アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜
170 仕組まれた罠 リアム派 vs イデア派
──コンコン。
「どうぞ〜」
スクールについてレイアたちと別れたリアムは、とある部屋の扉を叩く。
「やぁ」
そこに座っていたのは──
「おはようございます」
「うん、おはよう♪」
相変わらず、ニヤッと憎たらしい笑顔を浮かべるルキウスがいた。そして──
「ぐすッ・・・ぐすり」
地面に両手をついてすすり泣くケイトが──
「主よどうか敬虔なる信徒である私に安寧の生活を・・・」
ブツブツとなにかを呟くフランもいた。
「こら! お前らそれでも夢あふれる子供達のために教鞭をとる教師か!」
そんな2人に説教を垂れるアラン。
「ほんっとうにリアムだな」
「ホッホッホ。元気そうでなによりなにより」
一方で、リアムを見て感心するジェグドと朗らかに笑うビッドは比較的穏やかである。
「コホン。おはようリアムくん。久しぶりに会えて嬉しいよ。体は大丈夫かい?」
「おはようございますアラン先生。おかげさまで、この通りです」
それから、リアムは彼らの主任であるアランと挨拶を交わすのだが──
「陣陣陣陣・・・」
「眠眠眠眠・・・」
「・・・」
「・・・」
「魔力魔力魔力魔力・・・」
「神よ神よ神よ神よ・・・」
どうにも先ほどから、後ろの2人が──
「だからお前らはいつまでそう項垂れているのだ! リアムくんの前だぞ!」
「だってぇ! この1年の素晴らしき研究ライフが終わってしまうかと思うと!」
「ごめんなさい。もちろん心からリアムさんの帰還を喜んでいるのですが・・・どうにも」
子供のように駄々をこねるケイトと、一瞬、昔の微笑みを浮かべたもののスグに荒んだフラン。・・・一体何があったというのか。
「すまない。なんというか2人はこの1年・・・」
「イデアに依存しまくりだったんだよな」
しかしその謎は──
「・・・ジェグド。もう少しオブラードにだな」
「ホッホ。しかし違いはないでしょう。教師が生徒にというのも外聞はよくありませんが」
アラン、ジェグド、ビッドの3人の証言によって、すぐに明らかとなった。
「・・・イデア」
リアムは、3人から事情を聞き、イデアに責めるように問いかける。
「2人には・・・正確には、ケイト女史に魔力の提供を求められたためそれに応じました。御三方のおっしゃったことは、間違いありません」
どうやら、間違いないらしい。
「いけないことだったでしょうか?」
「いけないってねぇ! いや人を助けることはいいことだけど、日常的に頼りっぱなしにさせると人はダメになるものなの!」
「ウッ!」「カハッ!」
──グサリ。
「はい」
「だからね! 情けは人のため為ならず。これは巡り巡って人への助けはその人の為じゃなくて自分に徳として返ってくるような意味だけど、裏を返せば・・・」
それから、リアムのお説教は教師ほったらかしで5分ほど続いたという。彼にもなんだかんだで、鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
「つまり、対価もなくいい人を演じ続けたら最終的に自分自身がボロボロになっちゃう事もあるんだから。それだと本末転倒でしょ!」
「はい。以後気をつけます」
そしてようやく、話はイデアの謝罪でひと段落つく。だが──
「いや。そんな君にもホイホイ体を貸す気は無いから」
「・・・ケチ」
「なんか言った!!!」
「いえ、何も」
しかし、リアムにはどうしても見えてしまうのだ。見える・・・謝罪する裏で、舌をチョロっと出している君の姿が・・・怒。
「リアムくぅん」
「なんでしょうかフラン先生」
とりあえず、イデアへの説教が終わると甘い声を出して近寄ってくるフラン。
「その・・・これまで通り、イデアちゃんのように先輩のお手伝いは・・・」
「いたしません。ごめんなさい、フラン先生」
「ですよねー・・・」
手を差し伸べられないと言ったリアムの言葉に、サァッと背景ごと白くなってしまうフラン。本当にごめんなさいフラン先生。あなたもまた、被害者であるというのに。
「コホン。もういいかな」
今日は夏休みに入る前の終業式。目覚めて次の日がこれとは、なんとも都合が良いというか良すぎるというか。
「それでね。今日の朝の集会で、君が帰ってきた事を発表しようかと思って」
「えっ? どうして」
ようやく本題に入れると、話を切り出したルキウスから、よく意味のわからない提案がなされる。
「君はさ。1年前の事件の顛末についてはどのくらい知っているのかな」
「そういえば、その辺はそんなにみんなから聞いてはいなかった・・・かもしれないです」
リアムは、自分が目覚めてから今までのことを思い起こして返事をする。すると──
「君の帰還を集会で発表することは、私も賛成だ。少しでも学校の風紀を保つためにもな」
ルキウスの隣から、アランもこの件に賛成である旨をリアムに告げる。真面目な彼の発言は非常に信用できるものであるのだが、風紀を保つとは・・・非常に気になるワードだ。
「君がそんな顔をするのは無理もないだろう。そんな君にあえて端的に状況を説明するとすれば──」
そして、難しい顔をしていたリアムの気持ちを察したアランが──
「君は有名になりすぎた。君にしても、もう一人の彼女にしても」
今彼が置かれている現状を、シンプルにリアムに伝える。
「今やコンテストでも上位の人気を誇るアリエッタの不在のリーダーにして、誰もが絶句する戦いを繰り広げた幻の存在」
まるで、歴戦の猛者、伝説の冒険者みたいな言い様。
『そんな大仰な・・・』
もちろん、リアムはそれを聞いてその時はヤラレっぱなしだったし、幻なんてと大げさすぎると思ったのだが、その実ちょっとだけ照れていた。
「そしてイデアちゃんは・・・」
だが──
「この1年、なんというか、すごかったのだ」
アランから告げられたイデアの情報に関しては、全くもって共有できないツッコミどころ満載の──
『えー・・・なにその意味不明で曖昧な答え!わからなすぎてツッコミすらできないよ・・・』
でもなかった。この時リアムの中では、色々と問いただしたいという欲求よりも、呆れと聞きたくないというできれば触れたくない気持ちが勝るというなんともイヤな葛藤が起こっていた。
「同時に、イデアちゃんのスクール退学を発表するから。こっちは口頭で伝えるだけだから、君はそんなに気張らなくていいよ」
「はぁ・・・わかりました」
・
・
それから──
「やぁ生徒諸君。学長のルキウスです」
学長のお話と題して、その中でリアムとイデアの件について発表をすることとなった。
『みんないるかな・・・』
そんなルキウスのたつ壇上の舞台袖から、リアムは整列している生徒達に目を向ける。
「レイアにティナだ」
はじめに見つけたのは、3年生の集団の中にいたレイアとティナ。2人を見るのはさっきぶりだ。
「そして突然ですが、私からみなさんに夏期休暇前のありがたーいお話をする前に、発表しておかねばならない重要な事があります」
皆の様子を探るリアムのすぐ近くでは、ルキウスの演説が続く。
「アルフレッド、フラジール・・・エリシア・・・」
そして──
『3人とも、少し大きくなってるや』
5年生、本来自分も並んでいたのであろう場所に、アルフレッド、フラジール、そしてエリシアの姿をリアムは発見する。3人とも、自分の記憶の中の3人より、若干成長していた。
「なんと!1年ぶりに我がスクールの有名人リアムくんが復帰することとなりましたー!」
「・・・・・・」
「あれ?」
が──
『マスター。出番ですよ』
「ああそうだった!」
そんな感傷に浸っていたせいで、少しだけルキウスの掛け声からズレて登場をしてしまう。
「どうもー・・・」
タイミングがズレ、舞台袖から気まずそうに壇上に姿を現すリアム。すると──
「「きゃー!」」
会場の一部からは黄色い歓声が。そして──
「マジで死んでなかったんだな」
「あいつってアリエッタの中でも一番やばかったんだろ?」
「本当ですか先輩?」
「今年入った新入生とかは知らない奴が多いか」
一方で、困惑の声も上がっていた。その多くは面識はないもののその化け物さは十分に知っているもの、そもそもリアムのことを知らないものなどがほとんどだが。
『あれ・・・こんなに歓声を受けるほど有名人でもなかったような・・・』
そんな自分に興味を持つ者の多さを見て、1年の年月、ないしはあの戦いはそれほどまでに衝撃的なものだったのだなと、改めてしみじみと感傷に浸るリアム・・・ていたのだが──
「さて──」
次の瞬間──!
「イデア=リアム説」
・・・ん?
「それは、このスクールに在籍する者達すべての謎であり、7不思議の一つであった」
・・・・・・ん?
「もうすぐ1年。あの事件は、我が領地の民達に衝撃を与えた」
なに言ってんの学長先生?
「リアム死亡説!誘拐説など、様々な憶測が飛び交った。だが──!」
唐突に始まったルキウスの謎の演説に、会場にいた誰もが首を傾げる。
「彼は今、こうしてここにいる」
なにその口調。まるでこれから入場する伝説のファイターを迎え入れるのようなアナウンス。
「いかん!おいリアムくん! 今すぐ壇上からはけ──!」
すると、教師達が並ぶ列からなにかを察したアランが壇上のリアムを舞台袖にはけさせようと叫ぶのだが──
「そして生徒の皆さんにはもう一つ、残念なお知らせがあります」
音を大きくする魔道具を使っているルキウスの声によって、それはかき消される。
「それは、ちょうど彼と入れ替わるように転校してきたイデアちゃんがこの学園を辞めることとなったことです」
会場中にどよめきが走る。ちょっと待って・・・どうしてたかが一生徒の退学にそんなに騒つくの?
『さっきはツッコめなかったけど、一体何をしたのイデア!』
その異様さに、リアムは頭の中でイデアを問いただす。一体この1年の間に何をやらかしたのか!と。だが──
『これは契約なのです・・・』
イデアは一言そういうと、その後リアムの言葉に反応することはなくなった。
「優秀な我がスクールの生徒の皆さんであれば、もうお気づきでしょう!そう、そして今! 君たちの疑問は、疑いから確信へと変わる!」
一方、ルキウスの演説は止まらない。たまらずアランが壇上に上がって止めるべく走り始めるのだが──
「実は・・・」
瞬間──
「イデアちゃんは、リアムくんでしたー!」
「やほぅー」
ルキウスのとんでもない暴露とともに、瞬時にリアムと体を入れ替えたイデアが、とても単調でふざけた挨拶とともに登場する。
「「・・・」」
束の間、シーンと静まり返る会場。そして──
「「えぇーッ!?」」
目の前で、一人の人間が別人に変わる瞬間を見た会場からは悲鳴が上がり──
「えぇーッ!?」
そしてそれは、突然意識を奥へと追いやられて外の様子を映像で見たリアムもまた、同じであった。
「イエーイ」
そんな中、堂々たる態度でピースをするイデア。そして──
「プフククク・・・!」
彼女の横で、腹を抱えながら込み上げてくる笑いを我慢するルキウス。
「はかられた・・・」
両手を床につく。その後、いつの間にか再び入れ替わったリアムの吐露が現実世界にて響く。すると──
「ちょ、ちょっとみなさん落ち着いて!」
「諸君! 勝手に列を乱してはならん!」
混乱する会場。だが──
「おいコラぁ。なにガン飛ばしてんだよ」
「あぁん!? そっちこそ何ジッと見てんのよ。キモッ」
突然、ステージの下にいた生徒達が、綺麗に男子と女子に分かれてまっすぐの境界線を作り対立する。
「なんで割れたの!?」
まるでリアムがモーセになったように・・・
「男子・・・あんたらいい加減にしなさいよ」
「うっせえな女子。俺は彼女にこの身を捧げると誓ったんだ」
・
・
・
「え?」
が、なんて冗談を言っている暇はなかった。
「イデアちゃんはリアム様だった。それで終わりでしょ?」
「そっちこそ! 全然姿形も違うのにあいつだってわかるとかキモいんだよ!」
突如として始まる、男子vs女子の抗争。いや、ちらほらと両陣営には別性の生徒も混じっているようではあるのだが。
「愛するリアム様のことなんだから当たり前でしょ!そっちこそどうなのよ!」
「こちとら根っからのイデアちゃん派だよ!お前らの愛より、強いに決まってるじゃねぇか!」
そして──
「いいや違うわね。あんたらなんて、所詮表面だけしか見ていなかったにすぎない。そう、それは偽りの愛なのよ!」
「ミーハーのお前達と一緒にするんじゃねぇよ!俺たちはお前達と違ってイデアちゃんの全てを愛してるんだ!」
始まる口喧嘩。
「いやいやこの1年で一体何があった──」
「じゃああんたたちはリアム様ごと愛せるっていうの!」
「ああそうだ!リアムが彼女の一部だっていうんなら、リアムごと愛するだけさ!」
「の・・・」
・・・頑張れリアム派(女子)。この時リアムは心の中で咄嗟にそう思った。しかし──
「・・・グッそこまでの愛だなんて」
が、リアム派の女子達があまりのイデア派の男子たちの愛の強さを前にたじろぐ。その奥で、ちらほらとリアム派からイデア派へと流れていく女子が少し──
『まってー!諦めないで女子ー!』
こんな異常事態だというのに、どちらが敵でどちらが味方かということ、それだけは瞬時に理解することができたリアム。というか──
「学長先生・・・どういうつもりですか」
煮えたぎる怒りをフツフツと沸き上がらせ、隣で口を手で隠しているルキウスに尋ねる。
「どういうつもりもなにも、約束ですから」
すると、ルキウスは口で手を隠したままに、嬉しそうに目を細めながらも質問に応える。
「約束?」
その、全く身に覚えもない約束とやらに、リアムは首を傾ける。
「はいマスター。これはルキウス様との約束であり契約。私がマスターの出席日数を肩代わりする代わりに、再びバトンタッチをするときにはその正体を明かすことが条件だと・・・」
すると、その疑問に答えたのは憑依していない状態のイデア。
「なんでそこ許しちゃったの!? これそんな簡単にバラしていいことじゃないと思うんだけど!?」
当然、リアムはイデアの言い分に抗議する。これはそんな自分の進学云々に対してバラしていい案件ではないと。しかし──
「ではマスターは、エリシアさんやアルフレッドさんフラジールさんと同じ学年、あるいはレイアさんとティナさんの学年に板挟みされるような惨めなスクールライフを送っても良かったと?」
「・・・それは嫌だ。その学年には知り合いもいなければ、逃げ場もない」
次にイデアから告げられた言葉に、リアムは抗議することができなかった。タダでさえ1年前の事件が尾を引いている状態で、全く味方もいない場所に放り込まれるのはまずい。
「どうしてでしょう。今なら精神的な傷のせいで使えない魔法が使えそうな気がしますよ」
「えっ? 今リアムくん魔法使えないの?それはまたケッサク・・・くく」
「あんたそれでも教育者かー!」
「ボクの教育モットーは、世の中おかしく楽しく面白くだよ!」
「なにその偽善の皮を被った三重苦! 呪いかなにかですか!? ・・・実現できればこの上なく素晴らしいけど、ダシに使われた方はたまったものじゃないから! 」
「あハハははははは!だめ、もう無理!おなかいたい!」
「全然おもしろくなーい!」
この人は1年経ってもなんら変わらない。リアムは吠える。自分のいなかった場所で結ばれた理不尽な約束により、自分の安全が脅かされている怒りを乗せて。
「いい加減にしなさいあんたたち!」
すると──
「そうだな。僕らの仲間を巡って勝手に抗争してるんじゃない」
彗星のごとく、両者の間に割って入る2人の人物。
「エリシア! アルフレッド!」
リアムは2人の名前を壇上から叫ぶ。そして湧き上がる歓喜の衝動。やはり2人は今でも自分の味方だと──
「お姉様!」
「きゃーお姉さまー!」
「・・・お姉様!?」
数多くいる女生徒達から、お姉様と呼ばれ慕われるエリシアに対し──
「引っ込めアルフレッド!お前なんでそっち側にいるんだよ!」
「そうだそうだ!だいたいお前いつもイデアちゃんの尻に敷かれてずるいんだよ!羨ましいんだよ!」
女子側・・・もといリアム派にいるアルフレッドに対してはイデア派の男子達から罵声が飛ぶ。それにしても尻に敷かれて羨ましいとは・・・さては今の子、エムだな。
「んな!ボクは好きで尻に敷かれていたわけじゃない!」
『あー尻に敷かれていたの認めちゃったよアルフレッド』
自ら墓穴を掘ったアルフレッドに、リアムは相変わらずなのねと少しホッとする。しかしよくよく考えてみれば、これは恐ろしい光景である。アルフレッドは領地も持つ貴族の家柄にある。そんな彼が罵声を浴びるとは、ここが階級の威光を極力排除した治外法権のスクールでなかったらと思うと、ゾッとする。まあアルフレッドは、その程度で誰かを罰するようなそんな子ではないのだが。
「それにボクはあいつの親友なんだ! このアルフレッド・ヴァン・スプリングフィールド! 我が親友を蔑ろにする輩を捨て置くほど、腐ってはいない!」
アルフレッドが、吠える。大きく見えを切って、実に頼もしく。
「アルフレッド!」
これにはリアムも思わず彼の名を呼んでしまう。そんなアルフレッドの男気に、ちょっとキュンとときめいてしまいそうに・・・あっ・・・まって。なんでさっきイデア派に流れた女子達リアム派に戻ったの!?
「だから俺たちはリアムごと愛するって言ってんだろー!」
「なに聞いてたんだこのアホフレッド!」
「バカフレッド!」
しかし──
「・・・クッ」
散々馬鹿にされたアルフレッドが膝を吐きそうになる。彼のこんにゃくメンタルもまた健在のようで、状況は芳しくなかった。
『あー!?アルフレッドー! 立って、たつんだ!・・・そして中央奥でオロオロしてるそこの女子たち!ここから見るとかなり目立つ! 今なら見なかったことにしてあげるから、リアム派に戻ってー!』
リアムは心の中で叫ぶ。アルフレッドの復活を、そして先ほどから2つの派閥の間で揺れている少女たちに向けて。すると──
「あんた達。さっきからなに勝手なことばっか抜かしてんの?」 
なんと、リアムの心の叫びに立ち上がったのはアルフレッドではなく──
「あん? 女どもにちやほやされていい気になっている高飛車は黙ってろよ!」
イデア派から高飛車と呼ばれるのが仕方のないほどに、威風堂々たる風格を醸し出すエリシアだった。
「黙りなさい! このクズ虫!」
・・・クズ虫。まさか彼女の口からそんな言葉が飛び出すとは。
「私はね。なんで自分たちの勝手ばかりで話を進めて、こうして先生達に迷惑をかけて風紀も乱すような真似をしているのかって言ってるの」
しかし、その後の彼女の話が凄かった。
「男なら、集団で固まって吠えてないで行動で示しなさい! ウジウジしてるんじゃないわよ!」
「「クッ・・・いたいところを」」
「そして女子も!これって態々対立を作って争うことなの!? ノーマルな私がいうのもなんだけど、誰かを愛する心に男も女もないって知り合いのおじさんが言ってました!。」
「「ま、まぶしいぃ」」
真っ直ぐで真摯なエリシアの言葉に、指摘された両陣営ともに大きなダメージを受ける。
「うぅ・・・私たちはどちらに着いたら」
「アル×アム、リア×フレッド・・・それともリア×ム秩序ぉ」
「どっちも真実の愛・・・」
特にダメージを受けているのが、中央の境界線上であたふたしていた女子達。というかそのおじさんってもしかしてリゲスさんか?リゲスなのか?・・・リゲスだろうなぁ。
「それになにより!」
が、エリシアのお説教はここでは終わらなかった。
「本人である、リアムの意思が何よりも重要なんじゃない?」
・・・かっこいい。やだなに惚れそう。もうとっくの昔から好きではあるのだけど。
「えーっと・・・」
すると──
「「ジィー・・・」」
「その・・・なんというか」
会場の視線は、一気に壇上の上で振り回され続けていたリアムに向けられた。
「ごめんなさい! ボクには既に心に決めた人がいるので、お手紙を頂いた方々とお付き合いできません! この場をお借りして、お断りさせていただきます!」
──シーン。
『ヒューヒュー』
『こら!誰のせいでこんなことになっていると──』
『実質的な公開告白ですね』
かァー! めちゃくちゃにムカつく。だが──
──カァァァァ///!!!
この時、イデアのからかいで顔を真っ赤にしたのはリアムだけではなかった。こちらを向いていないため表情までは見えないが、ちらりと見えるエリシアの頬が真っ赤に染まっている。
『あー赤くならないでエリシア!バレちゃうバレちゃうから!』
リアムのソレとは違い、怒りと羞恥ではない。シンプルに恥ずかし照れる・・・どうやらまだリアムのことは好きでいてくれているらしい。よかった。
しかしこの時、この場にいたリアム、またはイデアに好意を寄せる者達はこう思ったという。
『『いや、別に1番じゃなくてもいいじゃん?』』
この国には、重婚を認める制度がある。仮にリアムが彼の1番と結ばれたとして、別に2番目でもいいと、彼ら彼女らは思った。ある意味で、一夫一妻の制度が普通の世界で常識を育んだ彼と、この国で生まれ育った彼らとの価値観の決定的な違いである。
元来、国が推奨するところでは一夫一妻が主流ではあるために、恋敵を蹴落として1番になりたいと思う価値観も十分にはあるのだが、リアムほどの有名人となれば話は別。強くたくましい恩恵を受けるためには、ご相伴に預かるだけでも・・・そんな甘い考えが、彼らの中には巣食っていたのだ。全く、恐ろしい世界である。
「サンダーフラッシュ!」
すると──
「ぎゃー本当に眩しい!」
「目ガァー!」
会場全体を、眩しい閃光が支配する。
「諸君。これ以上風紀を乱すような真似をするのであれば、夏季休暇中の宿題を今から10倍に増やす」
そして、その閃光を放った張本人であるアランから告げられた無慈悲な制裁。
──ザッ。
「ふむ。それでは2倍で許してやろう」
生徒たちは早々に動いた。しかし──
「「そんなぁ〜!」」
やはり、どの世界でも宿題の存在はでかい。本来の意義から大きく外れてはいるが、こうして子供達をコントロールすることも、一つの教師のサガなのである。
「どうぞ〜」
スクールについてレイアたちと別れたリアムは、とある部屋の扉を叩く。
「やぁ」
そこに座っていたのは──
「おはようございます」
「うん、おはよう♪」
相変わらず、ニヤッと憎たらしい笑顔を浮かべるルキウスがいた。そして──
「ぐすッ・・・ぐすり」
地面に両手をついてすすり泣くケイトが──
「主よどうか敬虔なる信徒である私に安寧の生活を・・・」
ブツブツとなにかを呟くフランもいた。
「こら! お前らそれでも夢あふれる子供達のために教鞭をとる教師か!」
そんな2人に説教を垂れるアラン。
「ほんっとうにリアムだな」
「ホッホッホ。元気そうでなによりなにより」
一方で、リアムを見て感心するジェグドと朗らかに笑うビッドは比較的穏やかである。
「コホン。おはようリアムくん。久しぶりに会えて嬉しいよ。体は大丈夫かい?」
「おはようございますアラン先生。おかげさまで、この通りです」
それから、リアムは彼らの主任であるアランと挨拶を交わすのだが──
「陣陣陣陣・・・」
「眠眠眠眠・・・」
「・・・」
「・・・」
「魔力魔力魔力魔力・・・」
「神よ神よ神よ神よ・・・」
どうにも先ほどから、後ろの2人が──
「だからお前らはいつまでそう項垂れているのだ! リアムくんの前だぞ!」
「だってぇ! この1年の素晴らしき研究ライフが終わってしまうかと思うと!」
「ごめんなさい。もちろん心からリアムさんの帰還を喜んでいるのですが・・・どうにも」
子供のように駄々をこねるケイトと、一瞬、昔の微笑みを浮かべたもののスグに荒んだフラン。・・・一体何があったというのか。
「すまない。なんというか2人はこの1年・・・」
「イデアに依存しまくりだったんだよな」
しかしその謎は──
「・・・ジェグド。もう少しオブラードにだな」
「ホッホ。しかし違いはないでしょう。教師が生徒にというのも外聞はよくありませんが」
アラン、ジェグド、ビッドの3人の証言によって、すぐに明らかとなった。
「・・・イデア」
リアムは、3人から事情を聞き、イデアに責めるように問いかける。
「2人には・・・正確には、ケイト女史に魔力の提供を求められたためそれに応じました。御三方のおっしゃったことは、間違いありません」
どうやら、間違いないらしい。
「いけないことだったでしょうか?」
「いけないってねぇ! いや人を助けることはいいことだけど、日常的に頼りっぱなしにさせると人はダメになるものなの!」
「ウッ!」「カハッ!」
──グサリ。
「はい」
「だからね! 情けは人のため為ならず。これは巡り巡って人への助けはその人の為じゃなくて自分に徳として返ってくるような意味だけど、裏を返せば・・・」
それから、リアムのお説教は教師ほったらかしで5分ほど続いたという。彼にもなんだかんだで、鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
「つまり、対価もなくいい人を演じ続けたら最終的に自分自身がボロボロになっちゃう事もあるんだから。それだと本末転倒でしょ!」
「はい。以後気をつけます」
そしてようやく、話はイデアの謝罪でひと段落つく。だが──
「いや。そんな君にもホイホイ体を貸す気は無いから」
「・・・ケチ」
「なんか言った!!!」
「いえ、何も」
しかし、リアムにはどうしても見えてしまうのだ。見える・・・謝罪する裏で、舌をチョロっと出している君の姿が・・・怒。
「リアムくぅん」
「なんでしょうかフラン先生」
とりあえず、イデアへの説教が終わると甘い声を出して近寄ってくるフラン。
「その・・・これまで通り、イデアちゃんのように先輩のお手伝いは・・・」
「いたしません。ごめんなさい、フラン先生」
「ですよねー・・・」
手を差し伸べられないと言ったリアムの言葉に、サァッと背景ごと白くなってしまうフラン。本当にごめんなさいフラン先生。あなたもまた、被害者であるというのに。
「コホン。もういいかな」
今日は夏休みに入る前の終業式。目覚めて次の日がこれとは、なんとも都合が良いというか良すぎるというか。
「それでね。今日の朝の集会で、君が帰ってきた事を発表しようかと思って」
「えっ? どうして」
ようやく本題に入れると、話を切り出したルキウスから、よく意味のわからない提案がなされる。
「君はさ。1年前の事件の顛末についてはどのくらい知っているのかな」
「そういえば、その辺はそんなにみんなから聞いてはいなかった・・・かもしれないです」
リアムは、自分が目覚めてから今までのことを思い起こして返事をする。すると──
「君の帰還を集会で発表することは、私も賛成だ。少しでも学校の風紀を保つためにもな」
ルキウスの隣から、アランもこの件に賛成である旨をリアムに告げる。真面目な彼の発言は非常に信用できるものであるのだが、風紀を保つとは・・・非常に気になるワードだ。
「君がそんな顔をするのは無理もないだろう。そんな君にあえて端的に状況を説明するとすれば──」
そして、難しい顔をしていたリアムの気持ちを察したアランが──
「君は有名になりすぎた。君にしても、もう一人の彼女にしても」
今彼が置かれている現状を、シンプルにリアムに伝える。
「今やコンテストでも上位の人気を誇るアリエッタの不在のリーダーにして、誰もが絶句する戦いを繰り広げた幻の存在」
まるで、歴戦の猛者、伝説の冒険者みたいな言い様。
『そんな大仰な・・・』
もちろん、リアムはそれを聞いてその時はヤラレっぱなしだったし、幻なんてと大げさすぎると思ったのだが、その実ちょっとだけ照れていた。
「そしてイデアちゃんは・・・」
だが──
「この1年、なんというか、すごかったのだ」
アランから告げられたイデアの情報に関しては、全くもって共有できないツッコミどころ満載の──
『えー・・・なにその意味不明で曖昧な答え!わからなすぎてツッコミすらできないよ・・・』
でもなかった。この時リアムの中では、色々と問いただしたいという欲求よりも、呆れと聞きたくないというできれば触れたくない気持ちが勝るというなんともイヤな葛藤が起こっていた。
「同時に、イデアちゃんのスクール退学を発表するから。こっちは口頭で伝えるだけだから、君はそんなに気張らなくていいよ」
「はぁ・・・わかりました」
・
・
それから──
「やぁ生徒諸君。学長のルキウスです」
学長のお話と題して、その中でリアムとイデアの件について発表をすることとなった。
『みんないるかな・・・』
そんなルキウスのたつ壇上の舞台袖から、リアムは整列している生徒達に目を向ける。
「レイアにティナだ」
はじめに見つけたのは、3年生の集団の中にいたレイアとティナ。2人を見るのはさっきぶりだ。
「そして突然ですが、私からみなさんに夏期休暇前のありがたーいお話をする前に、発表しておかねばならない重要な事があります」
皆の様子を探るリアムのすぐ近くでは、ルキウスの演説が続く。
「アルフレッド、フラジール・・・エリシア・・・」
そして──
『3人とも、少し大きくなってるや』
5年生、本来自分も並んでいたのであろう場所に、アルフレッド、フラジール、そしてエリシアの姿をリアムは発見する。3人とも、自分の記憶の中の3人より、若干成長していた。
「なんと!1年ぶりに我がスクールの有名人リアムくんが復帰することとなりましたー!」
「・・・・・・」
「あれ?」
が──
『マスター。出番ですよ』
「ああそうだった!」
そんな感傷に浸っていたせいで、少しだけルキウスの掛け声からズレて登場をしてしまう。
「どうもー・・・」
タイミングがズレ、舞台袖から気まずそうに壇上に姿を現すリアム。すると──
「「きゃー!」」
会場の一部からは黄色い歓声が。そして──
「マジで死んでなかったんだな」
「あいつってアリエッタの中でも一番やばかったんだろ?」
「本当ですか先輩?」
「今年入った新入生とかは知らない奴が多いか」
一方で、困惑の声も上がっていた。その多くは面識はないもののその化け物さは十分に知っているもの、そもそもリアムのことを知らないものなどがほとんどだが。
『あれ・・・こんなに歓声を受けるほど有名人でもなかったような・・・』
そんな自分に興味を持つ者の多さを見て、1年の年月、ないしはあの戦いはそれほどまでに衝撃的なものだったのだなと、改めてしみじみと感傷に浸るリアム・・・ていたのだが──
「さて──」
次の瞬間──!
「イデア=リアム説」
・・・ん?
「それは、このスクールに在籍する者達すべての謎であり、7不思議の一つであった」
・・・・・・ん?
「もうすぐ1年。あの事件は、我が領地の民達に衝撃を与えた」
なに言ってんの学長先生?
「リアム死亡説!誘拐説など、様々な憶測が飛び交った。だが──!」
唐突に始まったルキウスの謎の演説に、会場にいた誰もが首を傾げる。
「彼は今、こうしてここにいる」
なにその口調。まるでこれから入場する伝説のファイターを迎え入れるのようなアナウンス。
「いかん!おいリアムくん! 今すぐ壇上からはけ──!」
すると、教師達が並ぶ列からなにかを察したアランが壇上のリアムを舞台袖にはけさせようと叫ぶのだが──
「そして生徒の皆さんにはもう一つ、残念なお知らせがあります」
音を大きくする魔道具を使っているルキウスの声によって、それはかき消される。
「それは、ちょうど彼と入れ替わるように転校してきたイデアちゃんがこの学園を辞めることとなったことです」
会場中にどよめきが走る。ちょっと待って・・・どうしてたかが一生徒の退学にそんなに騒つくの?
『さっきはツッコめなかったけど、一体何をしたのイデア!』
その異様さに、リアムは頭の中でイデアを問いただす。一体この1年の間に何をやらかしたのか!と。だが──
『これは契約なのです・・・』
イデアは一言そういうと、その後リアムの言葉に反応することはなくなった。
「優秀な我がスクールの生徒の皆さんであれば、もうお気づきでしょう!そう、そして今! 君たちの疑問は、疑いから確信へと変わる!」
一方、ルキウスの演説は止まらない。たまらずアランが壇上に上がって止めるべく走り始めるのだが──
「実は・・・」
瞬間──
「イデアちゃんは、リアムくんでしたー!」
「やほぅー」
ルキウスのとんでもない暴露とともに、瞬時にリアムと体を入れ替えたイデアが、とても単調でふざけた挨拶とともに登場する。
「「・・・」」
束の間、シーンと静まり返る会場。そして──
「「えぇーッ!?」」
目の前で、一人の人間が別人に変わる瞬間を見た会場からは悲鳴が上がり──
「えぇーッ!?」
そしてそれは、突然意識を奥へと追いやられて外の様子を映像で見たリアムもまた、同じであった。
「イエーイ」
そんな中、堂々たる態度でピースをするイデア。そして──
「プフククク・・・!」
彼女の横で、腹を抱えながら込み上げてくる笑いを我慢するルキウス。
「はかられた・・・」
両手を床につく。その後、いつの間にか再び入れ替わったリアムの吐露が現実世界にて響く。すると──
「ちょ、ちょっとみなさん落ち着いて!」
「諸君! 勝手に列を乱してはならん!」
混乱する会場。だが──
「おいコラぁ。なにガン飛ばしてんだよ」
「あぁん!? そっちこそ何ジッと見てんのよ。キモッ」
突然、ステージの下にいた生徒達が、綺麗に男子と女子に分かれてまっすぐの境界線を作り対立する。
「なんで割れたの!?」
まるでリアムがモーセになったように・・・
「男子・・・あんたらいい加減にしなさいよ」
「うっせえな女子。俺は彼女にこの身を捧げると誓ったんだ」
・
・
・
「え?」
が、なんて冗談を言っている暇はなかった。
「イデアちゃんはリアム様だった。それで終わりでしょ?」
「そっちこそ! 全然姿形も違うのにあいつだってわかるとかキモいんだよ!」
突如として始まる、男子vs女子の抗争。いや、ちらほらと両陣営には別性の生徒も混じっているようではあるのだが。
「愛するリアム様のことなんだから当たり前でしょ!そっちこそどうなのよ!」
「こちとら根っからのイデアちゃん派だよ!お前らの愛より、強いに決まってるじゃねぇか!」
そして──
「いいや違うわね。あんたらなんて、所詮表面だけしか見ていなかったにすぎない。そう、それは偽りの愛なのよ!」
「ミーハーのお前達と一緒にするんじゃねぇよ!俺たちはお前達と違ってイデアちゃんの全てを愛してるんだ!」
始まる口喧嘩。
「いやいやこの1年で一体何があった──」
「じゃああんたたちはリアム様ごと愛せるっていうの!」
「ああそうだ!リアムが彼女の一部だっていうんなら、リアムごと愛するだけさ!」
「の・・・」
・・・頑張れリアム派(女子)。この時リアムは心の中で咄嗟にそう思った。しかし──
「・・・グッそこまでの愛だなんて」
が、リアム派の女子達があまりのイデア派の男子たちの愛の強さを前にたじろぐ。その奥で、ちらほらとリアム派からイデア派へと流れていく女子が少し──
『まってー!諦めないで女子ー!』
こんな異常事態だというのに、どちらが敵でどちらが味方かということ、それだけは瞬時に理解することができたリアム。というか──
「学長先生・・・どういうつもりですか」
煮えたぎる怒りをフツフツと沸き上がらせ、隣で口を手で隠しているルキウスに尋ねる。
「どういうつもりもなにも、約束ですから」
すると、ルキウスは口で手を隠したままに、嬉しそうに目を細めながらも質問に応える。
「約束?」
その、全く身に覚えもない約束とやらに、リアムは首を傾ける。
「はいマスター。これはルキウス様との約束であり契約。私がマスターの出席日数を肩代わりする代わりに、再びバトンタッチをするときにはその正体を明かすことが条件だと・・・」
すると、その疑問に答えたのは憑依していない状態のイデア。
「なんでそこ許しちゃったの!? これそんな簡単にバラしていいことじゃないと思うんだけど!?」
当然、リアムはイデアの言い分に抗議する。これはそんな自分の進学云々に対してバラしていい案件ではないと。しかし──
「ではマスターは、エリシアさんやアルフレッドさんフラジールさんと同じ学年、あるいはレイアさんとティナさんの学年に板挟みされるような惨めなスクールライフを送っても良かったと?」
「・・・それは嫌だ。その学年には知り合いもいなければ、逃げ場もない」
次にイデアから告げられた言葉に、リアムは抗議することができなかった。タダでさえ1年前の事件が尾を引いている状態で、全く味方もいない場所に放り込まれるのはまずい。
「どうしてでしょう。今なら精神的な傷のせいで使えない魔法が使えそうな気がしますよ」
「えっ? 今リアムくん魔法使えないの?それはまたケッサク・・・くく」
「あんたそれでも教育者かー!」
「ボクの教育モットーは、世の中おかしく楽しく面白くだよ!」
「なにその偽善の皮を被った三重苦! 呪いかなにかですか!? ・・・実現できればこの上なく素晴らしいけど、ダシに使われた方はたまったものじゃないから! 」
「あハハははははは!だめ、もう無理!おなかいたい!」
「全然おもしろくなーい!」
この人は1年経ってもなんら変わらない。リアムは吠える。自分のいなかった場所で結ばれた理不尽な約束により、自分の安全が脅かされている怒りを乗せて。
「いい加減にしなさいあんたたち!」
すると──
「そうだな。僕らの仲間を巡って勝手に抗争してるんじゃない」
彗星のごとく、両者の間に割って入る2人の人物。
「エリシア! アルフレッド!」
リアムは2人の名前を壇上から叫ぶ。そして湧き上がる歓喜の衝動。やはり2人は今でも自分の味方だと──
「お姉様!」
「きゃーお姉さまー!」
「・・・お姉様!?」
数多くいる女生徒達から、お姉様と呼ばれ慕われるエリシアに対し──
「引っ込めアルフレッド!お前なんでそっち側にいるんだよ!」
「そうだそうだ!だいたいお前いつもイデアちゃんの尻に敷かれてずるいんだよ!羨ましいんだよ!」
女子側・・・もといリアム派にいるアルフレッドに対してはイデア派の男子達から罵声が飛ぶ。それにしても尻に敷かれて羨ましいとは・・・さては今の子、エムだな。
「んな!ボクは好きで尻に敷かれていたわけじゃない!」
『あー尻に敷かれていたの認めちゃったよアルフレッド』
自ら墓穴を掘ったアルフレッドに、リアムは相変わらずなのねと少しホッとする。しかしよくよく考えてみれば、これは恐ろしい光景である。アルフレッドは領地も持つ貴族の家柄にある。そんな彼が罵声を浴びるとは、ここが階級の威光を極力排除した治外法権のスクールでなかったらと思うと、ゾッとする。まあアルフレッドは、その程度で誰かを罰するようなそんな子ではないのだが。
「それにボクはあいつの親友なんだ! このアルフレッド・ヴァン・スプリングフィールド! 我が親友を蔑ろにする輩を捨て置くほど、腐ってはいない!」
アルフレッドが、吠える。大きく見えを切って、実に頼もしく。
「アルフレッド!」
これにはリアムも思わず彼の名を呼んでしまう。そんなアルフレッドの男気に、ちょっとキュンとときめいてしまいそうに・・・あっ・・・まって。なんでさっきイデア派に流れた女子達リアム派に戻ったの!?
「だから俺たちはリアムごと愛するって言ってんだろー!」
「なに聞いてたんだこのアホフレッド!」
「バカフレッド!」
しかし──
「・・・クッ」
散々馬鹿にされたアルフレッドが膝を吐きそうになる。彼のこんにゃくメンタルもまた健在のようで、状況は芳しくなかった。
『あー!?アルフレッドー! 立って、たつんだ!・・・そして中央奥でオロオロしてるそこの女子たち!ここから見るとかなり目立つ! 今なら見なかったことにしてあげるから、リアム派に戻ってー!』
リアムは心の中で叫ぶ。アルフレッドの復活を、そして先ほどから2つの派閥の間で揺れている少女たちに向けて。すると──
「あんた達。さっきからなに勝手なことばっか抜かしてんの?」 
なんと、リアムの心の叫びに立ち上がったのはアルフレッドではなく──
「あん? 女どもにちやほやされていい気になっている高飛車は黙ってろよ!」
イデア派から高飛車と呼ばれるのが仕方のないほどに、威風堂々たる風格を醸し出すエリシアだった。
「黙りなさい! このクズ虫!」
・・・クズ虫。まさか彼女の口からそんな言葉が飛び出すとは。
「私はね。なんで自分たちの勝手ばかりで話を進めて、こうして先生達に迷惑をかけて風紀も乱すような真似をしているのかって言ってるの」
しかし、その後の彼女の話が凄かった。
「男なら、集団で固まって吠えてないで行動で示しなさい! ウジウジしてるんじゃないわよ!」
「「クッ・・・いたいところを」」
「そして女子も!これって態々対立を作って争うことなの!? ノーマルな私がいうのもなんだけど、誰かを愛する心に男も女もないって知り合いのおじさんが言ってました!。」
「「ま、まぶしいぃ」」
真っ直ぐで真摯なエリシアの言葉に、指摘された両陣営ともに大きなダメージを受ける。
「うぅ・・・私たちはどちらに着いたら」
「アル×アム、リア×フレッド・・・それともリア×ム秩序ぉ」
「どっちも真実の愛・・・」
特にダメージを受けているのが、中央の境界線上であたふたしていた女子達。というかそのおじさんってもしかしてリゲスさんか?リゲスなのか?・・・リゲスだろうなぁ。
「それになにより!」
が、エリシアのお説教はここでは終わらなかった。
「本人である、リアムの意思が何よりも重要なんじゃない?」
・・・かっこいい。やだなに惚れそう。もうとっくの昔から好きではあるのだけど。
「えーっと・・・」
すると──
「「ジィー・・・」」
「その・・・なんというか」
会場の視線は、一気に壇上の上で振り回され続けていたリアムに向けられた。
「ごめんなさい! ボクには既に心に決めた人がいるので、お手紙を頂いた方々とお付き合いできません! この場をお借りして、お断りさせていただきます!」
──シーン。
『ヒューヒュー』
『こら!誰のせいでこんなことになっていると──』
『実質的な公開告白ですね』
かァー! めちゃくちゃにムカつく。だが──
──カァァァァ///!!!
この時、イデアのからかいで顔を真っ赤にしたのはリアムだけではなかった。こちらを向いていないため表情までは見えないが、ちらりと見えるエリシアの頬が真っ赤に染まっている。
『あー赤くならないでエリシア!バレちゃうバレちゃうから!』
リアムのソレとは違い、怒りと羞恥ではない。シンプルに恥ずかし照れる・・・どうやらまだリアムのことは好きでいてくれているらしい。よかった。
しかしこの時、この場にいたリアム、またはイデアに好意を寄せる者達はこう思ったという。
『『いや、別に1番じゃなくてもいいじゃん?』』
この国には、重婚を認める制度がある。仮にリアムが彼の1番と結ばれたとして、別に2番目でもいいと、彼ら彼女らは思った。ある意味で、一夫一妻の制度が普通の世界で常識を育んだ彼と、この国で生まれ育った彼らとの価値観の決定的な違いである。
元来、国が推奨するところでは一夫一妻が主流ではあるために、恋敵を蹴落として1番になりたいと思う価値観も十分にはあるのだが、リアムほどの有名人となれば話は別。強くたくましい恩恵を受けるためには、ご相伴に預かるだけでも・・・そんな甘い考えが、彼らの中には巣食っていたのだ。全く、恐ろしい世界である。
「サンダーフラッシュ!」
すると──
「ぎゃー本当に眩しい!」
「目ガァー!」
会場全体を、眩しい閃光が支配する。
「諸君。これ以上風紀を乱すような真似をするのであれば、夏季休暇中の宿題を今から10倍に増やす」
そして、その閃光を放った張本人であるアランから告げられた無慈悲な制裁。
──ザッ。
「ふむ。それでは2倍で許してやろう」
生徒たちは早々に動いた。しかし──
「「そんなぁ〜!」」
やはり、どの世界でも宿題の存在はでかい。本来の意義から大きく外れてはいるが、こうして子供達をコントロールすることも、一つの教師のサガなのである。
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