月下の幻想曲

矢能 智郁

34話


翌朝、清々しい朝に目が覚めた彼らは、朝食をとりそれぞれのクラスへと向かった。入学後初めての授業は魔法について。担当するヴィヘラを迎え、訓練場にて話は進んでいった。彼女は大地の社スカラーの所属らしくその関係で、後輩育成の意味も込めて、複数のクラスの授業を受け持っているらしい。

ジンは先日叩きのめされたことで平時は自粛しているが、ああ宣言した手前どう動くのだろうか。

「早速だけど、今の実力を改めて確認したい。あの的に向かって1人1回、好きに魔法を撃って。話はそれからね。
シレナ、貴方から」
「はい」

「聖なる光よ、其の輝きを以て敵を穿ち、邪の者を滅せ。光矢セイント・アロー
十数本の光の槍が一直線に飛んでいき、突き刺さる。
「次、ガント」
「汝が炎は我が魂。総てを燃やす業火なり。深淵へと誘い、其の身を焦がせ。汝は猛火なり。灼熱の業火インフェルノ


「キャプト」
「汝が故に我はここに有り。汝が為に、はここに有り。広大な大地で敵を圧し、岩を以て敵を潰せ。石巌の槍ストーン・ランス











「シモネ」
「はいっ」
元気よく返事をし、的に向かう。

「はっ!」
発動したのは被害の出にくい緑魔法。
吹き荒れる暴風により的が壊れる。

「ジン」
「集え我が炎。何が為に汝は在るか。怒り、狂い、踴れ。我は此処に在り。その力を以て敵を穿て。最果ての業火ヴォルケーノ・スフィア

一筋の炎が場を貫き、焼き尽くす。
熱波が後ろにいたリヒトらをも襲う。

魔法自体は威力のある部類に属するが、シモネやルナの方が威力が大きい。




「リヒト、貴方は加減して撃って」
「分かりました」

眼前に出てきたのは拳大の水球。
ゆっくり進みつつも四方に動いていく。右に左に、素早くゆっくりと。さながら老人が散歩するかのように判然と。

的にぶつかるとゴムボールのように撥ねながらも、破裂。跡形もなく的は消え去り水しぶきが立ち上った。

「は……?」
その光景には、実力を持っているからこそヴィヘラにはリヒトがどれだけのことをしでかしたのか分かってしまい、酷く驚愕、畏怖する。
勿論Sクラスのメンバーはその怖さが解らず、威力に興奮している。

「ねえ貴方、それどうやって身につけたの」
「どうって、数年間毎日練習し続けただけですけど」
「だとしても、だって、そんなこと…」
「何かあるんですか?」
「後で話すわ。一体どういうことなの」


終始困惑していたヴィヘラだったが、教師としての役目を果たすために興味を押し殺して話を始める。
「……はい皆こっち向いて。貴方達の実力は分かりました。その年にしてはすごいと思う。でも、まだ上に行けるわね。一人を除いて。

リヒト、貴方にはどうも教えることは無さそう。正直私程度では手に余る。かと言いつつこの時間を無駄にする訳にもいかないから、私と一緒に教師として皆に教えてあげて。勿論、偶には好きにしてていい。こっちの都合でそうなるんだから」

話を変えるために一息つく。

「さて、これから魔法について少し話すわね。
魔法の分類は知っているわね?今大地の社スカラーでは色魔法と固有魔法の2つに分けているのが主流ね。他にも属性魔法とか呼び方はあるんだけど、ここでは今の2つで統一して説明する。
まず、色魔法。これは5色+1色あって、これは赤青緑白黒+無色。全ての人に無色の適正、加えて0〜2色の適正があると言われているわ。たまに4色持つ人もいるけどそれは例外。ちなみに自分の適正がわからない人っている?」

キャプトがおずおずと手を挙げる。
「居るのね。どうやってここに入れたのかしら……。まぁ丁度いいわ、測ってみましょう」

鞄から厳重に包装された透明の丸い玉を取り出す。
「これに魔力を流してみて」
言われた通りにキャプトがすると、透明の玉が2色に光った。
「緑と黒。それが貴方の適正のある属性ね。つまり貴方はその2色の魔法が使える、ということ」

「次は、魔法の発動には詠唱が必要ですって話をしようとしてたんだけどね……」
「違うんですか?アネルノ=サグノリアの『魔法大全論』でそれは証明されているはずですが」
アウラが尋ねる。
「よく勉強してるわね。そうなのよ。そういう結論は出てるし、実際そうだったんだけど。リヒト。あっちに向かってさっきと同じことをやってくれる?軽くでいいから」
「はい」
言われた通り、軽く魔法を放つ。

「わかった?彼、詠唱をしていない・・・・・・・・のよ。これが彼に教えることがないと思った理由の1つ。数百年かけて完成し、数百年信じられてきた理論を覆したのよ?おまけにあの規模であの威力。自由に動かすことも出来る……。魔法界の叡智にこの歳で到達……。はぁ、なんてことかしら。上にどう説明しましょうか」

頭を抱えつつ、次にどう話そうかを模索しながら周囲を見渡す。

「さて……、前提が崩れ去ったから教える必要はない、んだけど一応知識として知っておいて」

『魔法大全論』。それは300年前にアネルノ=サグノリアが大成した魔法論の1つ。纏めると、「魔法発動には鮮明なイメージを伴い、集中することが必要である」というもの。この理論単体であれば無詠唱も可能であるかのように思われるが(実際そうなのだが)当時の人々は「鮮明なイメージ」を産むためには文言を口に出し、イメージを補填する必要がある、と考えた。ただ頭の中でイメージするよりも、口に出すことでイメージを強めようとしたのだ。また、前者は後者よりも威力が低かったと言うのもあるだろう。
そのため、詠唱することが好まれ、時が経つにつれて無詠唱は不可能だという風潮が浸透して行った。
ここまで来れば残りは時間の問題。気がつく頃には無詠唱は不可能だという間違った知識が一般化したのだ。

「とはいえ、『魔法大全論』の本質を辿れば無詠唱は不可能ではないのだから、今の、では覆そうとしている最中なのよね。言うだけなら簡単なんだけど、やっぱり証拠がないと信じられないし。何よりその内容まで広まっているわけじゃないの」
「ということは無詠唱は事実上可能だった、ってことですか?」
「ええ。だからリヒトの様な人が居るのだろうし、冒険者や各国の魔法師団の上位には数単語だけで魔法を発動する人も居る。
貴方達にはこの学園にいる間に使えるようになってもらうわよ」
「そんな無茶な?!」
「時にリヒト、無詠唱を習得するのにどれくらいかかった?」
「そうですね、ひと月もかかっていないような?いやでもこれは俺が詠唱魔法を一切使っていないからであって、となると、初めから?」


「ごめん、貴方に聞いた私が間違ってた」
「ルナ、シモネ。2人でどれくらいかかったっけ?」
「出逢ってからまだ数ヶ月しか経っていないので、大体1、2ヶ月程度ですね」
シモネが返事する。
「だそうです」

「ちょっと待って。ってことは貴方達も使えるの?」
「はい」
「そ、そう……。長年の研究がこんなにも簡単に……」
リヒトは貼り付けたような笑みしか零せない。

「ま、まぁ本格的な授業は次回からだし、時間も無いし。他に質問はある?」
「俺は此奴の全力が見てみたい」
「ごめん、それは無理だ」
「なぜだ?」
「自らの手の内を明かすほど馬鹿じゃないし、何より周囲への被害が大きすぎる」
「そ、そんなに?」
「全力で、となるのここじゃ心許ない、です。もう少し開《ひら》けてないと」

「ここで狭いだと?何を言ってるのか分かってんのか?」
今皆が居る場所は400mトラックをゆうに取れる程の広さを持つ。
「ええ」
「でもあなたの適性は青と緑なのでしょう?この2つは赤とは違って特段破壊力は無い。大丈夫だとは思うけれど?」
「青魔法では水を生み出すことになるので壁を壊しかねません。緑でも同様です。
そして何より」

一度言葉を止め、溜めを作ってから爆弾を投げつける。この世界の常識を破壊しうる程の、大きな爆弾を。



「適性ってなんですか?」







「ごめんリヒト、何を言っているんだい?」
本当に意味がわかっていないのか、たった今実演したのを見ていなかったのか。そんなことを考えながらイルマが尋ねてくる。
「ルナ」
「分かりました」
名前を呼ぶと彼女は主人が何を言いたいのかを察し、動き始める。

「まず、申告した白魔法」
ルナの周りに白魔法特有の眩い光が輝き始める。
「次に赤と青」
右手に炎、左手に水を発生させる。
徐々にヴィヘラの顔が引きつっていく。
「そして緑と黒」
突然風が吹き荒れ、周囲一体が暗くなる。

暗転した中、白魔法の光と炎の生み出す光が神秘的に煌めく。
この頃には、全員が今までの常識を覆され顔が青くなっている。

「無詠唱だけでなく全属性適正!?前代未聞の天才じゃない!」
「何を言ってるのか分かりませんが、ルナはこれでも成長途中。3ヶ月前までは白魔法しか・・使えない女の子でした。そして、この程度シモネも俺も出来ます」
そう言うと、リヒトの頭上に5色の球体が出現する。

「5色の並列詠唱!?」
「勘違いされても困るんですけど、この程度本来は誰にでも出来るんですよ。その証拠に」
リヒトが例の透明の適性を測る球体に近づき、魔力を注ぎ込む。
「ほら、俺も青と緑の2色しか光らない」
「ちょ、ちょっと待って。だとしたら今までの私達が、世界が間違っていたとでも言うの?」
「そう言わざるを得ませんよね。これを見れば」



「ごめん、ちょっと頭を整理したいからこの後は自由にしてていいわ」
ヴィヘラは授業を投げ捨て、頭を抱えながら思考に耽ける。大地の社スカラーに所属していることから、研究員としての血も騒いでいるのだろう。


場に取り残された一同は先生の行動に呆れながら、リヒトがしでかしたことに思考を傾ける。
「あのゴーガンさんに手も足も出さずに勝った時点で凄いのは分かっていたけどこれ程とはね。一体誰に習ったんだい?」
「全部独学だよ。他の人よりも環境が良かったとは思ってるけど。お陰様で常識を知らずに学んで行ったから、その常識を知るためにここに来た」
「自力で?!でも不思議だね。こんなことが出来るのが居るのに全く噂にならないなんて」
「必死で隠し続けてきたんだよ。多少のことでは暴かれない程度には」


「でもリヒトが言うには、これと同じことがあたしたちにも出来るってことだよね」
それは自己紹介の時と口調が変わっていて、一瞬リヒトは誰から声を掛けられたのは分からなかった。
「そうだよ」
「お願い。その力を教えてください」
シレナが何かを決意しつつ頼み込んでくる。
「それは僕もお願いしたかった。今のを見て余計に。どうか、お願い」
イルマもそれに乗り頭を下げる。

「どうせシモネとルナにも教えてるしね。数人増える程度なら構わないよ。ただ」
「ああ、対価として僕がアルレス家を継いだらリヒト事は支援しよう。王立騎士団や王立魔法師団に入るのなら尚更」
「いや、正直そこに入るつもりは無いんだ。元々世界を旅して回る下準備として親に入学するのを頼み込んだんだし」
「そうなのかい?ならその旅の支援をさせてもらおうかな」
「ああ、宜しく頼む」

「あたしは…後ででもいいかな。考えてから決める」
「他の皆はどうする?」

ジンを除く全員が手を挙げる。
「お前ら、正気か?」
「平民に頭を下げてまで頼み込む事か?って?僕はその価値があると思う。ここまでとは行かないにしても、この6割でも出来ればそれは力になる。変なプライドを捨てれば将来は約束される。それだけでも十分価値があると思うけど?」
イルマから正論を叩きつけられ心が揺らいだが、プライドが邪魔をして上手く返すことが出来ない。
「だとしても俺は降りる。お前らは好きにしとけ」
そう台詞を捨てると、ジンはその場をあとにどこかへ去っていった。







「で、リヒト。あたしたちはどうすればいーの?」
「んー、そうだね。皆は魔法を使う時に何を意識してる?」


「俺は詠唱だ。イメージをしっかり持たないと、中々発動出来なかったからな」
ガントが答える。
「私もよ」
アウラが賛同する。

「僕は集中することかな。やっぱり、変に集中が途切れると折角の詠唱が途切れてしまうからね」
とイルマ。シレナも頷く。

「自分は魔力の使い方っす」
その言葉にリヒトは、ルナとシモネも、驚きを隠せない。
「キャプト、お前……。魔法の独学といい着眼点といい、凄いよ。天才かもしれない」

「えっ?いや、そんなことは無いっす。こ!は一緒に学んできた子の言葉っすから。自分は真似をしているだけっす。それにリヒトさんも同じことが出来ているわけですし」
「いや、だとしてもだ。俺がいえたことじゃないけど、それをそうだと思える時点で才能はあると思う。だって普通はそれを知っててもやろうとしないから」


「リヒト、何の話をしているんだい?魔力に一体何が?」
「ああのめん。俺が一番重要視しているのは魔力操作なんだ」
「そんなものが?」

「ああ。ちなみに、それなりの根拠はある」
「それは、どんな?」
「さっきも出た『魔術論大全』。その中の一文に、こんなものがある。「魔術行使において最も重要たるは魔力のあつかいである」 。本の中身までは知らないだろうからちゃんと読まないと知る由もないことだけど、読めば今の世界が誤っているというのは自明なんだ」
「そうなのか。でも、よく読めたな。かなり貴重な書物だろう?」
ガントが尋ねる。
「ちょっとそういう機会に恵まれてね。偶然だよ。それを読んだからこそ今がある。これからその内容について教えていくね」

こうして、リヒトの授業は幕を開けた。

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