月下の幻想曲

矢能 智郁

38話


「リヒト」
予想通り後ろから声をかけられる。
「あれは一体なんだ」
「見た通りですよ」
「見た通りで信じられるものか。はぁ~」
深く長いため息と共に噛み砕きながら次の行動について思考を巡らす。流石一貴族家の主と言うべきか、その姿はとても格好良かった。

「子は親に似ると言いますし、3人とも貴方に似たのでは?」
「ミューナ、これは俺の方がかなりマシなレベルだぞ。いや俺も大概だったが、だとしてもだ。そして似る似ないの話だと少なからずミューナにも似ている。

ああ、求婚の誘いがもう一人分増えるのか。胃が痛いな……。はぁ、これは今考えても仕方ないか。どうにか割り切って今はこっちだ。ほら、俺らが話してるせいで周りの連中が話しかけられないでいる」
頭を抱えていたキルスだったが、無理矢理頭を切り替えて目の前の事に向かう。

「ふふ。本当に見ていて飽きない人。
リヒト、これから大変だけど、気を付けてね?」
「は、はい。母さん」




「キフェルネ辺境伯家の方々。お久しぶりです」
如何にもお金にがめつそうな小太りの男が娘と思しき女性を連れて話しかけてくる。

「おお、これはどうも。お久しぶりです。メルデン男爵」
「いやあ、先程のは素晴らしいものでした。今までの常識を2つも打ち破るとは。
ああすみません。こちらは娘のイルサローネでございます」


「イルサローネ=メルデンです」
「ええ、よろしく」

「この会場にいる全員が貴殿らのことを知り、女性共の目の色が変わっていましたよ。「いい物件が見つかった」と言ったところでしょうか。
あまり時間を掛けて後ろで目を光らせている方々に喰われてしまってはたまらないので私共はこれで失礼します」


メルデン男爵が場を離れると、せきをきったように人の、特に若い女性陣がリヒトに向かって流れ込んできた。
様子を見るに彼が一番手を買ってでることで人の波を作りやすくしたのだろう。加えて自分達は印象に残るように。

考えることは誰にでもできるが、それを実行できる辺り彼の人となりがわかる。



「リヒトさん、この後御一緒にお茶でもいかがですか?」
「私《わたくし》、リヒト様を見て一目惚れしてしまいましたわ」
粗方、親にリヒトを手篭めにしてこいとでも言われているのだろう。一度に複数の女性に言い寄られるのは男としては嫌ではないのだが、そこに思惑があると考えるとそうもいかない。中には純粋に好意の視線を送るものも居はするのだが、波の中に埋もれてしまっているが為にリヒトが気付くことは無い。

家同士の思惑が交差し合う勧誘に嫌気のさしてきたリヒトは、気配を薄くしてどうにか逃げ延びることができた。完全に包囲されていなかったのが幸いした。
しかしそのせいか、キルス達とははぐれてしまっていた。
近くに2人は居ないと判断したリヒトは、周囲の知り合いを探してみる。

すると、人集りの出来ている箇所を幾つか見つけた。よく見てみると、イルマやアウラ、シレナなどコミュニケーション力のある面々が中心に居る。あの状況で話しかけに行くのは先程の二の舞いになるし困難だと感じたリヒトは、仕方なく、彼にしては珍しく自ら話しかけに行くことにした。




「すみません。今お独りですか?」
話しかけたのはとある少女。お淑やかな雰囲気で、如何にも貴族然としながらも、一人で居た。
「えっあっ、はい。そうです」
突然話しかけられたことにか、話しかけてきた相手がリヒトだったことにか、驚いた顔をしながらも、少女は貴族らしく振舞おうとする。
「リヒト=キフェルネと申します。失礼ですが、貴方のお名前は?」
「ユミノ=ターランです。どうぞよろしくお願いします」
彼女はスカートの端を摘みながら一礼。

「ユミノさんですね。よろしくお願いします」
「さっきまで大勢の御方に追いかけ回されていましたけど、どうしたんですか?」
この日大々的に存在が知らされ、台風の目となっていた人物が目の前に現れたら不思議に思うのも仕方がない。社交の場で包み隠さずに聞いてしまったのは、緊張によるものか単なる経験不足かの二択だろう。
「見られていたんですか。あの方々はですね……、失礼な話、全員振り切りました。流石にあんなに囲まれるとは思ってもみませんでした。こういった場は初めてなので見知っている人を探していたんですが、その知り合いは人集りの中心にいらっしゃいまして。
一人でいるのも寂しいものですから誰かに話しかけに行こう、と」
「そうだったんですか。それが私で良かったんですか?」
首を傾げながら上目遣いに聞いてくる。

「ええ。ユミノさんも誰かと話している様子ではございませんでしたし、その、あまり大声では言い難いのですが、この中でも可愛いと思ってしまいましたので」
実際は、自分と彼《・》と同じ匂いがしたからだ。孤独で悲しそうな雰囲気に。

「そ、そんな、私が……なんて、烏滸がましいです」
「僕の感性を疑うんですね……。ってこの言い方は意地悪ですか。

失礼を承知でお聞きしますが、やはりそういった話は多いのでは?」
「そうでもないんです。私、恥ずかしながらEクラスでして。才能がないからあまり見向きもされず……」
「そうだったんですか。あまりそうには見えませんが。もし宜しければ、僕がお教えしましょうか?」

隠す必要が無くなったため、自分からある程度動いても問題はなくなった。そして今日公になった事を改めて証明するためにも、などと表向きな打算はあったものの、本心ではそんなことは思っていない。純粋に助けてあげたい、と経験からそう思った。
「い、良いんですか!?いえ、でも私なんかに教えてもらっても使えないんじゃないかなって思ってしまって……」

萎縮するユミノにリヒトは提案する。自身を卑下する態度に一松の不安を覚えながら。
「大丈夫ですよ。諸事情で魔法について0から教えたこともありますから。それに、先程の 言っていたでしょう?「全ての人に等しく魔法を扱う才能がある」と。それを見出したのは僕ですよ?」


ここでリヒトはとある可能性に思い至ってしまう。
「ちなみに、ルナ、シモネ。この2人は知っていますか?」
意図が分からずどう答えればいいのかが分からない、は、正直に答えるという選択をした。
「ルナちゃんならルームメイトですが……?」
「そうだったんですか。ルナと知り合いなら、都合がいい。すみません、魔法に関してはルナに教えて貰って下さい。よく考えれば教える度に僕と会っていれば、良からぬ噂や妬みなど迷惑を掛けてしまうかもしれません。その点、ルナなら問題は無いと思います」
「分かりました。明日にでも頼んでみますね。でも、どうしてルナちゃんなんですか?」
「彼女は僕の学園入学より前からの知り合いでして。彼女なら信用できますし、何より知ってる人の方がやりやすいでしょう?僕の方からも彼女には言っておきます。後は何かございましたら、僕の方に言いに来てください。いつでも対応致しますので」
「ありがとうございます」

「ああそうだ。この話は出来る限り内密に。出来れば御両親にも。知られれば、使われますよ」
リヒトが何を言いたいのか、嫌という程知っているユミノは顔を少し青ざめる。
その未来だけは避けねばならないと知っているから。その未来がどんな悲劇を産むか、身をもって体験しているから。
「っ、そうですね。分かりました。でも、今も見られているのでは?」

ちらっと周りを見る彼女だったが、とある違和感には気付かない。
「それなら問題ありません。ほら、見てみて下さい。誰一人としてこちらを見ていないでしょう?見ていたとしても、気付いている風には見えない」
「本当だ……!!どうやってるんですか?」
「これは流石に秘密です。僕の秘密に関わりますので」




「でも良かったんですか?貴重な時間を私なんかに」
「とても有意義でしたよ。寧ろ感謝したいくらいです」
「私には勿体無いお言葉です。本当にありがとうございます」
「では、僕はこれで。そろそろ姿を見せなければ不審がられますので」
そう告げてリヒトは去っていった。振り返ってみると、が深くお辞儀をしていた。


「ありがとうございます。──様」
喧騒の中小さく囁かれたその言葉は誰の耳にも入ることは無かった。






何かが違う気がする。地の文間違えたかな。

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