アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

156 グチャグチャ

「ちょっと映像消えちゃったわよイツカ!」
「し、知らない!・・・とにかくいま魔道具の設定見てるけど原因がわかんない」

 コンテスト会場の舞台裏。突如として通信の途切れてしまった映像に、復旧を要求するリッカと慌てるイツカ。

「えー・・・と」

 そんな中、ステージの上にポツンと立つナノカもまた、どうしたものかと頭の中で戸惑いながらも呆然とつっ立っていた。

「今の・・・見えたか」
「まったく、見えなかった・・・」

 映像が切れる直前まで、スクリーンを見ていたウィルとカミラが唖然とする。

「ウィル・・・ウィル! リアムが!」
「あ、ああ落ち着けアイナ。大丈夫。あいつは強いから大丈夫だ」
「でもなんか今日は調子が悪かったみたいだし!」

 こんなに取り乱すアイナを見るのは、パーティー解散後も長年連れ添っている夫のウィルも久しぶりだ。
 
「おいアイナ。とにかくリヴァイブまで行こう」

 すると──

「か、カミラ・・・」
「私、いや私たちも子供達が心配なんだ」

 ・
 ・
 ・

 仲間の子供達が最後に見た光景は──

「り、リアム!」

 目の前で、大切な仲間がナニカもわからないソレに腹を殴られ蹲り、震えていた光景だった。

「一人、ぼっちですね」

 数秒前とは全く違う。水一つ揺らがない静寂の中、リアムと対峙する男が呟く。

「あなたが・・・いるじゃないですか」

 リアムが応える。

「あ、なたは?」

 そして、再び問い返す。

「またそれですか・・・」

「知らないと、呼ぶのに困ります」





──沈黙。そして、コミュニケーションをとるには少し長すぎる沈黙を経たのち。

「そうですか・・・

 名前ですか・・・

 そうですね・・・」

 男はさらに長い時間を使って、考え込む。

「はい。ケルビム、ケルビムとでも名乗っておきましょうか」

 そして、時間にして30秒ほどが経過すると、ようやく男は自分の名を名乗ったのだ。しかし──

「それって偽名ですよね・・・どう考えても」
「ええそうですね。真名は別にあります。しかしあなたの前だからこそ、あえてこの名前なのです」
「?」
「わかりませんか・・・」

 リアムの反応に、ケルビムはガッカリした様子である。

「ではせめて、戦いの中であなたがこの名を思い出してくれることを願います」

 そして、ケルビムは半分開き直ると──

「プッ」

 一瞬の後、リアムの右ほほに拳を添え──

「ハァッ!グ!」

 殴るのではなく押すように、リアムを数百メートル先の下流へと突き飛ばす。

「やれやれ。脆いですね」

 50mほど下流へ、ケルビムが優雅に水面から数センチの低空を飛ぶ。

「・・・」

 そして、意識もなく川の中腹で出っ張った岩を背に気絶しているリアムを見つけた。

「手加減も大変です」

 彼はその光景を見ると、ふむと一言顎に手を当てて呟く。日頃の癖のように、まるで長い髭を触るように。

・・・ツー。

 事実、リアムの元に溜まる水にはジワっと広がった赤い血の色があった。死んでいてもおかしくないほどの、色の侵食。

「起きなさい・・・」

 ケルビムが、キュッと軽く仮面の下の眉間に皺を寄せる。

「・・・グッ」

 すると、リアムは小さなうめき声をあげてごくわずかに体を震わせた後に、再び体の力をダラーッと抜く。死んでいないことが奇跡のよう、どうやらケルビムは膨大な魔力の圧を彼にぶつけることで、生命的な危機感にショックを与えて意識を取り戻させたようだ。リアムの陥っている、肉体に流れる断魔剤の効果を上回るほどの。

「聞こえているのでしょうから、このまま話します」

 はたから見れば、血まみれの少年を介抱するでもなく口撃する若い男。まさに鬼畜の所業である。

「現在は私の力でコンテストの魔道具に映像も音声も送られていません。ですから、正直に答えなさい」

 動きたいが動けない。

「あなたは、誰ですか?」

 冷たい水の温度が、流れる血が全身から、傷口から皮膚から熱を奪っていく。

「・・・答えられませんか」

 あまりにも、無茶を言う。

「嘆かわしい・・・」

 違う。

「それでもあなたはあの方の希望ですか」

 違う。

「我が恩人の魂を持つ者ですか」

 違うのだ。

「それとも、違うのでしょうか?」

 彼は答えないんじゃない。

「あなたは、我が怨敵に呑まれたのですか?」

 彼は──

「ヒュー・・ヒュー・・・」

 肺が潰れて呼吸がままならない。答える手段を、失っているのだ。

「私には、魂をみる力がないのです」

 ケルビムが、リアムを見下ろしながら続ける。

「私の序列は第三位。同胞の中では上位の現象(じつりょく)なのです」

 今はもう、背中の岩に体重を預けると言うより、ひっかかっているような状態だ。

「ですが魂、あるいは肉体、生と死に干渉できる存在は二位以上の存在であり、またはそれに属する眷属たち。私にはない力なのですよ」

 絶対的な敗北。だからこそ、この後のケルビムの話はリアムにとってとても不思議で、新鮮なものだった。

「ですから、是非教えていただきたい」

 これほどの力を持つ存在が持っていない力を──

「あなたは魂をみる術を持っているはずだ」

 僕が持っていると言うのか。

「どうか、この復讐に取り憑かれている愚かなジイに教えて欲しい」

 ケルビムは、懇願する。

「私はあなたを愛するお方に、多大なる恩がある」

 罵り続けた先ほどとは打って変わって。

「同時にそれはあなたの中にもあり、私はそれを愛おしんで、この身が滅ぶ永劫の刻まで仕えたいと思うほどに感謝しております」

 深い深い礼をもって。

「だからあなたたちを救いたい。しかし──」

 だが次に彼がその面を上げた時──

「それを蝕んでしまうほどの狂気が、憎しみが、あなたの中にある恩ごと殺せと叫ぶのです」

 彼の仮面から覗く目には再び、狂気の炎が宿っていた。比喩なんかではない。カゲロウのように透過する全ての光を屈折させて、確かにそこにあることを雄弁に語っていた。水蒸気とはまた違った蒸気、溢れる魔力を噴き出す魔眼だ。

「避けなければ、失いますよ」

 スッ──と、ケルビムの手がリアムの右の二の腕に添えられる。そして──

「崩壊(ドゥーム)・・・」

『グゥxウゥxうアァァアァ!』

「まずは腕一本、ですね」

 魔力鍵を唱え、跡形もなくリアムの片腕を消失させた。

「では次に、もう一本」
「うぅ・・・」

 あまりの痛みに、もう出るはずもなかった呻きが漏れる。

「崩壊(ドゥーム)」

 遠のく意識の中、再び脳天を貫くほどの痛みが・・・

『流れているこの血・・・全部僕の血なの・・・』

 痛い。

『全然実感がわかない・・・あれ?』

 痛くない。

『でもただ一つだけ、わかることがある』

 どっち?

『それは──』

 どっち?

『思考がグチャグチャすぎて』

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『血も足りなくて』

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『kるshい』

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