月下の幻想曲

矢能 智郁

32話


解散した後、リヒトはやはり3人で訓練場へと向かっていた。初めて訪れる場所ではあったが、事前にイルマから聞いていたため、あまり迷わずに行くことが出来た。

到着すると、既にジンの姿はあり、近くにイルマなど他のSクラスのメンバー、そして恐らく監視役であろう大人が1人居た。
「よく逃げずに来たな。褒めてやろう」

ジンの上から目線にはイラついたが、おくびにも出さない。
「俺はここを開けるにあたって監督をすることになった、ネッケルだ。というか入学もしてないのに問題を起こすなよ……。前例があったから対応は出来たが普通こんなことしないぞ」

「すみません。ネッケルさん。よろしくお願いします。直ぐに終わらせますので」

「まぁ新入生トップ2の実力が見られるから構わないんだがな。ゴーガンからも君のことは聞いている」
「知り合いなんですか?」

「ああ。試験の関係で少しな。あいつの実力は知っているが……。ってすまん。
2人とも、位置につけ」

イルマが2人に木剣を渡しつつ、ネッケルが促す。
「では、先生。よろしくお願いします」

「ルールは学園で取り入れているものを適用する。武器は今渡した木の剣のみ。魔法はこの場所を破壊しない程度のもの。まぁ自分で直せるって言うなら身を瞑ってやるさ。
勝敗は俺とそこの2人で判定する」
指されたのはシレナとガント。




「それでは」
ジンが構える。始めから全力で切りかかってくるつもりだろう。だが。
「始め」
と告げられた時には既にジンの手元には何も無く、背後から首元に無情にも剣が突きつけられていた。












「終わりですね」
この場にいる全員が何が起こったか分からずに困惑している。辛うじてルナとシモネは魔力による身体強化によるものだろうとの予想は出来ていたが。

しかし1つだけ共通しているものがあった。
すなわち、「あの・・ジンが一切何も出来ずに負けた」と言う事実。
そして困惑しているのはジン本人も同じであり、突きつけられてから10秒経っても動こうとしない、いや出来ない。

仕方なしにリヒトは剣先をツンツンと2回ジンに叩きつけたが、彼の意識が戻ったのはその少し後だった。

「ね?すぐに終わったでしょう?」
「お、お前─」
何をした。そう続けられるのが分かっていたリヒトは先に口を開いた。
「何、まだ続けるの?」
自分よりも上の階級の貴族だから、公爵家だから、と言う理由で付けていた敬語をも抜きにして。
「あ、当たり前だ!こんなの反則だろ!」
「そうなんですか?ネッケル先生、イルマ」

やっと正気を取り戻した所に質問が投げられ戸惑う2人だったが、どうにかして返答しようと試みる。
「そ、そうだね……。ルール内で言うと反則とまでは言えないだろうね。特に凶悪なものではなさそうだし、中身はただ素早く動いただけだろう?次元が違う速さだったけど。
どうしてもというのであれば、先に禁止していなかったジンのミスだろう」
「だそうですよ。どうします?素直に負けを認めてくれればいいんですけど、と言うか貴方負けてるんですけど」
「認めれるわけがないだろ。もう1回だ」
「わかったよ。お前はなんでも使っていいよ。刃の潰してない剣だろうが、魔法だろうが。俺は魔法禁止でいいから」
「はぁ?舐め腐ってんのか」

「ええそうですよ。でも今何が起きたか思い出すことも出来ないんですか残念です」
「くそ…。わかったよそれで受けてやる」
「ただ、これで負けたらもう突っかかってくるのやめてくださいね?正直鬱陶しいので」
「わかった」

「ああそうだ、魔力操作って知ってます?定義上は魔法ではないんですけど」
「はぁ?なんだそれ」
「じゃあ使っていいですね?」
「好きにしろ」
「ありがとうこざいます」
こいつ、正真正銘のバカだ。家の良さと無駄にしている才能補正で驕っているだけ。

「え、えっと、もう1回ってことでいいんだよね?」
「はい。これが最後です」
「わかった。じゃあ始めるぞ」
ネッケル先生が確認を取ってきたので2人は距離を取り、ジンは構える。リヒトは、さも当然の如く自然体。


今のは[時空魔法]を使って直ぐに蹴りをつけた。今回も同様に瞬殺でもいいのだが、面白みに欠ける。


「始め!」
今回はさっきの事があってかジンは慎重になっている。時間的に余裕が出来たので少し観察してみる。構えは基本の中段、できる限り隙を作らないようにしているように見受けられるが、キュペルと比べたら隙だらけ。

「おい、構えろよ。やる気あんのか」
何か言われたと思えば。確かに今のリヒトは力を抜いた自然体で右手で剣を持っている状態。しかも、剣先は地面についている。
プライドの高い彼には挑発的で気に障るのは仕方ない。
「そう怒らないで。どこからでも来ていいですよ?」
先程1秒も掛からずに負け、舐め腐った態度が気に障っている彼にそんな挑発─と呼べるかはわからないが─をすれば憤ることは必至。
当然受け流すことなど出来やしない、と思われたが、ジンは勝ちに拘っている。下手に乗っかり負けてしまうことを理性が恐れた。

ここでリヒトがジンがボソボソと何かを言っていることに気付き、耳を傾ける。
「──集え我が炎──」
あろう事か詠唱をしていた。詠唱中は多少なり集中する必要があり、その分隙が出来てしまう。ある程度慣れていけば同時に行うことも出来なくはないが、その慣れに到達するまでに莫大な時間がかかる。
ましてや子供であればその間は無防備になってしまうのは知っているはず。
戦術的に、相手が攻めてくればそれを破棄し迎撃、来なければ続行という手は取れるが、瞬殺された記憶が真新しいうちにやるのは相当な気概が要る。
どこからでもいいよと言ってしまった手前、リヒトは攻めにいけないとでも踏んだのだろうか。
もっとも、リヒト本人はどんなものを打ってくるのか楽しみにするという離れ業を行っている。処理し切れないものは飛んでこないと考えているのだろう。

「何が為に汝は在るか。怒り、狂い、踴れ。我は此処に在り。その力を以て敵を穿て。最果ての業火《ヴォルケーノ・スフィア》」
漸く終わった詠唱。飛んでくるのは一筋の焔。しかし残念かな。質も量も威力も、ルナの方が上である。
腕を主要に、全身を強化。真っ向から叩き斬る。
左右どちらかに避けるだろうと考えていたジンはその光景にひどく驚いたが、すぐさま気を取り直し剣で切り込んだ。


だがリヒトは、再度ぶらんと垂れ下げた右腕をしならせ、相手の剣を根元から折る・・と同時に切り返し、ジンの体を吹き飛ばした。

魔力により補助、強化された肉体だからこそできる芸当であり、生身でやれば骨折は免れない、と言うかそもそもそんなことは人の身では出来ない。


折れて空中を舞っていた剣先が地面に突き刺さるのとほぼ同時に、ジンの体は地面に叩きつけられた。




そんな光景に呆然とする観衆の中、唯一回復魔法に秀でているシレナは、いち早く正気に戻りジンの元へと駆け出した。

「母なる大地よ。汝が力でかの身を癒せ。治癒《ヒール》」

吹き飛ばした張本人ということでリヒトも近くへ行き、今の他に余計な面倒事を増やさないためにシレナに併せて治癒《ヒール》を使う。


「えっ!?」
当然、自分の力以上の力が出たためシレナは驚くが、他の人達はそんなことは知らない。
「うわ、シレナ凄い」
アウラが驚嘆する。
「だね。実際に見たのは初めてだったから特にね」

「い、いや、これはあたしの」
「ジン!大丈夫か?!」
タイミングが良くか悪くか、ジンの目が覚める。
「俺は、どうなったんだ?」
「ここまで吹き飛ばされたんだ。たった一撃で」
そう言われてジンは自分の居る位置を確認し、元いた位置とは掛け離れているのに気付く。
「そんな、ばかな…。あいつの何処にそんな力が……?」
「さあね。僕にもわからなかったよ。まあこれで、言い返せなくなっちゃったね?」
「くっ……」
悔しそうに言葉を噛み殺す。


ジンと言う男は、ただ負けず嫌いなのだ。これまではは公爵と言う権力や生まれ持った才能を笠に着ていた。敗北は幾度も経験してきたが、その都度努力し、最終的には勝利を収めている。未だに勝つことの出来ていない相手は数人居るものの、彼の中ではあと数年もすれば超えられるだろうという直感があった。
しかし今回、彼にとっては初めて、絶対に超えられないと思ってしまう壁が現れた。
そして、貴族としてのプライドが、平民に負けるということを許さない。

その2つが彼を奮い立たせる。俺はまだ上に行ける、と。


もう終わりだろうと気を抜いていたリヒトに、ジンがボソボソと魔法を唱える。
「──汝は此処に在り。其の炎は総てを焼き、其の災禍で踴り狂え──」
もちろん、長い詠唱をしていれば反応出来ないはずもなく、リヒトは詠唱から属性を割り出し対処法を模索する。
「えっ、ちょっと?!ジン!?」
「このまま終わってたまるか!穿て!灼熱の焔バーニング・レイン!」

発動に合わせて緑魔法を発動。風圧で火を消す。

ジンが発動した魔法は、決して簡単な魔法ではなかった。それが原因も分からず消されたとなれば当然混乱する。

「なっ、何をした?!」
「見たままですよ?ねえ?」
外野に振る。しかし誰一人として今何が起きたのかを理解できるものはいなかった。
「ええっと、今何をしたの?」
代表してイルマが口を開き疑問にする。
「わからなかった、ですか……。ただ風で火を消しただけなんですが」
「そんな馬鹿な。あれは風程度で消せる炎ではなかった」
「強大な火は風程度では消えるはずがない。消せるの証明しちゃいましたね」
正確には今扱ったのは酸素濃度を操るもの。「特定の気体を操る」ということから漠然としているため効果は薄かったが、あの炎が消費する酸素量は多く、すぐに効果が出たのだ。

「いい加減終わりません?剣もダメ魔法もダメ試験もダメ不意打ちもダメ。全敗。なんなら今戦った感じルナより弱いですよ?今まで何してきたんですか。まさか自分の才能に笠を着てサボっていたなんてことは…」
ルナよりも弱いと言われ激昴しかけたジンたが、続く的を得た言葉に何も言い返せない。

「耳が痛いね、ジン。サボってたのは事実だし」
「話を聞く限りでは、キュペル=キフェルネという目標があったにも関わらず?三男だから家を継げず、将来は何らかの職に就く必要がある。騎士団にしても魔道士団にしても実力は必要。まさかコネで入ろうとしているわけじゃあるまいし」
はぁ、と溜息をつきながら。


「イルマ、後は任せるよ」
「ああ」

「ルナ、シモネ、行くよ」
「了解」


リヒトはその場をあとにした。










「ご主人様、どうして自分は貴族だと言わなかったんですか?後日には明かすことになるのに」
「特にこれと言った理由はないよ。単に証拠がないってだけだし。一応紋章は持ってるけど、ジン本人を納得させるほどの効力はない。確認方法はあるけど知ってるとは思えないし。今までパーティにも出たことがないからそこツケが回ってきたのかもね」
「だとしても、言ってもよかったと思う」
「まぁ普通なら俺も言ってたかもね。でも今回は心を折れって依頼だったし。「貴族だからしょうがない」って雑念を与えちゃダメなんだ。後加えるなら、ああいった状況で言うと、「なんで黙ってたんだ」って変に刺激しかねないしね」
「いえ、でもそれなら……」
納得のいかない様子だが、リヒトのことだから他にも考えがあるのだろうと口を噤む。



リヒトが何を思い何を考えているのか、知ることは出来ない。








ここに足りないのは(主に)厨二要素と表現力

「月下の幻想曲」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く