月下の幻想曲

矢能 智郁

28話



─そして訪れる、試験当日。

「番号はたしか、俺が300、シモネ、ルナが301、302だったよね?」
「はい。そうです」
「となると俺だけ別の部屋…。2人とも、大丈夫だよね?」
「もちろん」
ルナが返事をする。

「2人とも容姿はいいからね…。どこかの馬鹿が絡んできそうなんだが……。まあ正直2人を倒せるやつはここには居ないか」
「これでも「常闇の夜明け」幹部なんですから。心配はしなくて大丈夫ですよ?」
「それもそうだね。試験の後は宿で合流。王都に着いてから宿に篭りっぱなしだったからそれまでは好きにしてくれていいよ。ただ、お前ら2人は一緒にいてね?」
「わかりました」
「じゃあ。健闘を祈る」




先ず案内されたのは一部屋に100人入る程度の大きさの部屋。ここで筆記の試験を行う。
リヒトが入ったときには未だ20人程度しか座っておらず、担当の大人に指定された席に座るように言われた。

しばらくして、試験開始の時間となり問題が配られる。時間は80分。
「シルカディアの都はどこか」「魔法を発明したのは誰か」など誰でも知ることの出来る基礎的な問題が並んでいるのを順に解き進めていく。

問いの連なる中リヒトが途中で止まったのは「魔法行使において最も重要なことは何か」という記述問題。一般的に考えれば「詠唱と魔力量」が答えとなるだろうが、リヒトは別の答えを持っている。記述式という形式を見ても、生徒を振るい分けるための問いと言っても過言ではないだろう。







「試験終了。回収します」
担当の人から促され、順々に集められていく。
さあ、次は実技試験だ。

今回は試験管と1対1の勝負らしい。番号順に呼ばれ、流れていく。
リヒトは、自身よりも前に受ける人のレベルを見ていたが、自身との差には驚いた。

「其の緋は我が焔。数多なるものを燃やすものなり。燃えよ、業火の如く。哮よ、獅子の如く。誰が為の焔なるか。燃やせ。燃やせ。燃やし尽くせ。火球《ファイヤーボール》」
などと盛大に恥ずかしい詠唱をしているのにも関わらず、拳大の球を出すのに精一杯。威力も全然ない。時折混ざっている、球状以外に変化されることのできる人は、周囲の人に大層驚かれていた。
これが、教育の受けられる貴族と受けられない平民との「差」なのだろう。
独学で学んでいったリヒトにとっては、この程度空き時間でも使えば上達するだろうに、と思わないわけでもなかったが、それは筋違いだろう。

既に「常闇の夜明け」には居場所が割れている上、態々実力を隠す必要もないのでいつも通りやるつもりでは居たがこれを見ると少しやる気が失せたのも否定は出来ない。しかし手を抜くとルナやシモネよりも低いクラスになりかねない。それはリヒトにとって避けるべきことだった。





そして、リヒトの順番がやってくる。

彼の当たった試験官は20歳後半の男性だった。大剣を担いでおり、明らかに武闘派の外見。
「さて、これから試験を始める。俺はゴーガン。Bランクの冒険者をしている。形式上、お前は負けることになるろうが気にするな。今日見るのは「どう闘うか」だ。武器はなんでもあり。全力で闘え。以上だ」
武器はなんでもありだそうなので、俺は少し挑発する。場を整えるための、立派な番外戦術。

「えっ、いいんですか?死にますよ?」
「はは。面白い冗談を言うな。それはないから安心しろ」
予想通りに反応してくれる。折角の機会なので、今の自分でプロ相手にどれだけできているか確認するため、これまでにした事の無い、あの強者の出す圧力に挑戦してみる。
「ん?こいつは…まあ大丈夫か。少しはやるようだが」
大丈夫らしいので、もう少し強く。
「お?そろそろ厳しい、か?だがここに来るまでに時間がかかっている辺り未熟だな」
そう言いつつ、ゴーガンも威圧を返してくるが、リヒトは涼しい顔して難なく受け流す。
「これを受けて平然としてやがるのか。お前、何者だ?」
「学園の試験を受けに来たしがない一般人ですが。なんですか?少しびびっちゃったんですか?」
「なんだと?」
ゴーガンの気力が跳ね上がる。その圧に周囲の試験にも影響を及ぼしている。

「ゴーガンさん。ダメじゃないですか。周りの子が完全に怖気付いちゃってますよ。試験官として、これは大丈夫なんですか?」
小手先の技で煽っていく。今の状況ではこれで十分。

ちなみにだが周りからは
「おい、あいつ大丈夫か?死ぬぞ」
「ゴーガンの全力を受けても平然として、さらに挑発するか…。あいつ何者だ?」
などとちらほら聞こえている。

「おい。始めるぞ」
せっかくの注意を無視して開始を促してくる。思っていたよりもずっと挑発に弱かったらしい。

「はあ、わかりましたよ。じゃあ俺はこうしてるんで、先手どうぞ?」
自然体を取り、待ち構える。
「これでもまだ余裕か。後悔すんなよ?」
試験官はとして、怒りで我を失うこと、ましてや先手を取るといった行動は本来はご法度だが、今の彼にそんなことを考える頭は残っていない。


ゴーガンが背中の剣を抜き、間合いを詰めはじめる。彼の背丈より少し短いくらいの長さの大剣が容赦なく振り下ろされる。

対するリヒトは、いつの間にか準備していた腰の「結月」で受け止める。
「なっ?!」
間違って押し潰してしまうのではないか、と言う彼に辛うじて残っていた理性は予想打にしない結果に狼狽え、そのせいで腕に籠る力が少し緩む。
しかし、リヒトがそんな違和感を見逃すはずもなく、再度力が掛けられた瞬間を狙って刃先を傾け、力の向きをずらす。これはもちろん、兄キュペルとの鍛錬で身につけた技術。

体勢を崩したゴーガンは、その重たい武器故に反応できず、か細くも力強い腕に殴り飛ばされた。

「がはっ」
「どうしたんですか?まさか、まだ終わりじゃありませんよね?」
リヒトは内心物凄く困惑していた。それもそうだろう。今まで練習相手として幾度も剣を交じ合わせたキュペルのそれよりも、格段に、段違いに遅かったのだ。
この世界に来てからというもの、例の奇襲を除き特にこれと言った戦いはしてこなかった彼だ。いつも相手となり、年の近い兄を基準に考えていてもおかしくはない。
加えて大剣という重量のある武器による弊害を加味したとしても、今のは遅かったのだ。


「もちろんだっ!うおらぁ!!」
威勢よく駆けてくる、に向けて、リヒトは容赦なく魔法を放つ。
既に予定通り注目を集めてしまっているリヒトだが、無詠唱に関しては知られるべきではないと思っていたため、羞恥心を抑えて詠唱をする。
「雷《いかずち》よ。彼が霹靂で全てを穿ち、彼が閃光で数多を照らせ。雷轟《らいごう》」

曰く、雷魔法は、古代に既に失われた魔法。
一度は完成していたものの、雷の正体を知らないこの世界の人々にとって黒魔法よりも全く想像のつかない「雷」を発動させる術は継承できなかった。

一筋の紫電の閃光と共に鳴り響く雷鳴。その場の誰もが、目を奪われ、焼かれる。

次に目を開けるとそこには、ゴーガンが黒焦げて横たわっていた。

「お、おい。あれって……」
「ああ。伝説に聞く雷魔法だ」
と感嘆するものや腰を抜かす者など様々。

「やばっ。雷はやりすぎたか?」
当然、力加減はしてある。

「ゴーガンさん?!大丈夫ですか!?」
万が一ように配備されていた救急班の内の2人が治癒《ヒール》をかけるが一向に良くならない。
「すみません。どいてください」
「なんだ君は。受験者か?足でまといだ。下がってろ」
そう声を投げられたが、お構い無しに近づき、指を鳴らす。
パチン。軽快な音と共にゴーガンの体が光に包まれ、瞬く間に傷が治っていく。
その光は穏やかで細やか。周囲の人の目を奪う。

「んん……。何だ?俺はたしか…」
「ゴーガンさん、大丈夫ですか?」
「俺は、負けたのか?」
「ええ。戦闘面では素人の私でも弄ばれているのが分かるくらいの大敗でした」
「そうか。リヒトっつったか?ん?あいつどこだ?」
「えっと……。あ、あれじゃないですか?」
「おい、帰ろうとしてんじゃねえ!」
「あっちょっと!まだ動いたらダメですって!」

「試験は終わったでしょう?それに、帰りなさいだとか足でまといだから下がってろって言ったのはそこの人ですよ?」
「そ、それはすまなかった」
「謝罪で済む問題ではないんですけどね。それで、何の用ですか?」
「いや、これと言った用事はないんだが、少しお前が気になってな」
「なら帰っていいですよね」
絡まれると面倒だと思ったため、無愛想な態度を取る。しかし本心では話してみるのも楽しいかもという一面もあり、どうしていいかわからなくなっている。

「お前、俺を突き飛ばした時何回フェイントをいれた?」
「さて、何回でしょう?」
「俺の目には4回に見えた。ただの攻撃なら防げていたが、そのフェイントのおかげで吹き飛ばされたわけだしな」
驚愕すべき出来事が2回も起こったことで意識を手放していた周囲の人々が正気を取り戻し、リヒト達の会話に耳を傾け始める。
しかしながら、Bランク冒険者をも惑わすフェイントの存在に三度驚かされる。
「いえ、5回です。これ以上必要無いと思ったところでいきました」
「そこまで舐められていたのか……。こいつは逸材だな」
ははっと笑い、天を見上げる
「舐めてはいませんよ?相手は少なからずプロだったわけですし」
「だから俺をキレさせたわけか。そこまでの技術は誰から教わった?」
「師匠は居ないです。本当に。魔法は全て独学。本を読んだり、試行錯誤したりで大変でした」
「独学だと!?一体どうすればこうなるんだ」
「独学だからこそ、色々穴だらけなんです。特に常識に。それを埋めるためにここへの入学を決めましたし。誰かに教わってもよかったんですけどそれだと知識が偏るでしょう?」
「なるほどな……。それなら剣の方はどうしたんだ。あれはたった一人で至れるものじゃない」
「剣術は兄さんと散々打ち合いました。なんたって僕よりも強いんですよ?」
冗談交じりに軽く告げる。
「なっ、これより強い、だと?」
「まあお互い魔法を使わなければ、ですから純粋に剣術のみの勝負ではですけどね」
「だとしてもすごいな。兄に師は居たのか?」
「居た……と思います。名前は聞かないでください。それで、他には?」

「えーっと…。そうだな…」
ゴーガンが考えている隙に、今試験を行っている人を観察する。
すると、気になる存在を見つけた。

「あっ、ルナださ」
「ん?知り合いか?」
「ええ。家で働いているんです」
「ってことはそいつもやべーんじゃ?」
非常識な力で自らを倒した彼のところで働いていると聞いて、ゴーガンは純粋に危機感を覚えた。
「いえ?2ヶ月前までは全くの素人でしたし、そんなことはないはずですよ」
「そうか。なら……」
そんな淡い期待は、
「風槌《ストーム・パニッシャー》!!」
ゴーガンの安堵の声と共に響いた一声に、一瞬で打ち砕かれた。
直後、悪い予感が的中したかのように、本日2度目の轟音が鳴り響いた。

「おい。あれのどこがそんなことはない、だ。大惨事じゃないか」
「あちゃ…。ルナ、気合い入ってるなぁ」
「あれで2ヶ月前は素人……?一体どんな冗談だ…」
「朗報ですよ。次もうちの家の者です」
「えっあの蒼髪の子も…。ってことは当然……」
「まあ、ルナよりは、前の人よりは強いですよね」

シモネの場合、圧巻としか言い様がなかった。試験官を手玉にとり四方からの攻撃を全ていなしつつ、的確に反撃を喰らわす。苦し紛れに打たれた魔法も呆気なく相殺。決して弱い訳では無い試験管の攻撃も、今あの場では児戯にしか見えなくなっている。

「あのサレチスが弄ばれてやがる」
「あの人、そんなに強いんですか?」
「ああ。俺たちBランクのなかではトップレベル。王都では時期Aランクとまで言われてるやつだ。俺でさえ善戦出来ればいい方なんだが」
Aランク冒険者と言えば確かこの国には40人程度しか居ない実力者。
Bランク冒険者でもその6倍程度の人数のため、実力は相当だと言えよう。しかし、シモネは非公式だがあの「常闇の夜明け」の幹部。ランクに直せばAランクはくだらないだろう。そう考えるとこの差は当然とも言える。

「はあ、今年は豊作だな。いい後輩が出来たと開き直るしかねえなこりゃ。俺はそろそろ仕事に戻る。じゃあな」
「ええ。また」

さて、2人の試験も見られたことだし、帰ることにするか、と考え、足を向けたところで後ろから声をかけられた。


「ねえ君、さっきの人でしょ?すごかったわね」


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