月下の幻想曲

矢能 智郁

44話


リヒトがそれに気付いたのは、それが何者かから逃げるように移動していたからだった。

「みんな、気を付けて。何が来る」
リヒトの[探知魔法]は一度見たもの、若しくは知っているもの、知りたいものを映す。一方で正体不明の生物にはその存在しか映らないという欠点を持っている。

後数秒で''何が''と遭遇してしまう。この周囲に居る生徒は16人─4班。被害をどう抑えるか。そう考えている内に姿を現してしまった。

出てきたのはオーガ。森の奥層で確認されている、人型の魔物では上位の強さに位置する獰猛な魔物。オークよりも大きい体躯に、下手な鉱石より固い皮膚。それなりの知能を持ち、地形を利用した攻撃をしてくるとの報告もある。この行事においては相性が悪いと言えよう。

「ディドルト。左手の茂みを抜けた所に一班居る。
ラスタナ、ユミノ。右手の茂みを抜けた所に二班居る。
その人達とここから離れて。生憎、先生達に報告している暇は無い。あいつは俺が引き受ける」
既にオーガはリヒトを捕捉し、良い獲物を見つけた、と徐々に近付いてきている。
「いくらリヒトといえあれを倒すのは無理だ。俺も残る」
「正直に言わないとわからない?早く逃げて」
「だそうだ。ラスタナ、ユミノ。早く行け」
「ディドルト、君もだ」
「だから一人じゃ」
「邪魔。足でまとい。ディドルトを守りながらじゃ正直勝てるかどうかわからない」
リヒトが眼前のオーガではなく別の何かを見据えて通告しているのにディドルトは気づけない。
「あの程度なら相手にはならない。俺が懸念してるのはその先だ。だからまずは周囲の安全から」

リーダーとして、そしてBクラスでも上位、自身ではAクラスにも引けを取らないだろうと自負していたディドルトが明確に「足でまとい」と告げられたことに、リヒトの剣幕に押され、素直に従う。
遠くから見た時以上に、迫り来るオーガを見て敵わないと悟ってしまい、無意識下に生存本能が働いたということもあるだろう。

3人が走り出すと同時にリヒトはオーガの拳を受け止める。自身よりも三回り以上小さい人間に受け止められるとは思っていなかったのか一瞬驚愕の色を目に浮かべたが、直ぐに追撃を始める。が、しかし。二発目の拳がリヒトに放たれる瞬間には既にそこにリヒトの姿は無い。

リヒトが瞬間移動したのはオーガの首元ではなく、純粋に距離を取っていた。想定よりも拳が重く、腕に損傷が残っていたために直ぐに反撃できなかったのだ。
再びオーガは距離を詰めにかかるが、リヒトが二度もそれを許す筈がなく、爆風を以って足留めをする。当然の如くそれは普段なら致死性のある威力だが、期待はしていない。あの拳の皮膚ですら、大樹以上の硬さを持っていることを身をもって知ったのだ。一瞬でも視界が奪えればそれで良かった。その為の爆撃だった。

思い通り視界を一時的に失ったオーガはリヒトを見失う。その一瞬が致命的となり、オーガの│左側《・・》に現れたリヒトは結月を振り抜いた。











「すごい」
ディドルトがリヒトに抱いた素直な感想だった。
体格差も純粋な力の差ももろともせず、拮抗どころか圧倒していた。
「足でまといだ」
ゴブリン討伐時の失敗を挽回しようとこの場に残ろうと決めたが、自分がでしゃばってしまったばかりに突きつけられた言葉が冗談でないことが今となっては身に染みて分かる。そう言われてしまうのも仕方が無い程に隔絶した力差が、嫌という程わかってしまう。






ディドルトはその後指示通りに動き、茂みに入る直前にそのリヒトの姿が視界に入ってしまい、魅入っていたのだ。

任された任務を思い出し、どうにか正気に戻り、一つの班と合流。事情を説明し、どうにか着いてきてもらう。

あの様子ならリヒトの所へ戻っても大丈夫だろう。
その憶測は正しくもあり間違ってもいた。








オーガの鼓動が止まったことを確認したリヒトは、懸念材料である森の奥層に意識を向ける。[探知魔法]を用いると、目的の反応に加えて周囲に3つの集団の反応があるのに気付く。
見渡すと、逃げろと指示していたはずの3人と合流することになった班の面々が揃っていた。



「皆、何してるの」
そう口にする。
「どうしても、リヒトのことが心配で戻ってきたの。凄いわね。あんな大きなのを倒しちゃうんだから」
ラスタナがそう言う。

はあ、と溜息をつき、全員に集まってもらう。
「シモネも居るから話は通じると思ったんだけどね」
「すみません。彼女から逃げろと突然言われ事情を確認したところ、リヒト様が化物と戦っていると聞き。私も逃走を提案したのですが彼女が、心配だからと駆け出してしまい…。護衛を兼ねて全員で来ました」

「なるほど。じゃあ今から皆で纏まってここから離れて」
「どうしてですか?当面の危機、オーガはリヒトくんが倒したじゃありませんか」
周囲には何も無いのにと不思議に思ったのか、ユミノが疑問を口にする。
「あのオーガは、左の目と腕に怪我を負っていたんだ。あれは自分より強い何かから生き延びようと逃げてきたからだよ。そしてその何かはもう近くに居る。
俺でも対処出来るかどうかわからない以上、今はここを離れるしか選択肢が無い。念の為シモネには残って欲しいけど、大丈夫だよね?14人で纏まれば、大抵の敵は数の暴力で倒せる筈だし、Aクラスが何人かいるからそこら辺の雑魚には負けないと思う」
現実味の無いリヒトの言葉を信じ切れない人が多い中、リヒトやシモネと関係が薄い班は肯定の意を示す。厄介事に巻き込まれるよりは直ぐにでもここを離れた方がいいと言う判断だろう。
しかしディドルトやラスタナは決断を渋らせる。恐らくはリヒトでも対処しきれないという言葉が真実だとは到底思えないからだろう。
「時間が無い。早く行って」
しかしリヒトは強制的に6人を送り出した。






固まって逃げたのを確認し、立ち止まっていないことを[探知魔法]で見届けた後リヒトは考え込む。
「ご主人様、どうしてあんな嘘を?」
「なにが?」
シモネの表情は普段のニコニコしたものから真剣なものへと既に切り替わっている。
「時間が無い、と言うのは嘘ですよね。シモネにも少しはわかるんです。あの環境に身を置いてきましたから。この先に居る《・・》のはわかりますが、こちらへ向かって来ている訳では無いです」
「ならどれくらい強いかもわかるよね。あれと本気で戦った場合、周囲への被害が予想できない。最悪を想定した場合、巻き込むことになりかねないというのも」
「……はい。でも」
この現実を受け入れたくないのか、自分を未だに疑っているのか。自身で出した結論を口にするのを渋る。

「わかってる。俺だって無策に挑むわけじゃない。逃走手段くらい用意してる」
シモネの言わんとしていることを簡単に察したリヒトは、出来る限り心配を減らそうとする。
「信じて、いいんですね?」
「うん。それじゃあ、行くよ」





この先にいる''何か''の雄叫びが聞こえてくる。形容し難い、王者の風格を持った雄叫びが。


これからのリヒトの人生を変える、1匹の魔物との出会いが、待ち受けている。

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