VRゲームでも身体は動かしたくない。
第5章5幕 万策尽きる<exhaust all possibilities>
二輪車を即時展開できるように、インベントリではなく、収納ボックスを指輪の形態にし、常に身に着けていた私は、ボックスから【双精二輪 ツインエモート】を取り出します。
同時に、インベントリから取り出した【月影斬 クレッセント・アンピュート】を装備し、一度呼吸を整えます。
2ヶ月前、精霊駆動式二輪車【双精二輪 ツインエモート】を作成してもらった際、おまけでもらったこの魔法刀はいつの間にか私が扱える近接戦闘武器の中でもかなり信頼のおけるものになっていました。
ですが今回普段のようなMPの消費はできません。
でも一つだけ、私のMPを消費せずこの武器の力を発揮できる方法に気が付きました。偶然見つけた、といったほうが正しいのですが。
『ヨルダン』にて物件を購入してしばらく経った頃、私はエルマとともに二輪車の性能チェックや、騎乗戦闘等の訓練を積んでいました。
過去に一度失敗した空中移動について目途が経った頃、騎乗戦闘においては魔法戦闘よりも武器を用いた方が有利だという結論にたどり着いた私とエルマは、ひたすらに訓練を積みました。
一時的にMPが枯渇するほどに。
「ごめんチェリーMPない」
「私も無くなった」
ステータス画面を確認し、私のMPも残りわずかだということも確認します。
「あれ? チェリーそれおかしくない?」
エルマは私が左手に握った魔法刀を指さしながら言います。
「どこが?」
最初は何のことだか分からなかったので聞き返します。
「だってMPないんでしょ? なんでさっきとは性質の違う魔法を纏ってるの?」
「えっ?」
そう言われた私は、改めて左手に握った魔法刀を眺めます。
先ほどまでは薄い紫色の闇属性魔法を纏っていた魔法刀が、なぜか黄緑色の風属性魔法を纏っていました。それもMPを消費せずに。
困惑した私は武器の性能を確認しますが、特にそのような記述は見当たりませんでした。
特殊なスキルで特定条件下でしか発動しないスキルなのか、未解読スキルでまだ表示されていないのかどちらなのかと悩みながら、エルマに断りを入れ、一度MPポーションを飲んでみます。
そして私のMPが回復すると先ほどのように闇属性魔法の色を刀身が纏い始めます。
「なるほどね」
エルマが何かに納得したようで、頷いています。
「どういうこと?」
「その魔法刀ってさ、デュレアルさんが作った武器でしょ?」
「そうだろうね」
「そのバイクもデュレアルさんが作った。つまりはその武器は兄弟なんだよ」
「ごめん意味が分からない」
「簡単に言うと魔力量が多い弟が魔力の尽きた兄に魔力を分けていたんだよ」
「え?」
そうして再び刀身を見ると次第に闇属性魔法の紫色が風属性魔法の黄緑色へと変わっていきます。
「そう言うことか!」
同じ匠が作った道具。形は違えど、同じ。 そう言えるんですね。
それからMPを消費せずとも魔法刀のスキルは使用できるようになりました。
そして、【双精二輪 ツインエモート】 に隠されたスキルも判明しました。
元々、≪吸収≫という私からMPを吸い上げるスキルと≪貯蓄≫というMPを保管するスキルが付いているのは分かっていました。
新たに判明したスキルは≪供給≫と≪変質≫そして≪展開≫の三つでした。
他の武器に≪供給≫は使えませんでしたが、【月影斬 クレッセント・アンピュート】には使えました。
つまり、エルマのいう通りだったわけです。
兄に不足する物を弟が与え、弟に不足する物を兄が与える。
同じ匠が作ったからこそ生まれた、この二つの美しい道具のあり方に私は感動すら覚えました。
この場において、MPを使わずにスキルを発動できるメリットは非常に大きい物だと言えます。
仲間が、増援を呼んでくるまでの長い時間を残された消耗品だけで乗り切るのは厳しいと考えていました。
ですが、この組み合わせから生まれる極小コストでのスキルにも限界があります。
一つは【双精二輪 ツインエモート】が貯蓄していたMPの限界です。精霊駆動を二つ積んでいるからか、自ら生成したMPも貯蔵しているようですがそれに限りがあるということ。
もう一つは、≪供給≫が効果を及ぼす範囲が非常に狭いことです。
二輪車に乗っている、若しくは触れている状態でしか発動しません。
一つ目の方は解決策が見つかっていませんが、二つ目はに解決策があります。
それが【剣舞士】という【称号】と【月影斬 クレッセント・アンピュート】
備わったスキルです。
【剣舞士】には刀身の軌道を変更する≪舞剣≫というスキルや、≪同時斬撃≫という一度の斬撃を複数回に増やすスキルがあります。そのスキルと【月影斬 クレッセント・アンピュート】の≪刀身延長≫、≪斬撃停止≫は非常に相性が良かったのです。
これも兄弟装備品ということでしょうか。
「なんだよ。このバイクは。ところで何するつもりなんだ?」
精神集中を終え、私が目を明けた事にジュンヤが気付いたのか再び話しかけてきます。
「空間を斬る」
「はっ?」
何言っているのか分からないと顔と声で訴えてきます。
それはそうですよ。いきなり空間を斬る、と言われたら誰しもが高位った反応になります。私も言ってて頭に疑問符が浮かぶのが本音です。
でもできるのです。だからやります。
「こういう……ことっ!」
≪刀身延長≫、≪同時斬撃≫、≪舞剣≫、≪斬撃停止≫の順でスキルを発動させ、左手に持った【月影斬 クレッセント・アンピュート】を振りぬきます。
スッと伸びた感覚を手に感じ、直後空間に細い線が刻まれます。
それを確認した私は、一気に力が抜け、地面に座り込んでしまいました。
MPはほぼ0の状態、TPもENも無くなりました。
≪精神摩耗≫、≪衰弱≫という二つの状態異常に罹患しましたが、これでしばらくは大丈夫でしょう。
指輪形態のアイテムボックスに【双精二輪 ツインエモート】をしまい、完全に魔力を失った【月影斬 クレッセント・アンピュート】地面に置きます。
「空間を斬るってそういうことかよ」
「でもそんなに時間は稼げない」
てれさなが言う通りで、たいして時間は稼げないでしょう。
≪同時斬撃≫とは言ってもせいぜい10回分を行うだけでTPが空になってしまいましたから。
多く足止めできて10人、下手したら2人程度かもしれません。それはこの後戻ってくる、または入ってくる『ELS』次第です。
「次は俺がデスペナでも時間稼いでやるからな」
ジュンヤはそう言って槍を地面から引き抜き、肩に担ぎます。
「その時は任せるよ」
「すぐ来そうだぜ?」
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべたジュンヤがポータルの方を指さします。
ポータルをくぐって出てきた『ELS』は8人いました。
そのうち4人は私が作った、『剣の結界』に切り裂かれ、デスペナルティーになりました。
あっ。『剣の結界』ってちょっとかっこいいですね。この武器は魔法刀ですけど。
「うひゃー。えぐいトラップだなぁ? 俺もHPは少し減っちまったぜぇ」
これ見よがしにHPポーションをがぶ飲みする片手斧使いにため息を付きつつ、ジュンヤを見ます。
ジュンヤは言葉を出さず、私とてれさなを横目に見、「俺に任せろ」と口を動かしました。
「さてお前ら。数は減っちまったが作戦通りに行くぞ!」
「ういっす」
「作戦開始!」
『ELS』の片手斧使いが左手を振り下ろした瞬間、彼を除く、3人のプレイヤーが全力で横に走り、ジュンヤどころか、私とてれさなよりも奥へ進んで行ってしまいました。
「お前ら……馬鹿だろ? 最強とか名ばかりかってんだ。日頃ゲームしかしてねぇから脳みそ腐ってんじゃねぇのか?」
あっ。なんかあいつに言われるとすっごい腹立つ。
「腐ってて悪いかよ。だがな。弱い物いじめで楽しめるほどガキじゃねぇんでね。おう。最後の一戦だ。賭けとかいっとくか?」
「あん? 何にかけんだよ?」
「お前たちが勝か、俺たちが勝か。条件は、そうだな……負けたやつらは二度とこのマップにこねぇってのはどうだ? 俺たち3人、それと俺のパーティーとこいつのパーティー」
「あぁ。いいねぇ。だがそれじゃつまんねぇな? おい<最強>気取りのカス。てめぇの装備全部寄越せや」
「いいのか?」
「あぁ」
「本当にいいんだな? 同じものをかけてもらうぞ?」
「おいおい、勝った気でいるのかよ。めでてぇな。まぁ雑魚を捻るだけで【聖槍】手に入るなら安いもんだ」
「そうか。お前が馬鹿で安心したぜ」
「抜かせ。カスが。死ねぇぇ!」
悪態を吐き終わった片手斧使いが怒りを顕わにし、ジュンヤに向かって走ろうとした瞬間、彼の頭が半分ほど吹き飛びました。
突然攻撃をされた片手斧使いは、失った左半分の視界と急速に減るHPの意味が分からない、状況を呑み込めない、という様子で固まっています。
「あいぇ?」
「挑発すればまっすぐ突っ込んでくるんだもんなぁ。楽な相手だぜ。お前の装備なんていらねぇ失せろ」
そうしてインベントリから取り出した別の槍をジュンヤが再び≪投擲≫し、何度目か分からないデスペナルティーにします。
「あーあ。もう予備の槍もねぇ。お手上げだ!」
ジュンヤは両手を頭上にあげ、胡坐をかいて座りました。
「おつかれ」
「おつ」
「あぁ。まさかこんな楽に倒せるとは思わなかったな」
「たしかに」
「さて、デスペナの時間を待つかね」
ジュンヤがポータルを見ながら諦めたという声音で呟くと、再びポータルが光りました。
to be continued...
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