アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

120 エチュード

『あ、またみんなが下に・・・』

 再び、足元に見えるコンテスト会場にいるみんなを見て──

「って! もう同じ轍は踏まねぇっての!」

 バッと目を覚ます俺。

「あ、悪夢が・・・再オエッ」

 しかし同時に、唇に残る不愉快な感触が負の過去の記憶を刺激し、思わずえずいてしまう。

「フフフッ。ウィルったら、唇がリアムが鈴屋さんから買ってきてたたらこ? っていうのにそっくりになってるわ」
「なんだかこの感じも懐かしいわね〜、アイナ」
「ええエクレア。それにしてもこんなに簡単にリゲスに捕まっちゃうなんて。・・・ウィル、あなたったら少し腕が鈍ってない?」
「無理言うなよアイナ。開けた広場ならいざ知らず、ここは周りも人だらけ、更にジジイの警護をしてる護衛たちが取り囲んでるんだぞ? 流石に俺でも逃げれ・・・」
「ウィル?」
「だ、誰かバケツを・・・ヴッ!」

 これは重症だ。態と自分がけしかけたとはいえ、少し罪悪感が湧いてくる。

「これに懲りたら、私をからかうのはお辞め」

 一方、いつまでも気持ち悪そうにしているウィルを見てマレーネが私たちに釘を刺す。

「ま、マレーネ。き、記憶を・・・。限定的な記憶だけを消す薬とかねぇのか・・・? それか吐き気どめ」

「甘ったれんじゃないよ。それにそんな限定的な記憶を消せるなんて都合のいいものは、昔にもないと言ったはずだ」

 しかしウィルの懇願は無情にも即座に却下された。

「・・・だが、今お前が感じている不快感を消せるい〜い民間療法なら知ってるよ」

「本当か!? 教えてくれ!!」

 すると一転、その不快感を消す民間療法を知っているというマレーネ。何か、途轍もなく嫌な予感がするのはなぜだろうか。

「それはね。・・・帰ったらお前の愛する妻に、その感触が塗り替えられるまでいっぱいキスしてもらうこったね」

「「 ま、マレーネッ!?」」

 マレーネの民間療法に、ウィルと私は沸騰したかのように顔を赤く熱くすると、同時に、抗議の声として彼女の名前を叫び、その後は沈黙する。
 やられた。きっと彼女は昔私が相談したことを覚えていたのだろう。だから私のおふざけに乗ってくれた。
 私たちがこの街に来て少し経った頃、一緒にこの街にやって来た恋仲だったウィルと、当時エクレアと恋仲だったリゲスがキスをしたことがある。それも互いにファーストキスだったという話を、これまた王都からの仲間だったカミラから聞いたのだ。
 私は当時、その話を聞いてとてもショックを受けた。まさかウィルにそっちの気があるとは夢にも思わなかったからだ。ましてや相手は当時からちょっと言動がオカ・・・もとい女っぽいリゲス。私の嫉妬の炎は余計に燃え盛ることとなった。
 それから私はウィルを問いただした。しかし彼は「あの時のことは思い出したくねぇ!」と、口を割ることはなく、悩んだ私は、当時私たちの母親のような存在になっていたマレーネに相談した。しかし結局はなんだかんだで話はうやむやとなり、ウィルは最後までそのことをはぐらかしてばかりだった。おかげで魔法を使って彼を追い回す私の二つ名は、最初についていた炎の魔女、というものから炎獄の魔女という嫉妬心で全てを焼いてしまう不名誉なものに。・・・いや、それはそれで私のウィルへの愛の証だと当時は逆に嬉しかった私は、本当に若かった。
 だがそれこそ10年以上も前の話、こんな恥ずかしい思いをするんだったら、ほんの出来心で掘り返すんじゃなかった。昔から彼女に敵うものは、私たちアリアのメンバーには誰一人としていなかったのだから。

「あー・・・悪いがお二人さん。顔を真っ赤にしてるとこ悪いんだが、そろそろあいつら動きそうだぜ?」

 すると、その気まずい雰囲気に詫びながら割って入る漢ダリウス。
 彼に促され映像に目をやれば、どうやら今までボックスの中で大人しくしていたリアムたちの作戦立てが終わったようだ。ボックスに遮断されているのかその声ははっきりとは聞こえないが、皆で揃って片腕を挙げ、鬨をあげているようである。

「ねぇダリウス。さっき言ってたお酒に付き合うって話だけど、今夜でいいんじゃない?」

 そんな息子たちの様子を見て情けなくもほっこりしてしまった私は、未だ心に残るざわつきから憂さ晴らしも兼ねて、先ほどの酒の誘いを今夜にどうかと提案する。

「あ、ああ。俺は別に構わねぇが・・・」

 しかし彼も先ほどまではノリノリだったというのに、誘いの返事が優れない。

「今日はリアムの初のボス戦だろ? 夜は何かご馳走でも作ってお祝いしてやるんじゃねぇのか?」

「・・・そうだったわ。それに今夜はもう一つ──」

 どうやら私の頭はショート寸前まで熱くなっていたらしい。まさか普段であれば何があっても絶対に忘れないであろう息子のお祝いのことを脱漏させてしまうとは。それに今夜はもう一つ、大事なお祝いが・・・──

「だったらアイナさん。昨日から立て続けとはなるが、今夜もパーティーを開いてはどうかな? ウチも今夜はエリシアの祝いをしてやる予定だ。なんなら我が屋敷を会場として提供しよう」

 すると、その会話を聞いていた前のベンチに座るヴィンセントがパーティーの提案をし、会場も設営してくれるという。

「それはいいわねあなた。・・・エリシアは、一度勝手に家を抜け出したお説教をした後ですが、その後でよろしければどうでしょう? マレーネさんやエクレアさん、パピスさんにダリウスさんたちもご一緒に」

 そしてヴィンセントの妻であるリンシアもそれに賛同し、マレーネにエクレアとリゲス、ダリウスとルキウスになんと今日出会ったばかりの売り子のパピスまでパーティーに誘う。

「わ、私たちも?」
「お、俺たちも?」
「私も?」
「「「いい ””んですか”” ”のか”?」」

 そのお誘いに、食いぎみに反応するエクレアとダリウス、それにパピス。

「待て・・・おい、昨日のパーティーとはどういうことだ?」

 だがその話に一人、横槍を入れる人物がいた。

「なるほど。つまりあの小僧はそんなにおも・・・コホン。ノーフォークの未来の名物になるかもしれない料理を大量に提案する重要 (面白そう)なパーティーを開き、領主である私も招待せずに勤しん (楽しん)でいたというわけか」

 遠まわしぎみにパーティーのことを知らなかった、何故自分たちを招待しなかったとリアムを批判するブラームス。しかしどうしたことだろうか。その言葉の裏に込められた意味がスケスケ、つまりは彼の感情がダダ漏れだ。これは貴族として、それもトップクラスの権力を持つ公爵として如何なものなのか。

「父上、流石に平民であるリアムくんから招待するというのは、礼節を欠くからして難しいかと・・・」
「そうね。そう考えると、リアムくんが正しいわね」

 すると、パトリックとマリアからそれが無茶なことだと指摘され、諌められるブラームス。

「わかっている。わかっているがな・・・コホンコホン」

 しかし諦め悪く、ブラームスが妻と子からの咎めに抗い態とらしく咳払いを二回すると、何やら今自分を非難した妻の方に顔は動かさずに視線だけをチラチラと送る。

「だったら、今日のそのパーティーは、我が家で開いたらどうかしら?」

 そして突然、マリアが妙案だと言わんばかりに手を合わせて会場の変更を提案する。

「「「へっ?」」」

 その唐突な彼女の提案に、皆が面食らったような顔で間抜けな声を漏らす。

「これは決定事項である。アウストラリア王国が公爵、ブラームス・テラ・ノーフォークの名においてここにいる皆に命じる。今日我が城で急遽、ミリア(その他大勢)初ボス戦勝利おめでとうパーティーを催す。異論は認めん。これは決定事項である」

「いや横暴だろ! それになんで決定事項2回言った! 意味あるのか!?」
「意味はない。ただ繰り返し言ってみたくなっただけだ!」
「なおさらたち悪りぃよ! ただテメェも参加したいだけだろ!?」
「違ーう! これはあくまでもミリアの初のボス戦勝利を祝いつつだな、そんな健気な我が娘を支えた子供達を労いつつ、未来の成長戦略における我が領地特産品の開発に携わるという3つの大義名分があってだな・・・!」

 ただ自分も参加したいだけ。そう認めればいいようなものを、如何せんこの人はそれを認めようとはしない。本当に大きすぎる権力というのはなんとも面倒臭く、煩わしいものであると私はこの時、ウィルと押し問答を繰り返すブラームスをみてそう思った。

「仕方ない。参加者との協議の結果、パーティーは城で催すが会の名は『チームロガリエ祝勝会』とする。異論はないな・・・」

「まあまだまだ言いたいことは山ほどあるが・・・」

 お互いに妥協。どうやら話は纏まったようである。

「みなさん、どうやらリアムくんたちが既に勝つという前提でお話を進めていらっしゃるようですが・・・」

 しかし先ほどと違って冷静さを取り戻したルキウスが、その計画の前提、そもそもの根本的な穴について指摘する。だが ──

「大丈夫よルキウスさん。だってリアムがいるもの」

 私はその問題は心配するに値しないものだと、彼に告げた。

「ああ、アイナの言う通りだ。それに何より、最初にあいつの力を信じて疑わなかったのはあんたじゃないか」

  そしてウィルも。

「そうでしたね・・・いや〜これは私としたことが、一本取られました」

 立場が逆転してしまいました・・・と、ルキウスがきまりが悪そうに頭を掻く。

「常時パッシブスキルとは違うから、いつかはあの油も枯れるはずなんだけれども・・・相当な量の魔法を打ち込む、あるいは使わせなければ、あの巨体から分泌される油は尽きないでしょう」

 そして再び、動き出そうとしているリアム達がいる映像に目を向けると──
 
「半端な魔法ではその油を枯らすこともできず、あの厚皮とも合間ってあらゆる攻撃を弾き飛ばしてしまう」
「なあルキウス。お前論文を書いたってことは一度奴を倒してんだろ? お前どうやってあんな怪物を一人で倒したっていうんだ?」
「それはとても簡単な話さ。僕は何日も何日もあそこに篭って戦闘していたからね。ある合図を送るだけで起動する状態にした千以上の魔法陣を、毎日コツコツ残魔力を全て注いで装填済み状態で設置しておいたんだ。おかげでキングトードは開幕すると同時にあの範囲攻撃をする間も無く木っ端微塵、サンプルをとることも叶わなかったよ」

 その後は調整した陣数で挑戦しようとしたが、君が厄介な規則を成文化してしまったせいで閉幕さ・・・と、嘲笑気味に当時のことを語るルキウス。しかしそんな彼の横顔には、清々しさがあった。

「リアムくんの魔力が枯れるのが先か、あの極彩色の油が切れるのが先か。はてさて、彼らがどう対処していくか・・・──」

 ・
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「着替えるからみんな、向こう向いててね」

 僕はウォルターの回復も終わったところで、一先ず身にまとっていたダークスーツを解き、燃えてしまった服の代わりを出してせっせとボックスの片隅で着替える。

「おい貴様ら! なに覗こうとしてるんだ!」

「・・・レイアまで。年頃かな」

 そんな僕の着替えを隠す壁となり、女性陣の熱視線から守るのは頼もしい男仲間であるアルフレッドとウォルター。

「別に裸ぐらい見られてもいいでしょ? リアムは私の家来なんだし」
「私はミリアが振り向いたからつられて・・・」
「私もミリア様とエリシア様につられて・・・」
「わ、私もフラジールさんと同じで・・・」
「・・・(ブンブン」

 左からミリア、エリシア、レイア、フラジール、そして首を大きく縦に振り、尻尾をブンブンと揺らしているティナ。各々弁明を・・・── 

「私は単に純粋なる好奇心からしてリアムの裸に興味があり、欲望のままに振り向きましたー!」

 しかし苦し紛れの言い訳を連ねた5人とは違い、欲望を丸出しにして清々しいまでに振り向いた理由を堂々と発言するラナ。

「だから私は覗いてもいいよね〜」

 そしてどういう思考を辿ってその発想に至ったのかは謎だが、一歩、また一歩と狭いボックスの中、手をワキワキ、表情はニコニコと朗らかに、隅で着替える僕を守る二人の肉壁へと近づいてくる。

「「「「「ダメーッ!!」」」」」

 すると、そんなラナを後ろからタックルして必死に止めにかかる5人。

「うおッ!?」
「ちょ、お前ら!?」

 そして案の定、その勢いのままにアルフレッド、ウォルターの壁に突っ込むわけだが・・・──

「ふぅ・・・着替え完了」

 二人の壁の向こうから不穏な雰囲気を感じ取った僕は既に、猛スピードでの着替えを終えていたのであった。

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 ・

「問題はあの油が枯れないという可能性があること。その場合、致命傷を負わせた上でキングの意識を刈り取るか、または・・・」
「油の分泌ができない状態・・・木っ端微塵に吹っ飛ばすかの2択か・・・」
「そういうことになるかな」

 着替えも終わり、ボックスの中で円を作りキングトード討伐の作戦を立てるチームロガリエ。
 あの油は僕たちにとっては断魔剤と同等の役割を、キングにとってはあらゆる属性の媒介となり強力な範囲魔法を、あるいは分泌を局所に集中させることで回復速度を急速に上げることもできる。そしてさらに言えば、僕たちはそこまでトードの生態に詳しいわけではない。だからあの油に限界量があるのか、そもそもどういう過程を経て生産されているのかもわからないのだ。

「それにこの舌の攻撃もなかなかの威力がある」

 先ほどとは打って変わり、舌による物理攻撃で僕たちを囲むボックスをひたすら叩いているキング。おそらくこれは、僕があの豪炎を全て吸収した上で反撃にまで利用したことから学習し、切り替えた結果であろう。思考能力も、普通のトードやトードーズに比べてずっと高い。そんなキングをなるべく全員で討伐、あわよくばその素材も入手したいという考えは傲慢であろうか。

「ねぇウォルター・・・。もう一つ、不確実な手だけどもう一つだけ、僕にキングを無力化した上で油の分泌もさせずに、倒せるかもしれない方法があるんだけど・・・」

 僕はここで一つ、ある提案をする。

「もちろんやろうと思えば簡単に木っ端微塵にはできるとは思うんだけど・・・」

「で、できるのかよ・・・」

 ウォルターが僕の発言に、驚きを通り越して呆れてみせる。

「この魔法の構築には少し時間がかかるし、並行して僕も他の魔法が一つしか使えなくなる・・・」

 この魔法は非常に繊細、かつイデアとの連携が不可欠なほど難しい魔法だ。しかし後者のデメリットに関しては完全に経験不足。もっと場数をこなせば、同時行使ももっとできるようになるとは思うのだが。

「・・・!それは・・・」
「だから僕は暫く戦闘に参加できない。そしてみんなにはその間、キングの気を逸らす時間稼ぎをして欲しいんだ」

 僕は再び驚くウォルターを始め、仲間みんなの顔を見渡してその時間稼ぎをして欲しい旨を伝える。

「準備ができたら知らせるから、すぐに後退してまたボックスの中に・・・できるかな?」

 そして僕は皆に問う。

 すると・・・──

「そんなこと、簡単じゃない」
「最悪私の眷属魔法で吹っ飛ばせばいいわけだし?」
「さっきそれは無理だったろうが!・・・だがまあ、時間稼ぎくらいなら」
「わ、私は皆さんのサポートを・・・」
「私も! 皆んなが怪我したら回復する」
「・・・コクコク」

 エリシア、アルフレッド、ミリア、フラジールにレイア、そしてティナが、各々の役割を再確認しつつ、僕の質問に肯定で答えてみせる。
 僕はそんなみんなの返事に感極まってこうべを垂れ、魔法壁から透けて見える地面へと視線を落とす。

「気にするな・・・。お前は俺たちにも討伐に参加できるチャンスをくれたんだろう? 」
「僕はただ、できるだけみんなとたくさんの思い出を作りたいだけだよ」

 この世界に来てやっと、病弱な体から解放されて自由気ままに動き回れる体を手に入れたんだ。独りよがりの寂しい思い出はもう、前世の思い出だけでたくさんだった。

「だったらなおさらだ! シャキッとしろ! 胸を張れ!」

 そして再び、僕を鼓舞してくれるウォルターに・・・──

「大丈夫だよリアム。このメンバーならきっとできるよ!」

 ニシシッ! っと彼女らしい笑顔を見せて、僕の背中を叩いてくれるラナ。

「い、痛いよラナ!・・・けど、シャキッとした。ありがとう」

「オーケーオーケー! それじゃあリーダー、あとはよろしく!」

 どうも彼女のその無邪気な笑顔を見ると、その隣には、今や王立学院特待生として王都で頑張っているカリナ姉さんの顔が、ちらついて見える。

「じゃあ・・・。あー・・・、キングはあの厚い皮のせいで半端な物理攻撃は意味をなさず、何よりあの油が魔法まで弾いてしまう強敵だけれども・・・ 」

 果たして、カリナ姉さんもこの場にいたら、僕の背中をこうして叩いてくれただろうか。

「僕はここにいるみんなと一緒に頑張りたい」

 いや、きっと押してくれたはずだ。

「魔法壁はこのままリンクを切って残すから、数回はキングの攻撃を耐えられると思う。後衛のレイアとフラジールはここで待機、危なくなったら遠慮なくみんな戻ってきてね」

「強化は任せてください!」
「回復も!」

 ポジションの確認。味方バフ担当のフラジールに、回復担当のレイアは後衛でサポートだ。

「うん。それから前衛はウォルター、ラナを中心に対処して欲しいんだけど・・・敵の行動パターンの情報がまだ不十分だから、各自遊撃、または連携して時間稼ぎをよろしく」

「おうまかせろ!」
「りょうか〜い。エリシアちゃんまたさっきのしようよ〜」
「ええッ!? まあいいけど」
「アルフレッド。あんたは私の盾になって死になさい」
「はぁ? 守って欲しいなら素直にそう言えばいいものを」

 あらら。年上2人組とエリシアは良いが、またもアルフレッドとミリアが喧嘩をはじめてしまった。

「ティナは一緒に残って僕の手伝いをして欲しい。いいかな?」
「・・・はい」

 だがそんな二人を他所に別行動をとる僕は最後のメンバー、この半年間共に特訓、一番長い時間を一緒に過ごして連携が取りやすいティナに相棒を任せる。

「それじゃあ・・・」

 そして僕はもう一度、皆の顔を見渡すと・・・──

「チームロガリエ!えいえい、おー!」
「「「おーッ!」」」
 
 思いっきり右腕を天井に向けて掲げる。ただ少し気がかりなのが、鬨が「素揚げー!」じゃなくてよかっただろうかということ。最終的に木っ端微塵にする可能性も十分にあるから、この表現は避けたんだけど・・・──

「ッテー! 拳天井にぶつけたぁー・・・!」

 現在展開しているボックスの高さは2mほど。既に成人している年長のウォルターにとって、このボックスの天井は鬨をあげるには低すぎた。

『・・・まあ、いっか』

 僕は右拳にフーフーと息を吹きかけるウォルターを見て、そんなことは他愛もないことだと、これから始まる総力戦に感情を踊らせながら、ボックス後面の魔法壁を解く。

「ふぅ・・・遅れるなよラナ! ・・・って」
「へへーん! 足なら私の方が早いんだもんねー!」

 そして、キングの舌攻撃のインターバルを見計らって飛び出した前衛の二人。

「私たちも・・・!」
「いくぞ!・・・おい!」
「だからあんたは私の盾だって言ってんでしょ! ほらもっとキビキビ動く!」

 それに続き、ラナのサポートをするために後に続いて勢いよく飛び出したエリシアとは反面、自分で背中にくっついて人を盾にしておきながら、キビキビ動けというミリアにタジタジの出発となったアルフレッド。

「強化《力》・・・《防御》・・・《速》・・・《魔法防御》」

 そしてボックスに残ったフラジールが、飛び出していったみんなに向けて次々と強化の魔法を飛ばしていく。

「流石ですね・・・」

 そんなフラジールを見て、共にボックスに残る今は出番のないレイアが呟く。身体強化は能力の極限値最大を突き破る勢いで己を強化できるのに対し、強化魔法は対象の能力を付加的に向上させる難易度の無属性魔法だ。
 一度かけてしまえば効果値は込めた術者の魔力質によって変化、その量に応じて強化が続くが、そのために持続時間の管理がとてもむずかしく、効果切れ直前の重ねがけが必要となる。
 相当気配りができる人間じゃなければ戦闘では使い物にもならない。実にアルフレッドの従者の立場にあり気配り上手なフラジールが得意とする、彼女らしい魔法だ。

「ティナ、作戦C・・・いけるかな」
「はい、ご主人様」

 僕はそんな頼もしいみんな、そして彼女の姿を横目に確認すると、ティナとの作戦の打ち合わせをする。

「よし。それじゃあこの布にキングトードの皮膚についた油をつけて持ってきてね」
「わかりました」

 そして彼女に亜空間から取り出した綺麗な布と一つの魔石を渡すと・・・──

「強化《力》・・・《防御》・・・《速》・・・《魔法防御》」

 僕もティナに、強化魔法基本一式をかける。

「いくよティナ!リバウンドサーカス!」

 そして空中に、キングのいる方へ次々と闇魔法で作った反発の板を作っていくと・・・──

「獣化・・・!」

 獣化の発動。それに伴いティナの周りに満ちる殺気、そして生えてくるもう一本の尻尾。
 それからティナは地面を蹴って空を跳ぶと、空中に固定された闇の板を次々と蹴って更に加速、目にも留まらぬ速さでジグザグにキングの元へと近づいていく。

「うわっと!」
「・・・すごい」

 どうやら彼女たちも、トードーズを倒した時に使っていたいかにも今僕たちがやってみせている連携と同じようなことをしていたらしい。目の前を猛スピードで通過していったティナに驚くラナに、空中に出現した無数の闇の板の間を俊敏に跳んでキングの舌の猛攻を躱していく彼女の姿を見て、感嘆とするエリシア。しかしエリシアの表情はどこか嬉しそうで・・・──

「私たちも! もっとペースを上げるわよラナ!」
「え!?ちょっと待ってこれ以上はまた酔っ・・・!」

 作戦C。別名リバウンドサーカスはこの半年間、獣化の一定の制御をものにしたティナと考えた、モンスター狩りの作戦の一つ。しかしこれは練習のみに留まり、これまで特訓していたエリアCのモンスターたちでは役足らずで効率悪く、何より実用性がなかったためにお蔵入りとなっていたその高速で敵を惑わせながら攻撃する、連携攻撃だ。

「す、すごいです・・・」
「それに、なんだか生き生きしてるような・・・」

 そして感嘆の声を漏らしたのは、その連携を見て張り切るエリシア、そんな彼女に戸惑うラナ以外にも、闇の板を作り出した僕の直ぐ隣にいたフラジールとレイアも同様だった。

「・・・ティナはああして思いっきり体を動かすことが好きなんだ。だから二人もこれからたまには息抜きがてら、彼女を誘って思いっきり遊んであげてね」

 二人の感心に答えるべく、僕は僕の知るティナの性格について語る。
 ぶっちゃけ、今のティナの反応速度は後魔眼を発動させた僕の反応速度より数段も高い。更にあの身のこなしだ。自分の一族は闘気ではなく静気を得意とする一族だといっていたが、それでなくともあの身体能力、強化魔法をかけているとはいえ、獣人の身体能力におけるポテンシャルの限界は、獣化無しにしてもありにしても、全く底が見えない。
 そんな獣人のティナと二人が体を動かしてまともに遊ぶとなれば、間違いなく息切れしてしまうこと必至であろうが・・・──

「グゴッ・・・!」

 キングから上がるうめき声。そんなことを考えているうちに、ティナは襲ってくるキングの舌の猛攻をすり抜けて、ついにその大きな腹へと辿りつ・・・に向けて、流星のごとくダイブしてしまう。

 ── ボヨン!

 そして、当然の如く皮を貫くことのできなかったティナは、その弾力のあるお腹と厚皮の反発により、ものすごい勢いで外に放り出されるわけだが・・・──

「ウィンド! ウォーターウォール!」

 その瞬間、僕は直ぐにリバウンドサーカスを解除し、自分の目の前に彼女の推進力を殺すための向かい風の層を作り出して、それと僕との間に更にぶ厚い水の壁を作り出す。

「コホコホ・・・ただいまです。ご主人様」

 ロケットの如くしっかりと狙いを定め、見事僕一直線に跳ね返ったキングの腹から射出されたティナは水の塊に着水できたのだが、同時に少し水を飲んでしまったようだ。彼女は水が散乱したと同時に獣化を解き、咳き込みながら帰還の挨拶をする。

「おかえり。ティナ」

 僕はそんな彼女を出迎えつつ亜空間から取り出した柔らかい布で包んであげると、火と風の複合魔法 《ウォームウィンド》を無詠唱で唱え、彼女の体を乾かす。

「気持ちいです・・・」
「頑張ったねティナ。・・・それにごめんね。帰ったら新しい服を買ってあげるよ」
「・・・はい」

 ティナは布をかぶりつつ、僕が発生させる暖かい風に鼻をスンスンとさせ、気持ち良さそうな顔で返事する。少し頬が赤いのは褒められて照れているのか・・・一瞬とはいえ全身に大量の水をかぶったのだ。風邪じゃなければいいけど。

 それにしてもティナが相当なスピード、勢いで突っ込んだというのもあるが、あの体と厚皮は一体どんな弾力をしているというのか。周りに油がまとわりついてなければ、一度思いっきりポフポフダイブしてみたいものである。

「それじゃあ魔石を・・・」
「はい」

 そして僕は先ほど、ティナに渡した魔石の返還を要求し、彼女から受け取ると・・・──

「ポケット・・・よし、解析と構築、『よろしくイデア』」
『了解しました』

 その魔石に魔力を流しながら魔法鍵を唱え、出現した魔法陣から先ほどティナに渡した今はキングの油がどっぷり染みた布が、ポンッと飛び出すと、布に染みた油の解析を、イデアに委任する。

「今のは・・・」

 すると、一連の僕の行動を見ていたレイアが呟く。

「これはその・・・しまえる量はとても少ないから、一時的に何かを保管するのに向いている魔道具で・・・」

 僕はその疑問に、ドギッとしながら答える。

「確か獣人さんっていうのは魔力は持っているけどそのままだとうまく扱えないから魔道具も使えないって・・・」

 まずい。その質問は今はまずいよレイア。

「そうだね! だから魔法鍵だけで起動するように僕があらかじめこの魔道具に魔力だけを込めていたんだ! いやー、たまたまモンスターが守る貯蓄庫を見つけてね? そこにこの魔道具があったというか・・・」

 前半の、魔道具に魔力を込めてスタンバイ状態のものをティナに渡したというのは嘘ではない。しかし後半は苦しい、実に苦しい説明である。

「えーと、たまたま見つけたレガシーっぽい魔道具というか・・・」

 僕の目は今、きっとマグロ並みに泳いでいたことだろう。なぜならこの魔道具がレガシーなんてもちろん大嘘であるからだ。これは僕が自分の魔力から作り出した魔石を媒介に、完全かつ完結した自己生産レーンによって生み出された魔道具なのだ。
 これは最近発見したことなのだが、魔石は作れる。作成方法はいたって単純、ただ大量の魔力を高密度に圧迫圧縮するだけであった。しかし低品質で小粒の魔石を作るだけでも5百〜千近くの魔力が必要となり、同サイズで高品質のものとなると、1万もの魔力が必要となるというなんとも魔力消費(コスト)の高い生産方法である。しかしデメリットばかりではない。この魔道具の媒体となっている魔石の属性は空間、空間の魔石はかなり珍しく高価で、この大きさの魔石でも大体金貨1枚はするのではないかという代物だ。だがこの方法で属性別の魔石を作りたければ、ただ集中させる魔力の属性を同一にするだけ、通常は魔石を体内に保有するモンスターを狩るか、鉱石と同じで自然から採掘しないといけないわけなのだが、属性親和があって魔力さえ大量にあれば、自作で珍しく高価な魔石をウッハウッハと生産できるわけである。

「とにかく! 今僕はこの油の解析に忙しいから、この話はまたあとでね!」

 かなり強引に、ではあるが、僕はこの話題を早々に中断させる。別にこれはレイアやここにいるフラジールに隠すことではないのだが、今はコンテスト中、どこまで僕らの会話が会場に筒抜けなのかわからない。そのために今、この話をするのは既にしてしまったこれまでの悪目立ち、そしてこれから僕がしようとしていることを考えると、ここでバカみたいに丁寧に説明して種明かしするのは、誠によろしくない。この情報はまだティナ以外には門外不出である。気軽にホイホイ出してはいけない情報であろう。それは既に、それこそ今朝に、ピッグやヴィンセントから受け取った大金が僕に教えてくれた遵守すべき大切なデッドラインである。

『マスター。魔力情報の解析および、対抗体侵食魔力プログラムの構築が終わりました』

 おっと。どうやらイデアが油の解析を完全に済ませ、魔法の構築を終えたようである。

『オッケーイデア。ありがとう』
『それでは、報酬として1万ほどの魔力を後でください』
『はいはい。わかったよ』

 脳内で報酬を要求してくるイデアに、僕は致し方なしと諦めて適当に返事をする。この魔法は、イデア抜きでは完成させることはできないからだ。

 それから僕は、右手を上向きにかざして魔力をそこに集中させる。

──ポウン。

 すると、僕の右手の平上に現れたのは、中心に佇む野球ボールほどの白い光の球体に、その白い球体の周りを衛星のように回っている涼しげな青白い複数の小さな光の球体。
 
「みんな、準備できたよ・・・」

 そして一言、そう呟くと・・・──!

「加速(アクセル)」

 身体強化にして無と風の複合魔法、加速の魔法鍵を唱える。

「・・・!」

 瞬間、ティナがピンッと耳を立てて、その琥珀色の瞳を見開きつつ尻尾を緊張させる。

「き・・・消え・・・!」
「リアムが・・・消えちゃった」

 同時に、つい1秒前まであった僕の姿を見失ったフラジールとレイアが、驚愕する。

「き、・・・消えた!?」
「何が何だかもうわかんないよ・・・お姉ちゃん」

 そしてコンテスト会場で応急処置的な情報漏洩の火消しを済ませ、実況をしていたリッカとナノカがステージの上で再び驚嘆とする。だが次の瞬間・・・──

「Virus(ウイルス) F」

 魔道具の映像が即座に切り替わり、何やらぶよぶよとした壁の前に右手をつくリアムの姿が。

「見えたか、ウィリアム」
「映像が切り替わったせいで途中は見えなかったが、最初の動き出しは見えた・・・」
「そうか・・・」

 その映像の中での出来事を、冷静に分析するブラームスとウィリアム。

「今、動いたのか?・・・それとも瞬間移動(テレポート)か?」
「いや、俺はなんとか動き出しは見えた。それにあの坊主自分で呟いていただろ? 加速(アクセル)って・・・」
 
 その加速は、会場にいた手練れの冒険者数名には映像が捉えた動き出しまでは見切れるほどの速さだった。
 だがほとんどその動きを捉えることのできなかった会場中にまた、今日何回目かもわからない動揺が広がる。そして騒然とする彼らはこれからさらに、今以上の驚きの光景を目の当たりにすることとなる。

「っと」

 どうやら足に何かが触れたことに気づいたキングが、途端に跳躍する。

「ふわわわわ! また揺れてます!」
「に、兄さんー!」
「落ち着けって!この魔法壁はさっきまであいつの舌の攻撃にも、あの火の範囲攻撃にも耐えていたんだ! 何よりリアムが作った!ちょっとやそっとじゃ壊れないさ!」

 そしてキングの着地によって引き起こされる地揺れ。

「でも心配だから、3重くらいに増強しておこうか」

 すると、メンバー達が避難していた魔法壁ボックスの中に突如響くまだ幼さがある少年の声。同時に、後面開けてあった出口は閉ざされ、外に貼ってある魔法壁の枚数が3枚に増える。

「り、リアム!お前いつの間に!」

 そして親友のアルフレッドを始め、ボックスの中にいた皆が信じられないものを見るような目をして僕に注目する。

「いつの間にって・・・帰りはゲートを使ったんだけど」

 そんな幽霊でも見たかのような目をするみんなに、僕は瞬間移動の種明かしを・・・──

「なぜお前だけ外にいる!」
「いやこれは一応で・・・」

 だがそれはすぐに遮られた。

「ちゃんと仕込みは終わったから、大丈夫だよ」

 僕は直ぐにその問いに答える。

「・・・もう、いいのか?」
「うん。ちゃんと繋がったからあとは時間の問題かな」

 そしてこちらをジッと睨むキングを見据えると・・・──

「ゲゴォッ!」

 その視線に反応したキングが再び、3枚に増えた魔法壁を舌を伸ばして殴打する。

「おいおい。これじゃあまた振り出しに戻っただけじゃねぇか」
「ダリウス、壁は増えているから振り出しではないよ?」
「そんなの微々たる変化だろ! 俺は状況の話をしてるんだ!状況の!!」

 確かに、壁が増えたという事実に着眼するならそれは状況というより、状態の変化と言えるが・・・──
 
「それに見てよ・・・あのキングの足」

 ルキウスが真剣な声色で、ダリウスに映像に映るキングの足元に注目するように言った。

「んな!・・・んだあれは!」

 そして、それを見たダリウスが必然の驚きの声を上げる。

 呪い。それは森羅万象の理において魔法よりも更に特異の異物、何者かを縛るためにかけられる呪法。
 しかしその実態は単なる魔法である。問題はそれがかけられた者の何かに同調、または取り憑いて災厄をもたらすこと。
 その種類は多岐に渡り、ちょっとした日常のイライラを感じさせるものから、命に関わるものまでと様々だ。
 そして今回僕がかけた魔法は言うなれば、汚染型メインの増殖する呪い。僕はこれに、Virusの名前をつけた。
 この高度なプログラムによって構築された呪いを解くには、まさに高度な解析能力と解呪技術が必要となるだろう。
 然もなければ、トカゲの尻尾切りのように魔力共々侵された部位を切り捨てるしかない。
 そして僕が唱えた魔法鍵はVirus F。このVirusの後ろについたFの意味は・・・──

「ゲ・・・ゴ?」

 キングが間の抜けた鳴き声を漏らすとともに、己の足の違和感に気づく。

「キングの足が・・・」
「凍ってる?」

 そしてその異変に気づいたリッカとナノカも、実況を・・・──

「ンンンーーー・・・バーーー!」

 キングが、いつの間にか氷始めていた足を温めるために、自らの足に火魔法をぶつける。

「グゴ?」

 しかし、皮膚表面に降りている霜はほんの少し溶けたものの、その侵蝕は止まらない。

 会場中が戦慄する。一体なぜ、キングの足は火を浴びせられたにも関わらず、今なお凍り続けているのか。そもそも何故、キングの足が凍り始めているのかに。

「おいルキウス! あのキングの油は魔法を弾くのではなかったのか! どうして奴の足が今凍り始めている!!」
「わ、私にもわかりません! なんですかあの魔法は!!!」

 なぜ、なぜキングの足が凍りつき始めているというのか。まさか先ほどの2色の光球の渦巻きが、あの現象を引き起こしたとでもいうのか。

「る、ルキウスさん。悪いが頭から手を退けてくれないか?」
「あ、ああ。これは失敬」

 ウィリアムが、前に乗り出し自分の頭の上に手を置き体重をかけてきたルキウスを咎める。

「あれは・・・おそらく、同調だ」

 そして手が頭から離れたのを確認すると、ウィリアムがその疑問に続け様に答える。

「同調だと・・・? それは回復や強化魔法を他者に行使する術者が無意識下で起こしているというあれか?」
「だがまさか! 同調を強制的に引き起こして相手の魔力を侵すなど、常識で考えられることでは・・・」
「じゃああなた・・・もしかしてあれって」
「おそらく・・・だろう」

 すると、驚愕するブラームスとルキウス以外に、何やらあの魔法に心当たりのありそうな意味深な呟きを漏らすヴィンセントとリンシア。

「何か心当たりでもあるのか? ヴィンセントさん」

 ウィリアムが尋ねる。

「そうだ、ウィリアム殿。我々が初めて出会ったあの次の日のことだ。魔族契約のほころびにより病に苦しんでいた我妻を、リアムくんが救ってくれたことは貴殿(あなた)にも報告していただろう?」
「・・・まさか!?」
「おそらくそのまさかだと思います。リアムくんは私の病の原因を見抜き、それが契約のほころびによる魔族魔力の封壊漏洩だと見抜きました」

 リアムがこの魔法の発想に至ったのは、元々は透析、つまりこの医療行為を魔法にどうにかして活かせないかと考えている時だった。これは、魔族特有の魔力に侵され衰弱していたリンシアを治療した時に思いついたものの、後へ後へとその後基本魔法の修練や剣術の特訓が立て込んでいたために、思案が後伸ばしとなっていたものだった。

「彼はおそらく、その現象を応用して・・・」

 リンシアがまさかと目を見開いて、魔道具に映る映像をジッと見つめる。

「もう安全かな?」

 僕はキングの足の氷の侵蝕を確認すると、ひょいっと飛んで仲間達を囲うボックスの上へと立つ。

 この魔法はまさにウイルス。どんなに体が巨体で、大量の魔力を保有していたとしても、対応策を取らなければ確実に対象を死へと誘う死のウイルス。 
 実はリンシアが陥った症状のように、既存魔力を無理やり異色の魔力にただ変換したいのであれば、大量の魔力を流し込むだけでもそれが可能なのだ。この現象は既存の体内魔力を無理やり侵すことで、本能的な負けを悟った魔力が変色してしまうもので、その後それらはどういうわけか小さな繭のようなものを形成して、体内を徐々に侵し始める。
 前世であった病気に例えるならば敗血症の症状に近いかもしれない。これはなんどもラット種で試したから、間違いないだろう。

「しかしリンシアさんの病の進行はあんなに早くはなかったんじゃなかったか? 確か発病してからリアムが治療するまで、8年ほど経っていたと聞いた憶えがあるんだが・・・」
「ええ。私の病気の進行は確かに、もっとゆっくりとしたものでした」

 ウィリアムの疑問に肯定して答えるリンシア。であればなおさら不可解だ。あんなでかい図体で魔力量もリンシアより圧倒的に多いキングの侵蝕進行が、明らかに早すぎる。



──この侵蝕は、加速する。

 僕はどんどん腹を通じ、もう片方の足をも侵蝕し始めた霜を見て術の成功を確信する。
 いくら他のトード達より格段に知能があるキングといえども所詮は蛙。そんな高度な解呪ができる魔法技術も、小を捨てて大に就く判断を下す脳も持ち合わせてはいない。
 そもそも呪いという現象について理解すら及んですらいないだろう。

「魔力変異・・・いや、今思えばあれは魔力侵蝕と言った方が言葉としては妥当であろう」

 その様子を見守るヴィンセントが口を開く。それはまさに、この魔法にぴったりの表現だった。

「ゲゴッ!ゲゴッゲゴッゲゴ!!!」

 己の体を先ほどとは比べ物にならないスピードで侵蝕し始めた霜に、動く上体だけを見苦しく振ってなんとか状況の打開を謀ろうとするキング。

 ・・・──シュッ!

 するとまた、この魔法を解けと言わんばかりに、上体を暴れさせながらもボックスの上に立つ僕目掛けてその俊速で重い舌の一撃を放つキング・・・であったが・・・──

「ソリッドシェイプス、キューボイド」

 僕はその軌道を瞬時に魔眼で読み取ると、素早く杖を取り出してスクエアを描き、攻撃が生み出す軌跡のある一点を見定めて、線に対して垂直に、魔法壁でできた直方体を伸ばして横から叩きつける。

「グゲッ・・・ゴ!」

 その予期せぬ直方体に攻撃を退けられ、まるで舌を噛んでしまったかのような呻き声を上げた後、再び自身を侵蝕する氷に苦しみ始めたキング。
 この半年間、ティナとダンジョンに通いながら、剣術の特訓もさることながらその休憩中には、先ほど見せた連携術や多様的な魔法の使い方について考察する機会も多々あった。
 しかしこれは僕一人では絶対にできない魔法。論理的には、魔力波長を合わせる才能を持つもの、または全属性との適性を持つ僕の魔力と同調を促し常時リンクを保つことで、それも可能となるかもしれないが・・・──

 より確実に、より速く対象を死に至らしめる魔法を即興で構築することは、イデアじゃなければできない。

「最後の悪あがきか・・・・・・腹の足しにもならねぇんだよ。さっさとくたばれ、イボガエル」

 そして僕は一言、両手をポケットに入れて・・・──

「リアム?」

 その時、その呟きをただ一人、他の皆が唖然として凍りついていくキングを見ているボックスの中から聞き取ったレイアが、天井の上に立つリアムを見上げる。これはあまりにも一瞬、微かに垣間見えた彼の左目が、赤く鈍い光を放っていたような・・・──

「あれ・・・?今一体僕は何を・・・」

 そして、考えてもいなかった罵倒を口にした僕も、何故そんなことを口走ってしまったのかと自分の発言に小首を傾げる。

「えげつねー・・・」
 
 会場のダリウスが、後ろに両手をついて腰を抜かしたように漏らす。戦いにおいて敵を完全に無力化するまで気を抜いてはならない。これは全ての冒険者に通じる教訓の一つであり、ダリウスの辞書にもしっかりと書き込まれている。
 しかし彼は今、目の前で硬直していく巨大蛙を眺める少年を見て、これまでの幾千もの戦いからあらゆる敗北パターンを弾き出そうとするが、如何せん勝利以外の結果を想像することができないでいた。

「この戦いは彼にとっての序章・・・、いや、ただこれから始まる序曲を演出するための布石に過ぎないのだと錯覚するほどに呆気なく、儚い閉幕だ」

 そしてそんな彼の横に座るルキウスも、リアム、並びにチームロガリエの勝利を悟る。

「流石はあなたのお子さん・・・と言ってもよろしいのでしょうかね、ウィリアムさん」

 すると、ルキウスが冷静にウィリアムに問いかける。もうあの暴走状態も抑えられるほどに、今日の彼は驚き尽くしていた。

「いや、確かに根本にあるものは一緒かも知れねぇが、俺の十八番が身を守るためにある盾だとすれば、あいつのあれは尋常じゃない攻撃性を持った矛、全くの別物だ」
「でしょうね。もし仮にあなたの十八番を眷属魔法の壁と言われ、一般の理を外れるとされる階位(レベル)Ⅶ、超律級相当の魔法とするならば、リアムくんのあれは更に上、決まった時の致死性を考えると階位Ⅷ、戒律級の魔法とされてもおかしくない危険すぎる魔法だ」

 魔法の階位は全部で十段階ある。Ⅰ= 初級をはじめとし・・・──

初級   レベルⅠ

中級   レベルⅡ

上級   レベルⅢ

最上級  レベルⅣ (人種単体で扱えるレベルの壁である)

超級   レベルⅤ (これより先の魔法や魔法陣は禁書目録に登録されるものも)

超上級  レベルⅥ (超級の上級版 単純な魔法レベルに加え 更なる知識と研鑽が必要) 

超律級  レベルⅦ (一般の理を外れるレベルの魔法 眷属魔法の壁)

戒律級  レベルⅧ  (戒めなければならない魔法)

精霊級  レベルⅨ  (大精霊との直接契約者が操るレベルの魔法)

伝説級  レベルⅩ  (伝説の竜やエルフの長 大精霊 魔王などが使うことができると噂される最高位魔法)

 といった具合だ。世間ではこの上、隠しレベルⅪの神話級魔法が存在するなんて噂もあるが、それこそ雲を摑むような話であり、100年前に竜王を封じる時に勇者が使ったとか、昔の伝承に残っているかも怪しいぐらいの現在では確認されていない魔法・・だ・・・──

「おいアイナ。そういえば確か、リアムのやつの例の魔法レベルってなんか変なマークじゃなかったか?」
「・・・そういえばそうね。あれって無限を表す記号よね? よくよく考えてみたらあんなの見たことも聞いたこともない」

 ウィリアムがコソコソと周りに聞こえないような声で隣のアイナに話しかける。
 不覚だった。
 ∞ =無限、あの日リアムのステータスを初めて確認したあの日、確かにリアムの精霊魔法のレベルの欄にその記号が載っていた。あの時は精霊と契約できなかったリアムが精霊と契約できなかった理由、それも精霊王の寵愛を受けていると知って舞い上がっていたために深く考えることもなかったが、今考えてみればこれはおかしなことだ。
 しかしまあ、称号、精霊王の寵愛に関しては俺自身心当たりがないわけでもなく、もしかしたら俺が原因であのクソ野郎がチクリ、彼の王がリアムに目をつけたのかも知れないと、可能性を全否定することはなかった。
 
『あいつはずっと精霊契約できないことを悩んでいた。ということは、ジジイみたいに彼の王がお忍びで幼い頃のリアムに接触したのか? だがそれだけだとレベルの表記が異常である説明がつかない。いや、そもそも唯一の精霊王の称号を冠する彼の王は別の精霊王たちとは別格だからこそのイレギュラーだとも考えられる。・・・ではないとすれば、単なる魔道具の不調か? そういえばあいつの幸運値も変だったし・・・』

 どうやってリアムに彼の王が接触したのか。はたまた見ていたのか。彼の王に魅入られるというのはそれほど特殊で特別な自分たちが知りえない現象、状況を引き起こし人智を超えることだという安易な判断も下せるが、ステータスの魔石が不良品だった線も捨てきれないし、だがそんな話もまた聞いたことがなかった。
 俺はふと、湧いて出たその疑問に頭を抱える。

「・・・コ」

 しかしいつの間にか、キングを侵蝕する氷はその大きくふてぶてしい頭にまで届き、ついには全てを包み込んでピクリとも動かなっていた。

──ヒュ〜・・・。

 映像を映す魔道具から、過去、冒険者だった頃の俺が何度も聞いた耳を劈くほど高く、空気を引き裂いて震わせる独特な音が、会場中に響く。

そして──

 ・・・ドーン!・・・パァン!

 と、胸に穴が開いたのかと思わせるほど乾いた音が、体の芯を叩く。

「Congratulations Challengers ・・・やっぱり」

 僕はキングが息絶え、冷凍の彫刻となった瞬間に上がった 花火(それ) に目をやる。その花火が開いた位置には、英語で ”Congratulations Challengers!”と描き出されていた。

 竜王を封じ勇者が行方不明になったのは100年以上前。そしてそれに追随するように世界中に現れたオブジェクトダンジョンたち。その時既存の多くのダンジョンは消え、生まれることも極端に少なくなったという。

『本当に、まるでゲームみたいだ』

 僕はその久しぶりに見た懐かしい花火を眺めながら、前世の記憶に思いを馳せる。別次元にあると思われるガイアの世界にこの空間、それにリヴァイブというダンジョン内で死んでしまっても肉体の転送、再生によって生き返ることができるというシステム。さらにはガイアからアースに戻ればこちら側で負った傷は全て完治し、精神状態も安定するという不思議現象。
 これはあまりにも出来すぎている。都合が良すぎて不思議なのに、既視感のある矛盾した空間だとずっと思っていた。そして、判断材料はまだまだ少ないが、これらから導き出される答えは・・・──

『このオブジェクトダンジョンは転生者が作った。そして・・・』

 僕たちの認知できない異世界があると知っていて行き来できる高次元の存在が、これらを作り出した可能性も十分に考えられる。もしくは絶対不変の真理のような外的、内的要因によって、不安定なこの世界の摂理が歪められてしまったとも。しかし今、確信したこと。そして、今も残る遺物や逸話から更なる答えを導くならば・・・──

『──勇者ベルは転生者。もしくは転移者だ』

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