アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

237 血塗れPudding

 物思いに耽るのに、夕日は必ずしも要することはない。彼岸花の花言葉は「情熱」「独立」「再会」「諦め」・・・「転生」。大自然の修復力に抵抗し、まだ少しだけ爪痕が残る空を見上げる。例え竜の力であろうと、魔力であろうと流動する世界に飲み込まれる。ほら、細かく複雑に絡み合ったあの線が彼の花に見えなくもない。空が時期外れのメッセージを送ってくれたように、いつの日か、僕の罪も世界があんな風に流し消してくれるだろうか。

「なんで、おやすみがおやすみじゃなくて、プリンなんだろうね」
「プリン?」

 この状況には似つかわしくないワードだ。ちょっとセンチメンタルだな。

 ”おやすみ”
 ”・・・最後に、次起きたときにはプリンが食べたい”
 ”プリン? なんで・・・”
 ”ハイドは・・・もう眠ってしまったようです”
 ”唐突にして、意味不明!”

 まあ、君の望みはわかったよ。君には今回の2日の付き合いで散々な目に合わされて、要らぬ置き土産ももらったが、どうしてか憎めはしないんだ。

「それじゃあそろそろ」
「もう行くの?」
「ああ。早速、俺たちは今夜の宿を探して次の旅に備えるとするよ。今からワクワクしてんだぁ」
「リアムさんともうお別れするのは寂しいけれど・・・」
「だな。だが俺たちはこの国には各地あちこち回りながらしばらく滞在する予定だから、またきっと会えるさ」

 リアムがセンチメンタルな世界から現実へと帰ってきたのも束の間、今回の旅で得たもう一つの仲間達が自らの旅に戻ろうとしている。

「ジョシュ! これ!」
「おっと、なんだ?」
「少ないけど、旅の足しにしてよ」

 リアムが、先を急ごうとするジョシュを呼び止め、何かを投げる。ジョシュはそれを見事にキャッチすると、手に掴んだそれの正体を確かめる。そうして、彼の手の中にあったのは、金色に輝く1枚の硬貨。

「これ金貨じゃんか!」
「それはお礼! 君たちがいたおかげで、ハイドとも悪くない関係を築けた!」

 果たして、それだけで足りるかどうか。リアムは今回の旅で彼という友人を得たことを、相当に感謝していた。結局彼はヤコポ商会で頂戴したお宝を全て、ミクリたち一行にカバンごと手土産として持たせた。これから彼らが生活するため、証拠や無念にも売られていってしまった同士探索の資金としてもらうために、逃亡阻止兼物証として一時的に押さえていたということと、勝手な振る舞いに対する謝罪文とともに。カバンを渡すことは、僕も了承済みで、悪用されないようイデアが使用者をちゃんとミクリに設定したから、問題ない。

「・・・そうか。なら、ありがたく受け取っておく!」
「ありがとう、ジョシュ!」
「それはこっちのセリフだろ!」

 彼はなんていい奴だろう。相手の善意を躊躇いなく受ける真っ直ぐさは、好感が持てる。彼もまた、まだ若いのだからそれでいい。

「じゃあなリアム! また会おうな!」
「バイバイ、リアムさーん!」
「じゃあまたね、ジョシュ、チェルニー!」

 金銭のやり取りがあったのに、こんな清々しさを得られるなんて、始めて知った。それに不思議と寂しさは感じない。きっとまた、彼らとはどこかで会えるはずだ。あの首にかかる魔石がその道標となる。

『あの時一瞬、追われた気がしたんだよな。余程動体視力に長けた異種族でもない限り、魔眼も発動せずにあの俺のスピードを捉えるなんて無理な話だ。自惚れてるわけじゃない。現に、リアムでさえ俺の動きは・・・』

 ・・・。

「俺の、考え過ぎか」
「バイバイ」

 それから数分後、ジョシュたちの影は点となり、そして消えてしまった。リアムは彼らの姿が影となったときに顔の横に挙げた手を下ろしたが、視線は点が消えるまでずっとそのままに固定していた。

「リアム、ところでだ・・・」
「なに?」
「一体何があった。それとあの流星をみたか?」
「何があったかは後で追々話すよ。それと、流星ってのはまだあそこに爪痕を残してる光の矢のことかな? それなら、見たも何もあれを放ったのは僕だ」

 流星・・・竜星、流星か・・・単純だけど、それいいかも。ハイド自身がブレスはシンプルなものだなんて力説していたから、ネーミングがシンプルでも怒りはしないだろ。メテオ、決定。

「父さんのそのネーミング、もらうよ。高温に摩擦しながら塵へと加速する星々。大自然の熱さと空を掛けたまさにイメージぴったり」
「そ、そうか? まさか名前に使ってくれるとは光栄・・・だな」
「メテオ。いい感じでしょ?」

 原因を知ってちょっと余所余所しく落ち着きを失くした父さんの救いになったかどうか・・・。ハイドの顔を立てて、それっぽく解説したが、その実は駄洒落的な繋がりに惹かれてというのは内緒である。イデアも、内緒だからね。そう人間らしく振る舞う事が大事なんだからさ。 

「・・・・・・」

 こんな事いつまで続けるつもり?
 自由。その中でも比較的ありふれて誰でも持っている自由を望んだ弱者がそれを得るには怪物になるしかなかった。いや、それしかなかったんだ。
 外科手術は怖いね〜。内科的な治療だと毎日の体の軋みや吐き気と不快感が体温に触れて寝苦しさが留まるところを知らない。これじゃあ改造と何が違うんだろうね・・・否、改造でも改善されなかったのだから、もしその弱者が望みのモノを手に入れた結果、それ以上の代償を払うのが当然じゃないか。
 静粛に!結論ッ!普通の肉体を望んだ人間がそのラインを超えるには、人智を超えた怪物になるしかなかったのさ、敬具。
 無茶苦茶だ。頭をフル回転させてもこの程度の議論しかできないんだから僕ってやつは本当に救いようがないのかもしれない。
 自分は被害者だ。被害者だ。被害者になりたくない。なのに、自ら被害者だと陥れる。だがそれが世間でいうところの事実、自分は生まれながらに運命に差別された被害者である。それを認める、認めない、認められない、認めたくない。挙句に今、僕は新しい被害者を増やそうとしている。しかし息を詰まらせて、蝕むように浸食しようとする罪悪を治療する薬を得るにはこれしかない。被害者から加害者へ。この病は治療しければ、僕と深い関わりを持った人間全てを巻き込んでいつの日か爆発する。そのいつの日かに、共倒れしないためにも、今すぐに自分の喉にナイフを突きつけて、脅迫しろ。これは僕のためであると同時に、アイナに対する敬意であり、親愛であり、嘘に塗りたくられた家族愛であり、浄化であり、裏切りである。しかし、そのどれもが言い訳にはならないから、喋れ。

「母さん、街に帰る前に一つ」
「待っ・・・リアッ!」
「大事な話がある」
「話?」

 ウィルの制止を振り切って、強引に話を進める。・・・やっぱりボクは、精神においてはまだ、ただの人間だ。だけど、外面は既に、人間でありたいと妄想するだけの怪物なんだ。だから父さん、僕のこの最後の我が儘を許してほしい。これも、母さんのためで、僕のためなんだ。

「悪いけど、カミラさんとティナは外してくれるかな」
「そ、それは構わないが・・・いこう、ティナ」
「・・・」

 何か、ただならぬ雰囲気を察したカミラが、気を利かせてティナの手を引いてリアム達の声が聞こえない場所まで遠ざかる。

「ウィルは知ってるの?」
「いや、その・・・」
「父さんには一度伝えたんだ。だけど、決して母さんを除け者にしたわけじゃない。僕が失踪したあの日、感情が暴発して口走ってしまった。2人一緒に伝えてあげられなかったことを、どうか許してほしい」
「リアム・・・なんだか、真剣な話見たいね。いいわ、大丈夫よ。話してみて。私は何があろうと、あなたの側にいる」

 アイナの言葉は本物である。少なくとも、今この時は。どんな困難、苦難が待ち受けていようと、時には敵になろうとも、側にいる。唯一味方になると言わなかった事が、僕にとっての救い。

「ステータス」
「ステータス?・・・なになに?」
「父さんも、もう一度見て。あの日の後に、伝えなくちゃならない事が一つ増えたんだ。僕もまだ昨日気づいたばかりで、困惑してる」
「なんだと・・・?」

 リアムの言葉に眉を潜めるウィルに対し、久しぶりにリアムのステータスを見るアイナはどこか楽しそうである。話の切り出し方から彼女はきっと心の中で一抹の不安を抱えているはずだが、それを表に見せて子供を守ろうする気丈さは代えられない愛が為す技である。
 その愛を果たしてこれから先も僕に注いでくれるだろうか。自分が愛を欲する生き物であり、地球という星の雄大さに対してあまりにもちっぽけな存在だと悟ったのはいつの事だったか。きっかけは質量、面積、体積、高さ、低さだったろうか、・・・それとも人か言語か。思い出せないな。

「転生者・・・えっと、待って、他にも色々と、知らない事がいっぱいあるんだけれど・・・えっ、転生・・・えっ?」
「勇・・・」

 急に取り乱し始めたアイナ。この反応は最初から予測していたし、想定内である。一方、新たに勇者の項目を称号欄に見つけたウィルはこちらに背を向けて目頭を押さえている。もうなんも言えねぇって感じだ。転生者に飽き足らずと、呆れてしまったのだろう。最悪、嘘を重ねたと思われても仕方ない。

「・・・どういうこと」

 頬をツーっと落ちる液が足元の細い葉を伝い地面にジワリと吸収される。とても自然に、流れ落ちた。額や目の周りの筋肉を動かさずに涙を絞る必要がないほどに、アイナにとってそれほどまでにショックだったのだろう。無意識が感情に勝る。ここに秩序はあるが、故に信頼の概念が生まれ、そして僕たちの間に今それは”ない”のだ。一方的に僕が取っ払ってしまった。

「・・・ッ。ごめん、再会したばかりだけど、少し一人になりたい。どうやらお互いに、時間が必要そうだから」
「ねぇ、リアム。どういうことなの?」
「リアム待てって!」
「ウィル、あなたこの事知ってたのよね?」
「落ち着けアイナ・・・おいっリアム!」
「ごめんね母・・・アイナ。僕は今まで嘘をついてたんだ」
「お願い、待ってリアム! 今のは・・・今のはねッ!」
「ウィルは悪くない。彼は僕を庇ってくれてたんだ。責めるなら、僕を責めて。罵ってくれても構わない。ただし、後悔がないよう、感情と思考を整理してから」

 取り乱すアイナを、これ以上見てられない。今の僕はあまりにも弱い。良心の呵責などお構いなしに容易く許しを掬ってしまう。
 スプーンは不合理でできていて、プリンの材料は自慰である。僕は自分可愛さに抗えずスプーンを握ると自慰を掬い、口の中で至福のトロけを味わい、そうしてポッカリ空いた虚な穴には継ぎ足しのシロップを注ぐ。シロップの正体は甘い甘い”他者の血”であり、空いては塞ぎ、空いては塞ぎを繰り返してシロップを隙間なく食した分だけ注ぎ続けるのだ。僕は、手元にあるシロップの体積分だけしかプリンを掬わない。時々食べすぎてしまうこともあるけど、その時はまた別のなんでもない機会に今みたいに誰かを傷つけてシロップを補充する。
 そうして無限に減らない僕のプリン。でもしょうがないんだ・・・僕は自分に優しくする術ばかりをナオトで実行してきた。今ではプリンを構成するものはザクザクに固まったシロップだけ。おかげで最近はしょっちゅう口の中を切ってしまう。切ったことにすら、気付くことは暫くないんだがね。ならそろそろ自給自足に挑戦してみるかね。一度気づくと、数日間は必ず痛い。だけど食べる直前に補給できれば、その時注いだ分の血は固まることはないだろう。そうして許しが枯渇して、死んでしまえ。

「イデア」
「・・・はい」

 次の瞬間──

「ここは・・・街道か」

 時刻はまだ正午前、方向からしてユーロへと向かう荷を積んだ馬車が20mほど離れた場所を土煙を上げて長閑な日常の風景を作り出していた。

「ウィル・・・私」
「悪いアイナ。この話は、どうしても俺から伝えるわけにはいかなかった」

 側で膝をつき、顔を覆って泣きじゃくる妻。

「いきなりどうしてこんなところに・・・」
「・・・アイナさん」

 イデアはウィルとアイナだけではなく、カミラとティナもこの場所に転送していた。

「俺があいつからあの話を聞いたのは決闘の後、あんなことにならなければ、その日にでもリアムはお前にちゃんと話すつもりだった」
「違う・・・違うの」
「いいや、違わない。リアムはお前のことを心の底から愛してるさ。アイナがリアムにそうしたように、だからあいつも嘘を吐く事が苦しくて」
「違う・・・」
「疲れていて・・・そういう意味では、気づいてやらなかった俺にも罪がある・・・のか?」

 この状況はとてもではないが、4日も行方不明になった息子と家族が再会し、幸せな一家団欒の時計の針を再び動かし始めたとは言い難く、それが、現実が、徐々に理性として侵入してくる。カミラとティナはその光景を傍観し、アイナを必死に慰めようとしているウィルを見ていた。ただ、肝心のウィルもアイナを慰めながら自分の行動に疑問を持ち始めるほどに頼りない。彼もまた、リアムの父親である。

「違うの! ウィル! 違うのよ! 私が今一番怖いのは、リアムが私たちの元から離れていってしまうこと!」
「あ、ああそういうことか。すまん、余計な勘ぐりだった。だけど大丈夫だ。リアムは決して、俺たちの元から去ろうとしてるわけじゃ」
「大丈夫じゃない!」

 ここまでウィルに激昂するアイナを見るのは初めてかもしれない。アイナとカミラの付き合いはウィルと同じくらいに長いが、こんなに取り乱して怯えている彼女を見るのは、彼女の姉が亡くなった時に比べても劣らない。

「ヒグッ・・・どうしよう私・・・その・・・その」
「落ち着いて・・・深呼吸して、そうだな。適当な事言った俺が軽薄だった。すまない」
「違う・・・違うの・・・ウィル・・・」
「・・・なあアイナ。一体、何がそんなに違うっていうんだ・・・?」
「私今・・・今・・・」
「今・・・?」
「・・・妊娠してるの」
「えっ・・・?」

 誰も僕を褒めてはいけない。僕はそれを素直に受け取る愚図じゃない。巧妙に骨までしゃぶり尽くして自分の傲慢怠惰を肯定する恥肉に替える天才だ。

「どうして今まで黙ってたんだ?」
「だって、きっとリアム達は強いから私たちに勝つだろうって、そしたら、私たちが辿り着けなかった頂に挑戦して、仇を討ってくれる。おめでたいことだからその時にでもと思っていたのに、それがまさかあんなことになるなんて・・・」
「・・・そうか」
 
 触れてはいけない。僕に触れると、あなたまで傷ついてしまう。もう愛に甘えてはいけない。怪物なんだから、それくらい平気・・・終わりにしないと。

「それは・・・喜ぶべきことだ。俺も嬉しいし、リアムも祝福してくれるさ」
「いいえ、ウィルもさっきのリアムの顔を見たでしょ? 声を聞いたでしょ? 母親の私でさえも・・・きっと、あの子は安心する。これで自分がいなくなっても大丈夫だって・・・」

 転送の間際、最後に見たリアムの顔は俯いていた。目を合わせることを怖がり、左の肘を右の手で強く握りしめて、上腕に親指をかけて怯えていた。

 ”僕は待ってる。いつまでも”

 精一杯に絞り出した力を振って左の拳を握り、聞こえたのは滲み出すように俺たちの心に滲み移った優しさと、カオス。

「母親失格ね・・・やっぱり私には・・・」
「違う、それは違うぞ・・・アイナは確かにリアムの母親だ。よしわかった!なら今はリアムのことを話そう。な?」
「・・・ごめんなさいウィル。あなただって」
「・・・気にするな。俺は100回お前の嫉妬の炎に焼かれようが足りないくらいの安らぎと愛を貰った。そして、それはカリナ、リアム、ティナも一緒だ」

 俺はとんだ勘違いをしてしまっていた。取り返しのつかない間違いを犯してしまった。勘違いではすまない、あの子の苦しみに今まで気付けなかった俺たちが恨まれる可能性を見落としていた。どうしてその思考に至らなかったのだろうか。そして子を想う母親の愛とはどこまで深く、深く、深いものであろう。・・・気付くべきだった! 悪いのはあの子じゃない、あの子の優しさに付け込んだこの世界だ!・・・リアム、どうかこの軽薄で愚鈍な父親を許してくれ。

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