アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

249 マドレーヌとフィナンシェと紅茶、時々ミルク

「”お茶に浸してやわらかくなったひと切れのマドレーヌごと、ひと匙の紅茶をすくって口に持っていった”・・・プルーストは本当に、なんてことをしてくれたんだ。プルースト効果にはじまり興味本位で『失われた時を求めて』を読んだ僕は、この後の2、3ページを読んだ後にすぐさまマドレーヌとインスタントの紅茶パックを買いに出たよ。おかげで無意識やら意識やらの心理学的概念について考えさせられこの1節をふと思い出すたびに僕は無条件反射的に紅茶を添えたマドレーヌが食べたくなってしまう」

 最早それは麻薬と言ってもいい。アーモンドを混ぜたサクサクとしたフィナンシェも最高だが、紅茶と共にいただくマドレーヌはまさに至福の一品である。──僕はなんてことをしてしまったんだ。どうしてこんなにたくさん、それも2種類以上ものお菓子を作ってしまったのか。2口目、3口目とこれらの菓子は口に運ぶたびに口にした時の快感は低減する。経済でも言うだろ?限界効用低減の法則ね、ほら──。

「ところが、僕らの関係についての追及も1口目にして絶頂を迎えたものの、2口目、そして3口目と続いた場合、僕らは果たしてこの名前のない主人公みたいに、1口目を味わった時の感覚に戻り思い出す必要はあるのかなレオニ叔母さん?」
「・・・なぁ、まだこいつ幻覚を見てるんじゃないよな」
「いいえ今は正常です。つまりハイドにもわかる様に説明すると匂いと味の関係を皮肉って嫌味を言ってるんですよ」
「そうそう至って正気」
「いい匂いね・・・リアム、これ、全部あなたがつくっ・・・たの?」
「母さん。うん、今朝また早起きしてね・・・起こしちゃった?」
「こんなに幸せな香りで目覚められたんだから、悪くないわ。すっごい量だけど、家のキッチンだけでこんなにたくさん?」
「魔法を色々と駆使しながら作ったから、それも結構効率的に・・・」

 ファッジ、カップケーキ、アップルパイ、クッキー、スコーン、ドーナツ、それから──。

「可愛いお菓子ね」
「プチット・マドレーヌとこっちはフィナンシェ。貝殻は紅茶に浸してみて、で、フィナンシェはそのままにして食べる、だけど選ぶならどっちか一方にした方がいい。これは2つとも幸せのお菓子だけど、欲張りすぎると最高の幸せは味わえないものだから・・・どうしよ」
「えっ?」
「ちょっと嫌なことがあったはずで、思い出せないんだけどきっと夢の中でね。だからこそ単純な発想でならやけ食いだ〜!・・・って。料理するってのも趣味だから案外ストレスの発散になるし、けど、なんていうか料理だけでストレス発散できたっていうか・・・」

 今更ながら、自覚しながらイデアとハイドを皮肉ってた自分が母さんに完成したお菓子らを見せた瞬間に一気にこう、冷たい風に晒されて吹っ切れる。さっきまでの僕はまるで、自分の成果を恥ずかしげもなく自慢する子供みたいだった。

「・・・悪かった2人とも。よければ好きなの食べていいよ」
「では私はマドレーヌと紅茶をいただきます」
「じゃあ俺はフィナンシェを・・・ってお前やけに冷静だな」
「私のマスターアルゴリズムは正確です。私たちはマスターが内面に意識を集中しない限り、視覚的な認知を与えづらい。よって通常よりも比較的他者より高いマスターのメタ認知機能は十分に効力を発揮せず凡人化、結果満たされない承認欲求はアイナによって代替的に満たされた。そのため自分自身の優位性を取り戻し、報酬系のドーパミン分泌とともに避けていた問題へも取り組む意欲を取り戻した」
「あー・・・」
「お前知識はあるがバカだよな」
「コホン、私今日はお医者さんに行く予定だからそろそろ自分の支度をするわ。あっ、よかったら先生たちにお裾分けしてもいい?」
「いいよ。いってらっしゃい母さん」
「いってきま〜す」
「なぜです? これは歴とした逆説をネタにしたジョークですよ? 論理的に物事を見ることによって聴衆の思考を鈍らせ私を馬鹿だと思う者が実は馬鹿だという皮肉めいたね。現にハイドは馬鹿だと思った。しかし結局この面白さが分からないとは品性のかけらもない、恥を知れ」
「お前のジョークは時々笑えない」
「それな。ボケ倒してるだけじゃんそれ」
「何と・・・マスターまで共感するとは。これはアルゴリズムの修正が必要ですね」
「ははは、言うて僕の思考を読んで」
「ギクッ」
「計算とか複雑な数式もエビデンスに基づくデータもなく・・・!」
「ギクギクッ!」
「知識だけを併用したただの連続の二者択一的単純アルゴリズム推測だったりして」
「ギクギクギクッ!」
「ハイド」
「よしきた!まずは全部ひん剥いてやる!」
「きゃーケダモノー!」
「俺たちが下品というのならば、お前はどんな陵辱を受けてもそれは全て生命の神秘で片付けろよ!」

 ふむ。イデアもまあ、それらしく「きゃー」とか悲鳴を上げられるのだな・・・ヤバいなこれじゃただの変態の思考だ。ハイド、やっぱりもうやめていい・・・ほんとに剥く奴があるか! バッ! いやほんとごめんってイデア!・・・どうしてクスクス2人して笑ってるのかな? はぁ、肌色のタイツなんて趣味が悪すぎる。紅茶に浸るマドレーヌのコスプレをしようと思って? その色じゃ役不足だ。適当な嘘をつくんじゃない。

「おっ、これはこれは」
「・・・おはよう父さん、よかったらどうぞ好きなだけ」
「おはようリアム、なら俺はドーナツとパイとフィナンシェを1つずつもらうが・・・大丈夫か?」
「もちろん」
「ならいいんだ。っほーうまそーだ。ところでリアム今日はスクールだろ、昨夜ティナがマレーネの家でレイアと待ち合わせって張り切ってたぞ?」
「そういえば・・・だけどちょっと大切な用があるから僕は少し遅れて顔を出すことにするよ。ティナの分も包んであげなくちゃ」
「そうか。よしっ、なら俺はそろそろ仕事に出るよ!」
「今日はどこまで行くの?」
「まぁエリアDかEあたりまでだな。しばらくエドの研究を手伝うことになってさ・・・おっとここからは内緒だ。じゃあサンキューな!」
「・・・いってらっしゃいッ!」
「いってきまーす!」

 そう朗らかに笑いながら、元気溢れる短パンの少年の様にブンブンと手を振ってウィルは仕事に出かけていった。

「さて、それじゃあイデア頼む」
「ミラージュ」

 僕以外誰もいない家のリビングにて、紅茶のティーカップが置かれた空席2つに光の粒子が収束し、2人の人型が形成される。先にスクールへと行ったティナにもマレーネやレイアたちに配る分を持たせ、これから始まる話し合いの席の品格を失う余りの分は異次元へと収納したものの、それぞれ3つずつ、テーブルの上にはアフタヌーンティーを楽しむのにさえ困らないほどまだ十分すぎる量のお菓子がある。

「こうして現実で君たちと対面するのは意外にも初めてなんだよね。どうして今までこれをしてこなかったんだろ」
「コミュニケーションは意識内でも出来ますし、ここまでセッティングする必要性に駆られなかったからでしょう。マスターがより閉鎖的な空間ではなく、自然体で話したいといのならやむを得ません」
「おい、なんか俺の胸ちょっと小さくね?」
「・・・気のせいです」
「で、お前の胸はいつもより少しデカ」
「気のせいです!」
「自白したな。戻せ」
「クッ、じゃああと少しだけ椅子をずらして離れて座ってください」

 自明の行為によって自爆したイデアはともかく、これでようやく僕たちはこっちの世界にて仮想的にではあるがリアルで対面したことになる。雰囲気を作るために彼らの座る椅子の前には紅茶をそれぞれ準備したが、まあ彼らはあくまでも光魔法でイデアがミラーリングした姿であるからして、話の途中で喉を潤すのは僕だけだし、2人には必要ないとも言えるわけなのだが。

「どうやって啜ってるの君ら」
「さあ、詳しいことはイデアに聞いてくれ」
「マスターの味覚、嗅覚におけるこれらの食べ物を食べた時に脳に送られる電気信号を保存して、それをコピー、再現、具現化した空間を私たちの精神体的な中枢に変換・リンクさせ光の像の動きに同様に投射しました。この際胃から下の消化器官はあまり重要ではなく、口から食道までを再現して出口はマスターの胃袋サイズに隔離した異空間に繋がっています」
「もったいないことはするなと言いたいけど、僕の胃袋サイズに隔離されたってところがミソだね」
「はい」
「それじゃあ食っていい?」
「どうぞ、ただ食べながらでいいからちゃんと話は聞いてね?」

 行動嗜癖を一人だけ満たせないってのはキツいけど、1人より2人か。それにしても目の前でマインドキャプチャーするホログラムが物質に干渉しながら味まで楽しんでいる。現代から未来へ、僕の中の文明が一部前世の頃よりついにアップデートされる。それも現実からすればより一気に飛んだ──現実から未来へと。だがね、それらの仕組みについて興奮のままに今すぐ尋ねられないのは実に惜しいが、脈略があって、主旨があって、目的が違うから本当に残念だけど詳細についてはまた後で訊くことにする。

「では、改めまして。イデアは精霊であり、ハイドはドラゴンだ」
「そうです」
「そうだ」
「じゃあ君たちはそれぞれどんな精霊で、どんなドラゴンなのかな?」

 さて──前回はどうやら僕が脱水とかその辺の症状で気絶して終わってしまった。だが、途中うまくいってなかったのは事実でその原因は僕との関係ばかりに注視していたから、失敗はしていたのだから素直にそれを認めて前回の教訓を生かすこととし、今回は彼らを知るところから始めなようではないか。

「じゃあ俺から・・・俺はドラゴン、その中でも竜に分けられ火竜や雷竜でいうところの属性みたいなものは実はない。だが大抵のことはできるしあえて魔法10属性でいうのならば ”無 ”。好き嫌いなくなんでも食べるし特定の好物(エネルギー)を主食としないものは竜の界隈では悪習悪食とされるから暴食竜や、あと、ドラゴンの中でもトップクラスのブレスを駆使して次元を移動できる穴を開けられたから次元竜とも言われてたな」
「へぇー・・・」
「では次は私ですね。私は精霊、それもちゃんと自我を持ちマスターと会話もできますから比較的高位の精霊であったということはお分かりになるでしょう。属性は今や失われし” 命 "の属性。先日パトリックに使わせた弓は実は私が番人として管理していた精霊王の宝物庫の宝の一つで、その昔、宝物庫が賊に強襲された時に私はあの弓と共にこの世界から消えました。そしてどういうわけか記憶を失いイデアとしてマスターの一部となっていた」
「自分の物じゃないから勝手に使わせるものはできない。それを守ることこそが使命、だから僕にも簡単に貸し出すことはできなかった。なるほど、わかった君たちの話を信じるよ。だけどさ、一部ってことはつまり?」
「私たちはどうやら魂単位で繋がってしまっている。ただしミクロ的に見れば完全に同一化しているわけではなく、3つの円が一部ずつ重なっている様な関係です。三角形を縮小していき型からはみださない様に重なっていく3つの円」
「その一部分がどんどん重なりの範囲を広げていくごとに、俺たちは力を共有する。ただし一度秩序を保っていた一定の絶妙なバランスを越えれば力関係は不安定となりお前は俺の力に呑まれ、俺もまた呑まれる。2つの水滴がひっつきエネルギー的な安定を求め結合する様に」
「それは・・・自力でもう一度引き離すのは難しそうだ」
「そうです。行き過ぎた接近は互いのエネルギー的により結合を促進し、元に戻るのがとても難しくなる。また、エネルギーの低い方が取り込まれることになるでしょう」
「だが、なんのために俺がいるか、逆に俺とリアムが結合した時にバランスを取る役目を担うのは?ということだ」
「イデア・・・それはどういうロジック?」
「意味など特に、要はどんな場面でもみんなに役割があるということです」

 そっか、それはいい考え方だね。前提から連帯的な責任を負うのは正直どうかと思うが、その時その時で役割を見出すことは難しいから、このくらいのリスクなら得られるパイを考えると僕も許容できるし嫌いじゃない。

「ロジックと言えば、もう一つわからないんだけど、どうして君たちの魂が僕にひっついたのか、同化し始めているのか」
「さあ、マスターの魂にどうして私たちがひっついてしまったのかはわかりませんが、鍵はおそらく異世界からの転生にあるのではないでしょうか。一方、何故私かハイドかがひっついたのではなく一緒になってひっついてしまったのかを説明するにはこちらも推測にはなりますが、それは単純な理由だと。私がこの世界との繋がりを失ったその時宝物庫を強襲してきた賊はドラゴン、つまり──」
「神の邪気によって狂乱した竜王に命令で強制されたんだ。俺もまた正気を失っていた」
「あー・・・それでその、君たちはその・・・大丈夫なの?」
「あの戦いは私たちを生み出した神が起こしたも同然、ハイドを責めるつもりはありません」
「俺も今じゃ自分のを反省してる。もっと広い視野があれば、もっと上手く自分をコントロールできただろうと悔やむばかりだ」

 昨日(かつて)の敵は今日の友という。命を落としながら仇同士が互いを尊重できていることについてはあえてコメントを控えよう。ただ一つだけ、双方が命を落とす程の戦いを繰り広げたということはつまり、戦いは相当に白熱し熾烈を極めたのだろう。もしかすると泥仕合いだった可能性も残るが、今まで散々自分の怪物性について悲観的に詰ってきたものの聖なる戦いの激戦を体験したそんな2人が側についてくれているのだから僕は一転して幸せ者なのかもしれない。

「それじゃあさ、君たちの本当の名前は?」
「名前、ですか・・・えっと」
「俺たちには名前がなかったんだリアム。人間の様にコミュニケーション能力に長けた生物以外の世界ではもっと強者弱者というのは純粋なもので個体ごとの呼称による識別はさして重要ではない。精霊はひとつひとつ違う魔力によって誰が誰かを識別するし、ドラゴンは獣的な感覚が非常に優れているから匂い、体格、そして覇気などのあらゆる生物的特徴の記憶だけでも十分に相手を識別できる。種族が違えば基準も違う。故に名前を持たないことも珍しくない」
「・・・ということです」
「はぁー、ごめんため息なんてついて・・・自己嫌悪だ。不謹慎だった。考えもなしに本当にすまない。許してほしい」
「許します。私はイデアという名前をマスターからもらえましたしね」
「俺はハイドだ。もう名無しじゃない」
「ありがとう。恩に着る」

 まさか君たちの口からそんなことを言わせるつもりはなかった。今の話の裏を見てしまう僕も僕でうんざりする。精霊の世界もドラゴンの世界の常識ってやつも僕は両方知らないが、もしかすると名前がないことが彼らにとってコンプレックスであったかもしれないし、気にしていないかもしれないし。あと蛇足だとわかっていながら、僕が凡人であることに免じて謝罪に付け加えてモノローグで言い訳をさせてもらいたい。てっきりイドラがどうとかヴェリタスと勇者がどうとか、最近は身の回りで雲を掴む様な話ばかりが目立つばかりで君たちが実は実体を持たない幻の存在だったらどうしようかと怖かったんだ。・・・これは僕の弱さが招いた悲劇の1つだ。本当にすまない、そして許してくれてありがとう、君たちの名付け親になれてとても嬉しく思うよ。

「・・・」
「どうしたイデア?」
「?」
「先ほど私たちの関係を円とその重なりで表しましたが、その関係を日常の何かに置き換えてみるとその、つまり私たちの関係は、マドレーヌとフィナンシェと紅茶のようだと」
「イデアと俺がマドレーヌとフィナンシェでリアムが紅茶か、なるほど、イデアと俺は似たもの同士でありながら似たという表現からして完全に同じわけでもない。だが共通点があるのも事実でそれは相棒の話だ。時に相棒と混ざり合えば最高の反応を生み出す」
「hmm、だけど・・・なら茶葉と水を切らして君たちに吸い取り切られない様にしないと」
「その辺は大丈夫です。私は時に紅茶派であり、時にミルク派でもありますから」
「ああ、それは俺も同じだな。ミルクに合わせても俺はいい味を出す」
「補完関係にある僕は交代可の仲間外れ!?」
「ハハ、そんなに焦る必要はない。これはあくまでも表現の1つだ。何かと我が強くてそこらの茶葉じゃ持て余す俺たちとお前はずっと付き合っていかなくちゃならない。だから最高の茶葉を仕入れられなかったのなら、時には柔軟にオールマイティなミルクで代替するのもいい。それも一つの手だ・・・いや」
「マスターにはそうあって欲しい。ただでさえその他大勢の人々とはまた一味違った数奇な人生を辿ってきている。複雑に絡む糸を解くのに、目隠しまでして難しくする必要はないし、私たちもして欲しくない、なって欲しくない、それは本意ではありません」
「じゅ、柔軟にね。そ、そうか。僕は何役になってもいい、君たちに相応しいよう努め事実そうであればどんな味を出そうが僕は僕か・・・一般人と例のアレやコレ、人生という劇場で1人何役もこなすのは難しい。そして今は無視できてもそれはきっと将来ぶつかる問題だ。だから・・・これから先も、何かと君らにはつっかかるだろうが、是非僕を支えて欲しい。そして僕も約束する。どんな困難が僕らを襲おうが君たちの盾となり、支えることを」
「・・・お前の約束ほど重いものはないな」
「ちょっとそれってどういう意味さ」
「もちろん、一度結んだ約束を軽んじる様な人じゃないという意味だ」
「それは我らが創造主よりもよっぽど自明な理」
「僕は人間なんだから神と比較なんてしないで!・・・でもなんかちょっと恥ずかしいな」
「言わないでください。マスターの思考が読める私たちまで恥ずかしくなります」
「4、15、10、9、3」
「パニック発作起こしたわけじゃないんだから」
「そうか、この対処は違うか」
「いや、意外に効き目ありそうなのがなんとも言えない」
「そうか」

 4、15、10、9、3。ハイドの言った数字を完璧に追えてるから少なくとも僕の論理性は崩壊してはないな。 

「そうだよ」

 今日もまた新しい朝が来た。本当、世の中にはびっくりするほどシンプルな規則も繋がりもあれば、僕らみたいに特殊な繋がりもあるものだ。事実は小説より奇なりというが、この世界に神はいるから空想の小説とこの世界はそうは変わらない。けど僕は、この広く大きな劇場で最も頼もしい仲間を得た・・・それも2人もね。

「どゆこと・・・これ」
「最初にいったはずです。私たちの食べた内容物はマスターの胃のサイズに合わせた異空間へと収納されていた」
「はぁー満足した」
「どんなマインドしてればここまで胃に物を詰め込めるんだ・・・」
「ま、俺元竜だし」
「ウップ、おっと失礼。では、マスターが胃のなかのもの消化するまでの間、私たちは感覚リンクを切って食事後のゴロ・・・休憩としましょう」
「よしゴロ寝すっぞぉー!」
「せっかくイデアが思いとどまってオブラートに包んだのに!もう!」

 あー胃が重い・・・朝食も兼ねてたとはいえ君たち本当に食べ過ぎ。

「初日だし行かないと。イデア」
「歩いて腹ごなしされたほうがよろしいのでは?」
「・・・送ってくれ」
「致し方ない」
「あっ、でもその前に」

 呻き、お腹をさすり気休めしながらも、登校を控えそろそろ現実の仮想体との接続を切ろうとしているイデアとハイドの前に手を差し出す。

「これは?」
「見たらわかるだろ。握手だよ」
「お前ってそんなことする様な奴だったか?」
「僕の中に住んでるんだから気持ちはわかるだろ」
「・・・」

 ハイドが首を傾げ戸惑いながらも僕の手を握る。うん、今はまだ物理的な君の温かみは感じないけど、心の中ではしっかりと感じてるよ。

「マスターはそんな玉じゃない。これは踏み絵に近い一種の呪い、ハイドはマスターの罠にかかり仲良しこよしの不合理に呪われた。エンガチョです」
「タッチ」
「しまっ・・・ウゥ、テガカッテニ」

 ハイドに不意を突かれ触られたイデアに僕の呪いってやつが移り、手が差し出される。ハイドに横でケラケラ笑われて下を向き、ちょっぴり恥ずかしそうな君の存在も重なった手から僕は確かに感じた。・・・さて、円満に話が終わったところで、ライト版ウォーキングデットならぬウォーキングフレンドごっこももう切り上げてスクールに行こう。

「あっリアム」
「レイア、おはよう。それにティナはさっきぶりだね──?」
「はい」
「おはようリアムくん」
「・・・あ、おはようございますエドガーさん。どうしてここに、用事ですか?」
「まあね・・・その、大したことじゃないんだけど」
「それはちょうど良かった。実は少しエドガーさんに相談したいことがあって」
「あぁ・・・だったら場所を移さない?」

 スクールの正門にテレポートすると、そこには家を先にでたティナと待ち合わせして一緒にここまで登校してきたのであろうレイア、そしてなぜかエドガーがいた。場所を移そうと言うエドガーに僕はついて行くが・・・。

「学長室?」
「失礼します」
「はいはーい」

 エドガーが僕を連れて向かった先はルキウスのいる学長室であった。そして扉をノックするとやはりルキウスの声で返事があったわけだ。

「おや、エドガー先生だけかと思いきや、リアム君も一緒だったんだね」
「はい。偶然正門で会ってちょうど聞きたいことがあったから・・・先生?」

 中に入ると、エドガーと一緒にいたことを驚かれつつも招かれたので中に入って会話を繋いだ。そう、ちゃんと僕は文を繋いだはず。それなのに、文脈の正当性を微妙に外した。そう、筋が通らないんだよな・・・どこが?

「先生!?」
「その驚きようだとウィルはやっぱり言わなかったんだね」
「教員の人事は粛々と行われるべきだからね」
「・・・いや、今朝父さんがスクールに行ったら驚くことがあるって言ってたから、ただ僕の反応を後から訊いて楽しみたかっただけかも」
「そうなのかい?」
「あー・・・そういえばしばらくエドガーさんの手伝いもするとも言ってました」
「だね。常勤ではないものの僕がこれからこっちにしばしば来ることになったから、その間滞ることが予測される素材の収集を主にウィルとカミラにお願いしたんだ」
「あの剣狼と赤薔薇が組んだらエリアまるまる1つの資源が狩り尽くされるかもしれない・・・ワクワクすると同時に恐ろしいことだ」

 これは驚いた。エドガーがスクールの教師の一人になるというのだから、なら、質問を急ぐこともないな。

「この人事ってもしかしなくてもフラン先生が抜けた穴を埋めたってことですよね」
「そうだ。フラン先生は引き続き名誉フェローとして籍を置くことになるが、流石に担任としてクラスを持つまではできないからね。特別講義を不定期的に開催するかもだけど、あくまでもそこは公務優先」 
「でもそれで、かつ、エドガー先生は常勤じゃないんですよね?」
「その通り! 君は本当に察しがいいね。だから今回はフラン先生の穴を埋めるためにもう一人、エドガー先生の他に教職に就いてもらうことになってるんだ」
「改めて先生って呼ばれるとムズムズする反面実に誇らしい。僕は前任のフラン先生からダンジョン学と魔法を引き継ぐことになった。長年ダンジョンに拠点を置いて篭っていたから結構専門的なことまで網羅できると思うよ」
「それは頼もしいです」
「ハハ・・・といっても、魔法ではとてもリアムくんに勝れそうにない」
「そんなご謙遜を、今日だって魔法のことで尋ねたいことがあって相談したいと申し出たんです」
「本当かい?」
「ええ・・・例のあの属性について」

 今日のエドガーは少しいつもと違う。なんというか、とても活気に満ち溢れている。もしかすると教師は彼の憧れの職業だったのかなとか、僕は推測してみたりして。

 ──コンコン。
「は〜い」
「アランです。新人を連れてきました」
「どうぞ〜」
「失礼します・・・おや、エドガー先生ではないですか。それにリアムくんも、おはようございます」
「おはようございますアラン先生。今日からご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「おはようございます」

 良くも悪くも、話がより深みにハマりそうになった時、学長室の扉が再び叩かれる。そして入室の許可を得てドアノブを回してアランが学長室へと入ってくるのだが、自然と挨拶を交わすも室内に入ってきたのはアラン1人である。先程のルキウスの話とアランの口上からあともう一人の新しい先生が連れてこられたのだと思ったのに・・・ん?

「エドガー、アラン・・・ということは」

 ここで、僕はふと連想ゲームを始めてとある名前の並びに気付いてしまった。エドガー、アランときたら・・・だ。

「あと一人の新任はまさか、ポー?」
「どうしてわかったのですか若! ・・・ムム、しかし若に私の一族の氏を名乗ったことはありましたかな???」
「ピッグさん!」
「扉の外から若の声が聞こえましたので、アラン先生に頼みもう一人の新しい教師はダレ? のクイズをしていただこうと突飛ながらも画策したのですが、問題を出す前に答えにたどり着かれてしまうとはいやはや天晴!」

 スロットマシン777の大当たり、そろっちゃったよ。エドガーに続きフランの穴埋めに入った教師はなんとピッグであった。そしてどうやら獣人であるピッグの故郷の一族の氏はポーということで、アンビリーバボー、連想が見事に的中したことで快感を得る一方、殺人事件とかその類の事件及びミステリーは起きないよなと不安にもなる。ピッグ・ビネガー・ポーの目論見はただの人物当てゲームだ。事件・ミステリーの要素はないに等しいゲームだから、本当に事件が起こってしまうとすれば別に起こることだろう。

「じゃあこれからはピッグ先生ですね」
「ふーむ、それでは私もスクールでは若ではなくお名前を呼ばせていただいてもよろしいですかな?」
「もちろん、むしろそれが当然というもの」
「ありがとうございますリアムくん。因みに私の担当は礼儀作法等の貴族科の一部科目と、主に数学といった経済関連の科目を教えることになります。私もエドガー先生同様に本職があるため非常勤という形での勤務になりますが、精一杯お勤めさせていただく所存であります」

 ピッグによる決意表明。これを聞いて子供が大人に向かって何様だって話だけど、是非エドガーにもピッグにも最初のこの情熱のままにこれからの教師生活を意義あるものにして欲しい。

──放課後、新しい6年生Sクラスにて。
「ヒェ〜!本当に事前調査もなしに挑戦するんですか?」
「大丈夫だって! 一番最初に頂上の深奥に辿り着いた先輩アリアも最初はなんの情報もなくラストボスと戦った。尤も、2度挑戦して両方とも失敗に終わったようだが、だからこそ、その歴史によって俺たちが奴らに勝てる可能性を示唆する重要な根拠も一つある」
「そうだ。俺たちはその先輩たちに勝ったんだ!なら、負ける可能性があるのも一興、勝てる余地だって十分にあるってものだろ」
「事はそんなに単純じゃないわよ」
「そんな事はわかっているさ、な、ゲイル」
「もちろんだ・・・なあリアムはどう思う?」
「ん?・・・そうだね、今回も概略はみんなに任せるよ」

 王族一行は何やら急な予定変更で昨日帰ってしまったみたいだし、僕らの自由な挑戦に水を差す可能性のある不安要素はなくなった。ならばそろそろ次の段階に、僕らのダンジョン歴・第一幕の最終面に進むべく動いてもいいはずだ。

『マスター、私たちの正体がわかったからって少し調子に乗ってませんか?』
『そんな事はない。安全第一、命も第一、それが僕のモットーだ。だけど同じぐらいに最近は友達も大事なんだなこれが』
『たしかに今朝、俺たちはお前と助け合うことを誓ったがサポートが強力だからって浮かれるなよ』
『へー。片や秘密兵器は一回射るだけで全魔力を1割単位で掻っ攫う弓で』
『あれは何度も言うようですがよほどのことがない限り貸せません。ダンジョン攻略など以ての外です』
『一方は力が暴走しないように抑えるのに精一杯の力』
『ほう、言ってくれるじゃないか』
『どちらにしても安定しない力に初めっから頼るのはよくないって自覚してる。今回はパーティーのみんなの意見を尊重してるから言ってることとやってることが矛盾してるが、できることなら避けられるギャンブルはなるべくしないようにしたい』
『・・・なら、好きにするがいいさ』
『これまでの経験からしたら弓以外でのサポートでも十分でしょう』
『ありがと』

 ムフフ・・・と心が踊っているのも事実であるが、それでも父さんたちが2度も挑戦して勝てなかった相手だ、縛りプレイのせいで予断を許さないとはいえ準備は念入りにしておこう。
 

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