アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

76 公爵様のお願い

「ほら、ついた」

 馬を止め、目の前に立ちそびえる建物を示唆するルキウス。

「うそ・・・」

 嫌な予感がする。

 御者を変わったルキウスに付き合わされ、貴族街を走っている間御者台に座っていた僕は、その建物を見て唖然とする。

「お疲れ様ですエンゲルス様。それでは、身分証の提示をお願いします」

 建物の門番がルキウスに身分証を求める。

「ルキウス・エンゲルス様、ダリウス・ドッツ様、リアム様の身分証と招待状を確認しました。どうぞ中へお入りください」

 そしてルキウスが差し出した書類に目を通すと、それを返し、門番が敬礼して僕らを迎えてくれた。

「着いちまったか・・・チッ」

 門をくぐり、馬車から降ろされたダリウスが縄に縛られながら、目の前にそびえる建物を眺めて舌打ちする。

「ほうほう、ルキウスではないか。どうやら私が頼んでいた件、見事遂行してくれたようだな」

「はぁ・・・うるさい奴がきた」

 するとまたしても横で、ダリウスが悪態をつく。素面でここまでストレートに悪態をつくダリウスも珍しい。

「これはこれはパトリック様、ご機嫌いかがですかな?」

 普段と違って、畏まり、真面目に挨拶するルキウス。

「気分転換に庭を散歩していたら、執務を滞らせる馬鹿者の顔がチラついてすこぶる悪い・・・いや、これからそのサボリ魔をしごいてストレス発散できると思うとそうでもないな。それより・・・」

 パトリックと呼ばれた男は、ルキウスと挨拶を交わしてなにやらボヤく。そしてその流れで僕を一瞥した後

「こいつがお前の隠し玉か?」

「いえ、私の・・・というよりお父様と私、共通の隠し玉と申した方が正しいかと・・・どこか気になられますところでも?」

「まあ一応、身内に関係あるからな・・・」

 またもや僕のあずかり知らない会話を続ける。すると

「おいその方、名はなんと言う?」

 突然振られた自己紹介。

「・・・リアムです」

「リアムか・・・。私はパトリック。こいつらは畏まってか呼ばぬが、気軽にリックでいい。・・・それにしても確かアルが話していた友人の名も同じだったような・・・。まあ、父とルキウスが認めるということは、若いのにさぞ見所があるのだろうな。苦労するであろうが、これからよろしく頼む」

 リックは独り言を挟んでは自答しの忙しい自己紹介であったが、快く僕を歓迎してくれた。

「よろしくお願いします。リック様」

 僕はリックの言った通り、彼の名のみを略称で呼びつつ、一礼する。

「ほらいくぞ、ダリウス」

「へいへい、わかりましたよ・・・・・・パッキー」

「僕をその愛称で呼ぶな!」

 そして気付いた時には彼は、ダリウスをさらって嵐のように去っていた。

「忙しい人ですね」

「彼の本名はパトリック・テラ・ノーフォーク。次の領主様だからね」

「へっ?」

 さらっと重要なことを口にするルキウス。

「さあさあ、僕たちも行こうか」

 そして僕は背中を押すルキウスに連れられ、城の中へと入っていく。


▽      ▽      ▽      ▽

 メイドさんに案内され、立派な扉の前までやってきた僕たち。

「失礼しまーす」

 するとルキウスが、待った無しのノータイムで扉を開く。

「どうもどうも、連れてきましたよ」

「うむ、ご苦労」

 前に立つルキウスと、その間から覗く執務机に座った人物がやり取りを行う。

 ・・・やっぱり。

「すいません学長先生。急用を思い出したので僕はこれで・・・」

「おっと、やはりここまで縛ってた方が良かったかな?」

 そこから逃げ出そうとする僕の襟首を掴み、阻止するルキウス。

「それにこういう時、待合の応接室なんかに通されてホスト側の都合つくまで待つものじゃないんですか? 急すぎて僕の心の準備、できてませんよ」

 僕は態と笑顔を作り、小さな声でルキウスに話しかける。

「あれ?よく知ってるね?・・・ でも今回は特別。公爵様にとってもなる早で解決したい問題がだから、都合を無理やり空けてもらったんだ」

 この城に連れられてきたとき、僕は誰と面会するのか大体想像がついていたが、こんなにあっさり御目通りできるとは夢にも思っていなかった。今はエリシア、アルフレッド、フラジールとの関係修復の課題もあるし、さらに面倒ごとが舞い込んでくるのはごめんだ。

「それにもうここまできたんだ。後で会う方が色々と面倒くさいと思うけど?」

「・・・わかりました」

 僕はルキウスの言葉に観念する。

「失礼します」

 入室の挨拶とともに室内に一歩足を踏み入れると、大きないくつかの窓、それに見合う贅沢にふんだんの布が使われた束ねられている大きなカーテン、木彫と絨毯の壁と床の調和、そしてその装飾に負けずに存在感を醸し出す机に座る一人の男が僕を出迎えてくれる。

「・・・お初にお目にかかります。ブラームス・テラ・ノーフォーク様」

「うむ。執務の片手間であるため、ホストでありながらここから話すことを許してくれ」

 僕は前世のアニメなんかでよく見た騎士のように片膝をつき、できる限り最大限の敬礼で尊重の姿勢を見せる。

「滅相もない。此度は私のような若輩者をご招待いただき恐悦至極にございます。前々から一度、私のスクール入学の折に便箋を図っていただいたこと、そしてローブのお礼を是非にしたいと思っておりました。今日はこの場をお借りして、礼を述べさせてください。ありがとうございました」

「是非もない。そなたはそれだけ優秀だった。私がそうするしかないと確信してしたことだ。・・・今日は招待に応じてくれたそなたに、私の方からも礼を述べよう」

「ありがたき幸せにございます」

 なんとか、その場の流れに任せて次々と言葉を作っていく。ある意味こういう形式ばった話し方の方が楽だったりして・・・。

「・・・ということだ。まあ椅子はないが、楽にしてくれ」

「失礼します」

 その公爵様の言葉を皮切りに、膝を上げて立ちがり、背筋に気をつけながら目線を合わせる。

「それにしても。あの時の子供が随分と大きくなったな」

「・・・成長期ですから」

「そうか・・・。そうだな」

 もし公爵様が僕の入学式代表挨拶のことを言っているのであれば、おそらくそれも2年前の話であろう。

「それにこうして言葉を交わすの初めてだったな。君も色々と私に聞きたいことがあるかもしれぬ」

「・・・ご迷惑でなければ」

 僕はその言葉に同調する。というか、もし身分や礼式がなければ食ってかかりたかったほど気になることはあるのだ。

「ほほう、やはりか。どれ、聞いてやるから言うてみろ」

 すると、リアムの声に耳を傾けたのか、ブラームスも少し時間をくれるらしい。

「・・・それでは失礼して」

 僕はその処置に一度畏り、礼をする。そして ──

「公爵様には先ほども申し上げた通り、私めのような一介の平民に、多大なる恩情をかけていただき大変感謝しております。ですがそれゆえに分からぬのです。会ったことも話したこともない私になぜ、そこまでご寛大な処置をいただけたのか。おそらく私が公爵様のお目にかかれたのは入学式のこと、恩情をかけていただいた後のことだと存じますので」

 これは、もし機会があれば是非に公爵様に尋ねたいと思っていたっことである。いくら試験でいい成績を出したからといって、一介の平民に対してとったその処置はあまりにも大きすぎた。・・・裏で妙な契約をしていたようだったし。

「そのことか・・・。私はてっきり今日呼び出した件の詳細についてだと思ったが、確かにそうだな・・・」

 話を聞き、顎を撫でながら考え込むブラームス。しかし ──

「・・・つまりお主は、私がなんの保証も情報もなしに、見ず知らずの平民に余計な力を与えるような愚行をしでかした愚か者であると? そう言いたいのだな?」

 突然、僕の意にも介さない全く違う見解がその口から飛び出す。

「い、いえ!違います!そんな遠回しな表現や気持ちは一切なく、純粋な好奇心による質問で、それで・・えっとそれで・・・」

 僕は言葉を並べ、必死にそれを否定する・・・が ──

「・・ク・・・ク」

 隣から聞こえてくる不可思議な声。そして──

「・・・クククッ! まあそう怯えるな。・・・いやすまぬ。許してくれ。・・・最近色々と問題を抱えていてな、息抜きする口実が欲しかった時に舞い込んできた機会。これは拾わねば損だと思ったのでな」

 今度は正面のブラームスが雰囲気にそぐわない笑い声を上げたかと思うとそれが冗談であったことを明かし、謝罪する。

「はっはっは、ダメだ。お腹痛い」

 そしてそれに続き腹を抱えて笑うルキウス。

 この大人たちは・・・。まだいたいけな齢の子供をいじめて楽しいのか? 

 二人は束の間の笑いを楽しむと、余韻を残しつつ、話題を戻し話を続ける。

「ははは・・・それに今日はその中でも最重要、一番の難題を君に任せてくて呼び出したというのに、全くもってすまなかった」

 まるで僕がここに来た理由を既に知っているかのようなその口ぶり。

「へっ?」

 しかし、僕は今日そもそもなぜ呼ばれたのかいまいち理解していない。これまでの話の流れから、何か頼みごとがあるらしい・・・ということは予想を立てていたのだが。

「む? 今日は君に出した手紙の件、了承してくれたから来てくれたのではなかったのか?」

「手紙?」

 またしても僕の預かり知らない情報・・・だが気をつけなくては。また僕を陥れて楽しむ気かも・・・。

「おいルキウス。手紙はどうした? まさか話しもしていないのか?」

「はい。なにせ私にとってはもはや手に負えない事態。ここでリアム君に断られると困りますので、彼には一切の事情を伝えずに連れてきました」

 ・・・どうやら違ったようだ。

「・・・そうか。そういうことか」

 そして事実確認をしたブラームスは再び、顎を触って考え事をする。

「なぜお前はそう、腹黒いのか」

「いえいえ、公爵様には負けますよ?」

 いいや、この二人はどっちもどっち、五十歩百歩だ。

「まあとりあえず、本題に入る前にリアム君。まずは君の疑問に答えるとしよう」

 改めて、話を本筋に戻すブラームス。

「実はな・・・。私は君の特別措置を許可する前に、一度君に接触している」

「・・・ッ!」

 それは、まさかの衝撃事実だった。

「あれは君がスクールで入学試験を受けた次の日のことだ・・・。街を歩いていた君は、ある人物にぶつからなかったかな?」

「すいません。姉さんと外に出かけたのは覚えているのですが・・・」

 しかしカリナ姉さんとの出かけに気を取られていたのか、そんなワンシーンに身に覚えはなかった。

「覚えてないか・・・。実はな、その日私はある老人に変装し、君と接触していたんだよ」

「えっ?」

 そう言われると、そんなことがあったようなかったような・・・。

「人の印象は第一印象で決まると言ってもいい。そして私はその時、君にとても良い印象を抱いた・・・、直感的にな」

 穏やかな表情で、僕の第一印象について語るブラームス。

「・・・なぜ、わざわざ」

 すると残るのは、なぜわざわざお忍びをしてまで僕のところまで足を運んでくれたのか・・・である。

「私は君が入学試験を受けた日、慌ててやってきたルキウスに事情を聞き、驚愕した。なぜなら私の掲げる領地経営理念には、人材の育成とその教育の確立があるからだ」

 どうやらブラームスは、自身のマニフェストの一つに教育環境の向上を謳っているらしい。

「兄が王権を継いだのち、私は私を迎えてくれたこの地の民を幸せにしたかった。・・・しかしこの地にはオブジェクトダンジョンがあり、国内に作物を輸出していくほどに農作も盛ん、大した政策をとることもなく経済が回ってしまう」

 確かに、この街の生活はそれほど悪くない。治安もそれほど悪くないし、コンテストのような娯楽もある。僕はまだ利用したことはないが、テールの交換所で交換できるのは主に植物、つまりは農作物といったまさにこの街の名産がどこからともなく生成され、交換できるそうだ。

「私は私に何ができるのかを必死に考えた。そもそもダンジョンに行けば誰でも稼げてしまうこの街でいかに需要のあるものは何か」

 ダンジョンに行けばモンスターの素材も取れるし、アースに尾を引く大きな怪我を負うリスクもない。

「そしてある時、私は一つ気づかされた。ここには既に、私が何か新しいものを生み出さなくても苗を植え、育て、収穫する領民たちが更に新しいものを生み出していることに。私が生み出すことで貢献できることは限りなくないのだと」

 そこまで行けば、ある程度出来上がったルールに状況に応じてちょこちょこテコを入れるだけで大きな改革は不要であろう。

「・・・であれば、私にできることは一つ。自分に足りないものを、自分で補う力を身につける手助けをしようと。誰でも行使できる力で自分の権利を守り、家族を守る術を一つでも増やしてもらおうと・・・」

 どこか感慨深そうに、ブラームスは語る。

「そしてたどり着いたのは教育への投資だ。人と繋がる力、自分を守る力、自分を強くする力、それを身につけることができる一番の近道は成長に紐付けることである・・・。既にあるものの質をより良く仕上げていくこと、そのプロセスを半永久的に回していくことが大事だ」

 ブラームスが経験から得た昔取った杵柄だと付け加える。

「私は王都とのコネを使い、この国最高峰の王立学院からこのルキウスを始めとする何人かの優秀な教師を研究環境を準備することと引き換えに雇った。そして狙い通り領民の識字率や算術の普及率はグンと上がり、更にはダンジョンでより効率的に狩をする方法、魔法を行使する術、生活を豊かにする手段も増えた」

「他の領地のスクールなんかに僕は立場上視察に行ったりするけど、そこで教えているのは簡単な初級魔法と算術、文字の読み書きくらい・・・。他の領地やスクール経営を否定するわけではないけど、ウチのスクールは国でも王立学院に継いでトップクラスなのさ」

 すると横からルキウスが自慢げに、胸を張って情報を付け足していく。

「土壌を整え、最初の種に肥料も与えた。あとはこの種が強い根を張り、実をつけることを願うだけだ。後は皆がまた種をまき、整地してくれる・・・」

 教えられ、糧となった知識はまた、次の世代に伝えることができる。あとはそれが長く続くことを祈るだけだ。遠い未来に僕たちのクワは届かないから。

「だから、君と接触を図ったのは新進気鋭の大きな才能を確かめるべく動いた結果であり、決して城下を散策する口実を作るためなんかではないので、あしからず」

 ダハー・・・。最後にこれじゃあ色々台無し。

「はっはっは! やはりこう未来ある若人と話をするのは楽しいものだ・・・いや全く」

「まだ公爵様もそういう歳ではないでしょうに」

 ブラームスの推定年齢は大体30前半、この世界の人種の平均寿命は魔法があるせいか、前世の日本より少し若いくらいだ。この国の成人年齢が18であることからと長男のパトリックの年齢を考えてみてもそのくらいだろう。

「まあ、ということでリアム君。そんな早くも花開き、実をつけてもおかしくない段階まで踏み込んでいる君に、折り入ってお願いがあるのだよ」
 
 改まって、僕を指して願いがあると打ち明けるブラームス。

「私が今回君を招待した理由・・・それは」

 僕はその束の間の緊張感から、生唾を飲む。

『・・・ゴクリ』

 そして──

「君に、我が娘の家庭教師を頼みたい」

 アウストラリア王国の王弟にして公爵、ブラームス・テラ・ノーフォーク。そんな彼の口から飛び出した願いはなんと呆気なく、僕も予想だにしていなかった願いであった。

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