月下の幻想曲
35話
翌々日、リヒトはヴィヘラに呼び出されていた。
「ごめんね、突然。今日呼び出したのは他でもない。魔法の件について。昨日、の方へ出向いて報告したんだけど、やっぱり信じられなくてね」
「そこまで言うのなら証拠を持ってこい、と」
「ええ、そういうこと。だから申し訳ないんだけど、後日魔法の授業中に披露してもらうことになると思う。恐らくは模擬戦になるとは思うけど」
「わかりました。準備しておきます」
「リヒト様、何があったの?」
何かを察して、ルナが駆け寄ってくる。
「大地の社とかいう所から目をつけられただけだよ。何も問題ない。「常闇の夜明け」と比べればね」
目を付けられたと聞き顔を顰める。
「ほら、授業が始まるよ」
そんな心配を他へ逸らすようにルナに言う。
これから始まるのは、商業に関する授業。始めの方は四則演算をするだけの簡単なお仕事だ。
日々の授業は滞りなく進んでいった。寮での生活も、今のところは特に問題なく過ごせている。
授業の中身はリヒトにとってはさほど難しいものではなく、放課後は教室で魔力操作を教えている。今では全員が慣れ始めてきた頃で、もう暫くすれば魔法自体を教えていくことができるだろう。
現在リヒト達が習っているのは、
・武術
・魔法
・商業
・政治
・歴史
の5つ。武術は、剣術など武器を使用したものや体術など幅広く取り扱うらしい。他4つはそのままだ。
1日2〜3教科で一コマ3時間という特殊なスケジュール構成が取られている。勿論3時間連続での授業ではなく、途中に休憩を挟んだり、同じ教科でも異なる内容を行っている。
当然定期テストなる試験が存在し、入試同様筆記試験と実技試験の二部構成で、当然の如く順位も発表される。年間総合の成績で次年度のクラス分けが決まるため、決して無視して通れるものでは無い。
 
この日は歴史の授業が行われていた。
「さて、今回から本格的に内容に迫っていくわけだが」
教鞭をとるのは担任のラトステッド。
「まずは大まかに、創世記と呼ばれる時代のことをまとめていこうと思う。知ってる話だろうが、重要だから改めてしっかり聞いておけ。
俺らが今使っている暦は、360日を一周期として、それを12等分、月30日としているのは知ってるよな?そしてその周期通りに行くと、今は532年だ。では、0年とされている年に何があったか、知ってるか?」
「カルロストン国が建国されました」
「そうだ。0年にはコゴロウと言う人が、カルロストン国を建国した。正確な所まで辿れば、成立したのは1月1日ではないと言われているが、今は置いとくぞ。
この建国よりも前の時代。これを俺らは「創世記」と呼んでいるわけだ」
ではその創世記に何があったか。
言わずもがな「魔法の誕生」。今日《こんにち》まで伝わっている書物によれば、魔法が発明される以前の人々は獣に追われ、怯えながら暮らしていたという。
獣に追われ、徐々に数を減らしながらも、どうにか逃げのびようとこのジェルトス大陸を西へ西へ、海を渡り西のサトトンス大陸にまで逃げていった。
そこで辿り着いたのが、今は亡き「泡沫の泉」。正確には場所が分からなくなってしまっているだけで未だに存在するとは言われているが。
泡沫の泉には不思議な力があった。生物の体内にある魔力を活性化させる、というものだ。その作用のせいで長い間泉には近づかなかった。
その沈黙を破ったのが、「原初の魔術師」だった。彼は自分の魔力を制御し、応用する力を身につけた。これが魔法の始まりだった。
これは建国する14年ほど前の出来事だった。
元より、知能と言う最大の武器を持つ人類。ただそれが故に強大な力には敵わず、辛酸を嘗めるばかりだった。いくら知恵を絞ろうと、いくら狡猾な策を巡らそうと、強靭な力の前には無力だった。
しかし魔法と言う、脅威に対抗する力を得た人類は、再興への一歩を踏み出した。
魔法を見つけてから10年も経つ頃には、大陸の大半を奪回。
やがて人々を纏めるためにコゴロウがカルロストンを建立することとなったのだ。
「とまぁ、これが大まかな流れだ。細かいところはその科目の先生に聞いてくれ。
一度に進みすぎると他との釣り合いが取れず、お前らの頭もパンクするだろうから今日はとりあえずここで止める。
さて、詳しい所に入っていこう。
1つ目、どうして魔物は生まれたと思う?
2つ目、どうして魔人と言う存在が生まれた?
3つ目、肝心の泡沫の泉はどうして見つからない?
今日の時間を使って考えてみろ。今話した範囲からでも答えは自ずと出てくる。分かったら好きに発言しろ。全てが合えば先に進む」
10人が頭をフルに回転させて考えるが、一向に答えは出てこない。
ヒントを求める声もあがったが有益なものは得られず、最終的には誰も答えられることなく授業は終わってしまった。
歴史の授業を終え、午後。
「今日の魔法の授業だけど、前半は少し時間を貰うことになるわ。知っている通り、詠唱について王立魔法師団の方から人が派遣されて来たの」
「王立魔法師団、大地の社所属ノルニスだ。よろしく」
「同じく大地の社所属のクロワよ」
「純黒の槍所属のヴォルト」
「これからリヒトには彼《ヴォルト》と模擬戦をしてもらう。周囲に被害が出かねないから皆は見学ね。この試合から学べることもあると思うからちゃんと見ておくように。ではノルニス後は任せた」
「というわけで、だ。とりあえず全員位置につこう」
進行を任されたノルニスがルールについて説明していく。
「今回のルールだが、勝負は魔法のみで行ってもらう。物理的な攻撃はやめてくれ。威力面に関しては言及はしない。ある程度なら、が直してくれることになっている。それ以外は普段行われているもの、君たちで言えば入試の時と同様だ。他に何かあるか?」
「魔法による物理攻撃は?」
「どういうことだ?」
「例えば、召喚獣とかですかね」
「我々はそれも魔法の1つとして扱っている。今回は認めよう」
「ありがとうございます」
「他には無いか?」
「では、始め!」
号令と同時にヴォルトが詠唱を始める。相手は無詠唱で撃ってくるかもしれないと言うのに初っ端から詠み始めるのは得策ではないが、そうでもしないと攻撃手段がないためそこは悩ましいところ。
リヒトはさも当然のようにそれを待つ。ただし今回はただ待っている訳では無かった。
「風よ。其の暴風を以て全てを吹き飛ばせ。汝は我が旋風なり。颶風《トルネード》!!」
放たれたのは竜巻。徐々に勢いを増しながら近づいてくる。詠唱内容から風系統だと判断していたリヒトだったが、その規模に驚きながらも冷静に対処を試みる。
まず試したのは竜巻の生み出す風自体の操作。しかしそれは、その威力が故に意味をなさない。
次に試みたのは冷却によるエネルギーの奪取。こちらは効果があったのか徐々に弱まっていく。
「なっ!?」
リヒト自身は何もしていない(ように見える)のにも関わらず弱まっていく竜巻に驚きを隠せず、追撃に用意していた魔法の詠唱が途切れる。
今リヒトが対処出来ているのはあくまでも知識によるものであり、決して魔法単体の実力ではない。となれば本番は、ここからだ。
手始めにリヒトは小さな水球を放つ。
この前に見せたものと同等のものだ。生身の人間が全力疾走しても追いつけないほどの速さで飛んでいくそれは、見た目からは害のない牽制に当たるものだろうと判断され、同規模の風球で対応される。しかしその程度では通じず、徐々に距離を詰めていく。突破され危険を悟ったのかヴォルトは回避行動をとり、躱せたはずだったが、水球はまるで生きているかのように進行方向を変えて追尾する。その異常な光景にクロワが驚いている中、リヒトは2つ3つと次々に生産していく。
気がつけば100近くまで生成された水球をヴォルトは躱しきることが出来ず当たってしまったが、結果は少々水を掛けられた程度。予想に反する結果に「他の玉もこれと同じなのではないか」という雑念が頭を過ぎり、そのせいかいくつかが追加で体に当たってしまう。
「ほら大丈夫」
そう考えてしまったヴォルトは、爆発音と共に水流に飲み込まれた。
突然の爆発、拳大の水球からは考えられない規模の水に息が持たず、水圧に押しつぶされたヴォルトは、意識を失いかけながらも姿を現した。ふらふらと歩き、もはや歩けているのが奇跡とも言える傷を負っていた。
しかし、突如体が淡白く輝き、傷が全て癒えていった。
「大丈夫か!」
ノルニスが審判の立場も忘れ同僚の安否を確認しに行く。
「ああ、不思議なことになんともないよ。どうやらあの光、回復魔法らしいね」
そんな会話をしている間に、リヒトは竜巻で抉れた地面を直し、赤魔法を用いて水分を乾かしていた。
その光景にクロワは目を奪われリヒトに話を聞きたいと思いながらも、ヴォルトの安否を確認したいという2つに板挟みに会っていた。
「なぁノルニス。もう1戦やらせてくれないか?彼の素質は絶対にこんなもんじゃない。現に今のは一色しか使っていなかったし、報告通りなら他の色も使えるはずだ。青単色だけでもあの有り様。俺はそれが見てみたい。この身がどうなろうと」
「お前がそういうなんてな。わかった。
済まない、リヒト君。もう1戦お願い出来るかい?」
「わかりました」
リヒトは他の色も使え、ということなのだろうと推測。ならばと引き受ける。
「では両者位置について。
始め!」
「風よ。鋭利なる刃を以て全て切り裂け。汝は我が剣なり。風刃《ウィンド・ブレード》」
数多の風の刃がリヒトに向かって飛んでくる。どうやら今回は恥も外聞も捨て、フライングで詠唱をしていたらしい。
リヒトは刃の飛んでくる軌道上の2点で空気を爆発させ勢いを殺し、同様に風の刃を飛ばし打ち破る。
しかし突破されるのは織り込み済みなのか、既に次の詠唱を終えていた。
「風よ。全て圧し数多を潰せ。汝は我が力なり。風槌《ブラスト・ハンマー》」
勢いよく振りかざされる槌。強化した腕で受けるべきか、避けるべきか、魔法で立ち向かうべきか。選択肢は多いが時間が無い。リヒトが選んだのは回避だった。しかしそれはヴォルトに読まれていて、もう一撃風の槌が飛んでくる。
ほぼ避けられない状況に追い込まれた。普通なら絶体絶命のピンチなのだが、リヒトは迷わずもう一度回避を選択。その速さは尋常ではなかったが。
今の攻防でリヒトも流石に余裕はないと改めて認識し、対抗策を練っていく。
「風よ。鋭利なる刃を以て全て切り裂け。汝は我が剣なり。風刃《ウィンド・ブレード》」
この攻撃にリヒトは風の弾を放つ。
両者が激突し相殺された、と思いきや弾が分裂。刃と化してヴォルトを襲う。
想定外の攻撃に驚きはしたが、すぐさま防御用の魔法を発動し防ぐことには成功する。
しかし追撃に飛んできている5色の弾が彼を襲う。
特に内2色は既に前例があるため気が抜けない。
「さて、何が出るのかな」
この言葉の意味を理解することになるのは、すぐ後のことだった。
先に種を明かすと、これらの弾1つ1つに異なる効果が付与されている。赤なら爆発・発火。青なら水刃・氷弾といった風に。勿論効果は何十種と付与されており、数が多くリヒト自身もどれだどれか把握出来ていない。
そのためそれは既に悪魔の箱と化している。
加えるならば、その気になれば1つの弾に複数の効果を与えることも可能であり、より悲惨な光景を生み出すことも出来るということを記しておく。
発光、爆発、斬撃、濁流、熱線《レーザー》煙《ガス》。
辛うじて回避するヴォルトだったが、如何せん数が多く全て回避するのは不可能。身体中に傷を負っている。
決着を付けたのは黒色の弾が発した妖しい光だった。
その光を見てしまったヴォルトはその場に倒れ込み、心配で駆け寄って来た仲間にもお構い無しに寝息を立てていた。
「眠っ…てる…?」
「どうやら意識を失う系のものを引いたみたいですね」
「そ、そうか。ただ寝ているだけなら安心だ。それより、今のは一体なんなんだ?」
不思議に思い、ノルニスが聞く。
「各色の球形魔法に効果を付与しただけの、見たままのものですよ」
「あの大きさであの威力。しかも数が多くて何が起こるかわからない。となると対策も出来ない。兎に角凶悪だな。あれを受けるにはどうすればいいんだ……?」
「対策は色々ありますが、一番は遠距離から起爆させることですね」
「言ってよかったの?」
ルナが聞く。
「ああ。今も何回かされたことだし、この程度誰でも思いつく。まあ思いついたとしても出来るかどうかはその人次第だしね」
修復を終え、ヴォルトの気も戻ったため王立魔法師団の面々は報告の為に帰る準備をしていた。
「リヒト君、今日はありがとう。この件は私が責任を持って上に報告するわ。
これは世紀の大発見。今までの常識が変わる。これから荒れるわよ?貴方もこれから大変になるでしょうし、何より世界から目を付けられる。覚悟しといた方がいいわよ」
「ええ。肝に銘じておきます」
「じゃあ私達行くわ。また機会があれば会いましょう」
「さて、これから授業を始めることになるんだが、何をするか分かるわね?」
その目は、どこか本気なのが垣間見えていて。
結局この日は、と言うかこの日から数日間、様々な色の球形魔法を練習し続けることになった。
風槌の詠唱文がいい具合なのが思い浮かびませんでした……
誤字脱字の発見報告、質問の方がございましたら御連絡下さい。
感想等もお待ちしております。
→Twitter  @chika_yano_1029
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