アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

140 重なり

 今思えば、どうして僕があんなにもあの黒い魔力に惹かれたのか、不思議だった。

「マスター。右です。この先大きな谷があります」
「吊り橋がかかっている。ミカさんはその先だよね」
「はい」

 明日のボス戦を前に気が奮っていた?・・・それもあるかもしれない。でも──

「おいリアム! お前どうしてそんなことまでわかるんだ!?」
「わからない。けど、あらゆるものが手にとるようにわかるんだ! 木々も動物もモンスターも、どこに何がいて何があるのか!」

 欠けていたピースを取り戻したようなそんな感覚。

『感覚が研ぎ澄まれたように頭の中がクリアで、辿るべき道が!』

 とにかく体、心という3と4次元、そして、魂という5次元的な世界があると信じられるほどに、しっくりと芯まで馴染む魔力。 

「はぁはぁ、ヤバイな・・・思ったより魔力の消費が激しい」

 森の中にぽっかりと口を開いた底の見えない谷に架かる吊り橋を前に、呼吸を乱し始めたアルフレッドが流れ出る汗を腕で拭う。

「お前は入る前にあんなに魔力を消費したっていうのに、情けない話だ」

 弱音、いや、これは自分を奮い立たせるための鼓舞であろう。負けず嫌いなアルフレッドらしい鼓舞の仕方だが。

『アルフレッドの纏う白い魔力と、外を漂う黒い魔力が衝突して弾けあってる。衝撃で、あの緑色の魔力が散って・・・』

 ふとアルフレッドの方を見ると、大気を漂う黒い魔力と衝突し拮抗する彼の魔力と、二つの境界線からバチバチと跳ぶ緑色の魔力が見えた。もしかすると、彼の外側で勢いよく跳ねるあの緑色の魔力が、資格を持たないものが激痛を感じる原因なのかもしれない。
 ミカの中に見たあの魔力は、跳ね飛んだ後に減速し、綺麗な丸を形成して蛍火のように体内で安定していた。しかしアルフレッドの散らすそれは、減速もせず、ただただ周りの木々や草に落ちていっている。

「アルフレッド・・・」
「なんだ?」

 僕はふと、ものすごい速さで魔力を消耗していく姿を見て、ある事実を彼に告げようとするが──

「・・・いや、なんでもない」
「なんだそれは?」

 やはり、今は言う必要もないとデカかった言葉を飲み込む。

「ごめん。本当になんでもないんだ。魔力が尽きる前に急ごう」
「ああ」

 僕らは再び足を動かし、吊り橋を渡る。

『大丈夫だと、根拠もないのに思ったんだ』

 吊り橋を駆け渡りながら、ふと、森の中を駆けていた時に感じた感覚と感情を思い出す。

『あれが激痛の正体だとして』

 そして考える。

『だったらなんで僕は・・・』

 左目の後魔眼はずっと発動させている。夜の暗黒の帳を降ろそうしている森の中を走るために。しかし──

『だったらなんで僕は、痛みを感じないんだ』

 僕の全身を包む魔力は、既に断ち切られていた。供給するための魔力が尽きたわけじゃない。ただ、自分から魔力を纏うことをやめた。だから告げられもしなかった。アルフレッドに、『僕は既に、この体に魔力の衣を纏っていない』ということを。

「・・・アルフレッド」

 吊り橋を渡り、ミカまで後200mの地点まで走ったところで──

「どうしたリアム」

 足を動かすことを止め、急停止してから腕を横にアルフレッドも停止させる。

「前方右に40度、100m先にモンスターがいる」

 それから、探知したモンスターの存在を彼に告げる。

「大きさは150cmくらい。ただ、ミカじゃない。ミカは前方真っ直ぐ200mくらい先の大きな大木の根元で休んでいるみたいだ」
「近いな、中間ってところか」
「それに、魔力が安定していない。霧や靄みたいにふわふわしているから、多分肉体のないゴーストだと思う」

 そして、その特徴も。

 ゴーストはアンデットに分類される、肉体を持たないモンスターだ。その特徴は何と言っても、その体のほとんどが魔力で構成され、物理攻撃が効かないこと。思念を持った魔力の幽霊。つまり、魔法かモンスターの苦手とするエレメントでしか攻撃することのできない厄介な相手だ。

「クソッ!アンデット種には魔法、特にゴーストは光に弱い。一説には塩や聖水にも弱いらしいが、あいにく持ち合わせがない!」

 アルフレッドが、悔しそうに木の幹を殴る。アルフレッド・ヴァン・スプリングフィールド。彼の持つ魔法適性属性は、無、火、土、そして光の4つである。

「アルフレッド・・・」

 僕は、悔しそうに木の幹を拳で殴る姿を見て、彼から噴き出す己への怒りと情けなさ、その2つを如実にトレースする。

『魔力が・・・』

 そう、彼の中にはもう、ゴーストと戦闘してミカと接触し、セーフポイントに戻るれるまで魔力は残っていなかった。ゴーストとの戦闘がなければ、恐らくセーフポイントまで戻る余力もあるだろうが──。

「・・・ここで、別れよう」

 僕は、木の幹に拳を突き立て、こちらに向ける彼の背中に語りかける。

「・・・んなッ!」

 それを聞いたアルフレッドは、サッと振り返って驚きの表情を見せる。しかしその表情からは、意外性を感じることはなかった。

「僕がゴーストと接触し惹きつける。アルフレッドはミカさんのところまで行ってセーフポイントまで彼女と戻って」
「お、お前は、既に全員分の魔道具を作った挙句に僕同様ここまで魔力を多く消耗しているはずだ!」

 アルフレッドが吠える。

「それに、あのカバの居場所や地形までも把握する異常探知を使っていただろう! 精神の消耗もお前の方が激しい!」
「・・・・・・」

 僕は、わからずにいた。

「なんだその困ったような顔は!」
「・・・・・・」

 彼になんと言う言葉をかければ良いか。

「なんとか言えリアム!」

 直ぐに判断できなかった。思考が鈍かった。だから僕は何も言わずにただ──

「なんだその困ったような顔は!」

 後から思えば、この時彼にかけるべき言葉、話すべきことはいくつもあった。今では一番信頼できる友達だし、実力も十分に認めてる。この森に入って僕は魔力を纏っていないことなんかも。しかしどうしてだろうか。この時の僕は──

「大丈夫。なんてことはない」

 ただただ、負けない、勝てるという自信に溢れていた。

「・・・それでもお前には」

 アルフレッドが、再び僕に背を向ける。

「引きずってでも連れて来る・・・!」

 しかし、今度は僕の前に一歩出て。

「アルフレッド・・・」

 夜の暗闇へと消えていく、彼の背中を追って、呟く。

「アルフレッド、一つだけ」

 空を仰ぐと、生い茂る木々の葉の隙間から、東の空に昇った月が見える。

「僕は、追いつけていないのか」

 残像の残る暗闇から、うっすら彼の悔恨が聞こえた気がした。

「この森に入って、実は僕は君みたいに魔力を纏い続けていたわけじゃないんだ」

 ようやく、彼の欲しかったであろう言葉を口にする。

「なんで・・・どうしてなのかはわからないよ。だけど、どうにも僕はこの異質な魔力と相性がいいらしい」

 なぜ今更。彼はもう行ってしまったというのに。

「ごめんね、アルフレッド」

 彼の葛藤が聞こえる。遠ざかっていく彼の葛藤が。

『マ、スター・・・』

 イデアもこれを感知しているんだろうか。

「不思議だね。まるで僕らの人格を別々に保っていた境界線が消えて、溶けていくみたいだ」

 イデアもこの、感覚を感じているのだろうか。

「けど。とても心地いいね」

 今の僕の心は自責を確かに孕んでいるはずなのに──

『・・・はい』

 イデアの返事を聞くと、僕の表情は一切の緊張もない安らぎに柔らかく変わる。

「心地・・・いい、ね」
『・・・はい』

 この心地よさはなんとも言えない。確かにあったはずなのに気づくことすらなかった溝(ズレ)が、カチッとハマった感覚。

「心地・・・いい」
『・・・は、い』

 そう、この感覚を表現するならば──

『やれ、枷を外せ──』

──束の間、瞬きの間。 

「『同調、調律チューニング』」

 シンクロしているのか。

 刹那、視界の景色が一瞬にして変わる。

──ザアァァァ!

 追って、突如として描かれた一つの線をなぞるように強い風が吹き荒れる。

「ゴ、ガガ、ゴ」

 怪しげな黒い霧の集合体を前に、灰色に染まった銀髪が月を背に揺れる。

「『さあ、わたしに思い出を託して、安らかに眠りなさい』」

 木の葉舞う、冷たい森で光る2色の眼光。

「あ゛、るじ──ア゙ガ」

 一つは紫。大切な約束の証。そして──

「オ゙ガエ゙リナサイ゙、マ ゼ」

 黒い霧は人のような人型をとると、己の中心にあった赤く光る不気味な物体を両手で差し出す。

「『ただいま、愛しい我が眷属(こ)』」

 そして、今まで海のような美しい青を抱いていた対の輝きが抱くは、煙のように立ち燃える新緑の輝き。

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