VRゲームでも身体は動かしたくない。
第5章42幕 誠心<sincerity>
「じゃぁ見逃してくれたってことでその報酬ね。不動ってプレイヤーの情報を提供するよ」
私達はもう一度少しだけ話し合い、マンチカンの様子を見ることにしました。
勿論、戦闘態勢は解かず、何かあったら即座に対応できるようにはしておきますが。
「不動って実際なんなの?」
エルマが率直に聞きます。
「詳しい情報はあの変態情報屋の方がよく知っていると思うけどね。第二陣からログインしてきたプレイヤーで、VR化前からマナーの悪いことで有名だったよ」
「昔からこんなことを?」
「そうだよ。NPCを好き好んで殺して、初心者狩りとかして遊んでる奴だったし」
稀にいるタイプですね。正直、そうやって遊ぶのが悪いとは言えない口惜しさがあります。彼らの言い分は「運営が認めてるから大丈夫」ですからね。自分たちの現実に影響がなければ、私生活で溜まったストレスをこういうことで発散する人はいないわけでもないと思います。
「よりリアリティーを増したせいでさらに悪質になってる?」
「いや。本当に変わらないよ。昔からあんな感じだったらしい。リーダーのクーリがそう言ってた」
「そっか」
そう私達が不動というプレイヤーの話を聞いているとサツキと忍者刀のプレイヤーが戻ってきました。
「まんちかん。今もどった。惨敗した」
惨敗したという割にどこも欠損してませんし、穴も開いてないですね。
「なかなかに有意義な時間だった」
「サツキ? 何してたの?」
「ん? 叩いて被ってじゃんけんぽんだが? 知っているだろう?」
知っている、知らないじゃなくて、なんでそんな勝負をしてたのかが気になるよ、私は。
「なんでそんなことに?」
私の疑問を代わりにエルマが聞いてくれました。
「いや。なんということはないんだ。追いかけて行ったら地面にしゃがんだんで何事かと思ったらピコピコハンマーと〔ヤシの実帽子〕を取り出したからね。はっ、と気付いたわけだよ」
うん。分からない。
「強かった。あっ自己紹介がまだだった。私は空蝉」
うん? もしかして……。いえ。まさかね。
「妙に波長が合ってね。フレンドまでしてしまった」
やっぱり惹き合ったのか。中二病同士で。
私達も軽い自己紹介を始めようとするとクーリとその仲間、クーリを呼びに行ったプレイヤーが戻って来ました。
私達の間に多少の緊張が走りますが、武器を出していないクーリといきなり背中を向けたマンチカンに毒気を抜かれてしまいます。
「すまない遅れた。大所帯だな。よし、まだ開いてる酒場がある。そこにいこう。老人。一人で大丈夫か?」
「大丈夫です」
「決まりだ。ついてきてくれ」
そう言ったクーリについて酒場に行くことになりました。
とりあえずはここで戦闘にならなくて良かったです。
「自己紹介もなしにすまないな。俺はクーリ。こっちはベルガ。そっちは鶏骨ちゅぱ太郎だ」
名前。いえ。分かっています。キャラクターネームなんてそんなものだと分かっています。でも一言言わせてください。
「「もっとましな名前あんだろうが!」」
エルマと被り、結構な音量が酒場に響きます。
「いや。前の日、チキンの骨までしゃぶってて……」
「いや。それは大体察しましたよ」
前の日、痴漢される夢を見たっていうだけで、名前にする人もすぐそこにいますから。
あれ? ちょっとまって。今思ったんですけど、今ここにいるメンバーの中で安直じゃない名前の人いますかね?
私の表情に出ていたのかクーリが答えます。
「俺は栗が好きだからだ。伸ばし棒が入ってるのは栗もクリも使えなかったからだ」
この人も違う。
「僕はベルガモットが好きなので」
この人も違う。
「おはつっす。おいらは犬面っす」
この人も違う。っていうかソレキャラ被ってるからやめてほしい。
「ちなみにおいらの師匠はハリリンさんっす」
あの野郎。口調まで布教してんのか? 諜報技術だけにしろよ。
私達の軽い自己紹介が終わると、クーリが話し始めます。
「不動って野郎の一派が俺たちの後に侵入して暴虐の限りを尽くしていやがる。門のとこにあった石碑をみたか?」
「一応見ました」
私がすぐに答えると、一枚の地図のようなものを見せてきました。
「こいつを見てくれ。ここらの地図らしい。クエストの報酬でもらった。そこにいくつかの地点が記されているんだが、そのどこにも〔龍の恵〕という物はなかった」
確かに地図には細かくぺけ印が描かれており、探した痕跡を見ることができます。
「どうもそのクエストの内容だけじゃ発見まではできないらしい。不動達はそんなクエスト受けずに皆殺しにする馬鹿なやり方で見つけるようだな」
「なるほど」
「ということで提案がある」
真剣な表情でクーリが私達に言ってきます。
一度私達も顔を見合わせてから、コクリと頷きます。
「不動に見つけさせなければいい。俺たちも都市が手に入るんならと本腰入れてやってきたが、もう手詰まりだ。手を貸してくれ。もしそっちが見つけたらそっちのものでいい」
見つけたもの勝ちってことですね。
「あたし達が見つけた後に横取りするって魂胆は?」
「ない。誠心紙を作ってもいい」
誠心紙は契約書のような効果を持つアイテムの一種です。種類が多くて私はよくわかりませんが、盗賊や義賊等のプレイヤーが誠心紙を好んで使うのは知っています。
「破った時はどうする?」
サツキが強めの口調で言います。
「そうだな。全レベルの没収でいい。もちろん俺だけだが」
全レベルの没収は結構ハードな効果ですね。今まで頑張ってきたレベリングをもう一度やらないといけないわけですから。これは事実上の引退と取れますね。
「了解した。信用に値する」
そう言ったサツキが手を差し出し、クーリと固い握手を交わします。
「〔龍の恵〕を見つけるには情報が足りないよね」
サツキとクーリの腕相撲大会が終わり、元の話に戻すため、私がそう言いました。
「そうなんだけど、ここの都市のNPCは何も知らないし、結構殺されちゃったから」
マンチカンがそう言うと少しだけ、暗い空気になります。
「だからこそあいつらに渡しちゃいけないんだ。もう俺は探しに行くぞ。あとチェリー嬢に助言するぞ」
「なんですか?」
「少人数で動け。能力を見た感じですまないが、チェリー嬢とサツキさん。エルマちゃんとマオちゅわん、ステイシーの二組に分けろ」
マオちゅわん?
「わかりました。そうさせてもらいます」
「じゃぁ夜10時にまたここで集合な。宿は俺が押さえておくぞ」
そう言って酒場の会計までも全部支払ったクーリとその一行がお店から出て行きました。
「思ったこと言っていい?」
エルマが頭の後ろに手を組むいつものスタイルで言います。
「いいよ」
「盗賊って儲かるのかね?」
それ私も思いました。
私達も酒場を出て、先ほどクーリに言われた通りに別れてみます。
「なるほど。確かに的確だ」
私とサツキの組は近接から遠距離までそつなくこなせ、人数の少なさをトリッキーな動きでカバーできそうです。
エルマ達の組は防御と攻撃どちらにも優れ、余程なことがないと突破されない様に思えます。
「確かにしっくりくるねー」
「よしじゃぁ早速情報収集と行こう」
「じゃぁ夜の9時に一度集合しようか」
エルマの後にサツキがそう言って私達は別行動を開始しました。
「なぁチェリー」
「なに?」
「私達二人だけで行動することって珍しくないかい?」
「言われてみればそうかも」
「何度かはあるんだけどね。不思議な気持ちだ。さてまずはどこに行こうか」
「やはりそういう情報を集めるなら詳しい人の所か図書館でしょ」
「それで? 今回はどっちにするんだい?」
「詳しそうな人があからさまにいたじゃん」
「ふっ……そうだったね。一度さっきの場所に戻ろう。万痴漢と合流したところだ」
「了解」
サツキの≪追跡≫を使うために私達は先ほど老人と別れた場所まで戻ることにしました。
to be continued...
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