月下の幻想曲

矢能 智郁

22話



出発して少しした後、リヒト達一行は快適に初めての度を楽しんでいた。用意されていた馬車は、箱型で後ろが空いているタイプ。普段は布をかけて中を隠している。
中は側面に椅子が付いているだけの簡単なタイプ。積荷は必要最低限しか入っていなかった。おそらく、冒険者になるための配慮なのだろう、と思いたい。冒険者になれば、このレベルの度は日常になるからだ。

「ご主人様、指示通りに行ってますけど、合ってますか」
積荷の中に、王都までの簡易的な地図、と辛うじて呼べるものが入っており、それを頼りにしている。
予定ではカノー領のアルバ村へと向かっている。そこまでは一日とかからず着くため、日が暮れる前には入れるだろう。
「ああ。あってるよ。御者、ありがとうな」
「いえ、ご主人様の為ならこれくらい平気です」
「そうか。しばらくしたらルナと交代させるから、それまでよろしくな」

続いて、ルナに声をかける。
「ルナ、お前は休んどけ。それとも何か話すか?」

ルナは何か考えたようにしてから、口を開く。
「あなたは何を考えているの?」
「何がだ?」
意味が伝わっていなかったので、言い直す。
「私を連れてまで何がしたいの?」
「それ前にも言わなかったか?別に何もない。お前が俺と重なったから助けたまでで、助けたからには、最後まで面倒を見る。それだけだ。お前が何を考えていようと、何を背負っていようと」
答えているようで答えになっていないような返答。

「違う。私に力を与えて、復讐も容認して。普通の人ならそんなことしない。「復讐はいけないことだ」とか「そんな事のために無駄に時間を使うな」とか言ってくる。これまでも、そうだった」

なるほど、何故俺は復讐に寛容的なのだろうかということか。これを言葉にするのは初めてだ。
「それはな、俺も復讐する側になったことがあるからだよ。でも、力がなかった。
復讐しても何も残らない?した所で何も得られない?そんなことは知ってる。でも、やらなきゃいけない。やらなきゃ気が済まない。前に進めない。半ば八つ当たりだとしても、そいつの気持ちは痛いくらいわかる」
これが、俺の本心。

「それを聞いてあなたが信用できる人なのはわかったから、話してもいいとは思った。出来るとするは違うけど。でもいつかは話さなきゃいけない、そんな気がした」
「そうか、ならそのときに俺の事も話すか」
「そうして。シモネには・・・同じ時に話す」
「ああ、それが」ドガアアァン!!

近くで巨大な破裂音。
「シモネ、何があった?」
「あ、すみません。使う魔法を間違えました。ゴブリンに、見つかったので駆除してたんですけど、一体一体倒すの面倒で、まとめてドンとやろうとしたら、こうなりました」
語尾に「テヘッ♡」とでも付きそうな言い訳。
リヒトは直感的に嘘だと分かった。ただ、根拠はない。
「それならそうと早く言え」
「ごめんなさい。でも、2人でなにか話しているようだったので、邪魔するのも悪いかなぁと」
「遮ってくれて大丈夫だった。下手に一人でやって死角に打ち漏らしがいたら、その方が怖い」
「たしかに・・・それもそうですね。次からはそうします」



窓から外を眺めていると、シモネから声をかけられた。
「ご主人様、トロールが3体です!見つかりました!」
トロールは手足が比較的長い、邪悪な巨人の姿をしており、右手にはどこで手にしたのかわからない木の斧を持っている。

「了解。手慣らしに俺が行くよ」
「気を付けて」
ルナが心配して声をかけてくれる。それもそうだろう。トロール一体だけでも難易度は高めなのだから。





この世界に来て初めての対魔物戦。おまけに魔物とはいえ人型である。こいつを殺した時に、どうなるだろうか。

走りながら収納から「結月」を取り出し、駆ける。あちらもこちらに気付き、「子供一人か、いいカモだ」とでも言いたげにこちらへ向かってくる。

リヒトは手始めに、一体に的を絞り、体全体に魔力を纏い全力で切りかかる。斜めに一閃。抵抗も少なく、瞬時に切り殺される。それに激情したのか、他の2体がグガァ、グギャアと興奮していく。

これまた収納から取り出した銃を片手に、3発撃ち込む。両肩と脳天に各1発。軽快な音とともに、トロールが崩れ落ちる。
ここまで馬車を降りてから2分とかかっていない。

残り1体。銃を仕舞い魔力を解く。リヒトは刀1本のみで戦うつもりだ。
絶対に勝てると微笑んでいた、2体の仲間を失ったトロールが突進して距離を詰めてくる。
振りかぶる棍棒を待ち受け、受け流そうとするが失敗して剣を手放してしまう。トロールは自分よりも小柄なリヒトを叩き潰せなかったことに困惑したように見えたが、すぐにもう一度叩いてくる。
咄嗟に剣を追ってしまったリヒトの右手は使えず、左手だけで受け止めざるを得なかった。とはいえ素の状態で受け止めるのは無謀以外の何物でもないので、魔力を纏わす。

魔力の密度が高すぎたせいか、トロールの棍棒が途中から折れる。だが力は一瞬でも加わっているため、体制を崩していたリヒトは吹き飛ばされる。
地面を2、3度転がり、立ち上がる。
これ以上シモネ達に心配をかけるのも悪いと思い、結月を拾い切りかかる。
碌な武器を持たないトロールに防御の術はなく、呆気なく切り殺されるのだった。


魔物の死体は他の魔物を誘き寄せてしまう
と書物で読んだことがあったので、3匹とも燃やし尽くしてから馬車へと戻る。
あと10歩もしない所で、シモネが飛びかかってきた。
「ご主人様〜、大丈夫ですか??」
「ああ。最後の1匹だけ油断したけど、ちゃんと受け流せたからダメージ自体はない。心配ありがとな」
「いえ、これくらいメイド兼奴隷として当然のことです!」
「ありがとな。よし、出発だ」
無意識にシモネの頭を撫でていたのに他意は無いはずだ。そして若干頬が紅くなっていたのも気の所為だろう。



「ねえ、何があったの」
「自分の力を試したかっただけだ。最後は失敗したけどな」
「そう、それだけならいいんだけど」

この後は何回か襲撃はあったものの、順調に進み、無事アルバ村に辿り着いたが、時は既に夜だった。





「へえ、これがアルバ村か」
周囲には柵の代わりに広大な畑が広がっている。時期的におそらく何も植えられていないだろうが。
キルスに呼び出されて教えられた宿「安寧の小鳥」へ向けて馬車を進める。

「これか。よし、着いたな」
「ふう、やっとです」
「積んでおくのは万が一盗まれてもいいものだけにしろよ。それ以外は俺に渡せ」
2人には収納のことを教えてある。先の戦闘で虚空から武器を取り出すところを見せられたら、問い詰められるのも当然だろう。

旅人として違和感のない程度の荷物を残して馬車を降りる。


「すみません、3人なんですが、空いてますか?」
「いらっしゃい。3人ね。2人と1人に分かれるか、3人同部屋、どっちがいい?」
「いくらですか?」
「2-1の方が50ノール、3人の方が30ノールだよ」
「では2-1のほ「3人部屋で!」ってシモネ!?」
「安く済ませた方が良くないですか?」
俺一人では太刀打ち出来ない、とルナに振る。
「ルナ、どっちがいい?」
「どっちでもいい」

裏切られた……。
「アッ、ハイ。じゃあ、3人の方で」
「了解。じゃあこの階段を上がって右奥から3つ目の部屋だよ。飯は、好きな時間にそこで取っておくれ」
お金を払い、リヒトとルナは部屋に、シモネは馬車を片しに行った。
用意された部屋は、机とベットがあるだけの簡単な構成だった。
「俺は手前のを使うから、2人でその2つを使って」
「分かった」
荷解きをしているとシモネも部屋に入ってきた。
「体拭く時は言ってくれ。出ていくから」

「わかった。じゃあ、出てって」
「了解。布と桶はこれを使え。お湯は、お前らでどうにか出来るだろ?」
「うん。大丈夫」
「ああ、あとこれがお前らの荷物な。じゃあ少ししたら戻ってくる」
そう言ってリヒトは部屋を出た。






「ルナちゃん、背中拭こうか?」
「うん。お願い」
この2人は境遇が似ているためにかなり早くから仲良くなっていた。

桶に青魔法で水を作り、赤魔法で温め、布を浸す。
その間に服を脱いでいく。
その艶かしい様態に同性のシモネでさえも見とれてしまう。

しかしそんな中目につくのがルナの背中にある大きな傷跡。
その視線を感じてか、この傷も随分古くなってきた、とルナは思った。

「ルナちゃん。今日の馬車でのことなんだけど、ご主人様と何話してたの?」
シモネはこの古傷への興味を押し殺して、本題に入る。
「なんのこと?」
「シモネが、を倒した時に話してたやつ。実は少し聞こえちゃってたんだ。シモネ、耳良いから」
「シモネは・・・復讐についてどう思う?」
「復讐・・・本当だったんだ。シモネにはね、わかんない。でも、ダメとは言わない」
シモネのその目は、虚ろな、どこか遠くを見ているような気がした。

「私は、元いた村で虐められてた。家族以外知らないはずの情報が広まったせいで。誰から、どこから広まってのかもわからない。「紛い物」「化け物」。色んな暴言を投げられた。次第に暴力も振るうようになってきた。大人も、子供も。蔑んだ目で、怒りの篭もった目で。あいつらに何があったのかはわからない。でも」
今でも鮮明に覚えてる。あの憎悪の篭った、軽蔑の目を。


「本当にそれだけ?」
「えっ?」
「本当にそれだけだとしたら、理由として弱すぎる。この広い世界、それが理由なら復讐塗れになってるはずだよ。でも、少なくとも私の知る限りではそんなことない」

「そうだね。私は嘘をついてる。それは認める。でも、全部が嘘なわけじゃない。いじめも、噂も本当。それ以上は、今は言えない」
少なくとも、今の言葉に嘘はない。ただ、今は言えない。私が、奴隷に落ちることになった本当の秘密。

「わかった。なら、その時まで待つ。代わりに、勝手にどこかに行くのはやめて。ご主人様を頼って。3人なら、絶対出来るから」
自分でさえ未だ信用していいのか悩んでいるのにも関わらず、「頼って」の言葉はすんなりと出てきた。
「・・・うん。布、貸して。私も拭いてあげる」

ルナが服を来ている間に、シモネが反対に服を脱いでいく。
「ねえ。シモネは何を考えてるの」
攻守交代。今度は、ルナが聞く《攻める》。
「どういうこと?」
シモネは心当たりが無いかのように聞き返す。
「リヒト様への態度のこと。私には少し違和感がある」
「元からこういう性格だよ?」
「裏はどうなのか。まあいい。シモネこそ、私達《・》を裏切らないでね」
「もちろんだよ」
「はい、残りは自分で拭いて。そろそろ、帰ってくると思うけど」


シモネも服を着終わったところで、トントンとノックがあった。
「俺だ。終わったか?」
「終わりましたよー!入ってきて大丈夫です」
ガチャりと音のした後、リヒト様が入ってくる。

「とりあえずお疲れ様。明日は朝食を食べたら直ぐに出発だ。度の疲れがあるだろうから、早めに寝ろよ?俺も馬車に乗ってただけだったが、案外体がだるい」
「そうだね。私も、早めに寝ることにする」
「それじゃあ、俺は寝るな」
「はい。おやすみなさい」


しばらくして、シモネも就寝した後も、ルナは1人で考え込んでいた。
内容は大まかに、リヒトを信用していいのかどうか、と、シモネの裏について。
(彼の復讐への考えは共感できるものだった。私自身、この道の先に何も無いことくらいわかってる。復讐し返される可能性も覚悟済み。でも、私と変わらない年齢で、辺境伯家の息子としての生活。ハンナ先輩に聞いても、私に重なる要素なんてない。彼が嘘をついているか、誰にも知りえない何かを隠してる、この答えは、おそらく彼の言っていた秘密《・・》の奥にある)

この世界しか─そもそもの世界というものを知らない彼女にとって、別世界の存在、前世という概念は存在しないため、彼女がそう思うのも仕方が無いと言える。

(シモネの方は、内面で何か企んでるのはまず間違いない。でも、全く想像がつかない。解放を望むのなら彼の態度からして言い出せば恐らくしてくれる。かといって今彼を殺そうにもそんなこと出来やしない。今は好印象を植え付けるために動いているようにしか見えない。当分の間危険視する。ってなんであいつを守るために動いている感じになってるのか。自分で認めていないだけで深い所では認めている?わからない。でも、この問に早く蹴りをつけなければいけない気がする)

そんな考え事をしていたルナだったが、近くから伸びようとしていた魔の手には気付くことは無かった。しかし、ルナが起きていたからこそ、回避されたこともあった。


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