月下の幻想曲

矢能 智郁

21話




それからの日々は、何事もなく平和だった。
まるで嵐の前の前兆かのように。

この期間に2人の魔法の腕はめきめきと伸び、世間一般には天才と呼ばれるレベルになっていた。
一方のリヒトは、魔法の腕は言わずもがな、[付与魔法]にも隠れて手を出し、普段使うことのあるものはそれなりの腕前になっていた。



そして今日、入試8日前。
彼ら3人は、屋敷の前に集まっていた。
「遂にこの日か」
「そうですね。ここから伝説の始まりです!」
「伝説は大袈裟だろう」
「いや、そうでもない。あなたの実力は世界でもトップレベル」

そう、今日この日は、学園に向けて家を発つ日なのだ。





「リヒト、心置き無くってこい。兄を下したお前なら大丈夫だろう」
キルスから声をかけられる。
「ありがとうございます。精一杯やってきます」


「リヒト、元気でね」
「一生の別れじゃないんですから、また会えますよ。姉さん」
「それもそうね。私達は家で学ぶと決めたから学園に行くのがちょっと羨ましいかも」
「行けばよかったのに。なんでやめたんですか?」
「貴族のパーティに出る機会が幼い頃から多かったんだけど、その度にこの空気は私には合わないって思ってたのよね。それが年間でしょ?たぶん私じゃ耐えられない」
「そうだったんですか。たしかに姉さんそういう性格ですもんね」
「それは褒めてるの?」
「いいえ?」
姉さんの顔が膨らんでいく。意外と怒っているようだ。

その場にタイミング良く、兄が声をかけてきた。
「リヒト、俺をまかしたんだ。落ちるなんてことは絶対にないだろう。それと、そこの2人。リヒトを頼んだぞ」
「「はい」」


ここで、母ミューナが会話に入ってきた。
「ふふ。子供3人が揃って・・・これが見えるのもあと何回かしらね」
「お母様、ご冗談はおやめ下さい」
「事実じゃない。リヒトは学園後は旅に、フィーナはその頃にはもう嫁いでいるかしらね。キュペルは・・・まだ勉強中かしら?」
「順調に行けばそうなるでしょう」
「おまけに私とキルスも合わせれば、数える程度しかないわよ」
「ではこうしましょう。僕が学園を卒業した後、1度家に帰ってきます。実際そう思ってましたし。日程はまた手紙で送りますが、その時にまた集合ってことで」
「おっ、それいいな。そうしようぜ」
「そうね。リヒトの成長も楽しみだし」
「あとは長期休暇中に何回か帰ってくるようにはします」
「ええ。その時は色んな話を聞かせて頂戴?」
「わかりました」

「ああ、お友達を連れてきてもいいのよ?」
「その時にできていれば、ですけどね」



「では・・・そろそろ」
「ああ。そうだな」
とキルス。

「馬車は表に停めてある。御者は、たしかハンナが2人に教えたと言っていたが・・・本当に3人で大丈夫か?」
「ええ。いずれ通る道です。と言うか、この程度ができないと受かりませんって」
「それもそうか。あぁ、これが小遣いだ。道中好きに使うといいが、飯代も含んでるからな?保存食は多めに乗せてあるが、たまにはちゃんとした物も食え」
「わかりました。ありがとうございます」
「俺達もあとから行く。使いのものを送るから、宿で待っとけ」
「はい。では、行ってきます」

そうして、俺達3人は家を発った。
表では新たな地への思いを馳せて、
裏では昨日の兄の言葉を思い出しながら──。







遡ること3日。リヒトは、キルスに呼び出されていた。

「なんでしようか」
「明後日出発だろ?それまでに1度、お前の実力を見ておきたくてな。突然だが、明日キュペルと模擬戦をしてもらいたい」
「突然ですね。いいですけど・・・いつどこに?」
「昼過ぎに中庭。お前がいつも居るところだ。よろしくな」




翌日、中庭にて。
「よし、集まったな。ではこれより、リヒトとキュペルの模擬戦を始める」
キルスの号令で2人が前に出る。
周囲には観戦しようと屋敷で働く使用人や母ミューナ、姉フィーナまで来ている。
「双方、準備はいいな?」
「はい」
キュペルの軽快な返事。
「はい」

それにリヒトも応える。
「ルールは魔法無し、殺し無し。武器は今支給したもの。治癒士を呼んでいるから多少の傷は問題ない。俺の判断で終了だ。
それでは、始め!」

リヒトとキュペルは予定の合間を縫って何度も打ち合っており、お互いの手の内は把握しあっている。しかしこの勝負はキルスに今のリヒトを見せること。やるべきなのは「いつも通り」。



始まってから膠着状態が続いていたが、リヒトが仕掛ける。
刹那の間に読み、考え、斬る。そしてその読みを上回ろうと、考える。

右、左、上、突き。四方から飛んでくる剣をいなし、いなされる。

キュペルの剣を受け止めると、死角から蹴りが飛んできた。しかしそれがわかっていた俺は左手で防ぎつつ木刀を引き、突きへ移行。しかしそれも弾かれる。
弾かれた隙を見逃さない。左から右へ切り降ろされる。攻守交替。キュペルの猛攻は止まらない。四方から飛んでくる剣を捌くので精一杯なリヒトは足元に来た攻撃に、気付けなかった。

ドスンッ。一瞬視界が反転しかけた。そのまま首元に押し付けられ──るのを防ぎつつ
お互いに剣を振るう腕をしならせながら、攻め、防ぎ、次の一手を伺う。
それは齢《よわい》12と16が振るうにしては、美しく、舞っているかの様。そんな演舞も、やがて終わりを迎える。

ドサリ、と2つの影が地面に倒れた。
結果─引き分け。要因は、酸素切れ。集中し攻防を繰り返すのに、呼吸している暇もなかったのだ。



「やめっ!この勝負、引き分け!」
キルスの宣言が響き渡る。
「ははっ、本当にリヒトは自慢の弟だ。俺はこの家を次ぐが、お前は違うんだろう?」
「ありがとうございます。えぇ、世界を見に。キフェルネ家時期当主として頑張って下さい」
「……っ、あ、あぁ」
微妙に開いた間。何かをほのめかせている。
「何か…あったんですか?」
反射的に聞いたが聞かない方が良かったのかもしれない、とリヒトは感じた。
「いずれ、わかるさ。今はまだ、その時じゃない」
何が、と。出かけた幾つもの疑問を飲み込み、その場を去る。



───その時の兄の言葉が、リヒトには妙に引っかかっている。その疑問が晴れる日は、いつだろうか。

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