アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

244 2人の頭を抱える人

 ──15日後。さて、パトリックとフランの結婚式も無事終わって。

「リアムー! 準備できたー?」
「・・・」
「リアム?」
「できました・・・」
「そ。それじゃ行きましょ」

 そんなわけなかった!ロダンの考える人ならぬ極度の緊張で頭を抱える人、ゴロゴロお腹痛い、気持ち悪い、心拍数がおかしい、動悸が・・・このまま頻脈までいって心室細動しちゃいそう!

「にぎやかね〜」
「だな。おっ! あっちに美味しそうなボアーの串焼きが!」
「おいしそうだけど・・・」
「気にしないで行ってきて。僕は先に、楽屋の方に行ってるから」
「そう・・・ ティナちゃんはどうする? 私たちと一緒に回る? ボアーの串焼きとか他の屋台も見ていくけど」
「はい!・・・あっ」
「大丈夫。行ってらっしゃい」

 パトリックとフランの結婚式当日。街にはケルト調の音楽が流れ、お祭りムード1色である。一方、周りの雰囲気に反し僕一人だけが異様な空気に包まれていた。父さんやティナはよくこの大衆の前での演奏会が控えてるってのに食欲が湧くな・・・羨ましい限り。うん、僕のことは気にしないでいっといで。

「Ladies and gentlemen!さあさあさあさあ会場にお集まりのみなさん!私の声が届いておりますでしょうか! 本日はダンジョンLiveコンテストから飛び出して私リッカと──」
「ナノカが!これから始まる我らがノーフォーク次期領主パトリック・テラ・ノーフォーク様と、南は貿易とリゾートの街リヴァプール領よりノーフォーク家と並ぶ4大貴族名家の一角、リヴァプール家の御息女であらせられるフラン・リヴァプール様の式の出張実況をしてまいります!よろしくお願いしまーす!」

 今日の貴族街はいつにも増して騒がしい。しかしそれもそのはず、今日は平民も貴族も問わずに区画を仕切るゲートを通過できるのだ。もちろん検疫はしてるし、並び立つ屋敷の門は侵入者感知タイプの魔法警備システムが設置され厳重に閉められているが、ただ1つだけ、いつもは厳重に閉じられている門が今日は開いている。

「私初めてお城に来ちゃいました!」
「私も私もー! でもみなさん、お城の物を盗んだりしちゃダメですよ? 城の貴重品には複雑なアラートの魔法がかけられていますから、触れたりしちゃうとすぐに優秀な警備隊に捕まっちゃいますよー!」
「・・・ねえお姉ちゃん、そう言えばその首にかかった綺麗なネックレスは? 大きな宝石がついてるみたいだけど・・・」
「ああこれ? これね、今朝楽屋からちょっと飛び出してお城の中を歩いていたら落ちてたの。展示用って書かれた台の上に置いてあったんだけど・・・どう、似合う?」
「おまわりさーん!」
「ナノカちゃん! ちょっと待って冗談だから!これはただのガラス細工よ! 本物じゃないから!・・・えっ? ちょっと警備隊のみなさん・・・駆けつけるの早すぎません?」
「我らは公爵家直属の騎士であり、何せ優秀な警備隊ですから・・・ご同行願います」
「ぎゃーっ! さすが精鋭のみなさんって言いたいけど、・・・えっ? 私をワイバーンにくくりつけて・・・えっ?」
「いってらっしゃーい!」
「キャァぁぁぁ! ということで、最初のパレードまでの実況は妹のナノカニァあああ!」
「ということで、姉のリッカは暫し空の旅へ、記念すべき最初のゲストにはノーフォーク騎士団のみなさんを代表してジュリオさんと」
「はい、よろしくお願いします」
「そしてジュリオさんのお兄さん! 遥々王都より国王様の護衛として里帰りです! 王直轄の近衛騎士団所属、ロミオさんです!」
「よろしく」
「キャァアア!」
「ご兄弟揃って王の家系に仕えるエリート中のエリート!すごい人気ですっ!」
「ははっ・・・」
「どうも・・・」 

 幕開けは意外にも騎士団から・・・っていっても、このタイミングでしかゲスト参加できなかったんだろうなと思う。これからさらに人は増えるし、本格的に式が始まれば2人とも自分たちの主人の警護に集中せねばならない。
 ちなみに、有名冒険者枠ってことでなんと僕にも出演オファーがあったんだけど丁重にお断りしました。中央と父さんの確執もあるし。

「やっほー」
「アオイさんどう・・・」
「どうしたんだ? まるでゴーストでも見たような顔して、ニシシ」

 すると、賑やかな特設ステージの様子をふと足を止めて見ていた僕に声をかけてきたのは、ウィルたち同様出番まで場内を歩き楽しんでいるのであろうアオイだった。しかし、その後ろには──。

「ニシシ・・・? あ、お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん・・・?」

 いかにも忍び耐える者って感じの人が・・・黒の装束だが髪色はピンク、エセッぽいなぁ。・・・お姉ちゃん?

「お姉さん!? えっ、アオイさんお姉さんいたんですか!?」
「あれ、言ってなかったけ?」
「言ってないです・・・」
「そっかそっか、ごめんごめん!こちら私の姉のフヨウちゃん。私が商売するってノーフォークにきて、心配だからってこっちまでついてきたんだよね」
「フヨウです。いつもあ、アオイちゃんがお世話になってます・・・」
「こんにちは・・・リアムで・・・?」

 よくある社交辞令的な挨拶、だが、僕がフヨウに手を差し伸べると──。

「どうしたんフヨウちゃん?」
「いや・・・よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ・・・?」

 なんか、反応が悪い。まあ見ず知らずの人と握手するのが嫌って人も世の中にはいるわけで。昔の僕もそうだった。

「ぅう・・・ふぅ。やはり初めてのコンタクトというのは緊張するものなのです」
「コンタクト・・・コンタクトねぇ」

 あれぇ・・・この人と僕どこかで会ったことあるっけ? それともコンテストやら一定の露出をしてしまってるから、一方的に相手が僕のこと知ってるだけ?

「フヨウちゃんはお城で働いてるんだよ! ほら、私がリアムと初めて会った日のこと覚えてる?」
「はい」
「そっかそっかぁ、へへ、それでな? あの夜招待されたのってさ、和文化製品がまだ珍しいってのもあったけど、もう1つ、フヨウちゃんのコネがあってようやくパーティーに出店できたわけさ!」
「お城で?」
「そう。だからてっきり既に顔見知りかと・・・」

 ミリアの家庭教師ということで週1で城に通う僕が、既にフヨウと顔見知りだって思っていたらしいアオイはあれ?と首を傾げる。

「フヨウちゃんが前に会ったって言ってたからさ。私の店の一番の常連って噂のリアムに」
「会った?・・・あの、失礼ですがフヨウさんはお城でどんなことを?その格好だと騎士団の隠密部隊所属だったりします?」
「・・・言えない」
「ははは、たしかにフヨウちゃんは隠密だからさ。だから何してるかは無闇矢鱈に言えないんだなコレが!」
「きゃーアオイちゃん言っちゃってる言っちゃってる!」
「あ・・・ま、気にしない気にしない! フヨウちゃんは学院時代の同期ってそのよしみでパトリック様の下で働いてるんだけど・・・あっ、また。リアム、今のはオフレコードってことで1つよろしくっ!」
「えぇー」

 パトリック・・・ああパトリックねぇ。そう言われるとなるほどと、やはり彼女は本物なのかもしれない。・・・いやー異世界のくの1か〜、なんだかワクワクするね。

「変態ですか、マスター」
「ちょ、そういうことじゃなくて純粋に忍者ってさ、一度は憧れたりするもんだから!」
「・・・? リアムさんは忍者をご存知なんですか・・・?」
「ご存知ですよ? 耐え忍ぶ者って書いて忍者。主に隠密を得意として、忍術と呼ばれる技を駆使して主人に尽くす。例えばあの時みたいに天井に張り付いたりして・・・」

 ──それは、パトリックと共にゲイルの父ガスパー・ウォーカーと面接した時のこと。

「・・・あっ」
「あの時天井にって・・・バレてたんですか?」
「いや、一体何のことだか、さっぱり」
「・・・バレていたんですか?」
「何分身に覚えのないことでして」
「・・・・・・バレていたんですか?」
「・・・すいません。多分、バレていたのだと。といっても、誰かが上にいたなーぐらいでそれが誰かまで特定できていたわけじゃなくてですね、つまりなんというか、フヨウさんのことは今日初めて知ったというか・・・いえ、実際には初めてじゃなくて・・・あれ?」

 あの日、確かに僕は彼女と同じ部屋にいたはずで互いに互いの存在を認識はしていたわけで、しかし言葉を交わしたわけじゃないから初対面と言えるのかどうか・・・混乱してきた。

「私、忍失格です」
「いやいやいやいや! 十分にすごいですって! 密室の空間であれだけ気配消して諜報できるなんて尊敬しちゃいますよ!」
「本当に?」
「はい、自信を持っていいかと。・・・こんにちは。私はイデアです。説明は入りませんね、私のことは既にご存知でしょ?・・・確かにあの時マスターは存在こそ察知すれど正体には気付いていませんでした。おそらく幻覚系の魔法か、それともお香でも焚いていたのでしょう。察知されど正体がバレなければいいんです。証拠さえ掴ませなければ。そういう意味でもあなたは優秀です。自信を持っていいかと」
「・・・でもイデアちゃんには認識阻害と幻覚の魔法を使ってたのまでバレてたんでしょ?・・・もうダメだ、死のう」
「えっ・・・?」
「フヨウちゃん!」
「ちょちょちょちょちょっとまって! このめでたい日にあなたは何を口走ってるんですか! イデアも! 余計刺激するようなこと言わないの!」
「だって、良かれと思って言ったんです。褒めたんですよ? 私がここまで素直に誰かを褒めるなんて滅多にあることじゃないのに」
「そりゃそうだけどね?」
「・・・どうせ、私なんか ・・・埋まろう」
「フヨウちゃん!!?」
「ダメッ! 生き埋めなんて、土遁なんて・・・ちょっと見たいけどさせないから!フヨウさんの命とスキルの方が大事だからぁ!」
「・・・本当?」
「ほんとほんと! いやー全然気づかなかったなぁ! まさかあの時精神干渉系の魔・・・忍術を使ってたなんて!」
「・・・」
「・・・演技下手か、です」
「うっさい! あっ、ちが、今のはフヨウさんに言ったんじゃなくて」
「・・・わかってます。励ましてくれてありがとう」

 すると意外にも、フヨウの自虐は止まってニコリと笑う。まさに1日でその色を変えるフヨウの花のようにじんわりと態度が変わった。

「最近ちょっと色々もやもやしちゃってて・・・主君が結婚することはとても喜ばしいこと、だから嬉しいやら・・・少し寂しいやらで」

 フヨウが自虐中にまぶたに溜めていた涙を目頭から目尻の方へと拭う。あぁー・・・なるほど。青春だな〜季節も恋も。

「フヨウさんはパトリック様と仲がよろしいんですね」
「そ、そんな友人だなんて!・・・仲は、確かに悪くないですが」

 友人とまでは言ってないんだけどなぁ。もし仲がよろしいんですねじゃなくて、ご友人なんですねって尋ねてたら彼女は果たしてなんて答えていたんだろうか。

「大丈夫ですよ。パトリック様はこれから先、確かに家庭を持って、仕事もあってとそれらに割かなければならない時間はグンと増えるでしょう。しかしパトリック様はものすごく優秀な方だと存じています。あの方ならきっと、仕事のペースは崩さずに仕事をこなして、部下であり友人のあなたとの時間も大切にしてくれると思いますよ?」
「・・・そうですよね。私、知ってます。パトリック様がどれだけクレバーで優しくて、強くて思いやりに溢れた方・・・」

 その姿、まさに恋する乙女。・・・だがその想い人は今日、他領の令嬢と結婚してしまうわけだ。

「お城の見回りをしないと、でもそれは建前で今日は王都からきた騎士団も領地の騎士団も勢揃いしてるから息抜きしてってパトリック様に言われてて・・・やっぱり、お優しいお方なんですよね」
「あっ、フヨウちゃん!」
「ごめんね邪魔しちゃって。リアムさんも、また私とお話してくださいね、では──シュビッ!」
「いっちゃった・・・いいんですかアオイさん? これで」
「・・・いいのさ、これで。貴族と平民の間には絶対に越えられない壁ってのがある。・・・さっ、私たちもそろそろ楽屋に向かわないとね! 衣装替えしないと、ニシシッ!」

 よくアニメや漫画なんかで見る忍みたいに、一瞬で僕らから見えないところに行ってしまったフヨウ。それから僕は少しの間、アオイと行動を共にし、2人の昔話を聞くことになった。

「南の貿易港・・・お二人はリヴァプール出身だったんですね」
「そう。それにフラン様とは小さい頃によく遊んだんだー・・・」

 アオイ曰く、フヨウとアオイもまたリヴァプール出身なのである。実はフランとはよく、彼女の家のパーティーに招かれた時に一緒に遊んでいた幼なじみなんだとか。しかしフランは貴族、フヨウは平民である。そしてフランと婚約したパトリックもまた貴族、どうしても越えられない壁がそこにはあると・・・楽屋までの道すがらにアオイに聞いたのはそんな叶わぬ恋に落ちてしまった女性のお話。こうした貴族社会における悲恋はよくある話だと割り切ってしまえばそれまでだが、どうにもこのテンプレートに現実で直面してしまうとストンと理性が劣位し異常にモヤモヤしてしまうものなのだ。しかしこれから僕は、そんな叶わぬ恋の物語を乗り越えて結ばれるカップルを祝福する音楽を奏でる。恋が結ばれやがてそれが愛に変わり、また愛によって結ばれる。しかしそれまでの積み重ねが必ずしも当人たちの体験であるかはまた別のお話。

「だからパトリック様もフラン様も私の大切な人たち・・・ダメ、そう考えると私の方が緊張してきた・・・ちょっと胃がキリキリしてきて吐きそう」

──10分後。

「ま、待って! とりあえず座りましょ!? ほらあそこのベンチとか良さそう!」

 シュビッ!っと勢いよく飛び出したものの、会場を持ち前の諜報技術と足を生かし1周見て回ったらしいのだが普段からワーカーホリック気味なフヨウはどう暇潰したらいいのかもわからずに、まだ僕と一緒にいた妹の元へと戻ってきていた。

「うう・・・」
「フヨウちゃんしっかり!頭抱えないで、前を向いて!」
「いや、緊張で参ってる時は無闇に頭をあげるより防御体制をとることと、不用意に交感神経を刺激しない体勢は案外有効で・・・もらいゲロならぬもらいナーバス・・・僕もちょっと」
「リアム!?」
「緊張で・・・心臓潰れそう」
「そっか・・・なら私たちチキン仲間だね」

 チキンか。・・・不思議だな。自虐的な表現(スラング )なのに、このグループに加入することを受け入れてしまおうとしてる自分がいるよ。不安を共有できる人がいるって素敵なことだね。

「ついでに、今度神楽で唐揚げパーティーなんてどうです? アオイさんの奢りで」
「おいっ!・・・まあ、でも?2人がそれで元気になるってなら」
「油っこい物想像したら余計気分が・・・胃酸の分泌がぁ」
「アオイちゃん、水」
「2人とも私にどないせいっちゅうの!?」

 ははは、肉体が若いぶん、胃酸の分泌は実はそこまでないんだけどね。しかしそれくらい緊張してるってことをわかってほしい。・・・でもね、どんなに緊張しても、逃げたくてもやらなきゃいけない、それだけははっきりしてる。

  *拝啓、過去より美しいあなたに向けて──。

 現在(いま)にまだ未練を残す者の交錯する思いも、見ず知らずのあなたの思いも僕は背負って、素晴らしい愛の1ページのために直向きに指揮棒を振らなければならない。そしてあなたの美しい恋が、次の素晴らしい愛へと繋がりますように。

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