アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

225 認識

 運命なんて嫌いだ。だけど生きている限り未来からは逃げることはできない。だから昔の一人ぼっちだった僕はそれを、無理やり点と線の世界に押し込めた。運命が先行するんじゃない。僕が歩いた結果が運命となるのだ。今でもその考え方を、間違っているとは思っていない。なぜならそれこそが、僕だ。






「・・・寒い」

 融合の最中、リアムは目を瞑り、自分の中で己であって己でない何かの歯車が噛み合う感覚を思い出す。ここは・・・そうだ。そこは生まれる前から、つまり開闢の時代、または魂が原始の粒子だった時から知っているかのような不思議な場所で、足元を流れるのはこの世界を巡る魂の記憶、そして頭上から背後に見えるアースの地平線の彼方に広がるのは、まさしく宇宙(ソラ)であった。

「拾って」

 そしてふと、視線を元の位置に戻すとそこには、フワッとしたツインテールの白髪に、エメラルド色の瞳の一人の少女が立っていた。

「・・・わかった」

 この時なぜ、自分が少女の言う通りにしたのかはわからない。だが、魔女が持っていそうな魔法の大杖を片手に立つ少女の美しくも気だるげな目を見ていると、あれこれと・・・そう、拾うと言う選択以外を考えることをその時一瞬、僕は忘れてしまっていたんだと思う。そして僕は少女の言うがままに、足元を流れる魂の運河の中へとソッと両手を挿入する。
 すると、なんと気づかぬうちに、ロックされたまま錆びついていて、鍵穴もどこにも見当たらない錠が僕の手の中にはあるのだ。そしてそれは間違いなく僕のものであるという確信が持てて、落としてしまっていた、溺れていたソレを、今度は誰にどうしろと言われるわけでもなく掬い上げる。それから僕は一度ソレをギュッと包み込むように右手で握った。そして再び握った手を恐る恐る開くと、錆がゆっくりと光の粒子とともに浄化されていき、やがて、ソレそのものが既に錆であったかのように、錠もろともに亀裂が入る。それから錠は一定のスピードで光の粒子となり、頭上に広がる宇宙へと霞となって、溶けて消えてしまった。

「ケルビム様〜・・・ちょっと休憩しようよ〜」
「ソーマ。もう少し貴方は我慢というものを覚えなさい」
「セーマが忍耐ありすぎなんだよ。私たちもさ〜、レテを見習ってさ?」
「気だるー、なんで気だるさだけは忘却できないんだろ〜」
「あの子の管理(しごと)は忘却だから、失敗しても後から取り返しが効くけど私たちは・・・ってこの話、もう1万回はしたんじゃない?」
「だね〜。でも飽きないから不思議だよねー」
「ほらみんな。おしゃべりもいいけど今日のノルマまで後少しだから頑張って・・・ジャーン! 実は今日はシエルから差し入れの」
「ケーキ!?」
「半分正解で半分はずれ。セーマとレテにはケーキ、ソーマには始末書と、システムの修正命令。また数カ所、狂い始めてるって」
「また!? 最近の魂には多様性がありすぎなんだよ! ウヘーン! 設計図作るこっちの身にもなってよ〜!」
「でも世界が進化し続けるためには必要な傾向よ? ほら、私も手伝うし、ケーキも私のを半分分けてあげるから」 

 すると、宇宙へと消えてしまった光の粒子を見送ると、そんな楽しげな会話が、河の河口か、あるいは源流となる始まりの場所か、兎にも角にも、アースと月にかかった8の字かメビウスの輪の限りなく重なった場所に、そう、僕が今立っている場所だ。僕がアースを背にして立っていたことから、その岸は西岸だろう。いや、それは地球と月を還流しているから、月から見れば東か、でもやっぱり僕はアースに住んでいるからこの場合は西でいいのだろうか。つまりこの問題を議論せずに掻い摘めば、その両岸へといつの間にか出現して宇宙空間へと広がる一本の木が立つ小さな花畑から会話は聞こえてきた。
 僕はその方向を目指して河の上を歩き目指す。何故自分はその河の上にいたのかと言われれば、説明はできないし、その上を歩いている理由も定かではないが、とにかく歩を進めた。

「本当!? だったらいい!」
「うーんやっぱりシエル様も精霊たらしですよね? 初めからケルビム様の分だけ2人分なんですもの」
「・・・ソーマの甘えん坊」
「何を! レテが一番子供っぽいくせに!」
「レテはもう大人だから・・・別に。ケルビム様になでてもらえるからって羨ましくなんかないもん」
「へー、だったら今日も私がケルビム様の隣に座るから。そしてケーキをアーンしてもらう!」
「・・・ソーマ、ちょっと調子に乗りすぎ」
「別いいでしょ? レテはケルビム様のアーンがいらないほど大人なんだから」
「ムカッ! ・・・ああいえばこういう」
「ほらほらみんな喧嘩しないで?」

 先ほどは小さな花畑と表現したが、実際には僕の立つ河も含めて箱庭と表現した方がしっくりとくるかもしれない。そしてその場所は意外と近かった。というか、あれほど幅が広かった河の上だったはずなのに、たった数歩歩くと、そこには一人の優しそうな女性を囲む3人の女の子たちがいて、先ほどの会話からも想像できるようにみんなで仲睦まじげに休憩のティータイムをと、洒落込んでいたようで。

「イデア・・・」

 だが、僕にはその3人の女の子に囲まれている女性に見覚えがあった。大きさ、つまり成長具合や髪の長さだって長髪と違うのに、何故その人がイデアであると? だってその証拠に、彼女の髪の色は白く、瞳はエメラルドのように輝き鮮やかな緑色をしていて僕とトランスで入れ替わった時の面影を十分に残している。・・・確かに君の言うように、よく見れば他の女の子たちも同じような特徴を持っているし、イデアがあんな慈愛というか母性に満ちたような笑みを浮かべるところを僕は見たこともない。しかし明らかに彼女だ・・・ってどうしてイデアがあそこに?

「・・・!?」
 
 すると突如、内臓までもが凍りつくような寒気が僕を襲う。イデアの名を呟きそれが彼女だと確信した瞬間、まるで蛇に睨まれたかのように背中から全身に広がる悪寒が走り──

「・・・助けて」

 ふと、後ろを振り返るとそこには赤く光る鋭い2つの眼光があって。

「ガアアァァッ!」

 次の瞬間、僕は喰われた。体を震わせるだけでなんの抵抗もできずに、ただ怪物の口の中へと──

「こんにちは」
「──ッは!・・・ここは」

 次に起きた時、そこにはまた宇宙と──

「起きた? よかった、まさか貴方がここに紛れ込むなんて」
「君は・・・」

 見覚えのある、15〜16くらいの容姿をした女の子の顔が・・・

『あれ? 確かに見覚えがあるはずなのに・・・思い出せない』

 しかし僕にはそれが誰だったのか思い出せなかった。それどころか、彼女の顔上半分くらいには妙な影のマスクがかかっていて、口の動きでしか表情が・・・なんで僕はそんなんで彼女の顔に見覚えがあると思ったんだろう? でも、妙に唇の感覚が敏感になっているいうか、さっきまであったはずの温もりが離れていくような、そう・・・何かに少し押されていたのか形が元に戻るような、柔らかい感触も・・・

「あ、そういえばまだこの子たちの紹介がまだだった!」 
「私たちを逃げ道に・・・」
「顔真っ赤」
「えっ?」
「あー!なんでもないの! お願いだから少しあっち向いてて!」

 なんでもないと言いながら、あっちを向けという。実に矛盾した不思議なお願いだ。

「君たちは・・・そう、セーマとレテだ」
「当たり・・・」
「リアム様にはお初にお目にかかります」

 そして、名前を知らない彼女が『あっちを向いてて!』を解いてくれるまでの間、僕は彼女が紹介すると言っていた女の子たち、セーマとレテと自己紹介をするが──

「リアム・・・そうだ僕はリアムだ・・・お初?」
「ええ、貴方に会うのはこれが初めてですけれど? ね、レテ?」
「う・・・うん」

 何故、僕は今まで自分の名前を忘れていたのだろうか。否、認識できていなっかた? そもそも何故僕は彼女たちの名前を知っていた?それなのに自己紹介??? 

「それで突然なんですが、ひとつお聞かせてください。貴方にはあそこの樹になる実が、何の実に見えますか?」
「実・・・ですか?」
「はい、実です」

 そんなこんなで、僕がちょーっと出口の見えない混沌に陥っていると、本当に唐突に、セーマがある方向を指して僕にそんな質問をする。
 精神的に思考が混乱していたこの時、僕はセーマに促された通り素直にその方向へと視線を向ける。するとそこには見覚えのある果てし無く続く河が流れており、セーマの指すはるか先の対岸のさらに向こうの小さい丘の上に、確かに、一本の樹があった。その樹の佇まいは、一本ということもありなんとも儚げなのだが、儚いだけで感想を片付けるにはなんとも美しく・・・美しく?
 
「石?」
「石・・・ですか?」
「はい。果実? みたいなものが樹に実っているのは見えはするけど、ただ実っている物自体はかじることすらできない無意味なただの石に見える」

 どうして僕はそれが口にして食べるものだと思った?  実っているものが石だと気づいた途端に、それが僕にとってなんらかじる意味すらない果実だと認識して・・・なんで意識しなければ影も見えないあんな遠くにあるものがはっきりと見えるんだ?

「そうですか・・・既に鍵は貴方の中にあるんですね」
「落ち込む必要はないセーマ。リアム様の中にはあの方の力が眠っているんだから」 

 リアムのコメントを聞いて、自分の力不足を嘆くセーマとそれを慰めるレテ。何故セーマは落ち込んでいるのか、その理由は定かではないが──

「なんだかよくわからないけど、元気を出して。僕が何かしたのなら、謝るし・・・」
「いえ、リアム様が何かしたとかそう言うことではなく・・・やはり貴方はお優しいのですね。まるであの方のように」
「あの方?」
「ええ、あの方です。あの方はこの世界の誰よりも賢く、それでいていつも慈愛に溢れ、私たちを平等に愛してくれていました」
「へー・・・でもそんな聖人君子みたいな人、とてもじゃないけど僕じゃあ比べ物にはならないんじゃない?」
「ふふッ。いいえそんな事はありませんよ? だってあの方はリアム様の・・・」

 だが、とても嬉しそうにセーマがあの方とやらの話をしようとすると──

「セーマ!」
「あっ・・・すみません。つい懐かしくて」

 先ほどまで、あっち向いててと一人会話に参加していなかった女の子が、急に会話に参加してはセーマを戒める。

「それで、もう赤面はいいんですか?」
「いいのよ! それに赤面じゃなくて自責だから! 恥ずかしがってなんてないんだから!」
「でも自責するってことはやっぱり恥ずかしかったから」
「レテッ!」
「はぁーいごめんなさーい」

 だがまあ、なんと言うか彼女たちの立場は対等そうで、それが日常に見えた。

「コホン・・・ごめんなさいね。お見苦しいところをお見せして」
「いえ、大丈夫ですよ」
「あー・・・そうね。うん、そうよね・・・ありがとう」

 ・・・? 何か僕は対応を間違ったであろうか? ただ、場の雰囲気を相手がリセットしようとしたから、自分も定型的に答えた。このやりとりにあったのはただ、それだけのはずなんだけれども。

「まず貴方には、謝罪を。まさかあんな方法で私たちのシステムを掻い潜ってくるものがいたなんて、想定外でした。ただ、今更後戻りすることはできないし、私が眠りについてしまった今、どうしてももう修正はできないの」

 それはまず、何故か僕に謝罪をしたいと言う旨と──ただし、それから彼女の口から飛び出したのは、とても刺激的で、僕の脳を再びカオスの森へと誘う内容だった。

「一体なんのこと・・・でしょうか?」
「それはもちろん、エキドナのこと」
「!?・・・どうしてそのことを」

 エキドナ、それはつまりさっきまで僕が対面していた怪物の名前であり、

「そうだ! 僕はエキドナを・・・アメリアを元に戻すためにイデアとマージして・・・」

 その正体は、孤児院で生活するアメリアという一人の女性。ファウストのシルクにエキドナに姿を変えられてしまった、可哀想な救う救われるべき患者。

「なんで僕はここにいるんだ・・・?」

 僕はそれから、エキドナがファウストによって存在をねじ曲げられてしまったアメリアであるということ、更にはそんな彼女を助けるためにイデアと融合する真っ只中であったことを思い出す。しかし、困ったことに何故今僕がここにいるのか思い出せないし分かりもしない。もう何が何だか、僕の記憶の時系列はめちゃくちゃである。

「ああえっとね! そのことなんだけど、どうやらケル・・・イデアと貴方が融合するには、少しパーツが足りなかったみたい」
「パーツ? それは部品か何か?」
「うーん・・・まだ眠っているとはいえイデアの力は飛び抜けて凄いし、貴方の体も随分と強化されて適性を得た。でもね、問題は適性を持っているか持っていないか、そんなシンプルなものじゃない。もっと高次的なもので、根本的なものだから・・・そう! つまりスキルよスキル!」
「・・・誤魔化した」
「誤魔化した?」
「ちょっと!・・・ああもう!・・・まあいいわ。スキルだって生まれ持った宿命だって、あまり差異はないもの。昔貴方が言ってくれたんだものね。『僕たちは、運命とは違う渦の中にいる』って」
「・・・それって」
「だから今から貴方に私があげるものが何かなんて些細な問題よ! はい、あげる」

 そうして、彼女は僕に水晶のような、透明な三角錐の物質を一つ少し乱暴気味に手渡す。また、乱暴気味に手渡したということからも、彼女は何故かとても焦っているように見えた。だが──

「水晶が・・・!」
「うん! さすがアイナの血を引いてるだけの事はある。ウィルも十分に優秀だけれど、同化のスキルを得た彼女の血を引いてるから、適性はぴったりね」

 次の瞬間、なんと手渡された水晶物体が僕の手の平から体内へと吸収されてしまった。

「・・・ッ!?」

 すると突如、体内でドクンと何かが脈打つ感覚が僕を襲う。この鼓動は心臓のものじゃない。

「大丈夫落ち着いて・・・これはただの因子。あなたとイデアの融合を助けるためのパーツ」

 別の何か、だが僕は体内に吸収されたコレは決して有害なものではないことを悟る。因子とやらが僕に吸収される一部始終をもちろんしっかりみていた彼女も、父さんと母さんの名前を出してはご満悦だったし。

「あ、ありがとう?」

 不整脈? とりあえず気分も落ち着いてきて、まさか彼女は父さんたちの知り合いなのかと僕はこの時能天気な考察をしながらも、不思議と礼がポロリと口から溢れる。でもやっぱり、自分で何故納得もしていないのにそう結論づけたのか、完結させてしまおうとしたのかがわからなくて、そのお礼も疑問形まじりのものだった。

「あ、あの──!」

 だから咄嗟に、僕は彼女に尋ねようとした。何故かって?・・・今度はちゃんと理由に基づいて行動した。何故なら──

「それじゃあ、いってらっしゃい」
「えっ?」
「また会いたいな」
「えっ? えっ?」
「次に会った時には、そっちで眠る私を起こしてね」
「ええっ!?」

 何故か彼女との時間が、この場所にいられるタイムリミットが迫っていると直観で悟ったからだ。全く、ここにきてからというもの、僕の頭の中は何故や意味不明で理解不能で不可解で、そんな言動ばかりを選択しているようで、まだ経験はないが、もしかすると酒で泥酔する感覚というのはこんな感じなのかもしれないと、今も目の前で起こっていることと関係のない突拍子の唐突を、彼女の突拍子もない突然に対抗するように考えている。これは僕の本能が巻き起こしていることなのだろうか・・・つまり彼女たちも全部僕の頭の中で作られたキャラクターで夢の中で──

「・・・約束。こうして貴方は約束を守りに来てくれたんだもの。だからきっとこの約束も、貴方なら果たしてくれる」

 だけれど、彼女が混乱する僕の前にスッと小指を立てた右手を差し出し”約束”と言った途端、急に頭の中でさっきまで考えていた余計なものが一掃されて、今僕の感じ取っている音とニオイと気体の味に体を動かしたときに生まれる風のやわらかさ、そしてニコリと笑った彼女の表情だけを残し晴れる。また、彼女が右手を差し出す前にサッと自らの唇に小指を触れさせた仕草がとても印象的であり、その記憶の映像も少し混じっているか。

「約束・・・」

 僕は流れに流されるままに右手の小指を彼女の小指に絡ませる。だが、交わされた小指同士を彼女が嬉しそうに見てとても幸せそうな表情を見せた次の瞬間──!

「レテ、セーマお願い」
「仰せのままに」
「りょうかーい」
「ちょっと待って! さっきの言葉って昔僕が・・・!」

 彼女の命令を受けたセーマが手のひらを僕に向けて、蜃気楼のように空間を屈折させるような透明の魔力の球体を僕に向けて放つ。その発勁するように打ち出された魔力を浴びると、僕の体はふわりと浮くのだが、同時に弾丸のようにも打ち出された速さのままに後方へと飛ばされる。そして最終的に僕は、このへんてこりんなサブストーリーが始まった時に最初に立っていた河の中へと突き落とされた。だからだろうか? そうして吹っ飛ばされていた最中、このあまりの急展開に直感にも現実にも追いついていない僕の思考はロックされ、現在進行形で溺れているというのに、その状況に抵抗することを止めてしまっている・・・どうやら僕は、本格的におかしくなってしまったらしい。 

「テイッ」

 更に命じられるがままに、レテが手に持った大杖を一振りする。すると、僕がここで今まで話していた内容が徐々に深淵へと落ちていく。しかし落ちていくのはそれだけじゃなかった。

「・・・あれ?・・・誰に、言ったんだっけ?」

 何か ”思い出せそうだった” 彼女たちに関係する全ての記憶が水の流れに洗われ、まるで漂白される汚れのように抜け落ちていく。ただし溺れているというのに、呼吸ができなくて苦しいとかそんな苦痛は全く感じない・・・なのに溺れている。また、意味不明で僕の頭では理解できない現実である。

「・・・」

 だから僕は、現実逃避をするようゆっくりと目を閉じた。昼食後の午後の始まりの眠気に負けるように、重い瞼をゆっくりと下ろして。

「ここでの記憶をあちら側に持っていくには、まだ魂の覚醒が足りてない」
「・・・乱暴にしてごめんなさい。今度お会いした時には、是非一緒にお茶でも・・・僭越ながら、お茶菓子に手作りのケーキをご用意させていただきますから」

 ああ、声が聞こえる。それに閉じた瞼の裏には、声の主たちの表情が浮かぶ。今浮かんでいる画も声もきっと、溺れていく僕の妄想なんだろうけれど、これはレ・・・と、えっとセー・・・誰だっけ?

「またもう一度、あなたに会えて・・・よかった」

 そういえば結局、彼女の名前を聞かずじまいだった。でも、もう関係ないのかな? やっぱりこれは夢だ、そうに違いない。
 ・・・でもやっぱりもう一つだけ、わからないな。どうして僕の妄想の中の君は、僕との別れ際に、あんなに寂しそうに泣いていたのかと。

「想起(アナムネーシス)」

 そしてリアムは、ゆっくりと目を開く。まだ僅かに残るナイトレイドの効果に縛られるエキドナの眼前、遂に、彼女を救う英雄が誕生する。

「・・・もう、疑う余地もないかと。王よ、今すぐ彼の国に天啓を与えましょう」
「・・・最悪だ。よりにもよってこいつを勇者にしなければならないなんて」
「私も複雑ではありますが、ベル様の事もありますし・・・シエル様。他の王たちへの伝令はどうしますか?」
「・・・後から考える。とりあえず、天啓だ」 

 また、新たな英雄がゆっくりと青や緑の交錯する美しいアースアイを開眼したその時、外の世界では──

「オーブリー様! 天啓です!」
「どうやらそのようですね。セラフが教えてくれました」
「はい。それでその内容なのですが、”次に訪れる冬を越えて 聖女を東の隣人が運営する魔法学院へと入学させよ 彼の地には神の祝福によってもたらされる素晴らしい出会いが待っている” というものでして」
「東の隣人で魔法学院というと・・・アウストラリアですか」
「はい。そして聖女(わたし)が素晴らしい出会いの機会を頂けるということは」
「・・・あまり喜んではなりませんよ。神の代行者であるかの者が誕生するということは、再び聖戦が起こるということです・・・まだ前の戦いの傷痕も癒きっていないというのに、嘆かわしい」
「オーブリー様? どうしたのですか? 大丈夫ですよだって私たちにはヴェリタス様の御加護がありますから」
「そうですね・・・私が弱気になっていてはいけませんね。では、1年後の入学に向けての要請と、貴方用に新しいカリキュラムを考えねば・・・」

 とにかく、色々と騒がしかった。

「はぁ・・・はぁ」
「解除ッ!・・・アニマ。一体どうしたっていうんだ・・・!」
「アイナ? おいどうした!? モグリまで震えちまって・・・」
「エド! おいしっかり・・・キララも落ち着けって!」
「ブレイフ! 大丈夫か!?」
「ゲンガー? 急にどうしたっていうんだ!?」

 一方、リアムが覚醒し目覚めた瞬間──現場では予想外の混乱が起きていた。まるで、先ほどまで彼を愛おしいと感じていた事自体が、おこがましい事だったと気づいてしまったかのように、その場にいた一部の者たちが急にびっしょりと顔に汗をかいて、呼吸を乱し始めたのである。

「なに? あっちに近づくな? いややっぱり急げ? ・・・どっちなの!?」

 その影響は、現場から5kmほど離れた場所で未だ迷子になっていたラナにまであって──

「クフゥ!・・・上澄の力だけで私にまで影響を! こうしてはいられない!」
「あいつッ!!!」

 誰もがリアムに視線を奪われている状況を利用してか、あるいは突如呼吸を乱し始めた精霊や空間を見張っていたゲイルの網を掻い潜って、シルクが瞬間移動でリアムに接近を・・・

「ッ!? グッウウゥ!!!」

 が、シルクが次に姿を現した瞬間、突如リアムの首にかけられた魔石が光り、

「ムシケラ アルジニ チカヅクナ」
「失礼しました! お許しください! しかし──しかし!!!」

 1秒後には軽く成人の頭を手に収める太く不気味なゴツイ腕と大きな手で、魔石から出現したドラウグルがシルクの頭を鷲掴みにして地面に擦り付ける。

「いずれ貴方様に使えるこの身! 面会を許していただければ命に賭けての忠誠を誓います! ですから御目通りさせていただきご挨拶を──」

 シルクは、地面に顔を擦り付けられながらも必死にリアムとの面会を懇願する・・・苦しそうに、恍惚とした表情で──

「ドラウ」
「・・・ハイ ウセロ」
「待ってくださああああアアアアァアアア!」

 しかしリアムのその一言で、彼女は全貌を露わにしたドラウグルによって遥か彼方の空へと投げられまさかのあっけない退場となった。

「さて──」

 シルクが接近してきても振り向きもしなかったリアムが後ろを振り向く。

「頭を上げてよみんな。僕だよ?」

 そして、リアムがそんな一言を発すると──

「・・・あら?」
「・・・落ち着いた」

 畏怖し、まるで王に膝まづくように首を垂れていた者たちの緊張がスッと解消される。
 
「ブラームス」
「な、なんだ・・・」
「エキドナは・・・アメリアは僕が絶対に助けます。ですから──」

 しかし、緊張感が解けて安心する仲間たちの中でアイナたちほど影響は受けなかったものの、同様に混乱の中にいたブラームスにリアムが声をかけると──

「リアム危ない!」

 突如、ずっとこの戦いの最中、リアムを守り続けていたエリシアから危険信号が発せられる。

「シャァア!」

 エリシアが発した危険信号とは、カミラやエドガーを一度は戦闘続行不可能状態にまで追いやったエキドナからの尻尾の攻撃。

「いくらこ・・げき・・し・・うと」

 しかし、一切視界に入っていない背後からのエキドナの尻尾の連打をリアムは避けることも、防ぐこともせず、ただただ攻撃を体を貫通させて透かす。そう、攻撃された場所から的確に骨肉を霧へと変えて・・・

「全く・・・人が喋っているときは静かに聴きましょうってアストルに習わなかったんですか」
「ギグギ・・・!」

 次の瞬間、リアムは一瞬でエキドナの背後をとってなんと素手の力づくで尻尾の先端を掴み、また足で彼女の背中を踏みつけ上体を地面へと接触させる。よく見れば、魔族の力を扱うリアムの右目には、アースアイのままにヴァイオレット色の魔力契約の証のみが浮かび上がっていて、力の使用を中断した今、なりを潜め始めていた。つまり魔眼《魔族の血胤》の残像を残す今のリアムは、エリシアとの契約によって得た魔族の魔力にも適合性を持ち、自由自在に引き出して扱えるということなのか。

「エリシア、お前右目が・・・」

 すると──

「えっ?」
「いやその・・・右目が、リアムみたいな緑色に・・・」

 シルクがいなくなったことで、エキドナ戦の方へと駆けつけたアルフレッドが、そんなエリシアの右目の変化に気づく。

「ということで、さっきの続きから──ですから、貴方を今すぐにマザーエリアまで送ります。後は言わなくても、わかりますよね?」

 リアムはそう言って右足で背中を、手で握っていた尻尾も足元に叩きつけ左足で踏みつけ直しながら、両手をフリーにしつつエキドナを一瞥すると、次にはしれっと先ほどドラウグルがシルクを投げ飛ばした空を見てブラームスに語りかける。

「・・・わかった。ただその場合指揮系統をそれぞれ独立させたほうが集中して事に当たれる。マリアも一緒に送ってくれ」
「では──」
「うむ。健闘を祈る」

 そうして、お互いのやるべきことを確認しあってひと呼吸つく頃には、既にこの戦場にブラームスとマリアの姿はなかった。ゲートを使うわけでもなく、陣を使うわけでもなく、リアムは今、二人の人間を間接的にテレポートで転送させてしまったのである。

『おーいイデア? 起きてる?』
『・・・起きてます。ただちょっと、意識が混濁気味で・・・』
『そうなの? うーん実は僕も、君とマージした一瞬になにかあったような気がするんだけど、よく覚えてないんだよね・・・』
『全く・・・役立たずです』
『グッ・・・確かに君にばっかり頼っているのは申し訳ないと思うけれど、この局面。ほら、文句や批判なら後からいくらでも受け付けるから、大丈夫なんだよね?』
『大丈夫です。この無駄話のおかげと言えば尺ですが、意識も徐々にはっきりとしてきましたし』

 じゃあつまり、この無駄話は無駄じゃなかったという事だ。よかった。僕も彼女に多少は貢献できたようで。

『で、この喋り方どうにかなんないの?』
『と言われても、どうしても表には私とマスターの性格が混じった人格が出ます。我慢してください、その内慣れます』
『・・・仕方ないか』

 ただ、一方で気になるのが現在の自分の喋り方である。丁寧話しているようでその実、ブラームスの名前を思いっきり呼び捨てだったり。だから余計に高圧的で、今こうしてイデアと喋っている人格が外面にストレートに反映されないのは仕方のないことなのか。

「ドラウ」
「ハイ ケイゴハオマカセヲ」
「いい子だ。それじゃあミリア」
「う、うん!」

 そして、頭の中ではため息をつきつつ念の為にドラウグルに手術中の警護を任せると、リアムはミリアへと話しかける。

「おいミリア何してるんだ!」
「え?・・・わかんない! わかんないけど、体が勝手に・・・!」

 すると──

「動いてぇぇえ!?」

 突然、リアムの呼びかけに返事をしたミリアが奇怪な行動を取り始める。なんと手にはまるガントレットに魔力を強く込め始め、チャージが完了するとそのまま腕を振り抜いてリアムへとパラライズの魔法を発射してしまったのである。

「マインドコントロール!」
「違う。ちゃんと承諾の手順は踏んでいる・・・だが言霊だけで対象の意識を残したまま体の主導権を支配した。驚異的だ」

 この中で、地味にそっち方面に精通している者が、拷問 (トゥー・トゥルー)の魔法を使えるアルフレッドである。彼の側付きであるフラジールが同系統の力であることを察知するが、そのリアクションに対し的確に注釈を加える。
 油断していたミリアもミリアだが、もしこの魔法を暗殺にでも使われたらと思うとゾッとする。上手く言葉を使えば魔法をかけられた者は、自分が洗脳にかけられていることにすら気がつかず暗器として対象を殺害するまで潜在的に支配されることになる。もちろん意識もあるから周りからは不審がられないし。

「キ・・・シシ」
「よっと」

 麻痺の魔法がリアムとエキドナを包み込む最中、リアムはパッと一度エキドナの背中から降りると、そのままサッカーボールを持ち上げるように地面と彼女の腹の間に爪先を潜り込ませ、ヒョイっと背中から近くの大木へと叩きつける。

「ゲッ! 全然効いてない・・・」

 事実、リアムには全くパラライズの魔法は効いていなかったし、エキドナにも効果はあったが、耐性が出来始めてしまっていたのか、体の各部位をピクリと動かす余裕があるくらいにはあまり効きは良くなかったようで、

「ありがとうミリア」

 しかし、今のリアムがサッと一瞬振り向いて手を振り礼を言うくらいには役にはたった。自分でやってもよかったのだが、魔力消費を抑えて事をスムーズに運ぶためにミリアのサポートはやはり必要だったからである。意外にもエキドナというより、結構本気の魔力を込めて放った魔法がリアムに全くこれっぽっちも影響を与えることができていなくてミリアは落ち込んでいたようだが、それもブラームスの雷を一身に受けて進化し、かつイデアとマージしている今のリアム相手では仕方もないことだろう。

「ロック」

 リアムがロックと一言拘束の魔法鍵を唱えると、エキドナが背を預ける木の枝が急成長し、両腕、腹、頭に尻尾にもと絶妙に巻きつき拘束する。そして──

「キシャアア!」
「さて、手術を始めようか」

 エキドナのパラライズももう効果をほぼ失い抜け切る寸前、リアムは上手く露出させた彼女を怪物たらしめている元凶、メフィストの種子に向けて両手をかざす。

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