アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

184 肉断

 リアムは腰の剣柄に手を翳し、川を走る。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 手の震えはまだ止まっていない。しかしその足は、浸かる水の抵抗に負けじと一歩一歩を底を蹴り飛ばして踏み抜いている。

「ブオォォォ!」

 オークの数は合計で10匹。彼らはリアムがこちら側へとたどり着くのを今か今かと待ち通し──

「ブオッ!」

 リアムが対岸の川原に足をかけるのと同時に、先頭の一体が突進するように距離を詰め、まだ柔らかい肉を手に持った棍棒でトマトのように潰すべく叩きつける。


 が──

「切る」

 オークの川原の石ころたちへと叩きつけられた棍棒に、赤い血糊がつくことはなかった。そして──

「ブオォォ!?」

 途端、棍棒を持っていたオークの腕から血しぶきが上がる。

「鏡花」

 また、 脇を抜けてオークの背中をとったリアムがサッと地面を蹴り体を空中で捻ってオークの首に跨ると、そのまま刀の刃を首輪のようにかけて今度はスッっと後ろに倒れこむようにしてその小さな体をオークの背後へと──

「──水無月」

 消した。

「オ・・・」

 水面に映る自分の死に目を見る走馬の刻もなく、コトンと立派な牙の生えたオークの頭が川原に落ちる。

「な・・・なにがおきたのでしょうか・・・」

 戦いの様子を映すスクリーンを見上げてナノカが呟く。

「私、今目の前でに映る映像の中でなにが起きたのか、未だにわから・・・いえ、実感がわきません!」

 だが、たしかに捉えることができた数秒前の記憶を辿り、ようやくなにが起きたのか知覚し、実況を続ける。

「疾い・・・」

 対岸から、リアムの業を見ていたウィルが呟く。

「まるで流れる水のように捉えどころのない柔軟な動き・・・」

 見えなかったわけではない。しかしその静かに畝るようにして軌跡を描いたリアムの動きを、アイナが水に例えて表現する。

「後ろに倒れるようにしたのは次の敵を見逃さないためかしら」

 リゲスが気付く。リアムがどうして後ろに倒れるようにして、オークの首をとったのか。

「ああ。あいつ一体どんな星のもとに生まれたのか知らんが、敵の中にジェネラルが混じってる。だからあの先行は様子を見るための斥候みたいなもんだからな」

 カミラが解説する。断頭という確実に敵を殺す一手と次の敵を捉える注目の一手。その二手を一手の時間に集約して余地とする。また運が悪いことに、カミラの言う通りオークたちの集団の奥に腰に剣を携えたオークが1匹いた。

「ただ、油断はできないよ。カミラの言うその斥候が捨て駒になったと分かれば──」

 そしてエドガーが付け加える。ジェネラル。つまりは将軍と名のつくオークはキングなどといった称号を冠する名前を持つモンスター同様に知能が比較的他の個体よりも高く指揮をとる。もしもその、ジェネラルが小手調べでだした様子見の一体があっさりと殺されてしまったとなれば──

「「ブブォォォォォォ!」」

「他の奴らが、激昂する」

 仲間の死を前に、命を賭けて戦おうと覚悟したオークたちが咆哮を上げる。

「次──」

 だが── 

「斬らせていただきます」

 リアムの目は限りなく鋭く、次の敵を捉える。

「「ブォッ! ボォ!」」

 リアムが捉えたのは、今度は3匹同時にこちらに走ってくるオークたち。

「さて・・・どこまで対応できるか」

 その様子を見て、カミラが呟く。

「ブォッ!」

 一撃目、先ほどと同じような棍棒を持った右の大振り。しかし──  

「グ・・・キツイ」
 
 リアムは急ブレーキをかけ、攻撃の間合いの一歩手前で止まる。地を揺らす衝撃がリアムを襲い、今度はすれ違いざまに腕を切ることもなければ、宙に飛んで取り付くこともなかった。

「慎重に・・・3匹・・・3匹・・・3匹」

 そう。今度は1匹ではなく3匹。虚を突かれれば一溜まりもない範囲(レンジ)に3匹のオークがいるのだから、先ほどのように安易に死角を取りに行ったり、飛んだりもできない。

「1匹──!」

 だが、リアムの思考はスグに切り替わる。3対1ではなく、1対1でなければ自分に勝機はないと。

「刺突三日月!」

 続け様、オークが地面に叩きつけた己の発生させた衝撃に怯んでいる隙に、リアムは刀の刃を下に向けて脇を締め、ポコンと出た腹の捻れ、それに平行になるよう垂直に切っ先を皮膚に突き立てるべく突進し、一瞬で溜めた力を突きとして解放する。

「オ・・・ォ!」

 自身の腹に刺さった刀、突き刺す痛みを随意的に知覚したオークが呻く。すると── 

「「ブギッ!」」

 まだ腹に刀が刺さるオークの脇から、ニュッと姿を現した2匹のオークが顔を出す。

「クソッ! 抜けない!」

 しかしリアムは刺さったままの刀を引き抜くべくその場で往生していた。そして── 

「抜け──」

 ようやく、リアムの刺した刀が抜けると──

「「ブフォンッ!」」

 後ろに倒れた刺されたオークと後ろに勢いづいて下がったリアムの間に入ったオークたちが、それぞれ並ぶ内側の片腕を大きく振りかぶる。

「ハッ!・・・クフッ」

 リアムが咄嗟に前に構えた刀ごと、アッパーのようなクロウでその小さな体を吹っ飛ばす。

「アリエル!」

 同時に、川の中から戦況を見守っていたレイアが契約精霊を呼び出す。

「おいカミラ! どういうことだ!」

 1匹目に対して、早々に怪我を負ってしまったリアムを見てウィルがカミラに訴える。自分の息子はこの2ヶ月で急激に成長し、さっきして見せたように余裕でオークたちを倒せる実力を身につけたのではないかと。しかし──

「仕方ないさ。私が見ていたのはたった2ヶ月。流石に魔力感知の第6感なく、複数の個体が作り出す空気の流れや音の変化抑揚、直感的な危機察知をできるまであいつのセンスを引き出すにはやはり短すぎたんだ」
「おいじゃあリアムは!」
「そうだな。されど2ヶ月、たしかにあいつは強くなったさ。けどな、それはあくまでも何回も戦った己がよく知る相手を前に予想する力。多少の外部への気遣いはできるようになったが、さすがに1度や2度戦った程度の敵にまで視覚情報なしで対応できるほどの神業は身につけられてない。あいつが身につけたのは所詮、1対1に究極的に集中することで、少しでも隙を削って次を考える余裕を作ろうっていう小技だ」

 カミラはリアムの現状を冷静に分析しながらウィルの糾弾に答える。リアムがこの2ヶ月で身につけたのは何度も同じ敵と戦うことで見出した経験則による僅かながらの予知能力、そして自らの隙を少しでも減らして次に備える対応能力である。もちろん、これらはカミラの献身的なしごきにより急激に成長した剣技と、こうすればより早く安全にリスクを減らして戦えるという知識が可能とするものである。しかし今のリアムの攻撃は・・・── 

「だがあいつはたしかに踏破したんだ。あのCランクのオークたちより上のBランクモンスターたちが蔓延る谷を・・・」

 カミラは思い出す。あのツインヘッドスネークとリアムが何十、何百と積み重ねてきた戦いの一つ一つを。リアムは時々、それぞれ違う動きをする頭に対し安易な賭けに出るような攻撃をすることがしばしばあった。つまり今のリアムに弱点があるとすれば、それは追い詰められると目の前に集中するあまり他の要素をないがしろにしがちなこと。リアムがあの1年前の戦いから持ち帰ってしまった、恐怖とはまた別の厄介な感情。 

「痛い痛い痛い痛い!」

 あれほどの大怪我を負っても死ななかった。これほど他を意識しなければならぬ戦いでも、どうせ死にはしないという甘えが実はどこかにもあったのだ。

「ハハッ! イタイや!」

 なんとかなる。ただ痛いだけ。あの血の気が引いていくのに、脳がのぼせていくような感覚はない。他のモンスターたちに傷つけられた痛みと変わらない、空気に触れて血が蒸発していくようにヒリヒリとした焼ける感覚と、肉が千切れて悲鳴をあげる感覚だけだ。そう、まだ── 

「吹っ切れたな」

 怪我を負い、笑うリアムを見てカミラが批評する。

「あとはどっちに転ぶかだ。ただ興奮に身を任せて暴れる愚者となるか、己の積んだ経験(モノ)を信じて技として昇華させるか」

 果たしてリアムはどちらに転ぶか、狂乱か、知性ある人か──。

「いける! まだイケるさ!」

 リアムの様子がおかしい。どうやらカミラの懸念は、悪い方へと転んでしまったようだ。

「まだイケッ──」
「待って──!」

──しかし次の瞬間! 今にも自分を吹っ飛ばしたオークたちに飛びかかっていってしまいそうなリアムを呼び止める声が。

「アリエル・・・?」

 リアムが背後から聞こえてきた声に今にも動き出そうとしていた体の動きを止めると、彼の視界の横から姿を現したアリエルが、優雅にリアムの周りを遊泳する。

「これは──」

 そして──

「ハイヒール」

 また、背後から聞こえてきた声に起因するようにアリエルから発せられた光が残光し、光のベールを作ってリアムを包んでいく。
 
『今回はエリシアたちの代わりに私たちが一緒に侵入する』
『どうしてですか! 私たちはリアムのチーム仲間(メイト)です!』

 とある日差しも鬱陶しく強く肌を焼くように照る、忌まわしい記憶を思い出させる夏の日。

『それじゃあ聞くが、お前たちはあのバケモノみたいな強さを持った仮面が次また出てきてしまった時あいつを守れるのか?』
『そ、それはッ・・・』

 リアムがわずかに心の傷を残しながらも快復する数日前、彼の顔を見たくないとノーフォークに帰ってきていたカミラが、リアムの復活戦は自分たちが一緒に行くべきだと主張するエリシアたちと話をしていた。

『それから私たちは異変が起こらない限り戦いに手を出さない。只側で見ているだけだ』
『そんな! それじゃあリアムは一人でオークと戦うんですか!?』

 更にカミラたちはボスとの戦闘中、復帰するリアムを助けるでもなくただ見守るだけだと言う。

『仕方ないだろ。中級以上であれば20人まで侵入可能だが初級ボスエリアの侵入可能人数は10人までだ。聞きわけろ』

 そうして、人数の上限を理由に今回他のアリエッタ、エリシアたちの同行は認められなかった。

『母さん! その戦い、リアムのサポートとして私を連れて行って!』

 しかし、レイアはそれでも──・・・

「傷が・・・治った」

 アリエルを介した遠隔型のハイヒール。こうしたヒール系の魔法に限らず、通常の魔法は対象と離れれば離れるほど効果が薄くなるのがセオリーなのだが──

「大丈夫! 私なら治すことができる傷だから!」

 とても、レイアの保有魔力では遠隔で治せないほどの傷を彼女は数秒で完璧に治してしまう。しかしやはりその負担は大きいのか、額にはジワリと汗を浮かべていた。だが──

「だから・・・あなたの活躍を側で見守らせて。一緒に背負わせて!」

──そして、彼女は少しだけ息を乱しながらも、また笑ってみせるのだ。リアムをこちらへと引き止めるべく、此岸と彼岸のギリギリの境界線から。

「ブフォウ」

 それとほとんど変わらない時間、残りのオークたちに守られるようにして戦況を見ていた敵のボスともいえるジェネラルが、いやらしく口角をあげる。

「ブフォフォ」

 また、どうやら動かないリアムが勝てないと戦いを捨てたと思ったのか、はたまた怪我が体の深いところまでを抉っていて動けないと思ったのかはわからないが、どちらにしても最後は自分の手で敗北をもたらそうとジェネラルが剣を片手にリアムに近づいてくる。

「やっぱり・・・怖かったんだ・・・」

 だから死ぬ、死なないなんて命のやり取りをする刹那に超越することもできない。
 しかしそれは決して悪いことではない。命あってこその人生。ただ一つだけ、命をやり取りするプレイヤーとして超えなければならないモノは── 

「それをオークでさえできてるっていうのに、ボクときたら──」

 途端、リアムの中に熱い何かが込み上げてくる。血に似たような、しかしそれとは全く違う意思を持ったように流動する懐かしい感覚。

「リアムうしろ──!避けてえぇ!」

 そして──

「フー・・・フー・・・」

 レイアのために後ろを振り返ったリアムの背後を、オークがとる。追憶のため、ようやくそのことに気づいたレイアが必死に叫び警告するが──

「ブォフォォ!」

 刹那、オークの振り上げた剣がリアムの右肩から左の腰にかけてその体を真っ二つに切り裂く。

「うそ・・・」
「ブオッフォッフォッフォ!」

 警告虚しく、真っ二つに切り裂かれたリアムの体を見て立ち尽くすレイアと、狩人を仕留めたと自慢げに嗤うオークジェネラル。

「真っ二つ・・・」

 実況のナノカが唖然としながらも、自然と溢れてしまった言葉。

「リアム!」
「・・・ビクッ!」
「きゃあッ!」
「なぜ背中を見せた! 戦闘中だぞ!」
「あれじゃあレイアでも治せないじゃん!」
「それどころか即死だ!」
「・・・うそよ」

 一方コンテストの会場でもまた、この映像を見た皆が悲鳴をあげ、もしくは言葉を失いあとは彼の体がリヴァイブへと転送されることを待つばかり──

「大丈夫──」

──の、はずだった。

「もう見えてた」

 束の間、振り下ろされた剣によって体を斬り裂かれたはずのリアムが、何もなかったかのようにレイアの警告に答える声が聞こえる。

「フレイム」

 瞬間──

「ブォォ・・ぉぉオ!!!」

 突如として現れた直径3メートルほどの白色の火柱がジェネラルを閉じ込めた。またその轟音と凄まじい熱気を生み出す火柱は、空に浮かぶ雲を突っ切ってなお上空へと伸び続けている。
 すると──

「リアム・・・」

 レイアはこの時、虚をつかれたというのに随分と落ち着いていた。悟る。どうやったかはわからないが、彼ならばできる。そしてそれはスグに現実として目の前にあり、見れば一度離れたはずのリアムの体はしっかりと元の形にくっついていた。そう、もし彼が魔法の力を取り戻せば──

「おかえりなさい・・・ただいま」
「ただいま・・・おかえり」

 レイアのおかえりなさいにニッコリと遅れて微笑みを返し、細められたリアムのその右目からは、うっすらと紫色の淡い光が漏れていた。


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