VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第5章10幕 体液<body fluid>


 「このクエストなンだけド」
 そう言ってプフィーが一枚の紙を壁からはがし持ってきます。
 「どれどれ?」
 エルマが受け取り見始めます。
 『〔群生生命体 グリガーリ・S・ネス〕の調査』というクエストだそうです。
 「戦闘は無いみたいなンだけド、場所が場所だかラついてきてほしいンダ」
 「やることも特にないし、このくらいならいいよ」
 「あたしも」
 「ありがトー。じゃぁ受注してくル」
 そう言ってプフィーがカウンターに向かって走り出しました。

 ステイシー、サツキ、マオに事情を説明し、プフィーをパーティーに加えます。
 皆特に参加はしないようなので私達3人でクエストを進めることになりました。
 「それで場所はどこなの?」
 「ンーと『ロードス沼』だかラ『湿地保護国 パラリビア』だネ」
 「行ったことないなぁ」
 「私もない」
 「あラ? 新マップ実装ですぐ行くくらいだかラ、ここも実装してすぐ位に行ってるかと思ってタ」
 「いつ実装したんだっけ?」
 「ちょうど『ファイサル』が消滅した頃だったかナ?」
 あっ。そりゃ知らんわ。デスペナ中だもん。
 「そ、そうだったんだ。忘れてたよ」
 そう誤魔化しながら、マップを開き、『湿地保護国 パラリビア』の場所を調べます。
 「『エレスティアナ』からはそんな遠くないんだね」
 「うン。遠かったら近くデ他の見繕ってタ」
 「そっか。何か必要なものはある?」
 「特にないヨ」
 「分かった、じゃぁ行こうか」
 私がそう言うと、プフィーが歩き出したので、私達も続き、『エレスティアナ』を後にします。

 「転移すル?」
 「行ったことないからできない」
 「あたしも」
 「なら私がゲートだすヨ。≪ワープ・ゲート≫」
 プフィーがゲートを出してくれたのでありがたく使わせていただきます。

 ゲートをくぐった先は、『ロードス沼』でした。
 「『エレスティアナ』への転移だと入国審査の為に国外に設定しないといけないから少し違和感あった」
 エルマがそう呟きます。私もそれには同意見だったのでコクリと頷き、辺りを見回します。
 綺麗な湿地帯を想像していたのですが、ほど遠く、周囲は暗く、やたらとジメジメしています。
 「結構長居はしたくないところだね」
 「わかる」
 「わかるヨー。さてト、調査調査」
 インベントリから画板のようなものを出し、プフィーが首から下げます。
 「それは?」
 「これは調査用キット。スキルがなくても模写したりできる優れもノ」
 あっ。それは便利ですね。
 どうも私は絵が下手らしいので、今度使ってみたいです。
 「いたヨ」
 プフィーが人差し指を向けた方に私は視線を送ります。
 すると、身長約4m程のぬめぬめしたスライムのようなものがのそのそ歩いています。
 「うっわー。あれはキツイ」
 「スライムなのかな? 珍しい」
 あまりスライムのようなモンスターはいないゲームなので少しテンションが上がります。
 「待ってネ? 倒しちゃだめだヨ? 保護生物だからネ?」
 「保護生物なの?」
 保護生物というものもあまりいないので少し興味が湧きます。
 「ペガサス種の馬とかと同じ保護生物。もし討伐したら『パラリビア』から指名手配されるヨ」
 「「ひえ……」」
 「とまぁ、怖さがわかったところデ、お二方のお力ヲ、借りようじゃないカ」
 そう言ってプフィーはインベントリからさらに何か取り出します。
 「エルマはこっチ、チェリーはこっちネ」
 エルマに何かの液体を渡し、私には注射器のようなものを渡してきます。
 「エルマはその液体を〔グリガーリ・S・ネス〕に吸わせテ、チェリーは注射器で体液の採取」
 「わかった」
 「吸わせるってどうするの?」
 「投げれバ、勝手に吸うかラ」
 「わかった」
 「じゃぁお願いネ」
 そう言ってプフィーは画板に目を落とし、何やら書き始めます。
 「じゃぁいこっか」
 「うん」
 何か諦めたような表情でエルマが歩き出したので私もついて歩いていきます。

 「気を付けテー。その辺たぶんいっぱいいるヨ!」
 しばらく沼地を進んだところでプフィーの声が響いてきます。
 えっ? と思い振り返ると、最初に見た〔群生生命体 グリガーリ・S・ネス〕よりも大きい個体がいました。
 「あわっ! ヘッベッ!」
 びっくりして足をもつれさせた私はお尻から沼に浸かってしまいました。
 「…………」
 「キャッハハハ!」
 私はお腹を抱えながら笑うエルマに少し恨みのこもった視線を送り、不安定な沼の上に再び立ちます。
 「シャワー浴びたい」
 「終わったラ、宿で浴びナ!」
 「こんな格好じゃ宿まで帰れないよ! もう!」
 そう言いながら奇跡的に壊れていなかった注射器を〔群生生命体 グリガーリ・S・ネス〕にブスッとさし、体液を頂戴します。
 黒い泥のような外見からは考えられないほど美しい、琥珀色の体液を注射器に溜めた私は、足元に注意しながらプフィーの元へ帰ります。
 「こんな感じでどう?」
 「ありがト。じゃぁ次はエルマが〔浄化薬〕を飲ませた個体のサンプルを取って来テ」
 そう言ってもう一つ注射器を渡してきます。
 「えー」
 そう口で文句を言いながらも楽しくなってきてしまったので、急いでエルマの元へ戻ります。

 沼を歩くことにも慣れ、歩く速度が上がっていきます。
 慣れって怖いですね。
 「エルマ。どのこに飲ませたの?」
 「えっと、たしかあの個体かな? すこし青くなってるやつ」
 「あっ。あれか!」
 エルマが指をさした方向を見回し、少し色が変わっている個体があったのでその個体に近寄ります。
 「ちょっと痛いかも知れないけど我慢してね」
 そう言いながら私は注射器を指します。
 指した瞬間ビクンと体?を跳ねさせますが、すぐ終わるから、と言いながら注射器で体液を吸い上げます。
 注射器に溜まった体液を見ると、先ほどの美しい琥珀色から、空の色に変色していました。
 「うわ。綺麗」
 「どれ!?」
 私の口からぽつりと出た声にエルマが反応し手元を眺めてきます。
 「確かに。すっごい綺麗」
 「お二人さン。採集はおわったかナ?」
 「あっ。うん。今戻るね」
 採集したサンプルを壊さないように、行きに比べて慎重にプフィーの元へと戻ります。
 「ご苦労さン。ンじゃぁこれを『パラリビア』の案内所に届けるヨ」
 「分かった。道案内、お願いね」
 「というかチェリー着替えたら? 結構……その……臭い」
 「はっ?」
 エルマから突然言われた臭いという暴言に私の心は大きな傷を負い、『パラリビア』に到着するまで口を開く気になれませんでした。

 「チェリーごめんよ。お姉さんの可愛い顔に免じてゆるしておくれ」
 「…………」
 「チェリー。エルマが服も貸してくれたし、水魔法で洗ってくれたんだから許してあげよ?」
 お姉さんをやけに主張してくるエルマとあまりにも私が拗ねたことで、素のしゃべりに戻るプフィーを少し面白いなと思い、もうしばらく無視してみよう、と決めた時、『湿地保護国 パラリビア』の首都『グージー』に到着しました。
 「着いた。じゃぁ案内所に行こう。ねぇチェリーほんとに許してあげなよ」
 「実際そこまで怒ってない。ただ傷付いただけ」
 私が久々に声を発するとエルマが目に涙をいっぱいにため込み話しかけてきます。
 「ごめんよ……まさか傷ものにしちゃうなんて……責任取って結婚しようか」
 「…………」
 くだらないことを言っているエルマを無視し、プフィーに話しかけます。
 「なんで〔浄化剤〕で色が変わったの?」
 「よくわからなイ。たダ琥珀色の体液のほうが普通じゃないらしイ」
 「そうなの?」
 「まぁそれも込みデ、依頼主から詳しい話が聞けるとおもうヨ」
 そう言ったプフィーについて案内所へと入っていきます。
                                      to be continued...

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