VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第5章33幕 裏技<trick>


 早めのお昼を食べ終え、リアルの方でも食事やら何やらやることがあったので一度ログアウトし、そちらを済ませ再び合流しました。
 「さて、これから待ちに待った新マップ探索というわけなんだが、一つ懸念がある」
 サツキが全員そろったのを確認してそう言いました。
 「懸念?」
 エルマが聞き返すと、待っていましたと言わんばかりにサツキが話始めます。
 「性向度マイナスのプレイヤー、『ELS』とかだね、彼らのような輩と偶発的な戦闘が起こるかもしれない」
 そうですね。一度壊滅させられたところで、彼らはまた集まってきているでしょう。
 「戦闘になったらどうするー?」
 ステイシーの質問にサツキが少し考えてから答えます。
 「戦闘をしないつもりなんだが、具体的な方法がない」
 「全員≪隠蔽≫系のスキルを使うのは?」
 「この中で≪隠蔽≫系を持っているのはチェリー、君だけだろう」
 仰る通りでした。
 「正直なところ、戦闘にならないと思っている。こちらにはステイシーとチェリーがいるからね。チェリーに至っては『ELS』のボスを倒している。そんなプレイヤーに喧嘩を売ると思うかい?」
 「そうかもねー」
 いや。それはどうでしょう。
 「人数が多ければすぐに戦闘始めると思うけど?」
 嫌な予感しかしません。「こっちのほうが頭数が多いんだ! 殺っちまえー!」というセリフが聞いてもいないのに耳に届きます。
 「まぁその時はその時だ。皆で退けよう」
 結局それって戦うってことじゃ……。
 内心ではそう思いつつもここで議論していても仕方がないので、とりあえず行ってみることにします。

 苦い思い出の詰まった『聖精林 ホースト』まで転移魔法でやってきました。
 「なんていうか居心地があまり……」
 サツキの言いたいことも分かります。たぶんここにいる五人、皆そう思っているでしょう。
 「とりあえず早く転移門を起動しよー」
 ステイシーがそう言いながら転移門へと近づき、ポンと触れました。
 すると足元が奇妙に揺らぐような感覚を再び感じ、二度目の『無法地帯 ヴァンディーガルム』へと転送されます。

 「大丈夫とはわかっていても身構えちゃうねー」
 「また来ちゃった」
 「見たところ敵はいなそうだね」
 「気持ちわる……」
 「吐き、そう……」
 ステイシー、私、サツキ、エルマ、マオの順番で言葉を発し、改めて『無法地帯 ヴァンディーガルム』に来たことを認識します。
 しかし前回来た時と少し様子が違うように思えます。
 「気のせいかな? 前回よりも色が多い気がする」
 私がそう言うと、他の皆も首を傾げます。
 前回来た時は全体的にもう少し暗く、色もあまり豊ではない気がしたのですが、いま私達の目に映るのは、転移前とあまり変わらない色合いの景色です。
 植物等は確かにありませんが、まがまがしさが消え、かなり優しい雰囲気です。
 「どういうことなんだろうね」
 サツキも頭を抱えています。
 「もしかしたら、性向度で、見える、景色が違う、のかも、しれないわ」
 マオがそう言っていたので、試しに【王族殺し】を外してみます。
 「あああああああああ!」
 外した瞬間視界から色が消え、一気にHPが減っていくので軽くパニックになりながら再び【王族殺し】の【称号】を装備します。
 「びっくりしたぁ。焦って付け替えミスるとこだった」
 バクバク存在を主張する心臓を深呼吸で落ち着けさせ、状況を説明します。
 「つまり、性向度がプラスになった瞬間前回の『ヴァンディーガルム』の様だったと」
 「うん。性向度による判定なんだね」
 分からないことがあったら人に聞くか、試すのが一番なのですが、もうこんな心臓に悪いことはしたくありません。
 「とりあえずハリリンの情報でわかってる街に行ってみようー。『カルミナ』だっけー?」
 「たしかそんな感じのところ。どうやって行くの?」
 詳しい座標等は聞いていなかったので、ステイシーとサツキの方を見ます。
 「確か転移門から南側に1時間くらいのとこだったかなー?」
 「道中で高レベルモンスター群がいるらしいから注意した方がいいそうだ」
 さすが、ちゃんと聞く勢の二人ですね。
 そのあたりをハリリンが細かく説明しているとき、私はエルマといっせーのせゲームやってましたし、マオは次に注文するお酒選んでましたからね。
 「とりあえず出発しようか」
 サツキの一言で私達は歩き始めます。

 【王族殺し】の【称号】で性向度が下がっている今は景色が程よくきれいで歩いていても退屈はしませんでした。
 「≪看破≫、≪鑑定≫」
 サツキがスキルを発動しながら生き物を見ました。
 「どういうことだろうか。見た目のわりに狂暴そうなんだが」
 サツキが見ていたのは岩を砕き、スナック菓子のようにポリポリと食べている猪みたいな生き物でした。
 「岩食ってる時点で普通に物騒だけどね」
 エルマがわりとどうでも良さそうな声で言うと、サツキが「回復を頼もうか」と言って何やらメニューを操作しています。
 「なるほど! そういうことあああああ!」
 珍しいサツキの悲鳴を聞きながら私は全てを察します。
 恐らく【王族殺し】の【称号】を外して本当の――どちらが本当か分かりませんが――姿を見ようとした様です。
 その際いきなり色を失う世界と急速に減るHP、ステータスに焦り、私と同じ状況に陥ったみたいです。
 「これは心臓に悪い。チェリーの言う通りだった」
 その後悪乗りしたエルマも結果的に同じ目に合いました。
 「ところでこいつを倒した時、経験値はどうなるんだろうね」
 サツキが一言そう言うと、すぐに風の刃が猪の首を刈り取りました。
 「弱いわ。でも、経験値は、多いのね」
 マオが猪を倒し、経験値を報告してくれます。
 確かにサツキが見た情報だとあの猪はLv.150と言っていました。本当にLv.150なんだとしたらマオが出力を制限した≪鎌鼬≫だと弾かれる可能性が高いです。
 つまり、性向度マイナスのプレイヤーにとってここは本当の意味で楽園なんですね。
 性向度プラスのプレイヤーに優しいところも作ってほしいです。

 ハリリンの言っていた高レベルモンスター群も性向度がマイナスであるというだけでこうまで簡単に倒せてしまうので、道中のモンスターは皆遊び感覚で蹂躙されていました。
 中でも一番ひどかったのはエルマの石投げ攻撃でした。
 猪に向かってその辺の石をぽいと放るだけで倒してしまい、なんだか切なくなってきました。
 しかし、道中のモンスターを狩る事である欠点がありました。
 「ねぇ? あたしのHP減ってない?」
 「よく見たらワタシもだ」
 「マオも」
 「私は特に」
 「僕もー」
 「あっ!」
 突然声をあげたエルマが性向度を確認します。
 「プラス31……」
 「「あっ」」
 エルマの性向度を聞いて納得しました。
 モンスターを狩る事で、性向度がプラスに回復してしまったのです。
 普段はプラス1000でカンストしているためあまり気にしないのですが、性向度はモンスターを倒すと1ポイント回復します。
 一時的に0まで下がった三人はそれでプラスになっていたようです。
 1から50程度の細かな差だっただめ気付くのが遅れたのでしょう。
 「どうしよう! このままじゃ死んじゃう!」
 そう慌てるエルマに提案します。
 「一回【王族殺し】外せばいいんだよ。そしたらプラス1000でカンストでしょ? またつければ回復した分帳消しじゃない?」
 古来からネットゲームでよく使われる装備変更による数値変更を用いて、性向度を0に戻す方法を提案すると、すぐにエルマとサツキ、マオが挑戦しました。
 二度目だったサツキとエルマはそこまで叫びませんでしたが、一度目だったマオはほどほどに叫び、地面にビターンと転んでしまっていました。

 その手法で増えた性向度を0に戻し、狩りをして上がったらまた戻す、というのを繰り返し、歩いていると街が見えてきました。
 「あそこが『カルミナ』かな?」
 「あぁ。恐らくそうだろうね」
 「レッツゴー!」
 私の声にサツキが返し、直後エルマが走り出していきました。
                                      to be continued...

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