関してはお湯を注いだだけなので私そんな大したことはしてないんですが」
「・・・ダメ、おいしそう。でもこれを崩すのはぁああ!」
「わかるぞラナ、これは最早芸術の域に達している!のわあああ!リアムはまたなんてことをしでかしてくれた!」
「調味料足した後のラーメンは十分すぎるくらい美味しかったけど、これはもっと・・・美味しそう」

 回想から現実に戻り、再び手元のお弁当に視線を下ろすと、そこには目を瞑って誰かを想う自分の横顔があった。にんじんやアスパラなど、色彩鮮やかな副菜の中心には髪の毛の色のみを忠実に再現しつつ、精密に描かれた私がいた。これは色付きの卵白焼きの焦げ目を駆使しているのでしょうか。とてもうっとりとする造詣なのに僅かに上がっている口元の流線からとても清々しい。それから、私が両手で大事そうに抱えるのはパウダーで描かれた赤く淡いハートでした。だから、想っているんです。そしてその想い人が誰かは、──しか知らない。

「よ、よろしければみなさん一口ずつ・・・」
「ほんと! ラッキー!」
「ダメだ! それはフラジールの分だ!」
「アルフレッド様・・・?」
「アルフレッド、何よ急に大きな声出しちゃって」
「いや、そのだな・・・なんだ。・・・それはリアムからフラジールへの贈り物みたいなものだ! 伝統あるスプリングフィールド家に代々仕える従者一家に連なるものとして、大切に気持ちを込めて贈られた物を無碍にするようなそんな恩知らずの恥ずかしい行為は僕が許さない!」
「はぁ!? なんで一人だけ弁当が違うくらいで大切な贈り物判定になるのよ! 意味わかんない!」
「ミリア、それ十分に特別じゃない?」
「えっ、そうなの?」

 ちょっと雰囲気に流されがちな私の間違いをアルフレッド様が一生懸命になって正してくれた。ありがとうございます、アルフレッド様、そして──。

「・・・」
「まだみんなには内緒だよ、フラジール」
「は、はい・・・うぅ」
「ほら、ハンカチ」
「ありがとうございます・・・」
「泣かないで」
「でも、寂しいですぅ」
「僕もだ。だけどまた必ず会える。それまでの間、僕の親友を支えてあげてね。フラジールはもう立派な側仕えさんだ」
「もちろんです!」
「頼もしいね・・・」

 ──リアムさん。

「ヘクシッ!」
「風邪かリアム?」
「それでなんだ、改まって話って・・・」

 リアムとティナ、それからアイナ、ウィル以外のメンバーたちが雪山での合同訓練をしていた同日の夜のこと、改まって話があると家族をテーブルに集めたリアムが季節外れのくしゃみをする。誰か僕の噂でもしてるのかな・・・そういえば今頃、フラジールは弁当箱を開けたかな? 泡ができないようじっくりと、パンケーキアートの要領で卵白焼きで彼女を描いてみたんだけど。本来ならパンケーキ生地ほど粘り気がなく型を取りにくい卵白焼きだが、そこはほら、焼きむらなんかも含めて魔法でチョチョイとね。・・・さて、フラジールといえば、先日密かに彼女に打ち明けたことを、今から家族に打ち明けなければならない。──Ready?

「父さん、母さん、僕・・・改めて、旅に出たいと思っています」
「旅・・・?」
「えっ、ちょっと待ってリアム、今なんて・・・」
「リアム・・・?」

 まあ、唐突な告白だよね。だからそういう反応は当然だ。でもね、実はこの唐突な告白について僕は前に一度葛藤してるんだよ。だからその時のことを思い出してもらえると、すんなり話の筋が見えてくるんじゃないかと思う。

「あー・・・旅といっても、たまには帰ってこようと思ってる。食料調達やらで、この街にはダンジョンの交換所も鈴屋もあるから・・・やっぱり、驚くよね」
「もちろんよ! そんな突然、驚くに決まってるわ!」
「そうだぞ! こんな突然・・・ッ!」
「おどろく!」

 ウィル、アイナ、ティナが各々驚きを口にする。
 
「でも、僕の中では突然じゃないんだよ。ある日からずっと考えてたことで、ようやく思いの形がくっきり、はっきりしたから今日、みんなに話すことにしたんだ」
「そりゃあまあ、こんな話を思い立ったからじゃあ今日旅に出ますなんて言うような子じゃないが・・・」 
「そうよね・・・ウィルの言った通りリアムはそんな軽い気持ちで私たちを振り回すようなことはしないはず・・・でもどうして? ある日っていつのこと? 深く考えるほど以前から考えていたとして、今日話をしたのはエリオットが産まれたから?」
「それもある・・・一つの節目としていいタイミングだ」
「そんな・・・でも私はエリオットが産まれたからって、あなたもちゃんと・・・」
「ちゃんと僕は母さんと父さんのこと信じてるよ。あくまでもタイミングとしては悪くないなと思っただけ・・・そう思ったから」
「それじゃあエリオットのことは・・・」
「直接的な原因じゃない。エリオットは僕が言いにくいことを家族に相談する、その勇気をくれたんだ」

 そう、エリオットが生まれたことはあくまでも僕が僕の中に秘めた感情を露わにする後押しをしてくれたに過ぎない。 

「・・・まずは、僕が昨日今日の気まぐれで決意したんじゃないこと、・・・を理解してくれてありがとう。それじゃあ、母さんの質問に答えるよ? まず、ある日がいつのことなのか・・・この考えが心に引っ掛かったのは、今年のこと、今年の・・・2月頃の話かな」
「2月、それって・・・」
「まさか・・・」
「あの日・・・?」
「多分、いや、どうやらみんな同じ日、同じ時を想像してるよね」

 僕はみんなが同じ時を回想していることを確信する。まあ、例え微妙に違ったとしても、その前日、はたまたそれら全ての元凶となったあの事件から数えても多少ズレるだけで誤差だ。

「思い立ったのはファウストと接触して異国に飛ばされた後、僕を探しにきてくれたみんなと再会したあの日のこと」
「そんな・・・でもならどうして・・・尚更、歯痒いわ」
「あの日、母さんは転生者の僕を受け入れてくれた。故にその歯痒さはわかる・・・そう、だからこそわかってるんだ。あの日母さんが僕に言ってくれたこと、一つも忘れてないよ」
「もちろん私だって忘れてない、色褪せてない! それは今も変わってないわ!」

 母さんが強く、強く僕を見据えて抗議する。私が息子をより深く知った大切な日のこと、その日のやりとりを、感情を、想いを忘れたなんて思ってる? ──いいや、そんなことあり得ない、絶対にありえないと訴える。

「・・・世界を放浪するなんて大それたものじゃない。純粋にこの世界の他の所も見てみたいなって思ったんだ」
「国からは出るつもりなのか?」
「うーん、今は出るつもりはない。けど、出るとなったらちゃんと一度父さんたちに報告に来るよ」
「・・・そうか」

 既に、言いたいことは母さんが言ってくれた。そんな面持ちで父さんは冷静に話を進めてくれる。・・・この世界を見て回らないのは損以外の何物でもない。ジッとしていても脅威はやってくるんだ。なら、僕は直人の時から抱いている長い夢の続きを追ってみたい。

「私は・・・どうすれば・・・」
「僕はスクールの初等部を卒業したのち、本来まだ初等部に通うはずだった後の2年間を使って旅をしようと思ってる。そしてその2年後、王立学院の中等部に入学するつもりでいる」
「じゃあ・・・」
「ティナは、自分の人生を歩むんだ。といっても、まず初等部並びに中等部までにはしっかりと通うんだ。あるいはそれに相当する教養を身につけること。そこまでは僕の額で縛らせて欲しい。だけど選択は自由だ。中等部からはノーフォークに留まったって、それこそ王立学院に来たっていい」

 右手を亜空間へと突っ込む。そしてそこから取り出した一枚の紙を持ってして──。

「この1つの願い以外で、僕はもう、君を一欠片も縛らない」
 
 額縁の中に飾っていた、全てのパズルピースを差し出す。見窄らしい額付きだが、それを取り換えるか、はたまたこれから先、そのピースをどのように組み合わせて、誰のピースと組み合わせていって、そしてどんな絵を描こうとそれは全部君の自由だ。

「・・・受け、取れませんッ」
「ダメだ。僕はこの紙にもう未来永劫触れるつもりはない」
「いやです・・・だってこれは、私とリアムの・・・」

 ティナの肩が、腕が、手が、腹が、足が、胸が、頭が、耳が、尻尾が震える。曰く全身を迫りくる吹雪に負けぬよう震わせるその瞳には涙を溜めて、・・・いや、もう決壊したか。苦しいから苦しいのではなく、怖いから苦しいんだろう。でも、こんな紙切れがなくなろうとも、僕らの絆はきっと消えない。

「絆ならもうできた」
「それでも、少しでも繋がりを確かなものへ、強固なものにする要素があるのなら私はソレが欲しい!」
「ティナ。悪いけど、これにはもうそんな拘束力はない。異質すぎて交わらない」
「でも・・・でも・・・」
「わかってるはずだ。僕らはもう、この関係に縛られる必要はないほどの時間を共に過ごした」

 それは、過去の改変が一切不可能であるが故に。

「それはゴブリンの秘薬か!」

 自ら絶たなければ消えない思い出の不可逆性を盾に、更にリアムがティナの奴隷契約書に続き机の上に置いたのは、奴隷である彼女の代わりにずっと保管していたゴブリンの秘薬である。

「これもティナのものだ。どうするかはティナの自由だ」
「違う・・・それは、リアムの」

 ──その隙は、与えない。

「繰り返すの?」 

 この秘薬の所有者についてはもう既に話し合い解決済みのはずだ。それともなんだ、そうすると君は僕と造った過去を軽視するのか、詰まりなかったことと同義にしてしまうのか。

「・・・いいえ」
「じゃあ、受け取って」

 全ては君のため。でも、やっぱりズルい・・・。

「・・・ッ!」

 ──ゴクゴク。

「ティナ!?」
「ンプッ、ニガッ!・・・お、おいしかった・・・ケホ」
「いや、無理して美味しいって言わなくていいよ」

 リアムが己の言動を振り返りながらも訂正することも叶わず無力にも許してくれと唱えていると、ティナが差し出したビンの蓋を開けて秘薬を一気に飲み干した。それにしても、こういうのが不味いのはお約束なのね。飲み干して3秒後からのティナのむせ方がひどい。

「ケホ・・・これはもう、私のもの」
「うん、そう・・・だね・・・大丈夫?」
「大丈夫です。・・・私は、リアムについていく。リアムが王立学院に行くのなら私だって行くし、旅にだって!・・・でも、それは・・・今じゃない」
「・・・そうだ、今じゃない」
「絶対に、逃しませんから。私にはリアムがどんな場所にいようと、どんなに離れた場所に在ろうと、探し出せる鼻と、羅針盤があります」

 ゴブリンの秘薬を飲んで新しく《テイム》のスキルを得たティナ。果たして彼女はどんな相棒を見つけるのだろうか。今からこれまででも十分に優秀だった彼女の将来が、僕は本当に楽しみでならない。

「・・・カリナが、怒るわよ。あなたに来年会うのを心待ちにしていたから」
「知ってる・・・手紙で改めて謝っておくよ」

 やがて、話は終盤へと差し掛かる。

「ねぇ、もう一つだけわからないの。教えてリアム」
「いいよ。なんでも聞いて」

 すると、アイナがリアムに聞きたいことがあるという。同時にリアムは直感で悟る。きっとこれが、この旅の許可を得ると共に、ラストボス《Ver.テール》再戦の許しを得るために最も必要な関門であると。

「リアム、あなたは私たちが愛してるあなたを、愛してる?」

 ──っ。

「・・・愛してるよ、母さん」
「そう・・・」

 自分を愛することができなければ、愛する心には歪みが生まれる。ただしその歪みは愛するその人から、自分への愛に生まれるものである。

「母さんは?」
「私? 愚問ね。あなたが嫉妬に狂ってしまうくらい、私はあなたたちを愛する私を愛してるわ」
「父さんは?」
「愛してるとも・・・それはこの先ずっと、変わらない誠実な愛だ」
「・・・ティナ」
「私は・・・みんな大好きです。そしてみんなを大好きでいられるそんな私が大好き」

 愛し、愛されなさい。それは、僕の脳のどこか滞っていた場所をほぐすような・・・──。

「ただいま・・・」

 天気予報は大外れ、突然降ってきた土砂降りの雨、濡れることを気にも止めなかった独りぼっちの帰り道。やっと帰り着いた頃には小雨になっていたが傘もささず空に晒していた体はびしょ濡れで、背を扉に預けながら玄関で一呼吸、耳に残る響きと壁の向こうで落ちる雨音、特に時折力強く跳ねる一番近い軒下の雨だれを比べてみる。

「おかえり、雨で大変だったで・・・びしょ濡れじゃない直人! ふいてあげるからこっちにいらっしゃい!」

 すると、つい今し方に帰ってきていたらしい母が出迎えに来てくれて、びしょ濡れの僕に気づいた。慌てて態度を取り繕う最中、ふと視線を下にやると母のパンプスが爪先をこちらに向けて並んでいたので、電気がついてなかったから誰もいまいと安易に判断したのは僕のミスだ・・・さっきのアレ、見られてなかったよな。

「ちょ、やめてくれ!自分で拭けるかあぐもぼ!」

 生意気言って反発する自分を強制的に黙らせる攻めの姿勢。玄関だからか、応急処置だからか、拭きかたはちょっと荒いのだが、それでも風邪をひかないようにと髪がボサボサになるまでしっかり拭きあげる入念さがあった。

「いやーまいったね、急に降られちゃって」
「あらお揃い。仲のいいこと」
「お揃い? なるほど・・・いいなぁは」
「・・・おかえりなさい」
「おかえりなさい、お父さん」
「ただいまー」

 示し合わせたかのように、されど偶然、頭と腕の水が拭き終わった頃にびしょ濡れの父が帰ってきた。・・・そう、帰ってきて母に頭を拭かれた自分を見てボヤいたのに僕がちょっと引いてしまった人物は、ナオトの方の父のはずだ。

『リアムか・・・』

 僕の思い出の一部が現在(イマ)に侵食されて変わってしまう。でも、現在は確かにリアムは僕で、直人も僕なのだから深くは考えまい。だって理屈ではその体験は直人がしたものだと解かっているから。それに、今、まさに僕が感じているのはあの時と同じ感覚で、まつげに受けた水でぼんやりしていた視界を拭ってもらった時のようにやさしい感覚である。これは家族を騙し、自分を騙し、そんな自分をものすごく嫌っていたあの日の僕に向けられた過去と現在からのメッセージだ。──そのメッセージはみんなから僕へと収束し、そして僕からみんなへと拡散して返されていく。

『君には、尋ねるまでもない・・・でも』
『愚問です』
『・・・』

 君の即答のせいで、愛想笑いが表情じゃなくて足の裏に張り付いた。おかげで我慢を失った顔には、複雑さが滲み出る笑みが残り、指を強く折って我慢する足の裏には何本もの皺・・・ただ一つの心残りが、もしこの時間を残りの家族にも分け合えたなら。 

「・・・そっか」

 ここにいないカリナ、それに父、母、妹・・・と──、もう帰ることもないであろう向こうの世界でお世話になったあなたたちにも。

 旅に出ます。
 元々決意していました。突然の通知となりましたことをお許しください。
 ただ、故郷が恋しくなったり食料調達だったりでたまに帰ってくるので、その時はよろしく。

「はじめに言った通り、たまに帰ってくるから。僕には転移魔法がある」
「いつでも帰ってらっしゃい」
「ああ、いつでも帰ってこい・・・ここがお前の家だ」
「例え契約が切れても、私はいつまでもリアムの味方」

 濡れた頭を拭いて背中を強く押してくれる家族がいるのは、今も昔もこんなに心強いものなのか。

「あり・・・」

 が──。

「うぇぇ・・・うぇぇええん!」
「とっ・・・」

 父さん手製の揺り籠の中で眠っていたエリオットが起きて、締め括りは一時中断される。

「はいはい、エリオット。どうしたのかしら・・・」
「お腹すいたんじゃ?」
「いいえ、違うわね・・・これは・・・きっと、大きな決断をしてお兄ちゃんに一生懸命頑張ってって言ってるのね」
「・・・」

 嬉しいやら寂しさやら、赤ん坊の泣き声が空間から体に染み渡り、また床でも壁でもなく天井に張り付いてしまった涙は雨だれとなって部屋中に落ちる。その光景はまるで病弱なショパンが死の淵で・・・いや、今はやめておこう。ポツンという音が余計に物事の意義と虚しさの境界を曖昧にしてしまう。しかし雨滴は偶にこの空間に張り巡らされた糸に落ちるため見失うことはない。灰、橙、水、青、紺、音に紛れた5色の糸に6色目の色を生み出し、家族を繋ぐ絆の糸を柔く湿らせ受け入れられる。まだ純粋な透明色、光にのみ反応する6色目の糸が加わった編み物の空間模様はより複雑となり、美しく絡み、雅な輪をかけ、巧みに飾り、結び目は強く、頑なに。

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