アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

245 王族と竜と小さな仮面

 町中に届くトランペットのファンファーレが空へと向けられて、何かを呼ぶ。

「さあ、さあさあさあさあ! やってまいりましたこの時が!」

 空に突如として描かれた魔法陣。外円の描画と同時に始まった魔法式の形容と、ゆっくりと円が閉じるとともに完成された描画がとても美しい。・・・あれ? あの魔法式どこかで見たことあるな・・・それに使われているのは魔法線?

「あの演出を担当したのはケイト先生?」
「そうです! 見てください! あれこそ私の自信作! 空中に水と光の屈折を応用して陣を描いたんです!」
「うわぁ!? びっくりしたー!」

 楽屋の窓から外の様子を観察していた僕の後ろから突然ケイトが独り言に乱入してきた! ・・・心臓に悪いなぁまったく。

「2台の空飛ぶ車、この国でもあの荘厳な竜車に乗れるのは王家の血を引く方々のみ!」

 空を優雅に翔ぶワイバーンによって引かれる竜車。その様は力の象徴であり、希少なテイムされたワイバーンを使えるのは数限られた一流の権力者の証。

「刮目せよ!」
「・・・あれ?・・・リッカちゃん!?」
「ナハハハハぁ! みんなのアイドルリッカちゃん!ただいま空の旅より帰還いたしましたぁ!」
「王家専用のロイヤルキャリッジから降りてきたのはまさか私の姉のリッカちゃん!?・・・えっ? それじゃあ私も王族だったの・・・!?」
「そんなわけないでしょ!・・・ってね!さあもうひとっとびよろしく!」

 空を一回りして着陸した竜車から降りてきたのは、先ほど騎士団のワイバーンによって空の彼方へと攫われたリッカである。衣装もさっきより豪華に変わってるし、かと言って下品ではなくいい意味で小綺麗に纏まっている。

「さてみなさん。ここから先は、ゲートで配られたこの遮光グラスをおかけになってくださいね? 」

 リッカを下車させ頭絡を外されて再び空に送り出されたワイバーンたちが円を描き出す。まるで何かを迎えるように、儀式か召喚か。

「空が・・・突然暗く・・・」

 さっきまで快晴だった空が急に空が雲で埋め尽くされる。それも黒い雲、挙句に稲光までなる始末。リッカに言われるがままに闇の魔石を薄く叩き伸ばして作られたレンズのはまった遮光グラスをつけたんだけど、まるで3D映画の劇場だね・・・なんだろうこの胸騒ぎは。例えるならそう、ベートベンのピアノソナタ『テンペスト』の第3楽章。美しくも怪しげで不安定な雰囲気、無窮に動く旋律がフラッシュバックする。とにかく、王道テーマのクライマックスには到底思えない・・・どちらにしても嫌な感じだ。

「雷・・・ッ!?」

 落下地を品定めし、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた雲にナノカが足を竦める。たしかに、とてもではないが同じゴロゴロでも今朝僕を襲ったゴロゴロとも飼い猫の鳴らす様な安心できるゴロゴロでもない。天からニャーと聞こえてくるとちょっと和むんだけど、まあそれはそれで問題なわけで。

「派手だなぁ」
「はい。安直であまりにも──」

──ギャアアンス。

「今のは・・・何かの鳴き声のような?」

 先ほどの雷にとって代わり、今のは明らかに血肉に飢える野生の獣の唸りである。おそらく強い光が放たれる演出があるのだろうと、ミリアたち王家に連なる者が契約している精霊の属性と上空の雷雲からある程度これから先の展開を予測してたんだけどね・・・脳内の嵐なんて一瞬で吹っ飛んでしまった。現に聞こえたソレは今にも切れてしまいそうにピンと張られた髪の毛の様に細い糸なのに、誰もが恐れる自然の脅威を凌ぐ強き音、これを掻き消すのであれば火山の噴火か、津波と言った大災害を起こさないと話にならない。まるで、恐怖と支配を何倍にも増幅させたような。

「竜だ。ワイバーンなんて半端なものじゃない。本物の・・・初めて見た」
「竜! 竜です!雷雲の中から現れたのはなんとドラゴン!おやっ・・・? あのドラゴンに何かついてますね?・・・あれは?」

 見事に僕とイデアの予想は覆された。てっきり落雷と共に王族登場なんて想像してみれば、雷雲をかき分けて登場したのは竜である。初めて見た・・・いやまあ僕の中に一頭巣食ってますけど、月と鼈、形態があまりにも違い過ぎる。悠々と二枚の翼を羽ばたかせ滞空する姿はまさに王者の貫禄。これはかなり興奮するかも・・・こんな音出せるなんてベートベンもまっさ・・・お、ん?あの竜から伸びる鎖に雁字搦めにされた美しい水晶はなんだろうか、大きさは・・・2mくらいの水色の結晶だ。

「すごいでしょ? あのドラゴンは竜の里よりお借りした一頭なんです。聖戦の悲劇を経て、ようやくまた近年交易を再開し活発になってきた王族と竜人族の皆さんとの外交努力によって実現した演出なんですよ!」
「そうなんですか? でも、肝心の竜人族の方が見当たらないような・・・」
「それがですね、なんでも数ヶ月前に空に光の槍が走ったあの日、急に王家に大使として王都に滞在していた竜人族の方が西の方に原因を探索されに出かけたらしくて」
「・・・はい?」
「故に現在は貸出し中のような状況で、騎士団の訓練や今回の結婚式での演出などもあらかじめ相談した上で仮契約で国王様の命令に従うよう・・・」

 すごいでしょ、と竜の登場にこの演出が如何にして実現したのかを熱く語るケイト。彼女が魔法陣以外のことでここまで興奮することも珍しいのだが、しかし僕が注目したのはもちろん、外交云々の話ではなく光の槍と言うワード。あの日以来、まだその原因がわかっていないためにあのメテオは光の矢を始め、光の槍や流星、ほうき星と各々の感覚で呼称されている。神からのメッセージだとか、不吉の前触れだとか、前者は完全否定できるが後者を全く否定できないのが痛いところである。

「ふむ。どうやら緊急事態のようだな!」
「あなたは──!」
「ようリッカちゃん。いつもお仕事ご苦労様。助っ人連れてきたぜ」

 なんというご都合主義か。ドラゴンの登場に合わせて舞台に登場したのはダリウス、それからこの街屈指の冒険者たち。

「ギルド長!それにこの街でも屈指の実力を持つ冒険者のみなさん! そして──」
「いくぞルキウス!」
「まったく・・・君はいつも熱いね。熱いを通り越して暑苦しい」
「数々の魔法コンクール賞を総ナメにし魔法学院を主席で卒業した若き天才。また我らがノーフォークスクールの学長を務める魔法の鬼才!ルキウス・エンゲルス!次期領主パトリック様とフラン様の結婚式開幕早々に起こった緊急事態を前にギルドノーフォーク支部長のダリウス様と、一流冒険者のみなさんとともにこの窮地を救うべく華麗に見参であります!」

 直面してる緊急事態とは裏腹に熱の篭ったリッカの実況。そのかいあってか初めは悲鳴も上がっていたものの、今ではルキウスたちの登場に沸き上がる歓声が会場を支配している。でもあの人の場合、鬼才ってより奇想天外より落つ悪童って感じだ。

「なんかお前の肩書だけ長くね? 鬼才とかかっこ良すぎるだろ」
「君の努力が足りないんじゃないかな? こういう時人望の差って奴がモロに出ちゃうもんなのさ」
「そうですね。ダリウス様はたしかに一流の冒険者でありその点私どもも尊敬しておりますが、運営の方はまだまだ甘ちゃんですね。ということでジャジャン! ギルド職員より愛を込めて、ダリウス様好感度アップ施策第一弾! まずは私のお給料アップからお願いしまーす」
「あっ。私のお給料もお願いしまーす!」
「ちょ、待ってくれよリッカちゃんナノカちゃん。おいルキウス助けてくれ!」
「無駄だよリッカちゃんナノカちゃん。そういうことはダリウスじゃなくてハニーさんに頼まないと。財布の紐は彼女が握ってるんだよ?ギルドも旦那の財布もね!」
「あっ、そっか」
「あっ、そっかって納得しないでくれよな! 俺がギルド長なの! 見てくれよこの威厳ある筋肉を!」

 ダリウスの狼狽えっぷりに笑いが起こる。どちらかというと苦笑。だが頭上には雷雲を伴い現れた竜がいるっていうのに、そんな呑気にボディビルなんてしてていいのか・・・自分で自分の威厳を削いでいくスタイル、これもこの後登場するであろう主役のためか、お見それするよ。

「ギャアアアアス!」
「あら、奴さん怒っちゃったみたいだよ? ・・・みんな準備はいいかな!」
「おう!」

 そして──

「一斉発射(バリスタ)!」

 竜の脅威から街の人たちを守るために現れた英雄たちが放つ渾身の一撃。

「すごっ・・・だけど」

 だが──

「クッ・・・」
「これは・・・結構本気だったんだけどなぁ。ちょっとショックかな」

 一斉に発射された英雄たち渾身の魔法は竜の吐き出したブレスによって相殺されてしまった。

「もう一発くるぞ!」
「まいったね。さっきの規模の魔法となるとそう簡単に連発できそうにないんだけど」
「しまった! まさかあれほどの攻撃が相殺されてしまうとはなんたる脅威! 万事休すかぁ・・・!」

 無情にも、竜は次の一発に備えている。グッパリと開いた口の前にかなりのエネルギーを収束させて我々を狙っている。

「きゃああああ!」

 そして約束された刻はその2秒後にやってきた。竜の口からブレスが放たれた瞬間、会場中から悲鳴があがる。英雄たちを襲う咆哮が、跡形もなくこの世から消し去ろうという凄まじいエネルギーの塊が──。

「えっ・・・うそ、みんな? ・・・お姉ちゃん?・・・あれ? 空から落ちた稲妻が、・・・ブレスが?・・・お姉ちゃんたちを」
「レジェンドだね。最早」
「・・・まあ、カッコよくはないとは言いません」

 竜が口からブレスを放った瞬間、尋常ではないほど太い稲妻が舞台に落ちる。また、落ちた雷は直ぐには消えない。しばらくの余韻を残して雷の柱を形成している。

「我ら、国を守護せし王者なり」

 やがて雷の柱は幻かのように消えてある置き土産を残していく。登場しただけで竜をも上回る貫禄。黄金の武装に身を包み現れた戦士たち。その中には、白いタキシードに身を包んだ今日の主役のパトリックの姿もあった。

「1、2、3・・・全部で11人。ミリアの家族を除く王族は全部で7人か・・・シータ様の姿が見えないけど」
「第3妃は先日男の子を出産なされたので、今回はご出席をお控えになられたとか。国外に公務に出られている方々を除き、第一王子のアイザック様とご息女のシエスタ様とともに王都にて国王不在の間の留守番を任されているそうですよ?」
「そうだったんですか・・・」

 ケイトの説明に僕は相槌を打ちながら納得する。確かに親戚の結婚式だからと、全員城を空けておりますじゃ侵略してくださいと言っているようなものだ。・・・かっこいいけど、かっこよかったけど!お願いだからこっち見て大きく手を振らないでちょうだいねミリアさん! 出演断ったのに観衆に引っ張り出されたら事だから!

「父さんたちは参加しなかったの?」
「一応声はかかってたんだが、今日の招待客は現国王をはじめハワードと密接に関わってる奴らがほとんどだから。ジジイもそれで納得してくれたさ」
「そっか・・・」

 大衆の前で関係を明らかにするような真似はよくないか。でも、先日聞いたアリアの由来からしてあの人のことを考えれば仲はそれほど悪くはないと。しかしこんなこと言うのも良くないんだけど・・・諸々ほんと、やっぱりよかった〜断っといて。

「あの人が?」
「そうだ。マリア様と同じように国王バルドの側に控えているのが、アリア様だ」

 ウィルの表情が自然と和らぐ。・・・そうか、あの人が父さんたちに自分の名前をくれた人なんだね。

「で、その更に直ぐ側に控えてるのが第2妃のジャネット様、・・・残りのミリアやパトリックと一緒に並んでる子供たちは王子・王女たちだろうな」
 
 父さんたちが中央から離脱したのは16、7くらいの齢のこと。それからすでに10年以上も経っているのだから、まだ成人したてかしてないかくらいの子供たちのことは知らなくて当然だろう。

「雷の如く、いやまさに雷! 雷の化身! 我々を竜の脅威から護ってくださったのはなんと! 精霊円卓の一席を担う天より遣わされし我らが雷の王!」
「我こそはアウストラリアが国王、バルド・テラ・アウストラリスである。我が甥パトリック、並びにフラン・リヴァプールの婚姻を祝福する!また今日2人の婚姻式のために集まったノーフォークの民、並びに我が国の国民諸君!諸君にも心から祝福あらんことを!そしてこの場を借りて、我が国の発展のために日頃から尽くし支え励む皆に感謝を!」
「うおおおおぉお!」

 会場は王族の登場に歓喜一色である。派手な演出もさることながら、すっごいアップダウンだ。この波、そうか。あの中に──なるほど・・・なら次なる絶望はアレか。鎖に雁字搦めにされた美しい水晶、そしてあの場にフランがいないことを考えると──。

「ギャア!ギャジャア!」
「・・・アレ? えーっとこんなの台本に・・・」
「・・・いったいどうした」

 しかし──、王族の登場から一変、竜たちの様子がどうもおかしい。落ち着きなくオロオロする雷竜にワイバーンが合流する。そしてまるで何かに怯えてるように雷竜はワイバーンを従えてその場所をグルグルと旋回し始めた。

「なんか・・・様子がおかしいぞ」
「おかしいですね・・・竜が守る秘宝。その中には奪われた花嫁が。花嫁を救い出すべく新郎は竜に立ち向かい激闘の末に水晶を奪還し竜を撃退する。また花嫁を包んでいた水晶が割れると水晶のカケラが飛び散って暗雲を霧散させ世界が光を取り戻す。つまり助け出されガラスの細工を割るとその中に閉じ込められていたフランとパトリック様の共同作業により空に蓄積された膨大なエネルギーの放散とともにフィナーレ。火花降り注ぐ青空の下で竜に認められた新郎と新婦が永遠の愛を誓う・・・そういう演出だったはずなんですけど・・・」
「それ、放散だけですむんですか? もし雷が落ちでもしたら」
「それは大丈夫です。あの雷は王族の皆さんによって精密にコントロールされたものですので」

 実は今日の演出に一噛みしていたケイトも、竜の異変を察知する。

「よくフラン先生が承諾しましたね」
「いいえ? 承諾などとってません。あの子嫌がったのでビッドの調合した眠り薬を飲ませて無理やり放り込みました」
「それって犯罪(パワハラ)」
「先輩の好意を素直に受けない方が犯罪です」
「・・・それじゃあこの後の竜の動きは?」
「王に選別され加護を貰ったパトリック様と激戦を繰り広げるべく下降してど迫力の戦いを演出するはずだったのですが・・・あ、もちろん観客と竜との間には見えないバリアが張ってあります。安全対策はバッチリ・・・だったんですが・・・」
「なにか・・・?」
「さすがに、竜のブレスにまで耐えるような代物ではありません。もし正常に戻らなかった竜がバリアに向けてブレスを撃つと・・・」

 何それ・・・想像しただけで身の毛がよだつ。絶対にヤバイやつじゃん。・・・どこまでが予定調和? これもサプライズってことはないよね。

「オォオオン!」
「きゃっ!・・・アレ、落ちてない?」
「うおっビビッタぁスッゲー演出」

 空を旋回していた雷竜が吠えると、雷雲から数本の柱が直下の民衆の上へと降り注いだ。しかし雷はケイトの言っていたバリアによって上空で放散した。この紙一重の攻防に民衆は大興奮しているが──。

「フランッ!」
「おい待てパトリック!」

 この状況、今一番危険に晒されているのは竜に結び付けられた水晶の中にいる花嫁のフランである。王族の集団から飛び出したパトリック。

「パトリック様」

 すると、眷属化し美しい武装を纏いながら空へ飛び出したパトリックに観客の中から合流する影があった。

「フヨウッ!」
「お供いたします」
「・・・ッ。それじゃあ君はそっちの1匹を頼むッ!」
「承知ッ!」

 完成されたコンビネーション。まだ拙いミリアと違い最終形態まで眷属化できるパトリックはフヨウにも加護を分け与え、自由自在に2人して空を跳び、雷竜に従属化してしまったワイバーンを引き剥がす。

「くうっ・・・なんて暴流。暴走したエネルギーが・・・ッ!」 

 一方、雷の制御で手一杯の王族たちの中、魔法の恐ろしい面が第一王女のソフィアを襲う。制御するために繋いでいるアクセスルートを通って暴発しかけてるエネルギーが逆流したのである。中途半端な技量で魔法を扱えば自分はもちろん周りにも被害が及ぶ。更にまずいことに一旦自然の摂理に同化して仕舞えば、人の手に負えない災害となる。最早雷雲の大きさは自然的にも発生する確率はゼロに等しいレベルまできている。超常現象化してしまった雷雲・・・あんなの、あの竜が正気に戻ったところで止めることができるかどうか。・・・過去、リアムがしたようにアレを発散させてしまうしか方法はもう残っていないようにさえ思える。だがそうすれば、被害は森が半壊するレベルには収まらない。
 
「ソフィア!・・・クソッ!テイマー!」
「申し訳ありません! なぜか、命令がワイバーンに届かなくて──!」
「支配状態を書き換えられたんだ!おい親父っ・・・父上! 雲の中でどんどん帯電してってる!このままだと制御離れてマジで国民に落ちちゃうぜ!」
「言われずともわかっておるわライアン! 集中せい!」
「ケッ・・・こんなことなら俺の竜も連れてくればよかったぜ!」
「口を閉じなさいライアン!あんな赤ん坊の竜連れてきたって成竜に勝てるわけないじゃない!」
「・・・二人とも、いい加減にしないと後で・・・な?」
「は、母上・・・申し訳ありませんでした」
「よろしい・・・アリア、私がソフィアの方をカバーするので」
「わかりました。お願いしますジャネット・・・シルヴィア、あなたも私の補助に廻りなさい」
「・・・はいッ!」
「ソフィア・・・シルヴィア、ライアン、ライカもそろそろ限界か・・・増幅したエネルギーが魔力の繋がりを逆流し始めている・・・ 致し方なし、いざとなれば私が精霊化してアレを止める!」
「いけませんお父様! 国を守る奥の手をこんな簡単に見せられない!もう少し、私だって──」

 第2王子ライアン・テラ・アウストラリスとバルドを中心に、王族たちの会話をイデアの協力でシレッと盗み聞きする。ライカの齢はカリナと同じくらいであろうか、その弟であるライアンの齢はアルフレッドやミリアたちとあまり変わらないように見える。あの齢で幼いとはいえ竜と契約してるとは相当な実力者なのか?・・・また、第一王女のソフィアと第三王女のシルヴィアはアリア、そしてライカとライアンはジャネット・テラ・アウストラリスとそれぞれの母の補助につく。遺伝的な形質の観点から血の繋がりが強い方が、魔力においても何かと都合はいいはずだ・・・。
     
「まさか王族の登場に萎縮したわけじゃあるまいし」
「もちろん違います。何平和ボケしたこと言ってるんですか。・・・竜はその程度で怯んだりしません。あの竜が混乱している原因は恐らくマスターですよ?」
「・・・は?混乱?・・・え、ボク?」
「竜という生き物は、序列を非常に重んじる種族です。ワイバーンは雑兵、相手の力量も分からずに何にでも噛みつく恐れ知らずですが、何分竜の血も多少入っているので力の差を叩き込めば懐柔もされやすく忠誠心はそれなり・・・しかし本物の竜は違います。圧倒的な最強の遺伝子を持つ彼らの世界は弱肉強食、力こそが全て、故に一度でも敗北し支配されれば群れのボスに従属します。でなければ尻尾巻いて負け犬となるか群れに殺されるかの2択です」
「・・・まさかハイドがあの竜より実力が上ってこと?」
「そうなんでしょうね。一方であの竜は板挟みになって苦しんでいる。自分の主人の命令と、より強き存在との狭間にて」
「・・・まいったな」

 雷を背に従えるあれほど立派な竜にまさか僕の中の怪物が勝るというのか・・・でもそうだよな。寝起きの一発で山1つを吹っ飛ばす竜が世界中にいたら、今頃世界は滅んでる。自分でも呑気なこと言ってるなって思うけど、要はそういうことでハイドはきっとそれなりなんだろう。

『マスター。ブレスを撃ったときのように、自分の中の竜の力を呼び起こすんです・・・ただし、暴走させてはなりません・・・頭は冷静に、心は熱くってやつです』
『急展開すぎるでしょ・・・わけわかんないしついてけない。面倒だな・・・あっ、だったら一旦僕がここから離れちゃえば・・・』
『無駄です。2ヶ月、宿った頃から考えればもうすぐ2年になります。既に縄張りとして、ニオイなり格が土地に染み付いている・・・かもしれない』
『嘘でしょ・・・ってめっちゃ中途半端!』
『ですが半分本気です。人はもちろん、あの竜も助けることのできる解決策はただ1つ。マスターが直接あの竜に命じるしかありません』
『なんて?』
『ただ、”許す”と』

 ここにきて怪物通り越して化け物染みたあの力を使えと?でも迷ってる暇もなさそうなんだよね。雷竜の恐怖がワイバーンたちにも伝染してる。そしてイデア曰く、物語は加速し続け次の展開を待っている。 

「この圧力は・・・」
「・・・無理だ。まだ、制御できない」

 だけどできない。いや、正確にはここ最近の魔法の鍛錬の成果もあってできそうはできそうなのだが、どうにも何も放たずにってのがまだできそうにないのだ。つまりブレスを一々撃たなければならないのである。しかしそんなこと王族や領民の前でやったらどうなる?・・・僕は確実に異端視され、処刑されるか生体実験のモルモットとして獄中に一生囚われやしないか。

「父さん。お願いがあるんだけど」
「・・・言ってみろリアム」
「今から僕が、アリア全員をあの方の前に送るから、それからパトリック様たちの援護をしてくれないかな?」
「全員って・・・お前も行くのか?」
「僕は別行動をとる。どうやらあの竜が萎縮しちゃってる理由がさ・・・僕にあるみたいなんだよね」
「竜・・・そうか。なるほど」

 ならばと、僕はウィルに協力を願い出る。ウィルとアイナ、それからティナとカミラはあの日の流星の正体を知っている。つまり理由を説明する必要がなくて、かつ、みんなの統制が執れるとすればその役の適任はウィル以外思いつかない。

「よしっ、送れ!」
「ごめん。せっかく自粛してたっていうのに」
「いいさ。演劇に参加せずとも後で挨拶はしようって思ってたんだ。それに本来王族を守るのがハワードの役目・・・その鼻っ柱をへし折れるって考えただけでワクワクする」

 リアムに謝られたウィルは予想に反してニヤニヤしていた。今回ごっそり王族がこちらの式典に参加したのに一人もハワードがいないのはなぜか・・・とその理由は想像に難くないでしょ? 城の防衛なんて苦し紛れの言い訳に過ぎない。一番守るべき存在がここにいるのに何が防衛、何が近衛隊であるか。だが自分たちの役目を放棄してまで嫌っているウィルに今こうして見せ場と役目を全てかっさわれようとしているのだから、ざまあないといえば、ざまあない。

「・・・ッ! この気配は!」
「よっ、ジジイ、助っ人にきたぜ!」
「ウィリアム!」
「ウィリアム・・・?」
「お久しぶりでございます。アリア様」
「ウィリアム!アイナ!?・・・本当にあなたたちなのですか!?」
「お隣から失礼・・・ご無沙汰しておりますアリア様。またあなたとこうしてお話しできることを心より嬉しく思います」
「ウィリアムとアイナか・・・それにカミラにリゲスまで・・・久しいな」
「はっ! 王、またそのご家族の皆様におかれましてはご清祥の段、お慶び申し上げます。・・・早速ではありますが、出過ぎた真似とは存じております。しかし我々にも是非この街の領民としてお役目を果たさせていただきたいと」
「うむ・・・頼む」

 登場とともに演じる演じる。みんなに見られてるからね・・・でも、違和感はあまりない。父さんたちはもう1つのレジェンドなんだから、この展開なら後からいくらでも弁明はできる。

「うへぇ、母さんまるで騎士だよ?」
「母さんはね、元々貴族に仕える従者だったんだよ。それに母さん自身貴族家の出身なんだ」
「父さん、それ初耳なんだけど・・・」
「ハハッ、カミラはあまり昔のことを語りたがらないからね。けど、ウィルも情報解禁したみたいだし・・・」

 また、自分の母親の過去をあまり詳しく知らなかった子供たちは素直に驚愕していた。でも、飲み込めなくもない。俺、私らが母は異常に強いから・・・戦闘も愛も。

「ダリウス! ルキウスさん!」
「なんっすかウィリアムさん?」
「今からもう一度さっきのアレやるぞ! ただし今度は俺らも加わる!」
「・・・ッ! 嘘でしょ!?」
「それは・・・ダリウスやろう! こんなワクワクする展開はないよ! まさか伝説のパーティと一緒に竜に立ち向かうなんてさ!」
「でもさ、そんな急拵えで一斉射撃なんてしてその魔法まで暴走しないか? それに外してあの雲に当たったりしたらことだぞ」
「大丈夫でしょ、ついでに空のアレも相殺しちゃえばいいんだよ」
「お前ちょっと興奮し過ぎだ。いつもの冷静さはどこへやった!」
「ダリウス、その辺は気にするな。アレでいて竜は知能が高い・・・あんな風になっちまった原因は分からねぇが、自分が害されそうになれば必ず反応する。大丈夫だ、信じろ。本能ってやつを」

 生存本能に訴えかけるとなると、これ以上のパニックさえ起こさなければ竜にとって選べる選択肢は1つしかなくなる。それは攻撃を先ほどみたいに相殺すること。何も反撃せずに攻撃を受けてもアウト、避けてしまって雲に攻撃が当たってあたり一帯が吹き飛んでしまうほどの爆発に巻き込まれれば竜といえどもタダでは済まない、故にこれもアウト。

「みんな! 生半可な攻撃じゃまた相殺されるぞ!リキ入れろよ!」
「リキって・・・パトリック様はまだしもあの中にはフランが・・・!」
「あの竜は竜人族から借りている大切な竜だ! そう簡単に、殺すなどッ」
「いくぞっ!攻撃魔法の主属性は風と土!闇と火が得意なやつは補助に回れ!砂を軽くしつつ風を暖めて威力を傘増しする!」
「おう!」
「ただし雷はご法度だ、だから雷が得意なやつは王やアリア様たちの補助に回れ!」
「はい!」
「またその他属性使いは魔力強化や体力回復のサポートだ!持続的な放射になるだろうからな・・・カミラ、お前は光魔法も併用して射撃を視覚的にサポートしてくれ! 焦点、向き、収束具合がわかればそれでいいから!」 
「チッ世話の焼ける・・・了解ッ!」
「俺の合図でみんな発射だ。俺はみんなの魔法をまとめあげてバラバラに分散しちまわないよう調整するガイドに努める!」
「ウィルのサポートは僕に任せて」
「助かるエド、頼む」

 屈強なり、今一番正しい行動をとっていると自覚して動くウィルは批判などお構いなし。これほど強い意志というのは片足を無秩序に突っ込んだ緊急状態においては特に効果的に、統制のシンボルとして有無も言わさずに群れに伝播する。戦場にて一瞬で大多数を味方につけ仕切るウィルはまさしくBossである。ウィルの指示によって各々が自分の役割を確認し、持ち場につく。

「まさか僕が仮面をつける日が来るとは」
「必然でしょ。見えない仮面は既にたくさん被ってるんですから」

 さて、どうやらもう準備が整ってしまったらしい。早いな・・・流石は一流の冒険者たち。しかし僕はここまで来て本当のところ仮面をつけることにあまり乗り気ではない。・・・ダサいっていうか。もっと頭脳にものを言わせ謀略、計略を巡らせる知能犯がつけていたりするとかっこいいなって思うんだけど、こんな行き当たりばったりで特定防止のためだけにつけるなんてなんか情緒がないというか芸術性がないって感じでダサい。・・・結局のところ、調子に乗っちゃわないかとか、仮面をつけたせいで逆に自分の内面を曝け出してしまわないかが怖いんだよね。

「10、9、8」
「準備はいいですか、マスター」
「いいか、あまり複雑な魔法は使うな! 調和が乱れたら困る!」
「7、6、5」
「煮えたり冷えたり・・・けど、悪くない」
「カミラ! リングを!」
「おっけ・・・このくらいか!」
「4、3、2」
「では・・・」
「ティナッ!・・・そうか、押し飛ばされないようしっかり父さんを支えててくれよ!」
「はい・・・私も一緒に」
「これは負けられないな」
「1・・・」
「転送」
「・・・いくぞ」

 我を圧倒的強者の縄張りに引き摺り込んで罠に嵌めようとしている者たちよ、なんと恐ろしき風格か、逆鱗まで穢す血の滴り、貴様ら雑魚には感じることすらできぬのだろう。しかし主人の命令は絶対である、身を背け逃げるわけにもいかぬ。

「四属性(テトラ)一斉放射(バリスタ)!!!」

 竜もまた、下での異変に気付き口をグッパリ開けてエネルギーを蓄え備えていた。だが今度こそ、竜の脅威から街の人たちを守るために現れた英雄たちが放つ渾身の一撃は──。

「やあ、僕のせいでごめんね・・・それ、もらうよ」
「──ッガフ!」

 突如、竜の前に現れた人影。・・・リアムの瞳に、円環が浮かぶ。

「流石一流、これだけの魔力なら僕の魔力も隠れるだろ。さあやろうかっ──メテオ」

 自分の魔力を後ろの竜の収束したエネルギーと結合し、掻っ攫う。同時に僕の中に眠る竜の力を感化して更に呼び起こし、完璧に近づけ偽装する。

「想像以上の威力だ、互角か・・・ッ!」
「いや、少し押してるみたいだよウィル・・・これでいいんだよね?」
「マジか・・・だが、大丈夫な・・・はずだ。俺はあいつを信じてる・・・エド、竜が少しでも下降してきたら一斉放射の威力を徐々に弱めていく」
「・・・どうして?」
「なんででもだ! 最早上空のアレはバルドがパトスを召喚するか、あるいは精霊化しなきゃ止められないほどの代物になってる! そのルートを辿らないようにするには・・・正気を取り戻した竜と協力して、エネルギーを除去するしかない・・・竜はエネルギーを喰らう生き物だからな」
 
 竜に少しでも多く雲に帯電したエネルギーを食わせ除去し制御を試みる。どうやって竜を正常に戻すのか、方法と根拠はと問われれば俺は答えることはできないが、今このぶつかり合うエネルギーの先にあいつがいるはずなんだ・・・これだけの魔力の塊とやり合ってるとなるとチョッチ心配になるが、信頼してる、俺の息子なんだからな。そんなことより、一塊と化してしまったエネルギーの相殺処理には爆発が伴うものだ。竜の助けを借りてそれでもダメなら、あの雷を魔力に還元し無害化する他に手段は残っていない。それができるのは・・・。 

「あんたらがウィリアムとアイナ? へぇ、アイナの方は噂通りの美人だが、ウィリアムはちょっとくたびれてるか?」
「・・・ッあぁんだとコラ! おい今俺の悪口言ったやつぁ誰だ!」
「挙句にキレやすいと・・・圧倒的な戦闘センスを持ちながらも人格者であり紳士。親父やカリナから聞いてた姿とまるで違うな」

 誰だいきなり俺の悪口いったやつ! 余裕そうに振る舞ってるが結構これでギリギリなんだぞ! それなのにッ・・・カリナ?

「カリナだと? 今のは・・・第2王子のライアンか・・・どうして王子がカリナを知ってるんだ!」
「もちろん知ってるさ。俺の姉ライカの同級生でありながらあいつは学院一の問題児。何度も寄宿舎から脱走を試み、ついには寮をカチンコチンに凍らせちまったんだ・・・噂のリアムってのはお前か?」
「いや・・・わ、私はアルフレッド・ヴァン・スプリングフィールド・・・と、ウグッ・・・申します。父、アルフォード・ヴァン・スプリングフィールド辺境伯が次男、にございます、王子」
「そうか違ったか。集中してる最中に邪魔したな・・・だが口上を最後まで言い切った!お前根性あるな!・・・よき!」
「お褒めに預かり・・・光栄にございます!」

 舌戦に次ぐ。だがこれが彼らが精一杯やっている証であり、お互いに鼓舞しあって支え合っているんだ。

「下であれだけの魔力が君を攻撃しようとしてるってのに、僕の方に噛みつくのかい?」
「誰か・・・そこにいるのか?」

 一方、上空にて──。

「こんにちは、パトリック。僕は・・・」
「ッ!危ないッ!」
「いきなり噛みつくなよな・・・僕ってそんなに怖い?」
「・・・止まった?」

 ワイバーンたちの網を突破してきたのか、ようやく竜の元へと辿り着いたパトリックが見たのは、仮面をした子供。また、パトリックの登場によそ見したのを油断ととった竜が仮面の子供に噛みつこうと動いたのだが、次の瞬間、ピタリと竜は動かなくなる。生暖かくてちょっと気持ち悪い風が口から出ているから呼吸は止まっていないし、まぶたの動きも健在である。

「このブレスを放っているのは竜だとばかり・・・」
「でもパトリックがここにいるってことは、ワイバーンはどうなったんだ?」
「彼らか?・・・彼らは急に戦闘を辞めて沈黙した。今は私の部下が見張ってる」
『マスターの登場で支配状態が更に書き換えられたようです』
「そっか、なら君ら元の主人のところにお戻り」
「グウウラウッ!」
「怒るなって・・・わかっただろ・・・解れよ。今、君を守ってるのは紛れもなく僕だ。例え過程がどうであれ、僕が君を守ってる。つまり君の敵になるつもりはないってことだ。君が僕の縄張りに入ることを許す。だから、怯えなくていい」
「──グルルル」
「よし、いい子だ」

 抵抗は感じない、よって竜にかけた空間固定の魔法を解く。おい鼻息荒いって、わかった、わかったからさ、あともう少し大人しくしてて。

「もう・・・無理だ」 
「おいっ! ・・・俺も」
「まずい、魔力切れで倒れる人が出始めたよウィル!・・・まさかドラゴンがこれほどの生物だったなんて・・・流石は最強といったところかな。あいつらにもヒケを取らない」 
「あいつらか・・・だな。俺も、ちょっとこれは・・・予想外だった」

 地上のウィルたちは空から途切れなく放射されるエネルギーとの衝突と、その均衡を保つのに苦戦している。

「おいっ! 竜ってのはどんな化け物なんだよ! もう彼此1分この調子だぞ! これだけのエネルギーを継続して放てるとか、よくベルはこんな化け物の王に勝てたな!」
「神話はあくまでも神話だ!例え実話に基づく神話であろうと、俺たちと同一視しちゃダメだ!」
「わぁってるよ! ただ、もしこの辛抱どころを耐え凌げれば私たちも本当に英雄の仲間入りだなって思っただけさ!」

 たった1匹の竜の咆哮に苦戦している現状に、神話の英雄の存在を疑問視するカミラとウィルの間に繰り広げられる舌戦。しかし──。

「英雄・・・」
「英雄か・・・俺たちが?」

 英雄という言葉に、この街屈指のトップランカーたちが反応する。彼らは元から野心の塊。例え何度も同じ相手に敗北し反骨心が没落しようと、英雄に憧れる願望はまだ消えずに燻り残っている。・・・憧れが、力を生む。ドーパミンからノルアドレナリンを経て、アドレナリンへ。興奮が肉体の限界を突破させる。肩にかかるプレッシャーが、大勢の守るべき者がいる環境に英雄願望のリミッターが外れる。

「ウィリアム!」
「ああ!絶対に負けられない大一番・・・腕の見せ所だぞお前らぁ!」
「シャアアアア!」

 これを凌げば一生自慢できる。俺は竜のブレスとやりあったことがあるんだって、結果は?って聞かれれば、じゃあ俺がここにいる理由はなんだって威張りも自慢もできる。トップランカーともなると冒険者たちは皆、そんなメダルやトロフィーのような名誉が欲しいのである。

『リアム・・・こっちはそろそろ限界だ・・・まだなのか・・・!』

 だが、ウィリアムは皆を鼓舞しながらも冷静である。こんなにも血湧き肉躍る命を賭けた熱い状況なのに・・・。

「・・・雨だ」

 エネルギーのぶつかり合いによって暖められた空気が上昇気流となり、上空に持ち上げられた雲の温度が下がっているのだろう。雲頂が伸びて中層から上層へと、最初はあたたかかった雨が、だんだんと冷たくなっていく。

「あれはッ!おい、ワイバーンが降りてきたぞ!」
「・・・ッ! 絆が戻ってる! ワイバーンとの絆が戻りました!」
「そうかっ・・・さすがだ」
「ウィリアム?・・・それはどう言う意味だ」
「へへっ、なんでもないさ。それよりジジイ!俺と喋ってる暇あったら偉大なる兄上かどっちかであの雷雲なんとかしてくれよ!」
「そうだな・・・兄上。これ以上雲が膨らむと無害化するのには量が多すぎる。さすれば無害化できなかったものをどこかへ落とさなくてはならない」
「・・・潮時か。ブラームスは己が領民を守れ。私があれを消しにいく」
「はい。・・・気遣い、痛み入ります」

 ワイバーンの帰還によって、ついに国王が動き出す。まずは現在自分が担っている範囲の雷の制御を弟のブラームスへと引き継ぎする。

「よしっ・・・そろそろ、弱めていっても・・・」
『マスター?』
「ちょっと待ってね・・・あれ?鎮まらない・・・どうして」
『落ち着いてください。蛇口をひねるように、掌から出ている力を絞るんです。同時に供給の源栓も閉じて』
「蛇口をひねるように・・・できない!なんで!」

 竜の力を引き出すために、僕は感情を昂らせようとした。曰く、悲とは号哭のほどに簡単に羞恥心を融解する。であるから月並みに、胸を震わせ何か悲しいことを考えてみた。例えば自分が死んでしまった時のこと、加えてそれがまたいずれ僕の身を襲うという恐ろしさ。だけど完全なスイッチを入れたわけじゃない。これは悲哀。自分を哀れみ悲しいからと涙を流したわけでもなく、故に集中力がそんなに長く続くはずもなく・・・今は別にもう悲しくもなんともない・・・のに、この胸の高まりを止めようにも理性だけでは抑えきれない。それどころかどんどんと増幅していく一方だ・・・どうして・・・ ダメだ・・・右手が痙攣してきた。

「下から突き上げてくる力が弱まった・・・まずい、このままだと・・・一か八か・・・」
『ダメです、まだ諦めないでください。その方法を採った場合、たしかにウィルたちは助かりますが、後ろの城含め何十キロにも渡り爪痕を残してしまう可能性があります』

 ふと、頭を過ぎったのは誰もいない方へとブレスを逸らす事。こんな高密度のエネルギーで爪痕を残してしまえば被害は凄まじく、復興には多大な時間がかかるだろう。新しい土で埋め立てなければ数年、十数年は草も生えるかどうか怪しい。こんなことになって、城の中からはみんなが避難して・・・おい、誰だあの人影! 展示室に誰か残ってる! 騒ぎに乗じて宝物盗もうとしてる泥棒がいるぞ!

「イデア!」
『送ります』
「んなっ! なんだここは・・・hixeeeee! ドラゴン!」
「咥えてて、そいつ泥棒だから」
「ガッフ」

 まったく! こんな一大事に余計な心労かけるんじゃないよ! もうそのまま飲み込んじゃってくれていいから!

「イタッ!・・・雹が降ってきた」

 踏んだり蹴ったり・・・今度はついに上空では溶け切らずに空から降り始めた雹が僕の頭に激突・・・ああ、イラついてきた!

「パトリック様! ワイバーンが急に・・・リアムくん?」
「んなっ!?  僕は・・・クソっ今はそんなことどうでもいい!」

 すると、ワイバーンの監視をパトリックに命じられていたフヨウまでもが彼らの帰還を期に僕たちの元へと辿り着いたわけなのだが、何分緊急なことで構ってる余裕がない。

「体を奮い立たせてる熱の元は心臓の鼓動か胃の緊張か。そっちの蛇口を捻って供給を止めたいんだけど・・・どうにも、そっちに集中すれば右手の方のフィルターが決壊しそうで・・・」

 あっちを構えばこっちが構えなくなる。やはりまだ、僕にこの力は分不相応である。制御を過信した悲哀が暴走し、絶望を生み始める。

『ハイド・・・お願いハイド、起きて!』

 こうなったら──。

『ハイド・・・ハイド!』

 呼ぶしかない。頼るしか・・・ない。

『お願いだから起きてくれハイド!』

 ほら、今の僕の中に渦巻く力のバランスからして、環境は君好みになってるはずさ。

「ハイド・・・ハイド!」

 ついつい熱が入る。もう、声に出さずして呼び掛けずにはいられない!

「プリン・・・用意できてないんだけどさ、後から絶対作ってやるからさ・・・」

 そういえば、そんな約束もあったけ・・・自分の約束なのにあったっけって・・・ちゃんと守るからさ。

「ハイドおおお!!!」

 お願いだから!・・・ッ制御が・・・あふ、溢れて・・・!

『ふぁあああ。なんだ、呼んだか?』
『ハイドッ!』
『んあ? なんだ・・・同族の匂いがするな・・・こいつは雷竜か?おいおい俺以外の竜も配下に加えたのか・・・嫉妬しちゃう』
『お願い! 今は何も聞かないでこのブレスの制御を手伝ってくれない!?』
『・・・なるほど、大体読んだ。しかし竜が悪者か・・・少々不快だな』
『頼むから手伝ってくれよ! もう抑えが効きそうにないんだ!』

 ・・・きた。きたきたきたきた! ようやく、待ち望んだ助っ人が・・・きた!

『お前・・・悲哀を糧にしたのか』
「なにかまずかったかな・・・」
『いや、俺にとって悲哀ってのは少々特別でな・・・事、現状においては』
「その声・・・やっぱりリアムくん?」
「なっ・・・だからぼ、僕はリアムなんて名前じゃ・・・」
「俺はリアムじゃない・・・小娘、俺の邪魔をするな。俺が許すまで黙ってろ」
「フヨウ・・・」
「はっ、はい! 申し訳ありません!」

 小娘って、どう考えても僕の方が小柄で童なんだけど。まだ辿り着いたばかり、一切の状況を把握できていないフヨウに空気を読めと言うのは酷な話だが、ここはパトリックの指示に従ってくれるとありがたいかな。

『さて、リアム。本当にやばい時は俺が今みたいに代わってやる、安心しろ。・・・だがそうなるまでは俺が制御のコーチしてやるから、お前が』
「君は・・・この状況を・・・みんなの命を危険に晒しているこの状況を踏み台にして僕に成長しろって言ってるのか・・・!」
『そうだその通り! 俺はひょいひょいイデアみたいにお前を手伝ってやるような甘ちゃんじゃないんでな!いわば実戦実力派、さあ、まだまだ寝息レベルのブレス、だからって本当に息継ぎはするなよ?』
「ちょっ! ややこしいこと言うな!・・・あぶな、思わず深呼吸しかけたよ」
『面白いジョークだろ?』

 今の僕は側から見ると訳のわからない独り言を言ってる凶悪なる変人だろう。

「面白くない!」
『カッカッカ! だから面白いんだ!・・・さて、冗談はこの辺に・・・まずは片手で制御している力を両手に分散するんだ』
「どうして・・・」
『いいか、2つで放つんじゃなくて1に1を添えるんだ。そうすることで、意思の指向はそのままに、力をくっつけ分散させては放射を止めるを繰り返す。だから支えるとかいかにも作業に参加するようなそういうイメージを持つな』
「・・・なるほどッ!」

 イメージは電気の変圧。バスケのシュートってイメージのほうがシンプルでいいんだけど、僕バスケ一回もやったことないんだよね。左手は添えるだけってね。・・・さて、今回はエネルギーの向きや大きさではなく、どちらかと言えば”勢い”に相当する電圧を殺していきたい。つまり電圧をより低い電圧へと変換し、勢いを減損させていく。そうした変圧器の役割を右手に与え、変量的にブレスの電圧を下げて・・・そもそも変圧の概念からして減圧しようと供給源のエネルギーの強さが変わることはないし、電圧を下げるってことはつまり逆流を許す様な行為であるわけでやはりこの解釈は間違っているのだけれど、でもなんとなくのイメージはできた。・・・自分でも焦ってるのがわかる。今はこのくらいややこしくて曖昧なイメージしか・・・わざわざ整合性も取れないのに遠周りするほど、頭の回転に歯止めが効かないし、抽象的だし。

『ッ余計なこと考えなくていいんだよ! ただ俺の言った作業だけに集中しろ!』
「これでもいっぱいっぱいなんだ・・・そんな言い方ないだろ!」
『・・・クソッ代われッ!』

 だが、そんなめまぐるしい言い訳も虚しく失敗してしまった。原因は理論を完成させられない未熟さであり、理論を必要とする集中力のなさ。・・・技術ではない。技術はあくまでトラブルが発生した要因であり、これを失敗に終わらせた原因は経験に基づく信念の欠如である。さもありなんと自分で自分を分析してしまって・・・虚しい、この程度でもう挫けそうになってる自分が嫌になる。

『やっぱり、最初から君がやってくれればよかったんじゃないか・・・僕はまだ、訓練中で』
「ふざけたことほざくな。今直面してるような危機は予想に反し突然やってくるものだ。お前が準備できるのを一々待ってはくれないんだぞ」
『悪かった、こんなことを言うつもりは・・・助かるよ』
「・・・俺を呼び起こせるまでに力を制御したこと、感心してなくもないんだぞ」
『ツンデレって奴ですね』
「誰がだイデア!クソッ頭にきた!」

 イデアがいじるとハイドが怒る。この魅力的な交わりに僕も一緒に参加したいところだけど、今すべきは学ぶことだって涙を流しながら必死に自分に言い聞かせる。この感覚を覚えて後で何回も反芻する。体が火照るんだ・・・血液がポンプによって全身に送り出される。しかし脳は至って平常であり、湧き上がる熱をコントロールしてる。大丈夫、この涙ももう少しいろんな経験を積んだらそのうち出なくなる、だから恥ずかしいことじゃないッ──。

「パトリック! この物語の結末はなんだ!」
「えっ・・・一体なんのことか」
「言ってみろ! この物語の結末はっ!これはお前の物語だ!」

 すると突然、ハイドが徐々に、徐々にブレスが収束し減退していく様子を傍観していたパトリックに問いかける。これはお前の物語のはずだと。今日の主役はお前だ、俺でもリアムでもない。お前なんだって。

「ハッピーエンド。僕は花嫁を救う」
「・・・そうか」
「だけど、できればこの竜も救いたい! こいつは今日のために、僕らのために強敵役を引き受けてくれたのだから!」
「・・・そうかッ!」

 未だ、下の連中にはこのブレスを放っているのは俺の後ろで控えてるこいつだって思われてるんだ、・・・ならな?

「仕方ない。なら俺がお前の人生の一幕の完成を手伝ってやろう」
『ハイドッ! その弓は私のッ!』
「いいじゃないか。ケチくさいこと言うなよ」

 現在、体の主導権を持つハイドがイデアから何かを取り上げる。心内、裏でその光景を見てると、お魚加えたドラねことそれを追う魚屋の店主・・・それにしてもなんて悪い笑みか。身内でも・・・身内だからゾッとする。

「ほらよ」
「これはっ!」
「弓を握ってる間は眷属化は解くなよ? その弓は命を吸い取るからな、パトスの加護なしにお前如きが素手で触れば一瞬でミイラになる。霊弓アマティヴィオラ── その弓は射抜きたいものだけを射抜ける超優れ物だ。ただし──」
「・・・すごい」
「射抜きたいものが絶対に射抜かれる。その意味、わかるな?」
「・・・ッ」

 ハイドがイデアから取り上げてパトリックに貸し与えたのは、アマティヴィオラと呼ばれる霊弓。いったいその美しく、禍々しく、恵と破滅の融合を感じさせる弓の正体とは──。

『ちょっとそんな便利なものがあるのになんで僕に貸さなかったのさ!』
『どうしてってこれは私の命に相当する大切な宝で・・・!』
『・・・私の、命?』

 わからない。わからないから、知らなかったから怒ったんだ。だがイデアから返ってきたのは意外な答え。つまりそれは──。

「その弓、放てば必中。全てを加速させ終焉を与えることができる矢に不可逆を可逆にしあらゆる性質の向きを変えてしまう可変の性質を付与し装填できる。矢の名前はアガナ・ベレアとゼノン。放たれた矢は射手の射抜きたいものだけを射る。原始と終焉が織り成す救世と破滅、二種同一の幻の弓、エデンと並ぶ霊界の至宝」
『霊弓アマティヴィオラだと! なぜここにあの弓がある!』
「・・・ということは本物。これは聖戦以来の一大事か・・・パトスよ、どうやら我ら再び帯を引き締めてかからねばならぬようだな」

 意外にも、霊弓の正体を知っている者はイデアとハイドの外に2人、いや、1人と1座。

「矢は弓を引けば自動的に補充される!矢の名前はアガナ・ベレアだ!さあ、お前が射抜きたい物はなんだ! 敵は! 守りたいものはなんだ!」
「守りたいものは、フラン・・・そして、ここにいるみんな。敵は・・・それらを脅かす脅威。衝突する2つの英気と積乱の暗雲──!」
「なら、やっちまえ・・・俺が背くことを許す」
「討て!アガナ・ベレア!」

 ──ドクン。

「っ・・・魔力が・・・ハッ」
『いや〜絶妙なバトンタッチ』
「はぁ・・・はぁあアッ!どうしてパトリックが矢を放ったのに!ボクの魔力がごっそりと・・・」
『許可したからな。あくまでもあれを使えるのはイデアだけだ。つまり、イデアと同体であるお前の魔力が減るのは必然』

 必然って・・・そんな・・・こんなバカみたいに魔力かっさらわれる力を貸すこと断りもなしに許可するんじゃないよ! あっ・・・ヤバッ。

「・・・ヤバッ」

 次の瞬間、リアムの手から離れたブレスが暴走する。抑圧が解けた咆哮は元の威力へと膨れ上がり、制御が離れる前に与えられた一定の指向性に従い移動する。しかし──。

「消えた・・・跡形もなく」
「・・・いったい何が」
「もう・・・限界」

 ・・・消えた。さっきまで激しくぶつかっていた2つの勢力が、影も形もなく消え去った・・・というより無害だった頃の、凶器へと変換される前本来の形へとリセットされた様な。

『よけろバルド!』
「ぬうッ!・・・紙一重か」
『ゼノンでなく助かった・・・が、2つの勢力を消し去りそれでも止まらぬ矢が次に向かうは──ドラゴンか』

 そして、バリスタとメテオの両方を消し去った矢が180度急転換し、向かった先にいたのは──。

「グおぉ・・・?」
「すり抜けッ・・・結晶が!」
「・・・割れた。結晶が割れた」

 てっきり次の標的はドラゴンだと、下にいて全く事情を知らない誰もがそう思った瞬間、矢は鱗と肉をすり抜けてフランの閉じ込められていた結晶を貫通した。それから矢は更に加速し、向きを変えると上空の暗雲へと消え、大きな稲光と雷鳴の断末魔とともに消息を絶った。

「フラン!」
「フラン様ッ!」
「フヨウッ!?」

 貫通した口から、鎖と水晶が砂になって消えていく。眠り姫の落下とともに、美しい光の粉が観衆の頭上を舞う。

「間に合った・・・!」
「・・・ここは? ・・・キャーッ! なんで、なんで私空を飛んで・・・えっ、フヨウ!?」
「フラン様、ご安心を。私が側についております・・・それにほら」
「パトリック様・・・にリアムくん?」

 どうして仮面をつけてるのにみんな僕だってわかるんだ! ったく、まあ下のみんなには距離あるし、正体バレていないだろうからよしとするか。

『あれって・・・リトルウルフだよな』
『どうしてあんなところにいるんだ・・・まだ何か演出が残ってるのか?』

 ・・・が、みんな確証が持てないから声に出さないだけでなんとなーく、気づいていた。ちっこいのにあんなふうに空を自在に飛べるものなんて、正直ヤツしか知らない。しかし、今日は王都や他の町からもたくさんきてるし・・・もしかしたら学院から手伝いにきた優秀な学生かもしれない。

「我は国家の守護者なり・・・貴様、何者だ。なぜ貴様がその弓を持っている・・・」
「ゲッ!・・・ん?・・・んんッ???」

 背後から声をかけられたので振り向いてみると、そこにいたのはバチバチと全身から迸る雷を纏った国王が・・・えっ、ちょっとなに?その両手に持ってる如何にもヤバそうなちっこい雷みたいなやつ。

『エンペラーだ! まずい! あの雷霆今まともに受けたら──ッ!』

 2つのクナイの持ち手をガチャこん!と合体させたような感じのエネルギー体を両手に持ってる。あの、目がアンコウみたいになってますよ? 瞳孔とか虹彩とか強膜とかの境がなくて深海魚みたいな・・・青く光ってて綺麗だけど。お髭も御髪も荒ぶってらっしゃるし・・・雨のせいじゃないよね?湿気とか通り越してびしょ濡れだもんね?

「答えろ・・・然もなくば我が雷霆が貴様を跡形もなく消し去る。下で足踏みしていたからと、我がそこにいる竜ごときを討てないなまくらと思うなよ? その竜は他国より預かっている借りモノ故、無闇に攻撃できなかっただけのこと。消炭にしようと思えば、いつでも──」
「あの・・・申し訳ないけど、今悠長にお喋りしてる気力がなくて」
『精霊王クラスの精霊化を眼前にしてそういう受け答えしてる時点で悠長だ!イデアッ!』
『送ります!』

 リアムが精霊化という状態の国王を前に悠長な口を利いた次の瞬間──、なんの断りもなくハイドの命令のままにイデアがリアムを転送する。・・・おまけも一緒に。

「消えた・・・あれが噂に聞くファウストという奴だったのか」
『わからない。気配という形容もできなんだ。言葉通り私でも存在を測りきれなかった。それにあの瞳を見たか?』
「ああ。あれは竜や、竜人の・・・』
『そうだ。だが、どこか懐かしいような・・・いったい奴は何者だったのか。どうして奴がケルビムの・・・あいつと一緒に100年前に失われた至宝を持っていたのか・・・バルド、我は一旦精霊界へと戻る。いいな?』
「仕方あるまい」
「兄上!」
「ブラームスか。・・・緊急事態である。パトスが精霊界に戻り今現れた仮面の情報を集めにいった。その間国防は一旦王都にいるパワーズに任せることになる。だが・・・想定内といえば想定内だ。元々テロの警戒はしていたからな・・・このまま式を続けるぞ」

 国王とパトスの密談も続け様に、雷の消失によって制御を離れたブラームスが現場へと合流してこれから先のことを含め相談する。どうやらこのまま式を続行するようで、ブラームスがパトリックに目配せすると──。

「乗せてくれるのかい?」
「グルルル」

 竜がパトリックの正面へと態々ポジションを変える。否定、またはそれに準ずる行為がなかったことを肯定ととったパトリックは、竜の背に跨る。

「絆が生まれたのか」
「竜を手懐けた・・・?」
「まさか俺以外にも竜と絆を結んじまう奴がいようとは・・・流石はいとこ、というべきか」
「あんたのは幼竜、あっちは成竜。パトリックの方がよっぽどすごいよ。比較にもならないって」
「ちょっとちょっと・・・!イデア、竜は一生ボスに尽くすんじゃ?」
「・・・絆が盟約を凌駕する。こういうこともあるんですね」

 舞台の影から第一章の終幕を見届ける。従ってみんながその光景を目に、驚愕を隠せないでいるが、「違うでしょ・・・どう考えても、あの竜の主人より、ハイドの・・・僕の・・・ヤダな、面倒くさそうだからそれでいいや」とその実、現在パトリックと絆を結んだように見えるあの竜の主人は・・・おそらく僕だ。これは確証もない直感に基づく見解であるが、間違いない。

「フラン様・・・あなたの番です」
「フヨウ・・・わかりました。任せてください」

 竜の背に乗ったパトリックが近づいてくる。ようやく事態を飲み込めてきたフランは、しっかりと自分を空間魔法で固定して空中に立つ。

「お手を・・・お姫様」
「ありがとう」

 その、ありがとうが向けられた先は今日あなたの夫となる花婿ではなく私だった。だがそのありがとうの意味を咀嚼する間も無く、僅か2、3秒後には竜の背に乗った王子の手引きにより、私の手の中の姫の緊張がほどけ、そして離れていく。

「・・・」

 胸の前で手を重ねる。まだフランの温もりが手に残っている。しかしもう、この温もりがある場所は──。

「スノー」

 媒体となる雲があれば、見た目の派手さほど魔力はいらない。水を雪に変換するだけ。第一条件をクリアして、かつ、貴族のフランに必要なのはそれを可能とする技術のみ。

「雪だ・・・」

 お客さんの誰かが溢した通りにそれは雪であった。フランの魔法によって雲が溶けて雪となる。量と勢いは時間が経過するたびに増していき、紙吹雪のように粉雪が宙を舞う。

「空が凍てつく・・・が」
「チンダル現象だ」
「リアム!」
「父さん・・・ごめん、これ・・・お土産。城の中の人が空っぽになった隙に泥棒働こうとしてた奴」
「なに? おい 衛兵!」
「はっ!」
「待って! もう少し僕が見とくからさ・・・今は」

 ライアンが城の衛兵を呼ぶ。だが、僕は態々緊急時に堂々と盗みを働こうとした不届きな泥棒を拘束するべく動こうとした兵士たちを制止し、おもむろに空を見上げる。この素晴らしい光景を、この時間をみんなと共有したかった、・・・だから今、合流したんだ。

「空が青く見えるのはレイリー散乱。これは光の波長より小さな粒子によって光が散乱した場合、青色の波長っていうのは短いから・・・大気中の小さな塵や窒素、酸素分子なんかに当たって散乱するから・・・空は」
「おいっ、大丈夫か?」
「大丈夫・・・一方で雲や雪が白く見えるのはミー散乱。光の波長より同程度以上の粒子によって光が散乱するために起こる・・・つまり」

 ミー散乱によって純白さを取り戻していく雲の隙間から漏れ出す光。天使のはしごが天から降ろされて大地にかかる。この美しい光の恵によって滴をつけた葉は青々と瑞々しさを取り戻し、輝く滴は落ちると大地に回折してじんわりと染み込んでいく。

「下がっていろブラームス」
「はい」

 バルドが今日の主役の父親でもあるブラームスを下がらせる。ここから先は叔父として、そして王としての祝福を送ろう。

「Spread」

 制御され伝播する雷の衝撃によって雪が弾けて霧となる。そして──。

「虹だ!」
「きれい・・・」

 竜の背に乗った2人はそのまま、虹の彼方のいずこかへ行ってしまうのではないかと思えるほど清美なる、うっとりとする光景。晴天の空に太陽が現れれば、惜しい話だが背くとソレはそこにある。虹は太陽光が屈折や分散、反射の関係によって波長の短い色調順に並ぶ。

『Somewhere over the rainbow〜』
『Way up high〜♪って感じか?』
「フフ。竜と空と大地に人々、みんなに祝福された2人は、きっと・・・」
「おいリアム!?」
「もう・・・ダメ。父さん、次の出番までちょっと眠らせて」
「ああ、よく頑張った。ゆっくり休め」

 ナイスキャッチ、父さん。・・・これだけの恵みに祝福されたんだから、きっとこれから2人で歩む道のりは明るく照らされると信じてる。さあ、みんな・・・お疲・・・。

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