アナザー・ワールド 〜オリジナルスキルで異世界とダンジョンを満喫します〜

Blackliszt

03 カリナ姉さんの不安

 カリナ姉さんと初めて顔を合わせてから半年、立冬を過ぎ、朝ごとに冷気が加わるこの頃、ぼくは1歳の誕生日を迎えた。


 離乳食を食べる機会も徐々に増えて、ついに固形物も食べれるようになっていた。心配していた嚥下もしっかりできて一安心だ。それに食卓につく回数も増えたため、カリナ姉さんと顔を合わせる機会も多くなっていた。しかし、カリナ姉さんは未だにぼくが着いた食卓で会話をすることはなかった。


 そうそう、それから最近は簡単な単語を発することができるようになっていた。「ママ」や「パパ」という同音の続く本当に簡単な単語だけれど。そして「はいはい」に「つかまり立ち」もできるようになり、歩く練習も最近はしている。


 更に少し話がそれるが、この世界には魔法があり、魔道具も存在している。ぼくの部屋にも空気を温める魔道具があるため、割と快適だ。なお、魔道具には自分の魔力を流すか、魔石をエネルギーとしてセットすることで、魔力が切れるまで起動する。
 また、リビングには火を起こす魔道具で薪をくべて暖炉として用いているため、視覚からも暖かさを感じることができる。


 そんな快適な部屋で過ごしていると、母さんがやってきてぼくを抱き上げてこう告げる。


「リアムー、今日はあなたの初めての誕生日ね。しっかりお祝いしないとね」


 よしよしと嬉しそうに少し体を上下させてボクの誕生日のお祝いの旨を伝えると、母さんはぼくを降ろしてキッチンの方に向かっていく。


 そんな母さんを見届けると、ぼくは母さんが開けていったドアから歩く練習を兼ねてリビングの方に向かっていく。まだ七転び八起きといった足取りだが、無事リビングにつくことができた。
 すると、キッチンの方から母さんがやってきた。


「あら、リアム。もしかして歩いてここまできたの?すごいわねー、えらいえらい」


 そういって頭を撫でてくれる母さんの手は、先ほどと同様にいつも通り温かかった。すると、玄関のドアが開く音が聞こえてくる。どうやらカリナ姉さんがスクールから帰ってきたようだ。


「ただいま・・・・・・」


「おかえりなさい。ちょうどよかったわ、カリナ。母さん今から今日の夕食の買い出しに行こうと思っていたの。だからリアムとお留守番をしていてくれる?」


 母さんからの突然のお留守番宣告に死刑宣告でも受けたような絶望の顔を見せるカリナ姉さん。


「えっ・・・でも・・・・・・」


 戸惑いの中なんとか言い訳を考えるように声を出すカリナ姉さん。しかし、母さんはそんなカリナ姉さんの僅かな反論に有無を言わさないような早業でカゴを抱え玄関の方に向かうと「じゃあ、よろしくね。いってきまーす」といって買い物へと出かけっていった。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 気まずい雰囲気がリビングを包む。ぼくは、そんな気まずい雰囲気とカリナ姉さんの視線を避けるように、暖炉と少し離して敷かれている絨毯の上にちょこんと座り、暖炉の火を眺める。




── 母さんを見送ってから5分ほどの時が流れただろうか。


『綺麗な火だなー』


 と、ちょっとした現実逃避を交えつつ、揺らめく火をまだじっと見つめていた。あれからカリナ姉さんはリビングと廊下のドアの間かこちらを見つめて動かない。


『やっぱり気まずい。逃げるか?』


 なんとかこの状況を脱しようとぼくは頭の中で試行錯誤始めた。すると、カリナ姉さんの方が先に動きを見せる。


『しまった!先に動かれてしまった!』などと先手を取り動くカリナ姉さんにあたふたしていると、カリナ姉さんはぼくに近づいてきて、横に腰を落とし、膝を抱えて横に座った。


『えっ・・・』と内心驚いた。今までカリナ姉さんからぼくに近づいてくることはなかった。それどころかいつも避けられていて、ショックを受けていたくらいに・・・・・・。


 再び静寂が場を包み込む。そして気まずいagain・・・・・・。


 そんなぼくの内心を察してか否か、唐突にカリナ姉さんが口を開き始めた。


「えっと・・・その・・・・・・」


 口籠もり、溢れる言葉は曖昧なものだった。だが、ようやく決心がついたようにカリナ姉さんが口を開く。


「こ、こんにちは」


 面食らった。いきなり挨拶をされたのもそうだが、カリナ姉さんがぼくに話かけるなんて。そんなことを考えながら、ぼくが黙り告っていると・・・


「そうよね。いきなり話しかけられても困るわよね。赤ちゃんだからまずそんなに喋れないし、そもそも内容を理解してるかも怪しいし」


 今まで碌に話しかけられてこともないし、母さんが出かけてから少しの間一緒にい他のにいきなり挨拶されたらそれはビックリする。一人でそんなことを言い始めたカリナ姉さんになんて反応したらいいかもわからない。再び沈黙が続く。しかし、その均衡をカリナ姉さんが崩した。


「・・・・・・でも、私の話を聞いてくれると嬉しい」


「だっ」


 と今度は先ほどの失敗を生かして短い返事を返す。カリナ姉さんは少し驚いたようにこちらを一瞥するがその視線はすぐに暖炉の火の方に戻った。


「あ・・・ありがと」


 ぼくの短い返事を肯定ととったのか、感謝の言葉が返ってくる。


 カリナ姉さんはそれから一呼吸を置き、話を続け始める。


「その・・・ね、突然だけど、私・・・・・・あなたの本当のお姉ちゃんじゃないの」


『ん?なんだって?』


 ぼくは今日一番の驚きに包まれる。思わず心の中で聞き返しうくらいに。


「もちろん、あなたはお父さんとお母さんの子供よ。違うのはわたし・・・・・・私の本当のお父さんとお母さんはもう亡くなってるの」


 驚きのオンパレードだ。カリナ姉さんと出会ってから一年近くが経つけど、それは流石に予想外だった。こういう時、なんて声をかければいいんだ?


「3年前本当のお父さんとお母さんが亡くなったとき、お母さんの妹だったあなたのお母さんがわたしを引き取ってくれたの」


 母さんの姉の子供・・・ということは厳密に言えば一応血の繋がりはあって、ぼくとは従姉じゅうしだったということになるのか。


「今のお父さんとお母さんは好きよ。亡くなったお父さんとお母さんの代わりに面倒を見てくれて、本当の両親のようにも思っている」


 内容が重い。まだ7歳の少女がするような話じゃない・・・・・・いや、話し相手が赤ん坊だからこそ、自分の心境を語ってくれているのかもしれない。


「でも、あなたが生まれたわ。・・・・・・お父さんとお母さんの本当の子供であるあなたが」


 ここでなんとなく話が見えてきた。新しくできた家族とまた離れてくてはいけないとなると、カリナ姉さんにとっては死刑宣告も同然だ。今までの行動にも納得がいく。故意に避けたり話さなかったり、そんな態度のカリナ姉さんを両親が許していたのも気遣ってのことだろう。


「お父さんとお母さんもきっとあなたの方が可愛いと思ってる。わたしを愛してるって口では言ってくれるけど、わたしはいらない子だって思っているかもしれない・・・・・・」


 カリナ姉さんのまぶたに涙が溜まるのが見て取れる。


「あなたを見るたびにそういう不安が押し寄せてきて、どうしようもないくらいの虚しさを感じるの・・・・・・」


 溜めていた涙が大粒となってぽろぽろと落ち始めた。


「だから・・・だからッ!わたし・・・どうしていいのか分からない・・・・・・わからない゛の゛!」


 カリナは父さんと母さんにも言えなかった、いや、自分から言えるはずもなかった行き場のない悩みの決壊に、あてのない助けを求めるがごとく悲痛の叫びをあげる。


『ぼくが今、彼女にできることは・・・・・・』


 赤ん坊でろくに喋ることもできないぼくが姉さんししてあげられること。




 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・




『よしっ』


 今も膝を抱え嗚咽する彼女に這い寄る。這い寄ってきたぼくに気づいた彼女は、クシャッっとした顔でぼくの方を見る。歯を食いしばり涙を止めようとしている彼女に、ぼくは今現在発することのできる音の羅列で構成される言葉をかけた。


「ねぇねぇ」


 精一杯に絞り出した言葉だった。


 ぼくの考えうる限り、これ以上にできることはなかった。


 ・・・・・・嘆く彼女に「家族」として、赤ん坊のぼくが今言える精一杯の言葉はこれしかなかった。


「うぅっ・・・ひっぐ」


 嗚咽の箍が徐々に溶けていく。そして──  


「うわぁぁぁん」


 ついに箍の外れたカリナ姉さんはぼくを抱きかかえて声をあげて号泣した。


『よかった・・・・・・とりあえずなんとかなったみたいだ』


 抱きしめてくるカリナ姉さんの腕の力は、赤ん坊のぼくにとってはちょっと強かったけど──


『それだけ溜め込んでいて辛かったんだ』


 と彼女が泣き止むまで黙って抱きしめられることにした。






── その日の夜。


「「「リアム、お誕生日おめでとう!!!」」」


 食卓の上にはいつもより豪華な食事が並んでいる。ぼくはまだ食べることができないが、香草の香り引き立つ大きな肉の丸焼きに、彩鮮やかな野菜のサラダ、甘味が少ないこの世界でも高い砂糖の使われた贅沢なフルーツケーキもある。
 そしてぼくの食事はシチューだ。他の3人のシチューとはちょっと味付けが薄くされており、体を気遣って作られた一品で味覚もちょうど程よい。最近は手でスプーンを掴めるようになってきて、自分で食べれるようになってきた。今日も自分でシチューを食べようとスプーンを手に取ろうとすると、横から手が伸びてきて先にスプーンを取られた。


「はい、ねぇねぇが食べさせてあげますからねー。あーん」


 スプーン泥棒の犯人はカリナ姉さんだった。カリナ姉さんはスプーンを盗るとすぐにシチューをスプーンに乗せぼくの口の前に持ってくる。そんなカリナ姉さんの様子を見た父さんは、目を点にしてぼくにシチューを食べさせようとするカリナ姉さんに驚いていた。


「一体何があったんだ?」


「それがね、夕方買い物から帰ったら、カリナがリアムにべったりだったのよ。なにがあったのかしら?」


「へー、でもよかったな。これで家の心配事がなくなったよ」


 父さんと母さんはそんなぼく達の様子を嬉しそうに見守っていた。うんうん、本当によかった。


 ・・・ただちょっと待って。ぼく、そんなに早くシチューは食べられないよ・・・・・・だから、ね?お願いだからもうちょっとゆっくり食べさせてくれ!カリナねぇぇぇぇ────!

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