アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

252 傲りの蓋

「・・・」

 公爵城の庭園にて、紅茶の香りが立つ。ただし10人の若者がそのテーブルについているのに誰一人として口を開こうとしない。それで僕はカップに注がれた紅茶の湯気を凝視する。すると聞こえないはずの水蒸気の音がジジジと鳴っているような耳鳴りを聴く。

「・・・僕らは負けた」

 沈黙を破って、誰かが口を開かねばならない。その役目は先の戦いにて最後に取り残された僕が担わなければならなかった。だがもし僕があの時食われて、他の誰かが生き残ったのだとしたらこの役目はきっとその人物が担っていたことだろう。だけど、結果が出てしまった今にこの”たられば”は実に無意味。

「・・・傷は、もう大丈夫なの?」
「ああ、この通りほら!」
「そう、よかった・・・」

 ミリアに尋ねられて僕は大きく肩を回し、また襟を指で引っ張ってもうすっかり跡もなく完治した皮膚の一部を披露する。流石はイデアの自信作だ。といっても、今は声を大にして褒められる雰囲気じゃないな。

『褒めてもいいですよ』
『ありがとう、君のおかげで一生物の傷を負わずにすんだ』
『・・・そうですか』

 言われるがままに素直に褒めたのにイデアの反応が悪い。

「・・・今回の敗北の原因は」
「ごめんリアム、ちょっとまだ」
「ちょっとまだ?」
「ふ、振り返るのは・・・」
「そう・・・ならとりあえず今日はお開きにしよう」
「あっ──・・・」
「反省会の続きはまた次回」

 これ以上もう、時間を無駄にはできない、・・・したくない。とても淡々と、静かで、何も進まないただのお茶会だった。

 ・・・──翌日。

「いっちにーさんしっ」

 リアムは一人、ダンジョンに来ていた。場所はエリアB、リゲスに教えてもらって昔よく稽古していた場所だ。そこから──。

「よーいっ、──どん!」

 なぜ、をスタート地点に選んだのかと言えば、理由はこの上なく単純で人目につかないから。あとは走り出してしまえばこっちのものでこの小さな疾風の正体を知るためには魔眼でも使わないと横顔を捉えることすら困難であろう。

「ゴール! タイムは?」
「・・・3時間と2分と1秒」

 別にこの数字を狙っていたわけじゃないが、おかげで気分がいい。エリアBから3時間と少しをかけて辿り着いた場所は約150km離れたエリアGのケレス神殿の前、だけどみんながいじけてるからって拗ねたわけでも、だから先日の今日で突撃しようってわけでもない。ただの気まぐれでこうして体力測定まがいのことして、ちょっと自分の実力を測ってみたかっただけさ。
 約150km、それはあくまでも水平かつ直線の距離で、鋪装された道を走ったわけでもなく森の中を抜けて木々を避けたり、凸凹の渓谷を抜けて更に高度のある山を一気に駆け上ってきたわけだから、暗に身体強化の魔法を使ってる割りに遅いなとはならない。実際には測定値以上の能力を秘めているわけで、これは目安であり最低のライン。

「・・・戻ろうか」

 せっかくここまできたのにスコルとマーナとは戦わないの? と、じゃあどうしてここまで来たんだ、無駄なことしてるなと思う人もいるだろうね。実際僕もここまできて入り口から奥へと続く深い暗闇の先を見た。・・・今日はもうこのまま家に帰ろう。当然また走ってね。だって今は無性に、無駄なことがしたい気分なんだ!・・・僕は一体、誰に言い訳してるんだろう。

「リアム!」

 ところが折り返し走り始めて2時間と52分と27秒、さっきよりも更に加速していた疾風はエリアAの麦畑ゾーンにて止められた。僕の父、ウィリアム・ギルマン・ハワードによって──。

「父さん!よく捉えられたね・・・どうしたの?」
「どうしたのじゃない、お前がどうしたんだ!知ってるだろ・・・エリアGのコンテストLiveはケレス神殿の入り口に挑戦者が立つと自動でつながるんだ!」

 ああなるほど、そっかそっか、それで父さんは待ち伏せていたわけだ。だから僕を捉えられて、その原因は僕があそこに立っちゃったから・・・挑戦者も観光客も見分けられないとはひどい欠陥システムだ。

「クロカちゃんが知らせてくれたんだ。突然会場の魔道具が起動して映像が送られてきて、そこにお前が一人いたって聞いたから仕事上がりだった俺はとんぼ返りしてお前を探しにきたんだよ・・・その時たまたまコンテストの予定がなくてよかったものを」

 実際にはイツカ→リッカ→ダリウス→クロカという順で伝わったらしい・・・クロカ、クロカさんか〜、ちょっとめんどくさいな。お礼→口止め料(お酒)を請求されなきゃいいんだけど。僕はまだ未成年なのにあの人は平気でせびるぞ。 

「昨日いったい何があった? お前はあんな大怪我したってのにピンピンしてる一方、ティナは相変わらず落ち込んだままだった。反省会、上手くいかなかったらしいな」
「ちょっと違うかな、上手くいかなかったっていうと語弊が残る。時期を見た、まだみんな反省会なんてできる状態まで立ち直ってなかった。だから僕はもう少し悩む時間が必要だと判断した。なんて言ったってリヴァイブで意識を取り戻した時、みんな自分が死んだ自覚すらなかったくらいだからさ、あれだけ張り切ってた手前引きずるのも無理はない」
「それじゃあお前がみんなにしてやれることは何もなかったと?」
「そうだね」
「パーティーのリーダーとしてもか?」
「・・・そうだね」
「友達としても?」
「・・・そうだ・・・なんなの父さん?そんなに深刻そうな顔して、僕が何か悪いことした? それとも僕の今の態度は気に障る?」
「いいや、そんなことは・・・」
「嘘だね、顔にはしっかりそう書いてある。目は口程に物をいう」

 そんなことはないと否定しながら、目の周りの筋肉が緩むどころか一瞬緊張したウィルに対してリアムは辛辣に接する。

「・・・何があったリアム」 
「別に何もないさ・・・あっ、でも強いて言えばね、僕は確かに戦いには負けたけど死んだわけじゃないんだよ」

 まあ、ウィルがそう返すのも無理はない。僕だって今自分がかなり嫌なやつだなと自覚はしている。ただ、直す気がないだけ。

「なに? それじゃあどうしてリヴァイブにいた?」
「えーっとその辺記憶が曖昧なんだけど、たしか群青がどうとか、とにかくマーナを狩ったあとはハイドに主役をとって代わられちゃったからよく覚えてないんだよね」
「マーナを狩った・・・だと?」

 何とか一線を保っていたウィルの表情がついに我慢を超えて一気に険しくなる。

「そうだよ、僕はあいつらのうち一頭を狩った・・・それも独りだけで」
「独りだけ、・・・もしや寂しいかったのか? 独りぼっちで戦うことになったから」
「違う、寂しいとかじゃない。あの時はただ怒ってた・・・」
「それは・・・誰にだ?」
「・・・自分に」 

 ウィルの嘘をいやらしく責め立てたばかりだが、今度は僕が嘘を吐いた。事実本当に寂しかったわけでもなし、怒ってたが・・・人間のできたウィルはさっき僕がしたみたいに揚げ足とってそれをネタに責めるようなことはしない。・・・つまんないな。命を激しく燃やした戦いに途中で水を差された僕はさ、また・・・、いやまだっ!──不完全燃焼、巨大怪獣相手に機関銃の弾を全て打ち尽くしたような虚しさ。だけど奥の手がないわけでなくて、これから楽しい楽しい虐殺の時間が始まるはずだったんだ。だから非常にもどかしい。まさか僕の中にこんなおぞましいものがあったなんて。だけど意外と平気だ。たしかにショックは全身を走ったが、嫌悪や憎悪の感情ではない。もっと単純で邪な感情(イキり)である。

『・・・』

 あの憎しみに満ちた感情が全部僕のものだったのかと思うと恐ろしい、同時にもっと理性的だと自分を評価していた反面意外でもあった。

「ヒハッ、ハハハ・・・!」

 こんなにおぞましい感情があることを知って、どうして僕は奮えている。この震えは嬉しいのか。

「ハハハハッ!」
「・・・何がそんなに可笑しい?」
「いや、なにも。ただ意味もなく笑いが吹き出して・・・笑いたいなって思ったら自然に吹き出してた」

 やっぱり僕は獣を凌ぐ悪魔だ。だけど、もう、理屈っぽい話にも、見えない誰かと争うのにも疲れたよ・・・受け入れよ。1頭取り逃したとはいえ、たった、たった一撃だった。・・・そう、僕は強すぎる。

「・・・否定して、長い葛藤を経て、最近やっと納得して、そしてついに今、ようやく僕はもっと思い通りに生きていいんだって身を以てそれを実感してるところなんだ」
「それは・・・素晴らしいことだな。俺も両腕をバンザイしてお前の幸せを喜んでやりたいところだが、どうにも今のお前が人間で言うところの幸せってやつを心底実感できているとは思えない。リアムお前、頭で考えても分からないものを無理やり力でねじ伏せて屈服させたか? それじゃあ虚しいはずだ。今のお前にだったら俺も──」
「・・・お見事」
「一回、確実に殺した。ほらな。今のお前だったら俺でも簡単に首を取れる。油断しすぎだ」

 またもや魔眼を発動するまでの0コンマ何秒、首に冷たく硬い残酷な鋭さが触れる。仮想でも僕の虚を突くことで、きっと父さんは力に傲るものの末路を見せたかったんだね・・・でも、所詮は戯れに過ぎない。ここは死ねばやり直しの効くダンジョンの中で首を跳ねられようが痛くも痒くもない。

「お前は真面目すぎるんだよ。多少ズルを覚えないとな」
「ズル・・・ずる賢さ」
「そうだ、ずる賢さ。他を欺くだけで頭ひとつもふたつも抜きん出ることができる灰色。直感に頼る俺がいうのもどうかと思うが、実力が拮抗する場合はもちろん劣勢において知恵は最も重要だ。お前に相手を欺くだけの」
「・・・いっかい」
「おっと、言ったろ・・・俺は直感(勘)は鋭い方なんだって」
「もちろん知ってるよ、身を以て。だからさ!」

 体を霧に変えて高速を超える超高速で後ろをとったものの、ウィルに刃を止められてしまったリアムであるが、それは想定内だと嘲笑う奴は偽物であった。確かに俺は刃を受け止めた。いったいリアムはどうやって幻影に肉と同等の実体(クオリティ)を持たせたのか。俺の高密度の魔力を纏った刃はカミラの幻影さえ切り裂くというのに・・・だが、実体を持つ幻影に多少心を惑わされたウィルであったが──。

「──甘いッ!」

 ウィルが地面を右足の爪先で蹴ると、半径14、5メートルの辺り一帯が麦ごと砂漠の砂みたいにサラサラと崩れ始めて蟻地獄ができる。更に──。

「砂塵、アンウーンド!」

 風魔法で蟻地獄の砂が空中に巻き上げられ辺り一帯を包み込む。この砂煙は蟻地獄を避けるべくして限定された空からの強襲(ルート)を叩きつつ、更にリアムの霧化を妨ぐための催涙弾幕ッ!

「ケホッケホ!」

 姿の見えない敵に対して共通して攻略しなければならない課題は、第一に捉えることでそれには広範囲に放つ無差別攻撃が有効であろう。更に過程に工夫を凝らすことで取れる対策の引き出しは複数に増える。充満するウィルの魔力とその質を歪ませる別の魔力・・・見つかった。無差別サーチ攻撃にして極力無害、この場面でそこまで気を使ってくれるなんて本当に大したお人好しだ。

「へーっクシュん!」
「ハハッ、父さん自分で鼻くすぐってくしゃみしてちゃダメじゃない」
「たしかに世話ないな! はークッショ・・・2回目」
「参った!僕の負けだよ父さん!」

 気遣いを餌に生み出された油断が再び僕の命を危険に晒す。そしてさっきとは違うサイドの首筋にヒヤリと恐怖を突きつけるのだから参ったよ・・・まいった、降参するからもう勘弁してくれ。
 この際父さんのもしに便乗して更にもしを重ねて、もし、仮に今目の前で降参宣言を受けて剣を元鞘に収める父さんが例えばファウストの教徒とかが化けた偽物だったりしたらと思うとゾッとする。僕はきっと隙をつかれて殺されるか、拉致されるかしていただろう。

「警戒はできてるんだよ、だがその警戒における刹那の反射にトリックの心得が足りてないんだよな。物理視認に頼りすぎて、魔力の流れまでを十分に追えてない。折角魔眼があって集中すれば魔力の流動も追えるんだからもっと活用し・・・あっ、でもリアムが前いた世界じゃ魔法はなかったんだっけ? だからかはわからんが、どうしても魔力情報に対する価値を軽んじてる、とは言い過ぎか、とにかく後一歩踏み込めてない気がするんだよな。物理が全てを解決するわけじゃない。物魔両方の重要性を身にしみ込ませて払い切れてない先入観をぶち壊せ。戦闘を構成する策はもちろん、魔法の世界にもっと慣れろ」
「僕は魔力の素質がある。だけどこれが複雑な話、先天的な恩恵を2度受けたということで適応しきれてない。そして邪魔なこの足枷は一生付き纏う・・・だけど歩いても走っても、気にならないくらい軽くできないわけじゃない」
「そうだな」

 ・・・父さんがウズウズしてる。一緒に悩んでるフリしながらチラチラとこっちに視線を向けたり外したり・・・わっかりやすッ!!!

「足りないものを補うために手っ取り早いのは経験者から学ぶことで、だから同じような修羅場をくぐってきた人に教わり足枷を矯正してもらうのが妥当かな? でも圧倒的強者を自覚しながらもそれに奢らず、信頼を勝ち取り、戦略を立てられる策士・・・そんな人近くに──」
「へへっ」
「・・・誰かいたかな?」
「アえッ?」
「フフッ、なんてね。父さん変な声出しちゃってホント・・・ッ」
「わ、笑うな! 親が息子に頼られたいと思って何が悪い!」
「だよね。それにパーティーの行く末がどうなろうと、どっちみち習得しないといけないことだ」
「そうだ。直進して力と勘に頼る戦いじゃいずれ限界にぶち当たる。少しでも対策にバリエーションを増やし備えること、モグリと同調して闘う俺が一番肝に命じてることだ」
「父さんが言うと説得力がある」
「だろ?」

 さて、

 1. 周りが羨む凄まじく高い能力を持ちながら抑制と協調を余儀なくされた人間 
 2. 1より制限された環境でも悲観せず常に情熱を忘れない職人

 そう書き出してみると自発的かどうかの違いはさておき、父さんと僕はいい感じに似たもの同士なのかもしれない。人間の志を持ちながら種の理からはみ出す枠外の怪物と、大きな力を持ったことを恐れられて無理やり押さえ付けられた半端者。さらにさらに!そのどちらも繊細な技を極めんとするイケメン紳士なのだ!

『ウィルと淑女な私はともかく、マスターはまだまだお子ちゃまでしょう』

 フッ、まったく嫌になるね。まさか転生者として前世の記憶を持つハンデがこんなところで足を引っ張ることになろうとは。それにあと少しで”凡人に強すぎる力を持たせると辿る最悪の末路”みたいなケースのお手本になるところだった。

『・・・反応するつもりなし。つまんないですね』

 前世の常識が僕の成長を阻害している、邪魔してる。忘れたくない五感の服膺に新しい第六感が無理やり入り込もうとしてる。そして僕はそれを受け入れるしかない。なぜなら・・・──また、誰かを失うなど辛すぎる。

「・・・お前たちが再び奴らに挑むのはアイナが出産する予定の8月、その後になるだろう」
「それまでの間、どうか僕を鍛えてください・・・よろしくお願いします」
「まかせろリアム・・・勝つぞ、絶対に。そしてお前の宝を取り戻すッ!」

 擬似体験だからと割り切れない心。子供の頃に読んでもらった絵本、住んでいた街、遊んだ公園、聴いた音楽、話してもらった物語・・・前世。ノスタルジアは見つければ見つけるほど嬉しさに心が震える。だが同時に失った原因を不用意に転嫁するほど虚しくなる・・・その原因が例え自分であっても、友人であっても、他人であっても。だから僕は僕のためにできる最善を尽くす努力をするべきだ。責任転嫁を促す体裁やプライドなど、もうスコルに食われてきた。・・・ありがとう、父さん。この行き場のない感情に蓋をしてくれて。この蓋はこのまま閉じておいて、来る次の機会に衰えない怒りの炎を是非奴らに叩き混み華やかに爆発させたいものだ。

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