アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

131 大人ってなんだろう

 あれから、なんだかんだで事態が落ち着くのを待って逃げるように(リアムだけ)ボス戦の行われるエリアへと転送陣にのってやって来たアリアのメンバーたちであったが ──

「なんか・・・呆気なかったな」
「うん。呆気なかった」

 攻撃を仕掛けて数十分が経った頃、僕らはゴブリンとコボルトの大集落の中心で、ちょっとした物足りなさを感じながら打ち上がったクリアの合図を眺めていた。

「しかしまぁ、エリアAのトードーズとキングトード戦をこなしたお前らなら心配ないだろう」

 そんな虚しさの中、ニカが僕らを見送る時に言っていた言葉が、スッと脳内を過ぎる。同じキングとつくからして、事前に調べた情報よりも少し慎重に強さレベルの設定をしていたのだが──

「俺たち、こんなに強くなってたのか」
「でもさ、やっぱり定石通り初めにメイジを潰しに行ったのが良かったんじゃない?」
「そうね。最初はきつかったけど、メイジを先に倒したから召喚の増援もなかったし」
「前もって情報があるのとないのでは天と地ほどの差があるな」
「・・・簡単」

 あれだけ強くクセのあったキングトードと違って、こちらのキングスは所詮お飾りの王だったようだ。ミリアのためにアイテムポーチを作成したから、・・・というかごまかしの空間魔石作成のためにまあまあの魔力を使ってしまったから、一応緊張感を高めて臨んでいたのだが。
 しかし今回、前回みたいにイレギュラーが登場することもなければ、ホブやジェネラル、軍師などの希少種がスポーンすることはなかった。とはいえ、60匹近くのゴブリンやゴブリンメイジが集落にはいた訳で──

「ミリア様がポーションを魔力切れしないように供給してくれましたから、魔法に集中できました。ありがとうございます」
「あ、私も・・・おかげで回復に専念できました。ありがとう・・・」
「と、当然でしょ! 私は何をしても優秀なんだから! まあ、どうしてもって言うなら感謝はされてあげてもいいわよ」

 前衛と後衛のメンバーで打ち上がる花火の下集まり、今回の討伐の反省兼祝勝の喜びを共有する。

「でだ、今日の打ち上げはどこでする?」
「あ、やっぱりするんだ」
「「「当然!」」」

 花火の光の粉が集落の中央広場へと降り注いで、転送陣と光の柱が立ち上る。

「みんなリクエストはあるか?」
「私は肉が食べたい!」
「私はなんでも・・・」
「私も・・・」
「なら一度ギルドの酒場に行ってみたいな・・・貴族は近寄りがたい場所だし、なんなら今行っておかねば一生行けぬかもしれんからな」
「あっ、それは私も行ってみたいわね」
「でもアルフレッド様はまだしも、ミリア様が行って大丈夫なんでしょうか・・・」
「大丈夫よ。リアムに護衛させるから」
「えぇ!?」
「そうね。リアムは今日は私たちの騎士(ナイト)ってことで」
「・・・エリシアまで」

 そして光の柱へと向かう間、僕らはそんな他愛のない祝勝会の話を繰り広げていた。

 ・
 ・
 ・

「久しぶりに来たけど、相変わらず賑やかね」
「この大胆でシンプルな味付けは微妙だが、なんとも癖になりそうな・・・」
「雑・・・とも言うわよ」

 場所は変わってギルドの酒場、アルフレッドとミリアのリクエストもあり、今日はギルドの酒場で祝勝会をすることになった。

「おいおい。でもここでしか味わえない活気と情緒があるだろう?」

 酒場の料理を『雑』と言ったミリアに、酒の入った樽ジョッキを片手に辺りにグルッと視線を巡らせるウォルター。

「確かに・・・こういうのも悪くないかもね」

 すると、先ほどとは打って変わりウォルターの意見に同意するミリア。きっと彼女には、普段食べている複雑な味の料理に比べて、シンプルに塩と少ない種類の香草で焼き上げた肉や魚は斬新だったのだろう。

「プハーッ! もう一杯!」
「ラナ姉飲み過ぎ!」
「いいでしょ〜私のはお酒じゃないんだからぁ〜」
「ちょっと待ってくださいラナさん! それウォルターさんのお酒ですぅ!」
「お姉ちゃん!」
「・・・ダメ」
 
 ギルドの賑やかな騒がしさが、皆のテンションを掻き立てる。次の果実ジュースを求めると見せかけて、ウォルターのおかわりジョッキに手を伸ばそうとするラナを必死で制止するレイア、フラジール、ティナ。

『今回は出なかったか・・・』

 一方で、酒場の雰囲気に溶け込むことなく、一人黙り込んで考え事をしている者が──

「どうしたリアム?」
「うわッ!? どうしてここにいるんですかダリウスさん!」
「ハハーン。そりゃあお前と酒があるとなれば飛んでくるに決まってるだろ! それにここはギルドの酒場だからな!」
「またハニーさんに見つかって連れていかれるのがオチですよ・・・」
「大丈夫だ! 商業区の方にある酒場に行ってくるって書き置きしてきたからな!」
「姑息! やってることが姑息すぎる!」

 と、二ヘラと笑っていつの間にか隣の席に座っていたダリウスと、バカみたいな副ギルド長ハニー撹乱作戦について論争する。

「で、どうしたんだ?」

 しかしそれも束の間の出来事であった。突然、穏やかな雰囲気を身にまとったダリウスが、僕に何があったのかと尋ねてくる。

「この前、キング・・・キングトードを倒した時の話なんだけれども・・・」

 それから、僕はこの前のキングトード討伐後、転送陣にのって帰還するまでの間に起きた”夢”の話をダリウスにする。

「夢の中で出会った自分そっくりの少女か・・・」

 そして一通り、特に隠すこともなく全てを話したのだが──

「なんだそれ、やベェな・・・怖えぇ」

 話を聞いたダリウスが、身を引きながら気持ち僕から距離をとる。

「えー・・・」

 しかしこのダリウスの反応には、僕もまた少し引いた。そんな反応するなら、話さなければよかったよ。

「ダッハッハ冗談だ冗談! そんな複雑そうな顔すんなって!」

 すると、そんな僕のリアクションを見たダリウスが、今度は大声で笑いながら僕の背中をバシバシと叩く。

「痛いんですけど・・・」
「ほーれむくれるなって! 笑え笑え! そんなんじゃ幸せが逃げるぞ!」

 そして、いじけた態度をとった僕に──

「なあお前達もそう思うだろ?」

 そうして、その様子を見ていた他のメンバーに対し同意を求める。主に話を聞いていないふりして聞き耳を立てていた女性陣に向けて。

「たまにあたふたするから大人っぽいじゃないけど」
「むくれているところはなんだかんだで初めてのような・・・」
「なんかこんなリアムも新鮮で」
「いいかも」
「・・・」

 しかし、女性陣から返ってきたのは、ダリウスも僕も予想だにしていなかった斜め上の反応だった。これも酒場の空気が引き起こした思考回路の鈍化による影響だろうか。じゃないとしたら少しヤバイ・・・うん、そういうことにしておこう。

「もしかしたらお前は、写し鏡にあったのかもな」

 そんなことを頭の中で考えていると、今度は少し真面目に口調を切り替えたダリウスが言葉を発する。

「写し鏡?」

 僕はその聞きなれない言葉に?マークを浮かべる。いや、一般的な写し鏡はもちろん知っているのだが、この場合のこれは全くもって別の意味であろうから。

「ああ。写し鏡はオブジェクトダンジョンの中で死んでリヴァイブで生き返った奴がごく稀に体験する不思議現象だ・・・お、こっちにエールを一杯くれ!」

 ちょうど後ろを通ったウェイトレスの女性にエールを一杯注文しながら、僕の質問に答えるダリウス。

「ダンジョンの中で死ぬと一度視界が真っ暗になり、そして気づいたときにはリヴァイブの門の前に肉体が再生されて横たわった状態で復活するわけだが──」

 そして、机の上にあった鳥手羽の乗った皿に手を伸ばすと──

「その視界が真っ暗になってから復活するまでの間に、夢のようなフワリとした空間の中で自分と全く同じ姿形をした人物と対面することがあるんだ・・・んめぇ〜」

 ヒョイっと一つを手にとって、酒を飲む前だがこれまた美味しそうにつまみ食いをする。

「んーいわゆるドッペルゲンガーと似たようなもんだな。その夢の中に引きずり込まれた者は必ず皆、自分のドッペルゲンガーを見る。故に──・・・おおキタキタ! はいこれチップ(口止め料)な!」

 そして、ウェイトレスさんがエールの入った樽ジョッキを持ってくると──

「プハーッ! この現象は、己の魂と向き合う写し鏡。死んでから肉体の再生がされるまでの間、肉体から離れた魂が何らかの作用によって自分自身を見つめ直す悟りの一種だと言われているんだ」

 生き返った〜と言わんばかりの喜びを満面に、酒の肴と化した話を続ける。

「写し現れたドッペルは勝手に動き喋る。そして彼らは同時に、己の中に存在している意識的なものから潜在的な欲までもを体現していると言われている」

「それって・・・ボス戦から帰還するときも起こる現象なんですか?」

「いいや、死にもせずボス戦から帰ってくるのに写し鏡に会った話は初めて聞いたなぁ〜・・・」

 しかしながら、酒を煽りつつも僕の質問にはしっかりと答えていくダリウス。

「そうですか・・・」

 そして、聞きたいことを一通り聞き終えた僕は一言、再びそう呟くとまた沈黙しようとする。しかし──

「リアム、お前女装にでも興味あるのか?」
「へっ?」
「いや何、さっきも言ったが写し鏡は己の魂をダンジョンが映し出した鏡の中の魂、そしてその魂は魂魄に刻まれた本人も気づいていないような欲や本質を映し出すわけだ・・・つまり──」
「ないないないです! 絶対ない!」

 酒でテンションが上がってきたのか、いや、彼は素面でもこんな調子か・・・とにかく、ダリウスは妙な冗談を交えて僕に沈黙を許さなかった。

「「「・・・ゴクリ」」」
「エリシア・・・それにミリア、レイア、フラジールにティナまで。一体今、何を想像したのかな・・・?」

 すると、それを周りで静かに見守っていた者たちが──

「・・・あ、フラジールそっちのお皿とってくれない?」
「はいミリア様・・・すいませんがこれ、ミリア様に回してくださいますか?」
「ええいいわよフラジール」
「はいティナ、お肉ね」
「ありがとうございますレイア」

 ・・・まあ、いいか。みんながすっとぼけるのなら、放置で・・・

「あとそのリム子は初め懺悔していたんだろ? もしかしてお前、誰にも言えないような秘密でも隠してんのか?」

──ドキッ!

「おっ、その顔はさては図星だな? おいほら、ここだけの話吐いちまえよ・・・大丈夫、アイナさんには黙っといてやるからさ・・・」

 母さんには黙ってるから話せよというダリウス。なぜ黙秘先対象に父さんが含まれていないのかは謎だが──

『・・・不覚だ』

 この時僕は、突如放たれた予想外の不意打ちに図星を突かれ一瞬の震えとともに、その緊張を表情に出してしまった。そして、心の中で自分の不甲斐なさを後悔する。それはもう、リム子というダリウスのふざけた呼び名(仮)にツッコミを入れる余裕もないほどに。

「皿でも割って隠したのか? それとももしかして・・・コレか?」
 
 すると、ニヤニヤとウザったらしい顔で僕に近づき、小指のたった手を差し出して意味深なジェスチャーをとる。因みにこの世界でも、そのジェスチャーの表す意味は前世の日本と変わりなく──

──ドン!
──ガン!

 次の瞬間、僕の左手にズラッと並ぶ女性陣の一角、ミリアとエリシアの座る席の方から大きな物音が。

「あわわ・・・」
「み、ミリア? え、エリシア?」
「・・・(プルプル」
 
 その音とは、二人がフォークを持っていた手を机に叩きつけた音で、その無言の圧力に側にいたフラジールは狼狽し、レイアは二人の名を恐る恐る呼び、ティナに至っては青ざめて全身をプルプルとさせていた。
 
「だ、ダリウスさん悪い冗談はよしてくださいよ〜」
「あ、ああ。幾ら何でも冗談が過ぎたな。悪かった」

 そしてこれには、僕とダリウスもたじたじであった。先ほどまで賑やかだったが故に、突然顔に影がさした二人のインパクトというものは相当で──

「あら、食事中にごめんなさい。偶然机の上に、いたもので」
「偶然ね、ミリア。私も今、一瞬虫のようなものが視界に入ったのだけれど、逃げられちゃったみたい」
「それは残念ね。次に見つけた時は必ず仕留めましょうエリシア」
「そうね、ミリア」
「おホホホホ」
「うフフフフ」

 ・・・で。

『『『こえぇー・・・』』』

 この時、同じテーブルに座っていた男性陣全てが、総じて同じ感想を抱いていたという。

「で、明後日から放課後はみんなでエリアCに行くことになるんだけど・・・」
「この日とこの日は夜にパーティーがあるから無理だけど、それ以外だったら・・・」
「一応念のため、私の方でもマリア様に確認しておきますね」
「ゲッ・・・」
「うふふ・・・ミリアったら『ゲッ』て」
「ちょっとレイアあなた年下でしょ!それならもう少し私への尊敬を──」 
「クスッ」
「てぃ、ティナまで! もーフラジール!」
「ご、ごめんなさい・・・ふふッ、でもマリア様からミリア様のこちらでの・・・」

 それから数分、酒場の活気もありなんとか場の空気も回復した。

「はぁ・・・ダリウスさん。そんなんだから、職員にもうざがられるんですよ?」
「な、なにぃ!おいリアム、このスーパージェントルアダルティーマッスルを捕まえてウザいとは聞き捨てならんぞ!」
「つまりそれだとダリウスさん=筋肉ということでいいんですね?」
「ん? いや俺は人げ・・・いや、マッスルか?」

 本当、お酒の力とは怖いものである。こんな訳のわからない会話が成り立ってしまうのだから。
 
「あれ、そういえばラナがいない・・・」

 しかしここで、いつもはなんだかんだ一番うるさそうなムードメーカーのラナが場にいないことに気が付いた。一体どこに・・・

「ああリアム、ラナなら・・・」
「ほら、あっちだ」

 すると、男同士静かに食事を楽しんでいたウォルターとアルフレッドが、僕の疑問に答えて、店内の、別のテーブルの方を指す。

「オラー! つまみを持ってこーい!」
「どうぞお嬢」
「いいぞ!ほらオレのつまみもやろう!」
「私のもどうぞ!」

 すると、騒がしい店内の中でもやけに騒がしい集団がその一角に──

「よぉ〜し野郎ども! じゃんじゃん献上品を持ってこーい!」
「「「おーう!」」」

 テーブルを囲む冒険者たちの集団の真ん中で、高々と手に持った樽ジョッキを天井に掲げるラナ。そう、酒場の空気に当てられて、いつもより活発化したラナがいつの間にか、ちょっとしたコミュニティを築いていたのだ。

『あの状況は一体・・・』

 荒くれ者が多い冒険者たちをも従えて、悪ノリするラナを見て、僕は いや、ラナのあの人懐っこさと明るさは、彼女の良さだ。きっとその彼女の性格がなせる技で、周りのみんなを・・・

「ふむ・・・私はこの店で一番良いジュースが飲みたいぞ!」
「へへー、仰せのままにお嬢。・・・こちらが、この店で一番上物のフルーツミックスになります」
「はっはっは! よし、それじゃあお前には褒美として、『リアムと一日デート権』を進呈しよう」
「!・・・ありがたき幸せ」

 ・
 ・
 ・



 ん?
 
「じゃあ今度は店で一番上物の肉だ! これを献上したものには『リアムが一晩添い寝権』を与える!」
「うぉぉー! ウェイトレス! 今すぐこの店で一番上等な肉を持ってこい!」
「ちょっとあなたはさっき『一緒にお買い物権』もらったからもういいでしょ!ここは私に譲りなさいよ!」
「なんだと! いいやこれはお嬢を喜ばせることができたものが得る権利だ! それに・・・」
「「「なによ!」」」
「「「なんだよ!」」」

 ちょっと待って。本当に状況が理解できない。

「スー・・・はー・・・」

 ここは一度落ち着いて、冷静な思考で状況を見極めよう。なに、ほろ酔いのダリウスと会話していたせいで、僕の思考回路が少しバグを起こして──

「はっはっはー! な〜に私はあいつの姉の代わりだもんね! だから私が頼めばリアムは逆らえないのです!よって私が許す!」
「「「ウォォォォ!」」」

 しかし、その深呼吸も虚しく聞こえてくるのはどんどん悪化していく秩序と安寧が崩れていく音・・・主に僕の。

「許すかー!」
「ぎゃー見つかった!」
「本人のいないところで勝手に何やってんの!」
「てへッ! つい魔が差して」
「てへッ・・・じゃないよ! 大体この人たち誰さ!」

 やはり僕の思考がバグっていたわけではなかった。身の危険を感じた僕は、すぐさまその馬鹿騒ぎを止めに入る。しかし──

「リアム様だ・・・」
「リアム様が降臨なされたぞー!」
「「「キャァァァ!」」」

 僕の登場により黄色い歓声が上がって場の雰囲気はますます白熱する。それにしても、降臨て・・・

「お、落ち着いてください! まず初めに断っておきますが、このお調子と僕は血の繋がりもなく──」
「ヒドい! 私をお姉ちゃんと呼んだのは遊びだったのね!」
「お姉ちゃんと呼んだ覚えはありません! ていうかお姉ちゃんで遊びっておかしくない!?」
「テヘヘ〜、ついノリで」
「おい!」

 僕はなんとか熱を冷まそうとするが、隣のラナが邪魔だ。

「私たちはリアムファンクラブの者ですわ! たまたまコンテスト観戦後のオフ会をしていたらラナ様と居合わせて──」
「今日の戦闘も観ていましたわリアム様! 今回は前回のボス戦に比べて派手なご活躍はありませんでしたが、東洋の珍しい武器を使った剣技と魔法を組み合わせが大変見事で──」
「是非、オレと一度手合わせ・・・いや、二人っきりで稽古を──」
「ちょっとまたあなたですか! 何度横入りすれば・・・」
「お前こそ、でしゃばりすぎなんだよ!」
「それならばリアム様に最初に話しかけた私のセリフです!」

 そして、その戸惑っていた数秒で再熱する混乱(カオス)。

「にーげろ〜!」
「ちょっ待っ! これどうすんの!」

 すると、隙をついた全ての元凶であるラナが、その場から逃走する。

『こうなったら・・・』

 そしてこの時、僕の中の何かが一つ、プツンと切れた。

「秘技、微威圧!」

 暴徒と化しかけている客(?)に対して僕は、威圧を発する。1日の疲れを癒す場であるこの場所で威圧を使うことは躊躇われるが、それ以前に気が休むこともままならない状況になってしまったのであれば仕方あるまい。

「「「──・・・」」」

 気絶もしないただ身震いを感じさせる程度の軽い威圧により、鎮まりこちら一点に注目する集団。

『やったか・・・』
『それはフラグというものですか、マスター?』
「・・・あ」

 しかしここで僕は、己の中で組み立てた案があまりにも上手くいったせいで生まれた慢心から、ついつい頭の中でいらぬフラグを立ててしまった。

「これは・・・あの日の衝撃」
「そう、人はこれを・・・」
「恋と呼ぶ・・・」

 そして、そのフラグは見事に立ってしまったわけで。

「やばい・・・まさかこの集団はそっちの──」

 突如興奮を殴られ失った虚無感と衝撃から、まるでゾンビと化した集団が僕に迫ってくる。しかし次の瞬間──

「待ちなさい! これ以上リアムに近づこうっていうなら──」
「この公爵家長女ミリア・テラ・ノーフォークと!」
「ブラッドフォード家のエリシア・ブラッドフォードが許さないわよ!」

 奇しくも火に油を注いでしまい追い詰められる僕の前に、先ほどまで僕もいたテーブルで団欒していたはずのエリシアとミリアが飛び出して庇う。

「・・・ミリア、・・・エリシア」

 僕はその、小さくともあまりにも頼もしすぎる背中に見惚れていた。そう、それはもう恋する乙女のようにウルウルとした瞳で──

「って僕にそっちの趣味はない!」

 危ない危ない。あまりの二人のかっこよさに、乙女落ちするところだった。因みに──

「お姉ちゃ〜〜ん!」
「ちょっと顔が怖い・・・レイアはもっとこう笑っていた方が可愛い」
「はいスマイル♡」
「笑ってない! いや表情(カオ)は笑っているけど心が笑ってない!」

 実妹レイア指揮の元、逃走したラナを捕縛するべくフラジール、ティナ、そして迫るレイアによって包囲網が築かれていた。
 
「だっはっはー、愉快愉快! やっぱりリアムは面白れぇよ!」

 その光景に、樽ジョッキ片手に机をバンバンと叩いていたダリウス。

「へぇー・・・珍しく連絡だけ残して消えたと思ったらその情報も嘘で? 商業区の酒場をしらみつぶしに転々とさせた挙句に、やっと見つけたかと思えば困っている後輩(冒険者として)を助けるでもなくただ見物ですか・・・」
「は・・・」

 しかし爆笑もつかの間、背中に感じた酒で火照った体の芯までも凍りつくような寒気が。

「ウォルターくんアルフレッドくん。今日は俺のおごりだからな・・・さあもっと盛り上がっていこうじゃない」

──グイッ

「かッ ──カハッ! 締まりかけてる! いや絞まっているぞハニー!」
「その名前で私を呼ぶなー!」

 わざと気づかぬふりをして、テーブルに残った二人にジョッキを近づけ乾杯しようとしたダリウスであったが──

「そんな! 妻なのに・・・!」
「それ以前にあなたはギルド長で私は副ギルド長です」
「そっちが優先なのか!?」
「当たり前でしょう・・・ 全く次から次に姑息な手を使って! その悪知恵に使う頭があるのなら、会議や執務で使ったらどうですか!」

 そんな見え見えの小芝居をハニーが汲み取るわけもなく、ダリウスの服の襟を掴んで彼を強制連行していく。ついでに──

「あなたたち! 今こそリアムさんに日頃の恩義を返す時です! 加勢して差し上げなさい!」
「「ハッ!」」
 
 おそらく、ダリウス捜索のために一緒に駆り出されていたのであろうお供のギルド職員に、ハニーが暴徒と対峙するリアムの加勢を命じていく。

「助太刀するぜ嬢ちゃん達!」
「じゃあ俺たちゃーこっちだな!」
「「「コォー・・・」」」
「「ダァーーーッ!」」

 そして、遂に火蓋切られるリアム争奪戦の第2ラウンド、”半ゾンビ集団 vs 騎士(ナイト)達”。ゾンビ達と騎士達の中には、周りで観戦していた客の何人かが合流し始めている。ここにいるのは大抵が、日頃からスリルを求めてダンジョンに潜る冒険野郎どもだ。

「じゃーんけーん・・・」
「ギャハハ何よその顔!」
「はっはっはー勝利!」
「グハッ、やられた」

 しかし以外にも、その戦いは平和なものだった。酒が入っている者がほとんどのせいか、皆勝った時負けた時のリアクションもかなりオーバーである。

「腕相撲で俺に勝つなんざ百万年早いわ!」
「秘技白鳥の舞──採点は!?」
『2点』『3点』『ゴブリンの舞』
「ゴブリンの舞って何よ!」

 あっち向いてホイから変顔対決、腕相撲から踊り対決まで、まるで子供の遊びのようなスポーツといえば聞こえのいいような・・・まあ一応、ここがギルド内というのもあるのだろうが。

「なぁアルフレッド」
「なんだウォルター」
「あいつってこれからどういう未来を歩くいていくのかなー・・・」
「わからん、想像もつかん」
「だな」

 そして、始まってしまった戦いを遠目に傍観し見守るアリアのメンバーが2人。

「だがそれが楽しみでもあり・・・」

 彼は語る。今目の前で起こっている戦いの渦中にいる、同じパーティーの仲間の将来を。

「恐ろしくもあるな」

 もう一人は語らう。彼のために戦う女性があれだけいるのだ。であれば、それは俗にいう女難というものなのだろう。愛とは幸せであり、しかし行き過ぎた愛は厄にも災いにもなり得る。

「・・・」
「・・・」

 沈黙。まあどちらにしろ、あれだけ彼に熱中するものが同じパーティー内だけでも2人、更に予備軍が3人いることは間違いないのだ。

『『とりあえず、尻には敷かれるんだろうなぁー・・・』』

 そして二人は悟った。まるでお姫様のように守られている彼を見て。きっと彼は、その内の誰かと結ばれるのだろう・・・確率は限りなく高く、結ばれた後のその見解に関しては、十中八九疑いもない。彼は女性に対して、どうも物腰が低いというか甘いのだ。

「って、僕もうかうかしてられないじゃないか!」

 だがここで、男の一人が自分の怠慢に気づいて立ち上がる。そう、彼の思い人もその予備軍の中に入っていたからだ。

「助太刀するぞ!」
「アルフレッド・・・!」
「なによ・・・今更!」
「ふん・・・エリシアよ、男にはやらねばならぬというときが──」
「きゃあ!」
「フゴッ──!」
「あ、デジャヴ」
「・・・まさか私のアルティメットミリアパンチにビクともしないなんてなんて肉厚(ボリューム)」
「なんで籠手を顕現させているのだ!」
「バカね〜、ハンデよハンデ! 心配しなくても魔法は出さないわよ!」
「貴様一応公爵令嬢であろうが! それが領民に対し武具を持ち出すなど──!」
「戦いに、身分も家名もないってお父様が言っていたわ」
「そんな馬鹿な・・・」

 しかし飛び出した男、もといアルフレッドは参戦して早々に、窮地に追い詰められた・・・主に暴走する仲間によって ※ミリアは交互に相手を押して先にバランスを崩したら負け的なゲームをしていました。

「ははは・・・一人になっちまったな」

 そして、もう一人の男が戦いに参加したために、テーブルに残された男は──

「お姉さん! エールもう一杯!」

 その賑やかな光景を肴に、酒を楽しむ。パーティー内唯一の成人故遠慮するなと言われて注文したものの、らしくもなくちょっとした疎外感を覚えてしまい実は最初はそれほど美味しくそれを楽しめていなかった。しかし今は──

「はぁー・・・うまい!」

 その枷から解き放たれ、美味しく酒を飲む。これも馬鹿騒ぎする仲間達に感化されたおかげだ。

 その後、酒で気分も酔い始めた男も戦いに参加し、騒ぎは夜中まで続いたとか。因みに、パーティーメンバーの8人に7人は未成年者の少年少女である。であるからして騒ぎも納まりを見せた頃、迎えにきた保護者たちにこってり絞られたことは、言うまでもない。

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