アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

253 繋がりの克服か、殺害か

 鳴いた、泣いた。たった1度の怒り任せの咆哮でマーナを狩り、更には続け様にスコルも容易に殺しかけた僕は強すぎる力に溺れ、迷走していた。本当に大人気なくて嘆かわしい。だけど戦いが終わった後に僕の中に渦巻いていた問題はそれだけじゃなかった。一人だけ意識のあったあの時間はとても長くて、虚しくて、無性に腹が立った・・・転嫁、みんなが僕を戦場に独りだけにしたことが憎らしい。あんなにあっさりと死んじゃって・・・先輩の助言はいらないと身の程を弁えない縛りプレイして、戦いの前には精神統一もせずに綺麗な水晶狩りときたものだ。父さんの問いには寂しくなかったと答えたが、鯔のつまりたまらなく寂しくて拗ねていたのである。
 そうして僕だけを残していなくなったみんなを叱りたいが、下手すれば逆の立場にあった僕に彼らを責める資格はない。何より初見縛りには同意した。この責任に加えて、更に僕の体の中身の話をすれば、僕は彼らよりずっと長い年を重ねているわけで、いい大人が、といってもまだ一度も成人したことがない・・・しかしやはり子供みたいに仲間を怒鳴りつけるのは気が引ける。そんな難しい感情にウィルは父親として蓋をして、来たるべき日へと持ち越す手伝いをしてくれたのであった。ということで──。

「昨日の今日ですまない」
「1日空いたけど・・・?」
「その辺の細かいことは気にしないで・・・」

 みんなを呼び出して早々、なんの実りもなかった反省会から2日後に僕は頭を下げる。

「それじゃあ・・・まずは、ごめん」
「ちょ、どうしてリアムが謝るわけ!」
「今回僕は最も軽傷で済んだんだ。心の葛藤も、体の傷も・・・そして一昨日はもっとみんなに寄り添うべきだった。リーダーとしても、仲間としても、友達としても」
「あっ・・・」

 いきなり僕が頭を下げたものだからみんなは混乱していたが、その理由を話すと納得してしまった。あっ、という表情や吐露、きっと心当たりがあるのだろう。リーダーとしての役目を果たさなかったんだから、もしかしたら憎かったかもな・・・。でもそう思われても仕方ないのかも。これは本当に、僕が一方的に悪かった部分だ・・・本当はもっと一緒にいる時間が必要だったのに、あろうことかみんなが独りになるよう僕が仕向けてしまった。
 
「許してくれる?」
「もちろん、ね、みんな!」

 エリシアが慌てて立ち上がって僕を許すと言うと、同意を求められたみんなは一様に”うん”と返事したり首を縦に振ったりで僕のことを許してくれた。すると、誰一人漏れることなく”うん!”と首を縦に振った直後、ラナから意外にもこんな質問が飛んでくる。

「で、でも・・・リアムはどうして私たちを責めないの?」

 いつも明るくて細かいところまで気にしない大雑把な性格だと彼女をよく知らない人は思うかもしれない。だけど本当は人一倍変化に敏感でな子だ。戦闘中はすばしっこくて、いつも俊敏に動きながら足元に注意を払い仲間の支援を最大限に利用して昇華する。そんな細かい作業を幾重にも積み重ねて、それをいとも簡単にやってのけるもんだから大抵の凡人には大雑把に見えてしまうだけなのだ。

「・・・責めないよ」
「責める責めないって、ど、どういうことなの?」
「わ、わからない・・・」
「はうぅ」
「ン・・・」
「わかるか?」
「いや俺にもさっぱり」
「・・・そう、狼狽ることはない。いったい何について責める責めないの話をしているのか、今は理解できずともお前らならいずれ分かる日が来るさ。リアムは責めないと言ってるんだから今はそれで良しとし、気づいた時に自分なりに改善を試みればいい」
 
 最年長でありながら己の位置づけに慢心することなくまだまだ成長しようという貪欲さは将来こうありたいと希望をくれる。ウォルターはこのパーティーで頼もしき柱で僕も含めた皆の拠り所だ。そしてもうすぐ息子か娘か、1児のパパになる。最近は実年齢より若く見える外見に昔以上に悩みつつも、尊敬される父親になろうと更なる努力を続けている彼はあくなき倫理の探求者である。

「その通り。ウォルターの言う通り肩肘張る必要はない・・・気づいた時に、気づけたときでいいんだ。その時今日のことを思い出せたのなら、次はどうすべきかを考えて、導き出した答えに向かって努力できればそれでいい」

 ウォルターがいいパスをくれた。彼もラナが何について責める責めないを言ったのか理解したらしい。これは他人に諭されて気付く問題ではなく自分で気づかないといけない問題だ。そして、このよくわからない話が皆の興味を刺激して心の闇を紛らわせる。

「さて、それじゃあ・・・コホン。みんな死んだ、そして生き返った。また同じことを繰り返せば次はない」
「ぶ、ぶっちゃけるな・・・」
「このへんは変わらない。悩んでいるうちに気づけば朝を1万回迎えてましたじゃ笑えないでしょ?」
「1万回・・・」
「そんなに私はボーッとしてないわよっ!!!」
「じゃあ、今悩むの辞めちゃってもいいねっ!」
「んな強引な!」
「現実じゃやり直しなんて効かないんだ。死んだことを考えていても多分答えはでない。それよりも機会を得たんだ。負けから学べることがある幸せを感じろ・・・然もなくば一生あいつらには勝てないと思う」

 やり直しがあったお前の口がいうかと、僕の生い立ちを知るものは嘲笑うだろう。だけど彼らは僕じゃない、そして僕は彼らじゃない。人という枠の更に狭い個人という枠を意識して、ついでに当たり前の世界の理をこう、クイッとね。

「でも具体的にはどうすればいい。僕らはあの狼の動きすら捉える暇もなく喰われたんだぞ?」
「ゲイルとアルフレッドの言う通りだ、流石に強引すぎやしないか? あの一瞬は痛みすら感じたかどうか怪しいほどの一瞬だった」

 痛みという言葉をウォルターが発した瞬間に、皆の顔が苦痛に歪む。この反応からして、たしかに痛みはあったのだろう。だが、認識することも気づくこともままならぬほどの一瞬で喰われた。おそらく彼らが死の間際に感じた最後の感覚は、体の中を走り伝わったどこかが千切れる音とぬくい温度、感触であろうか。・・・その瞬間を想像しただけで、鳩尾あたりが虚しくなってくる。 

「だから僕たちは瞬殺という結果から学ぶんだ。同じ敵に2度、負けないように」
「学ぶ・・・しかし何を? やはりそれがわからん」
「それじゃあ何を学ぶべきか考えるためにまずは指針を立てよう。さて、前回の戦いで僕たちに足りなかったものは?」
「足りなかったもの・・・落ち着き?」
「オー、 いいところついてるね。それじゃあどうして僕らは落ち着きをなくした?」
「それは・・・経験が不足していたからだ。新しい世界に、ようやく頂が届きそうになった喜びに浮かれて盲目していた。あのダンジョンで最も強き者に挑もうとしていた矢先にッ!」
「・・・経験か。だが俺たちみんな開始早々呆気なくやられちまった訳だし、経験どころか何もない。ならどうやってそれを獲得する?」

 ──いい感じだ。みんなが前回の反省を踏まえて自分たちに足りなかったもの、今も足りないものを挙げ始めた。・・・みんな、本当に優秀だ。このまま僕と同じ結論に行きついてくれれば・・・。

「方法・・・ある」
「えっ?」
「ティナ・・・それはどんな方法?」
「えっと・・・方法があるっていうより、いる?」
「あっ・・・そういうことっ!」
「えっなになに!?」
「なるほど・・・そういことね」
「だから一体どういうことなのよ!」
「・・・今一度、反省すべき点だ」
「ねぇー!」
「意固地になってた? いやでも・・・」
「そういうことですか・・・」

 素晴らしい! ──ここまでくればあともう一押しだ。種火となったティナのヒントを皮切りに、過誤払拭の火が円卓に広がっていく。ナイス、ティナ。

「ニシシ、私も解っちゃった!」
「ラナだけは私の味方だって思ってたのに裏切られたッ!?」
「フッ、俺もわかったぜ」
「あっ、あんたはいいや」
「#%$&ッ!?」

 傲慢さは焼かれ、のぼせない程度に脳は刺激される。遂にはミリア以外の全員が同じ答えに行き着いた・・・ドンマイ、ゲイル。

「ごめん。・・・僕もちょっとよくわかんないんだけど」
「よかった! 仲間がいた・・・ってリアム!?」
「まさかリアムがミリア側に付くとは・・・さては、お前らできて」
「雷砲!」
「ローズファイア!」

 あらら、妙な勘ぐりするから訂正する間も無く乙女の合体魔法で地平線の彼方へと・・・死んだな。

「あっぶね死ぬかと思った!」
「ちょっ、なんで僕の後ろに隠れてんのさ!」
「だってお前の後ろならこいつらの魔法でも大体防げるし」
「・・・なるほど、理には適ってる。それに父さんが言ってたのはこういう魔の起点・・・って巻き込むな」
「アデッ、テーッ酷いぞリアム。友達だろ、助けてくれよ!」
「まあまあ、庇いはするから・・・エリシアもミリアもここは僕に免じて怒りを収めてくれないかな」
「ま、いいでしょ」
「リアムがそういうなら」
「お前らやっぱ・・・」
「空間固定。さあ2人ともやっちゃって」
「覚悟なさいゲイルッ!」
「リアムがそういうならッ!」
「アァッ!?」

 同じことを繰り返すゲイルの偏った学習能力にはため息を吐くとともに心の中でちょびっとニヤついてしまう。今度こそご愁傷様。息の合った返事で再び繰り出された合体魔法はゲイルを正確に捉え、それでも吹っ飛ばされはせずその場に固定されたままだったゲイルは丸っ焦げ、だが一応2人も手加減していた様でしぶとく息はまだある。体が焦げても魔力の作用で実は重症じゃない場合がある世界、毎度のことながらファンタジーだな〜。

「ありがとうレイア。君だけが天使だッ!」
「これはただの練習、いい練習台があるから。この魔法は体の自然治癒力に働きかける効果があって、症状に応じた特定の治癒力に働きかけるには何よりも経験が」
「・・・なんか、汗が異常に吹き出てるぞ!?」
「あっ、間違えて汗腺を活性化させちゃった!」
「か、枯れ・・・枯れ」
「キャーッ!アリエル水出して!」
「ゴボボ」

 ふむ。治療を受けていたはずが今度は地上で溺れている。最早コメディだな・・・狙ってやってるだろ、あれ。

「それで、結局なんなのよその秘策って」
「そうそう、いい加減教えてくれたっていいだろ?」
「ダメー。ミリアはまだしも、リアムがわからないなんて滅多にないことだから今だけでもこの状況を楽しまなきゃ!」
「まだしもって何よ・・・」
「でも確かに、リアムがわからないなんて珍しいわ」
「そうですね、確かに珍しいです」
「こんなこと、リアムに出会ってこの6年間というもの初めてのことかもな」
「ということでね、リアム。私たちが言ってるのはあなたとティナのお母さんとお父さんや」
「レイアたちのお母さんとお父さん・・・」
「あっ・・・リアムやレイアたちのお父さんお母さんって言えば・・・」
「ちょっとレイア、ティナ!」
「それからリゲスさん・・・もうわかっただろ?」
「やっぱり・・・わかったわ! つまり初代アリア!」
「ウォル兄まで・・・ううう、せっかくのお楽しみがぁ〜ああ」
「いつも理解があるってことは、同時にいつも俺たちが助けられてるってことだろ。だからこういう時こそ助けてやらないとな」

 はい、みんなよくできました。それにしてもなんていい気分なんだ。なんかこう、危うくて見守るべき子供が成長した感じで、ほっと一息つきたくなるなぁ。

「よくわかったよ。教えてくれてありがとう、レイア、ティナ、ウォルター」
「へへっ・・・」
「ン・・・」
「おう」
「でもねみんな気づけたところで問題もあるわよ。今更先輩たちが私たちを助けてくれるかしら」
「たしかに、エリシアの言う通り僕らにアドバイスをくれるかどうか・・・ダンジョン攻略の最前線で戦ってた人たちだし・・・」
「自分たちで考えろと言われたらそれまでですね・・・」
「そのへんは大丈夫と思うよ? 昨日父さんもやる気だった・・・しまった」

 ・・・詰が甘い。でも目的は既に達せられたしよかろう。

「勝って兜の緒を締めよって言葉があるけど、負けても兜の緒を締めよ。生きている限り緒を締め直す機会ならいくらでもある。また負けないために、初代も僕らが再び戦に臨むために緒を引き締めようとしてるんだってわかればきっと手伝ってくれると思う・・・よ」

 これは殺気ッ!──・・・いや、これは溺死した亡霊の怨念!?

「・・・饒舌。その焦り様、やっぱりわかってたんじゃないか・・・ひどいぞリアム」
「リアムったら私のために・・・」
「ハハハ・・・自分で気づくこと、これもみんなが次に進むために必要なことだと思って、だからそんなジトっと睨まないで・・・許してよゲイル」
「よくないっ! 俺はそのために更に2度も死にかけたんだぞ!」
「大袈裟な、ちゃんと手加減はしたわ」
「げ、ゲイル一旦落ち着いて・・・あっ、お詫びと言っちゃなんだけど今度考案予定の新作スイーツをゲイルに一番に試させてあげるよ!」
「なにっ!?それは・・・俺が一番・・・いい響きだ」
「乙女の鉄拳!」
「グホッ──なんで!?」
「ゲイル! 今すぐその権利、私に譲りなさい!」
「いいえ、その権利は私に!」
「わ、私も立候補していいですか!」
「・・・ン、今すぐ私に渡すべき」
「ティ、ティナはいつも一番に味見させてもらってるでしょ!」
「あっ、そっか・・・でも欲しいッ」
「ねぇゲイル、わたしがその傷治してあげるからその代わり!」

 新作スイーツ試食権を得たゲイルを女子たちが一斉に囲い込む。いったい僕はどうしたらゲイルへなんの柵なしにお詫びすることができるのだろう。何もしないのが一番とか言われると寂しいし・・・。

「あっ、私も私も〜!」
「・・・。・・・リアム、ちょっとこっちに、それとラナもだ」
「ウォル兄?」
「・・・わかった」

 すると、ウォルターが何やら意味深な雰囲気を装って新作スイーツ試食権争奪戦に参加しようとしたラナを止めた。そして呼び出された僕たちは庭園の端、少し離れた城の柱の影まで連れてこられた。

「悪かった。俺もラナが言い出すまで気づかなかった・・・許してくれ」

 ウォルターが深く頭を下げて謝る。

「ウォル兄・・・私も、調子に乗って水晶採集なんてするより、少しでも長く備えるべきだった、ごめん・・・そして1人にして、ごめん」

 そしてラナも兄に続いて同じように頭を下げた。自分たちが浮かれていたこと、同時に僕を1人残してしまったことに対しての謝罪、やはり彼らはわかっていてくれたのだ・・・それから──。

『そういうことか・・・』

 約1名、ゲイルの権利争奪戦にも参加し損ねてこっそり後をつけてきた彼も理解した。親元を離れて学業に励む日々、辛いこともあるけどそんな時は仲間たちと冒険に出かけて発散する。自分も、もし仲間たち全員が目の前で死んで取り残されたとしたら、どれだけの傷を心に負うか、どれだけ、どれだけと想像もできないほどの絶望と憎しみに囚われるだろう。それなのにリアムときたら、僕たちのためにグッとそうやって当たり散らしたいのを我慢して、さらにヒントまでくれて・・・やっぱりこいつはすごいやつだって思って、そう思ったら自然と涙が頬を伝っていた。

「ありがとう、気づいてくれて。2人が気づいてくれた・・・僕はそれだけで十分に救われた」
「他の皆もいずれは気づくだろう。残されたものの寂しさ、辛さを・・・」
「私たちは小さい頃からずっと父さんと母さんが家にいなくて、私たちのために家を空けてることはおばあちゃんから聞かされていた・・・けど、寂しかった。だから──そうだ、レイアももう少し大人になればきっと・・・」
「いいんだ。無理して気づかなくても・・・これはむしろ気づかない方が幸せなことなんだ。だけどいずれその時は必ずやってくる・・・そしてその覚悟を決める時間を僕の都合で奪うことはしたくない・・・半端に収まることの苦しさはよく知ってる」

 決着をつけられるだけの自我をもて。中途半端な自我は己を苦しめるだけだ。だが例外もあって、そこの低木の裏に隠れている彼なら大丈夫だろうと思う。彼は貴族で、学ぶために親元を離れて・・・いつも周りからの重圧を受けて過ごす日々。さらに次男ということで限定されながらも先の見えない未来を歩かされている彼はちょっぴり脆いけれど、素直で一途な本当の姿を知ればみんなが彼を愛したいと思う愛すべき存在で、環境に鍛えられた彼の心の芯の強さは伊達じゃない。鉄は熱いうちに打たれた。だから彼は絶対にこれからさらに強くなる。そんな彼は紛れもない異世界の、僕の自慢の親友なんだ。

「・・・辛いか?」
「辛いね・・・けどこれが僕だ。こんな面倒くさい小僧(ガキ)のお守りは大変かもしれないけど、後もう少しだけ付き合ってくれない?」

 愛する人を隔たる距離が生み出す寂しさは孤独のソレとよく似ている。いつかこの寂しさに人は向かい合えることを彼以外の仲間たちが知った時、人生の道を大きく塞ぐこの壁を打ち破る強さを持つかコツコツ階段を作って登る根気を持てるか、それとも諦めて飛び降りてしまうか・・・しかし飛び降りるよりももっと苦しいこと、即ち壁を打ち破ることもできず階段作りも途中で放り出し飛び降りるのが嫌で、いつまでもここに壁があることが悪いのだと、悪いのは世界の方だと愚痴を言うような人間にはなって欲しくない。失っても現状に甘んじる、僕はそのせいでよく苦しんでいる。

「まかせろ・・・と言うか俺たちの方こそよろしく頼む」
「フフフ、お姉さんが優しく導いてア・げ・る〜♡」
「ハハ、よろしく・・・ハぁ」
「ちょっと今のなんのため息!?」
「投げキッスならぬ、嘆キッス」
「えぇ!?」
「我が妹ながら、色気が足りない・・・たしかに嘆かわしい」
「んなっ!・・・ウォル兄だってニカねえより身長低いくせに」
「あっ! お前一番言っちゃならんこと言ったな!」
「へへーん! 悔しかったら身長伸ばしてみろ〜!」
「あと1年もあれば越すやい!」

 ベーっと舌を出して逃げたラナをウォルターが追いかける。この2人ときたら本当に仲のいい兄妹だ。

「クフフ、ハハハッ」
「ほら、笑ってないでリアムも一緒に逃げよ!」
「えっ・・・あっ待ってラナ!」
「待てぇー!」
「なになにっ! 追いかけっこ? それなら負けないわよ!」
「私だって!」
「・・・走るのはとくいッ!」
「ティナ待って〜!」
「待ってくれレイア、治療は!?」
「フッ、みなまだ子供だな・・・俺は今さっき、また1つ大人になって・・・え?」
「タッチ、次アルフレッドが鬼な」
「はっ・・・」
「アルフレッド様が鬼、逃げないと!」
「いこうフラジール、逃げるぞ!」
「あ、待ってくれフラジール!・・・ほう、僕を怒らせたな。仕方ないっ、ならばスプリングフィールドの名にかけて全員まとめてとっ捕まえてやるっ!」

 他のみんなも巻き込んではじまった追いかけっこは、騒ぎを聞いて駆けつけた城のメイド長に止められるまで続き、僕らはその後こってりと揃って搾られた。でも・・・フハハッ、昨日と同じく今の笑いは本当に心の底から笑った。昔の僕なら無意味なことをしてと嘲笑っていただろう。しかし理屈の泥沼から片足を抜いた今は心底・・・。ウォルターやラナのようにいずれ来るその日を経た後、大切な人と隔たる辛さや別れの寂しさを乗り越えて、他の仲間たちにも悲しんでいる誰かに手を差し伸べられる人になってくれると嬉しい・・・かな。

 ・
 ・
 ・

「ミリア、今日は庭園でみんなと走り回ってメイド長に叱られたんですって?」
「っ・・・そうです」

 夕食の席にて、最近活気のなかった娘がマリアに行儀を質され悪戯がバレてバツが悪いような、しかしその時のことを思い出して嬉しそうな顔をした。

「ならばもう・・・」

 だが──。

「・・・おいしい、このスープ」

 まだ完全に立ち直ったわけではない。瘡蓋ができたものの傷は深く、未練は多いか・・・子供の時の恋心など大人になれば所詮は過去の初々しい戯に過ぎぬと軽く見ておったが、どうやら想像以上に娘は本気であいつにハマってしまったらしい。ならばここは貴族の親として間違いを正すべきなのだろうが、私も、今も昔もマリア以外との結婚は考えられなんだ。ただ、私の場合は相手が相応の地位と立場にあったということで運が良かった。私には娘を諭せるだけの説得力がない。ならばここはマリアに任せるべきか、それともいっそのことあやつの出自を世間にバラしてブラッドフォードから・・・奪うか。

『私はなんて邪悪なことを・・・』

 公平、潔きを誇れ。それが人の命をも簡単に握り潰すことのできる貴族の第一の責だ。その貴族の私が搾取して濫用すれば民は怒りの火を宿し身を焼いて、いずれ爆発するだろう。だが娘のためならば私は悪魔にも魂を売れそうなものだから、本当に嘆かわしい限りである。娘の結婚など考えたくもないが、貴族として婚姻の問題は最重要課題で期限はもう来年と実はかなり差し迫ってきている。・・・悩ましい。やはり貴族としての娘の幸せを見据えれば考え直すよう諭すべきか・・・あの小僧を選ぼうものならオマケでハワードの呪縛がついてくる。
 しかしハワードの知の毒牙をつき立てられようとも、ウィルの息子ならば牙を折って抜き取り突き刺し返すぐらいして見せそうなもので、そんな柄にもない人間臭い悪魔の囁きが私を惑わす。事実、リアムにはそれだけの力がある。それに貴族の受難を添えたところで、やはりミリアの夫にするのならあやつだと、私が・・・あの小僧を認めてしまっている。

『所詮、力が全てか・・・愚かで野蛮な私を許してくれ・・・ウィリアムよ』

 ブラームスはミリアがおいしいと言ったスープを再び口に運ぶが、一口前に比べるとスープの風味が途端に薄れ、同時に匂いや味に価値を感じなくなっていた。彼の感受が減損した・・・そしてその昔、まだ自分が学生だった頃のこと、如何に王家の人間として民を支配するかという強要された帝王学の心得が空いた隙間を埋めるように蘇る。曰く、心の一部が死んだような錯覚を覚えてブラームスはその後2、3口とスプーンで掬った水を静かにすすりながら、波とともに揺れる宙ぶらりんの己が喪に耽る。

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