VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第6章29幕 効果<efficacy>


 「あー。こいつかー」
 【マタギ・インデュ】を見たステイシーがため息を吐きます。
 魔法系のプレイヤーにとって【マタギ・インデュ】は強敵で、同時に物理系にとっても強敵になります。
 その理由は……。

 「いきなり物理形態だよっ!」
 前線にいるエルマから声がかかります。
 【マタギ・インデュ】は物理形態と魔法形態を交互に入れ替えてくる〔ユニークモンスター〕です。
 物理形態の時には物理のみ、魔法形態の時は魔法のみダメージを通すことができます。
 なので今はステイシーにやれることはなく、同様にマオにもやれることはほとんどありません。
 ステイシーは鎌による斬撃攻撃を持っていますが、そもそも物理系の攻撃力は低く、一週間という膨大なクールタイムを支払ってスキルを発動したところで、物理系プレイヤーの強力なスキルほどの威力は出ません。
 「ステイシーはバフお願い。魔法形態になったら≪シフト≫で後方に呼び戻して」
 私はそうステイシーに言い、≪シフト≫用に腰に刺している【神器 チャンドヤハース】を地面に刺し、装備を転換して走り出します。

 「よっ!」
 エルマが魔法剣に魔法を纏わせず、【マタギ・インデュ】の拳による攻撃をいなしています。
 エルマと反対側に来た私は、左手の【短雷刀 ペインボルト】で攻撃を防ぎつつ、右手の【ナイトファング】で斬り付けます。
 一定以上のダメージを与えれば、魔法形態に変化するので、そこでステイシーの超火力による攻撃で大ダメージを期待できるので、早く魔法形態に変化させたいところです。

 私とエルマが攻撃を受けつつ、ちびちびと攻撃を与えていると、【マタギ・インデュ】が膝をつき、倒れます。
 「なかなかに響くだろう」
 サツキが【マタギ・インデュ】の背中に≪銃衝術≫で大きなダメージを入れたようです。
 『ギャオオオオオ……≪変化〔魔法形態〕≫』
 その言葉が聞こえた瞬間、私は装備の転換をはじめ、視界が一瞬で後方へと戻ります。
 「≪サンダー・ストーム・ドラグーン≫」
 ステイシーが即座にスキルを放ち、そして同じタイミングでマオもスキルを放ちます。
 「≪鎌鼬≫」
 ステイシーのスキルとマオのスキルが直撃し、もんどりをうつ【マタギ・インデュ】に私もスキルを放ちます。
 『貫ケ 貫ケ 闇ノ力ヨ 疾ク 疾ク 駆ケ進メ 我ガ配下ヲ供物トシ 理貫ク闇ト成セ』
 唱えながら、適当なドロップ品を手に握ります。
 「チェリー! みぞおちだ!」
 サツキの声が聞こえたので、そこに照準を合わせ、放ちます。
 『≪理ヲ貫ク闇ノ道≫』
 貫通力の高い、詠唱魔法が【マタギ・インデュ】のみぞおちの少し下あたりを貫通します。
 「すこしずれた」
 「平気!」
 エルマが魔法剣に魔法を纏わせ、追撃を仕掛けます。
 幾度か斬り付けると、地面頭や急所をかばうように丸まった【マタギ・インデュ】が『≪変化〔物理形態〕≫』と言ったので、エルマが全力で後方に飛び、それを支援するかの様にサツキが魔銃から玉をばらまきます。
 私も前線に出たいのですが、装備の一括転換がまだクールタイム中でしたので、ステイシーの後ろに隠れ装備を変更します。
 「うけとれっ!」
 後方に下がる途中、エルマが私の【神器 チャンドラハース】を足で蹴り飛ばし、こちらに飛ばしてくれました。
 それをマオが受け止め、また地面に刺します。
 それを確認した私は、【称号】の転換を諦め、武器だけを交換した状態で走り出します。
 もう【マタギ・インデュ】のHPは残り少ないはずなので、この物理形態で仕留めてしまいたいです。
 「ステイシー残りは?」
 走りながら大声で聞くと、「15万ー」と答えが返ってきます。

 15万なら削り切れるっ! 

 私は≪スライド移動≫を発動し、起き上がった【マタギ・インデュ】の股下をくぐり、内腿を斬り付けます。
 そしてバランスを崩したところにエルマが一撃加え、最後にサツキが≪銃衝術≫で止めを刺しました。
 『ギャアアアア』
 パリーンと砕けるような音が鳴り、【マタギ・インデュ】を討伐しました。
 
 『【マタギ・インデュ】の討伐を確認。〔変化の書〕をインベントリに獲得しました。』

 視界にそうアナウンスが表示されます。
 「やっぱ強さのわりに報酬しょっぱいよね?」
 エルマがそう言います。
 「ここに来れば確立で会えるモンスターなんだ。それはしかたないだろう」
 サツキはそう言いながら不満そうに〔変化の書〕を取り出し、ぽいっと私に放ってきました。
 「ワタシには必要ない。チェリーが隠蔽系の装備でも作るときに使ってくれ」
 そう言っていたのでありがたく受け取り、インベントリにしまい込みます。
 「ところで【ギフト】の効果は感じられた?」
 私が皆に聞くとサツキとステイシー以外は首を横に振りました。
 「ワタシの場合、ウィークポイントが浮かんで見えた。これは初対面の敵には有効だろう」
 「僕は複合魔法を放った時の消耗が減ってたから悪くないって感じたよ」
 二人は結構いい【ギフト】だったのかもしれませんね。
 私は今回MPをほとんど消費せずに戦ってしまったので、正直判断に困ります。その点はエルマも同様で、精霊を召喚しての戦いをしていないのでわからないといったところでしょうか。マオはステイシーの火力でかき消された感じでしょう。
 「どうする? 次へ進む?」
 「いや。先に進むのは止めにしよう」
 エルマの問いにサツキが答えます。
 「了解。もどろう」
 そう言って奥の開いた扉の横まで行き、転移紋を引っ張り出しエルマが戻ってきました。

 ダンジョンの一階、地上部分へと戻ってきた私達は、とろとろ歩いてセカンドホームまで帰っています。
 途中で顔見知りのプレイヤーなどとあいさつを交わしながら歩いていると、こちらに走ってくる人物がいました。
 見覚えのある姿ですね。
 「チェリーいいいいいいいい」
 走ってくるそいつの進路上に拳を置いておくと勝手に自分から当たり、地面を転がります。
 「いてぇっすうう」
 「何か用?」
 「聞いてくれっす!」
 「だから何?」
 「『虎の子』が『花の都 ヴァンヘイデン』から追放されることになったっす」
 そういうハリリンの顔に嘘はなく、本当に焦ってメッセージではなくここまで走り、私達を探していたのだ、と気付きました。
                                      to be contin

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