月下の幻想曲

矢能 智郁

45話



リヒトらは敵を観察するために木陰に身を潜めていた。
暫くして姿を見せたのは先程のオーガよりは小柄な獅子。

薄茶色の毛並みに紛れる幾つかの黒い斑点。数多の敵を噛み砕いてきた鋭利な牙に強靭な足。世界の記憶を辿るに、奴は「金獅子」と創世記に恐れられた魔物。
当時は、金属音に反応し何にでも噛み付く事で知られ、それなりの力を持っていたが為にテリトリーでは右に出る者は居なかった。そして栄蘭の五傑が唯一討伐出来なかったとされている魔物。栄蘭の五傑と衝突して以来姿をくらませていると言う話だったが……。
体に刻まれている数多の傷跡が、溢れ出すオーラが、奴が本物であると裏付けてしまう。


小柄とは言え体から溢れる殺気はオーガの比にならず、金獅子の殺気から逃れようと種類を問わず生きとし生けるものはその場から逃走を試みている

金獅子の体から溢れるオーラに、リヒトは一瞬で悟る。敵わない、と。遠くからでも感じ取れていた感覚が、確信へと変化する。
もっとも、あくまでも正面から戦えばの話であり、不意打ち、搦手を使えば善戦できないこともないだろう。しかし甚大な消耗は必死であることは確かだ。


分が悪すぎる。

そう悟ったリヒトは、後ろで怯えているシモネを回収してこの場から転移しようと考えていたが、何処からか声が放たれた。

『矮小な人間よ。そこで何をしている』
リヒトの[探知魔法]には言葉を発する知能を持つ生物は1つしか映っていない。しかしその人物は自分の後ろで怯えている。言葉を発する余裕も無いだろう。
となれば残る可能性は一つ。

『再度問う。そこで何をしている』
理解してしまった。確信せざるを得なかった。その音は目の前の獅子から聞こえていることを。



存在を捉えられ、絶体絶命かと思われたが、チャンスは未だ与えられていた。
「俺はこの森に演習に来た学生。演出の最中に森を彷徨う、左半身に怪我を負うオーガと遭遇した。そいつは俺が屠ったけど、傷を負わせたやつも対処しなければ安全はない。そう思ってここまで来た。
だけど、俺程度では時間稼ぎにもならなさそうだ。無駄に命を散らす意味は無いから、退こうとしていただけだよ」
意を決して素直に答える。
不思議と《・・・・》この獅子ならわかってくれる気がした。
『ああ、あの雑魚を。そして我の討伐か。人の身では久しいな。何百年振りだろうか。しかし素直に引き下がるとは面白くない』
金獅子はリヒトを真っ直ぐに視界に捉え、じっと見つめる。目線を反らすことすら叶わないリヒトは、冷や汗をかきながら次の言葉を待つしかない。明確に命の危機を感じたのは初めてのことだが、現状気を向けている暇はない。


が。一瞬の出来事だった。瞬きすら出来ないだろう時間に。気は抜いていない。そもそも抜くことすら出来はしない。その中で、どうして。どうして金獅子の体躯が目の前にあるのか。己の眼前に屈強な手が伸びているのか。
それほどまでに集中していたとしても、リヒトには分からなかった。


『この程度に反応出来すらしないか』

我に返ったのは、そう言葉がかかってからだった。
そう思うと同時に、疑問が頭を過る。
「どうして今殺さなかったのか」
「金獅子が今何をしたのか」

先ほどよりも明確に命の危機を感じる。
戸惑い、しかし生殺与奪は相手に握られていることからリヒトには何も出来ない。次の言葉を待つしかない。






『貴様からは何やら懐かしいニオイを感じる。今殺るには惜しいと思わせるニオイだ。だから、見逃そう。感謝するが良い』
紡がれたのは予想打にしない一言だった。「懐かしいニオイ」が何を指すのかも、それが如何して「殺るには惜しい」と思わせるのかも分からなかったが、最低限命の保証を受け、一安心してしまう。しかし表に出すことはしない。彼女がどうなるかわからないから。目の前に立つ恐怖に、意地と気力でどうにか耐える。

「どう……して…」
怯えの中で震える口から出たのはたったの4文字だった。
『それを態々貴様に言う必要は無いが、我が友小五郎の願い、とでも言っておこうか』


「コゴロウ、との」
『貴様が思い浮かべているのがどの小五郎かは知らんが我が出会ったのは[時空魔法]を使っておった』
「「創世の王」か」
『知っておるのか?』
「知らない人間は居ない」
『そうかそうか。
そうだ思い出した。このニオイ、小五郎のものと似ておる。数百年も経ち、あれは今や過去の者……。ちょっと待て。小五郎が死んでから何年になる?』
「500年くらいだけど……?」

『そうか、もうそんな時期だったか。我も動き出さねばならんな。なれば貴様、「創世を継ぎし者」に心当たりは?』
金獅子の中で何が起こったのか、リヒトには知る由もないが、初めて聞く聴き逃しの出来ない単語に反応する。
「どうしてそれを『答えよ』」
どうしてそれを金獅子が知っているのか。疑問を口にしようとしたリヒトに被せ、圧が掛けられる。


「それは、眼前にいらっしゃるリヒト様のことですよ」
ガサゴソとした音と共に不意に、後ろから声がかかる。
『ほう、娘、それは何を根拠に?』
突撃の出現に驚きもせず、下手な事を言えば殺すと暗に示し、問う。
先程まで恐怖に怯えていた彼女の足は未だに震えていたが、彼女を突き動かす何かが勇気を与える。
「巫女様の、お告げに」
『巫女様……。ははっ、なるほどな。あれの血筋が。そうか。それが事実なら、いや、事実なのだろう。少なくとも貴様の心の内では』



『「創造魔法」「時間魔法」は使えるのだな?』
「うん」
『ならば念話と転移は』
「どっちも使える」

リヒトの目をじっと見つめた後、不敵に笑い出す。
『ふははっ、どうやら本当らしいな。友に従ってここへ来た甲斐があった。

よかろう。我が直々に鍛えてやる。来たる厄災の為にも』

『時間は貴殿に任せよう。念話で連絡を取り、転移してきてくれればよい』
「わかった。いや、わかりました」
『さらばだ。精々、我を落胆させないよう精進してくれ』

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