アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

85 リゲスとピッグ

「おはようリアム」
「・・・おはよう」

 キッチンに立ち、朝食を準備する母さんといつもの挨拶を交わす。

「父さん・・・大丈夫?」

 そして僕はコソコソと、昨夜とはまた違った様子を見せる母さんを横目に、テーブルで目の下に痣を作りながら装備品の点検をしている父さんに話しかける。

「ああ、大丈夫だ。・・・まあ婚約の話は相手方の親御さんとあってからという話に着地したが、とりあえず、今日はアイナへの諸々のお詫びのついでに剣術指南の件も進めるために出かけるから、準備しておけ・・・」

「えっ・・・?」

 いつもはどこか抜けていて、おっちょこちょいな父さん。母さんにも頭が上がらず、頼りなさげに見える時もあるが、やはり父さんはいざという時には頼もしい自慢の父親であった。


▽      ▽      ▽      ▽

『剣術でなぜケーキ屋に・・・』

 僕たちは今、今朝父さんと言った通り外出をし、何故かとても雰囲気の良い焼き菓子屋の前へと来ていた。ここら辺は昨日通った貴族街に近く、比較的商人や役人といった高給取りの人々が暮らす住宅地にも近い。 

 カランコロン。

 しかし僕の疑問も他所に、父さんと母さんは何事もなくお店の中へと入っていく。
 僕はとりあえず、そんな父さんと母さんの後に続きお店に入ることにした。

「ウィルにアイナじゃない!ちょっとどうしたの二人揃って!?」

 落ち着いた雰囲気にケーキの焼きあがったいい匂いが広がる店内に響く甲高い声。

「リアム、紹介しよう。こいつはリゲス、俺とアイナがパーティーを組んでた時の仲間だ!」

 お店の扉をくぐるとそこにいたのは ──

「あらやだッリアムちゃん!? 随分大きくなったわね〜!やだもうかわいーわ〜」

 ちょび髭の筋肉マッチョ。

 その肉体は見るからに頼もしいものなのだが、身に纏うはピンクのエプロン、そして口調がなんだか ──

「オカマ・・・」

「もうリアムちゃんったら冗談きついわ? 私は正真正銘ノーマルよ?」

 思わず溢れてしまった僕の言葉に、手をこ招きながらそれを否定するリゲス。

「そうだぞリアム・・・こう見えてリゲスには可愛い嫁さんもいる!」

「もう!こう見えてってなに!?こう見えてって!!」

 頬を赤く染めながら、父さんの背中をバシバシ叩くリゲス。

「イタイイタイって!・・・お前のつっぱりはシャレにならん!せめてもう少し手加減しろっていつもいってるだろ!!」

「あら、これでも手加減しているのだけれど」

 父さんの悲鳴に、不可解そうに顔をしかめるリゲス。しかし ──

「こんにちはリゲス」

「こんにちはアイナ。なぁ〜に〜家族揃って・・・カリナちゃんがいないのが残念だけど、彼女元気してるのかしら?」

 一転、母さんとの会話にリゲスは花を咲かせる・・・まるで女子の様に。

「手紙ではとても元気そうよ」

「なら良かったわ!・・・あの子、なんだか会うたびに無口になっていたから心配してたのよ」

 リゲスの反応に、母さんはなぜか苦笑いだ・・・。カリナ姉さんとリゲスの間に何かあったのだろうか? ・・・なんとなく想像できてしまったことが痛ましい。

「さあ入って入って!折角リアムちゃんがきてくれたんだし、お茶でもしましょ♪」

 しかしリゲスは母さんのその様子も気にすることなく笑顔を見せると、立ち話もなんだからと僕らに席を促しつつ、お茶に誘ってくれたのだった。


▽      ▽      ▽      ▽

「なるほどね〜・・・。大体事情はわかったわ」

 窓際の席につき、僕たちはリゲスに大体の事情を話し終えた。

「でもそれだったらカミラかあなたの方が・・・」
「ダーッ!俺はもう剣を握らなくなって長いからなッ!」

 そんなリゲスの言葉に何かを取り繕う様にそれを遮る父さん。それから父さんとリゲスはこそこそと何かを話すと、姿勢を正す。唯一聞こえたのは「はぁ〜。あんたはもう・・・」と嘆くリゲスや「すまん」と謝罪する内緒話の後の会話だった。

「ま、いいわよ? 別に引き受けても・・・」

 すると突然、僕の願いを引き受けても良いと了承するリゲス。

「ホ・・ホント!?」

 僕は思わず、そのリゲスの承諾に身を乗り出し食いかかってしまう。しかし ──

「おっとリアムちゃん慌てちゃダーメよ❤︎」

 身を乗り出す僕の鼻先を押し、まるでそれを楽しむかのように笑うリゲス。

「フフッやっぱりまだウブねー〜・・・でもそこが可愛いんだけど」

 そしてリゲスは手を頬に添えると、見透かすような目で僕に視線を送る。

  ── ビクッ。

 僕は身震いする。そのリゲスの言動に悪寒を感じてしまったのだ。それが防衛本能からくるものなのか、未知の体験に対する恐怖からくるものなのかはわからない。

「それは恋と一緒。相手を誘いたいんならまずは相手が嬉しい〜❤︎って思うようなプレゼントなんかで魅了しなくちゃ〜」

 もはやそれはときめく乙女のそれといってもいいのではないだろうか・・・。漫画とかでしか見たことないけど。

「おいおいリゲス・・・いくらリアムが優秀たってまだまだ子供だぞ? こいつにできることなんて悪いがそう多くは・・・」

 それが意識した上での事なのか、はたまた天然の発言なのかは預かり知らないが、とりあえず横槍を入れる父さん。どちらにしろ、それは僕にとって助け舟である。

「あらあんた、なんか勘違いしてなーい?」

 すると転向、父さんの横槍を蹴散らし、的外れを指摘するリゲス。

「別にとって食おうってわけじゃないわよ? リアムちゃんならまだしも、私は昔からノーマルだっていってるわよね?なんであんたが勘違いすんのよ!!」 

 そして遂には、父さんの首根っこをその太い腕でホールドすると、んも〜!ッと叫びを上げてそのまま締め上げる。

「ぎ・・ッギブ! 助けてくれ・・・アイナ〜・・・ッ!」

 リゲスに首を締められ、母さんに助けを求める父さん。しかし ──

「あら、こんなデリカシーのかけらもない男は一回逝っちゃえばいいのよっ! ねっ、アイナ〜♪」

「ね〜、リゲスッ♪」

 母さんはリゲスのその言葉に同調すると、お茶の入ったカップに手をつけて上品に口に含む。
 
 恐ろしい。僕の今の感想はこの一言に尽きる・・・。

 しかしリゲスと長い付き合いをしていて、もしさっきの発言が飛び出したのなら・・・今のは父さんが悪い。

『ゴメン、父さん』

 そして父さんとおそらく同じような勘違いをしていた僕は、心の中で父さんを売る。すると ──

「失礼。私はテーゼ商会のピッグと申す者。突然の訪問、不躾を許してほしい」

 店の入り口のドアベルとともに声が聞こえたかと思いそちらを振り返れば、扉の側で体格が良く身なりも良い一人の男がお辞儀をしていた。

「店の閉店中の看板を拝見したのだが、片や開店時間は過ぎていた。この場合、商人としては店側に、何か商売以上に優先することが起こっていると憂慮すべきなのだろうが、私も火急の要件があるため、失礼させてもらった次第。本当に申し訳ない」

 丁寧に口上を述べた後、顔を上げる男。

「あら、看板裏返すの忘れてたわ」

 どうやらリゲスは看板をcloseからopenにするのを忘れていたらしい。

「すまないが、店主はどちらであろうか」

「店主は私の妻。今は朝の焼き上げが終わって奥で休んでるはずだから、私が代理で聞くけど?」

「そ、そうであったか。ご歓談中本当に申し訳ない」

 するとまたしても、リゲスの言葉に謝罪を入れるピッグ。男は丁寧であるが、ずいぶんと腰の低い人だ。

 ・・・商人だから? 

 僕はその男の丁寧な口調が気になり、ふと考察する。 

 それとも種族的なものに関係があるのかな?

 もしその男が、普通の人種の商人であればこんな考察はしなかったのかもしれない。自分の中にそんな差別的価値観が存在しているのだろうか。いや、それは単なる興味本意からであった。

 ピッグと名乗った男は獣人であった。種はまさに名前そのまま、豚に属する何かであろう。
 しかしその見た目は決して嫌なものでなく、大きな鼻とズボンの後ろから確認できるくるくる巻いた尻尾が特徴的、ボテッとまではしないいい具合の体格、穏やかな表情が安心さえ誘ってくる。頭にかぶるハット、片目についてる片眼鏡(モノクル)、それに口の上にちょんと生やしたちょび髭も象徴的で、実に和やかだ。

「それで、ご要件はなぁ〜に〜?」

 頭を下げ、断りを入れたピッグに用件を尋ねるリゲス。

「それがですな・・・」

 それからピッグは、リゲスに用件を話した。

「なるほどね・・・。たま〜にだけど、そういう要望もあるのよね〜・・・」

 リゲスは頬に手を当てて首を傾げる。

「やっぱり突然だしそもそも貴族様、それも公爵様への献上品でしょ?・・・それは無理ね〜」

 そしてリゲスは、ピッグの依頼に難色を示す。
 なんでも横聞きした話によれば1週間後、ピッグは新進気鋭期待の商家として、なんとブラームスにノーフォークを支える商家を招いたパーティーに招待されたらしい。
 今日リゲスの元に訪れたのは、ケーキ屋として評判であるこの店にブラームスへの土産、つまり献上品の相談をしたくて訪れたようだ。

「やはり厳しいですか・・・。私はまだ起業して5年ほどの新人、他の名家の皆様と比べるとツテもまだ浅く、何か記憶に残るような品を模索していたのですが・・・」

 リゲスの言葉になんとか食い下がるピッグ。

「でもね〜・・・そうね・・・リアムちゃん!」

 すると突然、悩んでいたリゲスが僕の名を呼ぶ。

「ねえリアムちゃん・・・。あなた、何かこういうお菓子が食べてみた〜いとか無い?」

「食べたいもの?」

 僕はそのリゲスの唐突な質問に、疑問を返す。

「そう。実はさっきあなたに頼もうと思っていたのもそれ・・・。ケーキ見たいなお菓子を好きなのは主に女性か子供達、それであなたにも色々意見がもらいたくてね? たまにアイナにも招待して試作品を食べてもらっては感想をもらってるのよ・・・」

 どうやら先ほどリゲスが僕に交換条件として出そうとしていたのは ──

「特に子供の純粋な意見は宝。・・・それにあなた、アリスの司書なんでしょ? 普通とはまた違った視点からお菓子のアイデアをくれると思ったのよ〜・・・」

 モニターとして、試作品や商品の感想、意見やアイデアが欲しいということらしい。

『ナハハ・・・僕、そこまで心純粋じゃ無いんだけど・・・』

 僕はそのリゲスの言葉に、内心複雑である。しかし確かに、焼き菓子屋を営むリゲスにとってそれはとても大事な情報であろう。・・・だったら ──

「・・・アイスクリーム。とかはどうかな」

 剣術指南に至って話したスキルの一部。アリスの司書という部分を利用して、僕はリゲスに前世のお菓子を提案する。焼き菓子屋のリゲスの店であるが、プレーンに近いケーキに合うもの、またこれから暑くなる季節にアイスはぴったりであろう。

「アイスクリーム!?なにそれやだッ素敵なひびき!!」

 すると僕の提案に飛びつくリゲス。

「・・・と、とりあえず試作してみないとなんとも言えないですし、今から厨房で試してみてもいいでスカ?」

 そんな迫るリゲスに僕は気圧されながらも、試作の提案をする。

「それなら、多分エクレアちゃんが手伝ってくれると思うわよ?」

 そしてリゲスはそう言うと、店の厨房の方へと僕を案内するのであった。
 

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