アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜
255 Birth of Snow & Eliot
「痛いいぃいい!!!」
「頑張れニカ!」
7月下旬、──大暑。
「ウェエッェ、ェアア!」
「やったぞニカ!」
「はぁ・・・はぁ・・・へへっ、・・・男の子? それとも・・・」
「元気な女の子ですよー。はい、抱いてあげてお母さん」
「ありがとう・・・はじめまして私の赤ちゃん・・・ママですよー。そしてこっちの男前が」
「パパだぞー・・・」
「ふふっ、抱いてみるか?」
助産師によってニカに手渡された我が子はまだ髪の毛がベタっとして多少血もついていた。だが、いざニカから受け取ると何とも言えない幸福感に襲われる。
「こ、怖いな・・・ニカ、そろそろ頼むよ」
「もう?・・・ふふっ、しようがないパパだな」
「こういうときは女のほうが頼りになる。これはエルフでも人間でも何百年も前から変わらん性さ」
「ですねー」
出産直後だというのに、旦那より嫁の方がしっかりしてる。こういう時の女ってのはやっぱり強い。
「ええい産声が上がっていつまで待たせるつもりだ! 生まれたのか! 生まれたんだな!」
「勝手に入っちゃダメだよカミラ!」
そんな人生で最も幸せな瞬間を噛み締めていると──。
「騒々しいね〜、この子はまったく、赤ん坊の産声とどっこいどっこいだよ」
「す、すみません・・・そ、それで、女の子か!?」
「落ち着きなさいと言ったばかりというのに・・・しかし気持ちはわからんこともないよ。エド、私は先に片付けの準備をしているから、孫の顔をしっかり目に焼き付けてから手伝いにきなさい」
「わかった、ありがとう母さん」
「よければお義父さんとお義母さんも祝福してやってください」
「もちろんだ!・・・わ、私の・・・初孫・・・何てちっちゃくて可愛らしい」
「こんにちは、おじいちゃんとおばあちゃんだよ・・・この小さな手、ウォルターたちが生まれた時のことを思い出すね」
ニカの抱えている子の顔を覗き込むと、そこには可愛らしい赤ん坊がいた。クシャッと生まれたばかり過ぎてまだ顔立ちは定かではないが、カミラやウォルター、そしてニカちゃんの血を注いでるんだから絶対美人になるはずだ。きっと愛に溢れた優しい子に育ってくれる。
「そうだな・・・あっ、でもおばあちゃんはなー・・・んー、まあこの子のためだけだったらそう呼ばれてもいいか」
「だよね。ウォルター、ニカさん、この子の名前はもう決めてあるのかな?」
「はいお義父さん。この子の名前はスノーです」
「そう。家名を含めて続けるとスノー・ホワイト」
「スノー・ホワイトか・・・いい名前だ」
「ん? たしかにいい名前だがウォルター、ニカ・・・今は夏だぞ?」
「生まれた季節じゃなくて宿った季節にしよう・・・ウォルターが宿った時点で命は命だろって。誕生も1つの境ですけど、だからといってその前にこの子が私のお腹の中で過ごした時間を軽んじられないって」
「ウォルター・・・どうして、そう思ったんだ」
「きっかけはブレイフさ。まだ発現して1年経ってない俺の相棒だが、俺たちはその前からずっと同じ人生を歩んでいた。あいつはずっと俺の中にいた。同じようにこの子もずっとニカの中で成長してたんだ・・・分娩されて初めて独立するとしてもその期間を無視することが、俺にはできなかった。誰かが側にいてくれて、その一緒にいる時間の大切さを楽しい時にも辛い時にも忘れないで欲しいと思ったんだ」
名前の由来は暗に季節に捉われるのではなく、そこにはウォルターの願いと今日までスノーを守ってくれていたニカへの感謝が詰まっていた。もちろん、これからは2人で全力で守る所存だろう。
「それは、とても素敵な由来だね」
「そうだな、それに私たちも最近はこっちにいられる時間が増えた・・・だから」
ありがとうウォルター、ニカちゃん、そしてスノー・ホワイト。ぼくはまた、誰かに救われた。あの日ウィル、アイナ、カミラ、リゲスに救われたように、ウォルター、ラナ、レイア・・・君たちに今も救われているように。
──スノーが生まれたその2週間後。
「痛いいぃいいいいいい!!!」
「頑張れアイナ!!!」
季節は夏のままだが月を跨いで8月上旬のことである。ついにアイナの陣痛がはじまった。分娩室となった寝室から何とも言えぬ苦痛の叫びが家中に響き渡る。
「頑張って・・・!」
僕の部屋で一緒にその時を待つティナはずっと祈っていた。一方、僕はというと──。
「イデア! 安全に行使できる無痛分娩とかその類の魔法ないの!? 硬膜外麻酔みたいな物理的アプローチでも構わないから!!!・・・あ、やっぱそれはやめとこう!」
「・・・」
「イデア?」
「どどど、どうしましょう! 人間の子供の出産なんて初めてで、わたし・・・とりあえず無痛の魔法を! ああだけど、下手に麻酔をかけてしまって母子に影響が出ないとも・・・こんなことならマスターの体を使って先に人体実験しとくべきでした。私は何て怠惰な・・・」
「落ち着いてイデア。い、一旦深呼吸しよう」
リアムに促されて気休めに精神世界で深呼吸したつもりを実践するイデア。あの、今人体実験がどうのって・・・しばらくは・・・できれば一生肉体改造も人体実験もお断りだよ? 
「ハァー・・・すいません取り乱して。なにせ肉の設計はソー・・・」
「ソー?」
「ソー・・・そう、星の生命は命の精霊王とその3人の側近が神に与えられた特別な魔道具を使って管理していたという噂があったりなかったり・・・尤も側近の方のうち1人は先の聖戦中に消滅し、王も行方知れずになってしまった・・・兎にも角にも私の守っていた宝物庫のアーカイブになかった情報のため、宝物番の下っ端にはわかりかねる情報なんですよねー・・・」
「そうなの?」
「ソー・・・なんです」
大慌てのてんやわんやから一転、イデアの雰囲気がガラリと変わる。きっと彼女は思い出してるのだろう。過去の記憶、聖戦のあった世界の記憶を。
『産後はカバーできますが前となると・・・私としたことが危うく墓穴を掘るところでした。私は既に世界の歯車から外れ、そして同じ境遇の友を2人得ました。でも・・・また、叶うことならもう一度だけあなたたちに会いたい・・・あなたにも・・・ソーマ・・・』
過去に持っていて、現在(イマ)失ったものをふと数える。知ったかぶりの知識じゃない哀。人であるナオトと魂で繋がってしまったからか、それとも元々私の中に眠っていた感情なのか・・・それは今となっては検証しようもない。でもこんなにも狂おしい・・・寂しい・・・愛おしい・・・切ない・・・ようやく・・・もう一度・・・今更・・・、同調であの時見たベルの気持ちを本当に理解──。
「アァ、ェワぁア!」
「──っ!」
「生まれた!?」
「・・・」
初め詰まったような呻きから一転、噴火の爆発音の如く轟くこの産声・・・生まれたようである。はぁあああ、終始狼狽てばっかりだったなぁ。前世で妹が産まれた時僕は立ち会えなかったから、出産の付き添いは実は今回が初めてなんだ。今の今までかなり不安に駆られて落ち着きを欠いていたが、ここから先は兄として恥ずかしくないようにしゃんとしないと。
「生まれましたよ。どうぞ入ってもらって結構です」
「ありがとうございます」
父さんと母さんの寝室の扉を開けて出てきた助産師さんに招かれて、僕とティナは母さんと父さんと、そして新しい弟か妹が待つ場所へと足を踏み入れる。
「きたな」
「・・・ほら、あなたのお兄ちゃんとお姉ちゃんがきたわよ」
「お兄ちゃんか・・・」
「お姉ちゃん・・・」
僕はその懐かしい響きに力が入り腕をブルッと震わせる。兄といえば、もう家族同然のティナが一緒に暮らしているものの、彼女の場合同い年であるから一般的な兄妹というより双子の兄妹というか、それもまたちょっと違うような、あくまで対等な関係のつもりだったから兄妹ですと世間一般の型に合わせるのは今日まで難しかった。だが、この曖昧な関係にも共通の新しい繋がりができたために線引きがしっかりとされて、対等かつ兄と妹の関係がここに成立した。
「元気?」
「ええ、元気な男の子よ。お兄ちゃん、お姉ちゃん、挨拶してあげて」
疲れ切っている自分の隣に寝かされたおくるみに包まれた赤ちゃんを、アイナは男の子と言った。ということは弟か・・・いいなぁ、妹も可愛かったが今こうして目の当たりにすると、当たり前のようになんともいえない愛しさが心の中が溢れる。・・・嬉しいなぁ。
「はじめましてー・・・」
「は、はじめまして・・・」
「ハハッ、かわいいだろ?」
「そりゃあなんてったってカリナ、リアム、ティナの弟なんですもの。だからかわいいだけじゃなくて、きっと強い子に育つわよ〜?」
「俺は!?」
「フフ・・・そして、ウィルの息子」
「ンフフーン!」
微笑みとともに、アイナがちゃんと仲間に入れてくれた途端ウィルが緩み切った表情で今ここにいる家族全員を視界に収めてニマニマする。・・・僕が生まれた時もこんなんだったんだろうか。その時のことを想像するとちょっと気持ち悪いが、ちょっと嬉しいような、照れくさい。
「・・・」
「どうしたのリアム?」
「その・・・生まれたばかりでちょっと急ぎすぎかなって思うんだけど」
「なに、言ってみて?」
「うん、名前はどうするのかなぁって」
その後、ずっとニマニマ見守ってくるウィルの視線を避けるのも兼ねて黙り込んで弟の顔をじっくり覗き込んでいたもんだから、アイナは首を傾げて「どうしたの?」と尋ねてくれる。なので僕も心の中でポワンと浮かんでいた疑問をふと吐露してしまった次第、過去に別の肉親を持つカリナとティナを除き、2人から唯一血を分けてもらった僕の名前は父さんからもらったものだ。ならば今度はアイナの名前をもじるのか、しかしこの子は男の子だし流石にちょっと無理がある、だったら、と、純粋にこの子の名前のことが気になった。
「実はもう決めてあるのよ」
「そうなの?」
「男の子だったらエリオット、女の子だったらマリカ」
「それって・・・」
「そうよ。カリナのね・・・私の姉とお義兄さんの名前」
アイナの姉とお義兄さんといえば、カリナの本当の両親である。
「カリナには妊娠してることをみんなに話した後に出した次の手紙でね、尋ねて許可をもらってるわ・・・あなたの両親の名前を貰いたいって書いたら返信ですごく喜んでくれていて」
「そうだったんだ・・・」
「ああ。エリオットさんは俺の知る限り最高の騎士で、マリカさんはアイナも手本とする素晴らしい淑女だった。そんな2人の名前が貰えるのならとアイナと2人で話し合って決めていたんだ・・・」
すると、途中の発言で気になるところがあったのだろう・・・いや、あったのだ。”2人で”と口にしたところでウィルの言葉が僅かに祝福とは別の感情を含んだ。
「気にしないで、父さん。子供の名前を親が真剣に悩み抜いて考えた・・・それはごく当たり前のことで、とても自然だと僕は思うよ。ね、ティナ?」
「はい・・・私もそう思い・・・ます。・・・私も、そう思いたいです」
「それはもちろん、俺たちも胸張って威張れるから安心してくれっ!」
リアムは悟る。ウィルは勝手に相談もなかったことを気にしていたんだと。事実、両親が子供の名前を真剣に考えてつけたのだから胸を張ってればいいものの、ウィルとアイナは引目を感じて少し居心地の悪さを感じていた。だがそれも仕方のないこと。この家族は世間一般の家族からすると中身はそう変わらないが形がかなり特殊すぎる。しかし、ウィルが心の隅に抱えていた不安が実はもう一つだけ──。
『事故で早くに亡くなってしまった2人の名前。だが現在(イマ)は状況が違う。この子を愛し守ってくれる家族がなんと俺を含めて5人もいる。なんとも頼もしい限りじゃないか・・・』
命名に際し僅かに憚られた理由が他にもあった。しかしそれは至って些細なこと。名前は名前、この子はこの子、そして過去は現在(イマ)を作るが現在(イマ)とはまた違う。現在が過去より良きものとなるか、それとも劣化するかどうかはこの子の周りの俺たち次第だと今一度ウィルは肝に銘じる。・・・そう、気づけたのもお前のおかげなんだぞ、リアム。
「この子の名前はエリオット、次男にして4番目の子で末っ子。だけど他の子たちにも負けない気高い心を持って・・・他の子たちと同じように誰かを幸せにしてくれる心を育んで欲しい」
「疲れてるだろ、さ、・・・今はゆっくり休めアイナ」
「ありがとうみんな・・・それじゃあ・・・」
極度の緊張と痛みから解放されたところで、うつらうつらとアイナのまぶたが重くなってきた。ここは自宅のベッドで側には家族がいるから安心して眠ることができる。
「リアム」
「なに?」
「ありがとうな・・・それと・・・その・・・晩飯なんだが・・・」
「・・・わかった。任せてよ」
産後の体にやさしくて母乳にも配慮した美味しい食事を作ろう。前世でも、母の妹の産後の食事管理を手伝ったからその辺の知識は足りているはずだ。
「ティナ、手伝ってね」
「はい、リアム」
僕とティナはエリオットの子守を優しく母さんの寝顔を見守る父さんに任せてキッチンへと向かう。今夜の食事は・・・そうだな、夏バテ、冷え、栄養素なんかを考えるとサンラータンや最近市場でたくさん並んでるのを見るカボチャ入りミネストローネ・・・体に優しいものって考えたとき、病食でもないのに汁物が一番に浮かぶのはなんだかなぁ。それじゃあ一旦スープはおいといて、メインはエスニック系でいこうか。ここはシンプルにチキンソテープレートかな。そうするとタレに生姜を混ぜたりして・・・ああ、想像が膨らむのは結構だが、一番忘れちゃいけない大事なことがあった。張り切り過ぎて、作り過ぎての食べ過ぎ注意、だね。
「頑張れニカ!」
7月下旬、──大暑。
「ウェエッェ、ェアア!」
「やったぞニカ!」
「はぁ・・・はぁ・・・へへっ、・・・男の子? それとも・・・」
「元気な女の子ですよー。はい、抱いてあげてお母さん」
「ありがとう・・・はじめまして私の赤ちゃん・・・ママですよー。そしてこっちの男前が」
「パパだぞー・・・」
「ふふっ、抱いてみるか?」
助産師によってニカに手渡された我が子はまだ髪の毛がベタっとして多少血もついていた。だが、いざニカから受け取ると何とも言えない幸福感に襲われる。
「こ、怖いな・・・ニカ、そろそろ頼むよ」
「もう?・・・ふふっ、しようがないパパだな」
「こういうときは女のほうが頼りになる。これはエルフでも人間でも何百年も前から変わらん性さ」
「ですねー」
出産直後だというのに、旦那より嫁の方がしっかりしてる。こういう時の女ってのはやっぱり強い。
「ええい産声が上がっていつまで待たせるつもりだ! 生まれたのか! 生まれたんだな!」
「勝手に入っちゃダメだよカミラ!」
そんな人生で最も幸せな瞬間を噛み締めていると──。
「騒々しいね〜、この子はまったく、赤ん坊の産声とどっこいどっこいだよ」
「す、すみません・・・そ、それで、女の子か!?」
「落ち着きなさいと言ったばかりというのに・・・しかし気持ちはわからんこともないよ。エド、私は先に片付けの準備をしているから、孫の顔をしっかり目に焼き付けてから手伝いにきなさい」
「わかった、ありがとう母さん」
「よければお義父さんとお義母さんも祝福してやってください」
「もちろんだ!・・・わ、私の・・・初孫・・・何てちっちゃくて可愛らしい」
「こんにちは、おじいちゃんとおばあちゃんだよ・・・この小さな手、ウォルターたちが生まれた時のことを思い出すね」
ニカの抱えている子の顔を覗き込むと、そこには可愛らしい赤ん坊がいた。クシャッと生まれたばかり過ぎてまだ顔立ちは定かではないが、カミラやウォルター、そしてニカちゃんの血を注いでるんだから絶対美人になるはずだ。きっと愛に溢れた優しい子に育ってくれる。
「そうだな・・・あっ、でもおばあちゃんはなー・・・んー、まあこの子のためだけだったらそう呼ばれてもいいか」
「だよね。ウォルター、ニカさん、この子の名前はもう決めてあるのかな?」
「はいお義父さん。この子の名前はスノーです」
「そう。家名を含めて続けるとスノー・ホワイト」
「スノー・ホワイトか・・・いい名前だ」
「ん? たしかにいい名前だがウォルター、ニカ・・・今は夏だぞ?」
「生まれた季節じゃなくて宿った季節にしよう・・・ウォルターが宿った時点で命は命だろって。誕生も1つの境ですけど、だからといってその前にこの子が私のお腹の中で過ごした時間を軽んじられないって」
「ウォルター・・・どうして、そう思ったんだ」
「きっかけはブレイフさ。まだ発現して1年経ってない俺の相棒だが、俺たちはその前からずっと同じ人生を歩んでいた。あいつはずっと俺の中にいた。同じようにこの子もずっとニカの中で成長してたんだ・・・分娩されて初めて独立するとしてもその期間を無視することが、俺にはできなかった。誰かが側にいてくれて、その一緒にいる時間の大切さを楽しい時にも辛い時にも忘れないで欲しいと思ったんだ」
名前の由来は暗に季節に捉われるのではなく、そこにはウォルターの願いと今日までスノーを守ってくれていたニカへの感謝が詰まっていた。もちろん、これからは2人で全力で守る所存だろう。
「それは、とても素敵な由来だね」
「そうだな、それに私たちも最近はこっちにいられる時間が増えた・・・だから」
ありがとうウォルター、ニカちゃん、そしてスノー・ホワイト。ぼくはまた、誰かに救われた。あの日ウィル、アイナ、カミラ、リゲスに救われたように、ウォルター、ラナ、レイア・・・君たちに今も救われているように。
──スノーが生まれたその2週間後。
「痛いいぃいいいいいい!!!」
「頑張れアイナ!!!」
季節は夏のままだが月を跨いで8月上旬のことである。ついにアイナの陣痛がはじまった。分娩室となった寝室から何とも言えぬ苦痛の叫びが家中に響き渡る。
「頑張って・・・!」
僕の部屋で一緒にその時を待つティナはずっと祈っていた。一方、僕はというと──。
「イデア! 安全に行使できる無痛分娩とかその類の魔法ないの!? 硬膜外麻酔みたいな物理的アプローチでも構わないから!!!・・・あ、やっぱそれはやめとこう!」
「・・・」
「イデア?」
「どどど、どうしましょう! 人間の子供の出産なんて初めてで、わたし・・・とりあえず無痛の魔法を! ああだけど、下手に麻酔をかけてしまって母子に影響が出ないとも・・・こんなことならマスターの体を使って先に人体実験しとくべきでした。私は何て怠惰な・・・」
「落ち着いてイデア。い、一旦深呼吸しよう」
リアムに促されて気休めに精神世界で深呼吸したつもりを実践するイデア。あの、今人体実験がどうのって・・・しばらくは・・・できれば一生肉体改造も人体実験もお断りだよ? 
「ハァー・・・すいません取り乱して。なにせ肉の設計はソー・・・」
「ソー?」
「ソー・・・そう、星の生命は命の精霊王とその3人の側近が神に与えられた特別な魔道具を使って管理していたという噂があったりなかったり・・・尤も側近の方のうち1人は先の聖戦中に消滅し、王も行方知れずになってしまった・・・兎にも角にも私の守っていた宝物庫のアーカイブになかった情報のため、宝物番の下っ端にはわかりかねる情報なんですよねー・・・」
「そうなの?」
「ソー・・・なんです」
大慌てのてんやわんやから一転、イデアの雰囲気がガラリと変わる。きっと彼女は思い出してるのだろう。過去の記憶、聖戦のあった世界の記憶を。
『産後はカバーできますが前となると・・・私としたことが危うく墓穴を掘るところでした。私は既に世界の歯車から外れ、そして同じ境遇の友を2人得ました。でも・・・また、叶うことならもう一度だけあなたたちに会いたい・・・あなたにも・・・ソーマ・・・』
過去に持っていて、現在(イマ)失ったものをふと数える。知ったかぶりの知識じゃない哀。人であるナオトと魂で繋がってしまったからか、それとも元々私の中に眠っていた感情なのか・・・それは今となっては検証しようもない。でもこんなにも狂おしい・・・寂しい・・・愛おしい・・・切ない・・・ようやく・・・もう一度・・・今更・・・、同調であの時見たベルの気持ちを本当に理解──。
「アァ、ェワぁア!」
「──っ!」
「生まれた!?」
「・・・」
初め詰まったような呻きから一転、噴火の爆発音の如く轟くこの産声・・・生まれたようである。はぁあああ、終始狼狽てばっかりだったなぁ。前世で妹が産まれた時僕は立ち会えなかったから、出産の付き添いは実は今回が初めてなんだ。今の今までかなり不安に駆られて落ち着きを欠いていたが、ここから先は兄として恥ずかしくないようにしゃんとしないと。
「生まれましたよ。どうぞ入ってもらって結構です」
「ありがとうございます」
父さんと母さんの寝室の扉を開けて出てきた助産師さんに招かれて、僕とティナは母さんと父さんと、そして新しい弟か妹が待つ場所へと足を踏み入れる。
「きたな」
「・・・ほら、あなたのお兄ちゃんとお姉ちゃんがきたわよ」
「お兄ちゃんか・・・」
「お姉ちゃん・・・」
僕はその懐かしい響きに力が入り腕をブルッと震わせる。兄といえば、もう家族同然のティナが一緒に暮らしているものの、彼女の場合同い年であるから一般的な兄妹というより双子の兄妹というか、それもまたちょっと違うような、あくまで対等な関係のつもりだったから兄妹ですと世間一般の型に合わせるのは今日まで難しかった。だが、この曖昧な関係にも共通の新しい繋がりができたために線引きがしっかりとされて、対等かつ兄と妹の関係がここに成立した。
「元気?」
「ええ、元気な男の子よ。お兄ちゃん、お姉ちゃん、挨拶してあげて」
疲れ切っている自分の隣に寝かされたおくるみに包まれた赤ちゃんを、アイナは男の子と言った。ということは弟か・・・いいなぁ、妹も可愛かったが今こうして目の当たりにすると、当たり前のようになんともいえない愛しさが心の中が溢れる。・・・嬉しいなぁ。
「はじめましてー・・・」
「は、はじめまして・・・」
「ハハッ、かわいいだろ?」
「そりゃあなんてったってカリナ、リアム、ティナの弟なんですもの。だからかわいいだけじゃなくて、きっと強い子に育つわよ〜?」
「俺は!?」
「フフ・・・そして、ウィルの息子」
「ンフフーン!」
微笑みとともに、アイナがちゃんと仲間に入れてくれた途端ウィルが緩み切った表情で今ここにいる家族全員を視界に収めてニマニマする。・・・僕が生まれた時もこんなんだったんだろうか。その時のことを想像するとちょっと気持ち悪いが、ちょっと嬉しいような、照れくさい。
「・・・」
「どうしたのリアム?」
「その・・・生まれたばかりでちょっと急ぎすぎかなって思うんだけど」
「なに、言ってみて?」
「うん、名前はどうするのかなぁって」
その後、ずっとニマニマ見守ってくるウィルの視線を避けるのも兼ねて黙り込んで弟の顔をじっくり覗き込んでいたもんだから、アイナは首を傾げて「どうしたの?」と尋ねてくれる。なので僕も心の中でポワンと浮かんでいた疑問をふと吐露してしまった次第、過去に別の肉親を持つカリナとティナを除き、2人から唯一血を分けてもらった僕の名前は父さんからもらったものだ。ならば今度はアイナの名前をもじるのか、しかしこの子は男の子だし流石にちょっと無理がある、だったら、と、純粋にこの子の名前のことが気になった。
「実はもう決めてあるのよ」
「そうなの?」
「男の子だったらエリオット、女の子だったらマリカ」
「それって・・・」
「そうよ。カリナのね・・・私の姉とお義兄さんの名前」
アイナの姉とお義兄さんといえば、カリナの本当の両親である。
「カリナには妊娠してることをみんなに話した後に出した次の手紙でね、尋ねて許可をもらってるわ・・・あなたの両親の名前を貰いたいって書いたら返信ですごく喜んでくれていて」
「そうだったんだ・・・」
「ああ。エリオットさんは俺の知る限り最高の騎士で、マリカさんはアイナも手本とする素晴らしい淑女だった。そんな2人の名前が貰えるのならとアイナと2人で話し合って決めていたんだ・・・」
すると、途中の発言で気になるところがあったのだろう・・・いや、あったのだ。”2人で”と口にしたところでウィルの言葉が僅かに祝福とは別の感情を含んだ。
「気にしないで、父さん。子供の名前を親が真剣に悩み抜いて考えた・・・それはごく当たり前のことで、とても自然だと僕は思うよ。ね、ティナ?」
「はい・・・私もそう思い・・・ます。・・・私も、そう思いたいです」
「それはもちろん、俺たちも胸張って威張れるから安心してくれっ!」
リアムは悟る。ウィルは勝手に相談もなかったことを気にしていたんだと。事実、両親が子供の名前を真剣に考えてつけたのだから胸を張ってればいいものの、ウィルとアイナは引目を感じて少し居心地の悪さを感じていた。だがそれも仕方のないこと。この家族は世間一般の家族からすると中身はそう変わらないが形がかなり特殊すぎる。しかし、ウィルが心の隅に抱えていた不安が実はもう一つだけ──。
『事故で早くに亡くなってしまった2人の名前。だが現在(イマ)は状況が違う。この子を愛し守ってくれる家族がなんと俺を含めて5人もいる。なんとも頼もしい限りじゃないか・・・』
命名に際し僅かに憚られた理由が他にもあった。しかしそれは至って些細なこと。名前は名前、この子はこの子、そして過去は現在(イマ)を作るが現在(イマ)とはまた違う。現在が過去より良きものとなるか、それとも劣化するかどうかはこの子の周りの俺たち次第だと今一度ウィルは肝に銘じる。・・・そう、気づけたのもお前のおかげなんだぞ、リアム。
「この子の名前はエリオット、次男にして4番目の子で末っ子。だけど他の子たちにも負けない気高い心を持って・・・他の子たちと同じように誰かを幸せにしてくれる心を育んで欲しい」
「疲れてるだろ、さ、・・・今はゆっくり休めアイナ」
「ありがとうみんな・・・それじゃあ・・・」
極度の緊張と痛みから解放されたところで、うつらうつらとアイナのまぶたが重くなってきた。ここは自宅のベッドで側には家族がいるから安心して眠ることができる。
「リアム」
「なに?」
「ありがとうな・・・それと・・・その・・・晩飯なんだが・・・」
「・・・わかった。任せてよ」
産後の体にやさしくて母乳にも配慮した美味しい食事を作ろう。前世でも、母の妹の産後の食事管理を手伝ったからその辺の知識は足りているはずだ。
「ティナ、手伝ってね」
「はい、リアム」
僕とティナはエリオットの子守を優しく母さんの寝顔を見守る父さんに任せてキッチンへと向かう。今夜の食事は・・・そうだな、夏バテ、冷え、栄養素なんかを考えるとサンラータンや最近市場でたくさん並んでるのを見るカボチャ入りミネストローネ・・・体に優しいものって考えたとき、病食でもないのに汁物が一番に浮かぶのはなんだかなぁ。それじゃあ一旦スープはおいといて、メインはエスニック系でいこうか。ここはシンプルにチキンソテープレートかな。そうするとタレに生姜を混ぜたりして・・・ああ、想像が膨らむのは結構だが、一番忘れちゃいけない大事なことがあった。張り切り過ぎて、作り過ぎての食べ過ぎ注意、だね。
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