アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

233 雪解けの季節

「捜索隊が出て2日、未だ戻らずか」
「落ち着いて下さい父上。リアムくんが心配なのはわかりますが・・・」
「馬鹿ッ!誰があんなチンチクリンを・・・」

 ・・・。

「ミリアはどうだ? 朝食はちゃんと食べたのか?」
「今朝も席に着かず、自室での食事でしたからね。大丈夫です。まだ部屋から出ようとはしないものの、食事には手をつけたと報告が上がっています」
「そうか・・・」

 父上も素直じゃない。誰よりも落ち込んでいるミリアの元へ今すぐにでも駆けつけ、側についていたいはずなのに、それを圧してまでリアムくんの捜索に精を出しているのが何よりの証拠ではないですか。

「パ・・・お父様! コレ! コレを見て下さい・・・ませ!」

 ・・・ミリア? 噂をすればと・・・そんなに慌てて扉を開けて、どうしたというんだ? 今朝もまだ相当落ち込んでいたと聞いたが・・・。

「コレは・・・!」
「い、一体その手紙?・・・は?」

 ブラームスとパトリックが溜まっていた公的な書類に目を通しながら認可印を押していた朝の清々しい空気がまだ少しだけ残る執務室の中、あまり明るくない話題に包まれ静かだった部屋に、突然小さな台風が舞い込んできた。

「リアムからの、手紙だ」
「リアムくんから!・・・彼は無事なのですか?」
「ああ、パトリック。どうやらあ奴は無事らしい・・・だが」
「・・・何か問題でも?」

 なんと! ファウストに無残にも怪物へと姿を変えられたアメリア少女を救ったのち、なんの前触れもなく忽然と姿を消し、自宅にもダンジョンにもリヴァイブにもどこにも目撃者もなく行方不明となっていた彼の安否が分かったのだという。とりあえず、無事だということで一安心だが、何やら彼の安否について書かれていたであろう一枚の紙をジッと睨む父上の表情が優れない。

「現在地、並びに帰ってくるにも時間どころか日付も書かれておらなんだ。無事のため自分の足で帰ってくると・・・あいつ、一体何を考えておるのか」

 ・・・あ、それはまずい。

「とにかく、今直ぐ捜索に出たウィリアムたちに連絡だ!」
「あの方角でウィリアム殿たちの足だと、おそらく現在はユーロとの国境あたりでしょう。ならば国防通信を使うことになりますが、関所に連絡して捕まえてもらうのが一番です。元々ファウスト絡みの一件の延長とも言えますから、国のインフラを使おうと軍部も文句言いますまい」
「そうだな・・・それでいいだろう。それに国外に出ていたとなればウィリアムは無闇に動けん。万が一突っ走ろうものならカミラが止めてくれるはずだ・・・パトリック。今すぐ騎士団の魔道具管理部に行って緊急通信を送るぞ!それから空間解析のスペシャリストチームを呼べ! この手紙がどの地点(あたり)から送られてきたのか、直ちに特定させる!」」
「はいッ!」

 そして物語は一旦、ノーフォーク公領の城の執務室から移り、アウストラリアとユーロの国境近くの関所玄関前にて。

「まさかな・・・ティナちゃん。リアムはこのラインの向こう側にいるってのか?」
「・・・はい」

 私の名前はカヴァティーナ・ル・ピクシス。種族は犬耳族の狐種、獣人でみんなからはティナと呼ばれています。

「参ったな。国境を超えるとなると、俺の場合色々と面倒事がある」
「私もまずい・・・たくッ! 柵の多い血も家もクソったれだな!」
「2人とも落ち着いて・・・でも困ったわね・・・それじゃあここからは私とティナちゃんだけの捜索ってことになるのかしら・・・」
「いや、待てアイナ・・・こうなったら、俺とモグリで穴掘って地下から不法入国を・・・」
「そんな芋くさいやり方は好かん!それより、私の光魔法を使って関所から堂々と、他の出国者たちにひっついていけば・・・」
「カミラ、それは堂々とは言わないわよ? それに2人とも縁を切ったとはいえ、血の繋がりまで切ることは絶対にできないんだからね?・・・冷静になって、あなたたちの家に迷惑がかかるって事は、即ちこの国の人たちにも迷惑がかかるってことよ」

 私の持つ羅針盤のユニークスキルを使い、現在、ご主人様で・・・私の大切な家族のリアムを、パパさんのウィルとママさんのアイナ、それにレイアのママさんのカミラさんを加えて先日突然行方不明となった彼を探しているところ。

「・・・?」
「ダァーッ! そう言うこと言うなよなアイナ! これで完全に私たちが動けなくなったじゃんか!」
「どこまでも付き纏いやがって・・・仕方ないさカミラ。こうなれば情けない話だが、アイナとティナちゃんにこの先の捜索を託すしかないのかもしれん」

 なんのことだろう?・・・もしかしてリアムが消えた日、アメリアを怪物に変えてしまったファウストのシルクという人が言っていた、ハワード家やヴィアー家というやつに関係があるのかな? 穏やかじゃない雰囲気がプンプンです。私も元々、家の問題で奴隷として売られた身です。

「正気か!?ウィルこの野郎! 何簡単に諦めてんだよ!」
「別に諦めたわけじゃないさ! ただ、もし何か一つでもこの捜索中に面倒事が起きればきっとリアムが自分を責める」
「馬鹿な! 確かにあいつは他の同年代よりかは遥に突出して大人びているが、それでもあいつはまだまだ大人が守ってやらなければならん子供だ! お前はリアムに寂しかったあの頃の自分と同じ経験をさせるつもりか? リアムのためだとあのクソ共がいかにも言いそうなそんなつまらない愛を注ぐつもりか! お前が今採ろうとしている選択はそういうことで、奴ら同様根っこの腐った考え方だ!」

 つまらない愛? 奴ら?誰のことかはわからないけど、ウィルさんやカミラさんと深い因縁がありそうだということだけはわかる・・・かもしれない。 

「深く考えないでいいわよティナちゃん。この喧嘩(くらい)なら、多分すぐ終わるから」
「はい・・・?」

 思わず、語尾が上がった疑問形の”はい”になってしまった。だけど、アイナさんがそういうのなら、もう少し待とう。

「・・・確かにあいつはまだこの世界に生まれて9年しか経っていない子供だ。・・・だけどな、違うんだカミラ。やっぱりリアムは特別な子だ」
「特別な子?」
「・・・もちろん、俺にとって大切な子だって意味だ」
「なら、尚更勘違いするようなこと言うんじゃねぇ・・・おかげで早とちりした私が恥をかいた」
「ああ、すまん。だが現実的な話、この先の追跡は一旦アイナとティナちゃんに任せて、俺たちは別の手段を探し後から追うのが今のところの最善・・・違うか?」
「・・・ったく。もう一回態々言わなくてもわかってるてーの! 私はひどく情熱的だが気品さも兼ね備えた赤薔薇だ」

 どうやら、話は今のやりとりでほとんど纏まってしまったらしい。「ほらね、直ぐ終結した」と、微笑みを見せるアイナ。いつか私も、人見知り気味なこの性格から脱却して、リアムや他のみんなの不安を受け止めてあげられるようになりたい。あの時、心まで捨て子だった私にリアムがしてくれたみたいに。

「それじゃあ話も纏まったし、とりあえず、関所の中に入って出国手続きしましょう・・・ティナちゃんも、それでいい?」
「大丈夫です・・・リアムは必ず、私が・・・」
「そうね。必ず、無事にみんなで家へ帰りましょう」

 そう言って私の頭を撫でるアイナの手はとてもあったかかった・・・この手は知ってる。いつの日か、別れる時に一度だけ、撫でてくれたお母さんの手・・・思い出すと辛いから、手が離れると直ぐに私は目を開けて、ニッコリと微笑んでくれたアイナさんの表情(カオ)を焼き付ける。子供の・・・私と違って確かな血の繋がりがあるリアムの事がこの中で多分・・・一番心配なはずなのに、お母さんって・・・ママってすごい。

「黒髪の中年男にブロンドの美人、それから赤く派手な傭兵風の女と紺色の狐の獣人少女。間違いない、連絡にあった4人はこの人たちだ!」
「あんたたちは・・・どうやらここの職員みたいだが」
「はっ! 我々は 国境警備隊です! 国防通信を通し公爵ブラームス様からあなた方宛に伝言を預かっております! お手数おかけしますが、ご一緒に上までご同行願います!」 
「ジジイから? 態々警備隊を動かしてまでなんだ?」

 すると、話が纏まってとにかく出国手続きの列に並んでいる私たちに、突然ブラームス様からの伝言があるっていうここの関所の兵士さんらしき人が声をかけてきた。

「リアムから手紙が・・・そうか。あいつは無事なのか」
『ああ。だが、何分彼奴が今どこにいて、いつ帰ってくるなどの情報は一切記されていなんだ・・・お前たちがそこにいるということは、つまりリアムは今国外にいるということになるが・・・現在、空間系のスペシャリストチームを結成し大急ぎで解析しているが・・・』
「・・・芳しくはない、か。じゃあとりあえず、俺たちはここで待機していた方がいいな。すれ違いを防ぐためにも」
『分かった。別途、この後お前たちの関所滞在を要請しておこう』

 関所の兵士さんに通された部屋にはたくさんの本棚に色々な書類や、魔道具らしい不思議な置物なんかがたくさんあった。その置物の中の一つで、この部屋の中心の机の真ん中に置かれた水晶玉からブラームス様の声が鳴って、ウィルさんとやりとりをする。・・・よかった。どうやら、リアムは・・・。

「ティナ? アイナ?」

 カミラさんが呼び掛けた2人、ぺたんと、私を含めた2人ともが地面にむこうずねをつけてへたり込んでしまった。

「よ・・・」

 そして──

「よかったー・・・よかったッ無事でッ!」
「ンー・・・ッ!」

 アイナとティナ、2人抱き合って子供みたいにポロポロと大粒の涙を流す・・・ティナはまだ子供ですけどね。

「全く。女を2人も泣かせるとはとんだ ・・・帰って来たら、あいつには浴びるほど酒を奢らせよう。それも安物のエールとかじゃなく、赤白はもちろん、ロゼの泡の奴とかいいな。泡のやつは珍しいから馬鹿高いんだが、あいつは異常に稼いでるからそれくらい痛くも痒くもないだろ」
「手加減・・・してあげてね、カミラ。・・・だけど、私もリアムが帰って来たら甘いお菓子をたっくさん、作ってもらおうかしら。もちろん、ティナちゃんの分も一緒に」

 コクコクと、一生懸命アイナの意見に同意する。でもね、やっぱり作ってくれなくてもいいから、1日でも、1時間1分1秒でも早く、帰ってきて欲しい・・・そして、いつもみたいに褒めて欲しいな。

『リアム。無事なのは良かったがそれは一先ず置いといて大変なことになって来たぞ・・・できれば帰って来たら一番に俺に会いに来い。さもないと心構えの事前準備なしに大変な目に・・・』

 まだ実現していないアイナへの大変な告白も控えているというのに、その前に一波乱起きる予感がする・・・俺は晩酌のつまみを一品差し入れてくれればいいからな。

「・・・それで、無事交信できたのはいいが」
「申し訳ありません公爵様。送信元を特定するにはあまりに情報が少なすぎます。それどころか、紙に残った魔力残滓を辿ると何故かミリア様に行きついてしまって・・・」
「それじゃあ一体どうやってリアムの奴はコレを送ったと言うんだ・・・我が領地の精鋭でも探知できないなど・・・はぁ、コレは今に始まったことではないな」
「ですね・・・急に呼びつけてすまなかった。お前たちはもう解散していい」
「はっ! お役に立てず・・・」
「よい。 今回の事で自信を無くしたりなどせず、コレからも領地のために励んでくれ」
「励ましのお言葉、痛み入ります・・・失礼します」

 急遽集められたと言っても、ほとんどがこの城の敷地内にある魔道具管理局に所属する者たちで、彼らはそのほとんどが王都の魔法学院院卒の優秀な魔法士だ。しかしそんな彼らでも、リアムがどうやってミリアの鞄へと手紙を送ったのか、解析する事ができずにいた。

「・・・あのー。私はあと少しだけ、残っていても・・・」
「ああ、構わない。フランは数少ないリアムの裏事情を知っている者、教師としても友人としても彼奴の行方が心配だろう・・・後でルキウスにリアムの安否が一先ずわかったとだけ伝えてくれれば良い。頼まれてくれるか?」 
「もちろん!・・・ありがとうございます。必ず学長先生に伝えておきますわ」

 スクール教師であり研究者であるフランもまた、この魔道管理局に所属する名誉会員的なスタッフの一人である。たまたま居合わせた彼女も、こうしてリアムの現在地に見当をつけるべく、一丸となって逆探知に協力してくれたわけだ。

「それで、ミリア様。もう一度繰り返しになりますが、そのバックはリアムくんが・・・」
「リアムが私に作ってくれたバッグよ」
「そのバックの異空間はミリアの亜空間なのかい?」
「そういえば、そんなこと言っていたような」

 個人の亜空間に無理やりアクセスする収納バックを作った。これは大変なことで、現在供給されている空間収納系の魔道具は全部、ダンジョンで発見されたり、交換所で交換して入手された物である。加えて亜空間のハックという手法、こんな技術が広がってしまえば、個人の資産はあってないようなもの、きっと略奪と防衛が毎日のように繰り返される混沌とした世界になる。

「なるほど、やっぱり・・・ブラームス様、おそらくリアムくんは魔力の質をミリア様の魔力質に似せる事で亜空間に直接介入したのではないかと・・・」
「そんなこと、精霊とも契約していない人間ができるものなのか?・・・他者の亜空間ハックなど、まだ私が王宮におった頃それができるのは高位の空間精霊ぐらいだとパトスに聞いたぞ? ・・・奴め、益々人間離れしていきおって」

 魔法元素の一角、雷の属性を司る精霊王が言うんだから情報の信憑性は高い。もちろん、フランだって想像はすれどそれができるなんて話聞いた事がなかった。それどころか、自分が他者の亜空間の扉の鍵そのものになるなんて考えもしなかった。現代の空間魔法論理学では、主に洗脳、あるいは拷問等で観念させ自ら亜空間内を開かせるこの2通りが他者の亜空間にアクセスする方法として主流なのである。この方法はどちらも一旦亜空間へのアクセス鍵を持つ術者を介せねばならないという要素を持つから、どうしても絶対参照された不動の通過点を通してでないと出発点と目標点を線で繋げないのが常識なのだ。現にミリアの魔力質を解析して鍵を一つ作ってしまっている彼からすれば、術者を介せずともこんな事朝飯前なのかもしれないが。

「それってどう言う意味かしら・・・お父様?」
「ど、どうしたんだ急にミリア・・・? 表情はいつも通り可愛らしく笑っておるが、声色が気のせいかちょっとばかし・・・まるでマリアのお気に入りだったティーカップを誤って割ってしまった時のような」
「あれ? 今のじゃ伝わらなかった?・・・ならもう一度お尋ねしますわお父様・・・今、お父様がおっしゃられたリアムが人間離れしていると言う話、それは良い意味で? それとも悪い意味で?」

 おっと、父上がうっかりミリアの虎の尾を踏んでしまったようだ。妹はどうにも独占欲が、特にリアムくんに関してかなり強い。これだけ執心してるとなると、将来結婚するなどと言い出しそうだが、僕たちの立場は自由恋愛とは程遠い場所にあるからね。それに彼の生い立ちを考えると・・・彼は既に、ブラッドフォード家のエリシアちゃんと婚約しているから杞憂か。

「と、当然良い意味で、私はリアムが人間離れしていると言った!・・・のだ」
「ならいいわ。私の部下を馬鹿にするような事言ったら、お父様でも許さないから」
「も、もちろん承知しておるとも」

 ・・・部下か。僕もできれば・・・いいや、それはないな。いつも通り、客観的にいこう。僕は既にリヴァプール家の次女(キミ)と婚約済み、父上も重婚はせず母上一筋だったから、結婚相手を1人に絞ることを許されただけでもまだマシと・・・悔雪の雪解けまで、残すところもう間近。今の内に、後悔しないよう思う存分させるのが正しいのか、関係を断たせるのが正しいのか、今ちょっぴり後悔しかけた僕が議論するのは虚無的だが、兄として、ミリアにとって幸せな選択肢がある事を願う・・・一欠片でも、名残ぬように。

『先日の一件のせいで怪物や化け物、ファウストを匂わせる言葉はしばらく禁句だな。奴め・・・私は絶対に認めんぞ! 無事なのは良かったが、それはそれとして今回の事を機に帰ってきた暁にはさっさとブラッドフォードの娘とくっつけ!』
『それにしても、リアムくんはいつミリアの家来になったのか・・・コレも今に始まった事じゃないか。とにかく、感情が表情からダダ漏れの父上にはまだ2人は婚約はできても結婚できる齢ではないとだけ、心の中でツッコませていただこう。ミリアのこととなると熱くなりすぎるのも、今に始まった事ではない』

 父と兄が考えていることは似たりけり、結局、どちらも娘、妹が意識的でも無意識的でも、思考の根っこに彼女があるほど可愛いくて仕方ないのである。

「それでミリア。リアムくんが無事だったって事、アルフレッドやエリシアちゃん、他の人たちにも伝えなくていいのかな? 彼らもリアムくんが突然消えて、落ち込んでいただろ?」
「あっ・・・そうねお兄様!  とりあえず、まずは一番近いアルフレッドとフラジールのところへ知らせに行くわ!」

 優しいだけでなく、気配りイケメンの兄パトリックに促されミリアは思い立った様な勢いで部屋を出る。

「ジュリオ!」
「はっ! お呼びでしょうかミリア様・・・? ミリア様? そんなにお急ぎになれらてどこに・・・」
「いいからあなたは黙って引き続き私の護衛! アルフレッドたちのところへ行った後は、エリシアの家に行って、その後に一般区に出てエクレール! で、その後はウォルターたちのいる薬屋に行くわよ! 薬屋にはリアムの捜索に出たカミラさんの帰りを待つエドガーさんもいるはずだから・・・」 

 ジュリオは魔法学院時代以前からの付き合いだ。だからもう大人でありながら、まだ子供だが主人であるミリアとの関係に板挟みになって右往左往・・・いや、尻に敷かれつつある彼には友として同情す・・・

「・・・・・・」

 パトリックがジュリオに同情する間も無く、ミリアとジュリオの姿は通信室から消え、2人の賑やかな声はもう建物の外から聞こえていた。今朝まではあのミリアがと、部屋から出てこなくなるほど落ち込んでいたのに、今はあんなに嬉しそうに跳ね回っている。やはり妹には後悔すらないよう全力で壁にぶつかって、自分には辿り着けなかった答えを出して欲しいと思ってしまうのもまた愛なのだと──

「さて、捜索に熱を入れすぎて外向きの公務を全部マリアに押しつけっぱなしだ。私は今すぐマリアの元に向かい、一報を知らせそのまま手伝ってくる。お前はどうする、パトリック?」
「僕は後もう少しだけ、10分後にはまた執務に戻ります」
「そうか、頼むぞ」

 ブラームスも部屋から退出し、半分開いた窓からミリアを見送ったパトリックは目を瞑ると穏やかな気持ちで一つ深く息を吸い込む。そして腕を組み背を窓枠に寄り掛からせると、天井へと向けてわずか過去の後悔とともに、肺の空気を一気に鼻から吹き抜けさせる。・・・すると、部屋の中に今日一番の強い風が吹き込む。風は僕の髪に触れて、頬を少し強めに撫でると、テーブルの上の書類をいくつか床へ飛ばしてしまった。・・・ふぅ、もうすぐ春がやってくる。

「おいで、フラン」
「はい・・・パトリック様」

 フラン・フィヨルド。この肌寒さを、抱き寄せた君の体温で溶かすとしよう。そして、僕の体温で君の氷を溶かす。──さぁ、雪解けの季節だ。

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