VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第5章56幕 統べる者<sovereign>


 『はああああああああっ!』
 剣を身体の後ろに隠しつつ接近してくる【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】を私はできるだけ落ち着いて観察します。
 剣の持ち方からして、右上方から斬り下げ、という感じでしょうか。
 ある程度の分析をし、私は左手の【短雷刀 ペインボルト】を少し左へずらし、【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の剣を跳ね上げる準備をします。
 『やはり、読まれるか。だが』
 【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の身体の後ろから現れたのは先ほど自身の翼を変化させ作り出した剣ではなく、火属性魔法により生成された剣でした。
 『読まれることを読んでいたっ!』
 「くっ!」
 左手の【短雷刀 ペインボルト】で火属性魔法の剣を消滅させますが、次いで【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】 が左手に握った本命の剣の一撃を防ぐ為、私は右手の【ナイトファング】を横に薙ぎ払います。

 【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の剣戟を私が捌き、私の斬撃を【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】が防ぐ。短い時間の攻防が私の精神を摩耗させていきます。

 反撃の手段が生まれない……。

 短刀や短剣を両手に装備するのは、片方で防御、もう片方で攻撃を行えるバランスの良さにあります。盾と片手剣を同時に持つのと似ていますが、決定的な差は一つです。それはどちらを防御にするか選べることです。
 基本的に、盾での攻撃はあまりありませんから。
 そしてもう一つのメリットは手数を増やすことができる、という点です。
 長刀やロングソードを両手に一本ずつ装備する方が、確かに瞬間的な火力は出ます。しかし、振りが遅く、小回りが効かないというデメリットがあまりにも強すぎます。
 【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】はそれを高いレベルで実践し、私の短刀、短剣に劣らない手数で攻撃を仕掛けてきます。

 練度の差。

 私の頭にはその一言が浮かび上がります。
 しかし、新マップで〔オブザーバーボスモンスター〕として登場した【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】にそこまでの戦闘経験はない、そう考える自分もいます。

 反撃の機会を探しつつ、相手の攻撃を完封する。それは非常に疲労が溜まります。
 そして私は一つのミスを犯します。
 「あっ……」
 【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の動きを読むことに慣れ、油断が生じていました。
 少しだけ上がった【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の左手に反応してしまったのです。
 ニヤリと笑った【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の右手に、いつの間にか持ち替えた翼の剣が握られ、それは非情にも私の身体を両断しようと迫ります。

 これは……無理っ……。
 さすがにこの状態で防ぐのは無理だと感じました。後をみんなに託し、私はデスペナルティーを覚悟します。

 不思議なことが起こりました。
 私の右手が、勝手に動き、【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の剣の軌道へと置かれました。
 私が目を見開き、また【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】も目を見開きました。
 キンッと今までの攻防で発生したどの音よりも大きい音が周囲に響きます。
 『そうか……使える様になったのか』
 私には分からない言葉を【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】が告げます。
 しかし、右手に握る短剣からは、何かが伝わってくるような感じがします。
 そして私はそれを発動します。
 「≪刺即術≫」
 頭の中にふと浮かんだそのスキルを発動すると、私の中に衝撃が走りました。
 短剣は、斬る物だと私はずっと思っていました。実際に短剣を扱える【称号】や短剣に備わったスキル等は斬ることに重点を置いていました。
 しかしこのスキルは、刺す事に特化したスキルのように思えたのです。
 自然と口から漏れたスキル宣言と、意識していないのに動く自分の身体アバターを私はコマ送りのように見ていました。

 【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の剣を受け止めていた右手が、向きを変え【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の剣を弾きます。
 『くあっ』
 「ふっ!」
 そして右手が伸び、私の短剣が【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】の胸に刺さりました。
 『やるな』
 「突然、スキルが分かったんです」
 『ふっ。それは我が弟子のモノだ』
 「えっ」
 『我と会話することで、一つ目のスキルが目覚めたのだろう』
 「一つ目ですか?」
 『それ以降は己が目で確かめよ。我の負けであるな。くれてやろう』
 そう言って【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】は自分の目をくり抜きました。
 「えっ?」
 『これが〔龍の眼組めぐみ〕だ』
 「えっ? えっ?」
 私は手渡された生暖かい眼球を見つめます。
 『〔龍の恵〕が一つで効果を発揮しないのはこのせいだ。二つそろって〔龍の眼組〕なのだ』
 えっと……。
 眼の組で眼組って……。
 これ考えた奴出てこいよ……。

 何故か傷がすべて治り、ケロリとしている【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】とともに仲間の元へ戻ります。
 「お疲れ様。見ている分には楽しい戦闘だったけど、なかなか肝が冷えた」
 サツキからそう声をかけられます。
 「ありがとう。新しいスキルが使えなかったら負けてた……」
 「まぁ勝ったんだからよしでしょ。じゃぁ討伐するか」
 『ちょっと待て。我の敗北である』
 「うそうそ冗談だよ」
 というエルマの目は割と本気だった気がします。
 「ところでこの〔龍の眼組〕というのがあればこの都市を好き自由にできるのか?」
 サツキが【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】に問います。
 『そうだな。設定上はそう言うことになっている』
 「設定上は?」
 『我を倒す事が真の条件である。ただ所有するだけでは意味はない』
 「倒したんだから何か報酬ないのー?」
 『我はその機能を失った。敗北しても消滅しない故』
 「けちだなー」
 「ケチ」
 「さすがにケチだろう」
 「ケチんぼ!」
 私の仲間たちからの怒涛のブーイングが起こりますが、【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】はどこ吹く風と無視を決め込んでいました。

 『他に何か聞きたいことはあるか?』
 「この……この都市で死んだNPCを蘇生は……」
 私が恐る恐る聞きます。
 『無論可能である。〔龍の眼組〕を握り、願え、資格を有する者らよ』
 「資格を有する?」
 エルマが疑問符を浮かべながら問います。
 『然り。そこの娘とそこの娘、そこの娘だ』
 私、ステイシー、マオの順で指をさします。
 「どういうことですか?」
 『いずれわかるさ。そう遠くない未来に』
 はぐらかされましたね。

 そういうわけで私が〔龍の眼組〕を持ち、NPCを蘇生して、と願います。
 すると全身から力が抜けていくような感覚を覚えます。
 『これでよし。じきに蘇生されるであろう』
 【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】はそこまで言うと、少し間を開けてから続きを話し始めました。
 『チェリー、ステイシー、エルマ、サツキ、マオ。そして空蝉、鶏骨ちゅぱ太郎。もう死してしまったが、ベルガ、万痴漢この九名に我の加護と都市の全権を預けよう』
 すると私達の目の前にウィンドウが表示されました。

 『〔オブザーバーボスモンスター〕戦に勝利しました。〔オブザーバーボスモンスター〕の管理する土地の権利を獲得しました。』

 『〔〔オブザーバーボスモンスター〕の加護〕をインベントリに獲得しました。』

 『我の加護は語るほどのものではない。この『無法地帯 ヴァンディーガルム』において性向度のマイナスによるペナルティーを解除できる。あとは『龍恵都市 ドラグニア』おいて〔血の誓い〕を持つのと同義ということくらいか』
 結構おいしいですね。
 『さて我はそろそろ姿を隠すぞ。他のプレイヤー達が大挙してきた時に備えなければならんのでな』
 「最後に一ついいですか?」
 『なんだ?』
 「私達以外のプレイヤーがあなたを倒したら?」
 『都市の権利を与える。我の加護も与える』
 なるほど。条件は皆一緒と。
 でも後になればなるほど不利ですね。私達はこの都市にそれほどの執着がありませんが、もし自分たち以外に都市の権利を与えたくない人達が先に獲得してしまった場合、一方的な排除が始まりますから。
 『我はゆくぞ。用があったら〔龍の眼組〕から声をかけよ。そうだ言い忘れていた。それは二人で分けて、〔龍の恵〕として管理することを勧める。人は容易く裏切るものだ』
 「忠告ありがたく頂戴しよう」
 「空蝉にあげる」
 「了解」
 私は空蝉に〔龍の恵〕を渡し、今後片方が自由に都市を改変させたりできない様にしました。

 しゅんと消えて行った【焔龍真神 ドラグジェル・バールドライド】のいた場所を眺めていると、後ろから声がかかります。
 「チェリー。飲み行こ」
 くるっと振り返り、私はエルマに返します。
 「わかった」
 右手に握っていた〔龍の恵〕をインベントリにしまい、私はエルマの方へと歩き出しました。
                                      to be continued...

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