月下の幻想曲

矢能 智郁

36話



それから幾らか経ったある日。リヒト達が入学してから10日が過ぎようとしていた。

1年を12ヶ月、1ヶ月360日とする暦を採用しているこの世界の学園では、各月10日20日30日をサーシャネとして休みにする風習がある。
ちなみにサーシャネはこちらの言葉で「休息」を意味する。
この日も例に違わず休校日となっていた。


そんな日にリヒト達は、迎えの馬車に乗りある屋敷へと向かっていた。

馬車が停り、降りた先に広がっていたのは貴族街と呼ばれる貴族らの別邸がある通りの一角。その家には見覚えのある姿が見える。

「リヒト、久しぶりだな」
「発ってからもう2週間。あらリヒト、少し大きくなった?」
「こんな短期間では伸びませんよ。母さん」
「いえ、そうではなくて、雰囲気がどこか逞しくなったような」
「さしものリヒトも入学という行程を終えて、新しい環境に揉まれたことで少し成長したということだろう。
ほらここで立ち話も何だし、とりあえず中に入ろう。積もる話はそれからだ」

そう、この家はキフェルネ家所有の屋敷。こんな立派な屋敷があるのにどうしてリヒトらは宿に泊まっていたのかと言うと、リヒト自身が拒否したからだ。

何故か。
1つは集中出来る環境を作るため。狙われる理由とは関係はなかったが、一応極秘としていた魔力操作や知識の詰め込みを行うため、普段のような裕福な生活ではなく、リヒトは日本での、シモネとルナは奴隷に落ちる前の日常に近い、住み慣れた環境に身を置くことを選んだ。
もう1つは、これから寮に入り、その後は世界を回るということで宿泊が増えるためその準備。いくら昔に近い生活とはいえその感覚は鈍っているため、その感覚を少しでも戻そうと贅沢から身を遠ざけたのだ。


ところで、今日は何故ここを訪れたか、もっと言えば何故キルス達がここに居るのか。それはこの日に学園に入学した貴族の子女を集めた祝賀会があるからだ。
本来なら一般で受けたリヒトに参加資格はないが、キルスが隣のカノー領でいつぞやに行われたパーティでその資格を取ってきたのだ。勿論、リヒトには内緒で。
リヒト自身、この話を聞いた時には何をしてくれているのかと驚いたが、今度出席すると約束を取り付けた手前、仕方なしに出席することになったのだ。


早くに訪れたのは、パーティが午後から始まることもあり、その準備をするためだ。
最低限の荷物はリヒトが自分で運んだが、その他の必要な荷物はキルスに持ってきてもらっている。

屋敷の中に案内されたリヒトは、各自宛てがわれた部屋に荷物を置き、久々に両親と食卓を囲むことになった。



食事をし終えると、キルスから話を振ってきた。
「リヒト、結果はどうだったんだ?」
この場にリヒトがいる時点で合格しているのは明らかなのだが、今聞いているのはそういうことではない。
「無事、首席で合格出来ましたよ」
「本当!?すごいじゃない!」
ミューナは大袈裟ではないかと思うほどに喜んでいる。

「リヒト、ミューナはな、ずっと心配していたんだ。俺が師を付けずに独学で色々やらせていたり、学園の受験を許可したり、1人で旅立つのを許したりしたこともあってな。度々「本当に大丈夫なの?」「もう少し手を貸した方がいいんじゃない?」って言ってたよ。
でも、リヒトとキュペルとの模擬試合を見て、そして勝ったとき、リヒトの成長を誰よりも喜んでいたのもミューナだ。勿論、俺も嬉しかったがな」

「そうよ!3人の中じゃリヒトが一番心配だったんだから!10歳までは内気で引っ込み思案で。それなのに危なっかしくて。と思えば突然人が変わったように本ばかり読んで、そこからは部屋に引き籠もりっぱなし。出てきたと思えば次はずっと外に居るし。ついには世界を見て回りたいだなんて……。キルスもリヒトには何も言わないし、何もしようとしないし。昔のキルスみたいで。心配しないわけないじゃない…!!!」

自分の行動が知らないうちに心配を掛けていたことを知り反省したリヒトだったが、心の中で最後の惚気は必要だったか…?とツッコまざるを得なかった。
10歳以前の記憶がありはするが、あまり自覚がなくどこか他人のものして見てしまっている。その10年間の間にも様々な出会いがありそれが別の厄介事を生むのはまた別のお話。


「すみません。母さん。でも、そんな経験をしてきたからこそ、今凄く楽しいんです。新しい世界・・・・・に新しい友達。知らないことばかりで、ほんとに。あの期間がなければ学園に行こうとも考えませんでしたし、今ごろは何をしていたのかもわかりません」
「ふふっ。楽しそうなのは伝わってきてるわ。ねぇ、クラスメートってどんな子が居るの?」
「クラスには10人しか居ないんですけど、全員個性的ですね。名前を挙げた方が早いと思うので挙げますけど、アウラ=クルネラット、ガント=カノー、シレナ=レタルス、イルマ=アルレス、アムット=ノラノル、ジン=フレカニル の6人に一般1人とルナ、シモネです」
「ええっ、あの2人も一緒なの?」
「はい。短期間でしたが鍛え上げました。席次はシモネが3位、ルナが4位です」
「それは驚いた。予想外だ。それに面子もなかなかだな。一応全員とパーティで出会ったことはあるが……。そうか、ガントも。カノー侯爵には挨拶に行かなきゃいけないな」
キフェルネとカノーは隣同士に位置し、その分交流も深い。ガントがキュペルを慕っていたのは会う回数が多かったというのもあるだろう。

「それにあのジン・・・・も居る。キュペルが喜びますわね」
「なんで兄さんが?」
「あのジンの事だろうらリヒトにも絡んできているだろう?それと同じようにキュペルにも来たんだ。勿論、一方的に叩きのめされていたけどな。あれはいつだったか。確か2、3年前か?キフェルネに天才が居るって一時期話題になったんだ」
「それを聞いてジンが挑み、返り討ちにされたわけですか」
その様子は容易に推測でき、一方的に叩き潰される様子もまた容易に想像出来てしまう。
「ああ。今でも会えば決闘を申し込んでくる程度には懐いている。お陰様でキュペルも彼のことを弟子のように思っていてな」

「ああ、そうそう。その噂が流れ始めたのはキュペルとリヒトが隠れて一緒に稽古をし始めたころだったわ。それ以来キュペルの、特に剣の腕が伸び始めたらしくて」
「そうだ、そうだったな。今のあいつの剣はあの年齢ではおかしいほど速く正確だ。家を継ぐ長男という立場になければ、今頃は遅くとも数年後には王立騎士団の隊長として活躍していてもおかしくないだろう」
道理で他の人の剣筋が遅く見えるわけだ。兄さんのが速すぎた、いや俺と互いに高め合う中で徐々に速くなっていったのか。そしてそのタネは、恐らくあれだ、とリヒトは推測する。

「家を継がないという選択肢も出したんだがな、あいつは引き継ぐと言っていたよ」
「ははっ、兄さんらしいですね」
となるとあの表情は一体……。

「ちなみに姉さんは?」
「フィーナはな……。正直に言えば魔法の才能はない。代わりに頭が良く切れる、立派な参謀だ。俺らでも思い浮かばないようなことを平然とやってのけたり、対人関係に滅法強かったりな。あと数年、もう少し経験を積めば右に出るものは数える程度になるだろうな。座学が苦手、と言うか単に毛嫌いしているだけなんだが、それは玉に瑕だな。

そして剣士としても優秀だ。女性特有の柔軟さを駆使して騎士団の連中と争ってるよ。最近は例の暴走もない。
嫁に出すのが勿体ないくらいだ」

家では脳筋的な行動をしている姉さんの姿しか見ていなかったため、頭が良く切れるというイメージが無い。
騎士団の人達と剣で張り合ったり、欲望に忠実だったり、と。

「それ以外にもね、裁縫が得意だったりセンスが良かったりして、色々器用な子なのよ、あの子は。それに意外と人気も高いのよ?パーティに出たら毎回求婚されているわ。私達には貴方がしたいと思った人を選びなさいって言ってるんだけど、なかなか現れないみたい。

ほんっと、3人揃って何か飛び抜けてるわよね」
それはあなた方の子供ですから、と言いかけたとき、部屋の扉が叩かれる音が聞こえた。


「キルス様、ミューナ様、リヒト様。そろそろお時間でございます。出発のご準備を」

どうやら熱中して話し込んでいるうちに時間が過ぎ去っていたらしい。
「もうそんな時間か。ありがとう、ハンナ」
そう言うと、キルスとミューナは部屋へ支度をしに行った。リヒトも着替えのため一度部屋に戻る。





着替え終えたリヒトは、形式張ったものを着るのも久々だな、と思い郷愁を覚えながらも、初のパーティ参加に緊張していた。自身よりも上の階級の人への接し方や作法など一通り学んではいるが、始めてと言うのはやはり緊張するものだ。












馬車での移動を終え、今回の会場であるアルレス家の敷地に入る。係の使用人が対応し、待合室の方へ通される。


「父さん。少し席を外します。もし戻ってくるのが遅くなっても、時間であれば行ってください。入場前には絶対に合流しますので」
「ああわかった。ただ、あまり遅くなるなよ?今回のお前は主賓も同然。居ないとなればそれだけで大事なのだからな」
「はい。わかってます」

そう告げてリヒトは退室。向かったのは、会場。飛び入りということもあり顔を見られる訳には行かないので、姿は消している。

会場には既にほとんどの貴族が集まっていて、ワイワイガヤガヤと雑談を交わしていた。その内容がただの雑談とは限らないが。

周囲を見てみても、Sクラスのメンバーの姿は見かけない。事前に言われていた通りSクラスのメンバーは最後に入場するようだ。


突然、部屋の明かりが落ち、一点に集中した。
「皆さん、ご静粛に。
大変長らくお待たせ致しました。準備が整いましたのでこれよりパーティの方を始めさせていただきたいと思います。
今宵、進行を務めさせていただきます、アルレス家次男 サスタ=アルレスです。どうぞよろしくお願いします。

今回は祝賀会ということで、普段と幾つか異なる点がありますので、ご了承下さい。
では皆さん、入場口の方をご覧下さい。Sクラスの方々の入場です」

マイクを通してアナウンスが流れる。
わぁぁぁぁ っと貴族のパーティとは思えない大歓声が起き、注目が集まる。

「まず始めは、クルネラット男爵家が三女。第十席アウラ=クルネラット」

バンっと勢いよく扉が開かれ、この日のために綺麗に着飾った使用人の女性がエスコートする。

扉から現れたのは、紹介通りアウラ。その後ろに、領主夫妻と思しき夫婦がついている。
用意された道を悠々と歩き、席へ向かう。

「続きまして、カノー侯爵家が長男。第九席ガント=カノー」


「レタルス侯爵家が次女、第七席シレナ=レタルス」
胸元の空いている紅いドレスで可憐に着飾り、周囲に手を振りながら歩く。
人気はこの世代の中では上位に位置する彼女は、さながらアイドルのようである。

「アルレス伯爵家が長男、第六席イルマ=アルレス」
普段の気さくな雰囲気は感じられず、凛とした面持ちで歩を進める。
普段とは違う雰囲気を感じ取った女性陣が見惚れ、黄色い声援を送り、イルマはそれに応えるかのように表情を一瞬崩し、ニコッと微笑む。

「ノラノル侯爵家が次男、アムット=ノラノル」

アムットが入ってきた。さてさそろそろ両親と合流することにしよう。

最後に・・・フレカニル公爵家が次男。次席ジン=フレカニル」
ジンが特有の紅い髪を靡かせながら胸を張り堂々と歩みでるのと対照にリヒトは会場の熱気を背に、場を後にする。

「すみません。父さん。遅れました」
「どこへ行っていたんだ。遅くなるなと言ったじゃないか」
父は御立腹のようだ。
「中の方で様子を見ていました。それより、話は後で。もう呼ばれます」








「さて、全員が揃いましたところでーー。ええ何何?もう1組居る?」

「えー、すみません。こちらの不手際により、情報が入っていませんでした。どうやらもう一組いらっしゃるようです」
これから始まると期待で溢れていた会場に水が差され、一度静まり返る。


「ええと、はぁ、詳細は後で王立魔法師団のクロワよりさせて頂きます?……だそうですので、今は伏せさせて頂きます……?
どういうことですかこれ」

小声で話しているつもりなのだろうが、イレギュラーにより会場が静かな為、マイクを使わずとも声が通ってしまっている。

「え、あ、すみません。では改めて」
声が響いていたことを気付き取り繕うが既に遅い。

「入学して早十日ながら、魔法の常識を覆し、た……って何かわかりませんよね。詳細は後程致しますのでとりあえず入場と行きましょう。

魔法界に彗星の如く現れました、ミアロスク学園が首席!」
この一言で会場全体が最高潮に湧き上がる。この場にいる6人を除いて。

誰も気付かないうちに再度閉められた扉が大きく開かれる。

「キフェルネ辺境伯家が次男、リヒト=キフェルネ!!!」

会場に一歩入り深くお辞儀。そのまま目立つことを恐れず、緊張しているがそれは表には出さずに、ゆっくり堂々と往く。



世界の常識を覆すこととなるパーティーが、今始まろうとしていた。







フィーナについてはまた別の章で描きます


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