月下の幻想曲

矢能 智郁

39話



ユミノと別れたリヒトは、改めて親を探すことにした。
実をいえば探すだけなら[探知魔法]を使えば造作もないことだ。しかしこの場でそれをしてしまってはつまらない。彷徨いながらその場その場で出会った人と交流していくのが今の場においては正しい選択だろうとリヒトは考えた。もっとも、先程のクロワの話のせいで、リヒトという天才を輩出したキフェルネ家に近づこうと考えるものが多数居たため、その気になればすぐにでも見つかる。


周囲を見渡してみると、見知った顔が一人で佇んでいた。
「お疲れ様、ガント」
給仕の人から見繕い、飲み物を手渡す。
「ん?ああリヒトか。ありがとな」
「こんな所にどうしたの?」
「さっきまで、Sクラスに入れたってことで散々な目に遭っててな。今は休憩中だ。リヒトは?」
見る限り相当疲れているのだろう。侯爵と言う間柄、普段のパーティでは公爵家よりは政治的人気は劣るもののそれなりの人数には取り囲まれているはずなのだが、今回はSクラスという事実が相まって普段よりも人数が多かったのだろう。
「似たような感じ。色んな人に言い寄られてたから、それから逃げて皆を探しているところ」
「それで俺を見つけたってわけか。っと、それよりもお前、キフェルネだったのか。何でもっと早く言ってくれなかったんだ?」
「言わなかったことに関しては謝るよ。まぁ理由としてはジンが主かな。変なタイミングで言えば余計にややこしくなるかな、と。嘘をつくな!って信じられなかったり、癇に障ったりしかねないし。かといって長いこと黙っているつもりもなかったから今日という形にはなったけど」
「だからジンを煽ったり悩ませたりすることを言ってたのか」
「ま、まあ。でもどう転ぼうと、悪い方向には行かなかったと思う」
「それはどうしてだ?」
「兄さんが居るから」
断言する。ジンの様子を窺う限り間違いないだろう。
「っ、キュペルさんか。あいつ慕ってるもんな。ああ、だからあの時笑ってたのか!そりゃそうか。急に突っかかって来たやつが自分の兄を慕ってるんだもんな。なるほどなるほど」
自己紹介の時にリヒトが笑いを堪えている理由に漸く思い至り納得するガントであった。





「2人して何してるのぉ?」
第三者の声に驚きはしたが、独特な話し方からしてシレナだろうと安心する。
「ああ、シレナか。俺らは休憩中だ」
「ならあたしもお邪魔していぃ?」
「うん、いいよ」
「ありがとぅ。でもまさかリヒトが貴族だったとはねぇ」
「うん、でも師が居ないのも、育ちが特殊なのも事実だよ」
「そうなのか。でもリヒトが平民じゃないとするとあの二人は?」
「たしかにぃ。ルナちゃんとシモネちゃんは呼び方からそうだけどぉ、もしかしてぇ?」

2人が痛いところを突いてくる。誤魔化さざるを得ず、リヒトは出来るだけ平静を保って返事をする。
「いや、あの二人は俺が勝手に街に降りて散策しているときに出会ったんだ。それ以来、復習を兼ねて魔法を教えてきたんだけど、俺が入試を受けると話したら付いてきてくれたんだ。その時の名残なのかな、今でも様付けで呼ばれてるんだよ」
「なんだ、そうだったのか。2人とも幸運だったんだな。リヒトから直接指導を受けられるなんて」
「それはガント達もだろう?」
「いや、今の方が人数が多い分、密度が減る。他に意識を割く必要がある分、2人の時の方が濃いものを得られていただろうよ」
「そういうものなのか。なら久々に3人でしてみるかな」
最近していないから久しいなと感傷にひたりながら頭の中で予定を組み始める。これからの生活を考えればさほど難しいことではないだろう。
「ああ、そうしてやれ」
「その方が2人も喜ぶだろうしねぇ」




そこからしばらくの間雑談を交わしていた3人は気を引き締めて戦場へ赴く決意をする。
「さあ、休憩もここらにして後半戦と行こうじゃないか。あ、そうだ。リヒト、お前の捜索隊が必死になってたぞ。そろそろ姿を見せてやれ」
「何てものが作られてるんだ。わかった。姿を見せて、もう1回逃げるよ。骨は拾ってくれ」
「ああ。ただし残ってたらな」
冗談混じりにガントが告げる。かなりの確率で起こりそうなのが何よりの皮肉だろう。
「怖いこと言わないでくれよ……。はぁ、じゃあ、またな」
「ああ」
「うん、またぁ」

再度戦場に戻ったリヒトはとりあえずキルスを捜索。やたら集団ができているところを見つけると、案の定その中心にいたので、渦の中に自ら取り込まれに行く。波に揉まれながら、どうにかして辿り着いた。

「父さん、ようやく見つけた」
「いや、そうなんだがな、本人が居ないとどうにも…ああリヒト!どこに行ってたんだ?」
「あの人数を見ればわかるでしょう?どうにかして「あっ、居たわよ!」きれなかったので逃げつつ回ってました」
「そうか、お互い大変だったんだな。
ああ、こちらはライシュ=カノー侯爵。昔からの知り合いの一人でガント=カノーの父親だ」
「リヒトです。よろしくお願いします」
「君が……。ふむ、どうだ。私のところへ来て働かないか?」
「嬉しい誘いではありますが、私は一度世界を見て回りたいのです。それに、何をするのかも知らないのについていこうとは思わないので」
「そうか。尤もだ。今は引き下がるとしよう。旅の途中に何かあれば、頼ってくれていい。何せあのキルスの子だ。何かしでかしてくれるんだろう?」
「はい。頼りにさせていただきます」
「おい、それは一体どういう意味だ」








「さて、一度この輪を散らしたいんですが、父さん、どうしましょう」
「そうだな。俺なら意中の相手がいるとでも言えばよかったんだが、生憎この国の貴族は一夫多妻制。そして無神論者となると、お前の場合逆効果だ。となると紳士的に対応するか、逃げ続けるか。
ちなみに前者の場合、堕ちる奴が多いだろう。後者の場合、厄介な出処不明の噂がまとわりつくだろう。さぁ、どっちがいい?」
「父さんキャラ変わってません……?
はあ、分かりました。精一杯相手してきます」
リヒトは覚悟を決め、戦場へ赴く戦士のように踏み出した。








耳をすませば、
「なんて凛々しい御方……」
「かっこいい」と言った声、
「絶対落としてみせますわ」と言った覚悟や
「貴方では無理よ」などと蹴落とし合う声が飛び交っているのがわかる。

後者2つには目もくれず、1つ目の言葉を発した方へと近づいていき声をかけようとするが、自分に近づいてきているのを感じ取ると、リヒトが一歩踏み出せば一歩下がり、2歩進めば2歩下がるといった謎の構図が出来上がった。
リヒトは首をかしげたが、再度近寄っていく。リヒトは一種の沼に嵌り、抜け出すことが出来ずに居た。

「ちょっと貴女、なんで下がってるのよ」
「だってしょうがないでしょう?!近くで見たら格好良すぎなんですもの」
「じゃあ後ろに居なさいよ」
「それは嫌」
といった会話が繰り広げられていたが器用にも攻防は続いている。
しかし無意識に「すみません、全部聞こえていますよ」と口から漏れてしまい、その呟きが聞こえたのか二人揃って「へ?」と固まり顔を赤らめ、恥ずかしさのあまりか逃げ出してしまった。

2人がいなくなった事で謎の牽制は終わりを告げる。2人より前に出れずにいた人達に忽ち囲まれてしまった。状況を察するにあの二人はそこそこ高貴な身分に居り、そのせいで他の低位の子女が前に出れずに居たのだろう。







女3人寄れば姦しい、とはよく言ったものだ。
しかしここに居るのは10人を超える。標的を変えたのか、これでも最初よりは減っていはするが、とにかく妬ましい状況に置かれているのは間違いなかった。

四方八方から話しかけられると幾らリヒトと言えど、一斉に物事を言われると何が何だか分からなくなる。
はじめは聞き取れたものに
「ええ、そうです」「、かな」
「へえそうなんですか」
などと適当に返事をしていたが、それに気付き「今度お茶でもいかがですか?」と尋ねてきた者が居たためそうも行かないことを悟り、
「すみません、1人ずつにしてくれませんか」
と言わざるを得なかった。





「あ、あの!私に魔法を教えてくれませんか?」
我先にと尋ねてきたのは赤毛の比較的小柄な女性。
「いいですよ、と言いたいところですけど今そう言うと今度は僕が生活できなくなりますので、いつか機会があれば、と言っておきます」
「わ、わかりました……」
学園での一発逆転を狙っていたのか、目に見えるくらいしょんぼりと落ち込んでしまうのを横目に、次の質問が来る。

「じゃあ次私!リヒトさんはどうやってSクラスに入れるくらい強くなったんですか?」
「んー、そうですね。つまるところ、突き詰めると努力の2文字です。在り来りですけど、一番的を得てます。
入学を決めてからほぼ毎日、魔法のことだけを考え続けたり、偶に兄さんと剣を打ち合ったり、息抜きはしてましたけど、ほとんど魔法漬けの生活でした」
「ほ、ほぼ毎日。ちなみにどれくらいの期間なんですか」
「大体2年間くらいかな」
「2、2年間……」
「だけど、自分に才能があるとは思ってないです。なぜならこれは全ての人に等しく備わる力だから。それを上手く開花させたに過ぎないですし、だからその2年間はあくまでも礎。今日変わったのはその基礎の一部なんです。正しく働いていれば今頃はもっと別の変化があったはずのものを、正しい道に戻しただけ」
リヒトはあくまでも驕らない。知識の元は自身で考えたものではなく地球のものが大半だったからということもあるが、こちらの世界に来てからも幾らかの根拠は得ていたからだ。
「な、なら、私がリヒトさんと同じ生活を送れば、同じレベルに達せれるの?」
「理論上はそうでしょう。ですが現実問題それは不可能です。だって、いえ、折角の人生、楽しまなきゃ損でしょう?特に貴族間の据《しがらみ》の薄い学園生活を棒に振るのは良くないと思いますし。
僕と同じことをやっていいのは人生を棒に振る覚悟のある人だけです。まあ仮にそんな人が現れても教えませんけどね」
皮肉と冗談を交えて教える気は無いことを告げる。これを聞き幾許かの期待を持っていた人達は落胆する。勿論表に出すことをするはずも無いが。

「リヒトさんにはその覚悟があるってこと?」
「ええ。自分の場合少し特殊ですからこうなんですけど、普通この歳じゃ決められません。だからこそ、今は今を楽しまないと。追いつくのは、その後ででいいんです」
2《・》度目の人生を過ごしている中での率直な感想だった。リヒト自身の精神年齢は既にそこらの大人よりも少しばかり上であるため「人生を棒に振る」などという言葉が出てきたが、12歳の言葉としてはかなり重たいものだっただろう。人生の大先輩からの助言が多分に含まれており、その意味がしっかり伝わっているかはわからないが。

「は、はい。わかりました。ありがとうございます」



この後も似たような質問に答えていると直ぐに時間は過ぎ去ってしまい、一つ一つ丁寧に対応していたことから質問の数はなからな減らず、解放されたのはパーティが終わってからのことだった。

開始同様サスタがアナウンスを流し、まだ積もる話もあるだらうと流れ解散のような形に。例年、この類のパーティではそのような形が取られている。
その流れに乗じてリヒトも上手く抜け出したのだった。

「ふぅ、疲れた。でも今回のはまだ楽な方なんだよな……」
今回のパーティは貴族然とした厳かなものではなく、どちらかと言えば単なるお祝いの意味が強い。入場時の明るい雰囲気は今回だからこそのものであり、普段はもっと大人しいものである。
また貴族間の思惑も零とは言わないが、普段よりもかなり少ないのは確かである。


「お、ここに居たか。リヒト、どうだった?」
「物凄く疲れました。今すぐにでも休みたいです」
「はは、そうか」
「ただ、このパーティが初めてで良かったと思います。下手に目立ってしまったのは不本意でしたが、普段のはもっと気が疲れるのでしょう?腹の探り合いや目上への気遣い。それを考えると少しは楽です」
「そうだな。今回のはあくまでも祝賀会であるから子供達にとっては純粋に楽しめる唯一のパーティだ。まぁお前は少し例外的だったかもしれないが。
ほら、リヒトに話しかけられなかった奴らが未だに前のことを見ているぞ」
「本当だ……。早く、帰りません?」
「はは、そうするとしようか」

そうして、リヒトの初めての社交界への参戦は幕を閉じた。

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