アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

231 残った紙片

「・・・な、ナナッ!?」
「なんだこの魔圧・・・! 一体どこから!」

 会場が揺れる。
 空気が甚く重い。
 なんとかその他大勢に魔力をぶつないよう避けて建物の天井や壁に向きを制御しているが、このままだと建物ごと倒壊してしまいそうな程の暴走が収まらない。

「僕はつい先日人攫いによって拐われこの気がついたときにはこの商会の地下牢にいました」

 どうしてまたこんなことを僕は口走っている。

「そして、僕はずっと東方の異国出身ではなく、この国の隣国で同盟関係にあるアウストラリア王国の国民です。その僕の人間としての尊厳を無視し、自由の権利を奪い、こうして辱めた。そんな他国の蛮行を、我が国の王が許すとでも?」

 ブラームスの名をこの場で出すのは確かに違う。だけど国民として、王の名を傘に身を守るくらいの権利はあるはずさ。

「う、嘘だ・・・嘘に決まってる! そんなことを言って私たちを嵌める気だろう貴様! 往生際が悪いんだよ!」

 往生際が悪いって・・・どっちが。

「そうだそうだ!」
「それより今はこの魔圧の原因を・・・ッ!」
「そうですか・・・ではあなた方の選択はこの違法地帯を見過ごし僕を”助けない”でよろしいんですね?」

 もう一回心の中で尋ねるよ?・・・いいんだね? ・・・それで。

「あ、ああ! 当たり前だろ!バルド様の名前は国のものであれば誰でも知っている! だがあの方達がこんな奴隷の往生際悪い見苦しい嘘に耳を傾けるなどどうかしているからな!」
「ならあなたたちも同罪・・・いや、共謀罪ですね」

 情報は与えた、なのに信じなかった。こんな状況でそもそも彼らに信じろというのも無理な話だが、これから自分たちが被る災害に納得できるだけの罪を作る。これが今僕にできる精一杯だ。ただ少しでも言葉を持つ生物としてのプライドがあるのならば、雀の涙ほどの良心でも対話の手段を持ち合わせているのならば、今後同じような被害者を生まないためにも、どうか動いて欲しい。

「言質はとりました。瓦礫に埋もれても、文句は言わないで」
「・・・は?」
「・・・ 隠蔽並びに光学解除 ──転送」

 その呪文が唱えられた途端、リアムの光学手錠が消えて、急に出現した多数のデカい魔力の親玉にして源流の正体が明らかとなる。

「な、なんだこの魔力! これじゃあまるで・・・!」
「王・・・いや魔王!」
「うろたえるな人間! あいつは魔王様ではない!・・・だが、だが・・・!」

 魔族も混じっている。せっかく勇者が橋渡しをしてくれた繋がりをこんなチンケな違法奴隷オークションに利用されたと思うと、何か腹が立つ・・・そんなリアムの怒りが──。 

 天井に吊り下げられたいくつかの光属性の魔道具は魔力の過剰供給により破裂し、その他の魔道具も暴走しては次々と崩壊へと向かう。

「奴隷たちの錠が・・・!」
「ボロボロに砕け散った!?」

 舞台裏、建物すべてを満たすような魔力を吸収した魔石が臨界点を超えて奴隷たちを包み込み、彼らを拘束していた錠を砂にする。

『後はこのままみんなとテレポートして終わり・・・拍子抜けだろうなー』
『クフフ・・・間の抜けた社員や客たちの表情が目に浮かぶようですね。ただ残念なのは、その表情を直に見れないと言うことだけでしょうか』
『ははは! この上なく無意味な肩透かしを喰らうがいいさ・・・!』

 後は ”はっはっはー!  刺激するだけ刺激して放置! 後はここにいる人間の正義に委ねる。きっと抱えきれなくなって自白する人間の一人くらいはいるはずだ“ ・・・という寸法、何せ彼らは旅人でこの街の司教に媚を売る必要のないものが殆どのはずだから・・・そう、種を撒いて撤退するはずだった。・・・そう、そのはずだった。

『あれは・・・?』

 戸惑い入り乱れる客達の中、一人の女の姿がはっきりと目に入る。そして──

「・・・僕だ」

 いつの日か見た夢の終わりに吐いたセリフ。肩よりも長い黒髪に赤い瞳、しかしニヤリと笑ったその子は明らかに自分だった。そのもう一人の僕が、混乱の客席の一席から、ステージで魔力を溜める僕をみてニヤリと嘲笑う。

「代われリアム・・・ここからのショーは俺が担当してやる!」

 次の瞬間──

「俺はお前、そしてお前は俺だ」

 ・
 ・
 ・
 ?

「あぁ・・・これだこれ、この感覚だ。あれからたった1年だというのに1000年の時に匹敵、いやそれ以上に俺はコレを求めていた。それにしてもさっきの小手調べとは違い全力で奪ったつもりだが、3回目ともなると免疫ができているのか体の変化はなしか・・・だが鼻を突き抜ける冷たく乾燥した冬の風、肌を撫でる冷気に目の奥周辺の筋肉まで刺激する光・・・生きるとはまさに生きていること」

 ・・・。

「ただ折角の俺の復活祭だというのに周りが人間だらけとは嘆かわしい。それも醜く戸惑い臭い息を吐く見苦しい・・・猿、所詮路傍の石・・・されど今は気分がいいから俺様が態々滑稽であると貴様らを笑ってやろう! 貴様らは喰われる弱者、俺は紛れもない王! 俺はこの世で最も強き生物の王だ!!!」

 ・・・・・・。

「り、リアム・・・どうしたっていうんだ」
「ジョシュか。ククッ・・・お前魔石はどうした?」
「やっぱりお前・・・リアムのことが心配でここに残ったんだ。元々言えば俺が始めたことだからな。しっかりと最後まで見届けて人混みに紛れて逃げようと・・・」
「だから真夜中に脱走するのではなく、夜明けに決行か。真夜中をあれだけの奴隷達が足音立てて逃げれば、警察が駆けつけかねない。一方でこっそり人混みに紛れてしまえば奴らが奴隷だと証明する書類はどこにもないから」
「俺が書類を盗む前提だったがな・・・」

 一体、どうしたというのか。
 司会、客、従業員にそしてジョシュ。その誰もが、ただしリアムが意図していたものとは明らかに違う形で、急に舞台上で高笑い始めた主役に面食らっていた。

「お前その眼・・・!」
「・・・ちょうどいい。これも何かの縁だジョシュ、これから始まる記念すべき新たな歴史の第一幕、その目撃者としてお前を選んでやろう。安心しろ? お前たちは態々弱者に格上げなどしない・・・お前はちゃんと人間だ。それにお前を傷つければリアムが俺に心を閉ざしかねないしな!」
「な、なんだか分からんが今のうちだ! 逃げるぞ!」
「どういうことだ! 何故あんな化け物が混じっている!」
「お、お客様落ち着いて・・・ッ!」
「これは夢か幻か・・・現実なのか?」

 静寂が訪れるとともにさっきまで会場で同時多発的に発生していた彼らを混乱させる多数の魔力反応は消失していた。だが今度は代わりに突然おかしくなってしまったリアムの異変を感じ取った客たちが、各々忙しなく様々な行動をとり始める。
 今のうちに逃げようと走って出口に一目散に駆けていく者が大多数、次に頭を低くしてコソコソする者、現実と夢の区別が付かなくなってしまい動けない者、そして極僅かだが、商会の商品管理に対し従業員並び警備員に文句を言い遠回しに自分の命を優先しろと言いたい厚かましい者まで。
 ただし誰もリアムを攻撃しようとする者は一人としてなかった。何故なら彼はまだ、この建物どころか地区一帯を焦土化できそうなほどの牙を剥き出しにしたままだったからだ。少しでも刺激すれば一瞬にして骨も残らず灰塵と化してしまいそうな状況である、加えて──

「・・・醜く喚いてんじゃねぇ雑魚ども! 黙ってこっちを見やがれ! さもないと今すぐぶっ殺すぞ!!!」

 音のバースト。魔力は込もっていない、ただ吠えただけ。なのに── 

「に、逃げr」
「早く出ろ! 何もたもたしてるんだ!」
「お金ならいくらでも払うから誰か私を助けろ! 助けてくれ!」

 到底一人の人間が出せるような、迫力、圧力ではなかった。だから威圧(バースト)に魔力を乗せなかったのが裏目に出る。うっかり気絶させないよう手加減したのだが、現場は少しでも遠く、生存率をあげようと恐怖に支配され我先にと逃げる客たちで余計に混乱する。

「・・・仕方ねぇな」

 生への執着は、自他問わぬ純粋な弱肉強食の次元で生を営む証と言えるだろう。

「カタストロフ」

 だからリアムはステージ上で右手を前に翳し、腕の角度を僅かに上へつけると、躊躇いなくソレを放った。

「・・・・・・」
「断面が綺麗に削げていない・・・まあ今の状態で収束の具合はこんなものか」
「壁が・・・一瞬でくりぬかれた」

 解き放たれし魔力の咆哮。魔力砲は東の壁を全て貫通、広範囲にわたり劇場の壁に比率の美しい綺麗な輪っかを生み出す。
 ジョシュが溢した様に穴は空いたというよりくり抜いた、という表現がしっくりくるほどに円周にひび割れはなく、その断面からは僅かに塵クズがパラっと落ちただけである。しかし見事にくりぬかれた風穴を見ても、僅かに塵がパラっと落ちたことにリアムは不満げだ。

「木っ端微塵・・・」
「倒壊する・・・ぞ」
「失礼だな。自分がまだ中にいるというのに俺がそんなことも計算せずに咆哮(ブレス)ぶっ放す馬鹿に見えるか? 手抜き工事でもしてない限り倒壊などしないさ。外から爆弾低気圧の空気砲みたいな風がぶつかりでもすれば別だが」

 リアムが言った様に決して倒壊する可能性がゼロであるとも言えない。しかし逃げ惑う逃走者たちは建物が倒壊する可能性を看破しても、頭上を通り抜けた恐ろしく高密度で高威力の熱線に威圧されて一歩も外へと踏み出す足を動かせなくなっていた。

「きゃーッ!!?」
「なんだ!? 外からだ・・・!」

 が、止まった時間はまたしても一瞬にして動きを再開する・・・普通の人間は、そもそもあんな高密度なブレスなど発射できないからね。

「おいどうした! 腰抜かして・・・」
「あ・・・あああ」

 それは、建物の外から聞こえてきた・・・恐らく悲鳴を上げたのは逸早く劇場を脱出した逃走組第一陣。

「なんだ? おい大丈夫か?」
「あああ・・・あれ・・・」
「・・・? あれ・・・って」

 悲鳴を聞いた他の逃走組が次々と玄関から建物の外へと出る。そして仲間たちが何にそんなに驚いているのかに気づくと、面白いくらい絶句し、立ち尽くすか腰を抜かしながら体を震わせるかの限られたポーズを取り、また、ある一点だけを見つめ閉まらない口を手で覆った。次々と外に出ていく人間たちが決まった型にはまるリアクションを見せる光景からは、まるで仕掛けたドミノが止まることなく倒れていく時の様な気持ち良い爽快感とユーモアが感じられる。

「な、だから収束が甘かったって言ったろ?」

 建物内の人間が外に出た頃ケラケラと"協力・提供 = 有志の皆様” によって繰り広げられたコントに笑いながら、ジョシュと共に通った玄関の扉を指で風を操り閉めるリアム。

「甘いは攻撃が放射したってことだったのか・・・」

 で、リアムの発言を聞いて普通に納得して見せるジョシュ。しかし彼らが見た物とは一体・・・。




「・・・なくなってる」

 ・・・ようやくか。意外に早かったな。

「山がなくなってる」

 それから30秒程の間をおいて、ようやく一部の人間たちが口を開き、自分たちが一体何を見ているのかを言葉にする。きっと彼らが口を動かせたのは、普段から刺激的な生活に興じるアブノーマルな趣味を持ってる連中が多いから耐性が・・・こういう偏見はよくないか。

「いや・・・あれは削れ・・・」
「あの山はこの街の守り神・・・お山が消し飛び血潮を吹いた」

 玄関から距離にして2、30km先。そこにあったのは焼け焦げたのだと一目でわかる黒い色と、必死に自然が傷を癒しているのだとわかる赤いかさぶた。手前が低く狭く、奥がなだらかに高く広くなっていることから、咆哮(ソレ)は拡散し昇りながら突き進んだのだろうと、一体何が起きたのか、そんなこと今ここにいる者ならば誰にだってわかるはず。
 ただ一つ、ジョシュの名誉のために補足しておくと、彼はこの前にリアムがやってみせた数々の奇跡の様な魔法を見ていた。体を霧に変え、透明にもし、魔力錠を2回も木っ端微塵にした挙句広い建物の中から妹の監禁されている場所を見つけ出した。加えて50名以上の奴隷全員を直接触れることもなく転送したことも知っている。よって次々と起こる高度で大規模な魔法の連続に、もう何に驚けばいいのか分からなくなるほどに彼の感覚は麻痺してしまっていた。彼は至って一般的な常識人(ニンゲン)のはずだ。

「・・・さて」

 コの字型の商館の中央広場には、1匹の馬が御者に鞭で叩かれながら馬車を引いている場面を形どった像があった。馬は優秀な労働力の証──即ち、己が商会の奴隷の優秀さをアピールする飾り・・・実に醜い。

「く、来るな・・・」
「来るな!!!」
「五月蝿い」
「ングッ!・・・ッ!」
「へぇー意外だな。昔だったら俺の姿を見ただけでも逃げ惑う奴らばかりだったのに・・・やっぱりこの姿だと多少対話できるとか思うのか?」

 ハイドの五月蝿いの一言で直ぐに口を噤んだ群衆を見て、彼の機嫌が少し良くなる。

「・・・さて。大人しく俺に従えばお前達は殺しはしないぞ? 何せ俺の首に輪をかけてるこいつは優しいからな。だからこいつの人格を尊重して、お前達は殺さないでいてやる・・・だが」
「ヒッ・・・!」
「そいつ、そうお前だ」
「た、助けてくれ・・・殺さないで・・・」
「おいお前なぁ、何をそんなにビビってんだ? 何かリアムに・・・もとい俺に何か後ろめたいことでもあるのかな? うぅん?」

 ハイドに睨まれた人差し指を指した先の群衆の中にいた男。こいつは──
 
「まあそれは今はいい。特別に免除してやろうじゃないかヤコポ」
「ほ、本当に・・・!?」
「ああ本当だ。ただし当然条件がある。10秒以内に俺の質問に答えろ?」
「・・・へっ?」
「この街の司教とやらはどこにいる・・・はい10、9、8!」
「頼む! 私は命令されただけでただの下っ端に過ぎない! 悪いのは私じゃない!」

 リアムが頑なに名前を呼ぼうとしなかった男。この商会のトップ、紫に金のラインの衣が特徴の男。

「7、6、5」
「頼むから! そうだ! 今すぐにお前との契約を破棄する! それが望みだっただろう?」 

 ハイドのカウントが刻一刻と数字を減らしていく。

「4、3、2・・・1」
「ここで喋ったら私はこの街で2度と商売が・・・!」

 だが──

「ゼロ・・・はぁ。ここまでやっても喋らないか。お前案外いい根性してるな・・・忠誠心か? いや・・・」
「た、助けてくれ・・・!」
「黙れ。ここまでの騒ぎを起こしといて今後本当に堂々と商売できると思ってんのか? これは俺の詰問に口を割らなかったせめてモノ餞別だ・・・今楽にしてやる」

 意外にも、ヤコポはハイドに逆らい、真実を喋らなかった。・・・しかし奴は動けない。この時ヤコポは後ろにズザッと後退りしただけで、背を向けて逃げることができなかった。今まさに自分に死をもたらそうとする手の平が向けられているのに、まるでこれまで犯した己が罪に束縛されるかのように。だがそれだけでお前の罪が消えると思ったら大間違いだ。

「・・・キャンセル」
「ぎゃー! 死んだー! ああ、死とは痛みすらなくそれだけが唯一の救いか・・・」

 よって今ここで、貴様にふさわしい罰を選択し、断罪するとしよう。

「あれ・・・死んでない?」

 しかし、カウントゼロの後、ヤコポに裁定者による最後の審判が直ぐに下されることはなかった。

「ああ、ありがとう!君のその寛大さに感謝する! そもそも傭兵やらを雇わねばならず地元からの評判はイマイチ、私はもっと故郷に貢献できる社会的意義のある仕事をしたかったのだ!」

 おお、出るわ出るわ経営に口出しされたことに対する不満が。だがこれだけツラツラと不満を並べ立てているわりには、肝心の上から権力で押さえつけ指図していたはずの司教の存在をはっきりとは言わない。社会的意義のある仕事? この街でその司教がどれだけ強力な権限を持っているのか知ったことではないが、自分たちはまだ助かる、結局事件後の自らの保身のことしか考えていないではないか。やはり反省が甘い。 

「だからこれからは私も心を入れ替えて誠実な商売」 
「じゃあな」
「をして・・・」

 次の瞬きの間、ヤコポは己が商会の広場から跡形もなく消えた。

「・・・消えた」
「なぁに奴はまだ死んじゃいない・・・ただもう必要ないから飛ばしただけだ。人の倫理という奴を注視し裁定を下すのは初めてだったため少々戸惑ったが、しっかりと見極めたぞ。運悪くモンスターに遭遇でもしない限りここから1週間もあれば帰ってこれるだろう・・・それにしてもあれは滑稽で笑えたな。まだ9歳の子供に大の大人がこんな・・・クスクス、笑えるよな?」
「そ、それのどこが一体大丈夫なんだ! 自らの横柄さを認め許しを乞うていたのにお、お前正気か!?」
「なんだと? 違法に承諾もなく拐われた子供を奴隷として買い束縛しようとしていたお前らが俺に正義を語るのか?」
「だからそれはお前の嘘でッ!」
「・・・なぁ、さっきあいつが開き直る前までしょんべんちびって足ガックガクに震わせてたのみたろ? それに折角俺が2度もチャンスをやったのに奴は応えなかった・・・キリがないな」

 本当にキリがないし救いようもない。今の一連の を見てまだ俺が嘘を吐いていると・・・それとも自分たちが罪を犯していないのだと信じたいだけか。

「お前、字、読めるよな?」
「も、もちろん当然だ・・・私は商人だからな」

 だがこのまま俺の妄想にして逃げられてたまるか。妄想を嘘にするには証明するしかない。尤も、演説の度が過ぎれば聞く耳を持たないだろうから、曲げようのない真実を突きつけてやらねば。

「ジョシュ!」
「な、なんだ・・・ハイド?」
「この書類をこいつらに見せてやれ」

 ハイドがジョシュに書類を要求する。それにしても察しのいいやつだ。まさか今の俺がリアムじゃなくハイドである事にちゃんと気付いた。人格が入れ替わるなんて、滅多に見られるモノでもないだろうに。

「いいか? これはな、俺のも含めお前達が買おうとしていた奴隷達全員分の偽造された書類だ。でだ、よく見ろ・・・」
「な、なにを・・・」
「例えばこれと、これとこれ、あとさらにこれと・・・これと・・・」

 ハイドがジョシュと言葉を交し始めた時点で、恐怖の圧力が一時的に緩和される。だが忘れてはならない。これは注目すべき針が長針から短針に変わっただけ。刻一刻と、今も時間は同じ間隔を刻んでいる。

「どうだ? 何か気づかないか?」
「・・・いや、やっぱり普通の奴隷契約書だと」

 ハイドが亜空間から取り出し、何かの基準に選別した後にジョシュに渡したのは数枚の違法奴隷契約書だった。

「せっかく分けて見せてやってるのに馬鹿か? よくみろ! 例えばこの”ミクリ”君と”クルミ”ちゃん。ほら、同じスペルの文字の筆跡がほとんど同じだと思わないか?」
「まさか・・・本当だ」

 そこには、1枚からでは見ることができないある重要な証拠が隠れていた。

「書類上12歳の男子と5歳の女子。奴隷契約書のサインには主人と奴隷2人のサインが書かれて初めて契約が成立する。だが契約書はそもそも主人と奴隷の仲介人として奴隷商が介入するために奴隷側のサインが書かれた書類だけでも法的拘束力を持つから同じく法によってこの契約書のサインは必ず本人のものでなければならない」
「だがどうやって名前や年齢を・・・過去ここで買った奴隷には拷問で痛めつけた跡や健康状態に問題はなかったはずだ」
「鑑定・・・あんたの名前はジェレミー、年齢は28で得意魔法は水か。どうだ? 一人鑑定スキル持ちがいるだけでこの程度の個人情報拷問などせずとも直ぐ手に入る。さっきカウントダウンしながらあいつを鑑定したが、案の定《鑑定Ⅰ》持ちだった・・・ククッ、レベルⅠだと見えるのは精々名前と年齢くらい、だが貴族みたいに魔力が高く魔防が高くない限り、平民の、それも拐われ精神的に不安を抱える子供のステータス情報を調べるなんて造作もなかったろうな・・・あくまで近似値だろうが」

 実際、鑑定などせずともこいつが鑑定持ちなのは分かっていた・・・目の前でじっくり見たし。
 ただ話にリアルさを付与するためにあえてレベルまで暴露した次第、供述をとったわけではないがほぼ間違いなくこの方法で個人情報を抜きとたったのだろう。ただ不幸中の幸い、こいつの鑑定のレベルがⅠと低かったのが良かった。このレベルなら気絶していれば見えるのは名前、年齢くらいで本当はステータス情報なんて見えはしない。
 ここまで説明するのは面倒臭くて時間もあまりなかったから・・・因みにオークションの時にこいつらが奴隷の魔力量についてだけはちょっと自信ありげに紹介できたカラクリは、捕まった時に嵌められた魔力を吸収する錠、この錠に相対的に溜まった魔力で大方の魔力量を算出したと思われる。この世界では1に魔法、2に体力、だから魔力だけを調査し値段を設定、あるいは釣り上げる材料とし後は見た目から健康状態等をでっち上げ無難に演じる。オークションというのは一種のギャンブルであるからそれでいい。
 さっきは部下の手前ナオトのステータスにスキルはないなんてほざいていたが、詐欺師の中でもとんだインチキ野郎だ。魔力も傭兵から聞いた話を元にでっちあげただけ、奇しくもリアムもそうしてステータスを偽造したから値はほぼ間違っていなかったが・・・

「だが同意を得ていない第3者を無理やり魔力契約に参加させるなどやはり不可能だ。それにこれがお前の偽造した書類でないという保証がどこにある? 」
「それができるんだよ・・・だがまず俺がこの書類を捏造していないという証拠だ。それはお前たち今日のオークションに参加した客全員が持っている・・・ポケットの中でも探ってみな、誰か一人くらいはあるんじゃないのか?」
「なんだと?・・・私のポケットの中には、今日のオークションの招待状と入場券くらいしか」
「おっと! そう、それだ! そこの品定めの時俺のことを気持ち悪い目で見ていたデブ、お前の持っているその2枚の紙が証拠になる」

 それは、ちょっと神経質そうな小デブのオヤジのポケットから出てきた。

「ここの客は商人も多いらしいから、鑑定持ちか分析持ちは・・・つーかそのどっちかのスキル持ってるやつだったら慎重に見比べずとも一目で筆跡鑑定できるんじゃないか? どれだけ汚い仕事に手を染めようが、一丁前に商人としてのプライドはあったらしい」

 ハイドが自ら無罪の証明に使ったのは、この商会のオーナーから直筆で当てられた署名付きの招待状。また、そこに書かれた署名はハイドの差し出した書類にもしっかりと1枚1枚にサインされているから、さあここまでの物証を揃えられて言い逃れができるのならば、そいつは馬鹿か阿呆、それか自己愛陶酔者だ。

「しかし・・・しかしそうなれば私たちは違法な取引だという可能性を知っていて競売を・・・そうだ見ろ! この書類にはこの街の司教の名前が載っている! 奴隷法では落札が決まり出品者への入金が確定する前に一度、不公正ない取引を証明するためと奴隷の権利を最大限に尊重するために取引がある地域の国によって認められた有権者の自署が定められている! つまり!オークション中に書かれないはずの名前がここにあって普通は・・・普通は・・・?」
「墓穴を掘ってくれてありがとう。そもそも落札から納品までのスピードが普通じゃないんだよ。じゃあどうだといえば異常そのものだ」
「そんなばかな。納品までの仕事の早さは商会が司教様に信頼されているからだと」
「金持ちの道楽者どもはどうも自分に都合のいい様に物事を解釈するな・・・なんのための奴隷法だ! 奴隷に身を落とそうとする人間の最後の一線を守るための法律をなぜ高々辺境の爵位も持たない商人と街の司教の忖度によって歪められる!」
「それじゃあ、1日でも早く金の欲しい出品者たちのため合意を得た上で入金を早めているという話も・・・」
「初めから正式な出品者なんていなかったんだ。俺たちが権利を売って金銭を受け取る保証人も第3者もいない。それどころかテメェらは甘い口車に乗ってまんまと奴隷法及び競売法を破り犯罪の片棒を担がされた共犯者だ。ざまあ見ろ」
「そんな・・・」

 可哀想なぞ思わん。こいつらはこの世で最も貴重なものを買おう取引しようとしていたくせに、それに値する行動と姿勢を見せようとはしなかった。きっとお前らだって買おうとしていた奴隷たちに同情の”ど”の字も持たなかったんじゃないか? なら、俺もリアムも今回並びに今まで違法的に奴隷にさせられた者共が、お前たちに同情してやることなんて1ミリもない。

「それから参加していない第3者を無理やり魔力契約に参加させた件だが、お前らみたいな犯罪者に再びコレが悪用されると迷惑だ・・・それに今までの証明含め、これらは俺と同棲者とで練り上げた結晶・・・だから俺一人が大っぴらには言えるのはここまでだ」
「そ、そんなの納得できるわけない!」
「そ、そうだぞ! そもそも我々を犯罪者などとッ!」
「黙れ! テメェらは既に立派な共謀者だ! 加担者だ! 犯罪者だ!・・・だがそうだな、この謎を解いて納得できるのならば、ヒントくらいはやってもいいか。・・・いいか、取引が成立するには1対1以上の参加者と物がある状況を作れれば後はなんとでもなる」
「・・・はい?」
「ま、全く意味がわからん・・・」
「あとは自分たちで考えな」

 この手法は、リアムが契約書との数分間の睨めっこの後に気づいたものだ。イデアの奴は首に刻まれた奴隷紋を分析し、まだ中身が空っぽだった事から何となくわかってたらしいが、やはりリアムが頭を捻り絞り出した見事な推測である。

 この契約では合意の束縛ではなく、第三者を者ではなく物で縛った。通常他人の物を取引の内容にするなどあってはならないし、本来の魔力契約には何よりも筋道を通すことが重要となる。それは等価交換や、取引物がしっかりと参加者の所有物として帰属していることなどである。
 ・・・そう、参加者の所有物として帰属する。また、リアムたちの首に刻まれたこのバーコードには、紋が刻まれた時点でも、入金が確定し最後の参加者である司教がサインした時点でもなく、客がこの書類にサインした時点で初めて束縛とタグ付けの効力を持つ。
 さて、ここからが種明かしだ。ここまでヒントを出せば余程鈍くない限りわかるはずだ。
 契約上取引に参加を合意しない第三者を縛り付けるなど普通あり得ない話だ。だが、書類の契約内容の取引詳細部分についてはズラリと細かい責任やら法の定める規則やらが書かれている中の取引内容及び期間等の項目にはこんな一文が書かれてある。 

”上記の奴隷紋が刻まれた者を, 刻印の受入れをもって契約内容とその傘下に同意したものとし, この契約の参加者並びに取引対象とする”

 普通に読めば同意したから奴隷紋が刻まれた。何も知らない者からすれば、そう読めて、そう読めるのが普通だ。
 だが事情を知っている者からすれば、これは人物ではなく名前と印、首に刻まれた違法奴隷紋を指定することで効力を強め束縛する文章に捉えることができる。刻まれたという過去形の文章を用いることでより事実を明確化し絞っているところもミソだ。

 優先されるものを明記せずとも取引材料の対象とする。ただし人物ではなく、紋という物に対する指定により。
 言葉を巧みに使ったミスリード。そこにちゃんと気がつくのだから、それも1度ザッと目を通した後のたった数分でだ。
 あいつはあいつで中々にやる。いつもイデアに負けるんだと卑下していたが、こいつの能力は捨てたもんじゃない。

「さーてさて、面白いことになってきたな! 立場は逆転! お前達の命を握り脅迫する俺は一転してただ正当防衛をしただけってことだ! 果たして盟約がお前らを守ろうとも、この地の人間がよそ者の犯罪者をどう裁きたいのか・・・見ものだが・・・」  

 だが、そんな要らぬ新たな犯罪を生む種を撒く必要もなく、今のハイドはリアムのお膳立てもあって十分に強い。

「ジョシュ」
「な、なんだハイド?」
「お前は今直ぐに元奴隷達の転送先へ向かいリーダーとしてみんなをまとめろ。俺が飛ばしてやるから一瞬だ」
「いやお前何言って・・・リアムの体を支配するお前を放って逃げ出すなんて・・・」

 演説にグゥの音も出ない共謀者たちを見て、ハイドがジョシュに避難、並びに撤退を提案する。だがそれは、完全に一方的な提案で──。

「・・・悪いな。そのリアムを留めておくのがそろそろ限界なんだ。こいつは強いからな・・・3回目ともなれば慣れちまうらしい」

 この俺様が、”悪いな”・・・か。・・・まあそんな事は今は微々たる懐古の念に過ぎない。執着はない。
 魔法ってのは平等じゃない。魔力が強い者、並びに使い方の美味い強者が常に勝つ。つまりそれは魔法の本来の性質、救済ではなく、資質であり敵を排除するため、脅かすための強さなのだと。これを忘れていては、一人前の魔法使いとは呼べない。痛い目を通り越して絶望の淵へと落ちるのが、まさにオチである。その魔法が絡んだ事件だ。なればこそ目には目を、歯に歯を。今まさに、それを証明したってのにリアムのやつは・・・。

「だがやはり甘いんだよこいつは・・・あわや自分を奴隷にしようとした奴らにさえチャンスをやろうなんてな!」

 自然とハイドの口角がニヤリと上がる。そして彼は、自分たちの罪を受け入れるか否かを葛藤して呆然とする客たちに背を向けると──

「待ってくれ! 君は・・・」
「あ? なんだよ俺は今急いでるんだ。もうお前ら用済みだから消えていいぞ・・・黙ってな」
「・・・いや、黙っていられない。確かに私たちは助けを求め叫ぶ君の声を聞こうとはしなかった愚か者だ! 弱者と罵られようとも言い訳のできないことをした! だが自分の正しさを証明した君はどこへ、そしてどう我々を裁こうというのか・・・!」

 ・・・ようやく自分たちの過ちを認めたと思ったらこれか。人間ってのはやっぱ馬鹿ばっかだ。

「ふざけるなよ。そんなことを聞くために俺の貴重な時間を8秒も無駄にしたのか?」
「そ、そんな言い方・・・弱者に教えを説くのも、強者の務めでは」
「俺のここでの用はもう終わったんだよ!結局お前らはどこまでいっても自分が大切で可愛いだけだろうが!!!」
「・・・アツイ!!!」

 ハイド肩越しの冷たい一睨みが、視線の先の証拠(サンプル)に熱を与え、違法書類たちが1枚の漏れもなく怒りの炎を発火する。

「こ・・・コロ」
「いらねぇよ。お前達みたいな弱者を食い物にするカスみたいな命なんてな」

 そしてハイドは、今度は自分たちの番かと顔を青ざめさせていた客達の前から一瞬で姿を消した。

「・・・・・・」

 最後に吐かれたハイドの捨て台詞の余韻と、跡形も残すまいとパチパチ燃える紙の音だけがその場を支配する。

「・・・我々の、贖罪は一体」

 ハイドが去った商館の玄関前広場。これで俺たちを縛るものは消えたし、当初のリアムの予定通り落札した商品が渡せなくなる不祥事とこの騒ぎも相まり商会に異議申し立て、あるいは提訴する輩が絶対に出るはずだ。しかし証人は残ったが、如何せん沸点が低い・・・と自覚している俺の方がマシだな。

「これは・・・」

 そして拐われ違法に奴隷にされてしまった子供達の情報を跡形もなく消すべく燃やされたはずの紙片が一つだけ──燃えかすと灰の中から異質なそれに気づき拾い上げたジェレミーはゆっくりとそこに書かれた字を読み上げる。

「ブルネッロ・デンカーティ」

 唯一燃え残った紙片にあったのは、一人の人物の名前であった。そう、この街の司教 ブルネッロ・デンカーティの名である。 

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