アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

112 再出発・・・?

「さて、今日はいよいよ再出発の日だ・・・!」

 ニュー鈴屋出店のための試食パーティーから翌日、僕は日が昇り始めた朝早くから、今日から始まるダンジョン攻略のための準備をしていた。

「朝早くに申し訳ない! リアム殿はいらっしゃいますかな?」

「リアムー! お客さんよー!」

 玄関の方から母さんが僕を呼ぶ声が聞こえてくる。こんな早くからお客さん? 一体誰だろうか。 

「あれ? ピッグさん、こんな朝早くにどうしたんですか?」

「いや・・・実は若、昨日済ませておかねばならなかったことを一つ、すっかり忘れておりまして」

 するとどうしたことだろうか、昨晩まで一緒にいたはずのピッグが、こんな朝早くに僕の家の玄関に立っていた。

「これは・・・」

「アイスクリームの売上から、若の開発者権利における取り分金貨20枚です。キリが悪かったので、今後のお付き合いも考え金貨を2枚ほど、おまけしてあります」

「えっ・・・」

 金貨20枚、それは2000万Gという大金だ。確か僕の取り分は売上のうち10%だったか、もう少し取り分を減らしてもらっても良かったのだが、それがピッグに提案された初めに組んだ契約だった。・・・それにしても、金貨2枚おまけって。

「エクレールから卸される量は一日100個、価格は一つ銀貨1枚で約半年分の売上からの献上となります。お改めください」

「こんな値段で売ってたんですか・・・」

 僕は渡されたアイスクリームの売上が書かれた紙にサッと目を通す。そこには毎日の売上数と売上が書かれているのだが、全てが100、売上数の欄にはズラッと同じ数字のみが羅列していた。

「はい。元々の原価は銅貨3枚/300G ほど、エクレールさんからも大銅貨1枚/千G で買い取っているのですが、なにせ卸していただいた後は我々が魔法箱に使う魔力を補充し管理します。また卸していただいた後の商品の盛り付け等は店で行なっておりますから、その分の人件費などがかかってきており、何より1番の原因は需要に対して供給数が圧倒的に不足しているのです」

 銀貨1枚は1万G 同等の貨幣、この国ではもちろんまだ砂糖が高いため例外であるが、他の農作物はそれに比べ随分安く、対して肉の価格などが少し高いくらいで、それでも例えば鶏の胸肉であれば100g=小銅貨5枚/50G ほどと全体的に物価は安い。畜産の発展によってそれらはまだまだ安くなる余地はあるし、逆に経済発展によって全体の物価がどんどん高くなる可能性もある。だがどちらにしても、この一つ銀貨1枚という価格はあまりにも高額、高級商品の値段であるわけで・・・

「今後はエクレールに商会の信用できる料理人を派遣し学ばせて、生産を行なっていく予定です。もちろんエクレールからの仕入れは優先させて行いますが、それで供給数を増やし、価格も下げられるようになるかと」

「ではこれからというわけですね」

「はい、なにせ私が不在でしたので・・・ああ、あとそれから!・・・ヴィンセント殿のお屋敷にも是非お立ち寄りください。珍しいものが見られますぞ?」

「珍しいもの?」

「はい。昨晩は持ち合わせがなかったため支払うことができなかったと馬車の中でおっしゃっていました。実は王都に初めの予定の倍以上滞在した理由が、この魔法箱の反響が凄まじいものだったからでして・・・」

 僕はピッグのその話に頭が追いついていかない。ただでさえ今、不意打ち的に金貨20枚という大金をポイッと手渡されたのに、まだまだ僕に入ってくるお金があるらしい。魔道具は高価な品だが故にホイホイ売れるような物ではないはずで、そして権利者への支払い義務はこちらもまたあるのだが、こちらはもっと暴利な3割というインパクトありすぎる数字だ。それが量が売れたとなれば・・・

「面食らっている場合ではありませんぞ若。まだ私は帰ってきたばかりでバタバタしていたため、決算していないパンケーキの分の開発者税を支払っておりません。これは一日200枚ほど、大銅貨5枚で売っておりまして支払いは後日となりますが、こちらも12月の発売開始から毎日完売していたそうなので、次の月の初めに、更に金貨2枚ほどの支払いが追加されると思います」

 果たしてこんなにお金というのは楽に稼いで良いものなのか。前世で働いたことのない僕が労働による収入を得たことはない。確かに一年生のとき森を半壊させ、棚ぼた的にミリアの講師代として前払いしてもらった分、特訓中に倒したモンスターからドロップした分のダンジョンポイントと素材換金分のお金は稼いだが、これは働いたというよりただ付随してついてきたおまけのようなもので、そこに労働という意識は全くない。

「決算が終わったらお金をお渡ししにきますね・・・それではまた」

 そしてピッグは、いつの間にか去っていった。

「ぴ、ピッグさん?」

 それからショートしていた僕の意識が現実に戻ってきたのはピッグが去ってから数分後、目の前にあったのは開いたままの玄関の扉と、綺麗に並べられた靴のみだった。

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「おはようございまーす」

 あれから僕は、早々に身支度を済ませるとヴィンセントと面会するべくブラッドフォード家の扉を叩く。

「おや、おはようございますリアム様。もしやエリシアお嬢様のお迎えですか?」

「おはようございますバットさん。・・・はい、それもあるんですが実はヴィンセントさんに用があって・・・」

「そうですか、では中へお入りください」

「失礼します」

 執事であるバットに屋敷の中へと迎え入れられる僕。

「おはようリアムくん。ずいぶんと早いな」

「おはようございますヴィンセントさん。すみません、こんな朝早くに・・・」

「ムッ?・・・ああそうだな。確かに朝も早いが・・・」

 あれ? 少し話が噛み合っていない。ヴィンセントは他にどんな意味で早いと言ったのだろうか。

「なるほどな。ピッグに聞いてわざわざ足を運んでくれたわけか」

「はい。不躾がましいかもしれませんが、逸早くどの程度の収入が入るのか把握しておきたくて・・・」

「いや何、あのお金は君に対する正当な報酬であり、もっと早くに渡しておかねばならなかったもの。不躾なんてことはない」

 はっきり言えば僕はその金額を知りたくはなかったのだが、どうせ後から分かる事実、先延ばしにするよりも今日全て済ませてしまった方がましだと考えたのだ。・・・そのほうが、色々と吹っ切れる。

「バット、あれを」

「はい・・・ ・・・お待たせ致しました」

「ふむ。リアムくん、君への報酬はこの中に入っている」

 ヴィンセントに何かを持ってくるように言われたバットの持ってきた物、それは大きさにして30×30cmの底面に高さ10cmほどの箱だった。

「開けてみても?」

「ああ、改めてみたまえ」

 その箱を受け取った僕はヴィンセントに確認して蓋を開く。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「私の方で価値をつけるもの難しかったので、試しに10個ほどをオークションで売りに出し、時価で売ることにしたのだが・・・」

『なんか見た事もないコインが10枚近く入ってる・・・』

 箱の蓋を開けて固まってしまった僕をよそに、ヴィンセントが事の成り行きを説明し始めたのだが ──

「その10個は一つ白金貨1枚で売れたぞ・・・」

「白金貨1枚!?」

「うむ。10個のうち7つを貿易商が、うち3つは学者が買っていたな・・・」

「少し待ってください・・・あまりにも単位がおかしくありません?」

 白金貨というのは金貨より上の単位のお金だ。その額は一枚1000万G、普通に生活していればまず目にしない貨幣である。

「後日販売する商品の先行販売だと言ってあったのだがな・・・落札はその新しいものに目のない貿易商と、研究熱心な学者の一騎打ちになってな、白熱した入札で価格が1000万G に達した時点で、流石に許容できないと思った私の方から止めに入り、諌めるまでに至った次第だ」

「よ、世の中には凄い人たちがいるんですね・・・ハハ」

「だがそこがまた、この世界の面白いところでもある」

 出品者が申し訳なくなって止めに入るオークションとは初めて聞いた。世の中には凄い人たちがいるものだ。

「・・・で、それから私はこの魔法箱の価格を大銀貨5枚に設定して売ったのだが・・・」

「へっ・・・」

 そんな笑い話のような商売談に、ハハハ・・・と笑い感覚麻痺を起こし始めていた僕であったが、予期もしていなかった追撃がヴィンセントの口から放たれる。

「結果は完売、追加でどんどん生産していって私がこちらに帰るまでに300個は売れたぞ」

 大銀貨5枚 × 300個、その数字の意味するところは ──

「約4ヶ月の滞在で売り上げた金額は約1億5千万G、たったそれだけで我が商会の半年分の年商と同等の売り上げを叩き出してしまった」

 魔道具の販売における開発者の受け取る事のできる利率は高の3割。因みになぜ、こちらの方がレシピなどの独占販売よりも利率が高いのかといえば理由は簡単、この暴利では普通、業者が生産・販売を引き受けてくれないからである。
 それをするとどういうことが起こるのかというと、魔道具の開発者に迫られる選択肢は二つ、自ら生産体制を整えるかその権利を売るかである。これは国が魔道具開発をより推進するために作った制度であるのだが、その施行理由は当時低利子で業者と契約を結ばさせられていた開発者が多くいたからである。現在も食品などに比べ購入率の低い魔道具は量が売れないものであるが、その結果開発者は一つの発明に対し得られる報酬が圧倒的に少なく、一部ヒット商品を生み出したものを除いてはどんどん破綻する開発者が増えていった。そこで国は魔道開発における開発者への支払いの割合を高く設定する制度を作り、また申請があれば開発に対しグレードを与える審査を設け、そのグレードによって権利の買取までも行った。もちろん当時の業者たちからはかなりの批判が出たらしいが、国がその買い取った権利を買取価格と同じ金額にて売りに出し、誰でも自由にそれを買えるようにすると一気にそれは沈静化された。
 つまり現在の業界では特許権のある魔道具は、その生産元が権利を持っていることが基本というわけだ。だが何事にも例外というものがあり、僕のように開発者が権利を持っていても契約し、それで商売するというケースがある。このケースは開発者が権利を売りに出さない場合、その利率で生産・販売してもいいを決めた業者との間に起こる珍しい例だ。

「ではこの見慣れぬ硬貨は件の・・・」

「そうだ。白金貨にして8枚、この8000万Gが今回ので出た君への報酬だ」

 開いた口が塞がらない。この時の僕は、驚きを含んだかなり間抜けな表情をしていたと思う。

「いや私も驚いた。量はそこそこと金額を高めに設定したのだが、飛ぶように売れてな」

「・・・・・・そうですか。・・・そうですか」

 なんかもう、色々と理解不能だ。僕はあまりにも意味がわからなさすぎて、返事をループし始めてしまう。

「それでは僕は・・・この辺で・・・失礼、します」

 人間というのは己の理解の範疇を限りなく超えた出来事に関しては、無関心になってしまうものだと思う。これは転生した時に経験済みだし、今でもそうだ。きっとあれは僕の知らないような凄い力や因果関係によって起きた高次元における不思議な現象のようなものなんだろうな〜・・・ぐらいに位置付けている。

「おいおいちょっと待てリアムくん。話はまだあるんだ」

 だが一方で、身近に理解できそうな範疇を超えた現象については、限りなく答えが出るまで考えてしてしまうものではないだろうか。それを考えてしまった結果脳がオーバーヒートを起こした僕に、ヴィンセントは一体まだどんな話があるというのか。

「私が遠征していたためにまだこの街では魔法箱の販売を行なっていない。だがこれからはこちらでも販売していく予定だから、王都とノーフォーク、どちらの店からでも振り込めるように、今後のためにもギルドで口座を作っておいてはくれまいか?」

「わかりました」

 へぇー、口座か。うん口座ね。どうやって作ればいいのか知らないけど、とりあえず口座ね。

「それともう一つ、確か君は今日、友人たちとダンジョン探索に出かける予定だとエリシアから聞いたが?」

「ダンジョン・・・エリシア?・・・! そ、そうだった! そういえばエリシアはもう出かけたんですか? そろそろ出発して丁度いいくらいだと思うんですけど・・・」

 一転、話を今日の僕の予定に切り替えたヴィンセント。そして聞き慣れた単語をいくつか聞いたおかげで、飽和状態だった僕の脳も一気に軽くなっていく。

「いや、そのエリシアのことなんだが・・・」

 すると、少し眉をひそめつつ話づらそうにエリシアのことを、ヴィンセントが話し始める。

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「あらおはようリアムくん」

「おはようございますリンシアさん・・・エリシアは」

「お、おはようリアム・・・その、悪いんだけど今日は私・・・」

「この子ったらストロベリーミルクの飲みすぎで、昨晩帰ってきてからずっとこの調子なの・・・」

 だからあれほど止めておけっていっておいたのに。昨晩、お酒を飲んでワイワイ賑わう大人たちに感化され、ストロベリーミルク・・・まあつまりはイチゴ牛乳のことであるのだが、それをどちらが多く飲めるかアルフレッドと飲み比べしたエリシア。二人の側にいたフラジールに頼まれ、僕はその飲み比べを止めようとしたのだが、結局アルフレッドもエリシアも忠告を聞かずに勝負を始めてしまったのだ。

「大丈夫エリシア? よかったらリカバリーの魔法を・・・」

「本当!?」

 とにかく具合の悪そうな彼女を見兼ねて、状態異常回復の魔法をかけると言った僕の言葉に、食い気味に反応するエリシア。しかし ──

「待って!」

 なんとそこで、彼女の母親であるリンシアから待ったがかかる。

「リアムくん、気持ちは嬉しいんだけどこれはこの子の自業自得、治さなくていいわ」

「えぇ!?」

 僕に突然治さなくていいと言ったリンシアに、かなりの驚きの表情を浮かべるエリシア。

「今日の探索はとても楽しみにしていたの! 私が暴走したあのロガリエの時から、やっと再開する一日目の探索だから・・・」

「だからこそ意味があるんです。私も心を鬼にして、今日一日はあなたにつきっきりで看病することにします」

「そんなぁ〜」

 リンシアの言っていることはなんら間違ってはいない。それは愛する我が子、病気ならばかからないに越したことはないが、今回はエリシアの身から出た錆。

 今日はあの失敗の日から再出発の日。できればここでエリシアをフォローして、一緒に探索に連れて行ってあげたいが ──

「わかりました。ではお邪魔しました」

「ま、待ってリアム!」

「エリシア。僕も昨日ちゃんと忠告はしたんだ。だから今日一日はゆっくり安静にして、次の時に一緒に頑張ろう」

 あの優しく温厚なリンシアが心を鬼にして・・・とまで言ったんだ。ここは僕も心を鬼にして事に当たろう。

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「おはようウォルター、ラナ、レイア」

「「「おはようリアム」」」
 
 時はブラッドフォード邸から少し進み、ダンジョンの入り口前広場。

「今日はエリシア体調崩してこられないから・・・」

「そうか、それは残念だな」

 とりあえず僕は、ここにいる3人にエリシアが来られなくなった旨を伝える。すると──

「すみません。遅くなりました皆さん」

 少し離れたところから、謝りながらこちらに駆け寄ってくる人影が。

「おはようフラジール・・・あれ? アルフレッドは?」

「おはようございますリアムさん・・・アルフレッド様は・・・」

 それはもちろん、今日の探索メンバーでありロガリエの時のリベンジに燃えるフラジール。だがもう一人の探索メンバーである、彼女の主人であるアルフレッドの姿がどこにも見えない。

「もしかしてストロベリーミルクの飲みすぎで・・・」

「はい。昨晩からお腹を崩しておいでで、今日の探索は一人で参加させていただくことにしました」

「やっぱり・・・今から僕がゲートで迎えにいってリカバ・・・」

「一人です♡」

 ニコニコと笑顔を崩さず、僕の提案を即座に遮断するフラジール。そんな彼女からは、妙な凄みを感じる。僕がこんなにも彼女のことを怖いと思ったのは、今日が初めてだ。

「エリシアも今日はアルフレッドと同じ症状でお休みだから、これで待ち合わせ組は揃ったね」

「そうなんですか?・・・それは残念ですね」

 エリシアの欠席を聞いて、心底残念そうな表情を浮かべるフラジール。本当、最近アルフレッドの扱いが雑になってきているような愛に溢れているような。

「あとはティナちゃんを迎えに行くだけだな」

「ティナちゃんの尻尾ってもふもふなんでしょ? ・・・ああ早くもふもふしたい!」

「ラナ姉、無理に嫌がることはしちゃダメだよ!・・・フラジールさんにリアム、今日はよろしくお願いします」

「は、はい、よろしくお願いしますね。レイアさん」

「今日はレイアにとってはロガリエだからね。頑張ろう」

「うん、頑張る!」

 初めてのダンジョン探索に気合を入れるレイア。今日は僕たちの再出発の探索であるとともに、彼女にとっては冒険者デビューの大事なロガリエの日。僕たちもあれから各々成長している。そして今日こそはきっと目標を達成させてみせる!

「それじゃあ、行こうか!」

「うん!」「おう!」「はいはーい!」「はい!」

 僕の掛け声に、皆がそれぞれの思いを込めて己を奮い立たせる。レイアはロガリエ、ウォルターとラナはメンバー兼2度目の先導者リベンジに。フラジールはここにいないアルフレッドとエリシアの思いも背負って・・・そして僕も、エリシアとアルフレッドの思いも背負ってあれから半年の己の成果を確かめるために──

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── まあ二人とも、ただ牛乳飲みすぎてお腹くだしてるだけなんだけどね。

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