VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第5章18幕 挑戦者<challenger>


 「とりあえず案内所に行く前に、本物のウーゴのところに行かない?」
 プフィーがそう提案したので、私達は転移魔法で戻ってきた後すぐに先ほどのお店の倉庫まで戻ってきました。
 「聞いてくれ! 本当に知らないんだ!」
 「言い訳は本部で聞く。さぁついてこい」
 タイルが拘束されていた本物のウーゴとフリオ、従業員達を開放し、問い詰めていました。
 「タイルさん」
 私が話しかけると物騒なものをしまいこちらに振り返ってきます。
 「これは。すまない見苦しい所を見せたな」
 「いえ。構いませんよ。私もそちらの本物さんに聞きたいことがあって来たのですが、いいですか?」
 「協力感謝する」
 ウーゴの正面から横に移動し、私が話しやすいようにスペースを開けてくれました。
 「オホン。貴方がウーゴさんですか?」
 「ああ! そうだ! 聞いてくれ! 俺は毒なんか盛っていないんだ!」
 「ええ。知っています」
 「ほ、ほら! やっぱりそうじゃないか!」
 ウーゴはタイルの方を睨みながら一安心といった様子で息を吐いていました。
 「チェリーさん。それは本当か?」
 「ええ。〔アンゴラ・キング・フィッシュ〕に毒はありません」
 「調査から分かるのか?」
 「身を……今回は肝ですが、調べれば分かることだと思います。でも〔アンゴラ・キング・フィッシュ〕には一つ問題があります」
 「その問題というのは?」
 右手を顎に当て、考え込むような様子でタイルが聞いてきます。
 「まずいんです。死ぬほど。≪嘔吐≫になります」
 「本当なのか? 毒ではないということだな?」
 「一度食べたことがある私が保証します」
 「分かった。これは支部長には?」
 「戻ってくる前にお伝えしました」
 「では支部長が処罰をお決めになるか。では商人として、何故味見をしなかったのだ?」
 私から目線をウーゴに戻し、タイルが問います。
 「高級品だから確かめられなかったのだ! 絶滅寸前の魚だぞ!」
 まずいのが、悪いんです。
 「俺の一存ではどうもならんが、お前の商店はしばらく『オレイア』で活動できないだろうな。心しておけ」
 「そ、そんな……」
 「一度味見しておくべきでしたね」
 私がそう言うと、ウーゴはガクリと首を倒し、ショックを表現していました。

 「身柄の拘束は今回するほどではないと結論付けた。故に俺はこのまま『オレイア』に帰還する。改めて、協力に感謝する」
 こちらの軍隊式なのかわかりませんが、敬礼みたいなのをされたので、見様見真似で返しておきます。
 「話には聞いてたけど、〔アンゴラ・キング・フィッシュ〕ってそんなにまずいんだ」
 プフィーが信じがたいといった様子で私に聞いて来ます。
 「次元が違うね。案内所に行こうか」
 「そうだね」
 「うん」

 案内所まで歩き、出来事を全てカウンターにいたナリウに説明します。
 「依頼の不備として処理しておきますね。その偽物は『オレイア』で拘束ですか?」
 「そうですね」
 「分かりました。ではそう報告をあげておきます」
 「お願いします」
 「ではまた何かあれば」
 そう言ってナリウはお辞儀をし、カウンターの奥へ消えていきました。
 「さて、チェリー。私は明日に備えて今日は落ちるよ」
 プフィーがそう言うとエルマも「じゃぁあたしも」と言っていたので、3人で宿屋に戻ることになりました。

 宿屋でログアウトし、現実で用を済ませほどほどに長い睡眠を取って私は午前7時ごろに目を覚ましました。
 午後9時に寝たらこんなものですよ。早起き、楽勝ですね。
 <Imperial Of Egg>にログインする前に、食事や家事、株価のチェック等、生きていくために必要なことを済ませ、専用端末をかぶります。

 「ふっ……んぁっ!」
 ルーチンワークとなっているログイン直後の背伸び運動を済ませ、意識を馴染ませます。
 すると扉がどんどんとノックされ、向こう側からエルマの声がします。
 「チェリーおはよお! 開けていい?」
 「んー。だめー」
 ガチャリという音がして、扉が開きます。
 「早起きだね」
 「まぁあれだけ早く寝ればね。最近寝るのが早くて、眠くなるのも早いよ」
 エルマの声に、装備を整えながら返します。
 「ちょっとわかるかもー。朝ごはんにしよ」
 「そうだね。向こうでは一応食べて来たけど、こっちではまだだし」
 「じゃぁ。あそこ行こ! こないだのプレイヤーの!」
 「おお! いいね!」
 昨日行ったプレイヤーのお店に行くことになり、私達は宿屋を出ました。

 「連日来てくれるとは有り難いです。ここはプレイヤー少ないですから」
 店主の小林がそう話しかけてきます。
 「昨日食べたお刺身が美味しかったので」
 「そういっていただけると頑張って仕入れている甲斐があります」
 コトリと水の入ったグラスを置きながら小林がにっこりと笑います。
 「仕入れは業者に?」
 水に手を伸ばしながら私は小林に聞きます。
 「いえ。仕入れは自分でやっています。午後と深夜帯に『ブラルタ』まで行っています」
 「『ブラルタ』……。〔アンゴラ・フィッシュ〕美味しいですよね。〔アンゴラ・キング・フィッシュ〕は絶滅させますが」
 「おや? 食べたことがおありなんですか?」
 「ええ。VRになってすぐに、でもあまりにもマズ過ぎて吐きまくりましたけど」
 「分かります。私もしばらくログインできないほどのショックを受けましたから」
 ははは、と笑いながら話していると、〔アンゴラ・キング・フィッシュ〕を食べた事がないエルマが少し拗ねたような顔で言ってきます。
 「あたし食べたことないんだけど?」
 「でしたら少し食べてみますか?」
 「えっ?」
 「えっ!?」
 小林の提案に私は血の気が引くような表情で答え、エルマは昂った様子で答えます。
 「いや。エルマ本当にやめておいた方がいい」
 普段真面目な声はあまり出しませんが、この時ばかりは、努めて真面目な声をだし警告します。
 「大丈夫大丈夫! 一口だけなら何とかなるって!」

 「チェリー? エルマー? いるー?」
 プフィーが小林のお店に入ってきました。
 「あっ。プフィー、こっち」
 私が今座っている席に来るように手招きをします。
 「よいっしょ。あれエルマは?」
 「エルマは死んだ」
 「はっ?」
 意味が分からないといった様子でプフィーが辺りを見回します。
 この周囲にエルマは居らず、ログインもしていません。
 「えっ? 何があったの?」
 「こちらを食べたのです」
 お水を持ってきた小林が一切れ〔アンゴラ・キング・フィッシュ〕を差し出します。
 「これって、昨日のあのやばいまずいって言ってたやつ?」
 「そうそう。エルマは一口なら大丈夫って言って口に放り込んで自害した」
 「えっ?」
 先ほど起きたことを詳細に、かつ、分かりやすくプフィーに伝えたのですが、あまり伝わらなかった様です。
 「どうです? 一口食べてみますか?」
 「えっ? いりませんけど?」
 「それが普通の反応ですよ」
 ははは、と笑いながら小林が〔アンゴラ・キング・フィッシュ〕の刺身をインベントリへと戻していました。
 
 私とプフィーが美味しい食事を堪能し、しばらく昔の話をして楽しんでいると、エルマが帰ってきました。
 「ただいま」
 「おかえり」
 「おかえり」
 「口の中死ぬほど気持ち悪いでしょ?」
 「うん。向こうでも何百回も歯磨きしたけど取れない。うえっ……」
 再び気持ち悪くなったのか、エルマが口元を押さえながら、プフィーの水をあおります。
 「ではこちらをどうぞ」
 新しいお水を持ってきた小林が、エルマに刺身を一切れ渡します。
 「これは食べても平気なやつ?」
 「はい」
 「じゃぁ。いただきます」
 エルマは、箸で掴んだ刺身をひょいっと口の中に放り込み、しばらく咀嚼したのち、カッと目を見開きました。
 「うっんまーい!」
 「ここでよく取れる〔ビーキー〕という魚のお刺身です。希少部位なので美味しさはお墨付きです。なんでも外来生物らしくて、本来はこの地にいなかったそうなのですが、とても美味しいということで、たくさん放流、繁殖させてるそうですよ」
 他に客もいなかったので、小林も席に着き、4人でお刺身を食べながら情報交換をしていました。

 「ではまた来てくださいね。今度『ヴァンヘイデン』に行ったらお店寄らせていただきますね」
 「はい。是非。きっと良い物が見つかります」
 ちゃっかり自分のお店も宣伝し、お店から出ました。
 「じゃぁまだちょっと早いけど十二位研究所に行く?」
 プフィーの提案に乗り、私達は少し早いですが、十二位研究所へと向かい、歩き始めました。
                                      to be continued...

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